H・G・ウェルズ 著

われらは皆、創り、そして過ぎゆくもの、  
秘められた使命を胸に励み、  
開かれた海を目指す。

フレデリック・ソディの『ラジウムの解釈』に捧ぐ。本書の第十一章から多くの文章を負うこの物語は、その恩義をここに認め、自らを献呈するものである


序文

『解放された世界』は一九一三年に執筆され、一九一四年初頭に刊行された。これは「可能性の幻想曲」三部作の最後を飾る作品であり、いずれも当時存在した何らかの力、あるいは複数の力が将来どのような発展を遂げうるかを主題としている。『解放された世界』は、第一次世界大戦の影が目前に迫るなかで書かれた。当時、世界中の知性ある者は誰もが破局の接近を感じながら、それを避ける術を知らなかった。しかし一九一四年前半の時点で、その激突がどれほど間近に迫っているかを悟っていた者は、われわれのうちにもほとんどいなかった。本書では戦争の勃発が一九五六年まで先送りされているので、読者はおかしく思うことだろう。今となっては異様とさえ見えるこの遅延の理由を、当然知りたくなるかもしれない。予言者として告白すれば、著者は昔から、いささか気の長い予言をする傾向があった。たとえば現実世界の軍用飛行機は、『予見』に記した予測を二十年ほど追い越してしまった。懐疑的な読者の常識や慣習感覚を驚かせまいとする気持ち、あるいは、あまり褒められたものではないが、予防線を張りたがる性向も、主要事件の年代を先へ送った理由の一端ではあろう。しかし『解放された世界』の場合には、第一次世界大戦を遅らせた別の動機もあったと思う。原子エネルギー解放の発見に向けて、化学者が十分な前進を遂げる時間を与えるためである。一九五六年――あるいは二〇五六年であっても――人類の可能性を決定的に変えるその革命には、決して遅すぎる年ではないかもしれない。とはいえ四十年以上も先送りした点を除けば、戦争初期の展開についての推測はかなり幸運だった。中央同盟国の結成、オランダ経由で始まる開戦作戦、イギリス海外派遣軍の派遣は、本書刊行後六か月もたたぬうちに、すべて現実によって裏づけられた。また第二章冒頭部も、現実の出来事を経た今なお、問題の本質をかなり的確に診断している。著者が自賛してよい一つの的中は、第二章第二節において、近代的な状況下では、いかなる大将軍も抜きん出て両軍いずれかの熱狂を一身に集めることは不可能だと予測した点である。もはやアレクサンドロスもナポレオンも現れえない。そして間もなく、科学部隊の者たちが「この老いぼれの馬鹿どもめ」と、本書の予言どおりにつぶやくのを、われわれは耳にした。

もっとも、こうしたことは細部にすぎず、この物語で外れた予測は、当たったものよりはるかに多い。今なお興味深いのは、その中心命題である。すなわち、科学知識の発達ゆえに、個別の主権国家や主権帝国はもはや世界に存立しえず、旧来の制度を維持しようとすれば、人類に災厄を重ね、ついにはわれわれの種そのものを滅ぼしかねない、という命題だ。本書に今も残る意義は、この命題が変わらず有効であること、そして地上の戦争がいかにして終わりうるかを論じていることにある。私は、国家の統治者と人類の指導者たちの間に、いわば正気の流行が起こるものと想定した。フランス人とイギリス人に本来備わる常識――エグバート王が明らかに「神のイングランド人」を体現していることは言うまでもない――が、人類を大胆かつ断固たる救済と再建へ導く姿を描いたのである。ところが現実は、教科書の脚注風に言えば「今日の新聞と比較せよ」だ。イングランド人がドイツ人と、フランス人がロシア人と、罪と災厄を分かち合う兄弟としてブリッサーゴの丘に集い、率直で名誉ある会合を開く代わりに、われわれが目にしたのは、同じスイスの反対側、ジュネーヴに集まった哀れで小さな(連合国)国際連盟だった。そこにはアメリカ合衆国もロシアも、世界の「被支配民族」の大半も含まれず、世界中から無視されるなか、ひっそりと集まり、大破局の主要問題に向けて無力な身振りを繰り返している。災厄はまだ十分に巨大ではなかったのか、それとも必要な道徳的衝撃と道徳的嫌悪を生むには、進行が遅すぎたのか。一九一三年の世界が増え続ける繁栄に慣れ、その増加が永遠に続くと思っていたように、今の世界は社会崩壊への着実な滑落に慣れつつあり、それもまた永遠に続き、決して最後の激突には至らないと思っているらしい。慣習とはかくもたやすく根づき、炎と雷鳴に満ちた教訓でさえ、たちまち色あせて顧みられなくなる。

ルブランのような人物は今なお現れうるのか。人類のうちに創造的な正気を目覚めさせ、破滅への着実な滑落を食い止めることは、今なお可能なのか。この問いは今日、世界でもっとも切迫した問題の一つである。著者が気質的に、その可能性へ希望を託しやすいことは明らかだ。しかし、人間社会の奔流を転じるために必要な、広い理解と揺るぎない意志は、今のところほとんど見いだせないと告白せざるをえない。死んだ思想と古い制度の惰性が、われわれを急流へ運んでいる。国家的、愛国的な配慮を超越する人類共同体という理念が明瞭に認識されているのは、ただ一つ、世界各地の労働者運動においてだけである。そして労働者の国際主義は、根本的な社会革命という構想と緊密に結びついている。労働者の国際主義を通して世界平和を実現するなら、それは社会と経済の全面的な再建という代価を払い、必ず暴力を伴い、おそらくは多くの血が流れ、長期にわたる可能性があり、結局は社会の破壊しかもたらさずに終わるかもしれない革命期をくぐり抜けて達成されねばならない。それでも、世界的統治と世界平和という観念がこれまでに現れたのは、労働者階級において、しかも労働者階級だけにおいてだという事実は変わらない。高度な教育と恵まれた地位を持つ指導者、統治者たちが、自発的に世界の再形成へ乗り出すという『解放された世界』の夢は、今日まで夢のままにとどまっている。

H・G・ウェルズ

イーストン・グリーブ、ダンモウ、一九二一年。

序章 太陽を捕らえる者たち

第一節

人類の歴史とは、外界の力を手に入れてきた歴史である。人間は道具を使い、火を起こす動物だ。地上に姿を現した当初から、人間は獣として生来備わる力と身体の武器を、燃える火の熱と粗末な石器によって補っていた。それによって類人猿を超え、そこから力を広げていった。やがて馬と牛の力を自らに加え、水の運搬力と風の推進力を借り、息を吹き込んで火勢を強めた。単純な道具は、まず銅、次いで鉄で刃先をつけられ、数を増し、種類を広げ、より精巧かつ効率的になった。家を建てて熱を囲い、道や街道を造って移動を容易にした。社会関係を複雑にし、分業によって効率を高めた。知識を蓄え始めた。工夫が工夫を呼び、そのたびに人間はより多くを成し遂げられるようになった。時折の後退を除けば、伸び続ける記録の全篇にわたり、人間は常に、より多くを行っている……。二十五万年前、人間の到達点はせいぜい野蛮人だった。ほとんど言葉を話せず、岩穴に身を隠し、粗削りの火打ち石か、火で先を尖らせた棒を武器とし、裸で、小さな家族群を作って暮らし、最初の精力が衰えれば、より若い男に殺された。地球上の広大な原野の大半を探しても、彼を見つけることはできなかっただろう。わずかな温帯・亜熱帯の河谷にだけ、雄一人、雌数人、子供が一人か二人という、小さな群れのうずくまるねぐらがあった。

当時の人間は未来を知らず、自分が営む以外の生き方も知らなかった。鉄鉱石に満ち、剣と槍の可能性を秘めた岩場を越えて洞窟熊から逃げ、石炭の露頭で凍死した。いつの日か磁器の杯となる粘土で濁った水を飲み、摘み取った野生小麦の穂を噛みながら、手の届かぬ空を舞う鳥を、ぼんやりと思案する目で見つめた。あるいは突然、別の雄の匂いに気づいて立ち上がり、咆哮した。その咆哮こそ、形を持たぬ道徳的訓戒の先駆けだった。原初の人間は徹底した個人主義者で、自分以外の者を決して容認しなかったのである。

こうして長い世代にわたり、この鈍重な先駆者、われわれすべての祖先は、戦い、子を作り、死んでいった。変化はほとんど気づかぬほどゆるやかだった。

それでも、人間は変わった。虎の爪を時代ごとに鋭く研ぎ、鈍重なオロヒップスを俊敏で優美な馬へと磨き上げた、必要という鋭い鑿が、人間にも働いていた――そして今なお働いている。より不器用で、愚かしいほど凶暴な者ほど早く、頻繁に殺された。より器用な手、より素早い目、より大きな脳、より均整の取れた身体が勝ち残った。時代を追うごとに道具は少しずつ改良され、人間自身も、その可能性にいっそう繊細に適応していった。より社会的になり、群れは大きくなった。成長した息子を父親が一人残らず殺したり追放したりすることもなくなった。禁忌の制度によって息子たちは父親に容認され、生前のみならず、やがては死後にも父を崇拝し、獣や他の人間に対する味方となった。(ただし息子たちは部族の女に触れることを禁じられ、自分の女は外へ出て捕らえなければならなかった。また「老人」の怒りを買わぬよう、息子は義母から逃げ、姿を隠した。こうした太古の不可避な禁忌は、今なお世界の至るところにその痕跡を残している。)洞窟に代わって小屋や粗末な家が現れ、火はよりよく守られ、身体を包むものや衣服も生まれた。こうした助けを得て、人間は食料を携え、蓄えながら、寒冷な地域へ広がっていった――ついには、放置された草の種が再び芽吹き、農耕の最初の手がかりを与えることもあった。

そしてすでに、余暇と思索が芽生え始めていた。

人間は考え始めた。腹が満たされ、情欲も恐怖も鎮まり、うずくまる場所に陽光が降り注いで、ぼんやりとした思索の兆しが目に宿る時があった。骨に傷を刻み、そこに何かとの類似を見いだして、さらに追究し、絵画芸術を始めた。川辺の柔らかく温かな粘土を指でこね、その模様と反復に喜びを見いだし、器の形にしてみて、それが水を入れられることを知った。流れ続ける川を眺め、この絶え間ない水はいかなる豊かな乳房から湧くのかと不思議に思った。太陽をまぶしげに仰ぎ、遠い丘の間のねぐらへ沈んでいくところを、罠で捕らえ、槍で突けるかもしれないと夢見た。やがて彼は、かつて自分が本当にそうしたのだ――少なくとも誰かがそうしたのだ――と仲間に伝えたい衝動に駆られた。そしてそれを、ほとんど同じほど大胆な別の夢、ある日マンモスを包囲したという夢と混ぜ合わせた。こうして、達成への道を示す虚構と、荘厳な予言の物語の行進が始まった。

数十、数百世紀、幾万もの世代にわたり、父祖たちのその暮らしは続いた。この人間生活の段階が始まり、成熟するまで――乱暴に打ち欠いただけの最初の原石器から、磨製石器の最初の道具に至るまで――二、三千世紀、世代にして一万から一万五千を要した。人間の尺度で見れば、それほどゆっくりと、人類は獣の朧な兆しのなかから自らを形作ってきたのである。そして、思索の最初の微光、達成を語る最初の物語、絡み合った髪の下で目を輝かせ、顔を紅潮させた語り手が、口を開けて疑う聞き手に身振りを交え、注意を逸らさせまいとその手首を握る姿こそ、この世界が目にしたもっとも驚異的な始まりだった。それはマンモスに死を宣告し、いつの日か太陽を捕らえる罠を仕掛け始めたのである。

第二節

その夢は、一人の人間の生涯における一瞬にすぎなかった。人間の本来の務めは、獣の仲間に属するすべてのものと同じく、食物を得て、同類を殺し、子をもうけることにあるように見えた。その周囲には、極薄の帳一枚を隔てて、手つかずの〈力〉の源泉が隠されていた。その大きさは今日のわれわれでさえ、かすかに推測する以上のものではない。思い描きうるあらゆる夢を現実にできる力だ。しかし人類はその道を塞ぐように立ち、何も知らず、盲目のまま死んでいった。

ついに、食物が豊富で生活もきわめて楽な、温暖な河谷の広々とした平地において、台頭しつつある人類は、かつての嫉妬心を克服した。必要にそれほど激しく追い立てられなくなるにつれ、より社交的で寛容になり、他者の意向にも従いやすくなって、より大きな共同体を築いた。そこに分業が始まり、年長者の一部が知識と指導を専門とし、強い男が戦争において父親的な指導権を握った。こうして人類史という開幕したばかりの劇のなかで、祭司と王がそれぞれの役割を発展させ始めた。祭司が心を砕いたのは種まきと収穫と豊穣であり、王が治めたのは平和と戦争だった。二万年前にはすでに、地球の温暖な温帯域にある百もの河谷に、町と神殿が存在していた。だが記録を残すことなく栄え、過去を顧みず、未来を疑いもしなかった。文字はまだ始まっていなかったからだ。

あらゆるところから人間に差し出されていた無限の〈力〉の富に対し、人類が要求を増していく歩みは、きわめて遅かった。動物をいくつか飼い慣らし、原初には偶然任せだった農耕を儀式へと発展させた。石に加えて、まず一つ、次いでもう一つと金属を利用し、やがて銅、錫、鉄、鉛、金、銀を手にした。木を切り、彫り、陶器を作り、川を櫂で下って海へ至り、車輪を発見し、最初の道を造った。しかし百世紀以上にわたる人類の主たる活動は、自分自身と他者を、より大きな社会へ従属させることだった。人間の歴史は、単なる外的な力の征服ではない。まず征服しなければならなかったのは、自らの遺産へ手を伸ばす手を縛っていた、不信と凶暴性、自己への執着、獣性の激しさである。われわれの内なる猿は、今なお他者との結びつきを嫌悪する。磨製石器時代の夜明けから世界平和の達成まで、人間が主として向き合ったのは、自分自身と同胞だった。交易し、駆け引きし、法を作り、なだめ、奴隷化し、征服し、絶滅させた。〈力〉がわずかでも増せば、それを直ちに、そして常に、この混乱した精緻な社会化の闘争へ向けた。仲間の人間を一つの目的共同体へ組み込み、理解することが、人間の最後にして最大の本能となった。石器時代最後の磨製段階が終わる以前に、人間はすでに政治的動物となっていた。自らの内に、驚くほど広範な発見を成し遂げた。まず数を数え、次いで文字を書き、記録を残した。それによって町の共同体は支配領域を広げ始め、ナイル、ユーフラテス、中国の大河の流域で、最初の帝国と成文法が誕生した。兵士や騎士として、戦闘と統治を専門とする者も現れた。さらに船の航海性能が高まると、障壁だった地中海は街道となり、ついには海賊的な諸国家の混沌から、カルタゴとローマの大闘争が生まれた。ヨーロッパ史とは、ローマ帝国の勝利と解体の歴史である。最後に至るまで、ヨーロッパで勢力を得た君主は皆、カエサルを真似し、自らをカイザー、ツァーリ、インペラトル、あるいはカイサル・イ・ヒンドと称した。人間の一生を尺度とすれば、エジプト最初の王朝から飛行機の出現までは途方もない時間である。しかし原石器の製作者たちまで遡る尺度で見れば、すべては昨日の物語にすぎない。

さて、この二百世紀以上に及ぶ戦争国家の時代、人間の精神が主として政治と相互侵略に占められていた間、外的な〈力〉の獲得は遅々として進まなかった――旧石器時代に比べれば速かったが、われわれが生きる体系的発見の新時代に比べれば遅かった。初期エジプト人の時代からクリストファー・コロンブスの幼年期まで、戦争の武器と戦術、農業の方法、航海術、居住可能な地球についての知識、家庭生活の道具や器具は、さほど大きく変化しなかった。もちろん発明や変化はあったが、後退もあった。何かが発見され、再び忘れられた。全体としては進歩だったが、段階的な飛躍はなかった。農民の暮らしは変わらず、この時代の初めにはすでに、エジプト、中国、アッシリア、南東ヨーロッパに祭司、法律家、都市の職人、領主、統治者、医師、賢女、兵士、船乗りがいた。そして西暦一五〇〇年のヨーロッパとほぼ同じことをし、ほぼ同じ生活を送っていた。西暦一九〇〇年のイギリス人発掘者は、バビロンやエジプトの遺跡を掘り、法律文書、家計簿、家族の書簡を発見して、完全な共感をもって読むことができた。この期間には大きな宗教的、道徳的変化があり、帝国と共和国が互いに取って代わった。イタリアは奴隷制という巨大な実験を行い、実際、奴隷制は何度も試みられては失敗し、さらに新世界で再び試みられ、再び拒絶されることになった。キリスト教とイスラム教は、より特殊化した無数の信仰を一掃した。だが本質的に、それらは永遠に固定されているように見えたはずの物質的条件へ、人類が漸進的に適応していく過程だった。この長い時代を通じ、生活の物質的条件が革命的に変化するという発想は、人間の思考にはまったく異質だっただろう。

それでも、夢見る者、物語る者は、なおそこにいて機会を待っていた。中世の慌ただしい営み、往来、戦争と行列、城と大聖堂の建設、芸術と恋、小さな外交と癒やしがたい確執、十字軍と交易の旅のただなかで。もはや石器時代の野蛮人のように、束縛のない自由な思索はできなかった。あらゆるものに対する権威ある説明が道を塞いでいたからだ。しかし、より優れた頭脳で思索した。何もせず座り、天空を巡る星々を見つめ、手の中の硬貨や水晶について考えた。この時代を通じ、思索するだけの余暇が少しでも生まれるところには、物事の外観に満足せず、正統信仰の保証にも満足せず、周囲の世界にまだ読まれていない記号があると感じて心を騒がせ、スコラ哲学の知恵が最終的なものかと疑う人々が必ず現れた。歴史のあらゆる時代を通じ、身の回りに隠されたものがあるという囁きを聞いた人間がいた。ひとたびその声を聞けば、もはや平凡な生活を送ることも、世間一般の事物に満足することもできなかった。そして彼らの多くは、この世界全体が、想像もつかぬものを隠す絵入りの幕のようなものだと信じただけでなく、その秘密こそが〈力〉なのだと信じた。それまで〈力〉は偶然に人間のもとへ訪れた。だが今や、探求者たちは探し始めた。珍しく奇妙で不可解なものの間を探し、ときには奇抜ながら利用可能な何かを発見し、ときには発見したと思い込んで自らを欺き、ときには発見したふりをした。日常の世界はこうした風変わりな者を笑い、不愉快に思って虐待し、恐怖に駆られて聖人や魔術師や妖術使いに仕立て、あるいは貪欲に動かされ、期待を込めて歓待した。しかし大半の場合は、まったく気に留めなかった。それでも彼らは、初めてマンモス襲撃を夢見た者の血を引く一族だった。一人残らず、その血と系譜に連なっていた。そして彼らが知らず知らず探し求めていたものこそ、いつの日か太陽を捕らえる罠だった。

第三節

ミラノのスフォルツァ宮廷を、威厳ある物思いに沈みながら歩き回ったレオナルド・ダ・ヴィンチも、そのような人物だった。彼の雑記帳は、予言的な洞察と、初期飛行家たちの手法を先取りする巧妙な着想に満ちている。デューラーも同類であり、フランシスコ会によって沈黙させられたロジャー・ベーコンも同族だった。さらに古い都市では、蒸気が初めて実用化される千九百年前に、その力を知っていたアレクサンドリアのヘロンがいた。それ以前にはシラクサのアルキメデス、さらに以前にはクノッソスの伝説的なダイダロスがいた。歴史の記録をどこまで遡ろうと、戦争と残虐行為の合間にわずかな余暇が生まれるたび、探求者たちは姿を現した。錬金術師の半数も、彼らの一族だった。

ロジャー・ベーコンが最初に作った火薬を爆発させたとき、人間はすぐ爆発機関へ向かっただろうと思うかもしれない。だが彼らには、そのようなものは何一つ見えなかった。まだ物事を「見る」ことを考え始めてすらおらず、仮に着想を得ていたとしても、その種の機関を作るには冶金技術があまりに未熟だった。当分の間、投射物を撃ち出すという粗雑な目的にさえ、この新たな力へ耐えうるほど頑丈な器具を作れなかった。最初の大砲は、桶のように箍をはめた木製の砲身を備えていた。爆発機関が現れるまで、世界は五百年以上も待たねばならなかった。

探求者が何かを発見しても、世界がそれを、もっとも粗雑で明白な目的以外に使えるようになるまでには、当初、長い道のりが必要だった。人間一般は、周囲にありながら征服されていないエネルギーに対し、旧石器時代の祖先ほど完全に盲目ではなかったにせよ、せいぜいひどい近眼だった。

第四節

石炭に潜むエネルギーと蒸気の力は、発見の間際で長く待ち続けた末に、ようやく人間生活へ影響を及ぼし始めた。

宮廷や宮殿では、ヘロンの玩具のような装置が何度も考案され、そのたび忘れられたに違いない。しかし、それが単なる珍品ではないと人々が悟るには、石炭が採掘され、手近に豊富な鉄があるところで燃やされる必要があった。記録に残る最初の蒸気利用案が戦争目的だったことは注目に値する。エリザベス朝のある小冊子には、熱水を満たして栓をした鉄瓶から弾丸を発射する案が記されている。燃料用石炭の採掘、かつてない規模の鉄の精錬、蒸気揚水機、蒸気機関、蒸気船は、ある種の論理的必然性を持つ順序で次々に現れた。蒸気が人間の意識にのぼった事実として始まり、分子内エネルギーの利用に先立つ巨大タービン機関の完成へ至るまでの歴史は、人間知性の歴史でもっとも興味深く、教訓に富む一章である。ほぼすべての人間が蒸気を目にしていたはずだ。何千年もの間、何の好奇心も抱かずに眺めていた。特に女たちは常に水を熱し、沸かし、蒸発して消えるのを見て、容器の蓋がその猛威で踊るのを見ていた。時代を異にする何百万もの人々が、蒸気が火山から岩をクリケットの球のように弾き飛ばし、軽石を泡のように吹き上げるのを目撃したはずである。だが人類の記録すべて、手紙、書物、碑文、絵画をくまなく探しても、ここに力がある、借りて使える強さがあると悟った形跡は見つからない……。それから突然、人間は目覚めた。鉄道が網の目のように地球を覆い、巨大化を続ける鉄の蒸気船が、風と波を相手に千鳥足の闘いを始めた。

新たな力の先陣を切ったのが蒸気だった。それは、戦争国家の長い歴史を終わらせる〈エネルギーの時代〉の始まりだった。

だが長い間、人々はこの新奇なものの重要性を悟らなかった。太古から続く生活の必然に根本的な変化が起きたとは認めず、認めることもできなかった。蒸気機関を「鉄の馬」と呼び、ごく部分的な代用品を作っただけだと装った。蒸気機械と工場生産は、目に見えて工業生産の条件を一変させていた。人口は田園から絶えず流れ込み、かつて考えられもしなかった大群となって、少数の都市中心部へ集中した。そこへ途方もない遠距離から大規模に食料が運ばれ、唯一の先例だったローマ帝国の穀物船など取るに足らぬ出来事に見えた。ヨーロッパ、西アジア、アメリカの間では、民族の巨大な移動が進行していた。それでも――人間生活に何か新しいものが現れたのだと悟った者は、誰一人いなかったように見える。それまでのあらゆる循環や変動とはまるで異なる、奇妙な渦。長く水が溜まり、ただ渦巻いて停滞していたのち、ついに閘門が開き始めたときのような渦である……。

十九世紀末の生真面目なイングランド人は、朝食の卓につき、セイロン産の紅茶かブラジル産のコーヒーかを選び、フランス産の卵をデンマーク産のハムと平らげ、あるいはニュージーランド産の骨付き肉を食べ、西インド諸島産のバナナで朝食を締めくくった。世界各地から届いた最新の電報に目を通し、南アフリカ、日本、エジプトに分散した投資の相場を調べたうえで、自分がもうけた二人の子供に――父親は八人もうけたのだが――世界などほとんど変わっていないと思う、と語ることができた。子供たちはクリケットをし、髪を短く整え、父親と同じ古い学校へ通い、父親がさぼった授業を同じようにさぼり、無教養者を面食らわせるためホラティウス、ウェルギリウス、ホメロスの断片をいくらか覚える。そうすれば何もかもうまくいくはずだった……。

第五節

電気は、研究され始めた時期こそ蒸気より早かったかもしれないが、人間の日常生活へ入り込んだのは蒸気利用から数十年後だった。身の回りの至るところに挑発的なほど近く存在していたにもかかわらず、人類は計り知れない長い時代、電気に対しても完全に盲目だった。注意を引こうとする電気の訴えほど、強烈なものがあるだろうか。人間の耳元で雷鳴を轟かせ、目を焼く閃光で合図し、ときには人を殺しさえした。それでも人間は、研究に値するほど自分に関わるものとして電気を見ることができなかった。乾いた日には猫と一緒に家へ入り込み、その毛を撫でれば、思わせぶりにぱちぱちと音を立てた。金属同士を接触させれば、それを腐食させた……。猫の毛がなぜぱちぱち鳴るのか、霜の降りた日に髪がなぜあれほど櫛に従わないのか、十六世紀以前に誰かが疑問を抱いたという記録は一つもない。果てしない年月、人間はそれについてまったく考えまいと、見事なまでの努力をしていたらしい――探求者の新たな精神が、こうしたものへ目を向けるまでは。

思索する目と洞察の瞬間が訪れる以前に、いったい何度、物事は目撃されながら、重要ではないとして退けられたのだろう。初めて、こすった琥珀やガラス片、絹、セラックを相手に頭を悩ませ、この遍在するものの存在へ人間精神を目覚めさせたのは、エリザベス女王の侍医ギルバートだった。それでも電気の科学は、その後ほぼ二百年にわたり、磁気と関係があるかもしれない――それすら単なる推測だった――あるいは雷と関係があるかもしれないという、珍しい事実の小さな寄せ集めにとどまった。ガルヴァーニが目に留めるまで、蛙の脚は無数の機会に銅の鉤で鉄柵から吊るされ、痙攣していたに違いない。避雷針を除けば、電気が科学的珍品の陳列棚を出て庶民の生活へ踏み込んだのは、ギルバートから二百五十年後だった……。それから突然、一八八〇年から一九三〇年までの半世紀に、電気は蒸気機関を追い払い、交通動力を引き継ぎ、家庭暖房の他のあらゆる形式を駆逐し、完成された無線電話と遠隔写真によって距離を消滅させた……。

第六節

科学革命が始まってから少なくとも百年の間、発見と発明に対する異常なまでの心理的抵抗が存在した。新しいものはどれも、ときには敵意にまで達する懐疑に抗して、ようやく実用へ進出した。この問題を扱ったある著者は、一八九八年――つまり最初の飛行家たちが本格的に空へ飛び立つ十年ほど前――にあったという、家庭での滑稽な短い会話を紹介している。書斎の机に向かう父親と、幼い息子との会話である。

幼い息子は深刻に悩んでいた。父親と真剣に話さねばならないと思っていたが、心の優しい子だったので、あまり手厳しく言いたくはなかった。

起きたことはこうだ。

「父さん」と、息子は本題に入った。「空を飛ぶ話なんか、もう書かないでほしいよ。みんなにからかわれるんだ。」

「そうか!」と父親は言った。

「ブルーミー先生にも――校長先生のことだけど――からかわれる。みんなが僕をからかうんだ。」

「だが人間は飛ぶようになるよ――もうすぐだ。」

少年は育ちがよく、それについて本心を口にすることはなかった。「とにかく」と言った。「もう書かないでほしいんだ。」

「おまえが死ぬまでには、何度も飛行機に乗ることになる」と父親は請け合った。

少年は不幸そうな顔をした。

父親はためらった。それから引き出しを開け、ぼやけた露光不足の写真を取り出した。「これを見てごらん」と言った。

少年は父親のそばへ回った。写真には小川と、その向こうの草原、数本の木、そして空中に、左右へ平たい翼を伸ばした、黒い鉛筆のような物体が写っていた。機械の力によって空中にとどまった、史上初の空気より重い飛行装置、その最初の記録だった。余白にはこう記されていた。「さあ、上へ、上へ、上へ――ワシントン、スミソニアン協会、S・P・ラングレーより。」

父親は、この心強い証拠が息子に及ぼす効果を見守った。「どうだ?」と訊いた。

「あれは」と、少年は考えてから言った。「模型にすぎないよ。」

「今日は模型、明日は人間だ。」

少年の忠誠心は二つに割れているようだった。やがて彼は、自分が全知だと固く信じている側につくことにした。「でもブルーミー先生は」と言った。「昨日、クラスのみんなにこう言ったよ。『人間は絶対に飛べない』って。

飛んでいる雷鳥や雉を撃ったことのある者なら、そんな話を信じるはずがないって……」

それでも、その少年は生きて大西洋を飛んで渡り、父親の回想録を編集することになった。

第七節

当時の文学に残る無数の文章が証言しているように、十九世紀末、人間がついに、自らを火傷させる蒸気と、空で閃き轟く電気を相手に、有益で利益の上がる取引を成し遂げたことは、人間知性と知的勇気の驚くべき、そしておそらく究極の発揮だと考えられていた。それらの著作の一部には、「ヌンク・ディミッティス」[訳注:ラテン語で「今こそ去らせたまえ」。使命を果たした満足を表す聖歌]の響きがある。「偉大なものはすでに発見された」と、ジェラルド・ブラウンは十九世紀の総括に記した。「われわれに残されているのは、細部を仕上げることだけだ」。探求者の精神はなお世界で稀少だった。教育は未熟で刺激に乏しく、学問ぶってはいたが、ほとんど価値を認められていなかった。科学はまだ頼りない試作スケッチにすぎず、発見など始まったばかりだと悟れる者は、当時でさえほとんどいなかった。科学とその可能性を恐れていた者も、いなかったように見える。しかし以前は二十人ほどしかいなかった探求者が、このころには何千人にも増えていた。一八〇〇年に現象の幕を探っていた思索の針一本に対し、今や数百本が突き立てられていた。そして一世紀近く、原子と分子で満足していた化学は、人間生活を上から下まで根底から変革する、次なる巨大な一歩への準備をすでに始めていた。

空気の組成をめぐる一件を考えれば、当時の科学がいかに粗雑だったか分かる。それを十八世紀末に決定したのは、奇才にして隠遁者、謎の人物、身体から切り離された知性のような男、ヘンリー・キャヴェンディッシュだった。彼自身の仕事は見事なものだった。既知の空気成分を、まったく驚異的な精度で分離した。窒素の純度にいくらか疑問があることさえ記録している。その後百年以上、世界中の化学者が彼の測定を繰り返し、装置はロンドンで大切に保存され、俗にいう「古典」となった。だが実験が数えきれぬほど反復されるたび、狡猾な元素アルゴンは窒素の中に隠れていた――少量のヘリウムや他の物質の痕跡、さらに二十世紀化学の新たな出発へ導きえた手がかりもすべて一緒に――そして毎回、彼の手順を繰り返す教授たちの指を、気づかれぬまますり抜けた。

これほどの誤差があったのだから、二十世紀の夜明けに至るまで、科学的発見が自然に対する秩序立った征服というより、幸運な偶然の行列だったとしても、何の不思議があるだろう。

それでも探求の精神は、着実に世界へ広がっていた。学校教師にも、それを止めることはできなかった。十九世紀に自然の秘密へ驚嘆と好奇心を抱くまでに成長した者は、ほんの一握りだった。しかし二十世紀初頭には、ヨーロッパ、南北アメリカ、日本、中国、そして世界各地で、知的な型にはまった思考と習慣的生活の制約から、無数の人々が抜け出しつつあった。

一九一〇年、のちに一世代の科学者から「ヨーロッパ最大の化学者」と呼ばれる若きホルステンの両親は、フィエーゾレとフィレンツェの間、サント・ドメニコ近郊の別荘に滞在していた。彼はまだ十五歳だったが、すでに数学者として頭角を現し、理解への猛烈な渇望に取り憑かれていた。特に惹かれたのは、燐光の謎と、それが他のあらゆる光源から切り離されているように見えることだった。のちに回想録で、イタリアの温かな青い夜空の下、別荘の庭の暗い木々の間を漂い、光を放つ蛍を眺めたことを語っている。蛍を捕らえて籠に飼い、解剖し――まず昆虫の一般解剖学をきわめて綿密に研究した――さまざまな気体や温度の変化が発光に与える影響を実験し始めた。そして偶然、サー・ウィリアム・クルックスが発明した小さな科学玩具を贈られた。スピンサリスコープと呼ばれるその玩具は、ラジウム粒子を硫化亜鉛へ衝突させ、発光させるものだった。それをきっかけに、彼は二つの現象を関連づけた。研究にとって幸運な連想だった。また数学的才能を持つ者が、こうした珍しい現象に惹かれたこと自体、稀有で幸運な出来事だった。

第八節

少年ホルステンがフィエーゾレで蛍に心を奪われていたころ、エディンバラではルーファスという物理学教授が、ラジウムと放射能について午後の連続講義を行っていた。それは非常に大きな注目を集めた講義だった。小さな講堂で開かれていたが、回を重ねるにつれてますます混雑していった。最後の討論時には、後方は天井近くまで人で埋まり、そこでは人々が立っていた。疲れなどまるで感じない様子で立ち続けるほど、教授の示唆に魅了されていた。なかでも一人、ハイランド出身の、ごつごつした頭にぼさぼさの髪を生やした少年は、大きな赤茶けた手で膝を抱え、目を輝かせ、頬を紅潮させ、耳まで赤くして、一語一語を貪るように聞いていた。

「さて」と教授は言った。「こうして見ると、当初は途方もない例外、物質の構成においてもっとも確立され、根本的だとされたすべてのものを狂気じみて逆転させる存在に思われたラジウムも、実は他の元素と同じなのだと分かります。おそらく他のすべての元素が、知覚不能なほどゆっくり行っていることを、ラジウムは目に見え、力強い形で行っている。暗闇にいる無言の群衆の息遣いを、ただ一つ、大声で叫ぶ声が暴き出すようなものです。ラジウムは崩壊し、ばらばらに飛散しつつある元素です。しかし、おそらくすべての元素が、より知覚しにくい速度で同じことをしている。ウランは間違いなくそうです。白熱ガスマントルの材料であるトリウムも間違いなくそうです。アクチニウムも。われわれはまだ、その一覧を作り始めたばかりだと私は思います。そして今では、かつて硬く、貫通不能で、分割不能で、究極の、そして――生命のない――生命のないものと考えられていた原子が、実は巨大なエネルギーの貯蔵庫だと分かっています。これこそ、この研究全体でもっとも驚異的なことです。つい先ほどまで、われわれは原子を煉瓦のように考えていました。固い建築材料、実体ある物質、生命なき素材の単位質量だと。ところが見てください! その煉瓦は箱なのです。宝箱、もっとも強烈な力で満たされた箱なのです。この小瓶には、およそ一パイント(約〇・五七リットル)の酸化ウランが入っています。つまりウラン元素がおよそ十四オンス(約三百九十七グラム)です。価格は一ポンドほどでしょう。そして皆さん、この瓶の中、この瓶にある原子の中には、少なくとも石炭百六十トンを燃やして得られるだけのエネルギーが眠っています。もし一言命じるだけで、今ここで、そのエネルギーを一瞬にして解放できたなら、われわれも周囲のすべても粉々に吹き飛ぶでしょう。もしそれをこの都市の照明設備へ送り込めるなら、エディンバラを一週間、明るく照らし続けられます。しかし今のところ、この小さな物質の塊に、その蓄えの解放を早めさせる方法を知る者は一人もおらず、その手がかりさえありません。解放自体はしています。火傷から液が滲むように。ウランはゆっくりラジウムへ変わり、ラジウムはラジウム・エマネーションと呼ばれる気体へ変わり、それがさらに、われわれのいうラジウムAへ変わる。こうして各段階でエネルギーを放出しながら過程は続き、ついには、現在分かっているかぎり、最終段階である鉛へ達します。しかし、われわれにはその速度を上げられません。」

「分かるぞ」と、ごつごつ頭の少年は囁き、赤い両手を万力のように膝へ食い込ませた。「分かるぞ。続けてくれ! ああ、続けてくれ!」

教授は短い間を置いて続けた。「なぜ変化は徐々に進むのでしょう?」と問いかけた。「なぜ、ある一秒間に崩壊するラジウムは、ごくわずかな割合にとどまるのでしょう? なぜ、これほどゆっくり、これほど正確に、小出しにされるのでしょう? なぜすべてのウランが一度にラジウムへ変わり、すべてのラジウムが一度に次の、より下位のものへ変わらないのでしょう? なぜ滴るように崩壊するのか。なぜ一挙に崩壊しないのか? ……。もし近いうちに、その崩壊を加速できると分かったなら?」

ごつごつ頭の少年は、何度も素早くうなずいた。驚異的で不可避な発想が、今まさに訪れようとしていた。膝を顎へ引き寄せ、興奮のあまり席で身体を揺らした。「なぜできない?」と繰り返した。「なぜだ?」

教授は人差し指を上げた。

「その知識を得たとき」と教授は言った。「われわれに何が可能となるか、よく考えてください! 利用できるのはウランとトリウムだけではありません。一人の人間が片手で、一年間都市を照らし、戦艦艦隊と戦い、あるいは巨大客船を大西洋の向こうまで走らせるだけのエネルギーを運べるほど強力な動力源を得るだけでもない。その知識はついに、他のすべての元素――崩壊があまりに遅く、もっとも精密な測定さえ逃れている元素――でも崩壊過程を加速する手がかりになるでしょう。世界のあらゆる固体物質の断片が、利用可能な濃縮エネルギーの貯蔵庫となるのです。皆さん、これがわれわれにとって何を意味するか、お分かりでしょうか?」

ぼさぼさ頭がうなずいた。「ああ! 続けてくれ。続けてくれ。」

「それが意味する人間の境遇の変化は、人間を初めて獣より高みへ引き上げた、火の発見にしか比べられません。今日のわれわれと放射能の関係は、火を起こす方法を学ぶ以前の祖先と火の関係に似ています。祖先が知っていた火は、自らの制御を完全に超えた奇妙なものにすぎなかった。火山の頂に燃え上がる炎、森を貫いて流れる赤い破壊。それが、今日われわれが知る放射能です。これは――これは人間生活の新たな一日の夜明けです。野蛮人の打製石器と火起こし棒に始まった文明が頂点へ達し、増大し続ける需要を現在のエネルギー源ではいつまでも支えきれないことが明らかになりつつある、まさにそのとき、われわれは突如として、まったく新たな文明の可能性を発見した。生存そのものに必要でありながら、自然が今なお惜しむようにしか与えてくれないエネルギーが、実は想像もつかぬ量で、われわれの周囲すべてに封じ込められている。今はまだ、その錠をこじ開けられません。しかし――」

教授は言葉を切った。声が低くなり、誰もが聞き取ろうとわずかに身を乗り出した。

「――われわれは、必ず開ける。」

教授は痩せた人差し指を再び立てた。それが唯一の身振りだった。

「そして、そのとき」と教授は言った……。

「存在をめぐる果てしない闘争、自然のエネルギーのわずかな余剰にすがって生きる果てしない闘争は、もはや人類の宿命ではなくなるでしょう。人類は、この文明の頂点から、次なる文明の始まりへ踏み出す。皆さん、私の前に開ける、人類の物質的運命の光景を表すだけの雄弁を、私は持ち合わせていません。砂漠の大陸が姿を変え、極地がもはや氷の荒野ではなくなり、全世界が再びエデンとなるのが見える。人間の力が星々の間へ伸びていくのが見える……」

教授は突然言葉を切り、息を詰まらせた。多くの俳優や演説家が羨むほどの効果だった。

講義は終わった。聴衆は数秒間、黙ったまま余韻に浸り、ため息をつき、やがて声を発し、身じろぎし、ざわめき、解散の準備を始めた。照明がさらに点され、それまで薄暗い人影の塊だったものは、明るく入り乱れる動きへ変わった。友人に合図する者もいれば、教授の装置を調べ、図を写し取ろうと壇上へ押しかける者もいた。だが、ごつごつ頭にぼさぼさ髪の少年は、自らを奮い立たせた思いを、そのような細部で小さく散らしてしまいたくなかった。それらの思いと二人きりになりたかった。ほとんど猛然と肘で人を押し分け、牛のように角張った骨ばかりの身体をさらに強張らせた。誰かに話しかけられ、燃え上がる熱狂の領域へ踏み込まれることを恐れていた。

幻視を見る聖者のような恍惚の顔で、街路を歩いた。腕は不釣り合いに長く、足は滑稽なほど大きかった。

一人にならなければならない。この平凡さと日常生活の混雑を離れ、どこか高い場所へ行かなければならない。

少年はアーサーの玉座の頂上へ登り、黄金色の夕陽のなか、長い間そこに座っていた。じっとしたまま、ときおり心に残った大切な言葉を、独り言のように囁いた。

「もし」と囁いた。「もし、あの錠をこじ開けられさえすれば……」

太陽は遠い丘の上へ沈みつつあった。すでに光条を失い、赤みを帯びた黄金の球となって、まもなくそれを呑み込む巨大な雲の堤の上に浮かんでいた。

「ああ!」と少年は言った。「ああ!」

ようやく恍惚から目覚めたようだった。赤い太陽が目の前にあった。初めは何も理解せずに見つめていたが、やがて認識が形を取った。その心に、祖先の空想の奇妙なこだまがよみがえった。二十万年前に死に、漂積土の間で骨を散らした石器時代の野蛮人、その空想が。

「おい、老いぼれ」と少年は言った。目を輝かせ、片手で掴み取るような仕草をした。「赤い老いぼれめ……。いつか必ず、おまえを捕まえてやるぞ。」

第一章 新たなエネルギー源

第一節

二十世紀初頭、ラムゼー、ラザフォード、ソディといった科学者たちがすでに提起していた問題――重元素に放射能を誘発し、原子内部のエネルギーを引き出す問題――は、早くも一九三三年、推論と直観と幸運の驚異的な組み合わせによって、ホルステンに解決された。放射能の最初の発見から、それが初めて人間の目的に従属させられるまで、四半世紀をわずかに超える時間しかかからなかった。その後二十年にわたり、細かな難題が成功の華々しい実用化を妨げはしたが、本質的な仕事は完了していた。人類進歩の行進は、その年、新たな境界を越えたのである。ホルステンは微小なビスマス粒子に原子崩壊を引き起こした。それは激しく爆発し、きわめて強い放射能を持つ重い気体となり、その気体も七日間で崩壊した。さらに一年研究したのち、ようやく、この急速なエネルギー解放の最終生成物が金であることを、実際に示せた。しかし、ともかく成し遂げられた――胸には火傷の水疱ができ、指一本を負傷するという代償を払って。そして目に見えないビスマスの微粒子が、引き裂き、切り裂くエネルギーへ閃いた瞬間から、ホルステンは悟った。たとえ今なお狭く暗い道であろうと、人類のため、無限の力を持つ世界へ至る道を開いたのだと。彼は、世に残した奇妙な日記形式の自伝に、そのことを記している。そこまでは推測と計算の塊だった日記が、突然しばらくの間、全人類が理解できる感覚と感情を、驚くほど細やかで人間的に記録したものへ変わる。

複雑に入り組んだ計算と推測が正しかったと実証された後の二十四時間を、彼は途切れた句や、しばしば単語だけで記している。だが、それゆえ鮮やかさが損なわれてはいない。「眠れないと思った」と書く――省略語は括弧内で補った――(理由は)「手と胸の痛み、そして自分の成し遂げたことへの驚異……。子供のように眠った。」

翌朝、奇妙な落ち着かなさを覚えた。することが何もなかった。ブルームズベリーの部屋で独り暮らしをしていた彼は、幼いころ、風の吹く遊び場として親しんだハムステッド・ヒースへ行くことにした。当時、ロンドンの一地区から別の地区へ移動する一般的な手段だった地下鉄に乗り、駅からヒース・ストリートを上って、開けた荒野へ向かった。だが通りは、家屋解体業者の囲いの間を、板材と足場が埋める谷間になっていた。時代の精神が、その狭く、急で、曲がりくねった大通りを捕らえ、ネオ・ジョージアン美学の驚くべき理想に従って、便利で趣深いものに改造しようとしていた。人間とは非論理的なもので、現文明の座席の下に爆薬を仕掛けるような仕事を終えたばかりのホルステンが、この変化を惜しんだ。ヒース・ストリートを、おそらく千回は上ったことがあり、小さな店すべての窓を知っていた。今は消えた映画館で何時間も過ごし、古い谷間のような通りの西側斜面に高くそびえる初期ジョージアン様式の家々に驚嘆していた。親しんだものがすべて消え、奇妙な気持ちになった。ようやく、塹壕と穴とクレーンで詰まった路地を逃れたときには、ほっとした。そしてホワイト・ストーン池周辺の、昔ながらの見慣れた景色へ出た。少なくともそこは、かつてとほとんど変わっていなかった。

左右には、今も立派な古い赤煉瓦の家々があった。貯水池には大理石の柱廊が加えられ、玄関上部を花で飾った白壁の宿屋は、今なお道の角にひときわ目立っていた。ハロウ丘とハロウの尖塔へ続く青い眺望、丘と木々と輝く水面、風に流される雲の影からなる景色は、坂を上ってきたロンドン市民の前に巨大な窓が開くようだった。何もかもが、とても心強かった。同じように人々が歩き回り、その間を自動車が傷つけることなくすり抜けるという同じ永遠の奇跡が繰り返され、背後の低地に淀む安息日の息苦しさを逃れて、田園へ猛進していった。今も楽隊がいた。女性参政権集会もあった――参政権を求める女たちは、わずかな嘲笑を含みながらも、再び大衆に容認されるまでに立場を回復していた――社会主義の演説家、政治家、楽隊、そして裏庭と鎖から週に一度だけ解放される至福に狂喜する犬たちの、同じ猛烈な騒ぎがあった。スパニアーズへ続く道には、いつものように「今日はロンドンが格別よく見える」と語りながら、膨大な群衆が歩いていた。

若いホルステンの顔は青ざめていた。酷使された神経と運動不足の身体に特有の、落ち着かない気楽さを装って歩いた。ホワイト・ストーン池で、その左を行くか右を行くか迷い、道の分岐でもまた迷った。杖を何度も持ち替え、動きが定まらないため、歩道の人々の邪魔になったり、ぶつかられたりした。本人の告白によれば、「普通に存在するには不向き」だと感じていた。自分が人間ならざる、悪意ある何かのように思えた。周囲の人々は皆、かなり裕福で、かなり幸福で、自分たちが送らねばならない生活――一週間働き、日曜には一張羅を着て、穏やかに散歩する生活――によく適応しているように見えた。ところがホルステンは、彼らの満足、野心、充足をつなぎ合わせている構造全体を崩壊させるものを解き放ってしまった。「弾丸を装塡した拳銃でいっぱいの箱を託児所へ贈った愚か者のような気分」と記している。

ローソンという旧友に出会った。歴史が彼について知るのは、赤ら顔でテリアを連れていたことだけである。二人は一緒に歩き、ホルステンがあまりに青ざめ、落ち着かなかったので、ローソンは働きすぎだ、休暇が必要だと言った。二人はゴールダーズ・ヒル・パークの州議会管理施設の外にある小卓へ腰を下ろし、給仕の一人をブル・アンド・ブッシュへやって、ビールを二瓶買ってこさせた。おそらくローソンの提案だったのだろう。ビールは、いささか人間味を失っていたホルステンの身体を温めた。ホルステンは、自らの大発見が何を意味するか、可能なかぎり明瞭にローソンへ語り始めた。ローソンは注意深く聞くふりをしたが、実際には理解に必要な知識も想像力もなかった。「結局は、そう何年もたたないうちに、これは戦争、交通、照明、建築、あらゆる製造業、農業さえも、人間の物質的営みをすべて変えてしまう――」

そこでホルステンは突然言葉を切った。ローソンが跳び上がっていた。「あの馬鹿犬め!」とローソンは叫んだ。「見ろ、またやってる。おい! こっちだ! ヒュー、ヒュー、ヒュー! 戻れ、ボブス! こっちへ来い!」

包帯を巻いた手の若き科学者は緑の卓に座り、長年追い求めたものの驚異を伝えるには疲れすぎていた。友人は犬を呼んで口笛を吹き、怒鳴り、日曜の人々は春の陽光のなかを二人の周囲で行き交っていた。ホルステンは一、二秒、驚いてローソンを見つめた。話すことに夢中で、ローソンがほとんど聞いていなかったと気づいていなかったのだ。

それから「なるほど!」と言い、かすかに笑って――目の前のビールジョッキを空にした。

ローソンは再び腰を下ろした。「犬の面倒は見ないとな」と、詫びるように言った。「それで、何の話だった?」

第二節

夕方、ホルステンは再び外出した。セント・ポール大聖堂まで歩き、しばらく扉の近くに立って夕べの礼拝へ耳を傾けた。祭壇の蝋燭は、なぜかフィエーゾレの蛍を思い出させた。それから夕暮れの灯の間を歩き、ウェストミンスターへ戻った。自らの発見がもたらす巨大な結果を思うと、重圧を覚え、実際、恐怖さえ感じた。その夜は、成果を公表すべきではない、まだ早すぎる、と漠然と考えた。賢者たちの秘密結社のようなものが研究を管理し、世界がその実用にふさわしく成熟するまで、世代から世代へ伝えていくべきではないか。すれ違った何千もの人々のうち、変化という事実へ真に目覚めた者は一人もいないように思えた。彼らは、世界が今のままであり、あまり急速には変化せず、信頼、確信、習慣、慣れ親しんだ小さな取引、苦労して得た地位を尊重してくれると信じていた。

サヴォイ・ホテルとセシル・ホテルの、明るく照らされて張り出す巨大な建物の下にある、小さな庭園へ入った。ベンチに腰を下ろすと、隣にいる二人の会話が耳へ入った。明らかに結婚を目前にした若い男女だった。男は、ようやく安定した職を得たことを喜んでいた。「向こうは俺を気に入ってる」と男は言った。「俺も仕事が気に入ってる。出世して――十年かそこらすりゃ、かなり楽な稼ぎになるはずだ。それが正直なところだよ、ヘティ。俺たちがそこそこ立派に――本当に立派に――やっていけない理由なんて、どこにもない。」

確固として固定された状況のなかで、小さな成功を望むこと! ホルステンの心には、そう響いた。日記にこう書き加えた。「この地球全体が、あれであるように感じた……」

その言葉で彼が意味したのは、人口に満ちたこの世界全体を、一種の透視によって見渡すことだった。あらゆる都市、町、村、大街道と道端の宿、庭園、農場、高地の牧草地、舟人、船乗り、大洋の大圏航路を進む船、時刻表、約束、支払い、納付――すべてが一つに統合され、進行していく光景として見えたのである。ときおり、そのような幻視が訪れた。大きな一般化に慣れながら、細部にも鋭敏だった彼の精神は、同時代人の大半より、はるかに包括的に物事を捉えた。通常、この群生する球体は定められた終点へ進み、荘重な速さで太陽を巡る軌道を回っていた。通常、それは彼の眼差しの下で変化する、生きた進歩の全体だった。だが今は、疲労が生命の絶え間ない動きをいささか鈍らせ、ただ永遠に循環しているように見えた。人間の日常には巨大な固定性と反復性があるという、より一般的な確信へ陥った。遠い過去の放浪する野蛮、明日訪れる不可避の変化は帳に隠れ、見えるのは昼と夜、種まきと収穫、愛し合い子をもうけること、誕生と死、夏の陽光の下の散歩、冬の炉辺の物語だけだった。希望、行為、老いという太古の連鎖が、毎年新たにされ、いつまでも、いつまでも渦巻き続ける。ただ今や、研究という不敬な手が、このまどろみ、穏やかに唸り、習慣のまま陽光の下で回る、人間存在の独楽を覆そうと振り上げられていた……。

しばらくの間、戦争、犯罪、憎悪、迫害、飢饉、疫病、獣の残虐さ、疲労と冷たい風、失敗、不足、後退を忘れた。人類すべてを、隣のベンチに座る慎ましい日曜の男女に重ねた。二人は、名誉なき将来と、実現しそうもない満足を思い描いている。「この地球全体が、あれであるように感じた。」

理性はこの気分に抗ったが、しばらくは無駄だった。自分が奇妙で人間ならざる何か、群れから離れた放浪者であり、人生の美しい表面の下にある暗闇と燐光の間を、不自然な長旅を続けた末、邪悪な贈り物を携えて戻ってきたのだという、不安な考えの侵入を押し返そうとした。人間は昔からこうだったわけではない。小さな家、小さな土地を求める本能と欲望が、その本性のすべてではない。人間は冒険者でもあり、実験者でもあり、休むことのない好奇心であり、飽くことなき欲望でもある。確かに数千世代にわたり、大地を耕し、季節に従い、祈りを捧げ、穀物を挽き、十月の葡萄搾り場で足を踏み鳴らしてきた。だが不穏な衝動が消えるほど長くはなかった。

「家と日常と畑があったのなら」とホルステンは考えた。「驚異と海もあった。」

振り返り、ベンチの背越しに、頭上の巨大なホテルを見上げた。柔らかな覆いのかかった照明、宴の輝きと色彩とざわめきに満ちていた。人類への贈り物が意味するものは、単にあれが増えることなのだろうか? ……

立ち上がって庭を出た。夕暮れの深い青を背景に、温かな光を満載した路面電車が通り過ぎるのを眺めた。濡れた長い裾のような、輝く反射を滴らせ、引きずっていた。エンバンクメントを横切り、しばらく暗い川を眺め、ときおり明るい建物や橋を振り返った。その精神は、群れ集うあの仕組みすべてを、どのようなものに置き換えられるか考え始めた……。

「始まった」と、これらを記録した日記に書いている。「予見できない結果へ手を伸ばすのは、私の役目ではない。私は全体ではなく一部だ。〈変化〉の武器庫にある、小さな道具にすぎない。たとえ私がこの論文をすべて焼いても、二十年もたたぬうちに、別の誰かが同じことをしているだろう……」

第三節

ホルステンは死ぬまでに、原子エネルギーが他のあらゆる動力源を圧倒する光景を見る運命にあった。しかしそれまで数年間、細部と応用上の難題が巨大な網となり、新発見が日常生活へ実効的に侵入するのを妨げた。実験室から工場への道は、ときに曲がりくねっている。電磁放射は、マルコーニが実用化する二十年前から知られ、実証されていた。同様に、誘発放射能が実用へ供されるまでにも二十年かかった。もちろんこの発見は盛んに議論された。技術的適応を進めていた期間より、発見当時のほうが多く論じられたほどだった。しかし目前に迫る巨大な経済革命を真に理解する者はほとんどいなかった。一九三三年の新聞記者たちにもっとも強い印象を与えたのは、ビスマスから金が作られたこと、採算の取れない方法ながら錬金術師の夢が実現したことだった。科学の発展を追っていた各文明国の、教養ある大衆のうち比較的知的な層では、かなりの議論と期待が生まれた。しかし世界の大半は、頭上に張り出す岩や山の永続的な脅威の下で暮らすスイスの村人たちと同じく、可能なことが不可能であるかのように、不可避のものも遅れている以上は永遠に延期されたかのように、日々の仕事を続けた。

誘発放射能を工業生産の領域へ初めて持ち込んだホルステン=ロバーツ機関が登場したのは、一九五三年だった。最初の一般的用途は、発電所の蒸気機関を置き換えることだった。その出現直後にダス=タタ機関が続いた。これは当時、インド思想の近代化が輩出しつつあった、ベンガル人の輝かしい発明家群のうち二人による発明で、主に自動車、飛行機、水上機など移動用途に用いられた。原理は大きく異なるが同様に実用的なアメリカのケンプ機関、そしてクルップ=エルランガー機関がすぐ後を追った。一九五四年秋までには、人間の住める地球全体で、工業的方法と機械の巨大な置換が進行していた。初期のもっとも不格好な原子機関でさえ、それが取って代わった動力と費用を比較すれば、何の不思議もない。潤滑費を含めても、ダス=タタ機関は一度始動すれば、三十七マイル(約六十キロメートル)走るのに一ペニーしかかからず、動かす車体へ加わる重量はわずか九・二五ポンド(約四・二キログラム)だった。当時の重いアルコール式自動車は、外見からして滑稽で、費用の点でも馬鹿げたものとなった。石炭とあらゆる液体燃料の価格は長年、輓馬の復活さえ現実的な選択肢に見える水準まで上昇していた。それが突然緩和されたため、世界の道路交通の外観は一変した。四十年もの恐ろしい歳月、警笛を鳴らし、煙を吐き、轟音を立てて世界を走り回った、忌まわしい装甲怪物は、三年で古金属商のもとへ一掃され、街道は、銀色の鋼でできた軽く清潔で煌めく車体に埋め尽くされた。同時に、重量に比して巨大な出力を持つ原子機関は、航空にも新たな推進力を与えた。従来、飛行機唯一の推進力だった垂直プロペラに、レッドメインの巧妙なヘリコプター式昇降機関を、機体を重くしすぎず追加できるようになった。人間は、猛烈な速さで空を突進できるだけでなく、その場に静止し、垂直に、穏やかに上昇・下降できる飛行装置を手にした。飛行に対する最後の恐怖も消えた。当時の新聞記者の表現を借りれば、これが「空への飛躍」の時代だった。新型原子飛行機は、まさしく熱狂を巻き起こした。これほど操縦しやすく、安全で、道路の埃と危険から自由な機械を、財力のある者は誰もが狂おしいほど欲しがった。一九四三年にはフランスだけで三万機の新型飛行機が製造・認可され、柔らかな唸りを立てて空へ舞い上がった。

同じ速さで、さまざまな型の原子機関が産業界へ侵入した。鉄道会社は原子牽引機関を優先的に納入させるため巨額の割増金を払い、原子力精錬はあまりに性急に開始されたため、新しい力の扱いに不慣れなことから、悲惨な爆発事故が何件も起きた。材料と電力が革命的に安くなった結果、住宅の全面的再建は、建築業者と家具業者の方法を再編できるかどうかだけの問題となった。新たな力の側から、また新型機関と材料へ出資し、製造した者の視点から見れば、「空への飛躍」の時代は驚異的な繁栄の時代だった。特許保有会社はほどなく五百、六百パーセントもの配当を支払い、新開発に関わった者は皆、莫大な財産を築き、途方もない賃金を得た。ダス=タタ機関とホルステン=ロバーツ機関の双方で、回収可能な廃棄生成物の一つが金だったことも、この繁栄を大いに促した。前者はビスマス粉末を、後者は鉛粉末を崩壊させた。この新たな金の供給は、ごく自然に世界的な物価上昇を引き起こした。

熱狂的な事業活動と生産性、幸福で幸運な富裕層の密集した飛翔――あらゆる大都市が、這い回っていた蟻塚ごと突然、翼を得たかのようだった――これこそ、人類史の新時代、その初期局面の明るい側面だった。その明るさの下では、闇が集まり、不安が深まっていた。生産が巨大に発展した一方、価値も大規模に破壊された。昼夜を問わずまばゆく稼働する工場、道路を音もなく走る輝かしい新型車、空を急降下し、舞い上がり、旋回するトンボの群れは、世界が黄昏から夜へ沈むとき、そこに浮かび上がるランプと炎の光にすぎなかった。その明るい光の間には、災厄と社会的大破局が積み重なっていた。炭鉱は遠からず閉鎖される運命が明白となり、石油へ投じられた莫大な資本は売却不能になりつつあった。何百万もの炭鉱労働者、旧式製法の製鉄労働者、無数の職業に就く未熟練または半熟練労働者の大群が、新型機械の優れた効率によって職を奪われた。輸送費の急落は、人口中心地の高い地価を各地で崩壊させ、既存住宅資産の価値も疑わしくなった。金は猛烈に値下がりし、世界の信用を支えていたあらゆる証券が滑り落ち、銀行は揺らぎ、証券取引所は熱病的な恐慌の舞台となった。これが光景の裏面、「空への飛躍」が生んだ黒く怪物的な結果だった。

正気を失ったロンドンの株式仲買人が、走りながら服を脱ぎ捨て、スレッドニードル・ストリートへ飛び出したという話がある。「鉄鋼トラストは全設備を廃棄するぞ!」と男は叫んだ。「国有鉄道は機関車を全部廃棄する! 何もかも廃棄だ――何もかも。おまえら、造幣局をぶっ壊しに来い。造幣局も廃棄しろ!」

一九五五年、アメリカ合衆国の自殺率は、それ以前の最高記録の四倍に達した。世界各地で凶悪犯罪も激増した。備えのない人類へ、事態は襲いかかった。人間社会は、自らの輝かしい獲得物によって粉砕されようとしているかに見えた。

なぜなら、こうした事態を予見した者はいなかったからだ。この安価なエネルギーの洪水が人間社会にどのような混乱を引き起こすか、その可能性を計算しようとする試みさえ、どこにもなかった。この時代の世界は、後世に理解される意味では、まったく統治されていなかった。政府は設計ではなく、妥協だった。法廷的で、保守的で、議論好きで、見ることも考えることも創造することもなかった。絶対主義の名残が今なお宮廷の寵臣や信頼厚い従僕を庇護していた地域を除き、世界中の政府は、唯一の訓練された階級であるという圧倒的優位を持つ、法律家という支配的カーストの手中にあった。彼らの職業教育も、驚くほど素朴な選挙制度を操って権力へ這い上がるあらゆる事情も、事実を軽蔑し、良心的なまでに想像力を欠き、利益の主張と奪取には敏感で、あらゆる寛大さを疑うよう、彼らを仕向けていた。政府とは、精力的な派閥が妨害し合う営みだった。進歩は公的活動の外で、それに逆らって進んだ。立法とは、必要があまりに喧しく切迫し、事実があまりに攻撃的に確立されて、裁判官たちの薄汚れた隠遁所にまで侵入し、さもなければ無関心な政治機構そのものの存在を脅かしたときに初めてなされる、遅すぎて人を不具にする承認だった。

世界はあまりにも統治されていなかった。そのため、豊かさがまさに到来し、計算不能な潤沢さが満潮を迎え、人間の必要を満たすためのあらゆるもの、当時の人間の心に存在した意志と目的を実現するためのあらゆるものが、すでに手の届くところにあったにもかかわらず、なお困窮、飢餓、怒り、混乱、対立、まとまりなき苦痛を語らねばならない。この巨大な新しい富は、ついに人間の手の届くところへ来た。だが、それを分配する計画はなかった。そのような分配が可能だという明確な認識さえなかった。新時代の最初の数年間を包括的に眺め、後世が示した潜在的な達成可能性と比べると、原子力以前の時代がどれほど盲目で、狭量で、無分別なまでに想像力なき個人主義に染まっていたかが測れる。力と自由の巨大な夜明けの下、約束に燃える空の下、科学が豊穣の女神のように人間生活のうずくまる闇すべてを見下ろし、その力強い腕に、安全と豊かさ、謎の解答、もっとも勇敢な冒険への鍵を、人間が受け取る気になるまで辛抱強く抱いていた、その面前で、その贈り物の手付けが法廷へ持ち込まれ、世界はダス=タタ特許訴訟という、あの卑小な光景を目撃することになった。

一九五六年五月、異例の暑さに襲われたロンドンの、息苦しく、薄汚れた長方形の箱のような法廷で、当代一流の法廷弁護士たちが、特許使用料を増やすか減らすか、ダス=タタ社がホルステン=ロバーツ方式による新動力の利用を妨げられるかという、惨めなほど些細な問題をめぐり、論じ、怒鳴り合った。実際、ダス=タタ陣営は原子力工学における世界的独占を確保しようと、猛烈な努力を重ねていた。当時の慣習どおり、裁判官は法廷を見下ろす高い席に座り、馬鹿げた法服と愚かしいほど巨大な鬘を身につけていた。法廷弁護士たちも、普段の服の上に薄汚れた小さな鬘と奇妙な黒い法服をまとっていた。弁論には鬘と法服が不可欠だと考えられていたのだ。汚れた木の長椅子では、狡猾そうな事務弁護士たち、忙しく書きつける記者、訴訟当事者、鑑定証人、利害関係者、召喚状で呼び出された者たち、依頼のない若い法廷弁護士たち――もっとも尊敬され、攻撃的な先輩を真似て気取っていた――そして外の自由な陽光より、この不正の穴蔵を好む風変わりな傍聴人が、押し合いながら身じろぎし、囁いていた。全員が湿っぽい暑さに苦しみ、尋問中の勅選弁護士は、髭をきれいに剃った巨大な上唇から汗を拭った。貪欲な争いと人間の吐息がこもる空気へ、見るからに汚れた窓を通して日光が差し込んでいた。陪審員たちは裁判官の左手にある二列の長椅子へ座り、灰捨て穴へ落ちた蛙のように居心地悪そうな顔をしていた。そして証言台では、何もかも呑み込もうと企むダスが、反対尋問を受けながら嘘をついていた……。

ホルステンは、さらなる研究の基盤となるほど成果が進んだと思えば、直ちに公表するのが常だった。その人を信じやすい性向と、応用上の着想が幸運にも一度閃いたことに、抜け目ないダスは特許請求の根拠を負っていた……。

しかし実際には、こうした抜け目ない人間の大群が、新開発のあれこれの特徴へしがみつき、特許を取り、先買いし、独占し、この巨大な翼ある力を、自らの小さな欲望と貪欲のために従属させようとしていた。この裁判は、同種の無数の争いの一つにすぎない。しばらくの間、世界の表面は特許訴訟によって膿んだ。だが、この裁判には偶然、奇妙に劇的な一幕があった。ホルステンは金持ちの扉で待つ乞食のように、二日間も裁判所で待たされ、廷吏に威圧され、警官に監視された末、証人として呼ばれた。そして法廷弁護士からかなり手厳しく扱われ、完全に明瞭な説明をしようとしていたのに、裁判官から「言葉尻を捉えるな」と命じられたのである。

裁判官は羽根ペンで鼻を掻き、怪物じみた鬘の端から、ホルステンの驚きを嘲笑った。ホルステンが偉人だというのか? なるほど。だが法廷では、偉人も身の程を教えられる。

「知りたいのは、原告がこれに何かを付け加えたのか、そうでないのかです」と裁判官は言った。「サー・フィリップ・ダスの改良が単なる表面的な応用だったのか、あなたの論文に暗黙のうちに含まれていたのかについて、あなたの見解を聞きたいのではありません。発明家の常として、将来発見されそうなものの大半が、ご自分の論文に含まれているとお考えなのでしょう。その後の追加や修正も、大半は表面的なものにすぎないとお考えに違いない。発明家はそう考えがちなものです。法律はそのようなことを問題にしません。法律は発明家の虚栄とは無関係です。法律が問題にするのは、この特許権に原告が主張する新規性があるかどうかです。その点を認めれば何を阻止しうるか、あるいは阻止しえないか、質問された以上のことに答えようとする、あなたの溢れんばかりの熱意が述べさせている、その他すべての事柄――そのいずれも、本件とはまったく関係ありません。この法廷で常に私を驚かせるのは、精密さと真実性をあれほど大仰に標榜する科学者の皆さんが、証言台へ上がった途端、いかに話を逸らし続けるかということです。これほど不満足な証人の部類を、私はほかに知りません。簡明な質問です。サー・フィリップ・ダスは、この件に関する既存の知識と方法へ、実質的な何かを付け加えたのか、そうでないのか。追加が大きいか小さいかも、あなたが認めることで何が起きるかも、聞いてはいません。それを判断するのは、われわれです。」

ホルステンは黙っていた。

「お分かりでしょう?」と裁判官は、ほとんど憐れむように言った。

「いいえ。何も付け加えてはいません」とホルステンは答えた。人生で一度くらい、微小量を無視せねばならないと悟ったのだ。

「なるほど!」と裁判官は言った。「ではなぜ、弁護人が質問したときに、そう言えなかったのです? ……」

五日後の日付を持つ、ホルステンの日記自伝の一節には、こうある。「まだ驚いている。法律はこの国でもっとも危険なものだ。何百年も古い。何の理念もない。もっとも古い古瓶に、この新しい酒、もっとも爆発的な酒を入れている。何かが彼らを追い越すだろう。」

第四節

法律が「何百年も古い」というホルステンの主張には、ある程度の真実があった。当時の思想や広く受け入れられた理念と比べれば、法律は古代の遺物だった。生活の物質的条件と方法のほとんどすべてが急速に変わり、今やさらに速く変化していたにもかかわらず、世界の法廷と立法機関は、比較的野蛮な時代の粗雑な妥協に由来する制度と手続き、権利、財産、権威、義務の概念によって、近代の要求へ応えようと必死にもがいていた。イギリスの裁判官がかぶる馬毛の鬘と奇妙な衣装、黴臭い法廷と高圧的な態度は、実のところ、より深い時代錯誤が外面へ現れた兆候にすぎなかった。二十世紀半ばの地球の法的・政治的組織は、至るところで、複雑な衣服のようだった。すでに古びながらも頑丈で、かつて守った統治体を、今や拘束していた。

それでも、自然科学の分野で自然征服の始まりとなった、自由な思考と率直な公表の精神は、十八、十九世紀を通して働き続け、衰退する旧世界の肉体の内側に、新世界の精神を準備していた。個人の利益と既成制度を、集団の未来へさらに大きく従属させるという理念は、当時の文学にますます明瞭にたどることができる。次々に現れた運動は、法的・社会的・政治的秩序の、初めはこちら、次はあちらという側面を批判し、反対するうちに疲弊して消えた。すでに十九世紀初頭、シェリーは何の代案も持たぬまま、既成の世界支配者を「無政府の支配者」と糾弾していた。また社会主義と呼ばれた思想・提案の体系全体、特にその国際主義的側面は、創造的な提案や移行方法に乏しくはあったが、それでも、所有権を中心とする既存の法的思想のもつれに取って代わる、近代化された相互関係の制度という構想が育っていたことを証明している。

「社会学」という語を考案したのは、十九世紀半ばに活躍した哲学分野の人気作家、ハーバート・スペンサーだった。しかし、既存の装置に縛られず、電気牽引システムを設計するように科学的原則に基づいて国家を設計するという発想が、世界の大衆的想像力を強く捉えたのは二十世紀に入ってからである。そのころ、馬鹿げた選挙制度から生まれた、怪物的で社会を麻痺させる政党制度に対するアメリカ国民の苛立ちが高まり、やがて「近代国家」運動と呼ばれるものが現れた。アメリカ、ヨーロッパ、東洋の輝かしい著述家たちが、社会的相互作用、財産、雇用、教育、政府について、かつて考えられたことのない大胆な再編を構想するよう、世界を駆り立てた。近代国家の思想は、二百年にわたって進行してきた物質世界の巨大な革命が、社会・政治思想へ反映されたものだったに違いない。しかし長い間、既存制度へ及ぼす影響は、ヴォルテールが死んだ当時、ルソーやヴォルテールの著作が及ぼしたように見えた影響と同じく、皆無に等しかった。それらは人間の精神の内で発酵していた。原子機構の出現が生み出したような社会的・政治的圧力さえ加われば、粗削りで衝撃的な現実として、一気に押し出される準備ができていたのである。

第五節

フレデリック・バーネットの『遍歴時代』は、二十世紀の一九二〇年代から三〇年代を通じて流行した、自伝的小説の一つである。一九七〇年に刊行された。ここでいう遍歴時代は、文字どおりというより、精神的・知的な意味に理解すべきだろう。実際これは暗示に富んだ題名であり、世界を一世紀半前のゲーテ『ヴィルヘルム・マイスター』へ連れ戻す。

著者フレデリック・バーネットは、十九歳の誕生日から二十三歳の誕生日までの生活と思想を、細密かつ風変わりに記している。独創性にも輝かしさにも特に恵まれた人物ではなかったが、事情を細々と書く才があった。後世のために残った確かな肖像は一枚もないが、無造作な表現の数々から、背が低く、がっしりして、太り気味で、「やや締まりのない」顔に、大きく丸い、少し突き出た青い目を持っていたことが分かる。一九五六年の金融破局までは、かなり裕福な階級に属していた。ロンドンの学生であり、飛行機でイタリアへ渡り、ジェノヴァからローマまで徒歩旅行をした。その後、空路でギリシャとエジプトへ渡り、バルカン半島とドイツを経て帰国した。銀行株、炭鉱、不動産へ主に投資されていた一族の財産は消滅した。無一文となり、生活費を稼ごうとした。ひどい困窮を味わい、やがて戦争へ巻き込まれ、一年間兵役に就いた。初めはイギリス歩兵部隊の将校、次いで平定軍の一員となった。その著書は、これらすべてを簡潔に、同時にきわめて明瞭に語っている。そのため後世の人々が「大変動」の歳月を、少なくとも一人の男の目を通して見ることのできる、いわば一つの眼として残った。

本人によれば、初めから「本能的な」近代国家主義者だった。古色ある威厳を湛えたサマセット・ハウスの対岸、テムズ河南岸に、長く繊細で美しい正面を見せて建つカーネギー財団学校、その教室と実験室でこうした思想を吸収した。イングランドの教育復興を先導したこの学校では、その思想が組織そのものへ織り込まれていた。ハイデルベルクとパリで慣例の交換留学年を過ごしたのち、ロンドン大学の古典学科へ進んだ。イギリスの教育者による旧来の、いわゆる「古典教育」――人間の生を浪費したもののなかでも、おそらくもっとも人を麻痺させ、効果がなく、愚かな慣行――は、この偉大な教育機関からすでに一掃され、近代的な方法に置き換えられていた。そこでバーネットは、ドイツ語、スペイン語、フランス語を学んだのと同じように、ギリシャ語とラテン語を学び、自在に読み書きし、話せるようになった。それらの言語を鍵としてヨーロッパ体系の基盤文明を研究する際にも、意識せぬほど自然に使った。(この変化はまだ新しかったため、彼はローマで出会った「オックスフォードの教師」について記している。その男は「ウィルトシャー訛りと露骨な居心地悪さを漂わせてラテン語を話し、舌を出しながらギリシャ文字を書き、ギリシャ語の一文は、引用なら呪文であり、引用でなければ不作法だと思っているようだった」)

バーネットは、イギリス鉄道における石炭蒸気機関の最後の日々と、煙を生む石炭暖炉が電気暖房に取って代わられるにつれ、ロンドンの大気が徐々に清浄化していくのを目撃した。ケンジントンではまだ実験施設の建設が進められており、アルバート記念碑の撤去を遅らせた学生暴動にも加わった。片面に「滑稽な彫像が好きだ」、もう片面に「彫像には椅子と天蓋を。なぜ偉大な故人を雨ざらしにする?」と書かれた旗を掲げた。当時の、いささか運動競技めいた飛行術を、シデナムの大学練習場で学んだ。またワームウッド・スクラブズに新設された、政治的誹謗者向けの刑務所上空を、「運動中の囚人を高揚させるおそれのある方法で」飛行したため、罰金を科された。これは公的司法へのあらゆる批判を封じようとする試みが行われていた時代で、そこにはエイブラハムズ首席裁判官の精神錯乱へ注意を促す勇気を持った記者たちが、ひしめき合っていた。バーネットはあまり優秀な飛行家ではなかった。自分の飛行機を常に少し怖がっていたと告白している――あの不格好な初期型を誰もが恐れるのは、まったくもっともだった――そして急降下や超高空飛行には決して挑まなかった。また当人の記録によれば、石油式自動二輪車も一台所有していた。その不格好な複雑さと途方もない汚さは、今なおサウス・ケンジントン機械博物館の来館者を驚かせている。犬を一匹轢いたことに触れ、サリー州の「スパッチコック」の法外な値段に不満を述べている。「スパッチコック」とは、どうやら轢き潰した雌鶏を指す俗語だったらしい。

兵役期間を最短にするため必要な試験には合格したが、特別な科学的・技術的資格がなく、また早熟な肥満が航空任務の妨げとなったため、訓練先は戦列歩兵と定められた。それがもっとも一般的な兵種だった。戦争理論の発展は、数十年にわたり実戦経験からほとんど助けを得ていなかった。近年起きた戦闘は、小国あるいは未開国での戦いで、農民兵や野蛮な兵士が、わずかな近代装備を用いて行うものにすぎなかった。世界の列強は、広範な編制において三、四十年前のヨーロッパ戦争の伝統を引き継ぐ軍隊を維持するだけで、おおむね満足していた。バーネットが属した歩兵部門は、小銃を持って徒歩で戦い、軍の主力をなすものとされていた。騎兵部隊、すなわち騎乗兵もあり、歩兵に対するその比率は、一八七一年の普仏戦争の経験によって決められていた。砲兵も存在し、説明のつかない理由から、その多くはなお馬に牽引されていた。ただしヨーロッパの全軍には、不整地を走れるよう設計された車輪を備える自走砲も、少数ながら存在した。さらに工兵部門も大きく発達し、自動車輸送、自動二輪車による偵察、航空などを担当していた。

新装備と近代的状況下における戦争の問題を専門に研究し、解決するため、一流の知性が求められたことはなかった。その代わり、有能な法律家――ホールデン卿、ブリッグズ首席裁判官、そして非常に有能な勅選弁護士フィルブリック――が次々に軍を徹底して何度も再編し、ついには国民皆兵制を採用して、一九〇〇年の大衆なら非常に威容があると思ったであろう基盤へ据えた。今や大英帝国は、いつでも百二十五万の、兵士と呼べなくもない者を世界政治の盤上へ置くことができた。日本と中央ヨーロッパ諸国の軍隊の伝統は、より君主的で、法廷的要素が少なかった。中国は軍事大国となることを断固として拒み続け、アメリカを模範とする小規模な常備軍を維持していた。それは規模なりに、きわめて効率的だと言われていた。ロシアは、厳格な行政によって国内の批判から守られ、世紀初頭の数十年以来、軍服の意匠も砲兵中隊の編制も、ほとんど変更していなかった。バーネットが軍事訓練へ抱いた評価は、明らかに低い。近代国家思想を持つ彼には退屈なものと映り、常識によって無用と断じた。さらに、その体格ゆえ、軍務の疲労と苦難へことさら敏感だった。

「三日続けて、われわれは夜明け前に起こされ、何の理由もなく朝食抜きにされた」と彼は語る。「おそらく〈その日〉が来れば、まずわれわれを徹底的に不快にし、くたくたにするのだと教えるためなのだろう。それから上官たちの不可思議な発想に従い、軍事演習へ移った。最終日には、早朝とはいえ暑い陽射しの下、三時間かけて八マイル(約十三キロメートル)の土地を進み、自動車式乗合馬車なら九分半で着ける地点へ向かった――翌日、実際にそれで行ってみた――それから、審判役が許しさえすれば、われわれ全員を三回ずつ射殺できたはずの塹壕へ、密集攻撃を行った。次に短い銃剣訓練があったが、この長い刃物を生き物へ突き刺せるほど、自分が野蛮人なのかは疑わしい。いずれにせよ、この戦闘ではそんな機会もなかっただろう。奇跡的に三回撃たれずに済んだとしても、塹壕へ着いたころには暑さと息切れで、忌々しい小銃を持ち上げることさえできなかった。刺すのを始めたのは、向こう側だっただろう……。

「しばらくの間、敵対する飛行機二機がわれわれを監視していた。それから味方機が上がり、やめてくれと頼んだ。航空戦の作法はまだ知られていなかったので、彼らは実に礼儀正しく監視をやめて立ち去り、フォックス丘陵の上で、たいへん見事な急降下と旋回を披露した。」

バーネットの軍事訓練に関する記述は、どれも同じく、半ば軽蔑し、半ば抗議する調子で書かれている。自分が実戦へ参加する可能性はきわめて低いと考えていた。仮に参加することになっても、実戦は平時のこの演習とはまるで違うはずだから、理性的な人間として取るべき唯一の行動は、新たな状況の要領と可能性を学ぶまで、できるだけ注意深く危険を避けることだと考えていた。そのことを、きわめて率直に記している。見せかけの英雄気取りから、これほど無縁な男はいなかった。

第6節

バーネットは、新しい機械なら何にでも胸を躍らせる若い男らしい情熱をもって、原子力機関の登場を歓迎した。そしてしばらくのあいだ、その驚異的な可能性の奔流と、一家を襲っていた財政難とを結びつけて考えられなかったらしい。「父が悩んでいたのは知っていた」と本人も認めている。そのことは、気の合う三人の仲間と新型原子力機に乗り、イタリア、ギリシャ、エジプトへと意気揚々と旅立つ彼の心に、ほんのわずかな影を落としただけだった。一行はチャネル諸島とトゥーレーヌの上空を飛び、モンブランを旋回したという――「この新型ヘリコプターのおかげで」と彼は記している。「昔の飛行機につきものだった、急降下の危険と緊張はすっかり消えていた」――その後、ピサ、パエストゥム、ジルジェンティ、アテネを経てカイロへ向かい、そこから月明かりの下でピラミッドを見物し、さらにナイル川を遡ってハルツームまで飛んだ。後世の基準から見ても、若者にとってはこの上なく愉快な休暇だったに違いない。それだけに、その直後に訪れた悲劇はいっそう暗いものとなった。帰国から一週間後、男やもめだった父親は破産を宣言し、処方外の阿片剤を用いて自殺した。

その一撃でバーネットは、それまで属していた、財産を持ち、金を使い、人生を楽しむ階級から、たちまち無一文の身へと突き落とされた。生計を立てるための職能もなかった。教師や新聞の仕事を試してみたが、ほどなくして、いつまでも日の当たる場所で暮らせると思っていた世界の、暗い底面へと回り込んでいた。数知れぬ人々にとって、こうした体験は精神と魂の破滅を意味してきた。しかしバーネットは、肉体的には安楽を好む性質でありながら、試練に直面すると、より勇敢な近代人としての資質を示した。すでに幕を開けつつあった英雄時代の、創造的なストイシズムが彼の全身に染み込んでいたのだ。彼は困難も不快も、自分に与えられた素材として毅然と受け止め、表現へと昇華した。

事実、著書の中で、彼はそうした苦難を与えてくれた運命に感謝している。「私はあの上層の、安泰と浪費に守られた、こぎれいな愚者の楽園で、生きて死んでいたかもしれない」と彼はいう。「追い立てられ、苛立った大衆のうちに怒りと悲しみが募っていることにも、気づかずじまいだったかもしれない。自分が裕福だったころには、世の中は実によく整えられているように見えたものだ」。ところが新たな立場から眺めてみれば、世の中は少しも整えられていなかった。政府とは、侵略心と権力と倦怠との妥協にすぎず、法律とは利害関係者同士の取り決めにすぎない。そして貧しい者や弱い者には、無責任な主人こそ大勢いても、友はほとんどいなかった。

「世の中のことは、誰かが面倒を見ているものだと思っていた」と彼は書いている。「道を歩き回り、飢えながら、誰一人として本気で気にかけてはいないと知ったとき、私はある種の驚愕を覚えた。」

彼はロンドンの寂れた一角にあった下宿を追い出された。

「大家の女を説得するのには苦労した――気の毒にも、困窮した未亡人で、私はすでに家賃を滞納していた――何通かの手紙や記念の品などを入れて鍵を掛けた古い箱を、預かってもらおうとしたのだ。彼女は公衆衛生・風紀監察官をひどく恐れていた。貧しさのあまり、慣例の心付けを渡せないことがあったからだ。それでも最後には、階段の下の暗いタイル張りの場所に置くことを承知してくれた。そうして私は世の中へ出ていった――まず一食にありつく幸運を、次には寝場所を求めて。」

彼は、一年ほど前なら金を使う側の一人に数えられていた、賑やかで華やかなロンドンの中心部へと歩いていった。

可視煙法――理由の有無を問わず、目に見える煙を発生させた者を罰金に処する法律――の施行により、ロンドンはすでにヴィクトリア朝時代の、煙にくすんだ陰鬱な都市ではなくなっていた。街は絶えず建て替えられており、主要街路には、二十世紀後半を通じてその特徴となる様相が、すでに現れ始めていた。不衛生な馬と庶民的な自転車は車道から追放され、路面はいまや弾力のあるガラス状の素材で、染み一つなく清潔だった。歩行者は道路の両側に残された、かつての歩道の細い名残に押し込められ、車道を横断することは禁じられていた。横断して生き延びた場合には、罰金が科せられた。人々は自動車からこの歩道へ降り、下層階の店舗を通り抜けて、エレベーターや階段から新しい歩行者専用路〈ロウズ〉へ上がった。これは建物の二階の高さで正面に沿って延び、頻繁に架けられた橋で互いに結ばれていたため、ロンドンの新しい地区には、どこかヴェネツィアめいた外観が生まれていた。通りによっては、三階、さらには四階の高さにもロウズがあった。店のショーウィンドウは一日の大半と夜通し電灯で照らされ、多くの商店は陳列窓の面積を増やすため、店内に公共歩道という名の運河を通していた。

この夜景の中を、バーネットはいささか怯えながら進んだ。警察には、困窮しているように見える者を呼び止め、労働カードの提示を求める権限があり、雇用記録がなければ、下の交通用歩道へ追い払うことができたからだ。

だがバーネットの身なりと態度には、かつての紳士らしさがまだ十分に残っていて、追及を免れることができた。警察にも、その夜はほかに考えるべきことがあった。こうして彼は、ロンドンの生活と享楽が集中する一大中心地、レスター・スクエア周辺の回廊までたどり着いた。

彼はその晩の光景を鮮やかに描写している。広場の中央には、光の花綱に照らされた、アーチの上に築かれた庭園があり、八本の優美な橋でロウズと結ばれていた。その下では、自動車交通の流れが交錯して唸りを上げ、通行方向が東西と南北に切り替わるたび、脈打つように動いていた。周囲には、美しいというより複雑な造形の強化磁器製ファサードがそびえ、無数の灯火をちりばめ、太い帯状の電飾広告をまとい、反射光に輝いていた。この広場には歴史ある二つの音楽ホールがあった。一つはシェイクスピア記念劇場で、市営劇団がシェイクスピアの全作品を永遠に循環上演していた。ほかにも飲食と娯楽のための巨大な施設が四つあり、その尖塔は青く霞んだ夜空へ伸びていた。広場の南側だけは、ほかとは対照的に暗かった。まだ再建の最中で、消え去ったヴィクトリア朝建築の跡地を掘り下げた場所には、鋼鉄の格子組みが立ち、その上には巨大なクレーンが凍りついたような身振りでそびえていた。

しばらくのあいだ、バーネットの注意はほかの何物にも向かず、この骨組みに引きつけられた。そこは完全に静止し、死のように硬直し、打ちのめされたように動きを止めていた。働く者は一人もおらず、機械もすべて沈黙していた。だが建設現場の真空灯が、その隙間という隙間を震えるような緑色の月光で満たし、その中には警戒しながらも動かぬものが浮かび上がっていた――兵士の歩哨だ! 

彼が通りすがりの遊歩客に尋ねると、労働者たちはその日、個々の作業効率を倍にし、鉄骨工の人数を半減させる原子力リベット打ち機の使用に反対して、ストライキに入ったのだという。

「そのうち爆弾でも投げ始めるんじゃないか」と情報をくれた男はいった。しばしそこに留まった後、アルハンブラ音楽ホールへ向かって歩き去った。

バーネットは、広場の角々にある新聞売店が騒がしくなっていることに気づいた。透光掲示板に、何か途方もない大ニュースが速報されたらしい。無一文であることを一瞬忘れ、彼は新聞を買おうと橋を渡った。当時の新聞は、薄い金属箔に印刷され、特別な免許を受けた販売業者が、定められた場所で売っていた。橋の半ばまで来たところで、彼は眼下の交通の変化に気づいて足を止めた。驚いたことに、警察の信号は車両を車道の半分だけに制限していた。やがてヴィクトリア朝時代の貼り紙に代わった透光掲示板が見えるところまで来ると、失業者の大行進がすでにウェスト・エンドを進んでいるとの記事を読んだ。こうして金を使わずとも、何が近づいてくるのか理解できた。

彼はその行進を見守った。警察が阻止するのは得策でないと判断したもので、昔の失業者行進にならって自然発生的に組織されたものだった。彼の著書は、その様子を描いている。バーネットは暴徒を予想していたが、ついに到着した行列には、陰鬱ながら一種の規律があった。果てしなく続くかに見える男たちの列が、疲れ切った足取りで、どうにもならぬ無益さを漂わせながら、彼の真下の車道を進んでいった。本人によれば、その列に加わりたい衝動に駆られたという。しかし実際には、立ったまま見続けた。薄汚れ、みすぼらしく、何の力もなさそうな群衆だった。その大半は、時代遅れとなり、取って代わられた種類の労働しかできなかった。彼らは昔ながらの文句――「施しではなく仕事を」――を記した旗をいくつか掲げていたが、それ以外に行列を飾るものはなかった。

歌ってもいなければ、話してさえいなかった。態度に荒々しさも攻撃性もなく、明確な目的地もない。ただ歩き、より豊かなロンドンの地区で、自分たちの存在をさらしているだけだった。彼らは未熟練の低賃金労働者という巨大な集団の見本であり、いまやそれ以上に安価となった機械力によって、永遠に取って代わられた人々だった。馬が「廃棄」されたように、彼らもまた「廃棄」されようとしていた。

バーネットは欄干から身を乗り出し、彼らを見つめた。自分自身の不安定な境遇が、思考を研ぎ澄ませていた。しばらくは、その光景を前に絶望以外の何も感じなかったという。この増え続ける余剰人類を、いったいどうすればよいのか。何ができるのか。見るからに役に立たず――能力もなく――哀れだった。

彼らは何を求めているのか。

予想もしなかった事態に追いつかれてしまったのだ。誰も予見していなかった――

そのとき、眼下をよろめき進む無数の人々という謎が何を意味するのか、突如として彼の脳裏に閃いた。それは予期せぬ出来事に対する異議申し立てであり、自分たちより幸運で、賢く力があるように見えるほかの者たちへ、何かを――すなわち、知性を――求める訴えだった。疲れた足を引きずり、列また列と続く無言の集団は、この混乱を予見していた者が、ほかの人々の中にいるはずだと信じていた――少なくとも予見し、手を打っておくべきだった、と。

この壊れた人間たちの群れが感じ、言葉もなく訴えようとしていたのは、それだった。

「暗い部屋に明かりがついたように、すべてが見えた」と彼はいう。「この男たちは、かつて神に祈ったように、同じ人間に祈っていたのだ! 人間が何かについて最後まで理解しないのは、それが生命のないものだということだ。彼らは世界に宿る生命を、人類へと移していた。どこかにはまだ知性があると信じていたのだ。たとえそれが無関心であろうと、悪意に満ちていようと……。ただ呼び覚ましさえすれば、良心の痛みを感じ、行動を起こすはずだと……。そして私は同時に悟った。そのような知性は、まだ存在していないのだ、と。世界は知性を待っている。その知性は、いまなお作り上げなければならない。善と秩序を求める意志は、いまだ一つに集められていない。衝動の断片、さまよう善意の種子、私たちの魂にある優れたもの、創造的なもの、そのすべてを一つの共通目的へとまとめ上げなければならない。それはまだ、これから訪れるものなのだ……」

この時代に思考の視野が広がっていたことをよく示しているのは、以前の時代なら自分一人の差し迫った必要だけで頭がいっぱいになっていたであろう、さして英雄的でもないこの若者が、そこに立ち、人類全体の必要について一般化して考えられたことだ。

しかし、混沌とした時代のあらゆる緊張と対立の上には、すでに新時代の光が差し始めていた。人類の精神は、個々人への極端な幽閉状態から脱しつつあった。そのときすでに、脱し始めていたのだ。何千年ものあいだ意識的な宗教目標であり、人々が苦行や荒野や瞑想、その他無数の奇妙な道筋によって求めてきた、自己という苛烈な牢獄からの救済。それがついに、ごく自然なこととして、人々の会話へ、読む本へ、無意識の身振りへ、新聞へ、日々の目的や行為へと入り込みつつあった。探求者の精神が明かした広大な地平と魔法のような可能性は、地獄と責め苦の脅しさえ追い払えなかった古来の本能的執着から、人々を魅了して連れ出そうとしていた。住む家もなく、差し迫った数時間をしのぐ備えさえないこの若者は、社会の混乱と苦悩と困惑を前にし、星々をかき消す思慮なき歓楽のまばゆい荒野に立ちながらも、本人が語るような思索にふけることができたのだ。

「私は人生をありのままに見た」と彼は書いている。「眼前にある途方もない課題を見た。その複雑さと計り知れぬ困難の壮麗さに、私は高揚した。私たちは統治というものを、まだ発見しなければならない。そして統治と表裏一体をなす教育も、まだ発見しなければならない。私自身の塵ほどの人生など明らかに呑み込まれてしまう、このすべて――そして昨日見たギリシャもローマもエジプトも――何ものでもない。始まりの最初の砂塵、まもなく目覚める眠り人の身じろぎと、かすかな寝言にすぎないのだ……」

第7節

そして物語は、現実をめぐるこの恍惚の幻視から、彼がいかに地上へ降りてきたかを、親しみ深い簡潔さで語っている。

「やがて私は我に返り、寒さと、わずかな空腹を感じ始めた。」

彼はテムズ河畔通りにあるジョン・バーンズ救済事務所を思い出した。書店街の回廊と、身なりの整った者なら誰でも昼夜を問わず入館できるようになって、すでに十二年以上たつナショナル・ギャラリーを抜け、トラファルガー広場のバラ園を横切り、ホテルの列柱廊を通って河畔通りへ向かった。彼は以前から、ロンドンの街頭から最後の物乞いやマッチ売り、行き場のない困窮者を一掃した、この立派な施設のことを知っていた。当然、食事券と一夜の宿を得られ、仕事の見込みについても何らかの案内を受けられると信じていた。

だが彼は、新たな労働争議を計算に入れていなかった。河畔通りに着いてみると、事務所は絶望的なまでに混雑し、かなり無秩序な大群衆に包囲されていた。彼は困惑し、途方に暮れながら、しばらく待つ群衆の外縁をうろついた。やがて人々が、明確な意図をもって少しずつその場を離れていくのに気づいた。鉄道駅がすべて川の南岸へ移された際に建てられた巨大建築のアーチを抜け、ストランドの屋根付き通路へ向かっている。そして真夜中のむき出しの照明の下で、失業者たちが物乞いをしていた。ただ物乞いをするだけではない。この大通りにひしめく小劇場や娯楽施設から出てきた人々に、驚くほど堂々と施しを求めていた。

まったく前例のない光景だった。四半世紀ものあいだ、ロンドンの街頭に物乞いはいなかった。しかしその夜、警察は、整然と保たれた街区へ押し寄せる困窮者に対処する意思がないか、対処できずにいるようだった。明白な騒乱以外には、石のように目を閉ざしていた。

バーネットは群衆の中を歩いたが、自分から求める気にはなれなかった。実際、態度だけは境遇よりもよほど堂々としていたに違いない。二度も、自分のほうが物乞いに施しを求められたと記している。トラファルガー広場の庭園近くで、頬を赤く塗り、眉を黒く描いた、一人歩きの娘が、妙に親しげに声をかけてきた。

「腹が減って死にそうなんだ」と彼は唐突にいった。

「まあ! かわいそうに!」と娘はいった。そしてその種の女特有の衝動的な気前よさで周囲を見回し、銀貨一枚を彼の手に滑り込ませた……。

ド・クインシーの先例があったとはいえ、当時の抑圧的な社会法制のもとでは、その贈り物を受け取れば、バーネットは獄中で鞭打ち刑を受けかねなかった。それでも受け取った、と彼は告白している。できるかぎりの礼を述べ、食べ物を買おうと、心から喜びながら立ち去った。

第8節

一日かそこら後――彼が好きなように街道を歩けたことも、社会の混乱と警察の窮状が深まっていた証拠と見てよいだろう――彼は田園地帯までさまよい出た。彼は、あの金権時代の道が「財産を持たぬ者を拒む有刺鉄線で囲われていた」と語り、高い塀に囲まれた庭園と立入禁止の警告のため、埃っぽく狭い公道から外へ出られなかったと書いている。空では、幸福な金持ちたちが周囲の不幸など気にも留めず飛び回っていた。二年前の彼自身と同じように。そして道路には、軽快で速く、驚異的な新しい交通が押し寄せていた。野の小道や開けた丘陵地にいてさえ、その警笛や鐘やサイレンの叫びが聞こえなくなることはめったになかった。職業紹介所の職員はどこも過労で苛立ち、浮浪者収容所はあまりに混雑していたため、入りきれない放浪者たちは小屋の下や屋外に並んで眠った。旅人に物を与えることが処罰対象となってからは、まれに出会う歩行者や道端の家から、友情や助けを得ることもできなくなっていた……。

「私は怒ってはいなかった」とバーネットはいう。「頭上にいる人々のすべてに、途方もない利己心と、快楽と所有以外への怪物的な無関心を見た。しかし同時に、それがいかに避けがたいかも見えた。最も裕福な者と最も貧しい者が入れ替わったところで、事態はきっと同じだっただろう。人間が科学と、科学のもたらすあらゆる新しいものを利用し、使える知性とエネルギーのすべてを富や機械の製造に注ぎ込みながら、統治と教育だけは数百年前のかさかさした伝統に任せておけば、ほかに何が起こりえよう。そうした伝統は、万人に行き渡るだけの物が本当になく、人生が、覆い隠すことはできても逃れられない苛烈な闘争だった暗黒時代に生まれた。当然、飢餓に駆られた奪い合いも、他者から容赦なく剥ぎ取る行為も、物質と訓練との不調和から生じる。当然、金持ちは下品になり、貧者は野蛮になり、人間が新たな力を得るたび、金持ちはますます富み、貧者はますます不要になり、自由を失っていく。浮浪者収容所や救済事務所で会った男たちは、皆、反乱への火をくすぶらせ、正義と不正義と復讐を語っていた。だが私は、その言葉にも、忍耐以外の何ものにも、希望を見いだせなかった……」

しかし、彼のいう忍耐は、受け身の忍従ではなかった。社会再建の方法はいまだ解けぬ謎であり、その絡み合ったあらゆる側面を解明しないかぎり、実効ある再編は不可能だという意味だった。「私は不満を抱く男たちに話しかけようとした」と彼は書いている。「しかし彼らには、私と同じように物事を見ることが難しかった。忍耐と、より大きな構想について話すと、彼らは『だが、そのころには俺たちは皆死んでいる』と答えた。私の頭にはきわめて単純に思えること――それは問題の本質に何の影響も与えないということ――を、彼らに理解させられなかった。一人の寿命という尺度で考える人間は、国家運営には役に立たない。」

この放浪中、彼は新聞を一度も見なかったらしい。ビショップス・ストートフォードの市場広場で、売店の透光掲示板に「深刻な国際情勢」と出ているのを偶然目にしても、さほど興奮しなかった。近年、深刻な国際情勢など、いくらでもあったからだ。

今度は、中央ヨーロッパ諸国が突如スラヴ連邦を攻撃し、フランスとイギリスがスラヴ側を支援するという話だった。

だが翌晩、浮浪者収容所にはまずまずの食事が用意されており、救貧院長から、役に立つ訓練を受けた男は全員、翌朝、動員拠点へ送り返されると聞いた。国は戦争前夜にあった。彼はロンドンを経てサリーへ戻ることになった。最初に感じたのは、「文明の底面を望みなく叩き続ける」日々が終わるという、強烈な安堵だったと彼は記録している。ようやく明確にやるべきことができ、必要なものも明確に用意される。だがエプソムの仮設補給所に着くと、動員準備があまりに性急かつ杜撰だったため、三十六時間近く、冷たい水一杯以外、食べ物も飲み物も何一つ与えられなかった。補給所には物資がまったくなく、しかも誰も外へ出ることを許されなかった。

第二章 最後の戦争

第1節

健全で向上心ある社会秩序の立場から見れば、人類を二十世紀中葉の歴史を埋め尽くす戦争へ突入させた動機は、理解しがたく、逐一たどるのも退屈な話である。

当時、世界の政治構造は、どこにおいても人類の集合知に比べ、著しく立ち遅れていた。この歴史の中心にあるのは、その事実である。二百年ものあいだ、政治や法律の手法と主張には大きな変化がなく、せいぜい国境が多少動き、手続きがわずかに調整された程度だった。その一方、生活のほぼあらゆる側面では、根本的な革命と巨大な解放が起こり、活動領域も視野も途方もなく拡大していた。宮廷の不条理と、代議制議会政治の屈辱に加え、ほかの分野に広大な機会が開かれたことで、最良の知性はますます公共問題から遠ざかった。二十世紀の名目上の政府は、名目上の宗教と同じ道をたどっていた。二流以下の人材しか引きつけられなくなりつつあったのである。十八世紀半ばを過ぎると、世界の記憶に残る偉大な聖職者は現れず、二十世紀の幕開けを過ぎると、偉大な政治家も現れなくなる。どこの権力の座にも、精力的で野心的だが、近視眼的で凡庸な人間がいた。新たな可能性には目を閉ざし、訴訟好きのように過去の伝統へ依存していた。

そうした時代遅れの伝統のうち、最も危険だったのは、おそらく諸「主権国家」の国境と、特定の一国家が人類社会全般を支配すべきだという観念である。ローマ帝国とアレクサンドロス帝国の記憶は、葬られぬ肉食の亡霊となって人間の想像力に居座っていた。おぞましい寄生虫のように人間の脳へ食い込み、混乱した思考と暴力的な衝動で満たしていたのである。一世紀以上にわたり、フランスの体制は好戦的な痙攣の中で活力を使い果たした。やがて感染は、ヨーロッパの心臓であり中心でもあったドイツ語圏の人々へ、さらにスラヴ人へと広がった。後世の人々は、この妄執が生み出した膨大で狂気じみた文献――複雑な条約、秘密協定、政治評論家の果てしない訳知り顔、明白な事実を狡猾に拒む言説、戦略上の工夫、戦術的機動、動員と対抗動員の記録――を保管し、顧みなくなる。それらは現実に行われなくなるや、ほとんど同時に信じがたいものとなった。しかし新時代の黎明にあっても、国家という工芸品を作る職人たちは、歴史の蝋燭を灯して座り、見慣れぬ反射光や新しい明暗が現れているにもかかわらず、なおヨーロッパと世界の地図を描き替えようと、言い争い、策を練り続けていた。

専門家たちの世界の外にいた何百万もの男女が、こうした大仰な活動にどこまで共感し、賛同していたかは、後に微妙な研究課題となった。ある心理学派は大衆の関与を小さく見積もる傾向にあったが、証拠を総合すれば、好戦的な策謀家の働きかけに、大衆が大規模に反応したことがわかる。原始人は激しく闘争的な動物だった。無数の世代が部族間戦争に明け暮れており、伝統の重み、歴史の先例、忠誠と献身の理想は、国際的な扇動者の煽りと、いとも簡単に結びついた。一般人の政治観念は行き当たりばったりに拾い集められたものであり、与えられた教育の中には、市民としての務めに備えさせることを目的としたものが、事実上何一つなかった――そもそもその発想自体、近代国家思想の発展とともに初めて現れたのである。したがって、空っぽの頭を、苛立った疑念と国家的侵略心の喧騒と怒号で満たすのは、比較的たやすいことだった。

たとえばバーネットは、自分の大隊が補給所からロンドンへ入り、フランス国境行きの列車に乗り込んだころ、ロンドンの群衆は騒々しい愛国熱に沸いていたと述べている。子供、女、若者、老人が歓声を上げ、叫び、通りやロウズには連合国の旗が掲げられ、困窮者や失業者の間にさえ、本物の熱狂があったという。職業紹介所は一部が徴募所に変わり、熱烈な愛国的興奮の中心となっていた。英仏海峡トンネルの両側では、沿線の適当な場所という場所に熱狂的な見物人が集まっていた。連隊の空気も、不吉な予感によっていささか硬く暗いものになっていたとはいえ、好戦的であることに変わりはなかった。

しかしこの感情はすべて、確立した思想を持たぬ心の、移ろいやすい興奮だった。バーネットによれば、大半の人々にとっても、彼自身にとっても、それは集団運動と、軍楽や軍装の音と色彩、そして漠然とした危険が投げかける高揚感ある挑戦への、自然な反応にすぎなかった。そして人々はあまりにも長く、戦争の脅威とその準備に圧迫され続けていたため、いざ戦争が始まると、むしろ明確な安堵さえ感じられた。

第2節

連合軍の作戦計画では、ムーズ川下流域の防衛をイギリス軍が担当することになっており、軍用列車はイギリス各地の補給所から、塹壕を築く予定のアルデンヌ各地点へ直行した。

この作戦に関する文書の大半は戦争中に失われた。当初から連合軍の計画は混乱していたらしいが、この地域に航空基地を設け、ライン川下流域の巨大工業施設を攻撃するとともに、オランダを経由する側面襲撃によってエルベ川河口のドイツ海軍施設を攻めることが、原案の不可欠な一部だった可能性は高い。だがバーネットとその中隊のような盤上の駒は、何一つ知らされていなかった。彼らの務めは、パリで指揮を執る謎の知性に命じられたとおり行動することだった。ホワイトホールの参謀部も同市へ移されていた。最初から最後まで、その指揮する知性は軍の大多数にとって謎のままで、「命令」という名の奥に隠れていた。熱狂を一身に体現するナポレオンも、カエサルもいなかった。バーネットはいう。「私たちは〈彼ら〉について話した。彼らは我々をルクセンブルクへ進ませる。彼らは中央ヨーロッパ軍の右翼を回り込むつもりだ、と。」

この曖昧さの帳の裏では、総司令部を構成する、多少なりとも立派な少人数の男たちが、自分たちの統御を期待されている事態の途方もなさに気づき始めていた……。

戦争統制部の大広間は、窓の向こうにセーヌ川を挟んでトロカデロと西部地区の宮殿群を望んでいた。その内部では、戦域全体を示す一連の大縮尺立体地図が卓上に広げられていた。隣室の各電信局へ報告や情報が流れ込むたび、統制部の参謀将校たちは、交戦中の部隊を表す小さな駒を絶えず動かしていた。ほかの小部屋には、より概略的な地図があり、たとえばイギリス海軍本部やスラヴ軍司令官から届き続ける報告が、その上に記入された。デュボワ元帥はヴィアール将軍およびデリー伯爵と協議しながら、チェス盤にも似たこれらの地図上で、中央ヨーロッパ諸国を相手に世界覇権を懸けた大勝負を戦うことになっていた。おそらく彼には、はっきりした構想があった。おそらく一貫性ある、見事な計画があったのだろう。

しかし彼は、航空戦略の新しさも、ホルステンが人類に開いた原子力の可能性も、正しく見積もってはいなかった。彼が塹壕と侵攻と国境戦争を計画している間に、中央ヨーロッパ軍の将帥たちは、敵の目と頭脳を攻撃しようとしていた。そしてその夜、ナポレオンとモルトケが定めた線に沿い、いささか自信なげにためらいながら初手を進める彼の足元で、味方の科学部隊は反抗的な活気に満ち、ベルリンへの一撃を準備していた。「この老いぼれの馬鹿どもめ!」――科学部隊の思考を支配していたのは、この調子だった。

七月二日の夜、パリの戦争統制部は、二十世紀前半の人々が理解した科学的軍事組織の装備一式を、壮観なまでに陳列していた。少なくとも一人の人間の目には、協議中の司令官たちは、世界を動かす神々のように見えた。

彼女は熟練したタイピストで、一分間に六十語近く打つことができた。同じような女たちと交代しながら命令を二部ずつ書き取り、待機中の下級将校へ渡して、伝達と保管に回す仕事に就いていた。ちょうど小休止が入り、再び呼ばれるまで、口述室から外へ出て、大広間前のテラスで風に当たり、持参したわずかな食事を取るよう命じられた。

テラスに立つ若い女の眼下には、広々と湾曲する川と、エトワール凱旋門からサン=クルーまで、パリの東側一帯が見渡せた。静かで星のない空の下、黒または淡い闇の巨大な塊が連なり、そのところどころに桃色や金色の照明が閃き、点々とした灯火の帯が果てしなく交錯していた。そればかりでなく、大広間の広大な内部も、すらりとした柱、優美なアーチ、群れ集う照明も含め、すべて見渡すことができた。無数の卓の上には、あまりに縮尺が大きいため、小国そのものにも見える巨大な地図が広げられていた。伝令や従卒が絶えず行き交い、数百、数千の人間を表す小さな駒を入れ替え、動かしていた。そして大司令官と二人の助言者は、そのすべての中央、戦闘が最も近く表示された場所に立ち、策を練り、指揮を執っていた。彼らが一言発するだけで、ほどなく遠い現実世界において、規律正しい無数の兵士が動き出す。男たちが立ち上がり、前進し、死んでいく。諸国民の運命が、この三人の目の奥にあった。まさしく神々のようだった。

三人の中で、最も神らしく見えたのはデュボワだった。決定するのは彼であり、ほかの二人にできるのは、せいぜい提案までだった。女の魂は、荘重で端正な顔立ちの、物静かな老元帥へと向かい、本能的な崇拝の情熱に満たされた。

一度だけ、彼女は元帥から直接指示を受けたことがあった。幸福と恐怖に酔いしれながら、その言葉を待った。何か一つでも間違えれば、不名誉を招くかもしれない――その恐怖が、彼女の高揚を凄絶なものにしていた……。

いま彼女はガラス越しに、情熱に囚われた女特有の、すべてを見ながら何も見抜けぬ細密さで、元帥を観察した。

口数は少ない、と彼女は気づいた。地図にもほとんど目を向けない。隣にいる背の高いイギリス人は、互いに矛盾する無数の考えに悩まされているのが明らかだった。盤上の赤、青、黒、黄の小さな駒が動くたび、首を伸ばし、あれやこれやへ司令官の注意を引こうとした。デュボワは耳を傾け、うなずき、一言発すると、また静止した。国章の鷲のように思いに沈んで。

白い眉の下に目が深く落ち窪んでいるため、彼女には瞳が見えなかった。決定の言葉が発せられる口元には、口髭が垂れかかっていた。ヴィアールも口数が少なかった。色の浅黒い男で、頭を垂れ、憂鬱そうな目で油断なく見守っていた。彼の関心は、アルザスを手探りで進み、ライン川を目指しているフランス軍右翼へ、より強く向けられていた。彼女の知るところでは、ヴィアールはデュボワの古い同僚だった。きっとこの見慣れぬイギリス人よりも元帥をよく理解し、深く信頼しているのだろう、と彼女は考えた……。

話さないこと。動揺を見せず、できるかぎり横顔を保つこと。それこそ老デュボワが何年も前に身につけた教訓だった。すべてを知っているように見せ、驚きを顔に出さず、急ぐことを拒む――急げば、それ自体が計算違いの告白になる。この単純な規則を守ることで、デュボワは、将来を嘱望された下級将校だったころから、着実に名声を築き上げた。物静かで、ほとんど上の空に見える若者でありながら、慎重で、しかも即応できた。当時から人々は彼を見て、「あれは出世する」といった。五十年の平和の中で、彼は一度も期待を裏切らなかった。演習では、その動じぬ粘り強さによって、彼より活発な知性を持つ多くの男を困惑させ、魅了し、打ち負かした。デュボワは魂の奥底に、近代戦術に関する唯一にして深遠な発見を、出世の鍵を隠していた。その発見とは、誰も何もわかっていないということだった。ゆえに行動すれば失策となり、語れば無知を告白することになる。ゆっくりと、着実に、何より沈黙して行動する者こそ、最後まで切り抜ける可能性が最も高い。その間、兵士には食事を与えておけばよい。いま彼は、同じ戦略によって、中央ヨーロッパ軍司令部という正体不明の存在を打ち砕こうとしていた。デリーが、全イギリス潜水艦、水上飛行機、魚雷艇をライン川へ送り込んで支援させ、オランダ経由の大規模な側面行軍を行おうと語ってもよい。ヴィアールが、オートバイ、飛行機、スキー兵をスイス山中で華々しく運用し、突如ウィーンへ襲いかかる策を望んでもよい。肝心なのは、耳を傾け――相手側が実験を始めるのを待つことだった。すべては実験なのだ。その間、彼は自信に満ちた様子で横顔を見せ続けた――運転手に行き先を告げたあと、自動車の座席に腰掛ける男のように。

周囲の誰もが、その静かな顔、知識と揺るがぬ自信を漂わせる姿によって、いっそう強く、確信に満ちた気持ちになった。群れ集う灯火は、地図の上に元帥の影を二十も落としていた。濃淡さまざまな、威厳ある存在の巨大な分身が戦場を支配し、あらゆる方向を指し示していた。その影は彼の統御を象徴していた。無線室から伝令が来て、盤上の駒を動かすとき――修正された報告に基づき中央ヨーロッパ軍の一個連隊を二十個連隊に置き換え、連合軍の部隊を後退させ、突出させ、分散させるとき――元帥は顔を向けながら見ていないふうを装うか、あるいは眺めてわずかにうなずいた。弟子が自ら誤りを訂正したのを認める師のように。「よろしい、そのほうがいい。」

なんと素晴らしい方なのだろう、と窓辺の女は思った。何もかも、なんと素晴らしいのだろう。ここは西洋世界の頭脳であり、戦う地上を足元に置くオリュンポスなのだ。そして元帥は、長く帝国主義の座から追放されて恨みを抱いていたフランスを、かつての優越へと導き戻している。

自分が参加を許されていることは、女の分を越えた栄誉に思えた……。

女であることはつらい。個人的な献身へ駆り立てる嵐のような衝動に満ちていながら、非人格的で、抽象的で、正確で、時間厳守でなければならない。自分を抑えなければ……。

彼女は幻想的な夢に身を任せた。戦争が終わり、勝利が玉座に就く日の夢を。そのときには、ひょっとするとこの厳格さ、この鎧も脱ぎ捨てられ、神々もくつろいだ姿を見せてくださるかもしれない。瞼が垂れた……。

彼女ははっとして身を起こした。外の夜は、もはや静かではなかった。眼下の橋では騒ぎが起こり、通りを人々が走り、トロカデロのさらに向こうにある高い場所から、探照灯が雲の間をちらついていた。そして騒ぎは彼女の脇を波のように駆け上がり、内部の大広間へ押し寄せた。

テラスにいた歩哨の一人が部屋の奥に立ち、身振りを交えながら何かを叫んでいた。

そして世界のすべてが変わった。何かが脈打っている。彼女には理解できなかった。まるで足元の通路を走る水道管や、隠された機械や電線が、脈拍のように鼓動しているかのようだった。そして周囲には風のようなものが吹いた――狼狽という名の風が。

怯えた子供が母親を仰ぐように、彼女の目は元帥の顔へ向かった。

元帥は依然として穏やかだった。わずかに眉をひそめているように見えたが、それも無理はない。デリー伯爵が痩せた片手を振り回しながら元帥の腕をつかみ、テラスへ通じる大扉のほうへ、露骨なほど強引に引っ張ろうとしていたからだ。ヴィアールも巨大な窓へ急いでいたが、その姿勢は奇妙きわまりなかった。前屈みになり、目だけを上へ向けていた。

上空に何かあるのか。

そのとき、頭上で雷が炸裂した。

音が打撃のように彼女を襲った。石壁に身を縮め、上を見た。引き裂かれた雲を突き抜け、三つの黒い影が急降下していた。そのうち二つの影より少し下から、すでに赤い軌跡が渦を巻きながら伸び始めていた……。

彼女の中のすべてが麻痺した。永遠にも思える数瞬のあいだ、赤い飛翔体が自分めがけて旋回しながら落ちてくるのを見つめ続けた。

世界から引き剥がされたようだった。世界には、深紅と紫の閃光、そして耳を聾する、すべてを包み、いつまでも続く音以外、何もなかった。周囲のあらゆる明かりが消え、その閃光の中に、傾いた壁、回転する柱、突き出た蛇腹飾りの破片、巨大で角張ったガラス板の乱れ飛ぶ群れが浮かんでいた。狂った生き物のような深紅と紫の巨大な火球が、崩れ落ちる石材の混沌の中で目まぐるしく回転しているように見えた。大地へ猛然と襲いかかり、炎に包まれた兎のように地中へ潜り込もうとしているようだった……。

夢から目覚めるときの感覚が、すべて一度に押し寄せた。

気づくと、土の盛り上がりにうつ伏せで倒れており、小さな熱水の流れが片足の上を走っていた。起き上がろうとしたが、脚に激痛が走った。夜なのか昼なのか、ここがどこなのかも、はっきりしない。顔をしかめ、呻きながらもう一度試み、仰向けになってから上体を起こし、周囲を見回した。

すべてがひどく静かに思えた。実際には途方もない轟音のただ中にいたのだが、聴覚を破壊されていたため、そのことに気づかなかった。

初めのうち、目の前の光景を、それまでのどんな経験とも結びつけることができなかった。

見知らぬ世界にいるようだった。音のない、崩壊した世界。壊れた物が山と積み重なる世界。そして、その世界は照らされていた――不思議なことに、ほかのどんな事実よりも、その光には見覚えがあった――揺らめく紫がかった深紅の光で。やがてすぐ近く、瓦礫の混乱の向こうにそびえるトロカデロに気づいた。姿は変わり、何かが失われていたが、その輪郭は見間違えようがなかった。赤く照らされた蒸気が渦巻き、奔流となって噴き上がるのを背に、くっきり浮かんでいた。それを見て彼女は、パリとセーヌ川、暖かく曇った夕べ、そして美しく光り輝いていた戦争統制部の組織を思い出した……。

彼女は横たわっていた土の斜面を少し這い上がり、次第に理解を深めながら、周囲を調べた……。

彼女のいる土塊は、岬のように川へ突き出していた。すぐ近くには、堰き止められた水が満ちた湖があり、そこから暖かな細流や奔流が流れ出していた。鏡のような水面から1フィート(約30センチ)ほど上で、蒸気の筋が渦を巻きながら生まれていた。近くには見覚えのある石柱の上部があり、水面に寸分違わず映っていた。水と反対側では、積み重なった廃墟が混乱した急斜面となって、ぎらぎら輝く頂まで続いていた。その上には、光を映す蒸気の塊が枕のように幾重にも重なり、天頂へ向かって急速に巻き上がっていた。周囲の世界を照らす青白い輝きは、その頂から発していた。彼女の心はゆっくりと、この土盛りを、消え去った戦争統制部の建物と結びつけた。

まあ……!」と彼女は囁いた。そして暖かな地面に身を縮め、目を見開いたまま、しばらく身じろぎ一つしなかった。

やがて、この霞んだ、壊れた人間の残骸は、再び周囲を見回し始めた。仲間を求める気持ちが湧いてきた。尋ねたい。話したい。自分の体験を伝えたい。そして足は、耐えがたいほど痛んだ。救急車が来ているはずだった。不平めいた批判が、ひと吹きの風のように頭をよぎった。これはどう見ても大惨事ではないか! 災害のあとは必ず、救急車や救助者が動き回っているべきなのに……。

彼女は首を伸ばした。向こうに何かある。だが何もかも、あまりに静かだった! 

ムッシュー!」と叫んだ。耳に奇妙な感覚があるのに気づき、何かおかしいのではないかと疑い始めた。

この混沌とした異様さの中で独りきりなのは、恐ろしいことだった。あれがもし男なら――そうなのか見分けることも難しかったが――動かないからといって、ただ意識を失っているだけかもしれない。衝撃で気絶したのかもしれない……。

向こうで跳ねる炎が隅へ光を投げかけ、一瞬、細部の一つ一つが鮮明になった。デュボワ元帥だった。巨大な戦況地図の板にもたれて横たわっていた。板には、国境に配置されていた歩兵、騎兵、大砲を示す小さな木製の駒が貼りつき、ぶら下がっていた。元帥は背後の地図に気づいていないようだった。無関心というより、何かを考え込んでいて、注意が向いていないように見えた……。

毛深い眉の下の目は見えなかったが、眉をひそめているのは明らかだった。わずかに眉を寄せ、邪魔されたくないという雰囲気を漂わせていた。顔にはなお、確固たる自信が刻まれていた。すべてを自分に任せておけば、フランスは安心して従っていればよいという信念が……。

彼女はもう一度呼びかけることはせず、少し近くへ這っていった。奇妙な疑念が目を見開かせた。激痛に耐えて身を引き上げ、間を隔てる砕けた石材の塊越しに、元帥の全身が見える位置まで進んだ。手が濡れた何かに触れた。彼女は一度、痙攣するように動いたあと、硬直した。

そこにあったのは完全な人間ではなかった。人間の一部だった。頭と肩だけがあり、その下は、ぎざぎざした闇と、黒く光る液体の溜まりへ続いていた……。

彼女が見つめている間にも、頭上の土盛りが揺らいで崩れ、熱水が一気に流れ落ちてきた。そして彼女は、下方へ引きずり込まれるように感じた……。

第3節

フランス軍の特別科学部隊を率いていた、弾丸のような頭と、アン・ブロス[訳注:短く刈り上げ、上に立てた髪形]に刈り込んだ黒髪を持つ、やや粗野な若い飛行士は、ほどなく戦争統制部の惨事を耳にすると笑った。自分の専門以外の分野では、想像力がまるでなかったのである。パリが燃えていようと、彼には大した問題ではない。父母と妹はコドゥベックに住んでいた。生涯ただ一人の恋人――もっとも、当時でさえ粗末な恋愛だったが――は、ルーアンの娘だった。彼は副官の肩を叩いた。「さあ」といった。「これで我々がベルリンへ行き、目には目をでお返しするのを阻むものは、地上から消えた……。戦略だの国益だのは、もう終わりだ……。さあ来い。あの年寄り女どもに、手綱を緩めてもらえば我々が何をやれるか、見せてやろうじゃないか。」

彼は五分間、電話をかけ続け、それから宿営していた城館の中庭へ出て、自動車を寄越せと叫んだ。夜明けまで一時間半もなかったため、急がねばならない。空を見上げると、青白い東の空を横切って厚い雲の堤があり、満足げにうなずいた。

若者は抜け目のなさにかけては底知れず、物資と飛行機を一帯に分散させていた。納屋に押し込み、干し草で覆い、森に隠してあった。鷹でさえ、銃の射程内まで降りなければ、一機たりとも見つけられなかっただろう。だがその夜必要なのは一機だけだった。それは2マイル(約3.2キロ)も離れていない場所で、二つの藁積みの間に防水布をかけ、すぐ飛べる状態で置かれていた。彼はその機体に、もう一人だけ連れてベルリンへ行くつもりだった。やろうとしていることには、二人で十分だった……。

彼は、科学が改心せぬ人類へ与えようとしていた、ほかのあらゆる贈り物の黒い対となるもの――破壊の贈り物――を手にしていた。そして彼は、共感する人間というより、冒険を好む人間だった……。

肌の浅黒い若者で、輝く顔立ちには、どこか黒人を思わせるところがあった。特別な恩恵を受け、大いなる快楽を待ち望む者のように微笑んだ。命令を発する声には、異国的な豊かさと、含み笑いの味わいがあった。毛深く、並外れて大きな手の長い指を伸ばし、言葉を強調した。

「目には目を、だ」と彼はいった。「目には目を。ぐずぐずしている暇はないぞ、諸君……」

やがてウェストファリアとザクセン上空の雲の堤を越え、素早い飛行機が、踊る陽光のように無音の原子力機関と、燐光を放つジャイロ式羅針盤を備え、中央ヨーロッパ軍の心臓部へ矢のように飛んでいった。

さほど高くは上昇しなかった。世界を隠す積雲の暗い堤の数百フィート(約100メートル)上をかすめ飛び、敵機が視界に入れば、すぐ湿った雲の闇へ飛び込めるようにしていた。緊張した若い操縦士は、頭上の導きの星と、眼下の世界を覆い隠す、水平に波打つ蒸気層の表面とに注意を振り分けた。雲の堤は広大な範囲で、凍った溶岩流のように平らに、ほとんど動かず横たわっていた。ところどころ、半透明の不規則な切れ目に引き裂かれ、澄んだ裂け目に貫かれていた。その深淵を通じて、はるか下の大地が暗く光っていた。一度は灯火と信号に縁取られた大きな鉄道駅の構内が、はっきり見えた。また一度は、大きな丘の斜面で燃える藁積みの炎が、煮え立つ煙の流れを通して青白く光っていた。だが世界は隠されていても、音に満ちて生きていた。蒸気の床を通して、列車の低い轟音、自動車の警笛、南方遠くの銃声が昇ってきた。目的地に近づくにつれ、雄鶏の鳴き声まで聞こえた……。

雲海の不鮮明な地平線の上には、初め星空が広がっていたが、夜明けとともに北から東へ忍び寄る光によって、次第に白み始めた。青い空の中で天の川は見えなくなり、小さな星々も消えた。操縦輪を握る冒険者の顔は、羅針盤の楕円形の盤面が放つ緑がかった光に、ときおり暗く浮かんだ。その顔には、一つの目的へ集中する者すべてに宿る引き締まった美しさと、ついにマッチを手に入れた愚かな子供の幸福が同居していた。同行者は想像力に乏しく、三発の原子爆弾を区画ごとに収めた、棺桶形の長い箱をまたいで座っていた。それは永遠に爆発を続ける新型爆弾で、実際に作動するところを見た者は、まだ一人もいなかった。主成分であるカロリナムは、それまで鉛に埋め込んだ鋼鉄製の容器の中で、ほとんど無限小といえる量しか試験されていなかった。両脚の間にある黒い球体の中で巨大な破壊が眠っているという考えと、与えられた指示を寸分違わず遂行する強い決意を除けば、男の頭は空っぽだった。星明かりを背に浮かぶ鷲鼻の横顔には、深い陰鬱さ以外、何も表れていなかった。

中央ヨーロッパの首都へ近づくにつれ、眼下の空は澄んでいった。

ここまで一行は驚くほど幸運で、一機の飛行機からも誰何されなかった。国境の偵察機とは夜のうちにすれ違ったはずだった。おそらくその大半は雲の下にいたのだろう。世界は広く、空中の歩哨へ近づかずに済んだのは幸運だった。機体は淡い灰色に塗られ、下方の雲の層を背景にすると、ほとんど見えなかった。だがいま、東の空は間近に迫る日の出で赤らみ、ベルリンはわずか20マイル(約32キロ)先だった。それでもフランス人たちの幸運は続いていた。眼下の雲が、気づかぬほど少しずつ消えていった……。

北東の彼方、光が集まり始めた雲一つない空間に、夜の照明をなお煌々と輝かせ、ベルリンがあった。操縦士は左手の指で、操縦輪の脇に留めた雲母張りの正方形の地図と、眼下の道路や空地とを照合した。湖のように広がりながら連なる右手の水面はハーフェル川だ。あの森の向こうがシュパンダウに違いない。川がポツダム島を挟んで分かれている。そして真正面には、大通りに切り裂かれたシャルロッテンブルクがあり、その道は指し示す光線のように皇帝司令部へ真っすぐ伸びている。あそこには、はっきりティーアガルテンが見える。その向こうに皇帝宮殿がそびえ、右手の高層建築、旗やマストを密集させた屋根群は、中央ヨーロッパ軍参謀部が入る庁舎に違いない。夜明けの中、すべては冷ややかに鮮明で、色を失っていた。

何もないところから唸りが生まれ、急速に大きくなったため、彼はふいに顔を上げた。ほとんど真上で、ドイツ機が途方もない高空から旋回降下し、誰何しようとしていた。彼は左腕で後ろの陰鬱な男に合図し、両手で小さな操縦輪をつかんだ。前屈みになり、首をねじって上を見た。神経を研ぎ澄ませ、全身を緊張させてはいたが、自分を傷つけられるとはまるで思っていなかった。生きているドイツ人の中に、自分より速く飛べる者はいない。いや、最良のフランス人飛行士の誰よりも速い者などいないと確信していた。敵は鷹のように襲いかかるつもりかもしれない。だが彼らは、上空の凍てつく寒さから降りてくる人間であり、空腹で気力のない朝の気分に沈んでいる。怠け者が振り下ろす剣のように、斜めに降下してきた。その速度は、彼が下からするりと抜け、敵機とベルリンの間へ入るのを阻めるほどではなかった。まだおそらく1マイル(約1.6キロ)離れているうちから、敵は拡声器を使い、ドイツ語で誰何し始めた。言葉は丸まって届き、しわがれた音の塊にしか聞こえなかった。やがて彼の不気味な沈黙に不安を募らせ、追跡を開始して急降下し、およそ100ヤード(約91メートル)上、200ヤード(約183メートル)後方につけた。彼が何者なのか、理解し始めたのだ。若者は敵を見るのをやめ、前方の都市に意識を集中した。しばらく二機は競走を続けた……。

誰かが紙を引き裂くような音を立て、弾丸が彼の脇の空気を切り裂いた。二発目が続いた。何かが機体を叩いた。

行動すべき時だった。眼下の広い大通り、公園、宮殿が、急速に拡大しながら迫ってきた。「用意!」と操縦士がいった。

痩せた男の顔が険しく引き締まった。両手で大きな原子爆弾を箱から持ち上げ、機体の側面に当てて安定させた。直径2フィート(約61センチ)の黒い球体だった。二つの取っ手の間には小さなセルロイド製の突起があり、男は唇が触れるまで顔を近づけた。導入剤に空気を触れさせるには、これを噛み切らなければならない。確実に口が届くことを確認すると、飛行機の側面から首を伸ばし、速度と距離を測った。それから素早く前屈みになり、突起を噛み切り、爆弾を機外へ持ち上げた。

「回せ」と、聞こえぬほど小さく囁いた。

爆弾は空中で目も眩む真紅の閃光を放ち、旋風のただ中で炎の柱を螺旋状に渦巻かせながら落下した。二機の飛行機は羽根突きの羽のように翻弄され、上方と横手へ投げ飛ばされた。操縦士は目を輝かせ、歯を食いしばり、大きく傾斜旋回しながら平衡を取り戻そうと格闘した。痩せた男は両手と両膝で必死にしがみついた。鼻孔が広がり、歯が唇を噛んだ。身体は帯でしっかり固定されていた……。

再び下を見られるようになったとき、そこには小型火山の噴火口を見下ろすような光景があった。皇帝宮殿前の庭園では、邪悪な壮麗さを放つ震える星が、告発するように煙と炎を噴き上げていた。高度がありすぎて人間の姿をはっきり見分けることはできず、爆弾が建物へ与えた影響もわからなかった。だが突然、正面外壁が揺らぎ、砂糖が水に溶けるように、閃光の前で崩れ落ちた。男はしばし見つめ、長い歯をすべてむき出しにした。それから固定帯の許す範囲で、狭苦しい立ち姿勢によろめきながら移り、もう一発を持ち上げて突起を噛み切り、先の爆弾を追って落とした。

今度の爆発は飛行機のほぼ真下で起こり、機体を横向きのまま上空へ弾き飛ばした。爆弾箱は中身が転がり出そうなほど傾き、投下手は前方へ投げ出され、顔を三発目の爆弾のセルロイド突起へ近づけた。彼は取っ手をつかみ、絶対に取り逃がすまいという突発的な決意に駆られ、突起を噛み切った。だが機外へ投げ出す前に、単葉機が横滑りを始めた。あらゆるものが横へ落ちていく。本能的に、男はしがみつくことだけに身を任せ、自分の身体で爆弾を所定の位置に押さえつけた。

その爆弾も爆発した。操縦士も、投下手も、飛行機も、空中を飛ぶ布切れと金属片と水滴になった。そして三本目の炎の柱が渦巻きながら、運命を定められた眼下の建物群へ殺到した……。

第4節

戦争の歴史上、それまで持続的に爆発する物質は存在しなかった。実際、二十世紀半ばまでに知られていた爆発物は、その瞬発性のみを爆発力の源とする可燃物だった。その夜、科学が世界へ炸裂させた原子爆弾は、それを使用した人間にとってさえ未知のものだった。連合軍が使用したものは純粋なカロリナムの塊で、外側には未酸化のキドネーター導入剤が塗られ、メンブラニウム製の容器に密封されていた。爆弾を持ち上げる二つの取っ手の間には、小さなセルロイド製の突起があり、容易に引きちぎって導入剤へ空気を触れさせられるようになっていた。空気に触れると導入剤は即座に活性化し、カロリナム球の外層に放射能を発生させる。すると新たな導入剤が放出され、数分後には爆弾全体が、燃え上がる持続的爆発体となる。中央ヨーロッパ軍の爆弾も同じものだったが、より大型で、導入剤を活性化する仕組みが複雑だった。

それ以前の戦争で発射された砲弾やロケット弾は、常に一瞬だけ爆発するものだった。一度きり、瞬時に炸裂し、爆風と飛散する破片の届く範囲に生物や価値ある物がなければ、それで力を使い果たして終わった。だがカロリナムは、ハイスロップが「懸垂崩壊元素」と呼んだβ群に属し、いったん崩壊過程を誘発されると、猛烈にエネルギーを放射し続け、何ものにも止めることはできなかった。ハイスロップの全人工元素の中でも、カロリナムは最も大量のエネルギーを蓄え、製造と取り扱いが最も危険だった。今日に至るまで、既知の崩壊元素中、最も強力な物質である。二十世紀初頭の化学者が半減期と呼んだ期間は十七日だった。すなわち、巨大な分子内に蓄えられた膨大なエネルギーの半分を、十七日間で放出する。次の十七日間に放出される量は、最初の期間の半分となり、以後も同様に減っていく。あらゆる放射性物質と同じく、このカロリナムは、十七日ごとに出力が半減し、絶えず知覚不能な水準へ近づいてはゆくものの、完全に消耗することは決してない。今日でも、人類史上のあの狂乱期に生まれた戦場や爆撃地には、放射性物質が点在し、厄介な放射線の発生源となっている。

セルロイドの突起を開いたときに起こったのは、導入剤が酸化して活性化することだった。するとカロリナムの表面が崩壊を始めた。この崩壊が爆弾内部へ進む速度は遅かった。爆発開始から少しのあいだ、爆弾は主として不活性な球体のまま、表面だけで爆発していた。炎と雷鳴に包まれた、生命なき巨大な核である。飛行機から投下された爆弾は、この状態で落下した。地面へ到達した時点でも大部分が固体で、進路上の土や岩を溶かしながら、地中へ潜り込んだ。そこで活性化するカロリナムが増えるにつれ、爆弾は炎のエネルギーに満ちた巨大な空洞へと広がり、その上にはたちまち小型の活火山が形成された。自由に飛散できないカロリナムは、煮え立つ溶融土壌と過熱蒸気の混沌へ激しく入り込み、混ざり合う。その中で猛烈な回転を続け、使用された爆弾の大きさと飛散状況に応じて、数年、数か月、あるいは数週間にわたる噴火を維持した。一度起動した爆弾には、その力がほぼ尽きるまで、絶対に近づくことも制御することもできなかった。その上に開いた噴火口からは、白熱する重い蒸気の塊と、カロリナムを飽和状態まで含んだ岩石や泥の破片が、高く遠くまで噴き飛ばされた。その一つ一つが、焼けつくような水疱を生むエネルギーの中心であり、悪意ある懲罰のごとく襲いかかった。

これこそ軍事科学の最高の勝利、戦争に「決定的な一押し」を与えるはずだった究極の爆発物である……。

第5節

近年のある歴史家は、当時の世界を「確立された言葉を信じ、物事の明白な姿にはどうしても目を開けなかった」世界と評している。確かにいま振り返れば、二十世紀初頭の人々にとって、戦争が急速に不可能になりつつあることほど明白な事実はなかったように思える。そして同じくらい確かなのは、彼らがそれを見抜かなかったことだ。原子爆弾が、不器用に扱うその手の中で炸裂するまで、気づかなかった。それでも大局的な事実は、知性ある者の目には、まばゆいほど明らかだったはずだ。十九世紀から二十世紀を通じて、人間が操れるエネルギー量は絶えず増加していた。それを戦争に応用すれば、打撃を与える力、破壊する力が、絶えず増大することを意味する。一方、逃れる能力には何の向上もなかった。装甲、要塞など、あらゆる受動的防御は、破壊力のすさまじい増大に圧倒されつつあった。破壊はあまりに容易となり、少数の不満分子でさえ実行できるようになった。警察活動と国内統治の問題まで一変させていた。最後の戦争が始まる前から、一人の人間が都市の半分を破壊するに足る潜在エネルギーを、手提げ鞄一つで持ち歩けることは常識だった。誰もがそうした事実を知っていた。街の子供でさえ知っていた。それでも世界はなお、アメリカ人がよくいったように、戦争の装備と虚勢を相手に「馬鹿騒ぎ」を続けていた。

後世の人々が、この馬鹿げた状況を理解しようとするなら、一方の科学・知性の運動と、他方の法律家・政治家の世界との間にあった、深く幻想的な断絶を理解するほかない。社会組織はいまだ野蛮な段階にあった。すでに活発な知性を持つ人々が大勢おり、私生活や商業の文明も大いに発展していたが、共同体全体としては目的を持たず、訓練も組織化もされず、愚鈍といえる域に達していた。集合的文明、すなわち「近代国家」は、なお未来の胎内にあった……。

第6節

だがここで、フレデリック・バーネットの『遍歴時代』と、戦時下における一庶民の体験記へ戻ろう。パリとベルリンで科学の恐るべき可能性が明らかになっていたころ、バーネットとその中隊は、ベルギー領ルクセンブルクでせっせと塹壕を築いていた。

彼は動員と、フランス北部およびアルデンヌを抜けた夏の日の旅を、いくつかの鮮烈な言葉で描いている。大地は暑い夏に焼かれて褐色となり、木々はわずかに秋の色を帯び、小麦はすでに黄金色だった。イルソンで一時間停車したとき、三色旗の記章をつけた男女が、喉を渇かせた兵士たちに菓子とビールを配った。明るい笑いが絶えなかった。「実にうまく、冷たいビールだった」と彼は書いている。「エプソム以来、何も食べず、何も飲んでいなかった。」

「巨大な燕のような」単葉機が何機も、桃色の夕空で偵察していた、と彼は記している。

バーネットの大隊は、スダン地方を通ってヴィルトンという場所へ送られ、そこからジェメルへ向かう線路沿いの森の一地点へ進んだ。そこで列車を降り、鉄道脇で落ち着かぬ野営をした――列車と物資が一晩中、線路を通過していた――翌朝、冷たく曇った夜明けの中を東へ行軍した。朝は初め曇っていたが、やがて焼けつくような晴天となった。森が点在する広大で開けた田園を、アルロンへ向かって進んだ。

そこで歩兵は、サン=ユベールとヴィルトンの間に、偽装した塹壕線と隠蔽された射撃壕を築く作業に投入された。東方からムーズ川の要塞線へ進撃する敵を阻止し、遅滞させるためのものだった。命令は与えられていた。二日間、敵の姿を一度も見ることなく、またヨーロッパの軍隊から突如その頭部を切り落とし、パリ西部とベルリン中心部を、ポンペイ滅亡の燃え立つ縮図へ変えた惨事を疑うこともなく、作業を続けた。

そして知らせは、届いたときには薄められていた。「パリで飛行機と爆弾による災難があったとは聞いた」とバーネットは語る。「だが、それでも〈彼ら〉はどこかにいて、緻密な計画を練り、命令を出しているはずだと、皆が思っていた。正面の森から敵が姿を現すと、私たちは歓声を上げて撃ちまくり、目の前の戦闘以外のことは、ほとんど考えなくなった。ときおり上空で何が起こっているか見ようと目を上げても、弾丸が空気を裂く音がすぐに、視線をまた水平へ引き戻した……」

その戦闘は、北のルーヴェンから南のロンウィまで、広大な地域全体で三日間続いた。本質的には、小銃と歩兵による戦いだった。飛行機は初めの数日間、実際の戦闘で決定的役割を果たさなかったらしい。ただし奇襲行動を妨げることで、当初から戦略へ影響を与えていたことは疑いない。機体は原子力機関を備えていたが、野戦での使用に明らかに適さない原子爆弾は搭載しておらず、ほかにもさほど効果的な爆弾はなかった。敵味方の飛行機は互いに機動し、地上からも機上からも小銃を撃ち合ったが、本格的な空中戦はほとんどなかった。飛行士たちが戦いを嫌ったのか、双方の司令官が偵察用に温存したかったのか、そのどちらかだった……。

一日ほど塹壕を掘り、策を練ったあと、バーネットは戦場の最前線にいる自分に気づいた。彼の射撃壕区画は主として、部隊間の連絡路となる深い涸れ溝に沿って築かれていた。掘り出した土は隣の畑にまき散らし、麦やヒナゲシの株を使って準備の跡を隠した。敵部隊は何も知らず、警戒もせず、眼下の畑を横切って進んできた。もし右手遠くの誰かが早まって発砲しなければ、敵はきわめて残酷な打撃を受けていただろう。

「あの連中が姿を現したときは、奇妙に身震いした」と彼は告白する。「演習とはまるで違った。しばらく森の縁で停止し、それから散開して前進してきた。どんどん近づいてきたが、こちらを見てはいなかった。私たちより右手のほうを見ていた。弾が当たり始め、将校の笛でようやく気づいたあとも、こちらの姿は見えていないようだった。一、二人が立ち止まって撃ち返した。それから全員が、再び森へ退き始めた。初めはゆっくり進み、こちらを振り返っていたが、やがて森の遮蔽に引き寄せられるように小走りになった。私はかなり機械的に発砲し、外した。もう一度撃った。それから本気で何かに当てたくなり、照準を確かめ、麦畑の中を身をかわしながら進む青い背中へ慎重に狙いを定めた。初めは確信が持てず、撃たなかった。動きがあまりに痙攣的で不規則だったからだ。それから、たぶん溝か何かの障害に行き当たり、一瞬立ち止まった。『もらった』と囁き、引き金を引いた。

「あの男について、ひどく奇妙な感覚を味わった。まず、命中したとわかった瞬間、喜びと誇りの光が全身に差した……。

「弾は男を回転させた。飛び上がり、両腕を上げた……。

「それから麦の穂先が揺れ、その中でもがく姿がちらちら見えた。突然、吐き気がした。殺せていなかったのだ……。

「どこかが動かなくなり、身体を破壊されていながら、それでもまだもがくことができた。私は考え始めた……。

「二時間近く、そのプロイセン兵は麦畑の中で苦しみ続けた。本人が叫んでいたのか、誰かが呼びかけていたのか……。

「やがて彼は跳ね起きた――最後の力を振り絞って、立ち上がろうとしたようだった。それから袋のように倒れ、完全に静止し、二度と動かなかった。

「もう耐えられなかった。誰かがとどめを刺したのだと思う。私も、しばらく前からそうしたいと願っていた……」

敵は眼下の森に遮蔽物を作り、射撃壕への狙撃を開始した。バーネットの隣の壕にいた男が撃たれ、激怒して悪態をつき、叫び始めた。バーネットが溝を這って近づくと、男は激痛に苦しみ、血まみれで、憤怒に我を失っていた。右手の半分が叩き潰され、肉の塊になっていた。「これを見ろ」と男は繰り返した。手を胸に抱き寄せては、突き出した。「馬鹿げてる! 馬鹿げてる! 右手だぞ、隊長! 俺の右手が!」

しばらくバーネットには、何もしてやれなかった。男は、戦争という邪悪な愚行への、苦痛に満ちた認識に焼き尽くされていた。弾丸が、職工としての技量と有用性を永久に破壊した瞬間、その認識が閃光のように襲ったのだ。残された手の名残を、ほかのどんな考えも入り込めないほどの恐怖をもって見つめていた。やがてようやく、哀れな男はバーネットに血まみれの断端を縛らせ、曲がりくねりながら射程外へ通じる溝を進むのを手伝わせた……。

バーネットが戻ると、部下たちはすでに水を求めて叫んでいた。壕の一線は一日中、激しい渇きに苦しめられた。食料はチョコレートとパンだけだった。

「初めのうち」と彼はいう。「初陣に途方もなく興奮していた。だが日中の暑さが増すにつれ、ひどい退屈と不快を感じるようになった。蠅がたまらなくうるさくなり、墓穴のような小さな射撃壕には蟻が入り込んだ。立つことも、動き回ることもできなかった。木々の中の誰かが、私に照準を合わせていたからだ。麦畑の中で死んでいるプロイセン兵と、味方の兵士が上げた恨みの叫びが、何度も頭に浮かんだ。馬鹿げている! まったく馬鹿げていた。だが誰の責任なのか。どうしてこうなったのか……。

「午後早く、一機の飛行機がダイナマイト爆弾で私たちを追い出そうとした。だが一、二発の銃弾を受け、突然、木々の向こうへ急降下していった。

「『今日、オランダからアルプスまで』と私は考えた。『五十万から百万もの人間が、身を伏せ、互いに取り返しのつかない損害を与えようとしているに違いない。馬鹿げすぎて、現実とは思えない。これは夢だ。じきに私は目を覚ます』……。

「すると頭の中で、言葉が変わった。『じきに人類が目を覚ます。』

「この数十万の男たちの中に、旗と帝国をめぐる古い伝統のすべてに反抗する魂が、何千あるのだろうと考えながら横たわっていた。ひょっとすると私たちは、最後の危機の苦しみの中に、眠る者がもう耐えられなくなって――目を覚ます直前、悪夢の恐怖が最も暗くなる瞬間にいるのではないか。

「思索がどう終わったのかは覚えていない。終わったというより、ナミュールへ遠距離砲撃を始めた大砲の、遠い轟きに気を逸らされたのだと思う。」

第7節

しかしこの時点でバーネットが目にしたのは、近代戦争の最も穏やかな始まりにすぎなかった。ここまで彼が参加したのは、わずかな銃撃戦だけである。前線を突破した銃剣突撃は、20マイル(約32キロ)以上離れたクロワ・ルージュという場所で行われた。その夜、闇に紛れて射撃壕は放棄され、彼はそれ以上の損害を出さずに中隊を退却させた。

連隊は追撃を受けることなく、ナミュールとスダンの要塞線の背後へ後退し、メテという駅から列車に乗せられ、アントウェルペンとロッテルダムを経てハールレムへ北上した。そこから北オランダへ行軍した。自分が目立たぬ役割を果たしているこの戦いが、怪物的で破局的な性質を持つものだと理解し始めたのは、オランダへ入ってからだった。

彼はブラバントの丘陵と開けた土地を抜ける旅、ライン川の分流を何度も渡ったこと、ベルギーの起伏ある風景が、平らで豊かな牧草地、日差しに輝く堤防道路、無数の風車を擁するオランダ低地へ変わっていく様子を、実に快く描写している。当時は、アルクマールとライデンからドラルトまで、陸地が途切れることなく続いていた。南ホラント、北ホラント、ゾイデルゼーラントの三大州は、十世紀初頭から一九四五年までのさまざまな時期に干拓され、すべて堤防外の波より何フィート(数メートル)も低かった。その緑豊かな干拓地が北国の日差しの下に広がり、密集した勤勉な住民を養っていた。法律、慣習、伝統の複雑な網が、周囲を包囲する海への絶え間ない警戒と防御を保証していた。ワルヘレンからフリースラントまで250マイル(約402キロ)以上にわたり、世界の賞賛を集める堤防と排水施設の一線が延びていた。

もし好奇心旺盛な神が、イギリス軍の側面行軍中、北部諸州で展開する出来事を見物しようと思ったなら、大惨事に先立つ波瀾の数日、青空をゆっくり流れていた巨大な積雲の一つを、便利でふさわしい観覧席に選んだだろう。天候は暑く晴れ、多少の風があり、地面は乾いて、やや埃っぽかった。この見守る神の眼下には、日差しを浴びた広大な緑地が広がっていただろう。雲の落とす影だけが、その上をゆっくり這っていた。空を映す湖沼は、柳の群れや銀色の雑草の広い帯で縁取られ、分割されていた。白い道は太陽の下にむき出しとなり、青い運河が繊細な模様を描いていた。牧草地には家畜があふれ、道路には動物、自転車、色鮮やかな農民の自動車が忙しく行き交っていた。運河を進む無数の動力艀も、道路に負けじと多彩な色と活気を見せていた。そして至るところに人家があった。藁積みや納屋に囲まれた孤立農場、道端の家々、見事な古い教会をそれぞれに持つ細長い村、あるいは運河に縫われ、橋と刈り込まれた木々に満ちた密集都市。

この地方の住民は交戦者ではなかった。オランダの利害と同情はあまりに分裂していたため、世界列強の争いが終わるまで決断せず、受動的な立場を保った。行軍する軍隊が通る街道沿いには、いたるところに群衆が集まり、公平な目で見物していた。独特の白い帽子と昔風の木靴を身につけた女や子供、長いパイプをくゆらせながら、静かに思案する髭のない老人たち。侵入者を恐れてはいなかった。「兵隊仕事」が、淫蕩な略奪者の集団を意味した時代は、とうに過ぎていた……。

雲間の観察者は、沈降地帯となるオランダ全土に、カーキ色の軍服を着た男たちと、カーキ色に塗られた軍需品が広く展開するのを見ただろう。兵士を満載し、あるいは巨大な大砲や軍需物資を積み上げた長い列車が、列車破壊工作員を警戒しながら、北へ向かう線路をゆっくり這うのに気づいただろう。スヘルデ川とライン川が船舶で詰まり、さらに多くの兵士と物資を吐き出しているのを見ただろう。停止、補給、下車、そして堤防や道路のポプラ並木の下を北へ這う、騎兵と歩兵の長く慌ただしい毛虫、蛆虫のような荷車、巨大な甲虫のような重砲を目にしただろう。その道沿いには、中立を保ち、危害を加えられず、曖昧な観察を続けるオランダ人が並んでいた。運河の艀と船舶は、すべて輸送用に徴発された。澄み、明るく、暖かな天候のもと、上空から見れば、動く玩具が催す途方もなく豪華な祭典のようだったに違いない。

太陽が西へ沈むにつれ、金色の靄によって光景はやや不鮮明になったことだろう。すべてが暖かく、いっそう輝き、影が長くなるにつれて、より鮮明な浮き彫りとなったはずだ。高い教会の影は、地平線に触れ、世界を覆う影へ溶け込むまで伸び続けた。そしてゆっくりと、柔らかく、世界を幾重もの深い青で包みながら、夜が訪れた――初めは朧げで簡素な夜、それから、ところどころにかすかな光点が現れ、やがて十万の灯火を宝石のようにちりばめた、暗く壮麗な夜へ。闇と曖昧な光が混じり合う中から、絶え間ない活動の騒音が立ち昇っただろう。視覚に気を逸らされなくなったぶん、昼より大きく明瞭に。

星々の下、澄み切った深淵を漂う観察者は、一晩中見守っていたかもしれない。あるいは、うたた寝したかもしれない。だがその自然な性向に身を任せたとしても、大側面行軍の四日目の夜には、間違いなく目を覚ましたはずだ。その夜こそ、オランダの運命を決した空中戦が起こったからである。ついに飛行機同士が戦い始めた。突然、周囲で、上下で、天の四方から叫びと轟音が押し寄せ、打撃し、突進し、転覆し、天頂へ舞い上がり、地上へ落下しながら、眼下の無数の軍勢を攻撃し、あるいは守った。

中央ヨーロッパ軍は、密かに飛行機を集結させていた。そしていま、巨人が一万本の短剣を低地へ投げつけるように、一斉に放った。その群飛の中には、原子爆弾を搭載し、オランダの防潮堤へ一直線に向かう五機があった。北から、西から、南から、連合軍機が迎撃のため上昇し、この奇襲へ襲いかかった。こうして空の戦争が始まった。その夜、男たちは旋風に乗り、大天使のように殺し、倒れた。空は、驚愕する大地へ英雄の雨を降らせた。まさしく人類最後の戦いは、最も見事な戦いだった。ホメロスの剣士たちが重々しく打ち合う姿も、戦車が軋みながら突撃する姿も、この素早い突進、この激突、この目眩めく勝利、この死への真っ逆さまな急降下に比べれば、何ほどのものだろう。

やがて、街灯と星々の間の虚空で、急降下し、組み合い、落下する空中戦の渦を横切り、猛烈な風と雷鳴より大きな轟音が起こった。初め一本、続いて二十本もの、長く伸びる炎の蛇が、飢えたようにオランダ人の堤防へ飛び込み、陸と海の間へ衝突した。そして巨大な閃光と深紅の煙と蒸気の柱となり、再び燃え上がった。

すると暗闇の中から、小さな国土が、尖塔や木々とともに、恐怖に打たれて飛び出した。静止し、鮮明に。そして海は怒りに荒れ狂い、血の海のように赤い泡を立てた……。

眼下の人口稠密な国土を、無数の奇妙な叫びと、けたたましい警報の鐘が駆け抜けた……。

生き残った飛行機は反転し、自分たちの邪悪さを突然悟った生き物のように、空から逃げ去った……。

いかなる水でも消せぬ炎を上げる十数か所の裂け目を通って、波が轟音とともに国土へ押し寄せた……。

第8節

「その夜、アルクマールの宿営地へ到着できなかった不運を、私たちは呪っていた」とバーネットはいう。「そこには食糧も煙草も、私たちが欲しがっていたものが何でもあると聞かされていた。だがザーンダムとアムステルダムから来る主要運河は、船で絶望的に詰まっていた。そのため、たまたまできた隙間から本隊を離れ、人けのない家の前にある、ひどく放置され、雑草に覆われた小さな港のような場所へ入れたときは安堵した。私たちは家へ押し入り、樽に入ったニシン、山積みのチーズ、地下室に置かれた陶製のジン瓶を発見した。それで飢えた部下たちを元気づけた。火を起こし、チーズを炙り、ニシンを焼いた。ほぼ四十時間、誰一人眠っていなかった。そこで夜明けまでこの避難場所に留まり、それでも交通が詰まっていれば、艀を捨て、残りの道をアルクマールまで歩くことに決めた。

「私たちの入った場所は、運河からおそらく100ヤード(約91メートル)離れていた。小さな煉瓦橋の下からは、なお船団が見え、兵士たちの声も聞こえた。やがて五、六隻の艀がさらに入ってきて、近くの湖沼に停泊した。そのうち二隻にはアントリム連隊の兵士が満載されており、発見した食糧を分けてやった。代わりに煙草をもらった。西側には広大な水面があり、その向こうには屋根の集まりと、一、二本の教会塔が見えた。艀は大勢の人間が乗るにはかなり窮屈だったため、数個分隊、合計三十人か四十人ほどを岸で野営させた。家具があったので家へは入らせず、持ち去った食糧については借用証を残した。周囲には蚊が無数に湧いたため、煙草と焚き火は特にありがたかった。

「食糧を調達した家の門には、Vreugde bij Vrede――『平和に喜びあり』――という言葉が飾られていた。快適さを愛する所有者が、忙しい仕事を退いて暮らしていた痕跡が、いたるところにあった。大きなバラやスイートブライアーの茂みが華やかで美しい庭を抜け、風変わりな小さな四阿へ行った。そこに腰を下ろし、岸沿いで集団ごとに料理をしたり、しゃがみ込んだりする部下たちを眺めた。ほとんど雲一つない空に、太陽が沈みつつあった。

「それまでの二週間、私は何かに完全に占有された人間であり、上から降りてくる命令へ従うことだけに集中していた。ずっと精神と肉体の能力を限界まで使って働き、休息の瞬間は、細切れの睡眠に費やすしかなかった。いま、この稀で予想外の幕間が訪れ、自分のしていることを離れた位置から眺め、その無限の驚異をいくらか感じられた。中隊の兵士たちへの愛情が光のように満ち、自分たちの立場に伴う従属と必要を、彼らが快活に受け入れていることに感嘆した。彼らの行動を眺め、楽しげな声を聞いた。なんと従順な男たちだろう! 指導を受け入れ、集団の目的の中で自己を忘れる用意が、なんとできていることか! この二週間の緊張と苦役を、どれほど男らしく耐え抜いたか。どれほど鍛えられ、互いに馴染み、仲間となったか。そして愚かな人間の血にも、結局はどれほどの優しさがあることか。彼らは人類という種から偶然抽出した一標本にすぎなかった。その忍耐と従う用意は、原子のエネルギーがそうだったように、正しく利用される時を待ちながら眠っていた。人類が何より必要としているのは指導であり、最高の課題は指導のあり方を発見し、人類全体の目的を実現する中で自己を忘れることだという考えが、再び圧倒的な力で胸に迫った。私はもう一度、人生をありのままに見た……」

これは、後にすべてを『遍歴時代』に書き残すことになる、「やや太りすぎた」若い将校らしい記述である。そしてまた、人類史の新たな段階を、そのときすでに準備しつつあった人の心の変化を、実によく表している。

彼は続いて、科学と奉仕の中で個人性から脱出すること、そしてこの「救済」を発見したことについて書いている。当時はきっと、きわめて感動的で独創的な考えだったのだろう。いまとなっては、人間生活における最も明白な常識にしか思えない。

夕焼けの輝きは薄れ、黄昏は深まって夜となった。焚き火はいっそう明るく燃え、湖沼の向こうでは何人かのアイルランド人が歌い始めた。だがバーネットの部下たちは、そんなことをするには疲れすぎていた。ほどなく岸と艀は、眠る人々の姿で埋まった。

「眠れなかったのは、私一人だけのようだった。おそらく疲れすぎていたのだろう。艀の舵柄のそばで、熱に浮かされたような短い眠りに落ちたあと、身体を起こし、目覚めたまま落ち着かずにいた……。

「その夜、オランダは空だけでできているように見えた。下縁には、尖塔か、あるいはポプラの列らしき黒い細線がわずかにあるだけで、その上を巨大な半球が覆っていた。初め、空は空っぽだった。それでも私の不安は、漠然と空へ向けられていた。

「そして今度は、憂鬱になった。周囲で眠る人々には、奇妙なほど悲しく、従順なものがあった。遠くまで行軍し、確立された生活の織物すべてを後に残して、この狂った作戦へ、この何も意味せず、すべてを消耗させる作戦へ、ただの戦闘熱へとやってきた男たち。人間の命がどれほど小さく、弱いものかが見えた。偶然に翻弄され、どれほど臆病な夢一つ実現する意志さえ見いだせずにいる、ひどく無力なものだ。そしていつまでもこうなのだろうかと考えた。人間は運命づけられた動物であり、最後の日まで宿命をつかみ、自らの意志どおりに変えることはないのだろうか。おそらく常に、優しいが嫉妬深く、欲望に満ちるが散漫で、有能だが愚かに衝動的なままなのだろう。そして人類を生んだサトゥルヌスが、やがて我が子を食らうのだ……。

「こうした思索から目を覚まさせたのは、はるか北東の高空に飛行機の一団がいると、突然気づいたことだった。真夜中の青を背景に、小さな黒い短線のように見えた。初めは鳥の群れを見るように、かなりぼんやり眺めていたのを覚えている。やがて、それが国境方面から長い一列となって猛烈な速さで進んでくる大艦隊の、最も外側の翼にすぎないと気づき、注意を研ぎ澄ませた。

「あの艦隊を見た瞬間、それまで気づかなかったことに驚いた。

「仲間を起こしたくなかったので、静かに立ち上がった。だが驚きと興奮で、心臓はやや速く打っていた。前線沿いから砲声が聞こえないかと耳を澄ませた。ほとんど本能的に、守りを求めるように南と西へ向き、目を凝らした。すると暗闇から突如現れたかのように、三層の飛行機群が、より近い位置から猛速で接近してくるのが見えた。非常な高空に一群の飛行隊があり、おそらく1,000ないし2,000フィート(約300ないし610メートル)の高度に主力があり、さらに数のわからない部隊が低空を飛び、ぼんやりとしか見えなかった。中層の機体はあまりに密集しており、星の群れを次々と覆い隠した。そして結局、空でも戦いが起ころうとしているのだと悟った。

「眠る大軍の上で、ほとんど見えない戦闘者たちが音もなく猛烈に収束していく光景には、途方もなく奇妙なものがあった。周囲の者は皆、まだ気づかずにいた。主要運河の船団にも、動揺の兆しはなかった。その全航路は、警戒心のない灯火を点在させ、焚き火に縁取られ、上空からはっきり見えたに違いない。やがてアルクマール方面のはるか遠くで、らっぱの音が聞こえた。続いて銃声、そして鐘の狂乱した騒ぎが起こった。できるかぎり長く、部下たちを眠らせておこうと決めた……。

「戦闘は、夢のような速さで始まった。中央ヨーロッパ航空艦隊に初めて気づいた瞬間から、両軍が接触するまで、五分もなかったと思う。北の空の輝く青を背景に、その影がはっきり見えた。連合軍機――大半はフランス機だった――は激しい驟雨のように、中央ヨーロッパ艦隊の中央へ降り注いだ。粗い雨粒そのものに見えた。ぱちぱちという音がした――私が聞いた最初の音だった――オーロラを思わせた。おそらく小銃の撃ち合いだったのだろう。夏の稲妻のような閃光が走った。そして空全体が、なお大部分は無音のまま、戦闘の渦巻く混乱となった。中央ヨーロッパ機の何機かは、確かに突撃を受けて転覆した。ほかの機体は潰れて落下し、それからあまりに強烈な光を放って燃え上がったため、視界がぼやけ、戦闘の残りすべてが、突然見えない場所へ引き戻されたように消えた。

「なおも目を凝らし、手で炎を遮ろうとしているうちに、周囲の兵士たちが身じろぎを始めた。そのとき原子爆弾が堤防へ投下された。空中で猛烈な雷鳴を発し、絵画の中のルシファーのように、空に燃える軌跡を残しながら落ちていった。それまで透明で、細部に満ち、出来事に満ちていた夜は消え失せ、この巨大な炎の柱を浮かび上がらせる黒い背景へ、突如置き換わったようだった……。

「その音を追うように、轟く風が襲来し、空はちらつく稲妻と疾走する雲で満たされた……。

「その衝撃には、連続性がなかった。ある瞬間まで、私は眠る世界の孤独な見張りだった。次の瞬間には、周囲の全員が立ち上がり、世界全体が目を覚まし、驚愕していた……。

「そして風が私を殴りつけ、兜を奪い、平和に喜びありの四阿を、鎌が草を払うように薙ぎ払った。爆弾が落ちるのを見た。衝突するたび、それに応えて巨大な深紅の閃光が跳ね上がり、赤く照らされた山のような蒸気と飛散物が、天頂へよじ登った。その明かりを背に、何マイルにもわたる田園地帯が、教会、木々、煙突とともに黒く鮮明に浮かんだ。そして突然、理解した。中央ヨーロッパ軍は堤防を破壊したのだ。あの閃光は堤防の決壊を意味し、ほどなく海水がこちらへ押し寄せてくる……」

彼はこの驚くべき危機に対処するため取った手順を、いささか冗長に語っている――だがあらゆる事情を考えれば、実に賢明な手順だった。部下たちを艀へ乗せ、隣接する艀へ呼びかけた。艀の機関士を務める男を配置につかせ、機関を始動させ、係留索を解いた。それから食糧のことを思い出し、五人を上陸させて数十個のチーズを運び込ませ、浸水が届く前に再び乗船させた。

彼がこの冷静な行動を、相応に誇っているのも当然である。彼の考えは、機関を全速前進にし、波を正面から受けることだった。その間ずっと、主要運河の渋滞に巻き込まれなかったことを天に感謝していた。ただし彼は、押し寄せる水の勢いを、実際以上に見積もっていたように思われる。流されて家や木に叩きつけられることを恐れた、と説明している。

堤防が破壊されてから水が到達するまでに要した時間を、彼は推定していない。おそらく二十分から三十分ほどだった。いまや彼は、ランタンの明かり以外には何もない闇と、猛烈な風の中で働いていた。船首灯と船尾灯を掲げた……。

押し寄せる水から、蒸気の奔流が渦巻きながら噴き上がっていた。忘れてはならないが、その水は、ほとんど白熱した防潮堤の裂け目を通過してきたのだ。この膨大な蒸気の噴出は、ほどなく爆発の燃え立つ中心を完全に覆い隠した。

「ついに水が来た。前進する滝だった。国土を横切って押し寄せる、幅広い大波のようだった。低く轟く音を立てて近づいてきた。ナイアガラのようなものを想像していたが、波頭の落差は合計しても12フィート(約3.7メートル)を大きく超えなかったはずだ。艀は一瞬ためらい、船首から水をかぶって、それから持ち上がった。私は全速前進を命じ、船首を上流へ向け、そこに保つため死に物狂いで踏ん張った。

「洪水と同じほど強い風が吹いていた。海と私たちの間にあった、考えられるかぎりあらゆる浮遊物へ、次々と衝突していた。いまや世界の明かりは船灯だけだった。船から20ヤード(約18メートル)も離れると蒸気は見通せず、風と水の轟音が、それより遠くの音をすべて遮断した。黒く輝く水が渦巻いて通り過ぎ、黒檀のような暗闇から船灯の中へ現れ、再び見通せぬ黒へ消えていった。そして水に乗り、さまざまな形が、さまざまな物がやってきた。ほんの一瞬だけ姿を閃かせる。半ば沈んだ船、牛、家屋の巨大な木組みの破片、荷箱と足場の絡み合った塊。鎧戸を開けて見せられたもののように、唐突に視界へ飛び込み、それから砕けるような音を立てて艀へ衝突するか、脇を疾走していった。一度、男の白い顔が実にはっきり見えた……。

「その間ずっと、もがくように揺れる、半ば水没した木々の一団が前方にあり、ゆっくりと近づいてきた。それを避ける進路を取った。背後の黒い蒸気雲を背景に、狂乱した絶望の身振りをしているように見えた。一度、巨大な枝がちぎれ、震えながら私の脇を通り過ぎた。全体として見れば、私たちは前進していた。夜に呑み込まれる前、平和に喜びありを最後に見たとき、それはほぼ真後ろにあった……」

第9節

朝になっても、バーネットは浮かんでいた。艀の船首はひどく傷み、部下たちは交代でポンプを動かし、あるいは水を汲み出していた。近くで船が転覆したため、半ば溺れた者を十数人ほど収容し、ほかの三隻を曳航していた。艀は浮かび、アムステルダムとアルクマールの間のどこかにいたが、正確な位置はわからなかった。まだ半分は夜のような一日だった。暗灰色の空の下、灰色の水が四方へ広がっていた。波間からは、家々――その多くは破壊されていた――の上部、木の梢、風車、つまり見慣れたオランダの風景の上三分の一が突き出していた。その上を、艀、小舟、転覆した無数の船、家具、筏、木材、その他雑多な物からなる、霞んだ船団が漂っていた。

その朝、溺死者は水中に沈んでいた。ところどころに浮く牛の死骸や、箱や椅子などの浮遊物へ頑なにしがみついた硬直死体だけが、水面下に隠された大量死を暗示していた。死者が大量に浮上したのは、木曜日になってからだった。視界は四方を灰色の霧に囲まれ、その霧は頭上で灰色の天蓋となって閉じていた。午後には空気が澄み、はるか西方、巨大な蒸気と塵の堤の下に、原子爆弾の燃えるように赤い噴火が、水の荒野を越えて見えるようになった。

霧を通して平たく陰鬱に見え、ロンドンの夕焼けのようだった。「それは海上に浮かんでいた」とバーネットはいう。「ほつれた炎の睡蓮のように。」

バーネットは午前中、運河沿いで救助活動にあたったらしい。漂流する人々を助け、放棄された船を回収し、危険な家屋から人々を救い出した。同じ仕事をする軍用艀にも出会った。日が進み、差し迫った救援要請に応じ終えて初めて、部下の食料と飲料、そして今後取るべき方針を考えた。チーズが少しあったが、水はなかった。あの謎めいた指針である「命令」は、ついに完全に消え去っていた。いまや自らの責任で行動しなければならないと悟った。

「破壊はあまりに広範囲に及び、世界はあまりに変わり果てていたため、どの方向へ進み、戦争前と同じ状態の物を見つけようと期待しても、愚かなことに思えた。私は後甲板で、機関士のミリウス、ケンプ、ほか二人の下士官とともに座り、行動方針を協議した。食糧も目的もなかった。戦闘力はきわめて小さく、最初の務めは、再び食糧と指示に接触することだという点で一致した。私たちをここまで動かした作戦計画は、明らかに粉々になっていた。ミリウスは、西へ進路を取り、北海を渡ってイギリスへ戻れるという意見だった。私たちのような動力艀なら、二十四時間以内にヨークシャー海岸へ着けると計算した。だが食糧が乏しく、何より水が一刻も早く必要だったので、この案は退けた。

「いまでは近づく船という船が、水を求めて呼びかけてきた。その要求を聞くたび、私たちの渇きはいっそう耐えがたくなった。南へ向かえば丘陵地、少なくとも水没していない土地へ出られると判断した。そこで上陸し、小川を見つけて水を飲み、物資と情報を手に入れられるはずだった。周囲の靄の中を漂う艀の多くは、ノルトゼー運河から流れてきたもので、イギリス兵で満載されていた。だが戦況について、私たち以上に知っている者はいなかった。実際、『命令』は空から消えていた。

「その晩遅く、『命令』が一時的に復活した。イギリスの魚雷艇から拡声器で呼びかけがあり、休戦が成立したこと、食糧と水が急いでライン川を下って運ばれており、ライデンより上流の旧ライン川に停泊する艀船団で手に入ることを知らせたのだ」……。

だがバーネットが、ザーンダムを通り、ハールレムとアムステルダムの間を抜け、木々と家々と教会の間を進んでライデンへ至った、奇妙な陸上航海の描写までは追わないことにしよう。それは赤く照らされた霧の中、蒸気に霞む影絵の世界を進む航海だった。奇妙な声と困惑に満ち、ほかのあらゆる感覚が熱病のような渇きに支配されていた。「私たちは小さな集団となって身を寄せ合い、ほとんど口を利かずに座っていた」と彼はいう。「前方の兵士たちも、無言で耐える人の塊にすぎなかった。絶えず聞こえる唯一の音は、ザーンダム近くで漂流する干し草の山から兵士の一人が救出した猫の、しつこい鳴き声だった。ミリウスが取り出した時計鎖付きの羅針盤で、南への針路を保った……。

「自分たちが敗軍に属すると思った者は、一人もいなかったはずだ。また戦争が周囲を支配する事実だという強い感覚もなかった。心の中では、むしろ巨大な自然災害に見えていた。原子爆弾の前では、国際問題など完全に取るに足らぬものとなっていた。差し迫った必要から心が離れると、世界が完全に破壊される前に、この恐ろしい爆発物の使用を止められるだろうかと考えた。私たちには、この爆弾と、それが先触れとなるさらに強大な破壊力が、人類のあらゆる関係と制度を、いとも簡単に粉砕しうることが明白に思えた。

「『連中はどうするつもりなんだ』とミリウスが尋ねた。『どうするつもりなんだ? 戦争を終わらせなきゃならんのは明らかだ。何らかのやり方で世の中を運営しなきゃならんのも明らかだ。こんなこと――このすべては――ありえない。』

「私はすぐには答えなかった。何かが――何だったのか、いまもわからない――実戦初日に負傷した、あの男の姿を呼び戻していた。怒りと涙に満ちた目が、再び見えた。五分前までは熟練した人間の手だったのに、濡れ、血まみれの哀れな肉塊となり、憤然と抗議するように突き出されていた。『馬鹿げてる』と彼は怒鳴り、泣きじゃくった。『馬鹿げてる。俺の右手だ、隊長! 俺の右手が……』

「しばらくのあいだ、信念は完全に消えていた。『私たちはあまりにも――あまりにも愚かだと思う』とミリウスにいった。『戦争を止めることなど、永遠にできないほどに。止めるだけの知恵があったなら、こんなことになる前に止めていたはずだ。これが――』私は、血の色に照らされた水の上へ、滑稽で醜い姿を突き出していた、破壊された風車の痩せた黒い輪郭を指さした――『これが終わりなのだと思う』。」

第十節

だがここで、われわれの歴史は、フレデリック・バーネットと、彼の艀に満載された飢えた男たちに別れを告げねばならない。

少なくとも西ヨーロッパでは、しばらくの間、文明がついに完全な崩壊を迎えたかのようだった。ナポレオンが植え、ビスマルクが水をやった伝統の頂に咲く蕾は、滅びた国々、粉砕され、あるいは水底に沈んだ教会、廃墟と化した町、人類から永遠に失われた田畑、そして血まみれでのたうつ百万の死体の上に、「炎の睡蓮のごとく」開き、燃え盛った。人類には、この教訓で十分だったのか。それとも戦火は、なおも廃墟のただ中で燃え続けるのか。

明らかに、バーネットにも仲間たちにも、その問いに対する答えへの確信はなかった。かつて人類史上すでに一度、白人に発見される以前のアメリカで、組織化された文明が、残酷で戦闘に特化した単なる戦争崇拝へと退行したことがある。そしてしばらくの間、多くの思慮深い人々には、全世界がただ規模を拡大して、この戦士の台頭、この人類の破壊本能の勝利を繰り返すだけなのではないかと思われた。

バーネットの物語の後続章は、この悲劇的な可能性に具体的な姿を与えるものでしかない。そこには、ほとんど修復不能なまでに粉砕されたかに見える文明の断片が、次々と描かれている。ベルギーの丘陵地帯は避難民であふれ、コレラに荒らされていた。対立していた両軍の残存部隊は休戦のもとで秩序を保ち、実際の戦闘こそなかったものの、習慣となった慎重な敵意を互いに抱き続けていた。そして、どこにも計画らしい計画はなかった。

上空では飛行機が謎めいた任務に飛び続け、スモワ川の谷やアルデンヌ東部の森林地帯では、人肉食やヒステリックな狂信が広がっているという噂があった。中国と日本がロシアを攻撃したとの報告も、アメリカで巨大な革命騒乱が勃発したとの報告もあった。その地方の天候は人々の記憶にないほど荒れ、雷鳴と稲妻が絶えず、雲が破裂したかのような豪雨が降り注いだ……。

第三章 戦争の終焉

第一節

ブリッサーゴの町を見下ろす山腹に、マッジョーレ湖の二つの長い水域を一望し、東はベッリンツォーナ、南はルイーノを望む草原の台地がある。春には無数の野花に彩られ、ひときわ美しい。なかでも六月初旬、白い花穂をつける細身のアスフォデル、セント・ブルーノの百合が咲くころは格別である。この心地よい台地の西には、深く鬱蒼と木々の茂る裂谷があり、幅一マイル(約一・六キロメートル)ほどの青い大峡谷から、荒々しくそそり立つ断崖が立ち上がっている。アスフォデルの野の上では、山々が岩だらけの斜面をなし、石と陽光しかない孤絶の高みへと登ってゆき、やがて弧を描いて断崖の壁と結ばれ、一筋の稜線となる。この荒涼として峻厳な背景は、眼下に輝く大湖の静謐、南と東に広がる肥沃な丘や街道、村々や島々の眺望、そして北方のマッジャ渓谷で熱く黄金色に照り映える水田地帯と、鮮烈な対照をなしている。そこは辺鄙で取るに足らぬ土地であり、災厄の年にひしめいていた数々の悲劇から遠く、燃える都市や飢える群衆からも隔たれ、心身を引き締め、静め、隠してくれる場所だった。だからこそ、手遅れになる前に文明の総崩れを食い止めるべく、各国の統治者たちがここに集ったのである。ワシントン駐在フランス大使であり、情熱的な人道主義者でもあるルブランの不屈の奔走によって、世界の主要国はこの地に招集され、「人類を救う」ための最後の絶望的な会議に臨もうとしていた。

ルブランは、平穏な時代であれば取るに足らぬ生涯を送ったであろう、純朴な人間の一人だった。だが悲劇的な危機によって人間社会が突如、彼らの単純さに見合うほど単純化されたとき、歴史上不滅の役割へと押し上げられる人々がいる。エイブラハム・リンカーンがそうであり、ガリバルディもそうだった。透き通るように子供じみた無垢さと、徹底した無私を備えたルブランは、不信と複雑な災厄の渦中へ入り込み、この状況における明白な正気を、抗いがたい力で訴えた。彼が語る声は「諫めに満ちて」いた。小柄で、頭は禿げ、眼鏡をかけ、フランスが人類に授けた独特の贈り物の一つである知的理想主義に燃えていた。彼には明快な確信が一つだけあった。戦争は終わらせねばならず、その唯一の方法は、人類にただ一つの政府を持たせることだ、という確信である。それ以外の考慮はすべて払いのけた。戦争が勃発し、交戦国双方の首都が破壊されるや否や、彼はホワイトハウスの大統領を訪れ、この提案を突きつけた。あまりにも当然のことであるかのように。彼にとって幸運だったのは、ワシントンにいて、アメリカ的想像力の特徴である、巨大で子供じみた心と接触できたことだった。アメリカ人もまた、世界を救った素朴な民族の一つだったのである。彼はアメリカ大統領と政府を、おおむね自らの構想へと引き入れた。少なくとも、より懐疑的なヨーロッパ諸政府に対して発言権を持てるだけの支援は得た。そしてその後ろ盾をもって、世界中の統治者を一堂に集め、統合するという、一見すれば途方もない事業に着手した。数えきれぬ手紙を書き、伝言を送り、決死の旅を重ね、得られるかぎりの支援を募った。味方にするには卑しすぎる者も、働きかけるには頑迷すぎる者も、彼にはいなかった。最後の戦争が荒れ狂った恐るべき秋を通じ、この眼鏡をかけた小さな夢想家は、雷雨のさなかで希望に満ちてさえずるカナリアのように見えたに違いない。どれほど災厄が積み重なろうとも、それらは終わらせられるという信念は揺るがなかった。

というのも、当時の全世界は、怪物的な破壊の段階へと燃え上がりつつあったからだ。武装した地球上で、国々は次々と、攻撃される前に攻撃しようとした。自国の爆弾を先に使うため、恐慌の delirium に駆られて戦争へ突入した。中国と日本はロシアを襲撃してモスクワを破壊し、アメリカ合衆国は日本を攻撃した。インドは無政府主義的反乱に陥り、デリーは死と炎を噴き上げる火の穴と化していた。かの侮りがたいバルカン王も動員を進めていた。このころには、世界が真っ逆さまに無政府状態へ滑り落ちていることが、誰の目にも明らかだったに違いない。一九五九年春までには、二百か所近い中心地から、そしてその数は毎週増え続けながら、消すことのできない深紅の原子爆弾火災が轟々と燃え上がっていた。世界の信用という脆弱な織物は消え去り、産業は完全に混乱し、あらゆる都市、あらゆる人口密集地が飢餓に陥るか、その瀬戸際で震えていた。世界の首都の大半が燃え、すでに何百万もの人々が死に、広大な地域で政府は消滅していた。同時代のある作家は、人類を、眠りながらマッチを弄び、目覚めると全身が炎に包まれていた睡眠者になぞらえている。

何か月もの間、全人類のどこかに、この新たな状況を直視し、社会秩序の崩壊を食い止めようと試みるだけの意志と知性が残されているかどうかさえ、定かではなかった。一時は戦争精神が、保存と建設の力を結集しようとするあらゆる努力を打ち負かした。ルブランは地震に向かって抗議しているようなもので、エトナ火山の火口に理性を探すのと同じほど無謀に思われた。打ち砕かれた各国の正統政府が平和を求めて叫び始めた後でさえ、妥協を拒む者や不屈の愛国者、簒奪者、冒険家、政治的無頼漢の一団が、原子力を解放して新たな破壊中心を生み出すための単純な装置を、いたるところで手中にしていた。その物質は、ある種の精神に抗いがたい魅力を及ぼした。まだ敵を破壊できるのに、なぜ屈服しなければならないのか。降伏だと? まだ彼らを粉微塵にできるかもしれないのに? かつては政府の究極の特権だった破壊力が、いまや世界に残された唯一の力となり、しかもいたるところに存在していた。燃え上がる荒廃のこの時期、バーネットが記したような絶望に陥らず、彼とともに「これで終わりだ……」と宣言しなかった思慮ある者は、ほとんどいなかった。

その間もずっと、ルブランはきらめく眼鏡と尽きることのない説得力を携えて東奔西走し、自らの見解がいかに明白に合理的であるかを訴え続けた。そして聞く耳を持たなかった人々も、やがて耳を傾け始めた。この混沌たる紛争が終わるという確信を、彼は一度たりとも疑わなかった。子供部屋の大騒ぎをなだめる乳母でさえ、最後には必ず静かになると、これほど確信してはいなかっただろう。人のよい夢想家として扱われていた彼は、いつしか途方もない可能性を秘めた人物と見なされるようになった。やがて、その構想さえ実行可能に思われ始めた。一九五八年には微笑まじりの苛立ちで話を聞いていた人々も、一九五九年が四か月を過ぎる前には、いったい何ができると考えているのか、正確に知りたがるようになった。彼は哲学者の忍耐とフランス人の明晰さで答えた。次第に希望のこもった返答が寄せられるようになった。大西洋を渡ってイタリアへ赴き、そこでこの会議への参加の約束を取りつけた。すでに述べた理由から、ブリッサーゴ上方の高原を会場に選んだ。「われわれは離れねばなりません」と彼は言った。「古い因縁から離れねば」返答によって裏づけられた確信を胸に、会議に必要な物資を徴発し始めた。世界に新秩序をもたらすはずの会議は、わずかな疑念を残しながらも、次第に形を整えていった。ルブランは傲慢さなしに人々を招集し、無限の謙虚さによって彼らを動かした。無線電信の機材を携えた者たちが高原の斜面に現れ、続いて天幕や食料を運ぶ者たちが来た。眼下のロカルノ街道の便利な地点まで、小さな索道が架けられた。ルブラン自身も到着し、集会の雰囲気に影響するあらゆる細部を、丹念に指図した。集会の発起人というより、先乗りの旅行案内人のようだった。そして索道で来る者、飛行機で来る者、その他の方法で来る者も少数ながらあり、世界の現状を協議すべく招集された人々が到着した。それは名もなき会議となるはずだった。九人の君主、四共和国の大統領、多数の大臣と大使、有力なジャーナリスト、そのほか著名で影響力ある人々が参加した。科学者までいた。そして世界的に名高い老ホルステンも、時代の絶望的な難題に素人なりの政治手腕を提供すべく、他の者たちとともにやって来た。名目上の元首と実力者と知性の持ち主を、このように一堂に招集し、その合意を望む勇気を持てたのは、ルブランだけだったろう……。

第二節

この諸政府の会議に招かれた者のうち、少なくとも一人は徒歩でやって来た。それがエグバート王、ヨーロッパ最古の由緒ある王国の若き王だった。彼は反逆者であり、自ら選んで、その地位の華麗さに常に反逆してきた。長い徒歩旅行を好むふりをし、野外で眠りたがる性向を見せていた。今回はサンタ・マリア・マッジョーレ峠を越え、船で湖を上ってブリッサーゴへ来ると、そこから樫と甘栗の木が並ぶ心地よい山道を歩いて登った。急ぐつもりはなかったので、道中の食料としてポケットいっぱいのパンとチーズを持っていた。公式の場で自分の快適さと威厳を保つために不可欠な少人数の随行員は索道で先に行かせ、そばには私設秘書のフィルマンだけが歩いていた。フィルマンはロンドン社会学・経済学・政治学学校の世界政治学教授の職を投げうって、この任に就いた男である。思考は速いというより力強く、新しい地位で大きな影響力を振るえると期待していたが、数年を経ても、自分の役目の大部分が聞き役にすぎないことを、ようやく理解し始めたばかりだった。もともとは国際政治について一家言を持つ思想家で、関税と戦略の権威であり、さまざまな高級世論誌に重用される寄稿者でもあった。だが原子爆弾は彼の不意を突き、いまだ原子力以前の見解と、絶え間なく続く爆発によって言葉を失わされた衝撃から、完全には立ち直っていなかった。

王は礼儀作法の束縛から、ほぼ完全に自由だった。理論上――そして彼は理論でいっぱいだった――その物腰は純粋に民主的だった。眼下の町の小さな店でリュックサックを見つけたフィルマンに、二本のビール瓶を両方とも持たせたのは、ただ長年の習慣と無意識のせいだった。実際、王は生涯、自分の荷物を自分で持ったことがなく、その事実に気づいたこともなかった。

「供は誰も連れていかない」と彼は言った。「一人もだ。徹底して質素にいこう。」

そこでフィルマンがビールを運んだ。

二人は山道を登りながら――歩調を決めていたのはフィルマンではなく王だった――これから臨む会議について語った。教授時代の自分なら驚いたであろうほど自信を欠いた口調で、フィルマンは同行者の方針を明確にしようとした。「より大きな枠組みで考えれば、陛下」とフィルマンは言った。「ルブランの構想に、ある程度もっともらしいところがあるのは認めます。しかし国際問題を統制する何らかの総合機関――権限を拡張した一種のハーグ裁判所――を設けるのが望ましいとしても、国家および帝国の自治という原則を見失ってよい理由には、まったくなりません。」

「フィルマン」と王は言った。「私は兄弟たる諸王に、よい手本を示すつもりだ。」

フィルマンは、恐れを覆い隠すように好奇心を示した。

「あんな馬鹿げたものを、全部投げ捨てることでな」と王は言った。

すでに少し息を切らしていたフィルマンが反論しようとすると、王は歩調を速めた。

「私はあんな馬鹿げたものを、全部投げ捨てるつもりだ」と、フィルマンが口を開きかけると王は続けた。「王権も帝国も卓上に放り出し、最初から駆け引きなどする気はないと宣言する。権利をめぐる駆け引きこそが、人間社会に巣食ってきた悪魔だ。昔から、ずっとな。私はこの茶番を終わらせる。」

フィルマンは不意に立ち止まった。「しかし、陛下!」と叫んだ。

王は六ヤード(約五・五メートル)先で足を止め、汗に濡れた助言者の顔を振り返った。

「フィルマン、私は本当に、王冠だの国旗だの権利の主張だのを平和の邪魔にする、忌々しい政治屋としてここへ来たと思うのか? あの小さなフランス人が正しい。君だって、私と同じくらいそれを知っている。そんなものの時代は終わった。われわれ――王や統治者や代表者こそが、災厄の中心にいた。われわれの存在は当然、分離を意味し、分離は戦争の脅威を意味し、戦争の脅威は原子爆弾を際限なく蓄積することを意味する。古いゲームは終わったんだ。それに、こんな所で立ち話をしていてはいかん。世界が待っている。フィルマン、古いゲームは終わったと思わないか?」

フィルマンは肩紐を直し、濡れた額を手でぬぐって、真剣な面持ちで後を追った。「陛下、何らかの覇権、何らかの隣保同盟評議会[訳注:古代ギリシアの都市国家が共同で宗教施設などを管理した同盟]が必要なのは認めますが――」と、遠ざかる背中に向かって言った。

「全世界に一つだけの、単純な政府が必要なのだ」と王は肩越しに言った。

「しかし、無謀で無条件な放棄となりますと、陛下――」

ドカン!」と王は叫んだ。

フィルマンはこの割り込みに答えなかった。だが火照った顔を、かすかな苛立ちの影がよぎった。

「昨日のことだ」と王は説明した。「日本はもう少しでサンフランシスコを吹き飛ばすところだった。」

「存じませんでした、陛下。」

「アメリカ側が日本の飛行機を海へ追い落とし、そこで爆弾が壊れた。」

「海中で、ですか?」

「そうだ。海底火山だ。蒸気がカリフォルニアの海岸からも見える。危ういところだった。こんなことが起きているのに、君は私に、この丘を登って駆け引きをしろと言う。それが私の帝室の従兄や、ほかの連中にどんな影響を与えるか考えてみろ!」

あの方は駆け引きなさいます、陛下。」

「まさか」と王は言った。

「ですが、陛下。」

「ルブランが許さん。」

フィルマンは不意に立ち止まり、厄介な肩紐を乱暴に引いた。「陛下、あの方は助言者の意見に耳を傾けます」と言った。その口調は、どこか微妙な形で、リュックサックの不具合に主君まで連座させているようだった。

王は彼を眺めた。

「もう少しだけ登ろう」と言った。「話に出ていた無人の集落を見つけたい。それからビールを飲む。遠くはないはずだ。ビールを飲んで、瓶は捨てよう。それからフィルマン、もう少し寛大な目で物事を見るよう、君に頼むつもりだ……なぜなら、そうしなければならんからだ……」

王は前を向き、しばらくの間、二人が立てる音は、道に転がる石を踏む靴音と、フィルマンの乱れた呼吸だけになった。

やがて――フィルマンにはようやく、王にはすぐに思えたが――道の勾配が緩み、幅も広がって、二人は実に美しい場所へ出た。北イタリアの山中に今も見られる、物置小屋や家々からなる高地の集落の一つだった。盛夏にだけ使われ、冬から春、そして六月半ばまでは鍵をかけて無人にしておくのが習わしだった。建物は柔らかな色調の灰色の石造りで、濃緑の草に埋もれ、栗の木々に影を落とされ、まばゆいばかりの黄色いエニシダに照らされていた。王はこれほど見事なエニシダを見たことがなかった。受ける陽光以上の光を放っているかのようなその輝きに、思わず歓声を上げた。そして地衣類に覆われた石へ勢いよく腰を下ろし、パンとチーズを引っ張り出すと、ビールを冷やすため日陰の草むらへ突っ込めとフィルマンに命じた。

「飛行船で空へ上がる人間は、実に多くのものを見逃しているな、フィルマン」と王は言った。

フィルマンは愛想のない目で周囲を見回した。「今が一番よい時期なのです、陛下。農民たちがまた上がってきて、ここを汚す前ですから。」

「いつだって美しいだろう」と王は言った。

「表面的には、陛下」とフィルマンは言った。「しかしこれは、急速に消えつつある社会秩序を象徴しております。石の間や小屋の中にまで草が生えているところを見ると、今でも使われているのか疑わしいほどです。」

「おそらく」と王は言った。「この花咲く草原の干し草を刈れば、すぐに上がってくるのだろう。眼下の道で見かける、動きの鈍い乳白色の牛たちと、黒髪に赤いスカーフを巻いた浅黒い娘たちだろうな……。あの美しい古い暮らしが、どれほど長く続いたかを思うと驚嘆する。ローマ時代にも、いやローマ人の噂がこの地方に届くはるか以前から、人々は夏が近づくと家畜をここへ追い上げてきた……。なんと多くの記憶が、この場所には宿っていることか! ここで争いがあり、希望が生まれ、子供たちが遊び、やがて老いた婆さんや爺さんになって死んでいった。そうして何千もの生涯が重ねられてきた。恋人たち、数えきれない恋人たちが、この黄金のエニシダの中で抱き合ったのだ……」

王はパンとチーズを忙しく頬張りながら、しばし物思いに沈んだ。

「あのビール用に、ジョッキを持ってくるべきだったな」と言った。

フィルマンが折り畳み式のアルミ製カップを取り出し、王は満足げにビールを飲んだ。

「せめて決断を遅らせるよう、陛下を説得できればよいのですが――」と、フィルマンが突然言った。

「話しても無駄だ、フィルマン」と王は言った。「私の心は白昼のように明快だ。」

「陛下」とフィルマンは、パンとチーズと真情で口をいっぱいにして抗議した。「王たるお立場への敬意はお持ちでないのですか?」

王は答える前に間を置き、いつになく厳粛に言った。「敬意があるからこそだ、フィルマン。だからこそ、国際政治というゲームの操り人形にはならん」しばらく同行者を見つめてから、こう言った。「王権だと! ――君に王権の何がわかる、フィルマン? 

「そうだ」と王は、驚く助言者に向かって叫んだ。「私は生まれて初めて、王になるのだ。先頭に立ち、自らの権威で導く。十二代にもわたり、わが一族は助言者の手中にある人形の群れだった。助言者だと! 今度こそ私は本物の王になる。そして私を奴隷にしてきた王冠を――廃し、始末し、終わらせる。だが、この轟音が、なんと多くの人を麻痺させる欺瞞を終わらせたことか! 硬直していた古い世界は再び坩堝に投げ込まれた。そして王衣の中身を詰める綿にすぎないと思われていた私が、いまや王たちの中の王となった。私は先頭に立って自分の役目を果たし、血と炎と愚かな混乱に終止符を打たねばならない。」

「しかし、陛下」とフィルマンは抗議した。

「ルブランが正しい。全世界は、単一不可分の共和国にならねばならない。君もそれを知っている。そして私の務めは、それを容易にすることだ。王は民を導くべきなのに、君は私を『海の老人』[訳注:船乗りシンドバッドの背にしがみついて離れなかった怪物]のように民の背へしがみつかせたいのか。今日は王たちの聖餐の日でなければならない。人類から託された責務は、いま果たされ、終わった。われわれは王衣を人々に分け与え、王権を人々に分け与え、こう告げねばならない。今こそ、すべての人の内なる王が世界を治めるのだ、と……。この機会の壮麗さが、君にはわからないのか? フィルマン、君は私に、あそこへ上がって、忌々しい小役人のように、代価や補償や条件をめぐって値切れと言うのだ……」

フィルマンは肩をすくめ、絶望の表情を浮かべた。その間にも、とにかく食事はせねばならない、という態度だった。

しばらく二人は黙り、王は食べながら、会議で行うつもりの演説の文句を頭の中で練った。王冠の歴史が古いという理由で議長を務めることになっており、その議長役を記憶に残るものにするつもりだった。自らの雄弁にあらためて自信を持つと、意気消沈して不機嫌なフィルマンをしばらく眺めた。

「フィルマン」と王は言った。「君は王権を理想化している。」

「お仕えすることこそ、私の夢でした、陛下」とフィルマンは悲しげに言った。

「権力の梃子を握って、だろう、フィルマン」と王は言った。

「陛下はあえて不当なことをおっしゃいます」と、深く傷ついたフィルマンは言った。

「私はそこから抜け出せるのが嬉しいのだ」と王は言った。

「ああ、フィルマン」と王は続けた。「私のことは少しも考えてくれないのか? 私は単なる血肉ではなく、想像力を持つ者――しかも権利ある想像力を持つ者だと、いつになったら理解する? 私は頭にかぶせられた枷に反逆する王だ。目覚めた王なのだ。尊き祖父母は、その威厳に満ちた生涯で一度たりとも目覚めた瞬間がなかった。君たち助言者が与えた仕事を愛し、疑ったこともなかった。それは、子を産むべき女に人形を与えるようなものだった。行列を楽しみ、何かの開会式を行い、奉呈文を読み上げられ、三つ子や九十歳を超えた老人を訪問することを喜んだ。信じがたいことだ。そうした自分たちが載ったあらゆる絵入り新聞の切り抜きをアルバムに保存し、新聞切り抜きの包みが薄くなると心配した。それだけが、彼らの唯一の悩みだった。だが私には、何か先祖返りしたものがある。立憲以前の君主へと立ち返る性質だ。命名まで先祖返りしすぎたのだろう。私は物事を実行したかった。退屈だった。悪徳に走っていてもおかしくはない。知的で精力的な王子の大半はそうなる。だが宮殿の予防策は、並外れて徹底していた。私は世界史上もっとも純潔な宮廷で育ったのだ……抜け目なく純潔な宮廷でな……。そこで私は本を読み、歩き回って質問をした。遅かれ早かれ、われわれの一人には必ず起こることだった。それにたぶん、私はそもそも悪徳を好まないのだろう。自分ではそう思う。」

王は考えた。「うむ」と言った。

フィルマンは咳払いした。「私も、陛下はそうではないと思います。陛下がお好みなのは――」

彼は急に口をつぐんだ。「おしゃべり」と言いかけたのだ。「思想」と言い換えた。

「王族の世界か!」と王は続けた。「もうしばらくすれば、誰にも理解できなくなる。謎そのものになるだろう……。

「何より、常に晴れ着をまとった世界だった。あらゆるものがわれわれのために晴れ着をまとい、たいていは旗布まで飾っていた。そして映画撮影機が、われわれがそれを正しく受け止めたか見張っていた。フィルマン、君が王で、連隊を視察に行けば、連隊は何をしていようと即座にやめ、正装に着替えて捧げ銃をする。尊き両親が列車に乗るときには、炭水車の石炭を白く塗ったものだ。本当だぞ、フィルマン。もし石炭が黒ではなく白かったなら、当局はきっと黒く塗っただろう。それがわれわれに対する扱いの精神だった。人々はいつも顔をこちらへ向けて歩き回った。横顔というものを、まず見なかった。世界全体が狂ったようにわれわれへ焦点を合わせている、そんな印象を受けた。そして人々が背を向けたら何が見えるのかと、幼い疑問を大法官や大主教やほかの連中に突きつけ始めると、私が彼らの期待する『王者の機転』をまるで示していない、というのが大方の反応だった……」

王はしばらく考え込んだ。

「だが、王権には確かに何かがあるのだ、フィルマン。それは小柄な尊き祖父の背筋を伸ばした。祖母にも、腹を立てているときでさえ――実にしょっちゅう腹を立てていたが――どこか不器用な威厳を与えた。二人とも、深い責任感を持っていた。哀れな父は、短い在位中ずっと健康に恵まれなかった。何かを果たすたび、どれほど自分を奮い立たせていたか、身内以外は知らない。面倒な務めに直面するたび、『国民が期待している』と言ったものだ。父にやらせたことの大半は愚かだった――悪しき伝統の一部だった。だが父がそれに臨む姿勢には、愚かなところなど何もなかった……。王権の精神は立派なものだ、フィルマン。私は骨の髄でそれを感じる。王でなければ自分が何になっていたか、わからない。私は民のために死ねるが、君にはできない。いや、私のためなら死ねるなどと言うな。違うと知っているからだ。私が王権を忘れているなどと思うな、フィルマン。そんな想像はするな。私は王だ。神権による、王者たる王だ。同時におしゃべりな若者であることなど、その事実には何の影響もない。だがフィルマン、王が読むべき本は、君が読ませたがる宮廷回想録でも『世界政策』の本でもない。フレイザー翁の『金枝篇』だ。読んだことはあるか、フィルマン?」

フィルマンは読んでいた。「彼らこそ真正の王だった。最後には切り刻まれ、一片ずつすべての民に分け与えられた。国々に――王権を振りまいたのだ。」

フィルマンは体ごと向き直り、王たる主君と正面から向き合った。

「陛下は何をなさるおつもりです?」と尋ねた。「私の言葉に耳をお貸しにならないのなら、今日の午後、何をなさるおつもりなのです?」

王は上着からパン屑を払い落とした。

「戦争を永久に終わらせねばならない。それは明白だ、フィルマン。世界全体を一つの政府のもとに置かなければ、それは実現できない。われわれの王冠と国旗が邪魔をしている。それらをなくさねばならない。これも明白だ。」

「はい、陛下」とフィルマンは口を挟んだ。「しかし、どんな政府です? 全員が退位したところで、どんな政府が生まれるというのです!」

「さて」と、王は膝を両手で抱えて言った。「われわれが政府になる。」

「会議そのものが?」とフィルマンは叫んだ。

「ほかに誰がいる?」と王は素直に尋ねた。

「実に単純なことだ」と、沈黙するフィルマンに付け加えた。

「しかし」とフィルマンは叫んだ。「正当性の根拠が必要です! たとえば、選挙も行わないのですか?」

「なぜ行う必要がある?」と王は知的な好奇心を見せて尋ねた。

「統治される者の同意です。」

「フィルマン、われわれはただ相違を捨て、政府を引き受ける。選挙など一切なしに。いかなる正当性の根拠もなしに。統治される者は、沈黙によって同意を示すだろう。実効性ある反対勢力が生じたら、中に入って手伝えと頼めばよい。王権の真の根拠は、王笏を握る手にある。われわれへ投票しろと人々を煩わせるつもりはない。大多数の人間は、そんなことで煩わされたくないと私は確信している……。関心のある者なら誰でも参加できる方法を考えよう。民主主義としては、それで十分だ。いずれ後になれば――物事が重要でなくなったころには……。われわれは立派に統治できる、フィルマン。統治が難しくなるのは、法律家が手を出すからだ。この混乱が始まって以来、法律家はおとなしくなった。そういえば、法律家はみんなどこへ行ったのだろう……。どこにいる? もちろん大勢が、なかでも最悪の連中の何人かは、わが立法府が爆破されたときに片づいた。君は亡き大法官を知らなかったな……。

「必要は権利を葬る。そして権利を生みもする。法律家は、掘り起こされた死んだ権利を食い物にして生きる……。そんな生き方は終わりだ。法典に収まる以上の法は設けない。その外では、政府は自由に動く……。

「今日の日が沈む前に、フィルマン、私を信じろ。われわれ全員が退位を済ませ、至高にして不可分の世界共和国を宣言しているだろう。尊き祖母なら、いったいどう思っただろうな! 私のあらゆる権利を! ……。それから、われわれは統治を続ける。ほかに何をするというのだ? 世界全体に、もはや私のものも君のものもなく、すべてがわれわれのものだと宣言する。中国、アメリカ合衆国、ヨーロッパの三分の二は、確実に加わって従うだろう。そうせざるを得ない。ほかに何ができる? 正統な統治者は、ここでわれわれと一緒にいる。われわれに従わないという考えをまとめることさえできまい……。それから、あらゆる財産は共和国のための信託財産として保有される、と宣言する……」

「しかし、陛下!」とフィルマンは、突如として悟り、叫んだ。「これはすでに打ち合わせ済みなのですか?」

「親愛なるフィルマン、われわれ全員がここへ、漫然と話し合うために来たとでも思っているのか? 話なら半世紀もしてきた。話し、書いてきた。われわれは新しいものを、単純で、明白で、必要なものを、動かし始めるためにここへ来たのだ。」

王は立ち上がった。

フィルマンは二十年来の習慣も忘れ、座ったままだった。

では」と、ようやく言った。「私は何も知らなかったのですな!」

王は実に朗らかに微笑んだ。フィルマンとのこうした会話が好きだった。

第三節

ブリッサーゴの草原で開かれたその会議は、著名人の集まりとしては、史上もっとも雑多なものの一つだった。君侯も権力者も、誇りと神秘性をすべて失うまで剝ぎ取られ、打ち砕かれた姿で、驚くべき新たな謙虚さのうちに顔を合わせた。首都が炎の破壊に煮え立つ湖と化した王や皇帝、国が混沌と化した政治家、怯える政治屋、金融界の巨頭がいた。思想界の指導者や学識ある研究者も、嫌々ながら事態の統制へ引きずり出されていた。総勢九十三名。ルブランが考える、世界の主要人物たちである。全員が、不屈のルブランに繰り返し叩き込まれた単純な真理を認識するに至っていた。ルブランはイタリア王から資材を引き出し、自らの人柄にふさわしい寛大で簡素なやり方で会議の食料を整え、ついに驚くべき、しかも完全に理にかなった訴えを行うことができた。議長にはエグバート王を任命した。ルブランはこの若者を固く信頼していたため、結果として完全に彼を支配していた。自身は議長の左手から秘書のように発言し、何をすべきかを全員に余すところなく指示しているとは、明らかに本人は気づいていなかった。ただ皆の便宜のため、状況の自明な特徴を要約しているだけだと思っていた。体に合わない白絹の服を着て、話しながら薄汚れた小さなメモの束に目をやった。そのメモに調子を乱された。これまでメモを見ながら話したことはないが、今回は特別なのだと説明した。

続いてエグバート王が、期待されたとおりに演説した。寛大な感情が、実に愛想よく軽やかに流れ出すのを聞き、ルブランの眼鏡は涙で曇った。「儀礼にこだわっている場合ではない」と王は言った。「われわれは世界を統治せねばならない。これまで常に、世界を統治しているふりをしてきた。今こそ、その機会が訪れたのだ。」

「もちろんです」とルブランは素早く何度もうなずきながら囁いた。「もちろん。」

「世界は粉砕された。われわれは再び車輪の上に載せ、動かさねばならない」とエグバート王は言った。「この危機にあって、全員が力を貸し、誰一人として利益を得ようとしない。それが単純な常識だ。われわれは、そういう姿勢で臨むのか、違うのか?」

集まった者たちは、年齢も経験も重ね、あまりに雑多だったので、熱狂をあらわにすることはなかった。だがそれこそが全体の姿勢だった。そして、いつしか爽快さへ変わっていく驚きのうちに、彼らは辞任し、権利を放棄し、自らの意志を宣言し始めた。主君の背後で記録を取っていたフィルマンは、黄色いエニシダの中で予告されたことが、ことごとく現実になるのを聞いた。夢を見ているような奇妙な感覚の中で世界国家の宣言を補佐し、その文面が無線通信員のもとへ運ばれ、人間の住む地球全域へ脈打つ電波として送られるのを見た。「次は」とエグバート王は、朗らかな興奮を声ににじませて言った。「カロリナムを一片残らず、そしてそれを製造する設備をすべて、われわれの管理下に置かねばならない……」

信じがたい思いを抱いていたのは、フィルマンだけではなかった。その場にいた者は、根底では誰もがきわめて温厚で、理性的で、善意ある人間だった。生まれながらに権力を持った者も、偶然手にした者も、それが何であり、何を意味するのか明確に理解しないまま、手に入れようと奮闘した者もいた。だが宇宙規模の破局を招いてまで、頑として権力を保持しようとする者はいなかった。彼らの心は状況によって準備され、ルブランによって丹念に耕されていた。そして今、エグバート王が導く広く明白な道を、奇妙さと必然性の入り混じった確信とともに進んでいった。物事はきわめて円滑に進んだ。イタリア王は、突飛な襲撃から野営地を守るために講じられた手配を説明した。狙撃手を一人ずつ乗せた二千機ほどの飛行機が警護に当たり、優れた交替勤務制度も整えられていた。夜になれば数十条の光が全天を捜索する。そして敬服すべきルブランは、なぜまさにこの場所で野営し、ただちに行政実務を開始するのか、明快な理由を述べた。二十年以上前、ルブラン夫人と休暇を過ごしていた折、偶然この場所を見つけたのだという。「現在は周辺諸国の混乱のため、ごく簡素な食事しか用意できません」と説明した。「しかし上質な新鮮な牛乳、よい赤ワイン、牛肉、パン、サラダ、レモンがあります……。数日中には、もっと有能な給仕業者に任せられるようにしたいと思います……」

新世界政府の構成員は、架台に載せた三列の長い食卓で夕食を取った。献立は乏しかったが、ルブランは食卓の中央に、無数の美しい薔薇をどうにか用意していた。山腹のやや低い場所には、秘書や随員のための同様の設備もあった。一同は討議したときと同じく戸外で食事をし、西方の暗い岩峰を越えて、六月の燃えるような夕日が宴席を照らしていた。九十三人の間にもはや席次はなく、エグバート王は、眼鏡をかけた感じのよい小柄な日本人と中央ヨーロッパの従兄の間に座り、向かいにはベンガルの偉大な指導者とアメリカ合衆国大統領がいた。日本人の向こうには老化学者ホルステンがおり、反対側の少し離れた席にはルブランがいた。

王は相変わらず朗らかに話し続け、次々と着想を披露した。やがて、この場に荘厳さが足りないと感じているらしいアメリカ大統領と、和やかな論争になった。

大西洋の向こう側の人々には、公共問題を大がかりで印象的な形で扱わねばならないためか、何事も強調しすぎ、力点を置きすぎる傾向があった。大統領もその国民的欠点に染まっていた。彼は、その日を第一年の第一日とする新時代を始めてはどうかと提案した。

王は異議を唱えた。

「本日より、人類は自らの遺産を受け継ぎ始めるのです」とアメリカ人は言った。

「人類は」と王は言った。「いつだって自らの遺産を受け継ぎ始めている。失礼を承知で言うが、君たちアメリカ人は記念日が妙に好きだ。そう――劇的効果を渇望している、と私は告発する。あらゆることは常に起きているのに、君たちは、この瞬間こそが時間の中の真の一瞬だと言い、ほかのすべてをその下に置きたがる。」

アメリカ人は、時代を画する日なのだという趣旨のことを言った。

「だが、まさか」と王は言った。「この無害で必要な宣言の日のために、全人類を未来永劫、世界規模の毎年恒例の独立記念日に付き合わせるつもりではあるまい。どんな日であろうと、そんな扱いに値することなどあり得ない。ああ! 君は私ほど、記念というものの惨害を知らない。哀れな祖父母は――朱書きの記念日だらけだった。この種の大祝典が最悪なのは、同時代を生きるわれわれの感情が、威厳ある流れとして続いていくのを寸断することだ。割り込み、引き戻す。突然、旗と花火が持ち出され、古い熱狂が磨き直される――そして本来進行しているべきものが、ただ破壊される。その日の祝賀は、その日だけで十分だ。死んだ過去には、死者を葬らせておけばよい。暦について言えば、私は民主主義者で、君は貴族主義者なのだ。あらゆるものは尊い、と私は考える。それぞれが、それ自体の価値によって生き抜かれる権利を持つ。過ぎ去った出来事の墓に、どの日も捧げられてはならない。どう思う、ヴィルヘルム?」

「高貴なるものについてなら、そうだ。すべての日が高貴であるべきだ。」

「まさに私の立場だ」と王は言い、自分の発言に満足した。

アメリカ人がなおも自説を押したため、王は巧みに話題を、今生み出しつつある時代をどう祝うかという問題から、今後に待ち受ける可能性へ移した。すると誰もが口を濁した。世界が統一され、平和になる姿は見えていても、その統一から具体的に何が生じるかを論じる気にはなれないようだった。この及び腰が、王には奇妙に思われた。そこで科学の可能性へ踏み込んだ。これまで非生産的な海軍・陸軍の準備に注ぎ込まれてきた巨額の支出を、今後は研究へ振り向け、新たな基盤を築くべきだと宣言した。「これまで一人が働いていたところに、千人を置こう」王はホルステンに話を振った。「われわれは、こうした可能性をわずかに覗き始めたにすぎない」と言った。「少なくともあなたは、宝物庫の奥底を測ったことがある。」

「底知れませんよ」とホルステンは微笑んだ。

「人類は」とアメリカ人は、王に軽くあしらわれた後で自らの正当性と立場を取り戻そうとする決意をあからさまにして言った。「人類は今まさに、自らの遺産を受け継ぎ始めたばかりなのです。」

「近いうちに何を学べると思うか、いくつか話してくれないか。近いうちに何ができるようになるのか、見当をつけさせてほしい」と王はホルステンに言った。

ホルステンは展望を開いてみせた……。

「科学こそ」と、やがて王は叫んだ。「世界の新たな王だ。」

われわれの考えでは」と大統領は言った。「主権は人民にあります。」

「違う!」と王は言った。「主権者とは、それよりもはるかに捉えがたく、算術的でない存在だ。わが一族でも、君の解放された人民でもない。それはわれわれの周囲に、頭上に、内側に漂う何かだ。共通の、非人格的な意志と必然の感覚であり、科学はその最もよく理解された、最も典型的な一面なのだ。人類の精神だ。それこそがわれわれをここへ連れてきて、その要求の前に全員を屈服させた……」

王は言葉を切り、食卓の先にいるルブランへ目をやってから、かつての論敵に再び向き直った。

「この集会が」と王は言った。「見かけどおりのことを実際に行っているかのように考える傾向がある。われわれ九十数名が、自由意志と英知によって世界を統一しているかのように。自分たちを並外れて立派な人物、剛腕の人間などと思いたくなる誘惑もある。だが違う。無作為に選んだ九十数名の集団と比べて、われわれの平均的な能力が上だとは思えない。われわれは創造者ではない。結果であり、救助者――あるいは救助される者だ。今日の主役はわれわれ自身ではなく、われわれをここへ吹き寄せた確信の風なのだ……」

アメリカ人は、彼らの平均に関する王の評価には、どうにも同意できないと認めざるを得なかった。

「ホルステンや、ほかの一、二名が、平均を多少引き上げているかもしれない」と王は譲歩した。「だが残りは?」

王の目は、またもルブランへ飛んだ。

「ルブランを見ろ」と王は言った。「ただの素朴な人物だ。彼のような人間は何百人、何千人といる。ある種の巧みさ、ある種の明晰さがあることは認める。だがフランスの地方都市ならどこでも、午後二時ごろ主要なカフェへ行けば、一人や二人のルブランが見つからない町はない。複雑でもなければ、超人ぶってもいない。そうしたものを持たないからこそ、彼はあれだけのことを成し遂げられたのだ。だがもっと幸福な時代なら、どう思う、ヴィルヘルム。父親と同じ、成功した食料雑貨商にとどまっていたのではないか。とても清潔で、正確で、正直な。そして休日には、ルブラン夫人と、その編み物と一緒に平底舟へ乗り、何か軽い飲み物の壺を携え、大きくて実用的な緑裏の傘の下に座り、実に手際よく、見事にカワヒガイを釣っていただろう……」

大統領と眼鏡をかけた日本の王子が、同時に異議を唱えた。

「彼を不当に評しているとすれば」と王は言った。「それは自分の論旨を明らかにしたいからにすぎない。人間一人一人と一日一日がいかに小さく、それに比べて人類がいかに偉大であるかを、はっきりさせたいのだ……」

第四節

世界の統一を宣言した後、エグバート王はブリッサーゴでこのように語った。その後も毎晩、会議の一同はともに夕食を取り、くつろいで語り合い、互いに慣れ親しみ、互いの考えを研ぎ澄ませた。そして毎日ともに働き、しばらくの間は、自分たちが本当に世界のための新政府を考案しているのだと信じていた。彼らは憲法を論じた。だが憲法を待ってはいられないほど緊急に対処すべき問題もあった。それらには、その都度対処した。待たされたのは憲法のほうだった。やがてエグバート王が予見していたように、憲法を無期限に待たせておくのが便利だとわかり、その間にも評議会はますます自信を深めながら、統治を続けた……。

評議会の全会合を通じても最初となるこの晩、エグバート王は長々と語り、ルブランが調達した地元の素朴な赤ワインを飲んでは盛んに褒めた。その後、気の合う者たちを周囲に集め、単純さについて論じ始めた。単純さを何よりも称賛し、芸術、宗教、哲学、科学の究極の目的は、いずれも単純化にあると宣言した。自分自身も単純さの信奉者だと例に挙げた。そしてこの美質の輝かしい極致として、ルブランを挙げた。その点では全員が同意した。

やがて食卓を囲んでいた一同が解散すると、王はルブランへの独特な愛情と称賛で胸をいっぱいにして、彼のもとへ歩み寄った。そして脇へ連れ出し、些細なことだと前置きして話を切り出した。世界のほかのあらゆる勲位や勲章とは違い、一度も堕落したことのない勲位を、自分は授ける権限を持っているのだという。それは最高の卓越性を備え、鋭い才能がすでに円熟の域に達した老境の人物にのみ与えられる。王の一族の助言者が確認できたかぎり、各時代の最も偉大な名がそこに連なっていた。現在、星章や記章の類は、より緊急な問題の陰に隠れているし、自分自身はそんなものに価値を置いたことなど一度もない、と王は認めた。だが、いずれ少なくとも興味深いものと見なされる時代が来るかもしれない。要するに、ルブランにメリット勲章を授けたいのだ、と。そうする唯一の動機は、自らの個人的な敬意を明確に示したいという強い願いなのだとも付け加えた。王はそう語りながら、ほとんど兄弟のような愛情をこめてフランス人の肩に手を置いた。ルブランは慎ましい困惑とともにこの申し出を受け、それによって王は、彼の見事な素朴さをますます高く評価した。差し出された栄誉に今すぐ飛びつきたいほどではあるが、現段階では人の反感を買いかねない、とルブランは指摘した。そこで、自らの奉仕を締めくくり、その頂点を飾るものにできるときまで、授与を延期してはどうかと提案した。王はその決意を変えさせることができず、二人は互いに敬意を表して別れた。

続いて王はフィルマンを呼び、その日自分が語ったいくつもの事柄を、短く記録させようとした。だが二十分ほど作業したところで、山の空気がもたらす甘い眠気に負けた。フィルマンを下がらせると、寝床へ入り、たちまち眠りに落ち、心ゆくまで熟睡した。活動的で愉快な一日だった。

第五節

こうして実に人間らしく始まった新秩序の樹立は、それ以前のどの時代の基準で測っても、急速に進展した。世界の闘争心は消耗しきっていた。激しさが残っていたのは、ほんのところどころにすぎない。何十年もの長きにわたり、人間社会の好戦的な側面は、政治的分裂という偶然によって怪物的なまでに誇張されてきた。いまや、そのことが光を当てられたように明白になった。軍備を支えていた力の途方もない部分は、戦争と好戦的な隣国への恐怖にすぎず、それ自体は攻撃性などまったく持っていなかった。実際に戦闘要員として入隊した者のうち、いつの時代であれ、流血と危険を心から渇望していた者が大勢いたかどうかは疑わしい。その種の欲求は、人類が野蛮の段階を過ぎて以降、もともとさほど強くなかったのだろう。軍隊は一つの職業であり、殺人は事件に満ちた確実な出来事というより、不快ながら起こりうる可能性となっていた。当時の古い新聞や雑誌――軍国主義を存続させるのに大きく貢献した媒体――を読めば、栄光や冒険についての記事はほとんどなく、侵略と隷属の不快さばかりが繰り返し語られている。一言でいえば、軍国主義とは怯えだった。二十世紀の武装したヨーロッパが示した交戦の決意は、激しく怯えた羊が、思い切って飛び込もうと決意したようなものだった。そして武器が自らの手中で爆発するようになった今、ヨーロッパは喜んでそれを投げ捨て、暴力という架空の避難所を放棄しようとした。

一時、全世界は衝撃によって率直さを取り戻していた。それまで古くからの好戦的分裂を支えてきた賢い人々も、ほぼ全員が、態度を単純にし、心を開く必要を悟るに至った。そしてこの道徳的再生の空気の中では、新秩序への抵抗から取引可能な利益を引き出そうとする試みは、ほとんどなかった。人間が愚かなのは確かだろうが、火災避難梯子の途中で値切り交渉のため立ち止まる者は少ない。評議会は彼らを従わせた。大阪郊外の研究所と兵器庫を占拠し、人類共和国への編入に反対して日本を反乱へ駆り立てようとした「愛国者」の一団は、国民的誇りの見積もりを誤っていたことを思い知らされ、自国民から迅速な報復を受けた。兵器庫での戦闘は、戦争史の最終章を鮮烈に彩る事件となった。「愛国者」たちは最後まで、敗北した場合に手持ちの原子爆弾を爆発させるべきか否か、決めかねていた。彼らはイリジウム製の扉の外で剣を交え、仲間のうち穏健派は追い詰められ、壊滅寸前となっていた。実際、無傷で残っていた者はわずか十人だった。そのとき共和派が突入し、彼らを救出した……。

第六節

新たな支配に対する一般的な服従に、ただ一人抵抗を続けた君主がいた。中世の奇妙な生き残り、「スラヴの狐」ことバルカン王である。服従するかどうかを論じては、決定を引き延ばした。ブリッサーゴから繰り返し送られる召喚をかわすにあたり、並外れた狡猾さと大胆さを併せて示した。半ば野蛮なその宮廷は、最上のロマン主義的様式に従って整えられていたため、彼は病弱を装い、新たに公認した愛妾に夢中であるかのように振る舞った。その戦術を、首相ペストヴィッチ博士が巧みに補佐した。完全独立の主張に失敗すると、フェルディナンド・シャルル王は保護国として扱うよう提案し、会議を苛立たせた。最後には説得力のない服従を表明し、国家官僚を新政府へ移管するうえで、膨大な障害を設けた。こうした行動は、いまだ大半が読み書きのできない農民であり、熱烈ではあるが混乱した愛国心を抱き、原子爆弾の効果を実際には知らない臣民から、熱狂的に支持された。とりわけ王は、バルカンの全飛行機に対する支配を手放さなかった。

このときばかりは、ルブランの極端な純朴さも、多少の二枚舌によって和らげられたらしい。バルカン側の服従が完全な誠意によって行われたかのように、世界全体の平定を進め、七月十五日が近づくと、それまでブリッサーゴの評議会を守っていた飛行部隊を解散すると発表した。だが実際には、その重要な日に任務に就く機数を倍増させ、配置にもさまざまな工夫を凝らした。何人かの専門家に相談し、エグバート王を計画に加えたとき、その整然として明快な先見性は、元君主の胸に、緑の傘の下に座る釣り人としてのルブランという、半ば忘れていた空想を呼び戻した。

七月十七日午前五時ごろ、ブリッサーゴ航空艦隊の外縁警戒機の一機が、ガルダ湖下端の上空を目立たぬよう飛行していたところ、西へ向かう見慣れぬ飛行機を発見し、誰何した。満足な返答が得られなかったため、無線装置に通報させると、追跡を開始した。西方の山々の上には、僚機の群れが即座に現れた。所属不明機がコモを視認するより前に、十二機もの熱心な追跡者が距離を詰めていた。操縦士はためらったらしく、山々の間へ高度を下げ、それから南へ転じて逃走したが、前方を横切るように迎撃用複葉機が迫ってきた。そこで上昇する太陽へ正面から向かうよう旋回し、最初に追跡してきた機の百ヤード(約九十一メートル)以内を通過した。

その機の狙撃手はただちに発砲し、まず同乗者を行動不能にするという、状況への聡明な理解を示した。操縦桿を握る男は、背後で仲間が叫ぶのを聞いたはずだが、逃げることに夢中で、一瞥さえ無駄にしなかった。その後、さらに二度、銃声が聞こえたはずだ。エンジンを全開にし、身を屈め、二十分間、いつ弾丸が飛んでくるかと絶えず身構えながら操縦したに違いない。だが弾丸は来なかった。ついに振り返ると、三機の大型機がすぐそばまで迫り、三発を受けた仲間が爆弾の上へ倒れ、死んでいた。追跡者たちは明らかに彼を墜落させるつもりも、射殺するつもりもなかった。だが容赦なく、低く、さらに低くと追い詰めた。ついには平坦な稲田とトウモロコシ畑の上、百ヤード(約九十一メートル)以下を旋回しながら飛ぶことになった。前方には朝日を背にして暗く浮かぶ村があり、非常に高く細い鐘楼と、金属製の支柱に張られた索道の線があった。越えることはできなかった。操縦士は急にエンジンを止め、地面へ降りた。着地すれば爆弾に手が届くと期待したのかもしれない。だが無慈悲な追跡者たちは真上を通過し、落下する彼を射殺した。

別の三機が旋回しながら降下し、粉砕された機体の近くの草地へ着陸した。乗員は降り立つと、軽量小銃を手に、残骸と二人の死者へ駆け寄った。機体中央を占めていた棺形の箱は壊れ、黒い物体が三つ、それぞれに水差しの耳のような取っ手を二つ備えて、散乱物の中に静かに横たわっていた。

捕獲者たちの目には、その物体があまりにも重要だったため、残骸の中で血まみれになり、体を砕かれて横たわる二人の死者を、田舎道に転がる蛙の死骸のように無視した。

「なんということだ」と最初の男が叫んだ。「あったぞ!」

「しかも壊れていない!」と二人目が言った。

「実物を見るのは初めてだ」と最初の男が言った。

「思っていたより大きいな」と二人目が言った。

三人目が到着した。一瞬、爆弾を凝視した後、機体中央の下、緑の茎の間の泥濘に横たわる、胸を潰された死者へ目を移した。

「危険は冒せないからな」と、かすかに弁解するように言った。

ほかの二人も犠牲者へ向き直った。「信号を送らなければ」と最初の男が言った。彼らと太陽の間を影が横切り、見上げると、最後の一発を撃った飛行機がいた。「信号を送ろうか?」と拡声器から声が降ってきた。

「爆弾三個」と三人は声をそろえて答えた。

「どこから来た?」と拡声器が尋ねた。

三人の狙撃手は顔を見合わせ、それから死者たちへ近づいた。一人が思いついた。「まずそれを送ってくれ」と言った。「その間に調べる」操縦士たちも加わり、六人全員が身元を示すものを探し始めた。急いでいたため、どうしても乱暴な捜索になった。男たちのポケット、血に染まった衣服、機体、骨組みを調べた。死体を裏返し、脇へ放り投げた。刺青一つなかった……。あらゆるものから、その出所を示すものが入念に取り除かれていた。

「わからない!」と、ついに彼らは叫んだ。

「何の手がかりも?」

「何もない。」

「私も降りる」と上空の男が言った……。

第七節

スラヴの狐は、絵画的なアール・ヌーヴォー様式の宮殿の金属製バルコニーに立っていた。宮殿は、明るく小さな首都を見下ろす断崖に面していた。傍らには、白髪交じりで狡猾なペストヴィッチが、抑えきれない興奮を内に秘めて立っていた。二人の背後では窓が大広間へ開いていた。アルミニウムと深紅のエナメルで豪華に装飾された部屋で、王が何度も肩越しに問いかけるような身振りで振り返ると、二つの開いた扉と紺碧の壁の小さな控え室を通して、塔内の無線通信士が絶え間なく受信文を書き取っている姿が見えた。控え室では、大仰な制服を着た二人の伝令が、所在なげに待っていた。大広間は堂々たる威厳をもってしつらえられ、中央には緑色のラシャを張った大机があり、その上には、歴史は浅いがロマン主義的な王国にはふさわしい、重厚な白色金属のインク壺と時代遅れの砂入れが置かれていた。そこは王の閣議室であり、現在は内閣を構成する六人ほどの大臣が、陰謀を一時中断したような姿勢で立っていた。正午に召集されていたが、十二時半になっても王はバルコニーをうろつき、届かない何かの知らせを待っているようだった。

王と大臣は、初めは囁き声で話していた。だが今や表現できるものは漠然とした不安しかなく、沈黙していた。向こうの山腹には長い農業用建物の白い金属屋根があり、その下に爆弾工場と爆弾が隠されていた。(王のためにそれらすべてを製造した化学者は、ブリッサーゴ宣言の後、急死していた。)その災厄の貯蔵庫を知る者は、今では王と助言者、そして鉄壁の忠誠を誓った三人の従者だけだった。眼下のオートバイ兵舎の演習場では、飛行士たちが爆弾搭載機と、投弾を担当する同乗者とともに、真昼の炎天下で待機していたが、間もなく受け取る弾薬がどこにあるかは、まだ知らされていなかった。ペストヴィッチの計画どおりに事を運ぶには、すでに出発すべき時刻だった。壮大な計画だった。狙うは世界帝国にほかならない。ブリッサーゴにいる理想主義者と教授たちの政府を木端微塵に吹き飛ばし、それから飛行機の群れを、東へ、西へ、北へ、南へ、武装解除した世界の上空へ送り出す。そして新たなカエサル、支配者、地上の主フェルディナンド・シャルルを宣言させるのだ。壮大な計画だった。だが最初の一撃が成功したとの知らせを待つこの緊張は――かなりのものだった。

スラヴの狐は青白いほどの色白で、ひどく長い鼻と、太く短い口髭を持っていた。小さな青い目は、心地よい印象を与えるには少し寄りすぎていた。落ち着かない心が乱れるたび、短く神経質な仕草で口髭を引っ張る癖があり、今やその動作があまりに絶え間なく続くので、ペストヴィッチの忍耐の限界を超えつつあった。

「私が行きます」と大臣は言った。「無線にどんな不具合が起きているのか、見てきましょう。よい知らせも悪い知らせも、何一つ届かない。」

一人残された王は、思う存分、口髭をいじることができた。バルコニーに肘をつき、二本の長い白い手を総動員して引っ張ったため、青白い犬が骨をかじっているように見えた。もし部下たちが捕まったら、どうすればよい? もし部下たちが捕まったら? 

やがて眼下の町の、淡い金色の屋根を載せた鐘楼の時計が、正午から三十分が過ぎたことを告げた。

もちろん、その場合についても、王とペストヴィッチは考え抜いていた。たとえあの男たちが捕まっても、秘密を守ると誓っている……。おそらく捕まる際に殺されるだろう……。ともかく否定すればよい。否定し、否定し続けるのだ。

そのとき、青空のはるか高みに、小さく光る点が六つほどあることに気づいた……。やがてペストヴィッチが出てきた。「政府の通信はすべて暗号に切り替わりました、陛下」と言った。「人を一人――」

見ろ!」と王は遮り、長く痩せた指で上空を指した。

ペストヴィッチはその先を追い、それから傍らの白い顔へ問いかけるような一瞥を向けた。

「しらを切り通すほかありません、陛下」と言った。

二人はしばらく、使者たちが急な螺旋を描いて降下するのを見守り、それから慌ただしく協議を始めた……。

ブリッサーゴへの最終的な降伏の細目を閣議で検討しているのが、王にとって最も無害に見える行動だと決まった。そのため、評議会から使節として派遣された元エグバート王がついに現場へ到着したとき、王は廷臣のただ中、閣僚たちの上座で、芝居がかった姿勢を取っていた。無線通信士たちへ通じる扉は閉じられていた。

ブリッサーゴから来た元王は、フェルディナンド王の威儀を大きく取り巻くカーテンや従者たちの間を、一陣の風のように通り抜けてきた。その親しげで自信に満ちた態度とは裏腹に、目にはある種の厳しさがあった。後ろにはフィルマンが小走りでついてきたが、ほかには誰もいなかった。フェルディナンド・シャルルが立ち上がって迎えると、バルカン王の胸に、バルコニーで感じたのと同じ冷たい感覚が蘇った――だが客の無造作な身振りを見て、それは消えた。単なる観念のため、眼鏡をかけた小柄なフランス人合理主義者に命じられるまま、世界最古の王冠を投げ捨てた、この愚かなおしゃべり男なら、誰だって出し抜けるはずだ。

否定せねばならない。否定し、否定し続けるのだ……。

だがやがて、じわじわと、実にじれったいほど時間をかけて、否定すべきことが何もないと気づいた。訪問者は親しげな気安さで、自分とブリッサーゴの間で争点となっているあらゆることを語り続けたが、ただ一つ――あの件だけは口にしなかった。

部下たちは遅れているのではないか? 修理のためどこかへ降り、まだ捕まっていないのではないか? この愚か者がぺらぺらしゃべっている今この瞬間にも、山々の向こうで飛行機の側面から死をもたらす積み荷を投げ落としているのではないか? 

奇妙な希望が、再びスラヴの狐の尻尾を持ち上げ始めた。

この男は何を言っている? ともかく真相がわかるまで、話を合わせねばならない。いつ何時、背後の小さな真鍮の扉が開き、ブリッサーゴが原子にまで吹き飛んだとの知らせが入るかもしれない。そうなれば、目の前の緊張から解放され、このおしゃべり男を即座に逮捕するという愉快な展開になる。殺してもよいかもしれない。何だと? 

元王は、先ほどの指摘を繰り返していた。「彼らは、あなたの自信が原子爆弾の保有に基づいているという、馬鹿げた考えを抱いている。」

フェルディナンド・シャルル王は気を取り直した。抗議した。

「ああ、もちろん」と元王は言った。「もちろんですとも。」

「何を根拠に?」元王は身振りをし、かすかに含み笑いした――いったいなぜ笑う? 「事実上、何もありません」と言った。「しかし、こういうものには当然、最大限の注意を払わねばなりませんから。」

その瞬間、使節の目からまた何か――ごくかすかな嘲笑の影のようなもの――がきらめき、フェルディナンド王の背筋にあの冷たい感覚を呼び戻した。

フィルマンの顔に張りつめた緊張を見守っていたペストヴィッチも、同じような憂鬱に襲われていた。主君が抗議しすぎるのを恐れ、助けに入った。

「捜索だと!」と王は叫んだ。「わが国の飛行機を飛行禁止にするというのか。」

「捜索中だけの一時的な措置です」と元エグバート王は言った。

王は閣僚たちを振り返った。

「国民は決して許しません、陛下」と、きらびやかな制服を着た、せわしない小柄な男が言った。

「許させるしかないでしょうな」と元王は、閣僚全員に陽気に言った。

フェルディナンド王は、何の知らせも届かない閉ざされた真鍮の扉へ目をやった。

「その捜索は、いつ行いたいのだ?」

元王は晴れやかだった。「明後日までは、とても実施できません」と言った。

「首都だけか?」

「ほかにどこが?」と、元王はいっそう朗らかに尋ねた。

「個人的には」と元王は打ち明けるように言った。「この話全体が馬鹿げていると思います。原子爆弾を隠すほど愚かな人間が、どこにいるでしょう? いるはずがない。見つかれば確実に絞首刑――確実です。見つからなければ、爆発するのもほぼ確実だ。ですが今では、私も世界のほかの人々と同じく、命令に従わねばなりません。だからここにいるわけです。」

王は、これほど忌まわしく陽気な人間に会ったことはないと思った。ペストヴィッチを見ると、ほとんど気づかぬほど小さくうなずいた。ともかく、相手が愚か者なのは好都合だった。外交官を送り込まれる可能性もあったのだ。「もちろん」と王は言った。「ブリッサーゴからの命令に、圧倒的な力――そして一種の論理があることは認めよう。」

「そうおっしゃると思っていました」と元王は安堵したように言った。「では手筈を――」

二人はかなり略式に手筈を決めた。捜索が終わるまで、バルカンの飛行機は一機たりとも空へ出てはならず、その間、世界政府の航空艦隊が上空を飛び、旋回する。各都市には、原子爆弾の発見に協力する者へ報奨金を出すとの告示を貼る……。

「これに署名してください」と元王は言った。

「なぜだ?」

「われわれが、あなた方に少しも敵意を抱いていないことを示すためです。」

ペストヴィッチは主君に「承諾を」とうなずいた。

「それから、つまり」と元王は、いつもの気楽な調子で言った。「大勢の人員をここへ入れ、そちらの警察からも応援を借り、所有物をすべて調べます。そうすれば万事終了です。その間、よろしければ私を客として……」やがてペストヴィッチが再び王と二人きりになると、王の感情は乱れ、軋み合っていた。精神は風に鞭打たれる海のように波打っていた。ある瞬間には高揚し、「あの阿呆」とその捜索を軽蔑しきっていたかと思えば、次の瞬間には恐怖の穴へ落ち込んだ。「奴らは見つけるぞ、ペストヴィッチ。そうなれば、あいつはわれわれを吊るす。」

「吊るす、ですと?」

王は長い鼻を助言者の顔へ突きつけた。「あのにやつく畜生は、われわれを吊るしたがっている」と言った。「ほんのわずかな隙でも与えれば、必ず吊るすぞ。」

「しかし、彼らの近代国家文明とやらは!」

「あの神を恐れぬ、生体解剖好きの気取り屋どもに、慈悲があると思うか?」と、この最後のロマン主義の王は叫んだ。「ペストヴィッチ、奴らに高邁な野心や壮麗な夢が理解できると思うか? われわれの勇敢で崇高な冒険が、奴らの心に訴えると思うか? 私は最後にして最大、最もロマンに満ちたカエサルなのだぞ。それでも奴らが、機会さえあれば私を犬のように吊るし、穴の中の鼠のように殺す好機を逃すと思うか? しかも、あの背教者め! かつては聖油を塗られた王だった男が! ……。

「笑っていながら硬さを失わぬ、ああいう目が嫌いだ」と王は言った。

「私はここでじっと座り、蛇に魅入られた兎のように捕まるつもりはない」と王は結論した。「爆弾を移さねばならん。」

「危険を承知で、そのままにしましょう」とペストヴィッチは言った。「触れずにおくのです。」

「いや」と王は言った。「国境近くへ移す。そうすれば奴らがここを監視している間に――今後は常に監視するだろう――外国で飛行機を買い、回収できる……」

その晩、王は熱に浮かされたように苛立っていたが、それでも底知れぬ狡猾さで計画を立てた。爆弾を運び出さねばならない。原子力式の干し草運搬トラックを二台用意し、干し草の下に爆弾を隠せばよい……。ペストヴィッチは出入りを繰り返し、信頼する従者たちに指示を与え、計画を立てては練り直した……。王と元王は、さまざまな話題について、実に愉快そうに語り合った。その間ずっと、フェルディナンド・シャルル王の心の奥では、消えた飛行機の謎が苛立ちをかき立てていた。捕獲されたとの知らせも、成功したとの知らせもない。いつ何時、目の前の客を支えるあらゆる力が崩れ、消え去るかもしれない……。

真夜中を過ぎたころ、王は、小農民にも、立派な中流階級の男にも見える外套と柔らかな帽子を身につけ、宮殿東側の目立たない通用門から、何段もの段丘となって町へ下る、木々の鬱蒼と茂った庭園へ抜け出した。同じような変装に身を包んだペストヴィッチと、護衛兼従僕のペーターが、道沿いの月桂樹の間から現れ、合流した。澄んだ暖かい夜だったが、青空を縦横に飛ぶ飛行機が一機ごとに探照灯を曳いていたため、星々はいつになく小さく、遠く見えた。王が宮殿を出た瞬間、巨大な光線が一時その上に止まったように思えたが、すぐに、安心させるように遠ざかった。しかしまだ宮殿の庭にいるうちに、別の光が三人を見つけ、見つめた。

「見られている」と王は叫んだ。

「われわれが誰かまでは、わかりません」とペストヴィッチは言った。

王が見上げると、静かで丸い光の目と視線が合った。その目は王に瞬きかけるように消え、王の目を眩ませた……。

三人は先を急いだ。ペストヴィッチに命じられて鍵を開けておいた庭の鉄柵の小門近くで、王はセイヨウヒイラギガシの影に足を止め、宮殿を振り返った。非常に高く細長い建物で、二十世紀風に中世を再現していた。鋼鉄と青銅と模造石と不透明ガラスでできた中世だった。空を背景に、無数の尖塔が入り乱れていた。東翼の高所には、元エグバート王の居室の窓があった。今はその一つが明るく照らされ、光を背にした小さな黒い人影が、微動だにせず夜を眺めていた。

王は唸った。

「われわれが指の間をすり抜けるとは、夢にも思っていないでしょう」とペストヴィッチは言った。

その言葉と同時に、元王が欠伸をする者のようにゆっくり両腕を伸ばし、拳で目をこすると、室内へ戻るのが見えた――きっと寝床へ向かったのだろう。

王は首都の古びた曲がりくねる裏通りを急いで下り、指定された角へ着くと、みすぼらしい原子力自動車が三人を待っていた。最低級の辻馬車で、金属板はへこみ、座席の詰め物も潰れていた。運転手は首都にいる普通の運転手の一人だったが、その隣にはペストヴィッチの若い秘書が座っていた。爆弾を隠した農場への道を知る男である。

自動車は旧市街の狭い通りを抜けた。上空の航空艦隊のためカフェは営業を続け、人々も外に出ており、町はまだ明るく、落ち着かなかった。大きな新橋を渡り、まばらな郊外を抜け、田園地帯へ向かった。カエサルを凌ごうと望む王は、首都を通り抜ける間、座席の奥に身を引いてじっとしていた。誰も口を開かなかった。暗い田園へ出ると、探照灯が巨人の落ち着かぬ亡霊のように野をさまよっているのが見えた。王は身を乗り出して、飛び交う白い光を眺め、ときおり頭上の飛行船を確かめた。

「気に入らん」と王は言った。

やがて月光のような光の斑点の一つが周囲に止まり、自動車を追っているように見えた。王は身を引いた。

「忌々しいほど音がしない」と王は言った。「痩せた白猫に尾行されているようだ。」

もう一度、外を窺った。「あいつはわれわれを見張っている」と言った。

そして突然、恐慌に屈した。「ペストヴィッチ」と大臣の腕をつかんで言った。「見張られている。私はやめるぞ。見張られている。戻る。」

ペストヴィッチは抗議した。「引き返せと言え」と王は言い、窓を開けようとした。しばらく自動車の中で、凄まじい揉み合いが起きた。互いに手首をつかみ、打撃が一発飛んだ。「私にはできん」と王は繰り返した。「やり遂げられん。」

「ですが、奴らはわれわれを吊るします」とペストヴィッチは言った。

「今すぐ諦めれば、吊るされない。爆弾を引き渡せばな。私をこの企みに引きずり込んだのは、おまえだ……」

ようやくペストヴィッチが妥協案を出した。農場から半マイル(約八百メートル)ほどの所に宿屋がある。そこで降りれば、王はブランデーを飲み、しばらく神経を休められる。それでも戻るべきだと思うなら、戻ればよい。

「ご覧ください」とペストヴィッチは言った。「光はまた消えました。」

王は空を見上げた。「灯りを消したまま、ついてきていると思う」と言った。

小さく古びた汚い宿屋で、王はしばらく迷い、引き返して評議会の慈悲に身を委ねようとした。「評議会がまだ存在していれば、ですが」とペストヴィッチは言った。「今ごろ陛下の爆弾が、決着をつけているかもしれません。

「だが、もしそうなら、あの忌々しい飛行機は去るはずだ。」

「まだ知らないのかもしれません。」

「しかし、ペストヴィッチ、なぜ私抜きで全部やれなかったのだ?」

ペストヴィッチはしばらく答えなかった。「私は爆弾をそのままにしておくべきだと申し上げました」と、ようやく言って窓へ向かった。彼らの乗り物を囲んで、明るい光の輪が輝いていた。ペストヴィッチに妙案が浮かんだ。「秘書を外へ出し、運転手と口論させましょう。上空の連中が注目するような騒ぎを起こさせるのです。その間に、陛下と私とペーターは裏口から出て、生垣に沿って農場へ向かいます……」

その巧妙な評判にふさわしい策であり、実にうまくいった。

十分後、三人は濡れ、泥まみれになり、息を切らしながら農場の庭の塀を乗り越えていたが、誰にも見られていなかった。だが納屋へ走る途中、王は呻きとも呪いともつかぬ声を発した。三人の周囲が光に包まれ――そして通り過ぎた。

だが、本当にすぐ通り過ぎたのか。それとも一秒だけ留まったのか? 

「見られていません」とペーターは言った。

「見られたとは思わん」と王は言い、光が山腹を駆け上がり、干し草の山の周囲に一秒留まってから、再びこちらへ流れ戻ってくるのを凝視した。

「納屋へ!」と王は叫んだ。

王は何かに脛をぶつけた。次の瞬間、三人は、爆弾を運び去る二台の干し草運搬トラックが置かれた、鋼鉄の梁で組まれた巨大な納屋の中にいた。ペーターの兄弟であるクルトとアーベルが、日中にトラックを運び込んでいた。王が隠し場所を示ししだい爆弾を覆えるよう、積み荷の干し草は上半分が取り除かれていた。「この辺りに穴のようなものがある」と王は言った。「別のランタンをつけるな。私のこの鍵で輪金が外れる……」

しばらく、納屋の闇の中ではほとんど言葉が交わされなかった。厚い蓋を持ち上げる音がし、続いて足が梯子を下り、穴へ入っていく音がした。それから囁き声が聞こえ、クルトが隠されていた最初の爆弾を抱えて苦闘しながら上ってくると、荒い息遣いが響いた。

「まだ間に合う」と王は言った。そして息を呑んだ。「あの忌々しい光め。いったいなぜ納屋の扉を閉めなかった?」巨大な扉は開け放たれ、外の空っぽで生命のない庭全体と扉、そして納屋の床の六フィート(約一・八メートル)ほどが、探るような探照灯の青い光に照らされていた。

「扉を閉めろ、ペーター」とペストヴィッチは言った。

「いや」と王は叫んだが、遅かった。ペーターは光の中へ進み出ていた。「姿を見せるな!」と王は叫んだ。クルトが一歩前へ出て、弟を引き戻した。しばらく五人全員が動かなかった。光は永遠に消えないかと思われたが、突如として消え、彼らの目には残像だけが残った。「今だ」と王は不安げに言った。「扉を閉めろ。」

「完全に閉めるな」とペストヴィッチは叫んだ。「外へ出られるだけの隙間を残せ……」

爆弾を移すのは暑く苦しい作業で、しばらくの間、王も平民のように働いた。クルトとアーベルが巨大な爆弾を運び上げ、ペーターがトラックまで運び、王とペストヴィッチが干し草の中へ据えるのを手伝った。できるだけ音を立てないようにした……。

「しっ!」と王が叫んだ。「何の音だ?」

だがクルトとアーベルには聞こえず、最後の積み荷を持って梯子を不器用に上ってきた。

「しっ!」ペーターが駆け寄り、囁き声で注意した。全員が静止した。

納屋の扉が少し大きく開き、外の淡い青色の光を背に、男の黒い姿が見えた。

「誰かいるのか?」と男はイタリア訛りで尋ねた。

王の全身から冷や汗が噴き出した。するとペストヴィッチが答えた。「干し草を積んでいる、哀れな農夫だけだ」と言い、巨大な干し草用のフォークを拾い上げ、静かに前へ出た。

「ずいぶん悪い時間に、ずいぶん悪い明かりで干し草を積むものだな」と、戸口の男は中を覗き込みながら言った。「ここには電灯がないのか?」

そして突然、懐中電灯をつけた。その瞬間、ペストヴィッチが飛びかかった。「私の納屋から出ていけ!」と叫び、侵入者の胸めがけてフォークを突き出した。刺し殺して黙らせられるかもしれないという、漠然とした考えがあった。だが歯が体を貫いて男を後ろへ押し倒すと、男は大声で叫び、即座に庭を駆けてくる足音が響いた。

「爆弾だ」と地面の男は、フォークの歯を手でつかみながら叫んだ。自ら突き出した勢いでペストヴィッチがよろめいて姿をさらすと、駆けつけた二人のうち一人に胴体を撃ち抜かれた。

地面の男は重傷だったが、勇敢だった。「爆弾だ」と繰り返し、どうにか膝立ちになると、懐中電灯を王の顔へまっすぐ向けた。「撃て」と叫んだ。咳き込み、血を吐いたため、王の頭を囲む光輪が揺れ踊った。

震える光の輪の中、二人の男は、トラックの荷台に膝立ちする王と、納屋の床でその傍らにいるペーターを一瞬見た。老狐は横目で彼らを見た――罠にかかった、白い顔の邪悪な獣だった。そして、ためらいながらも自ら死を選ぶ英雄的な仕草で、目の前の爆弾へ身を乗り出した瞬間、二人は同時に発砲し、王の頭を撃ち抜いた。

顔の上半分が消えたように見えた。

「撃て」と、刺された男は叫んだ。「全員撃ち殺せ!」

そのとき光が消え、男は呻きながら仲間たちの足元へ転がった。

だが二人とも自分の灯りを持っており、次の瞬間には納屋の中のすべてが再び見えるようになった。降伏のしるしに両手を上げていたペーターも、そのまま撃ち殺された。

梯子の上端にいたクルトとアーベルは一瞬ためらい、それから穴の中へ後ろ向きに飛び込んだ。「奴らを殺さなければ」と狙撃手の一人が言った。「こっちが爆破されて切れ端になる。あの昇降口から下りたぞ。来い! ……。

「いたぞ。手を上げろ! 聞こえないのか。灯りを持っていろ、俺が撃つ……」

第八節

まだ完全な闇の中だったころ、従僕とフィルマンが連れ立って元エグバート王のもとへ来て、事は決着したと告げた。

元王は身を起こし、寝台の端に座った。

「外へ出たのか?」と尋ねた。

「死にました」とフィルマンは言った。「撃たれました。」

元王は考えた。「起こり得た中では、最善に近い結末だ」と言った。「爆弾はどこだ? 向かいの山腹の農家だと! 何だ、ここから見える場所ではないか! 行こう。着替える。フィルマン、ここにはコーヒーを一杯用意できる者はいないのか?」

飢えたように薄暗い夜明けの中、元王を乗せた自動車は、最後の反逆王が爆弾の中に横たわる農家へ向かった。空の縁が閃き、東が明るくなり、エグバート王が農場の庭へ着いたとき、太陽はちょうど丘の向こうから昇り始めていた。納屋からは干し草運搬トラックが引き出され、恐るべき爆弾がまだ積まれていた。二十人ほどの飛行士が庭を押さえ、外では数人の農民が小さな群れを作り、何が起きたかも知らずに見つめていた。農場の石壁を背に、五つの死体が整然と横一列に並べられていた。ペストヴィッチの顔には驚きの表情が残り、王は長い白い手と金髪の口髭で、かろうじて見分けることができた。負傷した飛行士は、宿屋へ運ばれていた。元王は、爆弾をチューリヒ上方の新設特別研究所へ、どのような手順で輸送すべきか指示した。そこなら塩素雰囲気中で開梱できる。それから、動かぬ五つの姿へ向き直った。

五組の足が、奇妙なほど硬直した一体感をもって突き出していた……。

「ほかに何ができた?」と、心の内の抗議へ答えるように言った。

「フィルマン、ああいう者がまだほかにもいると思うか?」

「爆弾が、ですか?」とフィルマンは尋ねた。

「いや、ああいう王が……。

「なんと哀れな愚行だ!」と元王は思考を追いながら言った。「フィルマン、国際政治学の元教授として、彼らを埋葬するのは君の役目だと思う。そこに? ……いや、井戸の近くには埋めるな。人々はあの井戸の水を飲まねばならない。向こうへ埋めろ。畑の中の、少し離れた場所へ。」

第四章 新たな局面

第一節

ブリッサーゴ会議に課された任務は、物事が成し遂げられた現在の明晰な視点から見れば、大筋では単純なものだった。本質的には、人間の知識が急速に、しかも加速しながら進歩した結果、必要となった新たな基盤の上に社会組織を据えることである。評議会は救難隊のような慌ただしさで招集され、目の前には残骸が横たわっていた。だがその残骸は修復不能だった。この状況で可能な道は二つしかない。人類が、苦難の末に抜け出した農耕的野蛮へ逆戻りするか、すでに達成された科学を新たな社会秩序の基礎として受け入れるかである。猜疑、嫉妬、個別主義、好戦性といった人間性の古い傾向は、科学の非人間的な論理が生み出した新装置の怪物的な破壊力とは両立しなかった。均衡を取り戻すには、文明が自己破壊し、近代的装置をもはや製造できない水準まで後退するか、人間性が制度を通じて新たな条件に適応するしかなかった。この会議は、後者を選ぶために存在した。

遅かれ早かれ、人類はこの選択に直面したはずである。原子科学の突然の発達は、最初の火打石が削られ、最初の火が共同で起こされて以来、少しずつ高まり続けてきた新しいものと慣習的なものとの衝突を、早め、急速かつ劇的なものにしたにすぎない。人間が道具を作り、自分のそばへ別の雄が近づくことを許したその日から、彼は本能と疑いなき確信だけに従う存在ではなくなった。その日以降、利己的な情念と社会的必要との間に、ますます広がる亀裂をたどることができる。人間はゆっくりと農家での生活に適応し、激しい衝動も氏族や部族の要求に応じられるほど広がっていった。だが衝動の範囲がどれほど広がろうとも、想像力の中に潜む狩人、放浪者、驚異を求める者は、その発達の先を走った。人間は大地へ完全に従属したことも、家庭へ完全に飼い慣らされたこともなかった。鋤を使い、家畜を世話する生活の範囲内に彼をとどめるには、どこでも教育と祭司が必要だった。やがて本能の上には、伝統的命令の巨大な体系がゆっくりと重ねられた。それは、二万年にわたり標準的な人間だった耕作者、家畜を屠る者を作り上げるのに、見事なまでに適した命令だった。

そして、意図されることも望まれることもなく、その耕作の蓄積から文明が生まれた。文明とは農業剰余だった。それは交易となり、踏み分け道や街道となって現れ、船を川へ押し出し、やがて海へ進出させた。原始的な宮廷の内部で、富と余暇を得た神殿の内部で、さまざまな人々が集まる港町の混沌の中で、思索と哲学と科学が芽生え、ついに人間生活として確立された新秩序が始まった。すでにたどったように、初めはゆっくりと、やがて速度を増しながら、新たな力が作り出された。人類全体がそれを求めたわけでも、望んだわけでもない。それは人間の手に押し込まれた。しばらくの間、人々は新たな物や力が与えられるたび、結果を何も考えず、何気なく手に取って使った。数えきれぬ世代にわたり、変化は人間を実に穏やかに導いた。だが十分遠くまで導いたところで、変化は歩調を速めた。相次ぐ衝撃を受けて、人間はようやく、自分が古い生活を次第に生きなくなり、新しい生活を次第に多く生きるようになっていると悟った。

原子力が解放される以前から、古い生活様式と新しい生活様式の緊張はすでに激しかった。それはローマ帝国体制が崩壊したときよりも、はるかに激しかった。一方には家族、小共同体、小規模産業からなる古来の生活があり、他方には、より大きな規模、より遠い地平、そして奇妙な目的意識を備えた新たな生活があった。人間はどちらか一方に生きねばならないことが、すでに明らかになりつつあった。同じ市場に零細商店と企業連合を、同じ道路に居眠りする荷馬車の御者と動力運搬車を、同じ軍隊に弓矢と飛行機上の狙撃手を、同じ世界に読み書きのできない農民の手工業と動力式工場を共存させることはできない。まして、農民の思想、野心、貪欲、嫉妬に、新時代の巨大な装置を持たせることなど不可能だった。原子爆弾が存在せず、世界の指導的知性の大半をブリッサーゴの慌ただしい会議へ集めることがなかったとしても、この世界規模の対立がもたらす難題について、責任感と理解力ある人々が、より広大な地域と、おそらくは相当長い時間をかけ、より非公式な会議を行ったはずである。ホルステンの研究が何世紀にもわたって進められ、気づかぬほど少しずつ世界へ伝えられていたとしても、人間は未来について協議し、計画を定める必要に迫られただろう。実際、危機に先立つ百年間に、未来を見通そうとする文献はすでに蓄積されていた。会議が参考にできる「近代国家」の構想が、膨大に存在していたのである。原子爆弾は、すでに発展しつつあった問題を際立たせ、劇的なものにしたにすぎなかった。

第二節

この集会は、傑出した頭脳や超人的な知性の持ち主が一躍、世界の舵取りを担ったものではない。彼らには学ぶ力があり、各々がそれまで抱いていた考えを会議へ持ち込んだとはいえ、それらは原子爆弾が人類に与えた「道徳的衝撃」の産物であって、一人ひとりの資質が平均を大きく上回っていたと考える理由はない。議事のなかには、構成員の失念や苛立ち、疲労から生じた誤りや非効率の例を、千件でも挙げることができるだろう。彼らは大いに試行錯誤し、しばしば失敗した。才能がきわめて専門的な分野に限られていたホルステンを除けば、人間的資質において第一級と呼べる人物が一人でもいたかどうかさえ疑わしい。だが彼らは自分たち自身を慎ましく恐れており、そこから生まれた率直さが、集会全体に際立った品格を与えていた。もちろん、ルブランには高貴なまでの素朴さがあった。だが彼でさえ、広い意味で偉大だったというより、善良で誠実な心の持ち主だったにすぎないのではないか、と問うことはできる。

元国王には知恵と、どこか浪漫的な大胆さがあった。数千人に一人の人物ではあったが、数百万人に一人というほどではない。そして彼の回想録――そもそも回想録を書こうと決めたこと自体が、本人と仲間たちの人となりをよく表している。その本は見事であると同時に、驚くべき読み物でもある。彼はそのなかで、評議会が成し遂げつつあった大事業を、幼い子供が神の存在を当然視するように受け入れている。まるでその偉大さをまったく理解していなかったかのようだ。従兄ヴィルヘルムや秘書フィルマンをめぐる愉快な些事を語り、アメリカ大統領をからかう――実際その大統領は、アメリカを代表する人物というより、政治機構が偶然生み落とした取るに足りない存在だった――そして唯一の日本人委員とともに山中で三日間道に迷った顚末を、延々と書き連ねている。その遭難によって評議会の仕事が深刻に滞った形跡はないのだが……。

ブリッサーゴ会議については、人類の精華が一堂に会したかのように、幾度となく書き立てられてきた。ルブランの気まぐれか英知かによって高みに置かれたその集会には、たしかにオリュンポスめいた趣があった。そして人間の心には、そうした類似をさらに飾り立てる性向があるため、構成員たちを神々になぞらえたくもなる。だが同じくらいもっともらしい比喩として、彼らを「大洪水」の初期、山頂へ追い立てられて開かれたに違いない集会になぞらえることもできよう。評議会の強みは評議会そのものではなく、その知性を目覚めさせ、虚栄を吹き払い、伝統的な野心と敵意から解放した状況にあった。何世紀にもわたる堆積物を剝ぎ取られた、裸の政府。その裸身ゆえに、あらゆる行動の自由を手にしていた。そして評議会の前に置かれた諸問題は、かつての時代に見られた複雑で不可解な兆候とは比べものにならないほど、明白な姿をさらしていた。

評議会が見渡した世界は、内部抗争などという気ままな贅沢を許すには、あまりにも巨大で、あまりにも切迫した課題を突きつけていた。原子力の解放に続く危機の年、交戦国家の時代が終わろうとしていたころ、人類がいかなる状態にあったかを、ここで数語にまとめて描いておくのも興味深いだろう。後世の基準に照らせば、世界は驚くほど狭く限られており、しかも今や、最悪の混乱と苦難のただなかにあった。

当時、人類はまだ、地球の広大な陸地へ進出していなかったことを忘れてはならない。果てしない山岳荒野、森林の荒野、砂漠、凍土が残されていた。人間は依然として温帯や亜熱帯の水辺と耕作可能な土壌に密集し、豊かに暮らせるのは河川流域に限られていた。大都市はすべて、大型船舶が航行可能な大河のほとりか、海港の近くに発達していた。そうした居住適地でさえ、広大な地域では感染症を媒介するハエや蚊が人間の侵入を阻み、その庇護のもとで原生林は手つかずのまま残っていた。実際、人口の最も密集した地域でさえ、世界全体がハエにまみれ、無用な昆虫に満ちあふれていた。その有様は、今となってはほとんど信じがたいほどである。一九五〇年の世界人口地図を見れば、濃い色の部分が海岸線や河川の流路にあまりに忠実に沿っているため、まるで ホモ・サピエンス が両生動物であるかのような印象を受けただろう。道路や鉄道も低地の等高線に沿って走り、山岳障壁を貫く場合や保養地へ至る場合を除けば、三千フィート(約九百十四メートル)を超えて登ることはほとんどなかった。海上交通も決まった航路に集中しており、何十万平方マイル(数十万平方キロメートル)もの海域には、遭難でもしない限り、一隻の船も足を踏み入れなかった。

足元にある固い地球の神秘へ、人類はまだ五マイル(約八キロメートル)すら掘り進んでいなかった。また、悲壮な執念をもって地球の両極へ到達してから、まだ四十年も経っていなかった。北極圏と南極圏の無限の鉱物資源は、太古から積み重なった膨大な氷の下に埋もれ、地殻深部に秘められた富は未開発どころか、その存在さえ疑われていなかった。高山地帯を知る者は、案内人に導かれるわずかな登山者と、荒涼とした少数のホテルを訪れる客だけだった。ゴビからサハラへ、またアメリカ大陸の背骨に沿って大陸塊を横切る、雨の降らない広大な地帯――澄み切った空気、日々降り注ぐ燃えるような陽光、涼やかな静寂と輝く星々の夜、そして地下深くの貯水層を備えた土地――も、一般人の想像のなかでは、ただ恐怖と死の荒野でしかなかった。

そして今、原子爆弾の衝撃によって、当時の巨大で薄汚れた都市中心部に集積していた大人口は住まいを奪われ、周辺の農村地帯へ破滅的な勢いで散らされた。人間の盲目ぶりにとうとう業を煮やした荒々しい力が、より健全な配置へ人口を組み替えようとの明確な意図をもって、世界を揺さぶったかのようだった。爆撃を免れた大工業地域や大都市も、経済が完全に崩壊したため、炎上した都市とほとんど変わらぬほど悲惨な状態にあった。農村部は、さまよい歩く無法なよそ者の群れによって混乱した。世界の一部では飢饉が荒れ狂い、多くの地域で疫病が流行した……。鉄道と、狂信的な愛国者たちが破壊した大規模灌漑用水路網に、社会全体の福祉をますます依存するようになっていた北インド平原は、とりわけ凄惨な状態に陥った。村が丸ごと死に絶えても顧みる者はなく、痩せ衰えた生存者を襲ったトラやヒョウさえ感染し、密林へ這い戻って死んでいった。中国の広大な地域は、匪賊の群れの餌食となった……。

原子爆弾の爆発について、当時の完全な記録が一つも残っていないのは注目すべきことである。もちろん、無数の言及や断片的記録は存在する。後世の人々は、それらを継ぎ合わせて、この大破壊の姿を再現しなければならない。

忘れてはならないが、爆弾が位置を変え、破片を放出し、水や異質な土壌に触れるにつれて、現象は日ごとに、いや刻々と大きく変化した。十月初旬にパリから四十マイル(約六十四キロメートル)以内へ近づいたバーネットは、主として地方社会の混乱と自身の部隊指揮に伴う問題を記録しているが、「南西の空一面」に積み重なる蒸気雲と、その下で夜ごとに燃える赤い光についても触れている。パリの一部はなお炎上しており、この距離にあってさえ、多くの人々が畑に野営し、救い出してきた貴重な略奪品の山を見張っていた。彼はまた、遠く響く爆発音を「列車が鉄橋を渡るような音」と記している。

ほかの記述もこれと一致している。いずれも「絶え間ない反響」や「どすんどすんと叩きつける音」などと表現し、巨大な蒸気のとばりから突如として豪雨が降り注ぎ、その内部を稲妻が走っていたと証言する。パリへ近づくにつれ、救助品を集めた野営地は数を増して村々を塞ぎ、行く当てもないため、しばしば飢え、病みながら、間に合わせの天幕の下で暮らす人々が大勢いた。空は次第に厚い雲に覆われ、ついには日光を完全に遮り、「魂を異様なほど滅入らせる」鈍い赤光だけが残った。その光の下でもなお多数の人々が家にしがみついて暮らし、多くの場合、庭の作物や食料品店の在庫に頼りながら、半ば飢餓状態で生き延びていた。

さらに近づけば、調査者は警察の非常線に行き当たっただろう。それは「差し迫った危険区域」内の自宅へ戻ろうとする者や、より高価な財産を救い出そうとする者の、決死の試みを食い止めようとしていた。

その区域の境界は、かなり恣意的に定められていた。もし見物人が立ち入り許可を得られたなら、そこは同時に轟音の区域でもあった。奇妙な紫がかった赤光に照らされ、放射性物質の絶え間ない爆発によって震え、揺れ続ける、永遠の雷鳴の領域である。建物の一街区全体が燃え上がり、激しく炎上していた。震えながら乱れ立つ炎は、その向こうに満ちる肉厚な深紅の輝きと比べれば、青白く、幽鬼のように細く見えた。すでに焼け落ちた建物の骨組みも、赤く照らされた霧を背景に、窓の抜け穴を列状にうがたれて聳えていた。

そこから先は、一歩進むごとに、活火山の火口へ降りるのと同じほど危険だった。回転し、煮えたぎる爆心は不意に移動し、あるいは割れて新たな地域へ広がった。破壊力の噴流に捉えられた土塊や排水管、石材の巨大な破片が、突如として探検者の頭上を飛び過ぎることもあれば、足元の大地が裂け、炎の墓穴を開くこともあった。こうした破壊区域へ足を踏み入れて生還した者のうち、同じ経験を繰り返そうとした者はほとんどいない。発光する放射性蒸気の塊が、ときに爆心から数十マイルも漂流し、追いついたものをすべて焼き殺したという話もある。そしてパリの爆心から生じた最初の大火災は、西方へ、海までの中ほどに達するまで広がった。

さらに、赤い光に照らされた廃墟からなるこの地獄の内環では、空気が異様に乾燥し、肌を焼く性質を帯びていた。そのため皮膚と肺に、きわめて治りにくい炎症を引き起こした……。

これがパリの最後の姿であり、規模をさらに大きくしたものがシカゴの有様だった。同じ運命がベルリン、モスクワ、東京、ロンドン東半分、トゥーロン、キール、さらに二百十八か所の人口・軍備集積地を襲った。そのいずれもが、時間だけにしか鎮められない放射性破壊の燃え盛る中心となった。そして実際、多くの場所では、今なお時間によっても鎮められてはいない。轟音と威力は絶えず衰えつつあるとはいえ、爆発は今日まで続いている。世界のほぼすべての国の地図には、直径二十マイル(約三十二キロメートル)ほどの赤い円が三つ、四つ、あるいはそれ以上描かれ、死にゆく原子爆弾と、その周囲で人間が放棄を余儀なくされた死の区域を示している。その内側では、博物館、大聖堂、宮殿、図書館、傑作を収めた美術館、そして人類が積み上げた膨大な成果が滅びた。焼け焦げた残骸は今も埋もれ、未来の世代だけが調査を望みうる、奇妙な物質的遺産となっている……。

第三節

最終戦争後の暗い秋の日々、農村地帯へ群れをなして流れ込み、夥しく死んでいった都市の避難民たちは、ただ茫然たる絶望のなかにあった。バーネットは、平定軍に所属していた時期、シャンパーニュの葡萄畑に野営するそうした人々を見て、その姿を次々と素描している。

たとえば、エペルネーから東へ登る街道脇の畑から現れ、パリの様子を尋ねてきた、あの「男物帽子商」がいる。バーネットによれば、丸顔の男で、黒い服を実にきちんと着こなしていた――あまりに端正なので、すぐ近くの絨毯で作った天幕に住んでいると知ると驚かされたほどだ――そして「物腰は洗練されているが、どこまでも食い下がるところ」があり、口髭と顎髭は丁寧に整えられ、眉は表情豊かで、髪もきれいに撫でつけられていた。

「パリへ入る者はいません」とバーネットは言った。

「しかし、ムッシュー、それではあまりに消極的ではありませんか」と街道脇の男は異議を唱えた。

「危険すぎるのです。放射線が人の皮膚を侵します。」

眉が抗議するように動いた。「しかし、何の手も打たれないのですか?」

「何もできません。」

「しかしムッシュー、こうして故郷を追われ、待ち続ける暮らしは、ひどく不便なのです。妻も幼い息子も大変苦しんでおります。快適さというものがまるでない。季節も進んでゆきます。費用のことや、食料調達の困難については申しますまい……。パリを再び――住める場所にするため、いつごろ何かが行われるとムッシューはお考えですか?」

バーネットは相手をしげしげと見た。

「聞いたところでは」とバーネットは言った。「パリが再び住める場所になるのは、何世代も先のことだそうです。」

「おお! しかし、そんな馬鹿な! お考えください、ムッシュー! それまで我々のような者は、いったいどうすればよいのです? 私は衣装商です。私の人脈も利害も、何より私の流儀そのものが、パリを必要としているのです……」

バーネットは空を見上げた。小雨が降り始めていた。それから、収穫を終えた周囲の広い畑と、街道沿いに刈り込まれたポプラを眺めた。

「当然でしょう」と彼は同意した。「パリへ行きたいのですね。ですがパリはもう終わったのです。」

「終わった?」

「なくなったのです。」

「では、ムッシュー――この私は――どうなるのです?」

バーネットは、白い街道が延びてゆく西へ顔を向けた。

「たとえばほかのどこなら、私は――好機を見いだせるのでしょう?」

バーネットは答えなかった。

「リヴィエラあたりでしょうか。あるいはホンブルクのような場所か。どこか、そういうところなら。」

「そうしたものはすべて」とバーネットは言った。何週間も前から心の中にはっきり存在していた事実を、このとき初めて受け入れながら。「そうしたものもすべて、もう終わったのでしょう。」

沈黙が流れた。やがて隣の声が弾けた。「しかしムッシュー、そんなことはありえない! それでは――何も残らないではありませんか。」

「ええ。ほとんど何も。」

「突然、ジャガイモを作り始めるわけにはいきません!」

「ムッシューがその気になれれば、それもよいのですが――」

「百姓の暮らしをしろと! それに私の妻は――あなたは妻の際立った繊細さをご存じない。洗練された無力さ、独特の、人に頼りきる魅力があるのです。大きな白い花を咲かせる、か細い熱帯の蔓草のような……。だが、こんな話は馬鹿げている。あれほど多くの災厄を生き延びたパリが、やがて蘇らないなど、ありえません。」

「二度と蘇らないと思います。パリは終わりました。聞くところではロンドンも――ベルリンも。すべての大首都が打撃を受けたのです……」

「しかし――! ムッシュー、失礼ながら、それには同意できません。」

「事実です。」

「ありえない。文明はこんな終わり方をしません。人類が許しません。」

「パリをなくすことを?」

「パリをなくすことをです。」

「ムッシュー、そんなことを望むくらいなら、メールストローム[訳注:ノルウェー沖にあると伝えられた巨大な渦潮]の底へ下り、そこで商売を再開するほうがまだ望みがあります。」

「私は自分の信念で満足しております、ムッシュー。」

「冬が迫っています。家を探すほうが賢明ではありませんか?」

「パリからもっと離れた場所に? いいえ、ムッシュー。ですが、あなたのおっしゃることはありえません。とんでもない思い違いをなさっています……。本当に、お間違いです……。私はただ、情報を伺っただけなのです……」

「最後に彼を見たとき」とバーネットは記している。「男は丘の頂の道標の下に立ち、物悲しげに、それでも私にはいささか疑わしげにも見える目で、パリの方角を眺めていた。そして全身を濡らす霧雨には、まるで気づいていなかった……」

第四節

まだ完全には理解されていない破滅を前にした、凍りつくような狼狽。その印象は、バーネットの記録が冬の到来へ進むにつれ、いっそう深まってゆく。あの大勢の、放浪を望まず、放浪生活に適応する力もない人々にとって、一つの時代が終わったこと、かつての助けも導きももはや存在しないこと、どれほど辛抱強く耐えても事態は好転しないことを理解するのは、あまりに過酷だった。情け容赦のない一月、最初の雪片が渦巻き始めたときでさえ、多くの者はなおパリを見つめていた。物語はますます陰惨になる……。

バーネットがイギリスへ帰還して以降、その記録は怪物じみた悲劇性こそやや薄れるものの、むしろいっそう苛酷になる。イギリスには、恐怖によって心を荒ませた家持ちたちがいた。食料を隠し、強盗を容赦なく叩き潰し、飢えた放浪者が自分たちの戸口で迷惑そうに、恨みがましく死なぬよう、街道沿いの立ち止まりそうな場所から彼らをことごとく追い払っていた……。

フランスに残っていたイギリス軍の残存部隊は、これ以上扶養できないというオルレアン臨時政府からの切迫した申し入れを受け、三月にようやく撤退した。全期間を通じて、規律はおおむね良好だったものの、きわめて寄生的な部隊だったらしい。ただしバーネットは、散発的な匪賊行為を抑え、社会秩序を維持するうえで大いに貢献したと明らかに考えている。彼が帰国したとき、国は飢饉に襲われていた。その春のイギリスを描いた彼の記録は、惨めな忍耐と、捨て身の窮余策に満ちている。イギリスは、これまで依存してきた海外からの物資が途絶えたため、フランスよりはるかに深刻な苦難に見舞われていた。彼の部隊はドーヴァーでパン、干し魚、茹でたイラクサを支給され、内陸のアシュフォードまで行軍したのち除隊となった。その道中、街道脇の電信柱に四人の男が吊されているのを目にした。カブを盗んだ罪で絞首刑にされたのだ。ケントの労働者収容所では、粘土とおが屑を混ぜたパンを、流れ込む大勢の浮浪者に食べさせていた。サリーでは、そのような食べ物すら不足していた。バーネット自身は、爆弾に汚染されたロンドン周辺を避け、国を横切ってウィンチェスターへ向かった。幸運にも中央無線局の助手として雇われ、定期的な配給を受けられるようになった。局舎は町の東側を見下ろす白亜の丘の、見晴らしのよい場所に建っていた……。

そこから彼は、ブリッサーゴでの集会に先立って交わされた、果てしない暗号通信の送信を手伝っていたに違いない。そして戦争終結と世界政府樹立を告げるブリッサーゴ宣言も、そこで彼の手を通った。

その日、彼は体調が悪く、無気力だったため、自分が何を転記しているのか理解しなかった。退屈な職務の一環として、機械的に作業しただけだった。

その後、宣言に起因する通信が殺到し、彼はひどく消耗した。夕方に交代すると、わずかな夕食をとり、局舎前の小さなバルコニーへ出た。突然押し寄せた、まだ理由も分からぬ業務のあとで、煙草を吸い、頭を休めるためだった。実に美しく、静かな夕べだった。同僚の通信士と話すうち、彼は初めて「すべてが何を意味するのか理解し始めた」と述べている。「この四時間、自分の手の下にどれほど重大な問題が置かれていたのか、ようやく分かり始めた。だが最初の興奮が過ぎると、私は疑い深くなった。『これは何かの大法螺だ』と、いかにも訳知り顔で言った。

「同僚はもう少し希望を抱いていた。『これで爆弾の投下も破壊も終わるということだ』と彼は言った。『もうすぐアメリカから穀物が届くということだ。』

「『金に価値がなくなったのに、誰が穀物を送るんだ?』

と私は尋ねた。

「そのとき突然、眼下の町から響く激しい音に、私たちは驚かされた。この地方へ来て以来ずっと沈黙していた大聖堂の鐘が、まるでリューマチに苦しむようなぎこちなさで、鳴り始めたのだ。やがて鐘は少しずつ調子を取り戻し、私たちは何が起きているのか悟った。祝福の鐘を鳴らしていたのだ。私たちは信じがたい驚きとともに耳を傾け、黄ばんだ互いの顔を見つめ合った。

「『本気なんだ』と同僚は言った。

「『でも、今さら何ができる?』

と私は尋ねた。『何もかも壊れてしまったのに……』。」

そしてバーネットは、思いがけないほど巧みな技法で、この一文を最後に唐突に物語を閉じている。

第五節

新政府は発足当初から、ある種の度量をもって事態に臨んだ。いや、彼らには大きく行動するほかなかったのである。最初から地球全体を一つの問題として捉えなければならず、もはや部分ごとに対処することは不可能だった。新たな原子力破壊の勃発から世界全体を守り、恒久的かつ普遍的な平和を保証しなければならない。この丸い地球全体を把握し、動かす能力にこそ、政府の存続が懸かっていた。ほかのやり方を試す余地はなかった。

既存の原子爆弾と、カロリナム合成装置の接収が確実になると、次に手配すべきは、なお武装していた各地の軍隊の解散または社会的活用、その年の収穫物の保全、そして漂泊する何百万もの住居なき人々への食料、住居、仕事の提供だった。カナダ、南アメリカ、アジア・ロシアには膨大な食料が蓄積されていたが、通貨・信用制度の崩壊によって動かせなくなっていた。地域全体の無人化を避けるには、それらを飢餓地域へ一刻も早く運ばなければならない。その輸送と通信全般の復旧に、兵士と、失業者のうち比較的有能な者の一部が投入された。住宅供給は途方もない規模の仕事となり、評議会の住宅委員会は、収容所の建設から、より恒久的な建築物の建設へと急速に移行した。手元にいる流動人口をこうした作業へ振り向けるにあたり、予想されたほどの抵抗はなかった。あの一年にわたる苦痛と死によって、人々は驚くほど従順になっていた。伝統への幻想は破れ、かつて頑迷だった偏見も失われていた。人々は見知らぬ世界に投げ込まれた異邦人のように感じ、自信ある指導者なら誰にでも従う用意があった。新政府の命令には、何より強力な信任状――食料配給が伴っていた。新時代まで生き延びた旧来の労働問題専門家の一人は、各地の人々は「新天地へ渡った移民労働者の集団と同じくらい」統制しやすかったと証言している。そしてこのとき、原子力の社会的可能性が姿を現し始めた。最終戦争以前に生まれていた新たな機械は増殖し、評議会は何百万もの働き手ばかりか、当初の事業構想を哀れなほど臆病に見せるほどの動力と装置まで自由に使えることに気づいた。鉄と松材で計画された収容所は石と真鍮で建てられ、単なる鉄の軌道となるはずだった道路は、建築美を要求する広々とした大通りへ変わった。緊急配給を賄うはずだった食料栽培も、合成装置、肥料、化学線、科学的管理によって、ほどなく人類のあらゆる必要量を上回った。

政府は当初、原子機関が初めて登場する以前の社会・経済制度を一時的に再建しようと考えていた。世界中で住む場所を奪われた大多数の人々の観念と習慣が、その制度に適応していたからである。その後の再編は、後継者――それが誰であろうと――に委ねるつもりだった。しかし、それが絶対に不可能であることは次第に明らかになった。奴隷制度の復活を提案するのと変わらなかったのである。資本主義体制は、無限の金とエネルギーの出現によって、すでに修復不能なまでに粉砕されていた。再び立ち上がらせようとした途端、ばらばらに崩れ落ちた。戦争以前から工業労働者の半数は失業しており、従来どおりの賃金労働に戻そうとする試みは、初めから無益だった――通貨制度の完全な崩壊だけでも、それを不可能にするには十分だった――したがって政府は、労働という見返りをまったく求めず、世界中の大群衆に住居、食料、衣服を提供しなければならなかった。やがて、これほど膨大な人々が各地で何の仕事も持たずにいること自体が、明白な社会的危険となった。そのため政府は、適応力の低い者が問題を起こさぬよう、木や石への簡単な装飾作業、手織り布の製造、果樹栽培、花卉栽培、大規模な造園などを考案せざるを得なかった。また若い成人には、新たな原子力機械を使いこなすための学校へ通うことを条件に、賃金を支給した……。こうして評議会は、ほとんど気づかぬうちに、都市生活と産業生活、ひいては社会制度全体の全面的再編へ踏み込んでいった。

政治的策謀にも財政上の都合にも縛られない理念は、すべてを一気に押し流す力を持つ。一年も経たないうちに、評議会の記録からは、彼らが眼前の巨大な機会に応え始めていたことが明白に読み取れる。評議会は一部を直接統制し、一部を個別の専門委員会に委ねながら、地球の全人口に向けた新たな共同社会秩序を計画していた。「世界の広大な地域や、多数の階層が、主流となる大多数とは異なる文明段階にあるかぎり、真の社会的安定も、人類全般の幸福もありえない。広大な人口集団が、一般に受け入れられた社会的目的を理解せず、あるいはほかの人々より経済的に不利な立場に置かれることは、今や許されない」。評議会は、解決すべき問題をこのように捉えた。農民、農場労働者、その他あらゆる未開的な耕作者は、機動力と教育のある階級に比べて「経済的に不利」だった。状況の論理に迫られ、評議会はこの階層を、より効率的な生産組織によって体系的に置き換えることに着手した。世界各地の農業へ「近代方式」を段階的に導入し、すべての農業従事者に文明生活の恩恵を完全に与える構想を策定した。この置き換えは現在まで続いている。近代方式の中心理念は、個人農家、さらには小屋や村を単位とした生活そのものを、耕作ギルドに置き換えることにある。これらのギルドは、耕地または牧草地を引き受け、一定の平均生産量に責任を負う男女の団体である。通常は厳格な民主制で運営できるほど小さく、同時に、収穫期に都市住民から一定の助力を受けるほかは、農地で必要とされる全労働力を自給できるほど大きい。耕作地には見張り用のバンガローや山小屋を置くが、近代交通は便利でほぼ無償であるため、最寄りの町に共同食堂とクラブハウスを備えた集合住宅を維持できる。通常は国または州の首都にもギルド会館を持つ。この制度はすでに、太古から「田舎者」として独自に存在してきた人口層を、旧世界の広大な地域から消し去った。孤立した小屋で送る、内気で刺激に乏しい暮らし。小村に渦巻く狭苦しい醜聞、些細な恨み、迫害。書物や思索、社会参加から遠ざかり、牛、豚、家禽とその糞に絶えず接しながら、蓄えることだけに終始する半ば無生物のような生活。それらは人間の経験から消えつつある。間もなく、完全に姿を消すだろう。十九世紀にはすでに、人間に不可避の状態ではなくなっていた。それでも当時、体系的な置き換えが行われなかったのは、社会全体を導く知性が欠けていたこと、そして頑健で頭の鈍い兵士や、低い生活水準で多産な階級が必要だという思い込みがあったためにすぎない……。

この農村再編が進む一方、評議会の活動初期に設けられた都市収容所も、状況そのものが持つ力と評議会の指導によって、急速に近代型都市へ発展していった……。

第六節

大事業が否応なくブリッサーゴ評議会に迫ってきたことを象徴するのが、世界共通の リングア・フランカ[訳注:異なる母語を持つ人々が意思疎通に用いる共通語]の必要性である。評議会がこの明白な課題に取り組んだのは、統治開始から一年目の終わり、それも極度に渋った末のことだった。提案されたさまざまな理論的人工国際語には、ほとんど注意を払わなかったらしい。性急で素朴な人々にできるだけ苦労をさせまいと考えていたため、世界中に広く分布していた英語へ、当初から傾いていた。その文法がきわめて単純だったことも有利に働いた。

英語圏の人々は、自分たちの言葉が世界中で使われる満足を、いくらかの犠牲と引き換えに認められた。英語からは多数の文法的特異性が削ぎ落とされた。たとえば接続法に固有の語形や、不規則複数形の大半が廃止された。綴りは体系化され、ヨーロッパ大陸で用いられる母音に合わせて改められた。また外国語の名詞と動詞を取り込む過程が始まり、たちまち途方もない規模に達した。世界共和国樹立から十年以内に、新英語辞典は二十五万語を収録するまでに膨れ上がった。一九〇〇年の人間なら、普通の新聞を読むだけでも相当に苦労しただろう。その一方で、新時代の人々はなお、古い英文学を味わうことができた……。この大規模な統一には、いくつかの小さな統一措置も伴った。相互理解と交流全般の簡素化という理念がいったん受け入れられると、度量衡のメートル法を全世界で採用し、それまで年代計算を混乱させていた各種の間に合わせの暦を廃止することへ、ごく自然に行き着いた。一年はそれぞれ四週間からなる十三か月に分けられ、元日と閏年日は休日とされ、通常の曜日には数えられなかった。こうして週と月が一致した。また国王がフィルマンに言ったように、「復活祭の日付を釘で打ちつける」ことも決まった……。こうした問題でも、ほかの多くの問題と同様、新文明は古代からの複雑さを単純化するものとして訪れた。世界の暦の歴史とは、不十分な調整の歴史であり、種蒔きの時期や冬至を定めようとする試みは、人間社会の始まりにまで遡る。この最終的な修正には、実際上の利便性をはるかに超える象徴的価値があった。ただし評議会は、軽率で乱暴な改革を好まず、月に奇妙な新名称をつけることも、年の数え方を変えることもなかった。

世界はすでに、単一の普遍的な通貨基盤に置かれていた。評議会発足後の数か月、世界の活動は健全な通貨をまったく持たぬまま営まれていた。広大な地域で貨幣はなお使われていたが、物価は異常なほど地域差があり、通貨への信頼も目まぐるしく揺れ動いた。制度全体の基礎となっていた、金の古来の希少性は消滅していた。今や金は、原子力解放に伴う廃棄物にすぎず、いかなる金属も二度と通貨制度の基盤にはなりえないことが明白だった。以後、すべての硬貨は代用貨幣とならざるを得ない。とはいえ、世界中が金属貨幣に慣れきっており、既存の人間関係の大部分は現金を基礎に形成されていた。この便利な決済手段なしには、ほとんど想像すらできなかった。社会組織を存続させるには何らかの通貨が絶対に必要と思われたため、評議会はそれを支える現実の価値を見いださなければならなかった。土地や労働時間など、一見安定しているさまざまな価値が検討された。最終的に、エネルギー放出物質の大半を所有するようになっていた政府は、一定量のエネルギー単位を一金貨の価値と定めた。そして一金貨は正確に二十マルク、二十五フラン、五ドルなど、世界の各通貨単位に相当すると宣言し、各種の制限と条件のもと、提示された金貨一枚につき、支払いとして要求に応じた量のエネルギーを供給すると約束した。全体として、この制度は満足に機能した。英ポンドの面目も保たれた。硬貨は復権し、物価変動の時期を経て、一般人になじみ深い名称と日常的価値を保ちながら、再び明確な交換比率と用途へ落ち着き始めた……。

第七節

一時的な難民収容所と考えていたものが、急速に新型の大都市へ発展しつつあり、望むと望まざるとにかかわらず自分たちが世界を作り替えていることをブリッサーゴ評議会が認識すると、非農業人口の再配置を、より小規模で、専門能力に優れた特別委員会へ委ねることにした。現在、その委員会は、評議会そのものや、評議会から権限を委任されたほかのどの委員会よりも、世界の実質的な行政府となっている。その活動の起源は、十九世紀末の数十年間、ヨーロッパかアメリカのどこかにひっそりと生まれた「都市計画」という、ほとんど目に見えない萌芽にある――どちらで生まれたかはいまだ議論が続いている。世界を人類の居住地として絶えず計画し、再計画するその仕事は、今やいわば人類全体の物質的活動となった。果てしない年月にわたり、こぼれた水が流れるように無目的かつ機械的に人口が広がり、また引いていった。それこそが歴史の中身であり、ある場所では過密を、別の場所では慢性的で壊滅的な戦争を生み、至るところに、せいぜい絵になるだけの不便と無秩序をもたらしていた。だがそれは終わった。今や人間は、人類全体の力に支えられ、地球上の利用可能なあらゆる地域へ広がっている。都市はもはや流水や耕作地の近くに縛られず、都市計画も戦略上の配慮や社会的不安に左右されない。飛行機と、ほぼ無償で利用できる移動車が交易路を消滅させた。共通語と普遍法が、無数の制約や不便を取り除いた。こうして驚くべき居住地の分散が始まった。人はどこにでも住める。そのため現在の都市は、真の意味での社会的集まりとなっている。各都市が独自の性格と固有の関心を持ち、その大半には共通の活動分野がある。都市はかつての砂漠――人類が長く無駄にしてきた陽光浴の地――に広がり、永遠の雪の中に聳え、遠い島々に隠れ、広大な潟湖のほとりで日差しを浴びる。一時期、人類は、五十万年にわたり種族を育んだ河川流域を捨てる方向へ一斉に動いた。だが「ハエとの戦争」が成功を収め、この疫病を運ぶ生物群がほぼ絶滅した今、人々は水路の縫う庭園、島やハウスボートや橋の間で送る快適な暮らし、海面に映る夜の灯火を新たに渇望し、再び河川流域へ戻りつつある。

農業動物であることをやめつつある人間は、ますます建設者、旅行者、製作者となっている。人がどれほど耕作者でなくなったかは、再分配委員会の報告が示している。科学研究所の成果は年々、土地の生産性を高め、農作業を簡素化している。今や世界全体の食料は、人口の一パーセント未満によって生産され、その割合はなお減少を続けている。訓練や性向によって土地で働くことを望む人々より、実際に必要な人数のほうがはるかに少ない。その余剰の関心の結果として、生活における庭園的側面――木立、芝生、果てしなく広がる美しい花々の創造――は途方もなく拡大し、今も拡大を続けている。農法が集約化され、生産割当量が引き上げられるにつれ、農業組合は一つまた一つと、一九七五年規則を利用し、かつての畑を公共庭園や遊園地へ変える道を選んでいる。こうして自由と美の領域が広がる。化学者は合成技術によって、今や完全な人工食を供給できるまでになったが、その勝利はほとんど使われずにいる。自然の産物を食べ、それらを土で育てるほうが、はるかに楽しく興味深いからである。年を追うごとに果物の種類は増え、花々はいっそう魅力を増している。

第八節

世界共和国初期には、政治的冒険主義がいくらか再燃した。奇妙なことに、フェルディナンド・シャルル王の顔が人々の視界から消えたあとも、分離主義が復活することはなかった。だが多くの国では、差し迫った物質的必要が満たされ始めると、政治的混乱を復活させ、それを足場に重要で満足のいく地位へ這い上がろうとする、さまざまな人物が現れた。彼らが国王の名のもとに語ることは一度もなかった。二十世紀が始まる以前から、君主制はすでに相当な時代遅れになっていたのだろう。だが彼らは、至るところに根強く残っていた国家主義的・人種的感情へ訴えた。また評議会が人種や国民固有の慣習を踏みにじり、宗教上の規則を無視していると主張したが、それにはかなりの正当性があった。インド大平原は、そうした扇動者をとりわけ多く生み出した。あの恐るべき一年には通貨制度の混乱によってほぼ途絶えていた新聞が復活すると、不満を伝え、組織化する媒体と手段がもたらされた。当初、評議会はこの増大する反対運動を無視したが、やがて徹底的なまでに率直な態度で、その存在を認めた。

もちろん、これほど暫定的な政府はかつてなかった。法的正当性など、途方もないほど欠けていた。実のところ、百人前後の人間からなるクラブと大差なかった。発足時には九十三名がおり、その後は死者数を上回る招待状を発行して人数を増やし、一時は百十九名に達した。その構成は常に雑多だった。しかも招待状を発行する際、相手に何らかの権利があると認めたことは一度もない。旧制度である君主制は、新たな レジーム の光に照らすと、思いがけないほど有用だった。最初の政府を構成した原会員のうち九名は、それぞれの主権を放棄した戴冠君主であり、その後も王族出身の委員が六名を下回ることはなかった。彼らには、薄められたものとはいえ、統治権を主張する根拠が多少はあったかもしれない。だが王族委員と、一、二名の元共和国大統領が抱く、それよりさらに微小な権利主張を除けば、評議会委員の誰一人として、権力へ参加する権利の影すら持っていなかった。したがって反対派が、代議制政府を求める声を共通の拠り所とし、議会制度の復活に大きな希望を託したのは当然だった。

評議会は、反対派が欲するものをすべて与えることにした。ただし、その野心にはまるでそぐわない形で、である。評議会は一挙に代議機関となった。しかも、実に壮麗なまでに代表性の高い機関となった。あまりに代表性が高かったため、政治家たちは票の洪水に呑み込まれた。北極から南極まで、男女を問わずすべての成人に投票権が与えられ、世界は十選挙区に分割された。世界郵便制度に簡単な変更を加え、全選挙区が同じ日に投票を行った。政府委員の任期は、例外的に解職された場合を除き、終身と決められた。ただし選挙は五年ごとに実施され、そのたびに五十名の委員を追加することになった。単記移譲式比例代表制が採用され、有権者は投票用紙の特別欄に、解職を望む代表者の名を書くこともできた。統治者は、自身が当選した際の当選基数と同数の票によって解職され、原会員は、いずれか一選挙区で第一回選挙の当選基数と同数の票が集まれば解職された。

こうした条件のもと、評議会は実に朗らかに世界の投票へ身を委ねた。解職された委員は一人もいなかった。新たに加わった五十名の仲間――うち二十七名は評議会が推薦するのが妥当と判断した者だった――は、あまりに雑多な顔ぶれで、その政策の大きな流れを乱すには至らなかった。規則や形式に縛られないため、議事妨害もできなかった。インドから新たに選出された二名の自治派委員の一人が、法案を提出する方法を尋ねたところ、法案は提出しないのだと、ただそれだけを教えられた。議長を求めると、今や意識して会議の長老を務めていた元国王エグバートから、円熟した知恵の言葉をたっぷり聞く特権を与えられた。その後、二人は途方に暮れるばかりだった……。

だがそのころにはすでに、評議会の仕事は終わりへ近づいていた。関心は、自ら築いたものをさらに発展させることより、政治家の芝居がかった本能から、すでに成し遂げた仕事を守ることへ移っていた。

実際、人類の生活は、形式的な政府からますます独立してゆく。初期の評議会には英雄的な精神があった。竜を討つ集団として、時代遅れの観念と、不器用で嫉妬深い所有権が絡み合う巨大な結び目を、存在そのものから斬り払った。そして高貴な制度的予防措置によって、探究の自由、批判の自由、自由な通信、教育と相互理解の共通基盤、経済的抑圧からの自由を確保した。それをもって創造的任務は完了した。評議会は次第に、積極的に介入する機関ではなく、確立された安全保障機関となっていった。十九世紀の憲政史でおそらく最も不可解なのは、対立的雰囲気のなかで小さな法律を絶えず作り、絡み合わせていたことだが、現代にはそれに当たるものがない。当時の人々は、我々なら規則を変更する場面で、いつまでも法律を作っていたらしい。現在、我々が、必要な専門知識を持ち、社会全体の広範な知的過程によって統御される個別総合指導の科学委員会へ委ねている変革の仕事は、当時、立法と分かちがたく混ざり合っていた。彼らは細部をめぐって争った。我々にとって、それは機械部品の配置をめぐって争うようなものだ。今日では、生命が大地と空の間で営まれるように、そうした事柄は法の枠内で進めるのが最善だと分かっている。だから今や政府は、聖ブルーノの百合が咲くころ、陽光に包まれたブリッサーゴに年一日か二日集まり、委員会の仕事を祝福する以上のことをほとんどしない。そうした委員会でさえ、当初ほど独創的ではなく、社会全体の思考を表現する性格を強めている。世界を導く特定の個人を指し示すことは、次第に困難になっている。我々は絶えず、非個人的な存在となりつつある。今やあらゆる優れた思想が貢献し、あらゆる有能な頭脳が、非公式で分散した王権の一部となる。その王権が、人類の活力を一つの目的へ結集させているのだ。

第九節

「政治」、すなわち世界を支配する健全な理性への党派的干渉が、真剣な人々の最大の関心事となるような人類史の一時期を、我々が再び目にすることはおそらくない。歴史はまったく新しい段階へ入ったらしい。競争とは異なる意味での抗争は、ほとんど突如として日常の営みではなくなり、せいぜい抑圧され、隠され、蔑まれるものとなった。争いを生業とする職業は、もはや人間にとって名誉ある仕事ではない。国家間の平和は、個人間の平和でもある。我々が生きる世界は、成人期を迎えつつある。戦う人間、訴える人間、そして生命のあらゆる口論好きな側面は影へ退く。代わって前面に現れるのは、深く夢見る者、好奇心に満ちて学ぶ者、創造する芸術家である。彼らは存在の野蛮な側面を、より卑しくない冒険へ置き換えてゆく。

人間に「自然な生き方」などない。人間は今も昔も、多様で、ときには相容れない可能性を収めた鞘であり、受け継いだ性向を幾重にも書き重ねた羊皮紙である。二十世紀初頭の多くの著述家は、競争、商売と貯蓄に明け暮れる狭い私生活、疑い深い孤立を、まるで人間の本性にとりわけふさわしいもののように語っていた。そして開かれた心や、所有より達成を好む気質は、異常で、どこか実体に乏しい性質であるかのように扱った。それがいかに誤っていたかは、世界共和国樹立直後の数十年間の歴史が証明している。集団として無計画でありながら個人を完全に呑み込んでいた、無用な生存競争の、心を硬直させる不安から世界が解放されると、大多数の人々のなかに、何かを作りたいという、長く押し殺されてきた情熱があることが明らかになった。世界は一斉に物作りへ向かい、当初は主として美的な創作へ向かった。必ずしも不適切ではなく「開花」と呼ばれてきたこの歴史段階は、今なお大部分において続いている。人口の大多数は芸術家であり、世界の活動の中心は、もはや必需品そのものではなく、その展開、装飾、洗練にある。近年、この創作の質には明らかな変化が生じている。初期の優美さや可憐さをいくらか失う一方で、強度を増し、以前より目的意識を帯びている。だがそれは本質より、色合いの変化である。哲学が深まり、教育が健全になるにつれて生じた変化だ。奔放な空想を初めて喜ばしく試した時期に代わり、今や、より建設的な想像力による熟慮が見えている。こうした事柄には自然な順序がある。より根源的な欲求の充足が芸術に先立つように、芸術は科学に先立つ。そして人の一生において、遊びと楽しみが確固たる目的の発達に先立つのと同じである……。

創造的な仕事へ向かおうとするこの衝動は、何千年ものあいだ、人間の社会的無能が課した制約と、人間の内側で争い続けていたに違いない。長く燻っていた火が、ついにこれらすべてとなって燃え上がったのだ。何かを作りたいという、痛ましく、絶えず挫かれてきた切迫した欲求の証拠は、直近の祖先が残した遺物と記録のなかでも、最も胸を打つものの一つである。ロンドンの爆心周辺にある死の区域には、当時の状況を何より雄弁に物語る、放棄された小住宅の一帯が今も残っている。それらの家はことごとく醜悪で、画一的で、四角く、ずんぐりしており、均衡をひどく欠き、住み心地が悪く、薄汚れ、いくつかの点ではまったく不潔だった。よりよいものを完全に諦めた人間しか、住めなかったはずである。だが各戸には「庭」と呼ばれる、滑稽なほど小さな長方形の土地が付属していた。そこにはたいてい洗濯物を干す支柱と、卵の殻、燃え殻などの屑に満ちた、汚物を入れる忌まわしい箱――ごみ箱――があった。今ではロンドンの放射線が無視できるほど弱まり、この地域も比較的安全に歩き回れるため、ほぼすべての庭に、何かを作ろうとした努力の跡を見いだせる。ある庭には板で作った貧相な小さな夏小屋があり、別の庭には煉瓦と牡蠣殻で作った「噴水」があり、また別の庭には「築山」や「作業場」がある。家の中にも至るところに、哀れな小装飾、不器用な模型、拙い絵が残っている。それらの試みは、目隠しをした者の絵のように、ほとんど信じられないほど稚拙である。感受性ある観察者にとっては、古い監獄の壁に残る引っかき傷より、ほんのわずかに痛ましさが劣るだけだ。それでも、そこに確かに存在し、埋もれていた哀れな本能が光を求めてもがいていたことを証言している。貧しい父祖たちが無知のうちに探し求めた、喜ばしい表現の神を、我々の自由はついに明らかにしたのだ……。

昔、素朴な人々が皆抱いた共通の野心は、わずかな財産を所有することだった。一片の土地、他人に支配されない家、イギリス人が言ったところの「自立」である。自由と繁栄を求めるこの願いをかくも強めたものは、明らかに自己表現の夢だった。所有物で何かをし、それを使って遊び、自分だけの喜びや独自性を作り出す夢である。財産は目的を達する手段以上のものではなく、強欲もその倒錯にすぎなかった。人間は、自由に行動するために所有したのだ。今では誰もが自分の住居と安全な私生活を持つため、所有しようとする性向は、新たな方向に解放された。人は学び、蓄え、努力する。公共回廊に一連の壁面装飾を残し、テラス沿いに彫像を並べ、木立や東屋を作るために。あるいは、かつて人々が富の蓄積へ身を捧げたように、現象のなかに残る不透明な謎を解き明かすことへ身を捧げる。かつて社会的存在の全内容だった労働――大多数の人間は生計を立てるために一生を費やした――は、今や、山へ登るために背負った食料入りの背嚢が昔の登山家にとってそうだった程度の負担でしかない。労働による貢献を果たした大半の人々が、新たな美も知恵も生み出さず、ただ自分が生きていると実感できる楽しい活動や享楽に忙しくしているだけだとしても、解放された現代のおおらかな慈愛にとって、それは大した問題ではない。彼らも受け止め、響かせることで何かに力を貸しているのかもしれない。そして何一つ妨げてはいない……。

第十節

現在、我々の周囲で進行している、人間生活の輪郭と外観を一変させるこの巨大な変化――野蛮な少年時代のあと、青年が急速に成熟して成人となるのと同じほど速く、同じほど驚異的な変化――は、少なくとも同じほど前例のない道徳的・精神的変化と結びついている。古いものが生活から消え、新しいものが入ってきているというのではない。むしろ人間を取り巻く状況の変化が、それまで抑圧されていた本性の諸要素に呼びかけ、従来は過度に刺激され、発達しすぎていた傾向を抑えているのである。人間は成長して本質を変えたというより、新たな側面を光へ向けたのだ。このように新たな姿勢へ向きを変える現象は、より小規模ながら、以前にも世界で起きている。たとえば十七世紀のスコットランド高地人は、残酷で血に飢えた略奪者だったが、十九世紀の子孫は、ひときわ信頼に値する高潔な人々となっていた。二十世紀初頭の西ヨーロッパには、凄惨な虐殺を行いうるように見えた民族は一つもなかったが、その前の二世紀以内に虐殺を犯していない民族も一つとしてなかった。最終戦争前、ヨーロッパ各国の裕福な階級が送っていた自由で率直、親切で穏やかな生活は、薄汚れ、疑い深く、秘密主義で冷淡な、貧しいが体面を保つ人々の生活とも、絶え間ない個人的暴力、不潔さ、むき出しの情念に満ちた最下層の生活とも、思想と感情の上で別世界に属していた。だがこれらの世界の間に、血統や生来の資質の本質的な違いはなかった。違いはすべて、状況、暗示、思考習慣にあった。さらに個人の例へ目を向ければ、宗教的回心を契機として、同じ一生の前半と後半がまるで異なるものになるという、絶えず観察されてきた現象も、人間本性の多彩な可能性を示す恒久的な実例だった。

原子爆弾の惨事は、人間を都市、事業、経済関係から叩き出しただけでなく、古くから定着した思考習慣や、過去から受け継いだ根拠の薄い信念と偏見からも叩き出した。古風な化学者の言葉を借りれば、人間は「発生期」の状態に戻された。古い結合から解き放たれ、善かれ悪しかれ、新たな結合を受け入れる用意ができていた。評議会は人々を善へ導いた。もし爆弾が目的地へ届いていたなら、フェルディナンド・シャルル王は、人々を果てしない悪の連鎖へ引き戻していたかもしれない。だが王の仕事は、評議会より困難だっただろう。原子爆弾がもたらした道徳的衝撃は深甚であり、しばらくのあいだ、人間という動物の狡猾な側面は、再建が生存に不可欠だという真摯な認識に圧倒された。訴訟好きと商売人気質の者たちは、自らがもたらした帰結に怯え、身を寄せ合って縮こまった。新たな理想を実現しようとする異例の熱意を前に、卑しい利益を求める者も、一度ならず考え直した。そしてようやく雑草が蘇り、「権利要求」が芽を出し始めたとき、それらが根を下ろしたのは、改革された裁判所という石だらけの土壌、過去でなく未来を指し示す法律の上であり、変貌する世界の燃える陽光の下だった。新たな文学、新たな歴史解釈が生まれ、すでに学校では新たな教育が行われ、若者たちには新たな信仰が育っていた。イギリス人のための研究都市がサセックス丘陵に建設されると見越し、一帯の土地を買い占めた立派な紳士は、途方もない補償を要求したところ、土地を没収され、法廷で笑いものにされた。失墜したダス特許の所有者が歴史の巻物に最後に登場するのは、正義を求める叫び という新聞の破産した経営者としてであり、そこで彼は世界に一億ポンドの支払いを迫っている。素朴なダスにとっての正義とは、ホルステンの発見の端切れを横取りしたのだから、年に五百万ポンドほど受け取るべきだ、というものだった。やがてダスは自分の権利を固く信じ込むようになり、陰謀妄想の犠牲者としてニースの私立病院で死んだ。この二人は、二十世紀初頭のイギリスであれば、莫大な富を築き、当然のように爵位を授けられて一生を終えただろう。彼らの運命がそれまでになく新しいものであったことこそ、新時代の性質を明瞭に示している。

新政府は早い段階で、普遍的統治という壮大な理念に人々を適応させるには、全世界共通の教育が必要だと悟った。当時、地球を憎悪と不信のまだら模様へ分断していた、地域、人種、宗派ごとの宗教信仰に対し、論争的な攻撃を仕掛けることはなかった。そうした組織には、それぞれの時期に神との折り合いをつけさせた。だが政府は、まるで単なる世俗的真理であるかのように、すべての人に犠牲が求められ、すべての人に敬意を払わねばならないと宣言した。世界中で学校を再開し、または新たに設立した。それらの学校では至るところで、戦争の歴史と、最終戦争の帰結と教訓が教えられた。浪漫的な感傷としてではなく、事実として、浪費と抗争から世界を救うことは、あらゆる男女に共通する義務であり仕事だと教えられた。今では人間同士の交流における初歩的な常識となっているこれらの事柄も、ブリッサーゴの評議員が初めて敢然と宣言したときには、頬を紅潮させ、目を輝かせるほど大胆で、なお疑念を免れない、驚異的な発見と思われた。

評議会はこの教育再建のすべてを、男女からなる委員会へ委ねた。同委員会はその後数十年にわたり、驚くべき幅広さと有効性をもって仕事を果たした。この教育委員会は、精神的・霊的側面において、再分配委員会と対をなすものであったし、今もそうである。そのなかで重要な地位を占め、一時期は事実上これを支配していたのが、カレーニンというロシア人だった。彼は先天的な身体障害を持つという点で、異例の存在だった。体が曲がっていたため歩行は困難で、年齢を重ねるにつれて激しい痛みに苦しみ、最後には二度の手術を受けなければならなかった。二度目の手術が彼の命を奪った。中世にはどの群衆にも身体の奇形が見られ、足の不自由な乞食が人間世界の光景に欠かせぬ要素であるかのようだったが、すでに新世界では珍しいものになりつつあった。カレーニンの姿は、同僚たちに奇妙な影響を及ぼした。彼に向ける感情には、哀れみと、彼を人ならぬものと見る感覚が入り混じっており、それを克服するには理性より慣れが必要だった。力強い顔立ちをしており、小さく輝く茶色の目はかなり奥まっていた。口は大きく、薄い唇には強い意志が表れていた。肌はひどく黄色く皺だらけで、髪は鉄灰色だった。いつも短気で、ときには怒りを爆発させたが、存在そのものを貫く灼熱の苦痛が明らかだったため、人々はそれを許した。晩年、その個人的威信はきわめて大きなものとなった。自己放棄、すなわち世界精神との一体化が普遍教育の基礎となったのは、同時代の誰よりも、はるかに彼の功績である。近代教育制度の基調をなす、教師向けのあの総合覚書は、おそらく全面的に彼の手によるものだった。

「自らの魂を救おうとする者は、それを失う」と彼は書いた。「それがこの文書の印章に刻む標語であり、我々がなすべきすべての出発点である。これを明白な事実の記述以外の何かと考えるのは誤りだ。これこそ諸君の仕事の基礎である。諸君が教えねばならないのは自己を忘れることであり、ほかに教えるべきすべての事柄は、その目的に寄与し、従属する。教育とは、人間を自己から解放することである。子供たちの視野を広げ、好奇心と創造的衝動を励まし、強め、共感する力を育み、拡大しなければならない。そのためにこそ諸君はいる。諸君の指導と、諸君が与える暗示のもとで、子供たちは本能的な疑念、敵意、情念という古いアダムを脱ぎ捨て、宇宙という偉大な存在のなかに、再び自己を見いださなければならない。利己心の小さな円は押し開かれ、人類の目的が描く大円の弧となるまで広げられねばならない。そして諸君が他者に教えるこのことを、諸君自身もまた、たゆまず学ばねばならない。哲学、発見、芸術、あらゆる技術、あらゆる奉仕、愛。これらは、欲望の狭い孤独、自己と利己的な人間関係に沈潜する執着から救われるための手段である。その執着は、個人にとっては地獄であり、人類への反逆であり、神からの追放なのだ……」

第十一節

物事が完結し、成就して初めて、人はその全体を明瞭に見るようになる。新時代の視点から振り返れば、巨大に広がり続けてきた文学の流れを、完全に理解することができる。無関係に見えたもの同士が結びつき、かつて苛烈で無目的だと非難されたものが、実は巨大な問題を提示するための要素にすぎなかったと分かる。十八、十九、二十世紀に書かれた、より誠実な著作の膨大な部分は、今や予想外の一致を見せ、一つの主題をめぐる無数の変奏から成る巨大な織物として見えてくる。一方には人間の利己心、個人的情念、狭い想像力があり、他方には、より広い必要性と、より大きな可能性を持つ生活への高まりゆく自覚がある。その両者の衝突である。

その対立は、たとえばヴォルテールの カンディード ほど早い時期の作品にも表れている。そこでは幸福と正義を求める欲望が、人間の天邪鬼あまのじゃくな性質にぶつかり、最後には小さな物事で無理に満足する、決着とも呼べない境地へ逃げ込む。カンディード は、不安げな不平を述べる文学の先駆者の一つにすぎなかった。その文学はやがて、無数の書物からなる大群となる。単なる物語作家を考察から除けば、特に十九世紀の小説は、努力を要求する変化と、その努力の欠如に対する不安な認識を証言している。悲劇的に、喜劇的に、ときには神のごとく超然としているという滑稽な気取りを見せながら、無数の証人が千差万別の姿で、夢と限界の間に苛立つ人生を語っている。あるときは笑い、あるときは泣き、またあるときは、人間精神の成長が、用心深く、熱心に、猛烈に、そして常に失敗しながら、継ぎはぎだらけの古びた衣服との気も狂わんばかりの不適合に順応しようとした、その巨大で、ほとんど意図せず作られた記録を、茫然たる驚きとともに読む。だがこれらの書物では常に、問題の核心へ近づくほど、人を困惑させる回避が現れる。作家は宗教に触れてはならない、という幻想的な慣習が当時あったのだ。触れれば、膨大な数の職業的宗教教師の嫉妬深い怒りを買った。不調和を描くことは許されたが、和解の可能性を垣間見ることは禁止されていた。宗教は説教壇の特権だった……。

宗教が除外されていたのは、小説だけではない。新聞は宗教を無視し、事業問題の議論では衒学的なまでに考慮の外へ置かれ、公的活動においても取るに足りない、弁解がましい役割しか果たさなかった。それは軽蔑からではなく、尊敬ゆえだった。旧来の宗教組織が人々の敬意を支配する力はなお絶大であり、あまりに絶大だったため、日常の展開に宗教を当てはめることには、不敬に似た響きがあると考えられた。この奇妙な宗教の宙吊り状態は、新時代の初期にまで続いた。ほかのどの同時代人よりも、マーカス・カレーニンの明晰な洞察こそが、宗教を人間生活の織物へ呼び戻した。彼は宗教を、幻覚も迷信的な畏敬もなしに、人間の生命と共和国の安寧にとって、食料や空気、土地やエネルギーと同じほど必要な日常的なものとして捉えた。宗教はすでに、人間が閉じ込めようとしてきた神殿、位階制度、象徴から滲み出し、より大きな国家を普遍的に受け入れる態度のなかで、名もなく目立たぬまま働いているのだと見抜いた。彼はそれをより明瞭に表現し、新たな曙光と展望に照らして言い換えた……。

だが時代精神の証拠を求めて小説へ戻り、現在判明しているかぎりの年代順に読み進めれば、十九世紀後半から二十世紀初頭へ近づくにつれ、作家たちが先人よりはるかに鋭く世俗的変化を意識していたことが明らかになる。初期の小説家は「ありのままの人生」を示そうとしたが、後期の小説家は、変化する人生を描いた。登場人物のうち、変化への適応に取り組み、あるいは世界の変化の影響に苦しむ者は、次第に増えていった。そして最終戦争の時代へ近づくほど、加速する発展への反応として日常生活を捉える、この新たな観念が、いよいよ明瞭になってゆく。我々が大いに活用してきたバーネットの著書は、向かい風へ船首を回す船のように、世界が大きく転回する姿を率直に描いたものだ。後期の小説家たちは、古い習慣と慣例、狭い観念、寛容さを欠く気質、生来の妄執が、我々の身に起きたこの生命の大いなる開放とぶつかる、個人的葛藤の巨大な画廊を残している。彼らは、慣れ親しんだ環境から引き剝がされた老人たちの感情や、なおなじめず居心地の悪い快適さや利便性と、老人たちがどう折り合いをつけねばならなかったかを語る。若者の芽吹く利己心と、変わりゆく社会生活の曖昧な制約との不協和を示す。嫉妬が我々の魂を捕らえ、傷つけようとする普遍的な闘い、恋愛の失敗、世界の趨勢に対する悲劇的な誤解、冒険心、好奇心の切迫、そしてそれらが普遍的な流れにどう貢献するかを語る。物語はすべて、最後には逃した幸福か手にした幸福、破滅か救済へ行き着く。洞察が明晰で、芸術が精妙であるほど、そうした小説は、世界全体が救われる可能性をいっそう確かに語る。人生のどの道も、そこを行く者が十分遠くまで歩み続けるなら、宗教へ通じているからだ……。

今日、世界が完全にキリスト教的なのか、それともまったくキリスト教的でないのかが未決の問題となっていることは、旧時代の人々には奇妙に思えただろう。だが我々がその精神を受け継いでいることは確かであり、一時的な形態を数多く捨て去ったこともまた確かである。キリスト教は世界宗教の最初の表現であり、部族主義、戦争、争いを初めて完全に否定した。その後、より古い儀式の轍へ陥ったとしても、その事実は変わらない。人類の良識は二千年にわたる鍛錬の経験を苦労して進み、ようやく、キリスト教信仰のおなじみの言葉に、いかに健全な意味が宿っているかを発見した。科学的思考者は、集団生活の道徳的問題へ視野を広げると、必然的にキリストの言葉へ行き着く。同様にキリスト教徒も、その思考が明晰になるにつれ、必然的に世界共和国へ到達する。諸宗派の権利主張や、名称と継承の重視について言えば、我々はすでに、そうした主張や整合性から自らを解放した時代に生きている。

第五章 マーカス・カレーニン最後の日々

第一節

マーカス・カレーニンに対する二度目の手術は、ヒマラヤ山脈の高地、チベットから流れ下るサトレジ峡谷を見下ろすパランの、新設された外科研究施設で行われた。

そこは、世界のほかのどこにも見られないほど荒々しく、美しい場所である。低層の研究棟を四方から囲む花崗岩のテラスからは、どの方角を見ても山が広がっている。はるか下、陰鬱な青色の裂け目の奥深く、川は激流となって、群衆のひしめくインド平原へ流れ落ちている。しかし、その轟々たる急流の音は、この静寂の高みまで届かない。巨大なヒマラヤ杉の森全体さえ、小さな苔の斑点にしか見えない青い深淵の向こうには、多彩な岩からなる巨大な絶壁が聳えている。上部は細かく削られ、雪崩の筋が走り、尖塔のように鋭く刻まれている。それは、南へ行くほど高く、荒々しく、果てしなくなり、地球最高の山頂であるダウラギリとエベレストへ達する、氷雪の巨大な荒野の北壁である。ここにはほかの土地では見られない断崖があり、モンブランさえ投げ込んで隠せる深い亀裂がある。内海ほど広大な氷原もあり、その上には崩れ落ちた巨岩が密集しているため、遮るもののない陽光のもと、石の間に奇妙な小花が咲くことさえある。北にはチベット高原への眺望を完全に遮り、磁器の城塞、ゴシック建築の大伽藍のようなリオ・ポルギュルが聳える。城壁、塔、峰々からなり、川面から実に一万二千フィート(約三千六百五十八メートル)もの高さまで、縞模様の入った砕けやすい岩壁が切り立っている。その向こう、東にも西にも、濃紺のヒマラヤの空を背景に、峰の後ろへさらに峰が連なる。はるか南の下方では、インドに雨をもたらす雲が突如として積み重なり、見えざる手に押し止められている。

カレーニンは夢のような速さで、ラージプーターナーの灌漑地帯と、遥かなデリーの塔や円蓋の上空を高く飛び、この地へやって来た。南側の壁が五百フィート(約百五十二メートル)近く切れ落ちているにもかかわらず、降下しながら見た建物群は、この山岳荒野に紛れ込んだ玩具のようだった。ここへ通じる道はなく、空からしか到達できなかった。

操縦士が大きな中庭へ降りると、カレーニンは秘書の助けを借り、翼の骨組みを伝って機体から下り、出迎えに現れた職員たちのもとへ向かった。

感染症も、騒音も、気を散らすものもないこの地に、外科学は研究の館であり治療の砦でもある施設を築いていた。動力が貴重で、脆弱な建築しかなかった時代に慣れた目には、建物そのものが驚異と映っただろう。花崗岩造りで、外壁はすでに霜によっていくらかざらついていたが、内部は磨き上げられ、凄まじいほど堅牢だった。精妙な照明に照らされた、蜂の巣のような部屋の数々には、塵一つない研究台、手術台、真鍮、精巧なガラス、白金、金でできた器具が置かれていた。世界各地から男女が学習や実験研究のために訪れていた。皆が共通の白い制服を着て、長い食卓を囲んで食事をした。一方、患者は建物上部で暮らし、看護師と熟練した介助者の世話を受けていた……。

最初にカレーニンを迎えたのは、施設の科学部長チアナだった。その隣には運営責任者のレイチェル・ボーケンがいた。「お疲れですか?」と彼女が尋ねると、老カレーニンは首を振った。

「体がこわばっただけだ」と彼は言った。「こういう場所を訪ねてみたかった。」

まるでほかに用事などないかのような口ぶりだった。

短い沈黙があった。

「今ここには、科学者が何人いる?」と彼は尋ねた。

「ちょうど三百九十二人です」とレイチェル・ボーケンが答えた。

「患者や介助者などは?」

「二千三十人です。」

「私は患者になる」とカレーニンは言った。「患者にならねばならない。だが先に、いろいろ見ておきたい。患者になるのは、そのあとだ。」

「私の部屋へいらっしゃいますか?」とチアナが勧めた。

「それから、ここの医師とも話さねばならない」とカレーニンは言った。「だがその前に、この場所を少し見て、ここで働く者たちと話をしたい。」

顔をしかめ、前へ進んだ。

「仕事の大半は片づけてきた」と彼は言った。

「今までずっと、懸命に働いていらしたのですか?」とレイチェル・ボーケンが尋ねた。

「ああ。だが今や、もうすることがない――奇妙な感じだ……。この病気も、自分自身のことへ降りてこなければならないのも、厄介だ。この入口と窓の並びはよくできている。灰色の花崗岩に、金色の線が一本だけ走り、あのアーチの向こうには山々が見える。実によくできている……」

第二節

カレーニンは柔らかな白い毛布に包まれて寝台に横たわり、執刀医となるファウラーが寝台の端に腰かけて話していた。助手が一人、寝台の後ろの影に静かに座っていた。診察は終わり、カレーニンは自分を待つものを理解していた。疲れてはいたが、穏やかだった。

「では、手術をしなければ私は死ぬのだな?」と彼は言った。

ファウラーは肯いた。「そして」とカレーニンは微笑んだ。「おそらく、手術をしても死ぬ。」

「必ずとは限りません。」

「たとえ死ななくても、仕事はできるだろうか?」

「ごくわずかな可能性はあります……」

「つまり第一に、おそらく私は死ぬ。死ななかった場合も、役立たずの病人になるかもしれない?」

「生き延びれば、今と同じように続けられる可能性はあると思います。」

「では、危険を冒すほかないのだろう。だがファウラー、薬で眠らせ、応急処置だけを施すことはできないのか。こんな――生体解剖めいたことをせずに。薬で痛みを抑え、数日だけ活動的に生きて――それから終わるのでは駄目か?」

ファウラーは考えた。「私たちはまだ、それほど確信をもって処置できる段階に達していません。」

「だがいずれ、確信をもってできる日が来る。」

ファウラーは肯いた。

「まるで私が、奇形の最後の一人であるように感じるよ――奇形とは不確実さだ。精度の欠如だ。私の体はすべてが曖昧に働き、死ぬのか生きるのかさえ定まらない。私のような体を持つ者が、この世に生まれなくなる日は遠くないのだろうな。」

少し間を置いて、ファウラーは言った。「ですが、あなたのような精神を持つ人が、この世に生まれることは必要です。」

「私の精神も、それなりに役立ってきたのだろう」とカレーニンは言った。「だが、それがこのような体だったからだと考えるなら、君は間違っている。欠陥そのものに特別な美徳などない。私はいつも――このすべてに苛立ってきた。もっと自由に動け、健康で広い人生を送れたなら、もっと多くのことができた。だがいつか君たちは、完全に壊れた体さえ、完全に治せるようになるのかもしれない。君たちの科学はまだ始まったばかりだ。物理学や化学よりも精妙で、奇跡を生み出すまでに長い時間がかかる。それまでは、我々のような者があと少し、耐えながら死んでゆかねばならない。」

「すばらしい研究が、それも数多く進められています」とファウラーは言った。「私自身が関与していないからこそ、そう言えます。私は教訓を理解し、より有能な人々の発見を評価して、この手で活用できるだけです。ですがピグー、マスタートン、リー、そのほかの者たちは、来るべき知識のために、急速に地ならしをしています。彼らの研究を追う時間はありましたか?」

カレーニンは首を振った。「だが、その広がりは想像できる」と言った。

「今では実に多くの人間が研究しています」とファウラーは言った。「現在はおそらく、一九〇〇年当時、真剣に考え、観察し、実験していた者一人につき、少なくとも千人はいるでしょう。」

「記録を管理する者を除いて?」

「除いてです。もちろん、現在進められている研究資料の索引化も、それ自体が非常に大きな仕事で、ようやく今になって、きちんと整備され始めたところです。それでもすでに、その恩恵は感じています。報酬を得るための仕事ではなく、献身となって以来、この分野で働くのは、自らの適性の呼び声に従う者だけになりました。ここには――今日お見せしなければなりません。きっと興味を持たれるでしょう――百科全書式索引の複製があります。毎週、古い用紙が抜き取られ、研究部の飛行機が運んでくる新たな成果を載せた用紙と交換されます。絶えず成長し、絶えず真実へ近づく知識の索引です。以前には、このようなものは存在しませんでした。」

「私が教育委員会へ入ったころ」とカレーニンは言った。「人類知識の索引など、不可能に思えたものだ。研究は百もの言語、千もの異なる出版形態で、混沌とした成果の山を築いていた……」思い出に微笑んだ。「あの仕事に、我々がどれほど呻いたことか!」

「その混沌の整理も、すでにほぼ終わっています。ご覧いただきましょう。」

「私は自分の仕事で、あまりに忙しかった――ああ、ぜひ見てみたい。」

患者はしばらく、興味深げな目で外科医を見つめていた。

「君はいつもここで働いているのか?」と唐突に尋ねた。

「いいえ」とファウラーは答えた。

「だが大半はここにいる?」

「この十年のうち、七年ほどはここで働きました。ときどき、ここを離れます――下界へ。そうしなければならない。少なくとも、私はそうです。ここでの生活がすべて灰色に見えてくることがある。人生に飢えるのです。本物の、個人的で、情熱的な人生に。恋をし、楽しむために飲み食いし、群衆に揉まれ、冒険をし、笑う――何よりも笑うことに――」

「ああ」とカレーニンは理解を込めて言った。

「そしてある日、不意に、またこの高い山々のことを思う……」

「私の――欠陥がなければ、私もそのように生きただろう」とカレーニンは言った。「異常であることの苛立ちは、それを背負った者にしか分からない。体のせいで健全な日常生活を送れない者、精神が望むままこの高みに登れない者が、一人もいなくなれば、それはよいことだ。」

「もうすぐ、そうできるでしょう」とファウラーは言った。

「果てしない世代にわたり、人間は自らの肉体がもたらす屈辱――そして魂がもたらす屈辱と闘いながら、上へ登ってきた。痛み、無能力、忌まわしい恐怖、暗い気分、絶望。私はそれらをよく知っている。君が休暇に費やした全時間より、私はそうしたものに長い時間を奪われてきた。すべての人間は、いくらか不具であり、いくらか獣である。それは真実ではないか? 私は大半の者より、ほんの少し深く沈んだ。それだけだ。人間がその真実を完全に学んだ今になって初めて、自らを掌握し、不具でも獣でもない存在になれる。肉体への隷属を克服した今、初めて肉体の生命を余すところなく生きることを考えられる……。次の世代が死に絶える前に、君たちはこの問題を掌握するだろう。古いアダムを、肉体と精神に潜む獣や爬虫類のあらゆる痕跡を、思いのままに扱えるようになる。そうではないか?」

「ずいぶん大胆におっしゃいますね」とファウラーは言った。

カレーニンは、その慎重さを愉快そうに笑った……。「いつ」とカレーニンは突然尋ねた。「手術をする?」

「明後日です」とファウラーは答えた。「一日、私の指示どおりに飲み、食べていただきます。考えることも話すことも、お好きなようにしてかまいません。」

「この場所を見てみたい。」

「今日の午後、ご案内します。二人の男に、担架で運ばせましょう。明日はテラスで横になっていただけます。ここの山々は世界で最も美しい……」

第三節

翌朝、カレーニンは早起きして山々から昇る朝日を眺め、軽い朝食をとった。それから若い秘書ガードナーが、その日をどう過ごすか相談しに来た。人と会いたいだろうか。それとも体内をさいなむ痛みが激しく、会うことはできないだろうか。

「話がしたい」とカレーニンは言った。「ここには、頭の活発な人間がいくらでもいるはずだ。私のところへ来て、雑談してもらおう。気が紛れる――それに、自分にとって最後の一日の夜明けを目にすると、起きていることのすべてが、言葉にできないほど興味深く感じられる。」

「最後の一日ですって!」

「ファウラーは私を殺す。」

「でも、そうはならないと考えています。」

「ファウラーは私を殺す。殺さないとしても、私の大半は残らない。だからいずれにせよ、今日が最後の日だ。その後の日々が私に残るとしても、それは残り屑だ。私には分かる……」

ガードナーが口を開こうとしたが、カレーニンは続けた。

「殺してくれることを願っているよ、ガードナー。そんな――古風なことを言うな。私がいちばん恐れているのは、最後に残る生命のぼろ切れだ。そのまま生き続けるかもしれない――傷だらけの、苦痛を受ける物質の残骸として。そうなれば――これまで隠し、抑え、軽く扱い、あとで正してきたものすべてに、私は負けるだろう。不機嫌になる。自分の利己心を抑えられなくなるかもしれない。もともと、さほどしっかり抑えていたわけではない。いや、いや、ガードナー、そんなことを言うな! 君は分かっているはずだ。時折、その片鱗を見てきただろう。仮にこの件を切り抜けたとしても、小さく、虚栄心に満ち、意地悪な人間となり、過去の善い仕事で人々の間に得た威信を、病人のつまらぬ目的に利用するようになったら……」

しばらく黙り、遠くの断崖の間に漂う霧が光の雲へ変わり、朝日の鋭い光線の前で流れ、溶けてゆくのを眺めた。

「ああ」と、やがて彼は言った。「私は麻酔と、生命のこの切れ端が怖い。我々が皆恐れているのは、生きることだ。死! ――ただ死ぬだけなら、誰も気にしない。ファウラーは優秀だ――だがいつか外科学は、もっとよく自分の義務を知り、ただ何かを救うことだけに、これほど執着しなくなるだろう……それがわずかに震えているというだけで。私は自分の務めをきちんと果たし、仕事をしようとしてきた。ファウラーが私への処置を終えたあと、仕事のできる体でなくなることは確かだ――仕事以外に、私に何がある? ……仕事ができなくなることは分かっている……。

「人生を、その最後に垂れ下がる生命力の一本の糸で評価すべき理由などない……。私は人生がどれほど輝かしいものか知っている――初めから病んだ生き物だった、この私が。人生と、その抜け殻を取り違えない程度には、よく知っている。覚えておいてくれ、ガードナー。やがて私の心が挫け、絶望し、終わりの前に痛みと忘恩と暗い忘却の短い時期を通ることになっても……最後に私が口にするかもしれない言葉を、信じてはいけない……。織物そのものが十分よいなら、耳の部分など問題ではない。問題であるはずがない。生きている間、君はただその瞬間だけの存在なのかもしれない。だが死ねば、君は最初の瞬間から最後の瞬間まで、その一生のすべてになる……」

第四節

やがて本人の望みどおり、人々が話をしに来て、カレーニンは再び自分を忘れることができた。レイチェル・ボーケンは長いあいだ彼のそばに座り、主として世界における女性について話した。同行していたのは、すでに細胞学者として名高いイーディス・ヘイドンという少女だった。施設で働く若い男性数名、患者で詩人のカーン、演劇や見世物の設計者エドワーズも、しばらく彼とともに過ごした。話題は次から次へと移り、また元へ戻り、偶然の連想に応じて真剣にもなれば、取るに足りないものにもなった。だがその後まもなく、ガードナーは覚えていた事柄を書き留めた。そのため、世界に対するカレーニンの見方や、人生の主要な事柄の多くを彼がどう考え、感じていたかを、再び組み立てることができる。

「これまでの我々の時代は」と彼は言った。「舞台転換の時代だった。我々は舞台を整え、すでに演じ尽くされ、退屈になった劇の装置を片づけてきた……。新たな芝居の最初の数場面だけでも、客席に座って見届けられたなら……。

「世界はどれほど余計なものを抱え込んでいたことか! 無意味なものが増殖し、私と同じように病んでいた。絡まり、熱に浮かされ、混乱していた。解放を切実に必要としており、おそらく、あの爆弾の暴力ほどのものがなければ、世界を解放し、再び健全にすることはできなかったのだろう。爆弾は必要だったのだと思う。熱病に冒された肉体では、すべてが悪へ変わる。同じように、旧時代の最後の数年には、あらゆるものが悪へ変わってゆくように見えた。至るところで、時代遅れの組織が、科学のもたらす新しくすばらしいものをことごとく奪い取っていた。国家、あらゆる種類の政治団体、教会と宗派、所有権。それらが、あの巨大な力と無限の可能性を奪い、悪用していた。そして率直な発言を許さず、教育を認めず、新時代が必要とする教育を誰にも受けさせなかった……。若い君たちには、原子力の到来以前、科学の可能性を信じられた我々が、どれほど絶望的な希望と抗議する絶望の混合物のなかで生きていたか、想像できないだろう……。

「大多数の人々が耳を貸さず、理解しようとしなかっただけではない。理解した人々にも、本当に信じる力がなかった。彼らは口にし、目にしていたが、それらは彼らにとって何の意味も持たなかった……。

「最近、古い新聞をいくつか読んでいる。父祖たちの科学に対する態度には驚かされる。彼らは科学を憎んだ。恐れた。ほんのわずかな科学者が存在し、研究することだけは許した――哀れなほど少数の者たちを……。『我々について何も見つけてくれるな』と、彼らは科学者に言った。『物事を見る力を押しつけないでくれ。我々のささやかな生活を、理解という恐ろしい光線から守ってくれ。だが手品は見せてくれ。小さな、限定された手品を。安価な照明をくれ。それから不愉快な病気をいくつか治してくれ。癌を、結核を、風邪を治し、食べすぎたあとの苦痛を和らげてくれ……』

「我々はそのすべてを変えた、ガードナー。科学はもはや我々の召使ではない。それが小さな個々の自己より偉大なものだと、我々は知っている。それは目覚めつつある人類の精神であり、間もなく――間もなく――幕が上がった今、その『間もなく』まで見守ることができれば、どれほどうれしいことか……。

「私がここに横たわっているあいだにも、ロンドンでは爆弾の残骸を片づけている」と彼は言った。「その後、廃墟を修復し、爆弾が落ちる以前の状態へ、可能なかぎり戻すそうだ。ロシアから追放された父が移り住んだ、セント・ジョンズ・ウッドの古い家も、掘り出されるかもしれない……。私の記憶のなかのロンドンは、別世界の場所のように思える。若い君たちには、かつて存在したことすらありえない場所に見えるだろう。」

「まだ多くの建物が残っているのですか?」とイーディス・ヘイドンが尋ねた。

「南部と北西部には、ほとんど揺らぎもしなかった地域が何平方マイルもあるそうだ。橋の大半と、波止場の広い区域も残っている。官庁の大半が集まっていたウェストミンスターは、議会を破壊した小型爆弾で大きな被害を受けた。ホワイトホールの古い大通りや周辺官庁街の痕跡は、ほとんど残っていない。だが建物の実測図は豊富にあり、ロンドン東部の巨大な穴はさほど問題にならない。あそこは貧しい地区で、北部や南部とよく似ていた……。大半は再建できるだろう……。再建は必要だ。すでに旧時代を思い出すことが難しくなりつつある――実際に目にした我々にとってさえ。」

「私には、ずいぶん遠い時代に感じられます」と少女は言った。

「不健全な世界だった」とカレーニンは思いを巡らせた。「子供時代の周囲の人々を思い出すと、皆が病んでいたように思える。実際、病んでいたのだ。混乱という病に冒されていた。誰もが金の心配をし、誰もが性に合わないことをしていた。奇妙な組み合わせの食べ物を、食べすぎたり、少なすぎたり、妙な時間に食べていた。どれほど病んでいたかは、広告を見れば分かる。今開放作業が進むロンドンの新区域には、錠剤の広告が至るところに貼られている。誰もが錠剤を飲んでいたに違いない。ストランドのホテルの一室では、崩れ落ちた瓦礫に覆われながら焼けずに残った、ある婦人の荷物が発見された。九種類もの丸薬と錠剤を持っていたそうだ。武器を携帯する時代のあとに、丸薬を携帯する時代が続いた。どちらも我々には同じほど奇妙だ。当時の人々の皮膚は、ひどい状態だったに違いない。きちんと体を洗う者はほとんどおらず、衣服には何か月分もの汚れがこびりついていた。着ていたのはすべて古着だった。我々のように、一週間ほど着た衣服を再び繊維原料へ戻すやり方など、彼らには荒唐無稽に見えただろう。彼らの衣服は、考えるだけでも耐えがたい。それに、あの人口密集! あの恐ろしい都市で、誰もが誰かとぶつかり合っていた。轟音のただなかで。毎年、何百人もの人が轢かれ、押し潰された。ロンドンでは自動車と乗合自動車だけで、毎年二万人が死亡するか障害を負った。パリはさらにひどかった。混雑した道で、空気が足りずに倒れて死ぬ者さえいた。ロンドンがもたらす内外の苛立ちは、人々を狂わせたに違いない。狂気に陥った世界だった。病気の子供を思い浮かべるのに似ている。同じように熱に浮かされた切迫感と、激しく不合理な失望を感じる。

「歴史はすべて」と彼は言った。「幼年期の記録だ……。

「だが、正確には幼年期とも違う。病んだ子供にさえ、清らかで鋭いものがあり――心を打つ何かがある。しかし旧時代の多くのことは、腹立たしい。彼らがしたことのあまりにも多くが、甚だしく愚かで、頑迷で、言語道断なほど愚かに見える。それは新鮮で若々しいことの、まさに正反対だ。

「つい先日、ビスマルクについて読んでいた。十九世紀政治の英雄、ナポレオンの続編、血と鉄の神。だが実際には、ビール臭く、頑固で、鈍重な男だった。本当にそうだった。偉人になった者のなかで、最も凡庸で、最も粗野な男だった。その肖像を見ると、重たげで、ほとんど蛙じみた顔をしている。目は飛び出し、厚い口髭で貧相な口元を隠していた。彼の目標はドイツだけだった。強調され、硬化し、拡大したドイツ。そしてドイツにおける自分の階級。その先には何の観念もなく、観念を受け入れることさえできなかった。記録に残るかぎり、その精神は一瞬たりとも、田舎者の手の込んだ狡猾さを超えなかった。それでも彼は世界で最も影響力のある人間だった。全世界でだ。世界にあれほど深い痕跡を残した者はいない。彼の発する重い音に共鳴する粗野な人間が、至るところにいたからだ。彼は一万もの美しいものを踏みにじり、愚かな連中に宿る一種の悪意が、その姿を見ることを喜ばせた。いや――彼は子供ではなかった。彼が体現した鈍重な国家的攻撃性も、子供らしさではない。幼年期とは約束だ。彼は残存物だった。

「ヨーロッパ全体が子供たちを彼へ差し出した。教育、芸術、幸福、未来の福祉に対するあらゆる希望を犠牲にして、彼の軍刀が鳴らす音に従った。あの老いた愚者の『血と鉄』に対する怪物じみた崇拝は、地球全体へ広がった。原子爆弾が再び、自由へ至る道を焼き開くまで……」

「今の我々は、メガテリウム[訳注:絶滅した巨大な地上性ナマケモノ]を思うように、彼を思うのでしょう」と若者の一人が言った。

「人類は初めから終わりまで、戦争以外に何の目的もない大型砲を三百万門、複雑な巨大艦船を十万隻作った。」

「あの時代には」と若者が尋ねた。「その偶像崇拝に立ち向かう正気の人間はいなかったのですか?」

「絶望のなかにはいたわ」とイーディス・ヘイドンが言った。

「あまりに遠い時代だ――それでもビスマルクが死んだとき、すでに生きていた人が、今なお存命なのですね!」と若者は言った……。

第五節

「だが、私はビスマルクに不公平なのかもしれない」とカレーニンは、自らの思考を追いながら言った。「人間は自分の時代に属するものだ。我々は共通の思想的蓄積の上に立ちながら、大地そのものの上に立っていると思い込む。先日、感じのよいマオリの男性に会った。曾祖父は人食い人種だったそうだ。偶然、その古い罪人のダゲレオタイプ写真[訳注:銀板写真法で撮影された初期の写真]を持っていたが、二人は驚くほど似ていた。時間を少し入れ替えるだけで、どちらも相手になりえたように感じた。愚かな時代に残酷で愚かになる者も、恵まれた時代なら穏やかで立派な人間になりうる。世界にも気分の変化があるのだ。ビスマルクが子供のころ、どのような精神的食物を与えられたか考えてみたまえ。ナポレオンの勝利による屈辱、そして諸国民戦争の、群衆が押し寄せ、頂点をなした勝利……。当時は賢者も愚者も皆、世界が多数の政府に分割されることは不可避で、その状態がさらに何千年も続くと信じていた。それは不可能になるまで、不可避だった。その不可避性を公然と否定すれば、誰であれ――ああ! 愚かな 奴だと思われただろう。老ビスマルクは、一般に受け入れられた観念に従い、ほんの少し――強引だったにすぎない。それだけだ。国民国家が存在せねばならないのなら、国内では強く、国外には無敵の国家を作ろうと考えた。今の我々には愚かと分かる観念を、旺盛で粗野な食欲で摂取していたからといって、彼自身が愚かな人間だったとは限らない。我々には利点があった。統一と集産主義を、爆発によって脳へ叩き込まれた。科学の恩寵がなければ、我々は今どこにいただろう? 私は憤懣に満ち、意地悪で、抑圧されたロシア知識人層の一員となり、陰謀家か、囚人か、暗殺者になっていただろう。君は、私の愛しい人、女性参政権運動家として、薄汚れた窓を叩き割っていただろう。」

絶対に ありません」とイーディスはきっぱり言った……。

しばらく話は冗談交じりの人物評となり、若者たちは微笑む老行政官を挟んで互いをからかった。やがて若い科学者の一人が、話を新たな方向へ向けた。胸中が思いで満ちあふれている者のように語った。

「先生、私はこう考えているんです――こうしたことを証明するのは難しいですが――原子爆弾が文明へ轟音とともに飛び込んできたとき、文明はすでに破局寸前だったのではないかと。ホルステンも誘導放射能も存在しなかったとしても、世界は同じように――崩壊していたでしょう。ただし、よりよいものへの道を開く崩壊ではなく、回復不能な崩壊になっていたかもしれません。経済学を理解するのも私の仕事の一部ですが、その観点から見れば、ホルステン以前の一世紀は、浪費が百年かけてクレッシェンドしていった時代にすぎません。当時の極端な個人主義と、社会全体の理解や目的が完全に欠けていたことによってしか、その浪費は説明できません。人類は狂気じみた勢いで資源を使い果たしました。地球上の石炭の四分の三を掘り尽くし、石油の大半を消費し、森林を消滅させ、錫と銅も不足し始めていました。小麦地帯は疲弊すると同時に人口過密となり、大都市の多くは、利用できる丘陵の地下水位をひどく低下させたため、毎年夏になると渇水に苦しみました。制度全体が破産へ突進していたのです。そして年々増え続ける動力とエネルギーを軍備へ注ぎ込み、産業が資本に負う債務を絶えず膨張させていました。ホルステンが研究を始めたころには、制度はすでによろめいていた。それでも世界全体には、危機感も、調査しようとする意欲もありませんでした。科学が自分たちを救えるとは信じず、そもそも救われる必要があるという考えすらなかった。足元の深淵を、見ることができず、見ようともしなかった。何らかの研究が進められていたこと自体、人類全体にとって純粋な幸運だったのです。申し上げたとおり、あの脱出路が開かなければ、今ごろは大暴落、革命、恐慌、社会崩壊、飢饉、さらには――十分に考えられることですが――完全な無秩序が起きていたかもしれません……。使われなくなった鉄道ではレールが錆び、電話柱は腐って倒れ、大型定期船は港で板金の山へ崩れ落ちていたかもしれない。焼けて放棄された都市は、強盗団の荒れ果てた隠れ家となっていたでしょう。我々は粉砕され、衰弱した世界の匪賊となっていたかもしれない。ああ、笑っていらっしゃいますが、人類史では以前にも起きたことです。世界には今なお、崩壊した文明の遺跡が点在しています。野蛮な集団がアクロポリスに砦を築き、ハドリアヌスの霊廟が要塞となって、ローマの廃墟越しにコロッセオと戦った……。そうした反動の可能性は、一九四〇年にはすでに確実に消えていたのでしょうか? 今でさえ、本当にそれほど遠いのでしょうか?」

「今では十分遠く感じられます」とイーディス・ヘイドンは言った。

「ですが四十年前は?」

「いや」と、山々を見つめたままカレーニンは言った。「君は二十世紀初頭の数十年間に存在した知性を、過小評価していると思う。公式には、政治的には、たしかにその知性は影響力を持たなかった――だが存在はしていた。そして私は君の仮説に疑問を感じる。あの発見が遅れたとは思えない。今や研究の進歩には、一種の必然的論理がある。百年以上にわたり、思想と科学は日常の出来事に頓着せず、独自の道を歩んできた。分かるだろう――それらは解き放たれた のだ。ホルステンがいなければ、似たような人物が現れただろう。ある年に原子力が登場しなければ、別の年に登場していた。衰退期のローマでは、科学の進軍はほとんど始まってさえいなかった……。ニネヴェ、バビロン、アテネ、シラクサ、アレクサンドリア。これらは安全を作り出し、探究が生まれるための息継ぎの場を与えた、人間同士の結合に関する最初の粗削りな実験だった。人間は、始める方法を発見する前に、試行錯誤しなければならなかった。だが二百年前には、すでに本格的な一歩を踏み出していた……。十九、二十世紀の政治、威信、戦争は、旧文明最後の不死鳥の炎にすぎなかった。新文明の萌芽を囲み、最後に燃え上がったのだ。我々が奉仕する、この新文明の周りで……。人間は永遠に夜明けを生きる」とカレーニンは言った。「生命とは始まりであり、始まり以外の何ものでもない。永遠に始まり続ける。一歩進むごとに、それは前より広大に見えるが、実際には我々を次の一歩のために結集させているにすぎない。我々のこの近代国家は、百年前なら空想郷の驚異と見なされただろうが、今やすでに日常のありふれたものとなっている。だがこうして座り、その平和に守られながら、今まさに結実しつつある人間精神の可能性を夢見ていると、ここの巨大な山々さえ、取るに足りないものに見える……」

第六節

十一時ごろ、カレーニンは昼食をとり、その後、人工毛皮と枕に囲まれて二時間眠った。目を覚ますと茶が運ばれ、ラブラドル地方とグリーンランドにあるモラヴィア系学校をめぐる小さな問題に対応した。ガードナーが、彼の関心を引くだろうと考えて持ち込んだものだった。その後しばらく一人で過ごし、やがて二人の女性が再び訪ねてきた。のちにエドワーズとカーンも加わり、話題は愛と、再生する世界における女性の地位へ移った。インド上空の雲海は揺らめく霞の下に広がり、太陽の灼熱の光が東側の断崖を正面から照らしていた。彼らが話している間にも、時おり巨大な岩片が鋭い音を立てて断崖から剝がれ落ちた。また雪と氷と岩石が凄まじい勢いで流れ落ち、雷鳴を響かせながら、濡れた糸のように眼下の深淵へ垂れ下がり、そして途絶えた……。

第七節

しばらくのあいだ、カレーニンはほとんど口を開かなかった。そのかたわらで、人気詩人のカーンが情熱的な愛について語っていた。人類が人類として歩みはじめて以来、情熱に満ちた個人的な愛こそ、変わることのない憧れだったという。そして今ようやく、それは現実に味わいうるものになりつつある。幾世代もの人々が追い求めながら、成就を目前にしてつねに取り逃がしてきた夢。執拗にそれを求めた者の大半には、悲劇しかもたらさなかった夢。だが今、卑俗な苦難から解き放たれた男女は、実を結び、勝利を収める愛を望めるようになった。この時代こそ、愛の夜明けなのだ……。

カーンがそう語るあいだ、カレーニンはうつむき、物思いに沈んだままだった。その沈黙に打ちつけるうち、やがてカーンの声も勢いを失っていった。初めはカレーニンに向けて話していたのだが、いつしかイーディス・ヘイドンとレイチェル・ボーケンにも訴えかけるようになっていた。レイチェルは黙って耳を傾け、イーディスはカレーニンを見つめながら、カーンとは意識して目を合わせまいとしていた。

「わかっている」と、ついにカレーニンが言った。「今、こういうことを口にする者が大勢いるのは知っている。世界中で恋愛が一挙に解き放たれていることも。この世界を席巻した壮麗な装飾と洗練の大波――この〈開花〉が、当然ながら恋愛をも呑み込んだことも知っている。世界は解放された、と君が言うとき、それはつまり、世界が恋愛のために解放されたという意味なのだろう。あの下では――雲の下では、恋人たちが群れ集っている。君の歌も知っているよ、カーン。この古く苛酷な世界が、愛――性愛の輝く霞へ溶けていくさまを歌った、半ば神秘的な歌を……。だが、その見方が正しいとも、真実だとも思わない。君は若く、想像力に富んだ男だ。燃えるような若者の目で人生を見ている。だが人間を、この青い帳に覆われた暗黒の空の高みまで導き、さらに人類の途方もなく恐るべき未来へと招いている力は、その種の感情よりはるかに成熟し、深く、偉大なものなのだ……。

「生涯を通じて――それは私の仕事に欠かせない一部だったのだが――私は、性愛の解放について、また完全な自由とほとんど無限の力とが人類の魂に突きつける謎について考えざるをえなかった。今、世界のいたるところで、美しい浪費の陶酔が繰り広げられているのが見える。『歌おう、喜ぼう、美しくあろう、素晴らしくあろう』と……。狂宴はまだ始まったばかりだ、カーン……。避けられないことではあった――だが、それが人類の終着点ではない……。

「われわれが何者なのか、考えてみたまえ。果てしない時の流れから見れば、生命がまだ夢見るものでしかなかったのは、ほんの昨日のことだ。生命はあまりに深く夢を見ていたため、夢見るうちに己を忘れていた。個々の命も、本能も、一瞬一瞬も、生まれては驚き、戯れ、欲し、飢え、疲れ、そして死んだ。陽光に照らされた密林、川の荒野、原生林、激しい欲望、脈打つ心臓、舞い上がる翼、忍び寄る恐怖――数えきれない幻影が次々と熱く燃え上がっては、初めから存在しなかったかのように消えていった。生命とは、光がその上を戯れ、消えてゆく不安そのものだった。そこへわれわれが現れた。人間が現れ、問いそのものの目を開き、要求そのものの手を伸ばした。そして人が死んでも滅びず、永遠に生きて増大してゆく精神と記憶を生み出した。個を超えた精神、支配する意志、星々にまで届く問いと憧れを……。飢えも、恐怖も、そして君がそれほど重く見るこの性も、われわれがそこから立ち上がってきた生命の原初的な要素にすぎない。なるほど、そうした原初の欲求はすべて、満たし、処理し、充足させなければならない。だが結局は、そのすべてを後に残して進まねばならないのだ。」

「しかし、愛は」とカーンが言った。

「私が言っているのは性愛と、親密な者同士の愛だ。君の言う愛もそれだろう、カーン。」

カレーニンは首を振った。「木の根元にとどまったまま、木を登ることはできない」と言った……。

「いや」と、ひと息置いてから彼は続けた。「この性的な昂ぶり、この恋物語は、成長の一段階にすぎず、われわれはいずれそこを卒業する。これまで文学も芸術も情緒も、感情表現のあらゆる形式も、ほとんどが思春期的なものだった。戯曲も物語も、喜びも希望も、すべてが恋愛という驚くべき発見を軸に回っていた。だが今や人生は長く延び、成熟した人類の精神はそこから離れはじめている。昔なら三十歳で死んだ詩人も、今では八十五歳まで生きる。君もだ、カーン! 君の前にはまだ果てしない年月がある――しかも、そのすべてが学びに満ちている……。われわれはいまだに性と性的伝統の過剰な重荷を背負っており、そこから自らを解放しなければならない。実際、われわれは解放されつつある。死を遠ざける方法を幾千通りも身につけた今、古い野蛮な時代には死亡数と釣り合うだけでよかった性が、もはや金床を失った槌のように、人間の生を突き抜けて暴れている。君たち詩人や若者は、それを歓喜に変えたがっている。ならば歓喜に変えるがいい。それも一つの出口かもしれない。少し時がたち、考えるに値する頭脳を持っているなら、君たちはやがて満足し、ここへ、より偉大なもののもとへ上ってくるだろう。古い宗教とそこから派生した新宗派は、今なおこうしたものをすべて抑圧したがっているようだ。ならば抑圧させればいい。できるものなら。自分たちの信徒のなかで。どちらの道を通ろうと、最後にはここへ――知識への永遠の探究と、力をめぐる大いなる冒険へ行き着くのだから。」

「けれど、その過程で」とレイチェル・ボーケンが言った。「その過程で、人類の半分、つまり女性は、かつてほど必要とされなくなったこの愛と生殖のために、あまりにも高度に特化されたままです。」

「愛と生殖に特化しているのは男女とも同じだ」とカレーニンは言った。

「でも、より重い負担を担うのは女性です。」

「想像のなかではそうでもない」とエドワーズが言った。

「それに」とカーンが言った。「愛を一つの段階にすぎないとおっしゃいますが、それは必要な段階ではないのですか? 生殖とはまったく別に、男女の愛は必要です。想像力を解き放ったのは、愛、つまり性愛ではありませんか? あの心の昂ぶりがなければ、自分自身の外へ踏み出し、我が身を顧みず、素晴らしい存在になろうとする衝動がなければ、われわれの生は牛舎につながれた牛の満足と何が違うのでしょう?」

「扉を開く鍵は」とカレーニンは言った。「旅の目的地ではない。」

「でも、女性は!」とレイチェルが声を上げた。「私たちはここにいます! 女としての私たちの未来は、どうなるのです? 私たちの役割は、あなた方男性の想像力の扉を開けただけなのですか? 今こそ、この問題を話しましょう。カレーニン、私はいつもそのことを考えています。私たちをどう思っているのです? あなたなら、こうした難問をずいぶん考えてきたはずです。」

カレーニンは言葉を吟味しているようだった。ひどく慎重に口を開いた。「君たちの未来など――女としての未来など、私にはどうでもいい。男たちの未来も――雄としての未来など、どうでもいい。私は、そうした特別扱いされた未来そのものを消し去りたい。私が心にかけるのは、知性としての君たちの未来、人類の普遍的精神の一部であり、そこに寄与する存在としての未来だ。人類はもともと、こうした面で過度に特化しているだけではない。あらゆる制度、慣習、そのすべてが男女の差を誇張し、強めている。私は女性を、その特化から解き放ちたい。新しい発想ではない。プラトンもまったく同じことを望んだ。今のように、この生来の差異を強調し続けることは望まない。差異そのものを否定する気はないが、縮め、乗り越えたいのだ。」

「それでも――私たちは女のままです」とレイチェル・ボーケンは言った。「君たちは、自分を女だと考え続けなければならないのか?」

「そう考えざるをえないよう、強いられているのです」とイーディス・ヘイドンが言った。

「男と同じ服を着て、男と同じように働いたからといって、女らしさが失われるとは思わない」とエドワーズが言った。「ここにいる君たち女性――つまり女性科学者たちは、男と同じ白い服を着て、髪をこのうえなく簡素にまとめ、まるで世界に性別が一つしかないかのように仕事をしている。平野の下界にいる上流夫人たちほど女らしくはなくとも、君たちは紛れもなく女性だ。あの婦人たちは、人を興奮させ、見せびらかすために着飾り、恋人のことしか頭になく、男女の違いを何もかも誇張している……。むしろわれわれは、君たちのほうを深く愛している。」

「でも私たちは、自分の仕事に取り組んでいます」とイーディス・ヘイドンが言った。

「なら、女であることが問題になりますか?」とレイチェルが尋ねた。

「君たちが自分の仕事をし、男たちも自分の仕事をするのなら、どうか好きなだけ女でいてくれ」とカレーニンは言った。「私が特化をやめろと言うとき、考えているのは性の廃止ではない。性にまつわる煩わしく、束縛的で、妨げとなる強迫観念をなくすことだ。社会を生んだのは性だったというのは、事実かもしれない。最初の社会は性によって結びついた家族であり、最初の国家は血縁者の連合であり、最初の法律は性に関する禁忌だった。ほんの数年前まで、道徳とは正しい性行動を意味していた。つい最近まで、普通の男の最大の関心と動機は、女とその子供たちを養い、支配することだった。そして女の最大の関心は、それをしてくれる男を手に入れることだった。それがドラマであり、人生だった。そうした要求から生まれる嫉妬こそ、世界を動かす最大の動機だった。カーン、君は先ほど、性愛とは自己の孤独から外へ出るための鍵だと言った。だが私に言わせれば、これまで性愛がしてきたのは、われわれを二人きりの孤独へ閉じ込め直すことだけだ……。それらはすべて必要だったのかもしれない。しかし、もはや必要ではない。すべては変わった。そして今なお、猛烈な速さで変わり続けている。レイチェル、君たちの女としての未来は、縮小してゆく未来だ。」

「カレーニン?」とレイチェルが尋ねた。「女性は男性になれ、という意味ですか?」

「男も女も、人間にならなければならない。」

「女性をなくそうというのですか? でも、カレーニン、聞いてください! これは性だけの問題ではありません。性を抜きにしても、私たちはあなた方とは違います。人生への向き合い方が違う。私たちが――雌であることを忘れても、なお私たちは異なる役割を持つ、異なる種類の人間です。ある面では、私たちが驚くほど補助的な存在であることは認めます。私がここにいるのは人をまとめる才覚があるからで、イーディスがここにいるのは辛抱強く繊細な手を持っているからです。しかし、科学体系のほぼ全体が男によって築かれたという事実は変わりません。歴史を圧倒的に作っているのが男であり、女の名を一人も挙げずに世界史をほとんど書き上げられるという事実も変わりません。その一方で、私たちには献身と鼓舞の才があり、美しいものを心から愛する独自の力があり、生命を慈しむ心と、人の振る舞いを鋭く間近に見抜く独特の目があります。最後に挙げた点では、男が私たちに比べて盲目だとご存じでしょう。男たちは落ち着きがなく――気まぐれです。私たちには揺るぎない持続力がある。大きな輪郭を描くことも、新しい道を発見することも、私たちには永遠にできないかもしれません。でも未来には、確かなものとし、支え、必要なものを満たす役割が、私たちにあるのではありませんか? おそらく、あなた方の役割と同じほど重要な役割が。等しく重要な役割が。カレーニン、世界を持ち上げたのはあなた方かもしれない。でも、その世界を支えているのは私たちです。」

「レイチェル、私が君と同じ考えだということは、よく知っているはずだ。私は女性をなくそうとしているのではない。だが、ヒロイン――性的なヒロインはなくしたい。嫉妬を支えとし、所有されることを天分とする女をなくしたい。賞品のように勝ち取られ、甘美な宝物のように閉じ込められる女をなくしたい。だが、あのはるか下では、ヒロインが女神のように燃え輝いている。」

「アメリカでは」とエドワーズが言った。「男たちが女性を称えるために決闘し、美の女王たちの御前で競技大会を開いている。」

「ラホールで美しい娘を見た」とカーンが言った。「女神のように黄金の天蓋の下に座り、その足元の階段には、古代の絵に描かれたような武装と衣装の立派な男が三人、忠誠の証として控えていた。彼らはただ、その娘のために戦う許しを求めていた。」

「それは男がさせていることです」とイーディス・ヘイドンが言った。

「だから私が言っただろう」とエドワーズが声を張った。「男の想像力は、女の存在全体よりも性に特化しているのだ。そんな真似をする女がどこにいる? 女は従うか、利用するだけだ。」

「男と女のあいだにある悪で、双方に共通しないものはない」とカレーニンは言った。「カーン、仲間同士の甘やかな連帯を、女を中心とする熱狂へ変えてしまうのは、恋歌を作る君たち詩人だ。だが女性のなかにも、少なくとも多くの女性のなかには、そうした挑発に応じるものがある。彼女たちは、独特の自己陶酔的な利己心に屈する。自分自身を芸術作品の素材にする。男ならまずしないほど、自分を育て上げ、飾り立てる。黄金の天蓋を自ら求めるのだ。しかも、それに反発しているように見えるときでさえ、やはり同じことをしている場合がある。私は、原子力が発見される以前に起きていた女性解放運動について、昔の新聞で読んだ。性による制約と隷属から逃れたいという願いから始まった運動が、最後には性を熱狂的に主張する運動となり、女性は以前にも増してヒロインになった。ホロウェイのヘレン[訳注:女性参政権運動家を指す]は、ついには彼女なりのやり方で、トロイのヘレネに劣らぬ厄介者になったのだ。そして君たちが、自分を知性ある存在ではなく女だと考え続けるかぎり」――彼はレイチェルに指を向け、穏やかに微笑んだ――「君たちは〈ヘレン主義〉に陥る危険がある。自分を女だと考えることは、自分を男との関係において考えることだ。その帰結からは逃れられない。われわれのためにも、君たち自身のためにも、太陽や星々との関係において自分を考えることを学ばなければならない。レイチェル、君たちはもはや、われわれ男の冒険そのものであることをやめ、われわれとともに冒険へ出なければならない……」彼は山々の頂の上に広がる暗い空へ手を振った。

第八節

「こうした問題こそ、研究が次に答えをもたらす問題だ」とカレーニンは言った。「われわれがここに座り、何が必要か、何がありうるかを漫然と曖昧に語っているあいだにも、明敏な頭脳を持つ何百人もの男女が、知識への愛ゆえに、冷静かつ着実に答えを導き出そうとしている。これから大きな収穫をもたらすのは、心理学と神経生理学だ。男女間の状況をめぐるこうした難問も、頑迷な自我が引き起こす厄介事も、一時的なものにすぎない。われわれの時代だけが抱える問題だ。今はあれほど固定して見える差異が、ある日突然、すべて溶け去るだろう。相容れないものが一つに融け合い、われわれは、今まさに山を削り、海をあるべき場所へ移し、風の流れを変えはじめているのと同じ大胆さで、自分たちの肉体や身体感覚や個人的反応を形作るようになる。」

「それが次の波だ」とファウラーが言った。いつの間にかテラスへ出てきて、カレーニンの椅子の後ろに黙って腰を下ろしていたのだ。

「もちろん昔は」とエドワーズが言った。「人間は自分の都市や国に縛られ、所有する家や、従事する仕事に縛られていた……」

「人間が自らを改造する力に、究極の限界があるとは思えない」とカレーニンは言った。

「限界などない」とファウラーは言い、前へ進み出ると、カレーニンの顔が見えるよう、その正面の欄干に腰を下ろした。「知識にも力にも、絶対的な限界はない……。話しすぎて、お疲れにならなければいいのですが。」

「面白いのだ」とカレーニンは言った。「もうしばらくすれば、人は疲れなくなるのだろう。疲労物質をすみやかに排出し、消耗した組織をほとんど瞬時に回復させる何かを、君たちは作ってくれるのだろう。この古い機械も、衰えも停止もなく動き続けられるようになるかもしれない。」

「可能です、カレーニン。しかし、まだ学ぶべきことが多い。」

「では、消化と半ば眠ったような生活に費やしている時間はどうだ。これも節約する方法が見つかると思わないか?」

ファウラーはうなずいた。

「それから睡眠だ。人間が煌々たる明かりで都市や家々から夜を追い払ったとき――それが成し遂げられたのは、ほんの百年ほど前にすぎない――いずれは一日八時間もの無為に耐えられなくなるのが当然の成り行きだった。やがて錠剤を一つ飲むか、何らかの力場のなかに横たわるだけで、一時間ほど眠れば再び爽快に目覚められるようになるのではないか?」

「フロビシャーとアミール・アリーが、その方面の研究を進めています。」

「それに、老齢の不都合や、歳月とともに訪れる全身の病。君たちは着実にそれらを後退させ、若き日の情熱の激動と、老衰による萎縮とのあいだに延びる年月を、ますます長くしている。かつては歯が朽ちるにつれて弱り、死んでいった人間が、今では絶えず長くなり、絶えず充実してゆく寿命を期待している。かつて人に害を蓄えていた身体の部位――痕跡器官や、身体の奇妙で油断ならない隅々――への対処法も、君たちはますます深く知りつつある。身体を切り開き、傷痕も残さず新たな形に作り直す。心理学者たちは精神を形作り、有害な思考や動機の複合体を弱め、取り除き、圧迫を和らげ、観念を広げる方法を学びつつある。こうしてわれわれは、自分たちの学んだものを伝え、人類のために保存する能力をますます高めている。人類は、人類全体の知恵は、科学は、個々の人間を己の目的に従わせる力を絶えず蓄えている。そうではないか?」

ファウラーはそのとおりだと答え、しばらくのあいだ、インドとロシアで進められている新たな研究についてカレーニンに語った。「遺伝のほうはどうだ?」とカレーニンが尋ねた。

ファウラーは、チェンの天才によって集積、整理された膨大な研究について一同に語った。チェンは遺伝法則を明確に定義しはじめており、子供の性別や肌の色、それに両親から受け継ぐ多くの性質を、どのように決定できるかを突き止めつつあるという。

「実際に、それを実行できるのか――?」

「今はまだ、いわば実験室のなかだけの勝利です」とファウラーは言った。「しかし明日には、実用化されるでしょう。」

「ほら」とカレーニンは叫び、笑顔をレイチェルとイーディスに向けた。「われわれが男と女について理屈をこねているあいだに、科学はその古い論争を永久に終わらせる力を手に入れつつある。女がわれわれの手に余るなら、少数派にしてしまえばいい。気に入らない型の男や女がいるなら、その型を二度と生み出さなければいい。この古い肉体も、古い動物的制約も、粗野で不可避なものに満ちた地上の遺産も、羽化した成虫から干からびた繭が落ちるように、人間の精神から剝がれ落ちてゆく。私自身、こうした話を聞くと、まさにそんな気分になる――まだ翼を広げることを恐れている、濡れて這い回る生まれたての蛾のように。なぜなら、こうしたものはわれわれをどこへ連れてゆくのだ?」

「人類の彼方へ」とカーンが言った。

「いや」とカレーニンは言った。「われわれを生んだ大地に、まだ足をつけていられる。だが、もはや大気はわれわれを閉じ込めない。この丸い惑星も、ガレー船奴隷の鉄球のように、われわれをつなぎ止めてはいない……。

「まもなく、未知の重力、変化した圧力、希薄で馴染みのない気体、そして宇宙の恐るべき異様さのすべてに耐える術を知る者たちが、この地球から船出するだろう。この球体だけでは、もはやわれわれに足りない。われわれの精神は外へ手を伸ばす……。あの小さな船団が、きらめきながら空へ昇ってゆくのが見えないか。瞬き、輝きながら、だんだん小さくなり、ついには青空に呑み込まれる。彼らは宇宙で成功するかもしれない。滅びるかもしれない。だが、あとに続く者が必ず現れる……。

「まるで巨大な窓が開いたようだ」とカレーニンは言った。

第九節

夕暮れが迫ると、カレーニンとその周囲の者たちは、夕日と、赤く染まる山々と、残照の訪れをよく見渡せるよう建物の屋上へ上がった。やがて下の研究室から外科医が二人加わり、ほどなくして、薄いガラスの杯にカレーニンの飲み物を入れた看護師もやってきた。その夕べは雲一つなく、風もなく、深い青空が広がっていた。はるか北方には複葉機が二機きらめき、東の断崖の向こう二百マイル(約三百二十キロメートル)にあるエベレストの観測所へ向かっていた。小さな一団は、二機が山々を越え、青空へ消えてゆくのを見送った。それからしばらく、観測所の研究について語り合った。話題はそこから世界各地で進む研究活動全体へ移り、カレーニンの思いは再び、世界の精神と、人間の想像力の前に開けつつある偉大な未来へ戻っていった。彼は二人の外科医に、その科学が秘める具体的な可能性についていくつも質問し、彼らの話に強い興味を示して興奮した。そうして語り合ううちに、太陽は山々へ触れ、みるみるうちに燃えさかる液体の炎の、縁を刻まれた半球となって沈んでいった。

カレーニンは、震えるように燃える最後の縁を目をしばたたかせながら見つめ、片手で目をかばうと、黙り込んだ。

やがて、はっと小さく身を震わせた。

「どうしました?」とレイチェル・ボーケンが尋ねた。

「忘れていた」と彼は言った。

「何を忘れていたのです?」

「明日の手術のことを忘れていた。今日はあまりに〈人間〉として夢中になっていたので、マーカス・カレーニンのことをすっかり忘れかけていた。明日、マーカス・カレーニンは君のメスの下に身を置かなければならない、ファウラー。そしておそらく、マーカス・カレーニンは死ぬだろう」彼は、やや萎びた手を持ち上げた。「かまわない、ファウラー。私にとってさえ、ほとんど問題ではない。そもそも、ここに座って話していたのは本当にカレーニンだったのか? むしろ、われわれのあいだを戯れながら行き交っていた共通の精神ではなかったか、ファウラー? 君も私も、そしてここにいる全員が、思考の上に思考を重ねてきた。だが、その一本の糸は君でも私でもない。真実は、われわれ皆のものだ。個人が自分自身をことごとく表現の試練と選別にかけたなら、その個人の役目は終わる。若いころの私をあれほど堅く完全に閉じ込めていた、マーカス・カレーニンという小さな器から、私はもうすっかり注ぎ出されたような気がする。愛しいイーディス、君の美しさも、愛しいレイチェル、君の広い額も、そしてファウラー、君の確かで熟練した手も、今の私には、この椅子の肘掛けを叩いている自分の手とほとんど同じほど身近なものだ。同じほど私であり、同じほど私ではない。そして知ることを欲する精神、行うことを決意する精神、今日われわれのなかに生き、語ったその精神は、アテネにも生き、フィレンツェにも生きた。そして永遠に生き続ける。私にはそれがわかる……。

「そして老いた太陽よ、その炎の剣で、哀れなマーカスの目を最後に焼きつける太陽よ、私に用心するがいい! おまえは私が死ぬと思っている――だが実のところ、私はおまえへたどり着くため、また一枚、上着を脱ぎ捨てるだけなのだ。私は一万年も前からおまえを脅かしてきた。そして警告しておくが、まもなく私はそこへ行く。すべてを脱ぎ捨て、変装をことごとく投げ捨てたときに。もうすぐだ、老いた太陽よ。私はおまえに向かってこの身を放ち、おまえのもとへたどり着き、その斑だらけの顔を踏みつけ、燃える髪をつかんで引きずり回してやる。ひと足で月へ渡り、そこからおまえへ跳びかかる。老いた太陽よ、私は以前にもおまえに語りかけた。百万回も語りかけた。そして今、それを思い出しはじめている。そうだ――遠い昔、遠い昔、今では塵となり忘れ去られた数千世代の衣をまだ脱ぎ捨てていなかったころ、私は毛むくじゃらの野蛮人だった。おまえに向かって手を差し伸べ――はっきり覚えているぞ! ――おまえが網に捕らえられた姿を見た。老いた太陽よ、あれを忘れたか? ……。

「老いた太陽よ、私は、長らく私をばらばらに閉じ込めてきた個人という水溜まりから、自らを一つに集める。十億の思考を科学へ集め、百万の意志を共通の目的へ集める。私を恐れて山々の向こうへこそこそ沈むがいい。怯えて身をすくめるがいい……」

第十節

カレーニンは、眠るための個室へ戻る前に、しばらく一人で夢想したいと望んだ。痛みが出はじめたため鎮痛処置を受け、万物を覆うようにひどい冷気が忍び寄ってきたため、毛皮で暖かく包まれた。皆が立ち去ったあと、彼は長いあいだ座ったまま、残照が夜の闇へ場所を譲ってゆくのを見つめていた。

何か必要になったときに備え、気づかれぬよう彼を見守っていた者たちには、カレーニンが深い思索に沈んでいるように見えた。

黄金の空を背にした白と紫の峰々は、冷たく青い彼方へ沈み、再び輝きを増し、そしてまた色褪せていった。月が昇っても完全には消し去れないインドの星々が、燃える篝火のように夜の見張りを始めた。月は東にそびえる暗い断崖の屏風の背後から昇り、その上へ姿を現すはるか前から、斜めに射す光が眼下の深い峡谷を輝く霧で満たし、リオ・ポルギュルの塔や尖峰を、光輝と驚異に満ちた魔法の夢幻城へ変えていた……。

黒い岩稜の上へ、幽玄な光が大きく噴き上がった。やがて、膨らんだ泡が離れてゆくように、月は底知れぬ暗い空へくっきりと浮かび出た……。

そのとき、カレーニンは立ち上がった。テラスを数歩歩き、しばらく立ち止まると、あの巨大な銀の円盤――人類が宇宙で最初に征服すべき銀の盾を見上げた……。

やがて彼は振り返り、両手を背後で組んだまま、北の星々を見つめた……。

ついに自分の個室へ戻った。そこで横になり、朝まで安らかに眠った。早朝、人々が迎えに来て麻酔を施し、手術が行われた。

手術は完全に成功した。だがカレーニンは衰弱しており、じっと横たわっていなければならなかった。そして七日ほど後、治りかけた傷痕から血栓が剝がれ、それが心臓へ達した。カレーニンは夜のうちに、一瞬で息を引き取った。

公開日: 2026-07-22