鏡の国のアリス

そしてアリスがそこで見つけたもの

ルイス・キャロル 作


登場人物。 (対局開始前の配置による。)

赤。
駒。 ポーン。 ポーン。 駒。
ツィードルディー。 ヒナギク。 ヒナギク。 ハンプティ・ダンプティ。
ユニコーン。 ハイガ。 使者。 大工。
羊。 牡蠣。 牡蠣。 セイウチ。
白の女王。 “リリー。” タイガーリリー。 赤の女王。
白の王。 小鹿。 バラ。 赤の王。
老人。 牡蠣。 牡蠣。 カラス。
白の騎士。 ハッタ。 カエル。 赤の騎士。
ツィードルダム。 ヒナギク。 ヒナギク。 ライオン。

白のポーン(アリス)番、十一手で勝ち。

1. アリス、赤の女王に会う  
1. 赤の女王、王のルークの4へ  
2. アリス、女王の3 (*鉄道で*) を通って4へ (*ツィードルダムとツィードルディー*)  
2. 白の女王、女王のビショップの4へ (*ショールのあと*)  
3. アリス、白の女王に会う (*ショールを持って*)  
3. 白の女王、女王のビショップの5へ (*羊になる*)  
4. アリス、女王の5へ (*店、川、店*)  
4. 白の女王、王のビショップの8へ (*棚に卵を残す*)  
5. アリス、女王の6へ (*ハンプティ・ダンプティ*)  
5. 白の女王、女王のビショップの8へ (*赤の騎士から逃げて*)  
6. アリス、女王の7へ (*森*)  
6. 赤の騎士、王の2へ(王手)  
7. 白の騎士、赤の騎士を取る  
7. 白の騎士、王のビショップの5へ  
8. アリス、女王の8へ (*戴冠式*)  
8. 赤の女王、王の升へ (*試問*)  
9. アリス、女王になる  
9. 女王たち、キャスリング  
10. アリス、キャスリング (*祝宴*)  
10. 白の女王、女王のルークの6へ (*スープ*)  
11. アリス、赤の女王を取って勝ち

澄みきった額の子よ
    夢みる瞳は驚きに満ちて!  時は足早に過ぎ、君とぼくとは
    人生の半ばほども隔たってしまったけれど、
君のやさしい微笑みはきっと迎えてくれるだろう、
このおとぎ話という愛の贈り物を。
君の陽だまりのような顔を見たこともなく、
    銀の鈴めいた笑い声を聞いたこともない。
君の若いこれからの日々に、
    ぼくのことなど入り込む余地はないだろう――
それでも十分だ、いま君がきっと
ぼくのおとぎ話に耳を傾けてくれるなら。
物語は昔の日々に始まった、
    夏の太陽が輝いていたころ――
素朴な調べは、櫂を漕ぐリズムに
    時を合わせる合図となった――
その響きは今も記憶の中に生きている、
嫉妬深い歳月が「忘れよ」と言っても。
さあ、聞いておくれ、恐ろしい声が、
    苦い知らせをたずさえて、
憂いに沈む乙女を望まぬ寝床へと
    呼び立てる、その前に!  ぼくらはただの年老いた子どもなのだ、ねえ、
寝る時間が近いと知ってむずがる子どもなのだ。
外には霜、目もくらむ雪、
    嵐の風の気まぐれな狂気――
内には炉火の赤々とした光、
    そして子ども時代の歓びの巣。
魔法の言葉が君をしっかりと引きとめる。
荒れ狂う突風など、君の耳には入らない。
そして、物語の中を
    ため息の影がかすかに震えたとしても、
過ぎ去った「幸せな夏の日々」と、
    消えた夏の栄光を思ってのこと――
それでも災いの息で曇らせはしない、
ぼくらのおとぎ話の愉しみを。

第一章 鏡の家

ひとつだけは確かだった。白い子猫は、これにまったく関わっていなかった――悪いのは、すべて黒い子猫だった。なにしろ白い子猫は、この十五分ほどずっと、年寄り猫に顔を洗われていたのだ(そのわりには、なかなかよく我慢していた)。だから、このいたずらに手を貸せるはずがなかったのである。

ダイナが子どもたちの顔を洗うやり方は、こうだった。まず片方の前足で、かわいそうな子猫の耳を押さえつける。それからもう片方の前足で、鼻のところから逆毛を立てるように、顔じゅうをごしごしこする。たった今も、さっき言ったとおり、白い子猫を相手にせっせとそれをやっていた。白い子猫はじっと横たわり、のどを鳴らそうとしていた――きっと、これはみんな自分のためなのだと感じていたに違いない。

ところが黒い子猫のほうは午後の早い時間にもう洗われ終わっていた。だから、アリスが大きな肘掛け椅子の隅で丸くなり、半分ひとりごとを言い、半分眠りかけているあいだに、子猫はアリスが巻き取ろうとしていた毛糸玉で大はしゃぎしていたのである。転がしては戻し、戻しては転がし、そのうち毛糸はすっかりほどけてしまった。暖炉前の敷物の上には、結び目だらけ、もつれだらけの毛糸が広がり、その真ん中で子猫は自分のしっぽを追いかけてぐるぐる走り回っていた。

「ああ、なんて悪い子なの!」アリスは叫んで子猫を抱き上げ、いま叱られているのだとわからせるために、ちょんとキスをした。「ほんとに、ダイナがもっとお行儀を教えておくべきだったわ! そうよ、ダイナ、あなたが教えるべきだったのよ!」そう言い足して、年寄り猫を責めるように見つめ、できるかぎり怒った声を出した。それから子猫と毛糸を連れて、また肘掛け椅子によじ登り、もう一度毛糸玉を巻きはじめた。けれども、あまりはかどらなかった。アリスはずっとしゃべっていたからだ。ときどき子猫に、ときどき自分自身に。キティはアリスの膝の上で、たいそうおすましして座り、毛糸が巻かれていくのを見守っているふりをしながら、時おり前足を一本出して、そっと玉に触れた。まるで、許されるならお手伝いしたいのだと言うように。

「ねえキティ、明日が何の日か知ってる?」

アリスは話しはじめた。「一緒に窓辺にいたら、あなたにもわかったでしょうに――でもダイナがおめかしさせていたから、来られなかったのよね。男の子たちが焚き火用の枝を集めているのを見ていたの――枝はたくさん必要なのよ、キティ! でも、あんまり寒くなって、雪もひどく降ったから、やめなきゃならなくなったの。まあいいわ、キティ、明日は一緒に焚き火を見に行きましょうね。」

ここでアリスは、ちょっと似合うか見てみようとして、毛糸を二、三巻き子猫の首に巻きつけた。するとひと騒動になり、毛糸玉は床に転がり落ち、何ヤード(数メートル)もまたほどけてしまった。

「ねえキティ、わたし、すごく怒っていたのよ」ふたりがまた落ち着くと、アリスは続けた。「あなたがやったいたずらを全部見たときなんて、もう少しで窓を開けて、あなたを雪の中に放り出すところだったんだから! それくらいされても当然よ、このいたずらっ子のかわいい子! さて、言い訳はある? ほら、わたしの話をさえぎらないの!」そう言って指を一本立てた。「あなたの悪いところを全部言ってあげる。第一。今朝ダイナが顔を洗っているとき、あなたは二回鳴きました。これは否定できないわよ、キティ。わたし聞いたんだから! 何ですって?」(子猫がしゃべっているふりをした。)「ダイナの足が目に入った? それはあなたが悪いの。目を開けていたからよ――ぎゅっと閉じていれば、そんなことにはならなかったわ。さあ、もう言い訳しないで聞きなさい! 第二。わたしがスノードロップの前にミルクのお皿を置いたとたん、あなたはしっぽを引っぱってどかしました! 何、あなたものどが渇いていたの? スノードロップものどが渇いていなかったって、どうしてわかるの? さて第三。わたしが見ていないあいだに、毛糸を残らずほどきました! 

「これで三つの罪よ、キティ。それなのに、まだ一つも罰を受けていないわ。あなたへの罰は再来週の水曜日まで全部ためておくことにしているのよ――もし、わたしの罰が全部ためられていたらどうなるかしら!」そう言うと、子猫というより自分自身に向かって話しつづけた。「一年の終わりには、いったいどうされるのかしら? その日が来たら、きっと牢屋に入れられるんだわ。それとも――そうね――罰が一つにつき夕食抜きだとしたら。そうすると、あの悲惨な日が来たとき、いっぺんに五十回分の夕食を抜かなきゃならないのね! まあ、それならたいして困らないわ! 食べるくらいなら、抜いたほうがずっといいもの! 

「窓ガラスに雪が当たる音が聞こえる、キティ? なんてすてきでやわらかな音でしょう! まるで外から誰かが窓じゅうにキスしているみたい。雪は木や野原を愛しているのかしら、だからあんなにやさしくキスするのかしら? それから白い掛け布団で、ぬくぬくと包んであげるのよね。もしかしたら、『おやすみ、かわいい子たち、また夏が来るまで』って言っているのかもしれない。そして夏に目を覚ますと、キティ、みんな緑の服を着て、風が吹くたびに踊り出すの――ああ、なんてすてき!」アリスは毛糸玉を落として、手を打ち合わせながら叫んだ。「本当にそうだったらいいのに! 秋になって葉っぱが茶色くなってくるころ、森が眠そうに見えるのは確かだわ。

「キティ、あなたチェスできる? ほら、笑わないで、まじめに聞いているのよ。だって、さっきわたしたちが遊んでいたとき、あなた、まるでわかっているみたいに見ていたじゃない。それにわたしが『チェック!』って言ったら、のどを鳴らしたでしょう! ええ、あれはいいチェックだったわよ、キティ。本当に、あのいやな騎士がわたしの駒のあいだをくねくね降りてこなければ、勝てたかもしれないのに。ねえキティ、ごっこ遊びをしましょう――」ここで、アリスがいつも「ごっこ遊びをしましょう」というお気に入りの言葉から始めて、どれほどいろいろなことを言っていたか、その半分でもお話しできたらいいのだけれど。

つい昨日も、アリスは姉とかなり長い言い合いをしたばかりだった。きっかけは、アリスが「王様と女王様ごっこをしましょう」と言い出したことだった。きっちりしたことが好きな姉は、ふたりしかいないのだから無理だと主張した。とうとうアリスは、「じゃあ、あなたがそのうちの一人になって、わたしが残り全部になるわ」と言うしかなかった。

またある時には、年寄りの乳母の耳元で突然、「ねえ乳母! わたしがお腹をすかせたハイエナで、あなたが骨ってことにしましょうよ」と叫んで、本気で怖がらせたこともある。

けれど、これではアリスが子猫に話していたところからそれてしまう。「キティ、あなたが赤の女王だってことにしましょう! ねえ、あなたがちゃんと座って腕を組んだら、そっくりになると思うの。さあ、やってみて、いい子だから!」

そこでアリスはテーブルから赤の女王を取ってきて、子猫がまねするためのお手本としてその前に置いた。けれど、うまくいかなかった。主な理由は、アリスの言うところでは、子猫がきちんと腕を組もうとしないからだった。そこで罰として、アリスは子猫を鏡の前に持ち上げ、自分がどれほどむくれているか見せてやった――「それで、すぐにいい子にならないなら」アリスは付け加えた。「鏡の向こうの鏡の家に入れちゃうわよ。それってどう?」

「さてキティ、ちゃんと聞いて、おしゃべりをあまりしないでいてくれるなら、鏡の家についてわたしが考えていることを全部話してあげる。まず、鏡を通して見える部屋があるでしょう――あれはわたしたちの客間とそっくりなの。ただ、物の向きが反対なだけ。椅子の上に乗れば全部見えるの――暖炉の後ろのところ以外はね。ああ!  あの部分が見られたらどんなにいいでしょう! 冬に火が入っているのか、すごく知りたいの。だって、こっちの火が煙を出さない限り、絶対にわからないでしょう。そのときは、あの部屋にも煙がのぼるけれど――でも、それは火があるように見せるためのただのまねごとかもしれないわ。それから本は、わたしたちの本に少し似ているけれど、文字が反対向きなの。これはわかっているのよ。だってこちらの本を鏡にかざしたら、あちらの部屋でも本を一冊かざしていたもの。

「キティ、鏡の家に住むのはどうかしら? あっちでもミルクをくれるのかしら? もしかすると鏡のミルクは飲むのに向かないかも――でも、ああキティ! ここからが廊下よ。こちらの客間の扉を大きく開けておくと、鏡の家の廊下がほんのちらりと見えるの。見えるところまでは、わたしたちの廊下によく似ているけれど、その先はまったく違うかもしれないでしょう。ああキティ! 鏡の家へ入り込めたら、どんなにすてきでしょう! きっと、ああ! ものすごく美しいものがあるに違いないわ! ねえキティ、どうにかして入っていく方法があるってことにしましょう。鏡がガーゼみたいにすっかり柔らかくなって、通り抜けられるってことにしましょう。まあ、ほら、ほんとうに霧みたいになってきたじゃない! 通り抜けるなんて簡単だわ――」そう言いながら、アリスはいつのまにか暖炉棚の上に立っていた。どうやってそこへ上がったのか、自分でもほとんどわかっていなかった。そして確かに、鏡は溶けはじめていた。明るい銀色の霧のように。

次の瞬間、アリスは鏡を抜け、鏡の部屋へ軽やかに飛び降りていた。最初にしたことは、暖炉に火があるかどうか見ることだった。そして、本物の火が、さっき後にしてきた部屋の火と同じくらい明るく燃えているのを見つけて、すっかりうれしくなった。「それなら、前の部屋と同じくらいここでも暖かくいられるわ」アリスは考えた。「というより、もっと暖かいくらいね。だってここには、火のそばから離れなさいって叱る人が誰もいないもの。ああ、あっちの人たちが鏡ごしにここにいるわたしを見ても、手が届かないなんて、なんて楽しいでしょう!」

それからあたりを見回しはじめた。前の部屋から見えていたところは、ごく普通で面白くもないことに気づいたが、それ以外はできるかぎり違っていた。たとえば、火のそばの壁にかかっている絵はみんな生きているように見えたし、暖炉棚の上の時計などは(鏡の中では裏側しか見えないのを知っているでしょう)小さな老人の顔をしていて、アリスに向かってにやりと笑った。

「あちらの部屋ほど、ここはきちんと片づけていないのね」暖炉の灰の中にチェスの駒がいくつか落ちているのに気づいて、アリスはそう思った。ところが次の瞬間、驚いて小さく「あっ!」と言うなり、両手両膝をついてそれを見つめていた。チェスの駒たちが、二つずつ並んで歩き回っていたのだ! 

「ここにいるのが赤の王と赤の女王ね」アリスは(驚かせないように小声で)言った。「それから向こうで火かきシャベルの縁に座っているのが白の王と白の女王――ここには二つのお城が腕を組んで歩いているわ――わたしの声は聞こえないみたい」さらに顔を近づけながら続けた。「それに、わたしの姿も見えていないんじゃないかしら。なんだか、わたし透明人間になったみたい――」

そのとき、アリスの後ろのテーブルの上で何かがきいきい鳴きはじめ、アリスはちょうど間に合って振り返った。白のポーンの一つがころりと転がり、足をばたつかせはじめている。次に何が起こるのか、アリスはたいそう好奇心を持って見守った。

「あれはわが子の声です!」白の女王は叫び、王のそばを駆け抜けた。その勢いがあまりに激しかったので、王を灰の中へ突き飛ばしてしまった。「かわいいリリー! わたしの帝国の子猫!」そう言うと、女王は炉囲いの側面を必死によじ登りはじめた。

「帝国のへちま!」王は、落ちたときにぶつけた鼻をさすりながら言った。王が女王に少し腹を立てても当然だった。頭のてっぺんから足の先まで灰だらけになっていたのだから。

アリスはなんとか役に立ちたくてたまらなかった。かわいそうな小さなリリーが、今にもひきつけを起こしそうなほど泣き叫んでいたので、急いで女王をつまみ上げ、騒がしい小さな娘のそばのテーブルの上に置いてやった。

女王は息をのんで座り込んだ。空中をあまりに速く運ばれたせいで、すっかり息が切れてしまい、一、二分のあいだは小さなリリーを黙って抱きしめることしかできなかった。少し息が戻ると、灰の中でむっつり座っている白の王に向かって叫んだ。「火山に気をつけて!」

「何の火山だ?」王は、不安そうに火の中を見上げながら言った。火山を見つけるなら、そこが一番ありそうだと思ったらしい。

「吹き――飛ばされた――のです」女王はまだ少し息を切らしながら言った。「あなたはちゃんと――正規の道で――上がってきて。吹き飛ばされないで!」

アリスは白の王が横木から横木へゆっくりよじ登っていくのを見守っていたが、とうとう言った。「まあ、その調子じゃテーブルに着くまで何時間も何時間もかかってしまうわ。わたしが手伝ったほうがずっといいでしょう?」

けれど王はその問いにまったく気づかなかった。アリスの声も聞こえず、姿も見えていないことは、はっきりしていた。

そこでアリスは王をとてもそっとつまみ上げた。そして女王を持ち上げたときよりもゆっくり運んだ。息を切らさせないようにするためだった。けれど、テーブルに置く前に、少しほこりを払ってあげてもいいだろうと思った。王はあまりにも灰だらけだったのだ。

あとでアリスは、一生のうちであのときの王ほど妙な顔をした人を見たことがないと言った。見えない手に空中でつかまれ、ほこりを払われていると気づいたときの顔である。王は驚きすぎて叫ぶこともできなかったが、目と口はどんどん大きく、大きく、まん丸く、まん丸くなっていった。アリスは笑いで手が震え、危うく王を床に落としそうになったほどだった。

「ああ、お願い、そんな顔をしないで、ねえ!」アリスは叫んだ。王には聞こえないことをすっかり忘れていた。「そんな顔をされたら、笑ってしまって、とても持っていられないわ! それに口をそんなに大きく開けていないで! 灰がみんな入ってしまうでしょう――ほら、これでもう十分きれいになったと思うわ!」そう言いながら髪をなでつけ、女王のそばのテーブルに置いた。

王はすぐさま仰向けに倒れ、まったく動かなくなった。アリスは自分のしたことに少しぎょっとして、王にかける水がないか部屋じゅうを見て回った。しかし見つかったのはインクの瓶だけだった。それを持って戻ると、王はもう意識を取り戻していて、女王と怖がった小声で話し合っていた――あまりに低い声なので、アリスには何を言っているのかほとんど聞こえなかった。

王は言っていた。「本当だよ、あなた、ひげの先まで冷たくなった!」

それに女王が答えた。「あなたにひげなんてありません。」

「あの瞬間の恐ろしさは」王は続けた。「わしは決して、決して忘れないぞ!」

「忘れますよ」女王は言った。「それを覚え書きにしておかなければね。」

アリスは興味津々で見ていた。王がポケットから巨大な覚え書き帳を取り出し、書きはじめたからだ。そのときふと、アリスに思いつきが浮かんだ。王の肩の上へかなり突き出している鉛筆の先をつかみ、王の代わりに書きはじめたのである。

かわいそうな王は困惑し、不幸そうな顔をして、しばらく無言で鉛筆と格闘していた。けれどアリスの力のほうが強く、ついに王は息を切らして言った。「あなた! わしは本当にもっと細い鉛筆を手に入れねばならん。これはまったく扱えない。わしが書くつもりもないことを、あれこれ勝手に書いてしまう――」

「どんなことです?」女王は帳面をのぞき込みながら言った(そこにはアリスが「白の騎士が火かき棒を滑り降りている。たいへんバランスが悪い」と書いていた)。「それはあなたの気持ちの覚え書きではありません!」

アリスの近くのテーブルの上に、本が一冊置いてあった。白の王の様子を見守りながら(まだ少し心配だったし、もしまた気絶したらかけられるようにインクを用意していた)、アリスは読めるところを探そうとページをめくった。「――だって、全部わたしの知らない言葉で書いてあるんだもの」アリスはひとりごとを言った。

それはこんな具合だった。

.YKCOWREBBAJ
sevot yhtils eht dna, gillirb sawT’
ebaw eht ni elbmig dna eryg diD
     ,sevogorob eht erew ysmim llA
.ebargtuo shtar emom eht dnA

しばらく首をひねっていたが、やがてすばらしい考えが浮かんだ。「そうだわ、これは鏡の本なのよ、もちろん! 鏡にかざせば、言葉はみんなちゃんと読める向きに戻るわ。」

アリスが読んだ詩はこれだった。

ジャバウォッキー。
夕まだき、ぬめらかなトーヴたち
    ウェイブにてぐるぐる、きりきり舞い。
みな弱々しきボロゴーヴ、
    そしてモーム・ラスらは外鳴きぬ。
「ジャバウォックに気をつけよ、わが子よ!      噛みつく顎、捕まえる爪に!  ジャブジャブ鳥に気をつけ、避けよ、
    荒ぶるバンダースナッチを!」

かれはヴォーパルの剣を手に取った。
    長く、あのマンキサムな敵を探し――
やがてタムタムの木のそばで休み、
    しばし思いにふけって立った。
そしてウフィッシュな思案に沈み立つところへ、
    炎の目をしたジャバウォックが、
タルジーの森をひゅうひゅう抜け、
    ぶるぶる言いながらやって来た!  一、二! 一、二! ずぶり、ずぶりと
    ヴォーパルの刃がスニッカー・スナック!  かれはそれを死なせ、その首を持ち、
    ガランピングして戻ってきた。
「ジャバウォックを討ち取ったのか?      この胸へ来い、輝くわが子よ!  おお、フラブジャスの日! カルー! カレー!」

かれは喜びにチョートルした。
夕まだき、ぬめらかなトーヴたち
    ウェイブにてぐるぐる、きりきり舞い。
みな弱々しきボロゴーヴ、
    そしてモーム・ラスらは外鳴きぬ。

「とてもきれいみたいね」読み終えると、アリスは言った。「でも、かなりわかりにくいわ!」(まったく意味がつかめなかったとは、たとえ自分自身にさえ認めたくなかったのだ。)「なんだか頭の中がいろんな考えでいっぱいになる感じがするの――ただ、その考えが何なのか、はっきりとはわからないだけ! でも、とにかく誰か何かを殺したのは確かね。それだけははっきりしているわ――」

「でも、ああ!」アリスは思い、急に立ち上がった。「急がないと、家のほかのところを見る前に、鏡を通って戻らなきゃならなくなってしまうわ! まず庭を見に行きましょう!」

アリスはたちまち部屋を出て、階段を駆け下りた――いや、正確には走ったのではなく、アリスが自分で言うには、階段をすばやく楽に下りるための新発明だった。手すりに指先だけを触れたまま、足で階段に触れもせず、ふわりとやさしく下っていったのだ。それから広間をそのまま浮かぶように進み、同じ調子でまっすぐ扉の外へ出ていくところだったが、戸柱につかまった。あまり長く空中を浮かんでいたので少し目が回りはじめていて、自然な歩き方に戻れたことが、いくらかうれしかった。

第二章 生きた花の庭

「あの丘のてっぺんまで行けたら、庭がずっとよく見えるのに」アリスはひとりごとを言った。「それに、そこへまっすぐ続いている小道があるわ――少なくとも、いいえ、まっすぐではないわね――」(小道を数ヤード(数メートル)進み、いくつも急な角を曲がったあとで)「でも、最後には着くんでしょう。けれど、なんて妙に曲がりくねっているのかしら! 小道というより、コルク抜きみたい! まあ、この曲がり角は丘へ行くのね、きっと――いいえ、違う! これはまっすぐ家へ戻ってしまうわ! それなら、反対側を試してみましょう。」

そしてそうした。上へ下へとうろうろ歩き、曲がり角を一つまた一つと試してみたが、どうしても必ず家へ戻ってきてしまう。実際、一度などは、いつもより少し勢いよく角を曲がったため、止まる間もなく家にぶつかってしまった。

「話しても無駄ね」アリスは家を見上げ、まるで家が自分と言い争っているかのようにふるまいながら言った。「わたしはまだ中へ戻りませんからね。また鏡を通らなきゃならなくなるってわかっているもの――前の部屋へ戻ってしまって――そうしたら冒険は全部おしまいよ!」

そこで、きっぱりと家に背を向け、もう一度小道を進み出した。丘に着くまでまっすぐ行くと決めたのだ。数分のあいだは万事うまくいき、アリスがちょうど「今度こそ本当にやれそう――」と言いかけたとき、小道が突然ぐいっとねじれ、ぶるっと身震いした(あとでアリスはそう説明した)。そして次の瞬間、アリスは本当に玄関の扉の中へ歩いて入っている自分に気づいた。

「ああ、ひどすぎる!」アリスは叫んだ。「こんなに邪魔ばかりする家、見たことないわ! 本当に!」

それでも丘は目の前にはっきり見えていたので、もう一度出発するほかなかった。今度は大きな花壇に出た。縁にはヒナギクが並び、真ん中には柳の木が生えていた。

「ああ、タイガーリリー」アリスは、風の中で優雅に揺れている一輪に呼びかけた。「あなたが話せたらいいのに!」

「話せますよ」タイガーリリーは言った。「話す値打ちのある相手がいればね。」

アリスはあまりに驚いて、一分ほど口がきけなかった。すっかり息をのまれたようだった。やがて、タイガーリリーがただ揺れつづけているだけだったので、アリスはおずおずした声で、ほとんどささやくようにまた話した。「それじゃ、どの花も話せるの?」

「あなたと同じくらいにはね」タイガーリリーは言った。「それに、ずっと大きな声で。」

「こちらから話しかけるのは作法に反するでしょう」バラが言った。「それで本当に、いつあなたが口を開くのかと思っていたところなの! わたし、自分に言ったのよ、『あの子の顔にはいくらか分別がありそうだわ、利口な顔ではないけれど!』って。それでも、あなたは色が正しい。それは大きいわ。」

「わたしは色なんて気にしません」タイガーリリーは言った。「花びらがもう少し丸まってさえいれば、申し分ないのに。」

アリスは批評されるのが気に入らなかったので、質問を始めた。「ここに植えられていて、世話をしてくれる人もいないのに、ときどき怖くならないの?」

「真ん中に木があるでしょう」バラは言った。「ほかに何の役に立つというの?」

「でも、危険が来たら、その木に何ができるの?」

アリスは尋ねた。

「『ワンワン!』って言うのよ」ヒナギクが叫んだ。「だから枝は“バウ”って呼ばれるの!」[訳注:英語の bough(枝)と犬の鳴き声 bow-wow をかけた洒落。]

「そんなことも知らなかったの?」別のヒナギクが叫び、そこで一同がいっせいに騒ぎはじめたので、空気は小さな甲高い声でいっぱいになったようだった。「みんな、黙りなさい!」タイガーリリーは、情熱的に左右へ身を振り、興奮に震えながら叫んだ。「わたしがあいつらのところへ行けないのを知っているのよ!」震える頭をアリスのほうへ傾けながら、息を切らして言った。「でなければ、こんなことをする勇気なんてないはず!」

「気にしないで!」

アリスはなだめるような調子で言い、また騒ぎ出しかけていたヒナギクたちへ身をかがめると、ささやいた。「黙らないなら、あなたたちを摘んでしまうわよ!」

たちまち静かになり、ピンク色のヒナギクが何本か白くなった。

「それでよし!」タイガーリリーは言った。「ヒナギクたちが一番たちが悪いの。一人がしゃべると、みんな一緒に始めるんですもの。あの騒ぎようを聞いているだけで、しおれてしまいそう!」

「どうしてみんな、そんなに上手にお話しできるの?」

アリスは言った。ほめれば機嫌を直してくれるかもしれないと思ったのだ。「わたし、これまでたくさんの庭に行ったことがあるけれど、話せる花なんて一つもなかったわ。」

「手を下ろして、地面に触ってごらんなさい」タイガーリリーは言った。「そうすれば理由がわかります。」

アリスはそうした。「とても固いわ」アリスは言った。「でも、それと何の関係があるのかわからないわ。」

「たいていの庭では」タイガーリリーは言った。「花壇を柔らかくしすぎるのです――だから花はいつも眠っているの。」

これはとてももっともな理由に聞こえたので、アリスはそれを知ってすっかりうれしくなった。「そんなこと、今まで考えたこともなかったわ!」アリスは言った。

「わたしの意見では、あなたはまったく考えたことがないのよ」バラがかなり厳しい調子で言った。

「これほど頭が悪そうに見える人なんて、見たことがないわ」スミレが突然言ったので、アリスは飛び上がるほど驚いた。スミレはそれまで一度も口をきいていなかったからだ。

あなたは黙っていなさい!」タイガーリリーが叫んだ。「まるであなたが誰かを見たことでもあるみたいに! 葉っぱの下に頭を隠して、そこでいびきをかいているだけでしょう。世界で何が起きているかなんて、つぼみだったころと同じくらい何も知らないくせに!」

「庭には、わたしのほかにも誰かいるの?」

アリスは言った。バラのさっきの言葉には気づかないふりをすることにした。

「庭にはもう一つ、あなたみたいに動き回れる花がいるわ」バラは言った。「どうやっているのかしら――」(「あなたはいつも不思議がってばかりね」とタイガーリリーが言った)「でも、あの方はあなたよりもっと茂っているわ。」

「わたしに似ているの?」

アリスは勢い込んで尋ねた。「庭のどこかにもう一人、小さな女の子がいるんだわ!」という考えが頭をよぎったからだ。

「まあ、あなたと同じ不格好な形はしているわね」バラは言った。「でもあの方のほうが赤いわ――花びらは、あなたより短いと思うけれど。」

「あの方の花びらはきちんと閉じられていて、ほとんどダリアみたいなの」タイガーリリーが口をはさんだ。「あなたのみたいに、あちこちばらばらに乱れてはいないわ。」

「でも、それはあなたのせいじゃないのよ」バラはやさしく付け加えた。「あなたは色あせはじめているでしょう――そうなると、花びらが少し乱れるのは仕方がないの。」

アリスはこの考えがまったく気に入らなかった。そこで話題を変えるために尋ねた。「その方はここへ出てくることがあるの?」

「そのうちすぐ会えると思うわ」バラは言った。「棘のある種類の方だから。」

「棘はどこにつけているの?」

アリスは少し好奇心をこめて尋ねた。

「もちろん頭のまわり中よ」バラは答えた。「あなたにも棘がついていないなんて不思議に思っていたの。決まりだと思っていたから。」

「来たわ!」ヒエンソウが叫んだ。「砂利道を、どしん、どしん、どしんと歩いてくる足音が聞こえる!」

アリスは期待に目を輝かせて振り返り、それが赤の女王だとわかった。「ずいぶん大きくなったのね!」それが最初に口をついた言葉だった。本当に大きくなっていた。アリスが最初に灰の中で見つけたときは、たった三インチ(約7.6センチ)ほどの高さしかなかったのに、今ではアリス自身より頭半分高いくらいだったのだ! 

「新鮮な空気のおかげよ」バラが言った。「ここ外の空気は、驚くほど上等なの。」

「わたし、行ってお会いしてくるわ」アリスは言った。花たちも十分おもしろかったけれど、本物の女王と話すほうがずっと立派なことに思えたからだ。

「それはどうやっても無理ね」バラは言った。「わたしなら、反対のほうへ歩くよう勧めるわ。」

それはアリスにはばかげて聞こえたので、何も言わず、すぐ赤の女王のほうへ歩き出した。すると驚いたことに、たちまち女王を見失い、気がつくとまた玄関の扉へ入っていた。

少し腹を立てたアリスは引き返し、あちこち女王を探した(ようやく遠くに見つけた)。そして今度は、反対方向へ歩く方法を試してみようと思った。

それは見事にうまくいった。一分も歩かないうちに、赤の女王と向かい合って立っており、長いあいだ目指していた丘もすぐ目の前に見えていた。

「どこから来たの?」赤の女王は言った。「そしてどこへ行くの? 顔を上げて、きちんと話しなさい。それからずっと指をもじもじさせないこと。」

アリスはその指示をすべて守り、道に迷ってしまったのだと、できるかぎり説明した。

あなたの道というのが何を意味するのかわかりませんね」女王は言った。「このあたりの道はすべてわたしのものです――けれど、そもそもなぜここへ出てきたの?」女王は少しやさしい調子で付け加えた。「何と言うか考えているあいだはお辞儀をしなさい。時間の節約になります。」

アリスはそれを少し不思議に思ったが、女王を畏れ多く感じていたので、疑う気にはなれなかった。「家に帰ったら試してみよう」アリスは心の中で思った。「今度、夕食に少し遅れたときに。」

「もう答える時間です」女王は時計を見ながら言った。「話すときは口を少し大きく開けること。そして必ず『陛下』と言いなさい。」

「わたしはただ、庭がどんなところか見たかっただけです、陛下――」

「よろしい」女王はアリスの頭を軽くたたきながら言った。アリスはそれがまったく気に入らなかった。「もっとも、あなたが『庭』と言うなら――わたしは、これと比べればここなど荒野と呼ぶべき庭を見たことがあります。」

アリスはあえてその点を言い争わず、続けた。「――それから、あの丘のてっぺんへ行く道を見つけようと思って――」

「あなたが『丘』と言うなら」女王が割り込んだ。「わたしなら、それに比べればあなたがあれを谷と呼ぶような丘を見せてあげられます。」

「いいえ、呼びません」アリスはとうとう反論してしまい、自分でも驚いた。「丘が谷であるはずはないでしょう。そんなの、ばかげています――」

赤の女王は首を振った。「それを『ばかげている』と呼びたければ呼べばいいでしょう」女王は言った。「でもわたしは、それと比べれば今の話など辞書のように筋が通っているばかげた話を聞いたことがあります!」

アリスはまたお辞儀をした。女王の口調からすると、少し気を悪くしたのではないかと思ったからだ。それから二人は、小さな丘のてっぺんに着くまで黙って歩いた。

数分のあいだ、アリスは口をきかず、四方八方の国を見渡して立っていた――それはたいそう奇妙な国だった。小さな小川が何本も、端から端へまっすぐ横切るように流れていて、そのあいだの地面は、小川から小川へと伸びる小さな緑の生け垣によって、升目に分けられていた。

「まあ、大きなチェス盤みたいに区切られているわ!」

アリスはとうとう言った。「どこかで駒が動いているはず――そして、いるわ!」

アリスは喜びの声で付け加え、興奮で胸がどきどきしはじめた。「世界じゅうを使って、大きな大きなチェスの試合をしているのね――ここが本当に世界なら、だけど。ああ、なんて楽しいの! わたしもその一員だったらどんなにいいでしょう! 参加できるなら、ポーンでもかまわないわ――もちろん、一番なりたいのは女王だけれど。」

そう言いながら、本物の女王を少し恥ずかしそうにちらりと見た。しかし相手はにこやかに微笑んだだけで、言った。「それなら簡単に手配できます。リリーはまだ幼くて対局できないから、望むならあなたは白の女王のポーンになれます。最初は第二の升にいます。第八の升に着けば女王になります――」ちょうどそのとき、どういうわけか二人は走りはじめた。

あとで思い返しても、アリスにはどうして走りはじめたのか、どうしてもわからなかった。覚えているのは、二人が手をつないで走っていたこと、そして女王があまりに速く走るので、ついていくだけで精いっぱいだったことだけである。それでも女王は「もっと速く! もっと速く!」と叫びつづけたが、アリスにはこれ以上速く走れない気がした。もっとも、息が切れてそれを言う余裕もなかったのだが。

いちばん奇妙だったのは、周りの木々やほかのものがまったく場所を変えないことだった。どれほど速く走っても、何かを追い越しているようには少しも見えない。「もしかして、みんな一緒に動いているのかしら?」かわいそうに混乱したアリスは思った。すると女王はその考えを読んだかのように叫んだ。「もっと速く! 話そうとしてはいけません!」

とはいえ、アリスにはそんなことをするつもりなどなかった。ひどく息が切れて、もう二度と話せないのではないかという気さえしていた。それでも女王は「もっと速く! もっと速く!」と叫び、アリスを引っぱっていった。「もうすぐ着きますか?」

アリスはようやく息を切らしながら言うことができた。

「もうすぐ着く!」女王は繰り返した。「まあ、十分钟前に通り過ぎましたよ! もっと速く!」

それからしばらく、二人は黙って走りつづけた。風がアリスの耳の中でひゅうひゅう鳴り、髪の毛が頭から吹き飛ばされそうだとアリスは思った。

「さあ! さあ!」女王が叫んだ。「もっと速く! もっと速く!」

二人はあまりに速く進んだので、ついには足が地面にほとんど触れず、空中をすべっているように見えた。やがて、アリスがすっかりへとへとになったちょうどそのとき、突然止まった。アリスは息を切らし、目を回して、地面に座り込んでいる自分に気づいた。

女王はアリスを木にもたれかからせ、親切に言った。「もう少し休んでよろしい。」

アリスは非常に驚いて周りを見回した。「まあ、わたしたち、ずっとこの木の下にいたみたい! 何もかも、さっきのままよ!」

「もちろんです」女王は言った。「どうなってほしかったのです?」

「ええと、わたしたちの国では」アリスはまだ少し息を切らしながら言った。「長いあいだとても速く走ったら、たいていどこか別の場所に着くものです――さっきのわたしたちみたいに。」

「のろい国ですね!」女王は言った。「さて、ここでは、ご覧のとおり、同じ場所にとどまるためには、あなたにできる限りの全力で走らねばなりません。どこか別の場所へ行きたいなら、少なくともその二倍の速さで走らなければ!」

「それは遠慮しておきます、どうぞ!」アリスは言った。「ここにいるだけで十分です――ただ、わたし、とても暑くて、のどが渇いています!」

「あなたが何を欲しがっているか、わかっていますよ!」女王は気さくに言い、ポケットから小さな箱を取り出した。「ビスケットはいかが?」

アリスは「いいえ」と言うのは礼儀に反すると思った。欲しかったものとはまったく違っていたけれど。そこで受け取って、どうにか食べた。しかもそれはとてもぱさぱさしていて、アリスは生まれてこのかた、これほど喉につまりそうになったことはないと思った。

「あなたが元気を取り戻しているあいだに」女王は言った。「わたしは寸法を測っておきましょう。」

そして女王はポケットからインチ目盛りのついたリボンを取り出し、地面を測りはじめ、あちこちに小さな杭を打っていった。

「二ヤード(約1.8メートル)の終わりで」女王は距離を示す杭を打ちながら言った。「あなたに指示を与えます――もう一枚ビスケットはいかが?」

「いいえ、結構です」アリスは言った。「一枚で十分すぎるくらいです!」

「のどの渇きは癒えましたか?」女王は言った。

アリスはそれに何と答えてよいかわからなかったが、幸い女王は返事を待たずに続けた。「ヤード(約2.7メートル)の終わりで、指示を繰り返します――あなたが忘れないように。ヤード(約3.7メートル)の終わりで、さようならを言います。そしてヤード(約4.6メートル)の終わりで、わたしは行きます!」

そのころには杭はすべて打ち終わっていた。アリスはたいへん興味深く見守っていた。女王は木のところへ戻り、それから杭の列に沿ってゆっくり歩きはじめた。

二ヤード(約1.8メートル)の杭のところで女王はくるりと向き直り、言った。「ポーンは初手で二升進むものです。ですからあなたは第三の升をとても速く通り抜けるでしょう――おそらく鉄道で――そしてたちまち第四の升に着きます。さて、その升はツィードルダムとツィードルディーのもの。第五はほとんど水。第六はハンプティ・ダンプティのもの――ところで、あなたは何も言わないのですか?」

「わ、わたし、そのとき何か言わなきゃいけないなんて知りませんでした」アリスは口ごもった。

「あなたはこう言うべきでした。『このことを全部教えてくださって、誠にご親切です』――まあ、言ったことにしておきましょう――第七の升はすべて森です――とはいえ、騎士の一人が道を教えてくれます――そして第八の升では、わたしたちは一緒に女王になります。そこは祝宴と楽しみでいっぱいです!」

アリスは立ち上がってお辞儀をし、また座った。

次の杭のところで女王はまた振り向き、今度はこう言った。「あるものの英語名が思いつかないときはフランス語で話しなさい――歩くときはつま先を外に向けること――そして自分が誰であるかを忘れないこと!」

今度はアリスのお辞儀を待たず、女王はすばやく次の杭へ進んだ。そこで一瞬振り返って「さようなら」と言い、それから最後の杭へ急いだ。

どうしてそうなったのか、アリスにはついぞわからなかったが、女王が最後の杭に来たまさにその瞬間、姿が消えていた。空気の中へ消えたのか、それとも素早く森へ駆け込んだのか(「それにあの方はとても速く走れるもの!」とアリスは思った)、推測しようもなかった。ともかく女王はいなくなり、アリスは自分がポーンであり、もうすぐ自分の動く番が来るのだと思い出しはじめた。

第三章 鏡の虫たち

もちろん最初にすべきことは、これから旅する国を大きく見渡すことだった。「地理の勉強にちょっと似ているわ」アリスは少しでも遠くまで見えないかと、つま先立ちしながら思った。「主な河川――ないわね。主な山脈――わたしが立っているこれ一つだけだけれど、名前はなさそう。主な町――まあ、下で蜂蜜を作っているあの生き物たちはかしら? 蜂のはずはないわ――一マイル(約1.6キロメートル)も離れた蜂なんて、誰も見たことがないもの――」それからしばらく黙って立ち、そのうちの一匹が花のあいだを忙しそうに動き回り、長い口を差し込んでいるのを見ていた。「まるで本物の蜂みたい」とアリスは思った。

とはいえ、それは本物の蜂とはまるで違っていた。実のところ、それは象だったのだ――アリスもすぐにそれを知ったが、最初はその考えにすっかり息をのまれた。「それなら、花はどれほど巨大なのかしら!」それが次に浮かんだ考えだった。「屋根を取った小屋に茎をつけたようなものね――それに、どれほど大量の蜂蜜を作ることでしょう! 下へ行って――いいえ、まだやめておきましょう」アリスは丘を駆け下りかけたところで自分を押しとどめ、急に気後れしたことへの言い訳を探しながら続けた。「長くてしっかりした枝を持たずに、あの中へ降りていくなんてだめよ。追い払うものが必要だもの――それに、みんなが散歩はどうだったか尋ねたら、どんなに楽しいでしょう。わたし、こう言うの。『ええ、とてもよかったわ――』」(ここでおなじみの小さな首の振り方が出た)「『ただ、ほこりっぽくて暑くて、象たちがひどくしつこかったの!』。」

「別の道を下りることにするわ」少し間を置いてアリスは言った。「それに、あとで象たちを訪ねてもいいかもしれないし。なにより、第三の升へ入りたいのよ!」

そういう口実を得て、アリスは丘を駆け下り、六つの小さな小川の最初の一つを飛び越えた。

*      *      *      *      *      *      *

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「切符を拝見!」衛兵が窓から顔を突き出して言った。たちまち、全員が切符を差し出した。切符は人々と同じくらいの大きさで、客車の中をすっかり埋め尽くしているように見えた。

「さあ! 切符を見せなさい、お嬢さん!」衛兵はアリスを怒ったように見ながら続けた。すると大勢の声がいっせいに言った(「歌の合唱みたい」とアリスは思った)。「待たせてはいけないよ、お嬢さん! なんといっても、この人の時間は一分千ポンドの価値があるんだから!」

「わたし、持っていないと思います」アリスはおびえた声で言った。「わたしが来たところには、切符売り場がなかったんです。」

するとまた声の合唱が続いた。「彼女の来たところには、切符売り場を置く余地がなかったんだ。あそこの土地は一インチ(約2.5センチ)千ポンドの価値があるからね!」

「言い訳をするんじゃない」衛兵は言った。「機関士から買うべきだったんだ。」

そしてまた声の合唱が、「機関を運転する人だよ。なにしろ煙だけでも、一ふかし千ポンドの価値があるんだから!」と続けた。

アリスは心の中で思った。「それなら、話しても無駄ね。」

今度は声たちは加わらなかった。アリスが口に出していなかったからだ。けれど、たいへん驚いたことに、全員が合唱で考えた合唱で考えるというのがどういうことか、あなたにはわかるといいのだけれど――正直に言うと、わたしにはわからない)。「何も言わないほうがいい。言葉は一語千ポンドの価値があるからね!」

「今夜は千ポンドの夢を見るわ、きっと見るわ!」アリスは思った。

そのあいだずっと、衛兵はアリスを見ていた。最初は望遠鏡で、次に顕微鏡で、それからオペラグラスで。ついに衛兵は言った。「あなたは逆方向に旅をしている」そして窓を閉め、行ってしまった。

「こんなに幼い子どもなら」向かいに座っていた紳士が言った(その人は白い紙をまとっていた)。「たとえ自分の名前を知らなくても、自分がどちらへ向かっているかくらい知っているべきだ!」

白い紳士の隣に座っていたヤギが目を閉じ、大きな声で言った。「たとえアルファベットを知らなくても、切符売り場への道くらい知っているべきだ!」

ヤギの隣にはカブトムシが座っていた(全体として、たいへん妙な乗客でいっぱいの客車だった)。どうやら全員が順番に話すのが決まりのようだったので、その人は続けて言った。「この子はここから荷物として送り返されることになるね!」

アリスにはカブトムシの向こうに誰が座っているか見えなかったが、次にしゃがれた声が話した。「機関車を替え――」と言いかけて、やむなくやめた。

「馬みたいな声ね」アリスは心の中で思った。すると耳のすぐそばで、ひどく小さな声が言った。「そこで洒落が作れるよ――『horse(馬)』と『hoarse(しゃがれ声)』のあたりでね。」[訳注:horse と hoarse は英語で同音。]

それから遠くで、とてもやさしい声が言った。「『割れ物注意の娘』という札をつけなければいけないね――」

そのあとも別の声が続いた(「客車の中に、なんてたくさんの人がいるの!」とアリスは思った)。「この子には頭があるから郵便で送るべきだ――」「電報で伝言として送らねば――」「残りの道のりは自分で列車を引かなければならない――」などなど。

けれど白い紙をまとった紳士は身を乗り出し、アリスの耳元でささやいた。「みんなの言うことなんて気にしないで、お嬢さん。ただし列車が止まるたびに、必ず往復切符を買うんだよ。」

「そんなこと、絶対にしません!」

アリスは少しいらだって言った。「わたしはこの鉄道旅行とは何の関係もありません――ついさっきまで森にいたんです――そこへ戻れたらいいのに。」

「そこで洒落が作れるよ」耳のすぐそばの小さな声が言った。「『戻れたら』と『戻れない』のあたりでね。」

「そんなにからかわないで」アリスは、その声がどこから来るのかと見回したが、見つからなかった。「そんなに洒落を言いたいなら、自分で言えばいいじゃない。」

小さな声は深いため息をついた。どうやらとても不幸らしかった。アリスは慰めるために、何か同情の言葉をかけようとした。「せめて普通の人みたいにため息をついてくれたら!」と思いながら。けれど、それは驚くほど小さなため息だったので、本当に耳のすぐそばでなければ、まったく聞こえなかっただろう。そのため耳がひどくくすぐったくなり、かわいそうな小さな生き物の不幸から、すっかり気がそれてしまった。

「君が友だちだってことはわかっているよ」小さな声は続けた。「大切な友だち、昔からの友だちだ。そして僕を傷つけたりしない。たとえ僕がでも。」

「どんな虫なの?」

アリスは少し不安そうに尋ねた。本当に知りたかったのは、刺すかどうかだったが、それを聞くのはあまり礼儀正しい質問ではないと思ったのだ。

「なんだ、それじゃ君は――」小さな声が言いかけたとき、機関車の甲高い悲鳴にかき消され、アリスを含め、みんなが驚いて飛び上がった。

窓から頭を出していた馬は、静かにそれを引っ込めて言った。「飛び越えなきゃならない小川があるだけさ。」

みんなはこれで納得したようだったが、アリスはそもそも列車が跳ぶという考えに少し不安を覚えた。「でも、これで第四の升に入れるのなら、少しは慰めになるわ!」アリスは心の中で言った。次の瞬間、客車がまっすぐ空中へ持ち上がるのを感じ、怖くなったアリスは、手近にあったものにつかまった。それはたまたまヤギのあごひげだった。

*      *      *      *      *      *      *

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けれど、触れたとたん、あごひげは溶けるように消えた。そしてアリスは木の下に静かに座っている自分に気づいた――一方、ブヨ(アリスが話していた虫はそれだった)は頭上すぐの小枝の上でバランスを取り、羽でアリスをあおいでいた。

それは確かにとても大きなブヨだった。「ニワトリくらいの大きさね」とアリスは思った。それでも長く話し合ったあとだったので、その虫を怖いとは感じなかった。

「――それじゃ、君は虫なら何でも好きというわけじゃないんだね?」ブヨは、何事もなかったかのように落ち着いて続けた。

「話せる虫なら好きよ」アリスは言った。「わたしの来たところでは、虫は誰も話さないもの。」

の来たところでは、どんな虫を喜ぶんだい?」ブヨは尋ねた。

「虫を見て喜ぶことなんて、まったくないわ」アリスは説明した。「だって、少し怖いんですもの――少なくとも大きい種類は。でも、いくつか名前なら言えるわ。」

「もちろん、その虫たちは名前を呼ぶと返事するんだろうね?」ブヨは何気ない調子で言った。

「そんなことをするなんて聞いたことがないわ。」

「名前を持っていても」ブヨは言った。「呼ばれて返事をしないなら、何の役に立つんだい?」

その虫たちには役に立たないわ」アリスは言った。「でも、名前をつける人たちには役に立つんだと思う。そうでなければ、いったいどうして物には名前があるの?」

「さあね」ブヨは答えた。「この先、下の森の奥では、何にも名前がないんだ――ともかく、虫の一覧を続けて。時間を無駄にしているよ。」

「ええと、アブがいるわね」アリスは指を折って名前を数えはじめた。

「よろしい」ブヨは言った。「あの茂みの中ほどを見れば、木馬アブが見えるよ。体は全部木でできていて、枝から枝へ揺れながら移動するんだ。」

「何を食べて生きているの?」

アリスはたいそう好奇心を持って尋ねた。

「樹液とのこぎりくず」ブヨは言った。「続きをどうぞ。」

アリスは木馬アブを興味津々で見上げた。そして、あれは塗り直したばかりに違いないと心に決めた。あまりに明るく、べたべたして見えたからだ。それから続けた。

「それからトンボがいるわ。」

「頭の上の枝をごらん」ブヨは言った。「そこにスナップドラゴン・フライがいるよ。体はプラム・プディングでできていて、羽はヒイラギの葉、頭はブランデーで燃えているレーズンなんだ。」[訳注:snap-dragon は燃えるブランデーの中からレーズンをつまむ英国の遊び。dragon-fly(トンボ)との洒落。]

「それは何を食べているの?」

「フルメンティとミンスパイ」ブヨは答えた。「巣はクリスマスの箱の中に作るんだ。」

「それからチョウがいるわ」アリスは、頭に火がついた虫をよく眺め、「虫がロウソクへ飛び込みたがるのは、そのせいかしら――スナップドラゴン・フライになりたいから!」と心の中で考えてから、話を続けた。

「君の足元を這っているのは」ブヨは言った(アリスは少し驚いて足を引っ込めた)。「パン・アンド・バタフライだ。羽はバターつきパンの薄切り、体はパンの耳、頭は角砂糖でできている。」

それは何を食べて生きているの?」

「クリーム入りの薄い紅茶。」

アリスの頭に新たな難問が浮かんだ。「もしそれが見つからなかったら?」とアリスは言ってみた。

「もちろん死ぬさ。」

「でも、それってすごくよく起こるに違いないわ」アリスは考え深げに言った。

「いつも起こるよ」ブヨは言った。

そのあと、アリスは一、二分黙って考え込んだ。そのあいだブヨは、アリスの頭のまわりをぶんぶん飛び回って楽しんでいた。やがてまたとまり、言った。「君は自分の名前をなくしたくはないんだろうね?」

「もちろん嫌よ」アリスは少し不安そうに言った。

「けれど、どうかな」ブヨは気のない調子で続けた。「名前なしで家に帰ることができたら、どれほど便利か考えてごらん! たとえば家庭教師が君を授業に呼ぼうとして、『こちらへいらっしゃい――』と呼びかける。けれど、呼ぶ名前がないから、そこでやめるしかなくなる。そうなれば当然、君は行かなくていいわけだ。」

「そんなの、きっとうまくいかないわ」アリスは言った。「家庭教師は、それを理由に授業を免除しようなんて絶対に思わないもの。もしわたしの名前を思い出せなかったら、召使いたちみたいに『お嬢さま!』って呼ぶわ。」

「まあ、もし『お嬢さん』と言ってそれ以上何も言わなければ」ブヨは言った。「もちろん君は授業をミスすることになる。これは洒落だよ。君が言ってくれればよかったのに。」

「どうしてわたしが言えばよかったの?」

アリスは尋ねた。「とてもくだらないわ。」

けれどブヨはただ深いため息をつき、大きな涙が二つ、頬を転がり落ちた。

「そんなに不幸になるなら、洒落なんて言わなければいいのに」アリスは言った。

すると、またあの憂うつな小さなため息が聞こえた。今度こそ、かわいそうなブヨは本当にため息と一緒に消えてしまったようだった。アリスが見上げると、小枝の上には何も見えなかった。長いあいだじっと座っていてすっかり肌寒くなっていたので、アリスは立ち上がって歩き出した。

すぐに開けた野原へ出た。その向こう側には森があった。さっきの森よりずっと暗く見え、アリスは中へ入るのが少し怖くなった。けれど、考え直して進むことに決めた。「だって、絶対に戻るつもりはないもの」アリスは心の中で思った。そしてそこが第八の升へ行く唯一の道だった。

「ここがきっと、あの森なのね」アリスは考え深げにひとりごとを言った。「物に名前がないっていう。中に入ったら、わたしの名前はどうなるのかしら? なくすなんて絶対に嫌だわ――だって、別の名前をつけてもらわなきゃならなくなるもの。しかも、ほとんどきっと、いやな名前に決まっているわ。でもそのときは、わたしの昔の名前を持っていった生き物を探すのが面白いでしょうね! ほら、人が犬をなくしたときの広告みたいに――『「ダッシュ」の名に応じる。真鍮の首輪あり』――会うものみんなに『アリス』って呼びかけて、誰かが返事をするまで続けるなんて、想像してごらんなさい! でも、賢ければ誰も返事しないでしょうけれど。」

そんなふうにとりとめもなく考えながら歩いているうちに、アリスは森に着いた。そこはひんやりと涼しく、影が濃く見えた。「まあ、いずれにしてもありがたいわ」木々の下へ足を踏み入れながらアリスは言った。「あんなに暑かったあとで、この――このの中へ入れるのは?」言葉が思い出せず、少し驚いて続けた。「つまり、この下へ――この下へ――このこれの下へ入るってことよ!」そう言って木の幹に手を置いた。「いったいこれは自分のことを何と呼んでいるのかしら? 本当に名前がないみたい――まあ、確かにないんだわ!」

アリスは一分ほど黙って立ち、考えた。それから突然また口を開いた。「じゃあ、本当に起こったのね! それで今、わたしは誰? できることなら思い出すわ! 絶対に思い出してみせる!」

しかし、決心したからといってあまり助けにはならなかった。さんざん悩んだ末にアリスが言えたのは、「L、たしかLで始まるわ!」だけだった。

ちょうどそのとき、小鹿がふらりと通りかかった。大きくやさしい目でアリスを見たが、まったく怖がってはいないようだった。「おいで! おいで!」

アリスは手を差し出してなでようとしながら言った。けれど小鹿は少しだけ後ずさりし、それからまた立ち止まってアリスを見つめた。

「あなたは自分を何と呼ぶの?」小鹿はとうとう言った。なんて柔らかく甘い声だったことだろう! 

「わかればいいのに!」かわいそうなアリスは思った。アリスは少し悲しげに答えた。「今のところ、何でもないの。」

「もう一度考えて」小鹿は言った。「それではだめ。」

アリスは考えたが、何も出てこなかった。「お願い、あなたは自分を何と呼ぶのか教えてくれない?」アリスはおずおずと言った。「少し助けになると思うの。」

「もう少し先へ進んでくれたら教えるよ」小鹿は言った。「ここでは思い出せないんだ。」

そこで二人は一緒に森を歩いた。アリスは小鹿の柔らかな首に愛情こめて腕を回していた。やがて別の開けた野原へ出ると、小鹿は突然空中へ跳び上がり、アリスの腕から身をほどいた。「ぼくは小鹿だ!」小鹿は喜びの声で叫んだ。「それに、まあ大変! あなたは人間の子どもだ!」

美しい茶色の目に、突然おびえの色が浮かんだ。次の瞬間、小鹿は全速力で走り去ってしまった。

アリスはその後ろ姿を見つめて立っていた。大好きな小さな旅の連れをこんなに急に失ってしまった悔しさに、今にも泣き出しそうだった。「でも、今は自分の名前がわかるわ」アリスは言った。「それは少し慰めになる。アリス――アリス――もう忘れないわ。それで今度は、この道しるべのどれに従えばいいのかしら?」

答えるのはそれほど難しい問題ではなかった。森を通る道は一本しかなく、二つの道しるべはどちらもその道を指していたからだ。「道が分かれて、別々の方向を指したら決めましょう」アリスは心の中で言った。

けれど、そんなことは起こりそうになかった。アリスはどんどん、長いあいだ歩きつづけたが、道が分かれるところには必ず同じ方向を指す二本の道しるべがあり、一方には「ツィードルダムの家へ」、もう一方には「ツィードルディーの家へ」と書いてあった。

「ほんとうに」アリスはとうとう言った。「二人は同じ家に住んでいるんだわ! どうして今まで考えつかなかったのか不思議――でも、長くそこにいるわけにはいかない。ちょっと訪ねて『ごきげんよう』と言って、森を出る道を聞くだけにしましょう。暗くなる前に第八の升まで行けたらいいのに!」

そうして、アリスは歩きながらひとりごとを言いつづけた。やがて急な角を曲がったところで、二人の太った小男に突然出くわしたので、思わず後ずさりしてしまった。けれど次の瞬間には落ち着きを取り戻した。二人がきっと

第四章 ツィードルダムとツィードルディー

二人は木の下に立っていた。互いに相手の首へ片腕を回していたが、アリスにはどちらがどちらかすぐわかった。一人の襟には「DUM」と刺繍してあり、もう一人の襟には「DEE」とあったからだ。「きっと襟の後ろ側には、それぞれ『TWEEDLE』って書いてあるんだわ」アリスは心の中で言った。

二人はあまりにもじっと立っていたので、アリスは彼らが生きていることをすっかり忘れてしまい、それぞれの襟の後ろに「TWEEDLE」という言葉が書かれているか見ようと、ちょうど回り込もうとしていた。すると「DUM」と印のついたほうから声がして、アリスはびっくりした。

「ぼくらを蝋人形だと思うなら」彼は言った。「料金を払うべきだよ。蝋人形はただで見られるために作られたわけじゃないんだから、どうしたって!」

「反対に」今度は「DEE」と印のついたほうが付け加えた。「ぼくらが生きていると思うなら、話しかけるべきだね。」

「本当にごめんなさい」としかアリスには言えなかった。古い歌の言葉が、時計のチクタクのように頭の中で鳴りつづけ、ほとんど声に出して言ってしまいそうだったからだ――

「ツィードルダムとツィードルディー
    戦うことに同意した。
ツィードルダムが、ツィードルディーは
    すてきな新しいがらがらを壊したと言ったから。
そのとき怪物のようなカラスが飛んできた、
    タールの樽ほど真っ黒な。
それに二人の英雄はひどくおびえ、
    けんかのことをすっかり忘れた。」

「君が何を考えているか知っているよ」ツィードルダムは言った。「でも、それはそうじゃないんだ、どうしたって。」

「反対に」ツィードルディーは続けた。「もしそうだったなら、そうかもしれない。そうであったなら、そうであるだろう。だがそうではないから、そうではない。これが論理だ。」

「わたしが考えていたのは」アリスはとても礼儀正しく言った。「この森を出るのに、どの道が一番いいかということです。だんだん暗くなってきたので。教えていただけますか?」

けれど小男たちはただ顔を見合わせて、にやりと笑うだけだった。

二人は大きな男子生徒の組み合わせのように、そっくりに見えたので、アリスは思わずツィードルダムを指さして、「一番の男の子!」と言った。

「違うね、どうしたって!」

ツィードルダムはきびきび叫び、また口をぱちんと閉じた。

「次の男の子!」アリスはツィードルディーへ移りながら言った。彼がただ「反対に!」と叫ぶだけだろうと確信していたし、実際その通りだった。

「君は間違っている!」ツィードルダムが叫んだ。「訪問で最初にすることは、『ごきげんよう』と言って、握手することだ!」

ここで二人の兄弟は互いに抱き合い、それから自由になっている二本の手をアリスへ差し出し、握手しようとした。

アリスはどちらか一方と先に握手するのが嫌だった。もう一方の気持ちを傷つけるのが怖かったからだ。そこでこの難問を抜け出す一番いい方法として、両方の手を同時につかんだ。次の瞬間、三人は輪になって踊っていた。これはたいへん自然なことのように思え(あとでアリスはそう思い出した)、音楽が鳴っているのを聞いても驚きさえしなかった。音楽は、三人が踊っている木から聞こえてくるようだった。そして、アリスにわかった限りでは、枝どうしがヴァイオリンと弓のようにこすれ合って鳴っているのだった。

「でも本当におかしかったのよ」あとでこの一部始終を姉に話したとき、アリスは言った。「気がついたら自分で『桑の木のまわりを回ろう』を歌っていたんだもの。いつ歌いはじめたのかわからないけれど、なんだかずうっと長いあいだ歌っていたみたいな気がしたの!」

ほかの二人の踊り手は太っていたので、すぐに息が切れた。「一つの踊りは四回まわれば十分だ」ツィードルダムは息を切らして言い、二人は始めたときと同じくらい突然踊るのをやめた。音楽も同時に止まった。

それから二人はアリスの手を放し、一分ほどアリスを見つめて立っていた。少し気まずい沈黙があった。アリスは、今しがた一緒に踊ったばかりの相手とどう会話を始めればいいのかわからなかった。「今さら『ごきげんよう』なんて言うのはだめだわ」アリスは心の中で言った。「なんだか、もうその段階は過ぎてしまったみたい!」

「そんなにお疲れではないといいのですが?」アリスはとうとう言った。

「まったく。そして聞いてくれて本当にありがとう」ツィードルダムは言った。

たいへんありがたいね!」ツィードルディーが付け加えた。「君は詩が好き?」

「ええ、まあ、かなり――詩によるけれど」アリスは疑わしげに言った。「森から出る道はどちらか教えていただけますか?」

「彼女に何を暗唱しようか?」ツィードルディーは、とても厳粛な目でツィードルダムを振り返り、アリスの質問には気づかないふりをした。

「『セイウチと大工』が一番長い」ツィードルダムは答え、兄弟を愛情こめて抱きしめた。

ツィードルディーはすぐに始めた。

「太陽が照っていた――」

ここでアリスは思い切って遮った。「もしとても長いのなら」できるだけ丁寧に言った。「先にどちらの道が――」

ツィードルディーはやさしく微笑み、もう一度始めた。

「太陽は海の上に照っていた、
    ありったけの力で照っていた。
波をなめらかに、明るくしようと
    精いっぱい励んでいた――
そしてそれは奇妙なことだった、
    真夜中のまっただ中だったから。
月はむっつり照っていた、
    太陽がそこにいる筋合いはないと
思っていたから、
    昼が終わったあとだというのに――
『なんて無作法なの』と月は言った、
    『楽しみを台なしにしに来るなんて!』
海はこのうえなく濡れていて、
    砂はこのうえなく乾いていた。
雲は一つも見えなかった、
    空には雲がなかったから。
頭上を飛ぶ鳥もいなかった――
    飛ぶ鳥がいなかったから。
セイウチと大工は
    すぐ近くを歩いていた。
大量の砂を見て
    二人は大げさに泣いた。
『これが片づきさえすれば。』
    二人は言った、『立派なのに!』
『七人の女中が七本のモップで
    半年かけて掃いたなら、
どう思うね』セイウチは言った、
    『きれいにできるだろうか?』
『疑わしいね』と大工は言い、
    苦い涙を流した。
『おお牡蠣たちよ、一緒に歩こう!』
    セイウチは懇願した。
『楽しい散歩、楽しいおしゃべり、
    塩辛い浜辺に沿って。
四人より多くは連れていけない、
    一人ずつ手を貸すために。』
一番年長の牡蠣が彼を見た。
    けれど一言も言わなかった。
年長の牡蠣は片目をつぶり、
    重い頭を振った――
つまり彼は望まないと言ったのだ、
    牡蠣の寝床を離れることを。
けれど若い牡蠣が四人、急いでやって来た、
    ごちそうに胸を躍らせて。
上着はブラシをかけ、顔は洗われ、
    靴はきれいで整っていた――
そしてそれは奇妙なことだった、
    だって、ご存じの通り足がなかったから。
さらに四人の牡蠣が続き、
    また別の四人も続いた。
そして最後にはどっと押し寄せ、
    もっと、もっと、もっと来た――
泡立つ波をぴょんぴょん跳ね、
    岸へよじ登りながら。
セイウチと大工は
    一マイル(約1.6キロメートル)ほど歩いた。
それから都合よく低い岩の上で
    休むことにした。
小さな牡蠣たちはみんな
    一列に並んで待っていた。
『時は来た』セイウチは言った、
    『いろいろなことを話す時が。
靴のこと――船のこと――封蝋のこと――
    キャベツのこと――王たちのこと――
なぜ海は沸騰するほど熱いのか――
    そして豚に翼はあるのか。』
『でも少し待って』牡蠣たちは叫んだ、
    『おしゃべりを始める前に。
ぼくらの中には息切れしている者もいるし、
    みんな太っているんだ!』
『急がないよ!』大工は言った。
    彼らはそれにたいそう感謝した。
『パン一斤が』セイウチは言った、
    『何より必要なものだ。
それに胡椒と酢も
    実にすばらしい――
さあ、かわいい牡蠣たち、準備ができたなら、
    食事を始めよう。』
『でも、ぼくらを食べるんじゃないよ!』牡蠣たちは叫んだ、
    少し青ざめながら。
『こんなに親切にしてくれたあとで、
    そんなことをするなんて悲しすぎる!』
『今夜はよい夜だ』セイウチは言った、
    『この眺めを気に入ったかね?  『来てくれて本当に親切だった!      それに君たちは実にすてきだ!』
大工はただ一言だけ言った、
    『もう一切れ切ってくれ。
君がそんなに耳が遠くなければよかったのに――
    二度も頼まなきゃならなかった!』
『こうして欺くのは恥ずべきことだ。』
    セイウチは言った。
『こんな遠くまで連れてきて、
    そんなに急がせて歩かせたあとで!』
大工はただ一言だけ言った、
    『バターを厚く塗りすぎだ!』
『君たちのために泣こう』セイウチは言った。
    『心から同情している。』
すすり泣き、涙を流しながら、
    大きいものを選り分けた。
ポケットのハンカチを
    涙に濡れた目の前へ掲げつつ。
『おお牡蠣たちよ』大工は言った。
    『楽しい駆け足だったろう!  そろそろ小走りで帰ろうか?』
    しかし返事は一つもなかった――
それもほとんど不思議ではなかった、
    二人が一人残らず食べてしまったのだから。」

「わたしはセイウチのほうが好き」アリスは言った。「だって、かわいそうな牡蠣たちを少し気の毒に思っていたでしょう。」

「でも、セイウチのほうが大工よりたくさん食べたよ」ツィードルディーは言った。「ハンカチを前に掲げていたから、大工には何個取ったか数えられなかったんだ。反対にね。」

「それは卑怯だわ!」

アリスは憤慨して言った。「じゃあ大工のほうが好き――もしセイウチほどたくさん食べなかったのなら。」

「でも彼は手に入るだけ食べたんだよ」ツィードルダムは言った。

これは悩ましい問題だった。しばらく黙ったあと、アリスは言いかけた。「まあ! 二人ともどちらもたいへん感じの悪い人物だったわ――」ここでアリスは少し驚いて言葉を止めた。近くの森の中から、大きな蒸気機関車が息を吐くような音が聞こえたからだ。もっとも、野獣である可能性のほうが高いのではないかと怖くなった。「このあたりにライオンやトラはいるの?」アリスはおずおず尋ねた。

「あれは赤の王のいびきにすぎないよ」ツィードルディーは言った。

「見においで!」兄弟は叫び、それぞれアリスの手を片方ずつ取り、王が眠っているところまで連れていった。

すてきな眺めだと思わない?」ツィードルダムは言った。

アリスには正直、そうだとは言えなかった。王は房のついた背の高い赤いナイトキャップをかぶり、だらしないかたまりのようにくしゃっと丸まって横たわり、大きないびきをかいていた――ツィードルダムの言うところでは、「頭が吹っ飛びそうないびき」だった。

「湿った草の上に寝ていたら、風邪をひいてしまいそうで心配だわ」アリスは言った。アリスはとても思いやりのある小さな女の子だった。

「王は今、夢を見ているんだ」ツィードルディーは言った。「何の夢を見ていると思う?」

アリスは「そんなの誰にも当てられないわ」と言った。

「もちろんの夢だよ!」

ツィードルディーは勝ち誇って手をたたきながら叫んだ。「もし王が君の夢を見るのをやめたら、君はどこにいると思う?」

「もちろん、今いるところよ」アリスは言った。

「違うね!」

ツィードルディーは軽蔑したように言い返した。「君はどこにもいなくなる。君なんて、王の夢の中の何かのようなものにすぎないんだから!」

「もしあの王が目を覚ましたなら」ツィードルダムも付け加えた。「君は消えるんだ――ぱっと! ――ろうそくみたいに!」

「そんなことないわ!」

アリスは腹を立てて叫んだ。「それに、もしわたしが王の夢の中の何かみたいなものにすぎないのなら、あなたたちは何なのか、ぜひ知りたいものだわ。」

「同じさ」ツィードルダムは言った。

「同じ、同じ」ツィードルディーが叫んだ。

彼があまりに大きな声で叫んだので、アリスは思わず言った。「しっ! そんなにうるさくしたら、王を起こしてしまうんじゃないかしら。」

「君が王を起こすことについて話すなんて、まったく意味がないよ」ツィードルダムは言った。「君は王の夢の中のものの一つにすぎないんだから。君は自分が本物じゃないことを、よく知っているだろう。」

「わたしは本物よ!」アリスは言い、泣き出した。

「泣いたって、少しも本物らしくはならないよ」ツィードルディーは言った。「泣くようなことなんて何もない。」

「もし本物じゃなかったら」アリスは言った――あまりにばかばかしいので、涙の中で半分笑いながら――「泣けるはずがないわ。」

「まさか、それが本物の涙だと思っているんじゃないだろうね?」

ツィードルダムはひどく軽蔑した調子で口をはさんだ。

「この人たちはでたらめを言っているんだわ」アリスは心の中で思った。「それで泣くなんてばかげているわ。」

そこでアリスは涙をぬぐい、できるだけ明るく続けた。「とにかく、森を出たほうがいいわ。本当にずいぶん暗くなってきたから。雨が降ると思う?」

ツィードルダムは自分と兄弟の上に大きな傘を広げ、その内側を見上げた。「いや、降るとは思わないね」彼は言った。「少なくとも――ここの下では。どうしたって。」

「でもでは降るかもしれないでしょう?」

「降るかもしれない――降りたければね」ツィードルディーは言った。「ぼくらは反対しない。反対にね。」

「なんて利己的なの!」アリスは思った。そして「おやすみなさい」と言って立ち去ろうとしたちょうどそのとき、ツィードルダムが傘の下から飛び出し、アリスの手首をつかんだ。

「あれが見えるか?」彼は激情で息を詰まらせた声で言った。その目は一瞬で大きく黄色くなり、震える指で木の下に落ちている小さな白いものを指さした。

「ただのがらがらよ」アリスはその小さな白いものをよく調べたあとで言った。「がらがらじゃないわよ」彼が怖がっているのだと思い、急いで付け加えた。「ただの古いがらがら――すっかり古くて壊れているわ。」

「やっぱりそうだと思った!」ツィードルダムは叫び、狂ったように足を踏み鳴らし、髪をかきむしりはじめた。「壊されたに決まっている!」

ここで彼はツィードルディーを見た。するとツィードルディーはすぐ地面に座り込み、傘の下に身を隠そうとした。

アリスは彼の腕に手を置き、なだめるような調子で言った。「古いがらがらのことで、そんなに怒らなくてもいいでしょう。」

「でも古くなんかない!」

ツィードルダムは今まで以上に激怒して叫んだ。「新しいんだ、言っているだろう――昨日買ったんだ――ぼくのすてきな新しいがらがら!」そして声は完全な悲鳴になった。

そのあいだずっと、ツィードルディーは自分ごと傘をたたもうと必死になっていた。それはあまりにも奇妙なことだったので、アリスの注意は怒った兄弟からすっかりそれてしまった。けれど彼はなかなか成功せず、最後には傘に包まれたまま転がり、頭だけ外へ出していた。そこで口と大きな目を開いたり閉じたりしている様子は――「魚以外の何ものにも見えないわ」とアリスは思った。

「もちろん、戦うことには同意するんだろう?」

ツィードルダムは少し落ち着いた声で言った。

「そうするしかないだろうね」もう一人は傘から這い出しながら、不機嫌そうに答えた。「ただし、彼女に着替えを手伝ってもらわなきゃ。」

そこで二人の兄弟は手を取り合って森へ入っていき、一分もしないうちに腕いっぱいの物を抱えて戻ってきた――枕、毛布、暖炉前の敷物、テーブルクロス、皿のふた、石炭入れといったものだった。「君は針で留めたり、ひもを結んだりするのが得意だといいんだけど?」

ツィードルダムは言った。「この一つ一つを、どうにかして身につけなきゃならないんだ。」

あとでアリスは、生まれてこのかた、あれほど大騒ぎするのを見たことがないと言った。二人がどれほどばたばた動き回ったか、どれほど大量の物を身につけたか、アリスがひもを結んだりボタンを留めたりするのにどれほど手間をかけさせられたか――「これじゃ準備が終わるころには、何より古着の包みみたいになってしまうわ!」ツィードルディーの首まわりに枕を巻きながら、アリスは心の中で言った。彼によれば、それは「首を切り落とされないようにするため」だった。

「だって」彼はとても真剣に付け加えた。「戦いで人に起こりうる最も重大なことの一つだからね――首を切り落とされるというのは。」

アリスは声を出して笑った。けれど彼の気持ちを傷つけないよう、どうにか咳に見せかけた。

「ぼく、とても青ざめて見える?」ツィードルダムは兜を結んでもらおうと近づきながら言った。(彼はそれを兜と呼んでいたが、確かにそれは鍋にずっとよく似ていた。)

「ええ――そうね――少し」アリスはやさしく答えた。

「普段はとても勇敢なんだ」彼は低い声で続けた。「ただ今日は、たまたま頭痛がするだけで。」

「それならぼくは歯痛だ!」ツィードルディーは、その言葉を聞きつけて言った。「ぼくのほうがずっとひどい!」

「それなら今日は戦わないほうがいいわ」アリスは言った。仲直りさせるよい機会だと思ったのだ。

少しは戦わなければならない。でも長くやる気はないね」ツィードルダムは言った。「今何時?」

ツィードルディーは時計を見て、「四時半」と言った。

「六時まで戦って、それから夕食にしよう」ツィードルダムは言った。

「よろしい」もう一人は少し悲しげに言った。「そして彼女は見物すればいい――ただし、あまり近くへ来ないほうがいいよ」彼は付け加えた。「ぼくは本当に興奮すると、見えるものは何でも殴るから。」

「そしてぼくは手の届くものなら何でも殴る」ツィードルダムが叫んだ。「見えるかどうかに関係なく!」

アリスは笑った。「それじゃ、をずいぶんよく殴るでしょうね」アリスは言った。

ツィードルダムは満足そうな笑みで周りを見回した。「戦いが終わるころには」彼は言った。「ずっと遠くまで、立っている木なんて一本も残らないと思うね!」

「それが全部、がらがらのためなのね!」アリスは言った。そんな小さなことで戦うのを、少しは恥ずかしく思ってくれることをまだ期待していた。

「これが新しいのでなければ、ぼくもそれほど気にしなかったよ」ツィードルダムは言った。

「怪物のカラスが来ればいいのに!」アリスは思った。

「剣は一本しかないんだ」ツィードルダムは兄弟に言った。「でも君は傘を使えばいい――あれは剣と同じくらい鋭い。とにかく急いで始めなきゃ。これ以上ないほど暗くなってきた。」

「それに、もっと暗くなる」ツィードルディーは言った。

あまりに急に暗くなってきたので、アリスは雷雨が近づいているに違いないと思った。「なんて厚くて黒い雲でしょう!」アリスは言った。「それに、なんて速く来るの! まあ、翼があるみたい!」

「カラスだ!」

ツィードルダムは恐怖に甲高い声で叫んだ。そして二人の兄弟は一目散に逃げ出し、たちまち見えなくなった。

アリスは少し森の中へ走り、大きな木の下で立ち止まった。「ここなら、絶対に届かないわ」アリスは思った。「大きすぎて木々のあいだへ体を押し込めないもの。でも、あんなに羽ばたかないでほしいわ――森の中がまるで大嵐みたい――あら、誰かのショールが吹き飛ばされている!」

第五章 羊毛と水

アリスはそう言いながらショールを受け止め、持ち主を探してあたりを見回した。すると次の瞬間、白の女王が森の中を、まるで飛んでいるように両腕を大きく広げ、めちゃくちゃな勢いで駆けてきた。アリスはとても礼儀正しく、ショールを持って迎えに出た。

「ちょうど通り道にいてよかったです」アリスは、女王がもう一度ショールを羽織るのを手伝いながら言った。

白の女王は、どうにもならないほどおびえたような目でアリスを見るばかりで、ひそひそと自分に向かって何かをくり返していた。それは「パンにバター、パンにバター」と聞こえた。会話らしい会話をするには、自分で何とかするしかない、とアリスは思った。そこで、少しおずおずと切り出した。「白の女王さまにお声をおかけしているのでしょうか?」

「まあ、そうね、それを“お召し”と呼ぶならね」と女王は言った。「でも、わたしの考える“お召し物”とは、ぜんぜん違うわ。」

会話のはじめから口論になるのはよくない、とアリスは思ったので、にっこりして言った。「陛下が正しい始め方を教えてくだされば、できるだけその通りにいたします。」

「でも、何もしてほしくなんかないの!」かわいそうな女王はうめいた。「わたし、この二時間ずっと自分で着替えていたんだから。」

それなら誰かに着せてもらったほうがずっとよかったのに、とアリスには思えた。女王はひどく身なりが乱れていたのだ。「何もかも曲がってる」アリスは心の中で思った。「それに全身ピンだらけ! ――ショールをまっすぐにして差し上げてもよろしいですか?」と、声に出して付け加えた。

「何が悪いのかしら!」女王は沈んだ声で言った。「機嫌が悪いのだと思うわ。ここにも留めたし、あそこにも留めたのに、どうしても気に入らないのよ!」

「片側ばかりにピンを留めたら、まっすぐになりませんよ」アリスはやさしく直しながら言った。「まあ、それに髪の毛が大変なことに!」

「ブラシが絡まってしまったの!」女王はため息をついた。「それに櫛は昨日なくしたわ。」

アリスはそっとブラシを外し、できるかぎり髪を整えた。「ほら、少しよくなりましたよ!」ピンをほとんど直してから、そう言った。「でも本当に、侍女をお持ちになるべきです!」

「あなたなら喜んで雇うわ!」女王は言った。「週に二ペンス、それに一日おきにジャム。」

アリスは笑わずにいられなかった。「わたしを雇ってほしいわけじゃありません――それにジャムは好きではありません。」

「とてもおいしいジャムよ」と女王は言った。

「でも、少なくとも今日は結構です。」

「欲しくても今日はもらえないわ」と女王は言った。「規則では、ジャムは明日、ジャムは昨日――でも今日のジャムは絶対なし。」

「いつかは“今日のジャム”になるはずです」とアリスは異議を唱えた。

「いいえ、ならないわ」と女王は言った。「一日おきのジャムなのよ。今日は“ほかの日”ではないでしょう。」

「わかりません」とアリスは言った。「ものすごくややこしいです!」

「逆向きに生きているせいね」と女王は親切そうに言った。「最初は誰だって少し目が回るもの――」

「逆向きに生きる!」

アリスはひどく驚いてくり返した。「そんなこと、聞いたこともありません!」

「――でも、とても大きな利点がひとつあるの。記憶が両方向に働くのよ。」

「わたしの記憶は一方向だけです」とアリスは言った。「起こる前のことなんて覚えられません。」

「後ろ向きにしか働かない記憶なんて、ずいぶん貧弱ね」と女王は言った。

「女王さまはどんなことをいちばんよく覚えているのですか?」

アリスは思いきって尋ねた。

「再来週に起こったことかしら」と女王は何でもないことのように答えた。「たとえば今ね」そう言いながら指に大きな絆創膏を貼った。「王の使者がいるでしょう。あの人は今、牢に入って罰を受けているの。裁判は来週の水曜日まで始まりもしない。そしてもちろん、犯罪は一番最後に来るのよ。」

「もしその人が犯罪を犯さなかったら?」とアリスは言った。

「そのほうがずっといいでしょう?」女王は、絆創膏をリボンで指に巻きながら言った。

アリスはそれには反論できないと思った。「もちろん、そのほうがずっといいです」と言った。「でも、罰を受けることについては、ずっといいとは言えません。」

「そこはあなたの間違いね」と女王は言った。「あなたは罰を受けたことがある?」

「悪いことをしたときだけです」とアリス。

「それであなたはよくなったでしょう!」女王は勝ち誇ったように言った。

「ええ、でもその時は、罰を受けるようなことを本当にしていました」とアリスは言った。「そこが全然違います。」

「でも、もししていなかったら」と女王は言った。「もっとよかったでしょう。よくて、もっとよくて、もっともっとよかったでしょう!」

「よかった」のたびに声が高くなり、最後にはすっかり金切り声になった。

アリスが「どこかに間違いが――」と言いかけたとき、女王があまりにも大声で叫び出したので、文を最後まで言えなかった。「ああ、ああ、ああ!」女王は、手を振り落としたいようにぶんぶん振りながら叫んだ。「指から血が出てる! ああ、ああ、ああ、ああ!」

その叫び声は蒸気機関車の汽笛にそっくりだったので、アリスは両手で耳をふさがずにはいられなかった。

「いったいどうしたんですか?」やっと声が届きそうになったところで言った。「指を刺したんですか?」

「まだ刺していないわ」と女王は言った。「でもすぐ刺すの――ああ、ああ、ああ!」

「いつ刺す予定なんですか?」

アリスは笑い出しそうになりながら尋ねた。

「もう一度ショールを留めるときよ」かわいそうな女王はうめいた。「ブローチがすぐ外れるの。ああ、ああ!」

その言葉を言ったとたん、ブローチがぱちんと開いた。女王はあわててつかみ、もう一度留めようとした。

「気をつけて!」アリスは叫んだ。「すごく曲がって持っています!」

そしてブローチに手を伸ばしたが、遅かった。針が滑って、女王の指を刺してしまった。

「だから血が出ていたのよ」と女王はにっこりしてアリスに言った。「これで、この国で物事がどう起こるかわかったでしょう。」

「でも、どうして今は叫ばないんですか?」

アリスはまた耳をふさぐ用意をしながら尋ねた。

「だって、叫ぶのはもう全部済ませたもの」と女王は言った。「もう一度やって何の役に立つの?」

そのころには明るくなってきた。「カラスは飛んでいったみたいですね」とアリスは言った。「いなくなってよかった。夜になったのかと思いました。」

「わたしも喜べるようになりたいものだわ!」女王は言った。「でも規則をどうしても思い出せないの。あなたはこの森で暮らして、好きなときに喜べるなんて、とても幸せね!」

「でも、ここは本当にひとりぼっちです!」

アリスは沈んだ声で言った。そして孤独のことを思うと、大きな涙が二つ、頬を転がり落ちた。

「ああ、そんなふうにしないで!」かわいそうな女王は絶望して手をもみしだいた。「あなたがどんなに大きな女の子か考えなさい。今日どれだけ遠くまで来たか考えなさい。今が何時か考えなさい。何でもいいから考えて、泣かないで!」

アリスは涙の中でも思わず笑ってしまった。「考えごとをすれば泣かずにいられるんですか?」と尋ねた。

「そうするものなのよ」と女王はきっぱり言った。「誰だって一度に二つのことはできないでしょう。まずはあなたの年齢を考えましょう――いくつ?」

「ちょうど七歳半です。」

「“ちょうど”なんて言わなくていいわ」と女王は言った。「それがなくても信じられるもの。では今度は、あなたに信じるものをあげましょう。わたしはちょうど百一歳と五か月と一日。」

「それは信じられません!」アリスは言った。

「できないの?」女王は哀れむように言った。「もう一度やってごらんなさい。深く息を吸って、目を閉じるの。」

アリスは笑った。「やっても無駄です」と言った。「不可能なことは信じられません。」

「練習が足りないのでしょうね」と女王は言った。「わたしがあなたの年ごろだった時は、毎日三十分やっていたわ。朝食前に、不可能なことを六つも信じたことだってあるのよ。あ、またショールが!」

女王がそう言う間にブローチが外れ、突然の風がショールを小さな小川の向こうへ吹き飛ばした。女王はまた両腕を広げ、それを追って飛んでいき、今度は自分でつかまえることに成功した。「取ったわ!」勝ち誇った声で叫んだ。「さあ、今度は自分ひとりで留めてみせるわ!」

「では、指はもうよくなったのですね?」

アリスは女王のあとから小川を渡りながら、とても丁寧に言った。

*      *      *      *      *      *      *

    *      *      *      *      *

*      *      *      *      *      *      *

「ああ、ずっとよくなったわ!」女王は叫んだ。その声は話すうちに金切り声へ上がっていった。「ずっとよーく! よーく! よーーーく! めえええ!」

最後の言葉は長い鳴き声で終わり、まるで羊そのものだったので、アリスは思わずびくりとした。

女王を見ると、急に羊毛にくるまってしまったように見えた。アリスは目をこすって、もう一度見た。何が起きたのか、まったくわからない。ここは店なのだろうか? そしてカウンターの向こうに座っているのは本当に――本当に羊なのだろうか? いくら目をこすっても、それ以上のことはわからなかった。アリスは小さな暗い店にいて、カウンターに肘をついていた。そして向かいには年老いた羊が肘掛け椅子に座って編み物をしており、ときどき手を止めて、大きな眼鏡越しにアリスを見ていた。

「何を買いたいんだい?」羊はとうとう、編み物から少し顔を上げて言った。

「まだ、はっきりとはわかりません」とアリスはとてもおとなしく言った。「よろしければ、先にぐるりと見てみたいです。」

「前と両側なら好きに見るがいい」と羊は言った。「でも“ぐるり全部”は見られないよ――後ろ頭に目がついていない限りね。」

しかし残念ながら、アリスには後ろ頭に目はついていなかった。そこで、振り向きながら、目につく棚を見るだけで満足することにした。

店にはありとあらゆる奇妙な品物が詰まっているようだった。だが一番変なのは、どの棚も、じっと見てそこに何があるのか確かめようとすると、その棚だけが必ず空っぽになってしまうことだった。まわりの棚は、持ちこたえられるかぎりぎっしり詰まっているのに。

「ここの物は、なんてふらふら流れるんでしょう!」アリスはとうとう、嘆くような声で言った。人形のようにも見え、裁縫箱のようにも見える、大きくて明るい物を一分ほど無駄に追いかけたあとだった。それはいつも、アリスが見ている棚の一段上にあった。「これがいちばんじれったいわ――でも、こうしましょう――」ふと思いついて、アリスは続けた。「いちばん上の棚まで追い詰めるの。天井を通り抜けるとなると、きっと困るはずだわ!」

だがこの作戦も失敗した。その「物」は、まるで慣れきっているかのように、実に静かに天井を通り抜けてしまった。

「おまえさんは子どもかい、それともこまかい独楽かい?」羊は別の編み針を取り上げながら言った。「そんなにくるくる回っていたら、こっちが目を回してしまうよ。」

羊は今や十四組の編み針を同時に使っていて、アリスは驚いて見つめずにいられなかった。

「どうしてあんなにたくさんで編めるのかしら?」困ったアリスは心の中で思った。「だんだんヤマアラシみたいになっていくわ!」

「櫂は漕げるかい?」羊は編み針を一組手渡しながら尋ねた。

「はい、少しなら――でも陸の上ではなくて――針でもなくて――」アリスが言いかけたとたん、手の中の針は櫂に変わり、自分たちが小さな舟に乗り、岸と岸の間を滑っていることに気づいた。こうなっては、できるかぎり頑張るしかなかった。

「フェザー!」羊はまた別の編み針を取り上げながら叫んだ。

返事を求めている言葉には聞こえなかったので、アリスは何も言わずに漕ぎつづけた。水には何かとても妙なところがある、とアリスは思った。時々、櫂が水に固く捕まり、なかなか抜けなくなるのだ。

「フェザー! フェザー!」羊はさらに針を取りながらまた叫んだ。「すぐにカニを捕まえるよ。」

「かわいい小さなカニ!」アリスは思った。「それならうれしいわ。」

「『フェザー』と言ったのが聞こえなかったのかい?」羊は針の束をまるごと取り上げながら、怒って叫んだ。

「もちろん聞こえました」とアリス。「何度も、それにとても大きな声でおっしゃいました。あの、カニはどこにいるんですか?」

「水の中に決まってるだろう!」羊は両手がふさがっていたので、針を何本か髪に刺しながら言った。「フェザーと言ってるんだよ!」

「どうしてそんなに『フェザー』っておっしゃるんですか?」

アリスはとうとう少し腹を立てて尋ねた。「わたしは鳥じゃありません!」

「鳥だよ」と羊は言った。「小さなガチョウだ。」

アリスは少しむっとしたので、しばらく会話は途切れた。舟は静かに進み、ときには水草の茂みのあいだを通り(そこでは櫂がこれまで以上に水に引っかかった)、ときには木々の下をくぐったが、いつでも同じ高い川岸が頭上に険しくそびえていた。

「あ、お願い! いい香りのするイグサがあります!」

アリスは突然、うっとりして叫んだ。「本当にあるわ――しかも、なんてきれい!」

「それについて、あたしに“お願い”なんて言わなくていい」と羊は編み物から顔も上げずに言った。「あたしが置いたんじゃないし、取り去るつもりもないからね。」

「いいえ、そうではなくて――お願い、少し止まって摘んでもいいですか?」

アリスは頼みこんだ。「舟を一分だけ止めてもかまわなければ。」

「どうやってあたしが止めるんだい?」羊は言った。「おまえさんが漕ぐのをやめれば、ひとりでに止まるよ。」

そこで舟は流れにまかせて漂い、やがて揺れるイグサの間へ静かに滑り込んだ。アリスは小さな袖をていねいにまくり、できるだけ下の方から折り取ろうと、小さな腕を肘まで水に差し込んだ。そしてしばらくの間、羊のことも編み物のこともすっかり忘れ、舟べりから身を乗り出して、もつれた髪の先を水につけながら、きらきらした熱心な目で、愛らしい香りのイグサの束を次々につかんだ。

「舟がひっくり返らなければいいけど!」アリスはひとりごとを言った。「ああ、なんてすてきなの! でも、少し届かなかった。」

それはたしかに少し腹立たしいことだった(「まるでわざとそうなっているみたい」とアリスは思った)。舟が進むあいだ、きれいなイグサをたくさん摘むことはできたのに、いつでも届かないところに、もっと美しい一本があるのだ。

「いちばんきれいなのは、いつも遠くにあるのね!」アリスはとうとうため息をついた。そんな遠くに生えるイグサの意地悪さを思いながら、頬を赤くし、髪も手も水に濡らして自分の席へよじ登り、新しく手に入れた宝物を並べはじめた。

摘んだその瞬間から、イグサがしおれ、香りも美しさも失っていくことなど、その時のアリスには何の問題でもなかった。本物の香りのよいイグサでさえ、長くはもたないものだ。ましてこれは夢のイグサだったので、足もとに積まれているうち、雪のようにほとんど溶けて消えていった。だがアリスはほとんど気づかなかった。考えるべき奇妙なことが、ほかにあまりにも多かったからだ。

それほど進まないうちに、片方の櫂の刃が水に捕まってどうしても抜けなくなった(と、アリスはあとで説明した)。その結果、柄がアリスのあごの下に引っかかり、かわいそうなアリスが「あ、あ、あ!」と小さな悲鳴を連発するのも構わず、まっすぐ座席から払い落として、イグサの山の中へ転がしてしまった。

しかし怪我はなく、すぐに起き上がった。羊はその間ずっと、何事もなかったかのように編み物を続けていた。「いいカニを捕まえたね!」アリスが自分の席に戻り、まだ舟の中にいることにひどくほっとしていると、羊はそう言った。

「そうでしたか? 見えませんでした」アリスは舟べりから暗い水をそっとのぞきこんで言った。「離れなければよかったのに――家へ持って帰る小さなカニを見てみたかったわ!」

だが羊は鼻で笑っただけで、編み物を続けた。

「ここにはカニがたくさんいるんですか?」アリスは言った。

「カニも、ほかのものもいろいろいるよ」と羊。「選び放題さ。さあ、何を買いたいんだい?」

「買う?」

アリスは驚き半分、怖さ半分の声でくり返した。櫂も舟も川も、一瞬で消えてしまい、アリスはまた小さな暗い店に戻っていたのだ。

「卵をひとつ買いたいです」とアリスはおずおず言った。「おいくらですか?」

「一個なら五ペンス四分の一。二個なら二ペンス」と羊は答えた。

「では、二個のほうが一個より安いんですか?」

アリスは驚いた声で言い、財布を取り出した。

「ただし二個買ったら、両方食べなきゃいけないよ」と羊は言った。

「では一個ください」とアリスは言って、お金をカウンターに置いた。心の中では、「全然おいしくないかもしれないもの」と思っていた。

羊はお金を受け取って箱にしまった。それから言った。「あたしは人の手に物を渡したりしないよ。そんなことは、とてもできない。自分で取るんだね。」

そう言うと、店の奥へ行き、棚の上に卵を立てて置いた。

「どうして“できない”のかしら?」アリスは、テーブルや椅子の間を手探りで進みながら思った。店の奥はとても暗かったのだ。「卵は、近づけば近づくほど遠ざかるみたい。ええと、これは椅子かしら? まあ、枝が生えているわ! こんなところで木が育っているなんて、なんて変なの! それに本当に小さな小川まである! まあ、今まで見た中で一番おかしな店だわ!」

*      *      *      *      *      *      *

    *      *      *      *      *

*      *      *      *      *      *      *

アリスは歩き続けた。一歩進むたびに、あらゆるものが近づいた瞬間に木へ変わるので、ますます不思議でならなかった。そして卵もきっと同じようになるに違いないと思った。

第六章 ハンプティ・ダンプティ

ところが卵は、大きくなり、人間らしくなっていくだけだった。数ヤード(数メートル)まで近づくと、目と鼻と口があるのが見えた。さらにそばまで行くと、それがまぎれもなくハンプティ・ダンプティその人だとはっきりわかった。「ほかの誰でもないわ!」アリスは心の中で言った。「顔じゅうに名前が書いてあるみたいに確かだもの。」

その巨大な顔なら、名前を百回は楽に書けただろう。ハンプティ・ダンプティは高い塀の上に、トルコ人のように脚を組んで座っていた。その塀はとても細く、アリスはどうやって釣り合いを取っているのか不思議でならなかった。しかも目はずっと反対側を向いていて、アリスに少しも気づかないので、やはり詰め物をした人形なのかもしれないと思った。

「それに、なんて卵そっくりなの!」アリスは声に出して言った。いつ落ちてもおかしくないと思って、受け止めるために両手を構えていた。

「まったく腹立たしい」と、長い沈黙のあとハンプティ・ダンプティは言った。話しながらもアリスのほうは見なかった。「卵などと呼ばれるのは――実に!」

「卵に似ていらっしゃると言っただけです、旦那さま」とアリスは穏やかに説明した。「それに卵にも、とてもきれいなものがありますもの」と、ほめ言葉に変えようとして付け加えた。

「世の中には」とハンプティ・ダンプティはいつものように目をそらしたまま言った。「赤ん坊ほどの分別もない者がいる!」

アリスは何と言えばいいかわからなかった。これは会話とはまるで違う、とアリスは思った。ハンプティ・ダンプティは何ひとつアリスに向かって言わないのだ。実際、今の言葉も明らかに一本の木へ向けられていた。そこでアリスは立ったまま、小さな声で自分に向かってくり返した――

「ハンプティ・ダンプティ、塀の上。
ハンプティ・ダンプティ、落っこちた。
王さまの馬みんな、王さまの家来みんなでも、
ハンプティ・ダンプティを元どおりにはできなかった。」

「最後の行は詩として長すぎるわね」と、ハンプティ・ダンプティに聞こえることを忘れて、ほとんど声に出して付け加えた。

「そんなところに立って、ひとりでぺちゃくちゃ言うんじゃない」とハンプティ・ダンプティは初めてアリスを見て言った。「名前と用件を言いなさい。」

「わたしの名前はアリスです。でも――」

「じつにつまらない名前だ!」

ハンプティ・ダンプティはじれったそうに遮った。「どういう意味だ?」

「名前には何か意味がなければならないんですか?」

アリスは疑わしげに尋ねた。

「もちろんだ」とハンプティ・ダンプティは短く笑った。「わたしの名前は、このわたしの形を意味している――しかも見事で立派な形だ。きみのような名前では、ほとんどどんな形にでもなれてしまう。」

「どうしてこんなところにひとりで座っているんですか?」アリスは口論を始めたくなくて言った。

「そりゃ、わたしと一緒に誰もいないからだ!」ハンプティ・ダンプティは叫んだ。「その答えを知らないとでも思ったのか? 別のを聞け。」

「下の地面にいたほうが安全だとは思いませんか?」

アリスは続けた。別のなぞなぞを出すつもりではなく、ただその奇妙な生き物を親切に心配してのことだった。「その塀、とても細いですもの!」

「なんてひどく簡単ななぞなぞを出すんだ!」

ハンプティ・ダンプティはうなった。「もちろん、そうは思わない! なぜなら、もしわたしが落ちたとして――そんなことはありえないが、もし落ちたとして――」ここで彼は唇をすぼめ、あまりにも厳粛で堂々とした顔をしたので、アリスは笑いをこらえるのが大変だった。「もし落ちたとしても」彼は続けた。「王がわたしに約束してくださった――ご自身の口で――わたしを――」

「王さまの馬と家来をみんな送る、と」アリスは少し軽率に口を挟んだ。

「これはあまりにもひどい!」

ハンプティ・ダンプティは突然かんかんになって叫んだ。「きみは扉のところで聞き耳を立てたな――木の陰でも――煙突の下でも――でなければ知っているはずがない!」

「本当にしていません!」

アリスはとてもやさしく言った。「本に載っているんです。」

「ああ、そうか! そういうことを本に書くこともあるだろう」とハンプティ・ダンプティは少し落ち着いて言った。「それがいわゆる『イングランドの歴史』というものだな。さあ、わたしをよく見るがいい! わたしは王と話したことのある者だ、このわたしがな。こんな者には二度と会えないかもしれんぞ。しかも、わたしが高慢でない証拠に、握手を許そう!」

そう言って彼は耳から耳まで裂けそうなほどにやりと笑い、前へ身を乗り出し(そのせいで危うく塀から落ちそうになりながら)、アリスに手を差し出した。アリスは少し心配しながらその手を取った。「これ以上笑ったら、口の端が後ろでくっついてしまうかもしれないわ」と思った。「そうしたら頭がどうなるのかしら! 取れてしまいそう!」

「そうだ、王の馬も家来もみんなだ」とハンプティ・ダンプティは続けた。「やつらなら一分でわたしを拾い上げるだろう! とはいえ、この会話は少し速く進みすぎている。ひとつ前ではなく、その前の発言に戻ろう。」

「申し訳ありませんが、よく思い出せません」とアリスはとても丁寧に言った。

「その場合は新しく始める」とハンプティ・ダンプティ。「そして話題を選ぶのはわたしの番だ――」(「まるでゲームみたいに言うのね」とアリスは思った。)「そこで質問だ。きみは何歳だと言った?」

アリスは少し計算して、「七歳と六か月です」と言った。

「違う!」

ハンプティ・ダンプティは勝ち誇って叫んだ。「きみはそんなことを一言も言っていない!」

「『何歳ですか?』という意味だと思ったんです」とアリスは説明した。

「そういう意味なら、そう言った」とハンプティ・ダンプティは言った。

アリスはまた口論を始めたくなかったので、何も言わなかった。

「七歳と六か月!」

ハンプティ・ダンプティは考え深げにくり返した。「落ち着かない年齢だな。もしわたしに相談していたら、『七歳でやめておけ』と言ったところだ――だがもう遅い。」

「大きくなることについて相談なんてしません」とアリスは腹を立てて言った。

「高慢なのか?」相手は尋ねた。

アリスはその言い方にいっそう腹が立った。「つまり」と言った。「年を取るのは止められないということです。」

「ひとりでは、そうかもしれない」とハンプティ・ダンプティ。「だが二人ならできる。適切な助けがあれば、七歳でやめられたのだ。」

「すてきなベルトをしていらっしゃいますね!」

アリスは突然言った。

(年齢の話はもう十分だ、とアリスは思った。それに本当に交代で話題を選ぶなら、今度は自分の番のはずだった。)「いえ」と、考え直して言い直した。「すてきなクラヴァットと言うべきでした――いいえ、ベルトでした――失礼しました!」アリスはうろたえて付け加えた。ハンプティ・ダンプティがすっかり気を悪くした顔をしたので、この話題を選ばなければよかったと思いはじめたのだ。「どこが首で、どこが腰かわかればいいのに!」と心の中で思った。

ハンプティ・ダンプティは明らかにひどく怒っていたが、一、二分は何も言わなかった。再び口を開いたとき、その声は低いうなり声だった。

「じつに――この上なく――腹立たしいことだ」と彼はようやく言った。「ネクタイとベルトの区別もつかない者がいるとは!」

「わたしがとても無知なのはわかっています」とアリスはあまりにも謙虚な声で言ったので、ハンプティ・ダンプティは機嫌を直した。

「これはクラヴァットだよ、子ども。そしてきみの言う通り、美しいものだ。白の王と女王からの贈り物だ。これでどうだ!」

「本当ですか?」アリスは結局よい話題を選べたとわかって、すっかりうれしくなった。

「わたしにくださったのだ」とハンプティ・ダンプティは考え深げに続け、片膝をもう片方の上に載せ、両手で抱えた。「くださったのだ――なんでもない日のお祝いに。」

「失礼ですが?」

アリスは困った顔で言った。

「わたしは怒っていない」とハンプティ・ダンプティ。

「つまり、“なんでもない日のお祝い”とは何ですか?」

「誕生日でない日に贈られる贈り物に決まっている。」

アリスは少し考えた。「わたしは誕生日の贈り物のほうが好きです」とようやく言った。

「自分が何を言っているのかわかっていないな!」ハンプティ・ダンプティは叫んだ。「一年は何日ある?」

「三百六十五日です」とアリス。

「誕生日はいくつある?」

「ひとつです。」

「三百六十五から一を引いたら何が残る?」

「三百六十四に決まっています。」

ハンプティ・ダンプティは疑わしげだった。「紙の上で見たいものだ」と言った。

アリスは思わず微笑みながら手帳を取り出し、彼のために計算した。

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    1  
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ハンプティ・ダンプティは手帳を受け取り、じっくり見た。「これは正しくできているように――」と言いかけた。

「逆さに持っています!」

アリスが遮った。

「もちろんそうだった!」

アリスが向きを直してやると、ハンプティ・ダンプティは陽気に言った。「どうも少し変だと思った。さっき言った通り、これは正しくできているようだ――もっとも今は詳しく調べる時間はないが――つまり、なんでもない日の贈り物をもらえる日は三百六十四日あるということだ――」

「確かに」とアリス。

「そして誕生日の贈り物の日はたった一日だ。どうだ、栄光だろう!」

「“栄光”がどういう意味かわかりません」とアリスは言った。

ハンプティ・ダンプティは軽蔑したように笑った。「もちろん、わたしが教えるまではわからない。『見事に相手を打ち負かす議論だ』という意味だ。」

「でも“栄光”は『見事に相手を打ち負かす議論』という意味ではありません」とアリスは異議を唱えた。

「わたしが言葉を使うとき」とハンプティ・ダンプティはかなり見下した調子で言った。「それはわたしが意味させたいものを意味する。過不足なくな。」

「問題は」とアリスは言った。「言葉にそんなにたくさん違う意味を持たせられるかどうかです。」

「問題は」とハンプティ・ダンプティは言った。「どちらが主人になるかだ。それだけだ。」

アリスは困惑しすぎて何も言えなかった。すると一分ほどして、ハンプティ・ダンプティがまた話しだした。「言葉の中には気むずかしいものもある――特に動詞だ。あいつらが一番高慢だ。形容詞はどうにでもできるが、動詞はそうはいかない――もっとも、わたしなら全部まとめて扱えるがな! 不可侵透過性! わたしはそう言う!」

「それがどういう意味か、教えていただけますか」とアリスは言った。

「今のきみは分別ある子どものように話している」とハンプティ・ダンプティは大いに満足そうに言った。「“不可侵透過性”でわたしが意味したのは、この話題はもう十分であり、きみが次に何をするつもりなのか述べるのがちょうどよい、ということだ。まさか残りの人生ずっとここにいるつもりではあるまいからな。」

「ひとつの言葉にずいぶんたくさん意味を持たせるんですね」とアリスは考え深げに言った。

「言葉にああしてたくさん働かせるときは」とハンプティ・ダンプティ。「わたしはいつも余分に賃金を払う。」

「まあ!」アリスは言った。困惑しすぎて、それ以上何も言えなかった。

「ああ、土曜の夜にあいつらがわたしの周りに集まってくるところを見せたいものだ」とハンプティ・ダンプティは重々しく頭を左右に振りながら続けた。「給料をもらいに来るのだよ。」

(アリスは何で支払うのか尋ねる勇気がなかった。だから、あなたにも教えられない。)

「旦那さまは言葉の説明がとてもお上手なようですね」とアリスは言った。「『ジャバウォッキー』という詩の意味を教えていただけますか?」

「聞かせてみろ」とハンプティ・ダンプティ。「発明された詩なら全部説明できるし、まだ発明されていない詩もかなり説明できる。」

それはとても心強く聞こえたので、アリスは最初の連を暗唱した。

日も暮れぬ、しなやかぬめるトーヴたち
    ウェーブにぐるり、きりきり穴あけ、
みな弱ぼろしきボロゴーヴ、
    もの寂しきラスは鳴き出した。

「まずはそこまでで十分だ」とハンプティ・ダンプティは遮った。「難しい言葉がたくさんある。『暮れぬ』とは午後四時のことだ――夕食のために物を焼きはじめる時間だな。」

「それならよくわかります」とアリス。「では『しなやかぬめる』は?」

「『しなやかぬめる』とは、『しなやかでぬめぬめしている』という意味だ。『しなやか』は『敏捷』と同じだ。旅行鞄のようなものだよ――二つの意味がひとつの言葉に詰め込まれている。」

「わかりました」とアリスは考え深げに言った。「では『トーヴ』とは?」

「『トーヴ』はアナグマに少し似ている――トカゲにも少し似ている――そして栓抜きにも少し似ている。」

「とても奇妙な姿の生き物に違いありません。」

「その通り」とハンプティ・ダンプティ。「それに日時計の下に巣を作る――それからチーズを食べて生きている。」

「『ぐるり』と『穴あけ』は?」

「『ぐるり』はジャイロスコープみたいにぐるぐる回ること。『穴あけ』は錐みたいに穴をあけることだ。」

「それで『ウェーブ』は日時計の周りの芝生のことなんですね?」アリスは自分の機転に驚きながら言った。

「もちろんだ。『ウェーブ』と呼ぶのは、前にも長く伸び、後ろにも長く伸びるからだ――」

「そして両側にも長く伸びるから」とアリスが付け加えた。

「まさにそうだ。さて、『弱ぼろしき』は『弱々しくてぼろぼろ』ということだ(これも旅行鞄だ)。そして『ボロゴーヴ』は羽が四方に突き出た、痩せてみすぼらしい鳥――生きたモップのようなものだ。」

「それでは『もの寂しきラス』は?」とアリス。「ずいぶんご面倒をかけている気がします。」

「『ラス』は緑色の豚の一種だ。だが『もの寂しき』のほうは確かではない。『家から離れた』の略だと思う――道に迷ったという意味だな。」

「では『鳴き出した』とは?」

「『鳴き出す』とは、吠えるのと口笛を吹くのの中間で、真ん中にくしゃみのようなものが入ることだ。まあ、もしかすると聞けるだろう――向こうの森の中でな。一度聞けば、もう十分満足するはずだ。誰がそんな難しいものを全部きみに暗唱したんだ?」

「本で読みました」とアリス。「でも、それよりずっと簡単な詩を聞かせてもらったことがあります。たぶんツィードルディーからです。」

「詩について言えばだな」とハンプティ・ダンプティは大きな手を一つ伸ばして言った。「わたしだって、となれば人並みに詩を暗唱できる――」

「あの、そうならなくても大丈夫です!」

アリスは彼が始めないよう、急いで言った。

「これから暗唱する作品は」と彼はアリスの言葉を気にも留めず続けた。「完全にきみの楽しみのために書かれたものだ。」

それなら聞かないわけにはいかない、とアリスは思い、腰を下ろして少し悲しげに「ありがとうございます」と言った。

「冬、野原が白いとき、
きみを喜ばせるためこの歌を歌う――

ただし、わたしは歌わないが」と彼は説明を加えた。

「歌っていないのはわかります」とアリス。

「わたしが歌っているかどうか見えるなら、たいていの者より目が鋭いな。」

ハンプティ・ダンプティは厳しく言った。アリスは黙った。

「春、森が緑になれば、
わたしの意味を告げてみよう。」

「ありがとうございます」とアリスは言った。

「夏、日が長くなったなら、
たぶん歌もわかるだろう。
秋、葉が茶色になったなら、
ペンとインクで書きとめよ。」

「そんなに長く覚えていられたら、そうします」とアリス。

「そういう口出しを続けなくていい」とハンプティ・ダンプティは言った。「気が利いていないし、調子が狂う。」

「魚たちへ言づて送る、
『これがわたしの望みだ』と。
海の小さな魚たちは、
返事をこちらへ送り返した。
小さな魚の返事には、
『できません、旦那さま、なぜなら――』。」

「よくわからない気がします」とアリスは言った。

「先へ行けば簡単になる」とハンプティ・ダンプティは答えた。

「もう一度送って言った、
『従うほうがよろしかろう』。
魚はにやりと答えた、
『まあ、なんてご機嫌ななめ!』
一度言い、二度も言った。
忠告など聞きもしない。
大きく新しいやかんを取った、
すべき仕事にふさわしい。
胸はどきどき、とんとん鳴った、
ポンプでやかんを満たした。
すると誰かがやって来て、
『小さな魚は寝ています』。
わたしははっきりこう言った、
『ではまた起こしてこい』。
とても大きく、はっきり言った、
そいつの耳元で叫んでやった。」

ハンプティ・ダンプティはこの連を暗唱するとき、ほとんど悲鳴のように声を張り上げたので、アリスは身震いしながら思った。「わたしならどんなことがあっても使者にはなりたくないわ!」

「けれどそいつは頑固で高慢、
『そんな大声は不要です』。
たいそう高慢で頑固なまま、
『起こしに行ってもいいですが――』。
棚から栓抜きを取った、
自分で起こしに行ったのだ。
扉に鍵がかかっていると知ると、
引いて押して蹴って叩いた。
扉が閉まっていると知ると、
取っ手を回そうとした、だが――」

長い沈黙があった。

「それで終わりですか?」

アリスはおずおず尋ねた。

「終わりだ」とハンプティ・ダンプティ。「さようなら。」

ずいぶん唐突だ、とアリスは思った。けれど、もう行くべきだというあまりにも強いほのめかしのあとでは、居残るのは礼儀に欠ける気がした。そこで立ち上がり、手を差し出した。「またお会いするまで、さようなら!」できるだけ明るく言った。

「もしまた会ったとしても、きみだとはわからんだろう」とハンプティ・ダンプティは不満そうに答え、握手用に指を一本だけ差し出した。「きみはほかの人間とあまりにそっくりだ。」

「普通は顔で見分けるものです」とアリスは考え深げに言った。

「そこがわたしの不満なのだ」とハンプティ・ダンプティ。「きみの顔は誰の顔とも同じだ――目が二つ、こう――」(親指で空中に位置を示しながら)「鼻は真ん中、口は下。いつも同じだ。たとえば目が二つとも鼻の同じ側にあるとか――口が上にあるとか――そうなら少しは助けになる。」

「見た目がよくないと思います」とアリスは反対した。だがハンプティ・ダンプティは目を閉じて「試してから言え」と言っただけだった。

アリスはまた話すかどうか一分ほど待ったが、彼は目を開けもせず、これ以上アリスに注意を払う様子もなかった。そこでアリスはもう一度「さようなら!」と言い、それにも返事がないので、静かに歩き去った。だが歩きながら、どうしてもひとりごとを言わずにはいられなかった。「今まで会った中で、いちばん不満足な――」(長い言葉を言うのはとても気が晴れるので、声に出してくり返した)「今まで会った中で、いちばん不満足な人だわ――」その文は最後まで言えなかった。まさにその時、森の端から端まで揺るがすような激しい墜落音が響いたからだ。

第七章 ライオンとユニコーン

次の瞬間、兵士たちが森の中を走ってきた。はじめは二人三人ずつ、それから十人二十人ずつ、しまいには森全体を埋め尽くすほどの群れになった。アリスは踏みつぶされるのが怖くて木の後ろに隠れ、通り過ぎるのを眺めた。

こんなに足もとのおぼつかない兵士を見たことがない、とアリスは思った。兵士たちはいつも何かにつまずき、一人が倒れると、必ずさらに何人もその上につまずいて倒れた。たちまち地面は人間の小山だらけになった。

次に馬が来た。四本足なので歩兵よりはだいぶうまくやっていたが、それでも時々つまずいた。そして馬がつまずくたび、乗り手が即座に落ちるのが決まりのようだった。混乱はますますひどくなり、アリスは森を出て開けた場所に来られて、とてもほっとした。そこでは白の王が地面に座り、忙しそうに手帳へ書き込んでいた。

「みんな送ったぞ!」王はアリスを見ると、うれしそうな声で叫んだ。「森を抜けてくる途中、兵士に会わなかったかね、かわいい子?」

「はい、会いました」とアリス。「数千人はいたと思います。」

「四千二百七人、これが正確な数だ」と王は手帳を見ながら言った。「馬を全部送るわけにはいかなかった。二頭は競技に必要だからね。それに二人の使者も送っていない。二人とも町へ行っている。道の向こうを見て、どちらか見えるか教えてくれないか。」

「道には誰も見えません」とアリスは言った。

「わしにもそんな目があればよかった」と王は不機嫌そうに言った。「誰も見えるとは! しかもそんな遠くで! この明るさでは、わしなど本物の人を見るのが精一杯だ!」

だがアリスには、その意味がわからなかった。まだ片手で目に日よけをして、道の向こうをじっと見つめていたのだ。「今、誰か見えます!」とうとう叫んだ。「でも、とてもゆっくり来ています――それに、なんて妙な姿勢で進むんでしょう!」(その使者は大きな手を両脇に扇のように広げ、跳ねたり沈んだり、ウナギのようにくねったりしながらやって来たのだ。)

「少しも妙ではない」と王。「彼はアングロ・サクソンの使者だ――そしてあれはアングロ・サクソン式の姿勢だ。うれしいときだけ、ああする。名はハイガだ」(王はそれを“メイヤー”と韻を踏むように発音した。)

「わたしの好きな人はHで始まる、なぜならHappyだから。嫌いな理由もH、Hideousだから。食べさせたのは――HamサンドイッチとHay。名前はハイガ、住んでいるのは――」アリスは思わず始めた。

「丘に住んでいる」と王はあっさり言った。Hで始まる町の名前をアリスがまだ迷っているとも知らず、ゲームに参加しているつもりなど少しもなかった。「もう一人の使者はハッタという。二人必要なのだ、わかるだろう――来るためと行くために。一人は来るため、一人は行くためだ。」

「失礼ですが?」アリスは言った。

「物乞いは立派なことではない」と王は言った。

「ただ、わからなかったという意味です」とアリス。「どうして来るために一人、行くために一人なんですか?」

「言わなかったか?」王はいらだってくり返した。「二人必要なのだ――取りに行かせ、運ばせるために。一人は取りに、一人は運びに。」

その時、使者が到着した。息が切れすぎて一言も言えず、ただ両手を振り回し、かわいそうな王に向かって恐ろしい顔をするばかりだった。

「この若いご婦人は、Hでそなたを愛している」と王は、使者の注意を自分からそらそうとしてアリスを紹介した。だが役には立たなかった。アングロ・サクソン式の姿勢はますます奇妙になり、大きな目は左右に激しく転がった。

「そなたはわしを不安にさせる!」王は言った。「気が遠くなる――ハムサンドイッチをくれ!」

すると使者は、アリスが大いにおもしろがる中、首から下げた袋を開け、サンドイッチを王に渡した。王はそれをむさぼるように食べた。

「もう一つサンドイッチを!」王は言った。

「もう干し草しか残っていません」と使者は袋をのぞきこみながら言った。

「では干し草を」と王はかすかなささやき声でつぶやいた。

それで王がかなり元気を取り戻したので、アリスは安心した。「気が遠くなった時には、干し草を食べるに限る」と王はもぐもぐしながらアリスに言った。

「冷たい水をかけるほうがよいと思います」とアリスは提案した。「それか気付け薬など。」

「それよりよいものはない、とは言っておらん」と王は答えた。「それに似たものはない、と言ったのだ。」

それについては、アリスもあえて否定しなかった。

「道で誰とすれ違った?」王は使者にさらに干し草を求めて手を差し出しながら続けた。

「誰とも」と使者は言った。

「その通り」と王。「この若いご婦人も彼を見た。だから当然、誰ともはそなたより遅く歩くのだ。」

「私は最善を尽くしております」と使者はむっつりした声で言った。「私よりずっと速く歩く者など誰もいないはずです!」

「彼には無理だ」と王。「でなければ先に着いていたはずだからな。さて、息も整ったようだし、町で何が起きたか話してよいぞ。」

「ささやきます」と使者は両手をラッパの形に口へ当て、王の耳に近づくよう身をかがめた。アリスは自分も知らせを聞きたかったので残念に思った。ところが使者はささやくどころか、声の限りに「また始めました!」と叫んだ。

「それをささやきと言うのか?」かわいそうな王は飛び上がって、体を震わせながら叫んだ。「もう一度そんなことをしたら、そなたにバターを塗ってやる! 頭の中を地震みたいに突き抜けたぞ!」

「それなら、ものすごく小さな地震でなければならないわね!」とアリスは思った。「誰がまた始めたんですか?」と、おずおず尋ねた。

「ライオンとユニコーンに決まっている」と王は言った。

「王冠をめぐって戦っているんですか?」

「もちろんだ」と王。「そして一番おもしろいのは、それがずっとわしの王冠だということだ! 走って見に行こう。」

一同は小走りに出発した。アリスは走りながら、古い歌の文句を心の中でくり返した――

「ライオンとユニコーン、王冠を取り合って、
ライオンがユニコーンを町じゅうで打ち負かした。
白いパンをやる者も、黒いパンをやる者もいた。
プラムケーキをやって、太鼓で町から追い出した。」

「勝ったほうが――王冠を――もらうんですか?」走って息がすっかり切れながら、アリスはどうにか尋ねた。

「いやいや、とんでもない!」王は言った。「なんという考えだ!」

「すみません――よろしければ」アリスは少し走ってから息を切らしながら言った。「一分だけ止まって――息を整えたいのですが。」

「わしは“よろしい”のは十分だ」と王。「ただ、強さが足りない。一分というものは、恐ろしく速く過ぎてしまう。バンダースナッチを止めようとするようなものだ!」

アリスにはもう話す息がなかったので、一同は黙って小走りを続けた。やがて大勢の群衆が見え、その真ん中でライオンとユニコーンが戦っていた。二匹は砂埃の雲に包まれていたので、最初アリスにはどちらがどちらかわからなかった。だがすぐに角でユニコーンを見分けられた。

一同は、もう一人の使者ハッタが戦いを見物しているそばに陣取った。ハッタは片手に紅茶のカップを、もう片方にバターつきパンを持っていた。

「彼はたった今牢から出たところで、入れられた時にはお茶が終わっていなかったんだ」とハイガはアリスにささやいた。「牢の中では牡蠣の殻しかくれないからね――だからとてもお腹がすいて、喉も渇いているんだ。元気かい、かわいい子?」そう続けて、ハッタの首に愛情たっぷりに腕を回した。

ハッタは振り向いてうなずき、バターつきパンを食べ続けた。

「牢の中で幸せだったかい、かわいい子?」ハイガは言った。

ハッタはもう一度振り向き、今度は涙が一、二粒頬を伝った。だが一言も言おうとはしなかった。

「話したらどうなんだ!」

ハイガはいらだって叫んだ。だがハッタはただむしゃむしゃ食べ、さらに紅茶を飲むだけだった。

「話さんか!」王は叫んだ。「戦いはどうなっている?」

ハッタは必死に努力して、バターつきパンの大きなかけらを飲み込んだ。「順調です」とむせる声で言った。「どちらも八十七回ほど倒れました。」

「では、そろそろ白パンと黒パンを持ってくるのかしら?」

アリスは思いきって言ってみた。

「もう用意してある」とハッタ。「今食べているのがその一部だ。」

ちょうどその時、戦いに休憩が入り、ライオンとユニコーンは息を切らして座りこんだ。王は叫んだ。「軽食のため十分間を認める!」

ハイガとハッタはすぐに働き出し、白パンと黒パンを載せた粗末な盆を運んだ。アリスは味見に一切れ取ったが、とてもぱさぱさしていた。

「今日のところはもう戦わないと思う」と王はハッタに言った。「太鼓を始めるよう命じてこい。」

するとハッタはバッタのように跳ねて行った。

アリスは一、二分黙って立ち、彼を見ていた。突然、顔が明るくなった。「見て、見て!」熱心に指さして叫んだ。「白の女王が野原を横切って走っています! 向こうの森から飛び出してきたわ――女王さまたちって、なんて速く走れるの!」

「きっと敵に追われているのだろう」と王は振り向きもせずに言った。「あの森は敵だらけだからな。」

「でも、走って助けに行かないんですか?」

王があまりに平然としているので、アリスはひどく驚いて尋ねた。

「無駄だ、無駄だ!」王は言った。「あれは恐ろしく速く走る。バンダースナッチを捕まえようとするようなものだ! だが望むなら、あの者について書き留めておこう――親愛なるよい生き物だ」王は手帳を開きながら、そっと自分に向かってくり返した。「“生き物”の“き”は二つだったかね?」

その時、ユニコーンが両手をポケットに入れて、ぶらぶらとそばを通りかかった。「今回は私の勝ちだったかな?」通り過ぎながら、王をちらりと見て言った。

「少しは――少しはな」と王はかなりおどおどして答えた。「角で突き刺すのはよくなかったぞ。」

「痛くはしていない」とユニコーンはぞんざいに言い、行きかけたところでアリスに目が留まった。彼はすぐさま振り向き、深い嫌悪を浮かべてしばらくアリスを見つめた。

「これは――何だ?」ようやく言った。

「これは子どもです!」

ハイガが勢いよく答え、アリスを紹介するために前に出ると、アングロ・サクソン式の姿勢で両手を彼女のほうへ広げた。「今日見つけたばかりです。実物大で、自然さは二倍です!」

「私はいつも、子どもは伝説上の怪物だと思っていた!」ユニコーンは言った。「生きているのか?」

「話せます」とハイガは厳かに言った。

ユニコーンは夢見るようにアリスを見て、「話せ、子ども」と言った。

アリスは思わず口もとに笑みを浮かべながら話しはじめた。「ご存じですか、わたしもユニコーンは伝説上の怪物だと思っていました! 生きているのを見るのは初めてです!」

「では、こうして互いに見たからには」とユニコーンは言った。「きみが私を信じるなら、私もきみを信じよう。取引成立か?」

「よければ」とアリスは言った。

「さあ、プラムケーキを出せ、老人!」ユニコーンはアリスから王へ向き直って続けた。「黒パンなんぞはごめんだ!」

「もちろん――もちろんだ!」王はつぶやき、ハイガを手招きした。「袋を開けろ!」とささやいた。「早く! そっちではない――それは干し草でいっぱいだ!」

ハイガは袋から大きなケーキを取り出し、皿と切り分け用のナイフを出す間、アリスに持たせた。いったいどうやって全部が袋から出てきたのか、アリスには見当もつかなかった。まるで手品みたいだと思った。

その間にライオンも加わっていた。ひどく疲れて眠そうで、目は半分閉じていた。「これは何だ!」ライオンはアリスをのろのろ瞬きしながら見て、大きな鐘の音のように深くうつろな声で言った。

「ああ、何だろうな?」ユニコーンは勢いこんで叫んだ。「当てられまい! 私にもわからなかった。」

ライオンはアリスをだるそうに見た。「おまえは動物か――植物か――鉱物か?」一語ごとにあくびをしながら言った。

「伝説上の怪物だ!」アリスが答える前にユニコーンが叫んだ。

「では、プラムケーキを配れ、怪物」とライオンは横になり、あごを前足に載せて言った。「おまえたち二人も座れ」(王とユニコーンに向かって)「ケーキは公平にな!」

王は二匹の大きな生き物の間に座らなければならず、明らかにひどく居心地悪そうだった。だがほかに場所はなかった。

「今なら王冠をめぐって、いい戦いができそうだな!」ユニコーンは、かわいそうな王が震えすぎて頭から落としそうになっている王冠を、ずるそうに見上げながら言った。

「私が楽に勝つ」とライオン。

「そうとは限らない」とユニコーン。

「町じゅうでおまえを打ち負かしただろう、このひよっこめ!」ライオンは怒って答え、言いながら半分起き上がった。

ここで王が、けんかが続くのを防ぐために口を挟んだ。王はひどく神経質になっていて、声が震えていた。「町じゅうで?」と言った。「それはずいぶん長い道のりだ。古い橋を通ったかね、それとも市場を通ったかね? 古い橋からの眺めが一番よいのだ。」

「知るものか」とライオンはまた横になりながらうなった。「砂埃がひどくて何も見えなかった。怪物はケーキを切るのにずいぶん時間がかかるな!」

アリスは小さな小川の土手に腰を下ろし、大皿を膝に置いて、ナイフで懸命にぎこぎこ切っていた。「本当にじれったいんです!」ライオンに答えて言った(“怪物”と呼ばれることにはすっかり慣れつつあった)。「もう何枚も切ったのに、いつもまたくっついてしまうんです!」

「鏡の国のケーキの扱い方を知らないな」とユニコーンは言った。「先に配って、それから切るのだ。」

意味はわからなかったが、アリスはとても素直に立ち上がり、皿を持って一巡した。するとその間にケーキは自分から三つに分かれた。「今だ、切れ」とライオンが、アリスが空の皿を持って席へ戻ると言った。

「おい、これは不公平だ!」アリスがナイフを手に、どこから始めればよいのか困って座っていると、ユニコーンが叫んだ。「怪物はライオンに私の二倍やった!」

「どのみち自分の分は取っていない」とライオン。「プラムケーキは好きか、怪物?」

だがアリスが答える前に、太鼓が鳴り出した。

その音がどこから来るのか、アリスにはわからなかった。空気じゅうが音で満ちているようで、頭の中を響き抜け、耳が聞こえなくなりそうだった。アリスは恐ろしさに飛び上がり、小さな小川を跳び越えた。

*      *      *      *      *      *      *

    *      *      *      *      *

*      *      *      *      *      *      *

そしてごちそうを邪魔されて怒った顔のライオンとユニコーンが立ち上がるのを見るのが精一杯だった。すぐに膝をつき、両手で耳をふさぎ、恐ろしい騒音を遮ろうとむなしく試みた。

「あれで“太鼓で町から追い出す”ことができないなら」アリスは思った。「どんなことでも無理だわ!」

第八章 「これはわたし自身の発明だ。」

しばらくすると音は少しずつ弱まっていくように思え、やがてあたりは完全な静寂になった。アリスは少し不安になって頭を上げた。誰の姿も見えなかったので、最初に思ったのは、ライオンやユニコーンやあの奇妙なアングロ・サクソンの使者たちのことは夢だったに違いない、ということだった。だが足もとには、プラムケーキを切ろうとした大皿がまだ転がっていた。「では、やっぱり夢ではなかったのね」とアリスは心の中で言った。「ただし――ただし、わたしたちみんなが同じ夢の一部なら別だけど。どうか、赤の王の夢ではなく、わたしの夢でありますように! ほかの人の夢に属しているなんて嫌だわ」アリスは少し不平がましい調子で続けた。「いっそ行って王さまを起こして、どうなるか見てみたいくらい!」

その時、考えは「おーい! おーい! 王手!」という大声に遮られた。真紅の鎧を着た騎士が、大きな棍棒を振り回しながらアリスめがけて駆け下りてきた。ちょうど近くまで来ると、馬が急に止まった。「おまえは私の捕虜だ!」騎士はそう叫びながら、馬から転げ落ちた。

驚きはしたものの、その瞬間アリスは自分より騎士のほうが心配になり、彼がまた乗るのをいくらか不安げに見守った。騎士は無事に鞍へ収まると、もう一度「おまえは私の――」と言いかけた。だがそこへ別の声が割り込んだ。「おーい! おーい! 王手!」アリスは新しい敵を探して、少し驚いて振り向いた。

今度は白の騎士だった。彼はアリスのそばで馬を止め、赤の騎士と同じように馬から転げ落ちた。それからまた乗り直し、二人の騎士はしばらく無言で互いを見つめ合った。アリスは少し戸惑いながら、片方からもう片方へ視線を移した。

「彼女は私の捕虜だぞ!」赤の騎士がようやく言った。

「そうだが、その後で私が来て救い出した!」白の騎士が答えた。

「では、彼女をめぐって戦わねばならないな」と赤の騎士は言い、鞍から下がっていた、馬の頭のような形をした兜を取ってかぶった。

「もちろん戦いの規則は守るのだろうね?」白の騎士も兜をかぶりながら言った。

「いつも守っている」と赤の騎士は言い、二人はものすごい勢いで互いを打ち合い始めたので、アリスは打撃を避けるため木の後ろに隠れた。

「戦いの規則って、いったいどんなものなのかしら」とアリスは隠れ場所からおずおず顔を出して戦いを見ながら思った。「ひとつの規則は、片方の騎士が相手に当たれば相手が馬から落ち、外れれば自分が落ちる、ということみたい。それから別の規則は、まるでパンチとジュディ[訳注:イギリスの伝統的な人形劇]みたいに、棍棒を腕で抱えて持つことらしいわ――落ちるときの音といったら! 火かき道具一式が炉の前へ落ちるみたい! それに馬たちの静かなこと! まるでテーブルみたいに、乗ったり降りたりされるままにしているわ!」

アリスが気づかなかったもうひとつの戦いの規則は、二人がいつも頭から落ちることらしかった。そして戦いは、二人が並んで同じように落ちたところで終わった。再び立ち上がると、二人は握手し、それから赤の騎士は馬に乗って駆け去った。

「見事な勝利だったね?」白の騎士は息を切らしながら近づいてきて言った。

「わかりません」とアリスはためらいがちに言った。「わたしは誰かの捕虜になりたいわけではありません。女王になりたいんです。」

「次の小川を渡れば、そうなる」と白の騎士は言った。「森の端まで無事に送ろう――それから私は戻らねばならない。それが私の手の終わりだからね。」

「どうもありがとうございます」とアリス。「兜を外すのをお手伝いしましょうか?」

どう見ても彼一人では扱いきれなかった。とはいえ、アリスはようやく兜から彼を揺さぶり出すことに成功した。

「これで息がしやすくなった」と騎士は両手でぼさぼさの髪をかき戻し、やさしい顔と大きな穏やかな目をアリスに向けて言った。アリスは、こんなに奇妙な姿の兵士を生まれて初めて見たと思った。

騎士はブリキの鎧を着ていたが、それはひどく体に合っていないようだった。また、肩には奇妙な形の小さな松材の箱が逆さまに固定され、ふたが開いたままぶら下がっていた。アリスはそれをたいそう興味深そうに見た。

「私の小箱に見とれているね」と騎士は親しげに言った。「これは私自身の発明だ――服とサンドイッチを入れておくためのものだよ。逆さまに持つから、雨が入らないのだ。」

「でも中の物は出てしまいます」とアリスはやさしく言った。「ふたが開いているのをご存じですか?」

「知らなかった」と騎士は言い、顔に少し困った影がよぎった。「では中身は全部落ちてしまったに違いない! 中身なしでは箱は役に立たない。」

彼はそう言いながら箱を外し、まさに茂みへ投げ込もうとした。その時、ふと考えが浮かんだらしく、箱を慎重に木へ掛けた。「なぜそうしたかわかるかね?」とアリスに言った。

アリスは首を振った。

「ミツバチが巣を作ってくれることを期待しているのだ――そうすれば蜂蜜が手に入る。」

「でも鞍に蜂の巣――のようなものが固定されています」とアリスは言った。

「うむ、とてもよい蜂の巣だ」と騎士は不満そうに言った。「最高級のひとつだ。だが、まだ一匹の蜂も近づいてこない。それから、もうひとつはネズミ捕りだ。おそらくネズミが蜂を遠ざけているのか、蜂がネズミを遠ざけているのか――どちらかはわからないが。」

「ネズミ捕りが何のためにあるのか不思議でした」とアリス。「馬の背中にネズミがいるとは、あまり考えられませんもの。」

「あまり考えられないかもしれない」と騎士。「だが、もし来た場合、そこらじゅうを走り回らせるつもりはない。」

「つまり」と彼は少し間を置いて続けた。「何事にも備えておくのがよいのだ。だから馬の足には、あれほどたくさん足輪が巻いてある。」

「でも何のためですか?」

アリスは強い好奇心をこめて尋ねた。

「サメに噛まれないよう守るためだ」と騎士は答えた。「これも私自身の発明だ。さて、乗るのを手伝ってくれ。森の端まで一緒に行こう――その皿は何に使うのだ?」

「プラムケーキ用です」とアリス。

「持って行ったほうがいい」と騎士。「プラムケーキを見つけた時に役立つ。この袋に入れるのを手伝ってくれ。」

それを入れるにはひどく時間がかかった。アリスは袋の口をとても注意深く開けていたのだが、騎士が皿を入れるのにあまりにも不器用だったからだ。最初の二、三回は皿ではなく騎士自身が中に落ち込んだ。「少し窮屈なのだ」とようやく皿を入れると騎士は言った。「袋の中には燭台がたくさん入っているからね。」

そしてそれを鞍に下げた。鞍にはすでにニンジンの束や火かき道具や、ほかにもたくさんの物がぶら下がっていた。

「髪はしっかり留めてあるかね?」出発すると、騎士は続けた。

「いつも通りです」とアリスは微笑みながら言った。

「それでは十分とは言いがたい」と彼は心配そうに言った。「ここは風がとても強い。スープのように強いのだ。」

「髪が吹き飛ばされないようにする方法を発明なさったんですか?」

アリスは尋ねた。

「まだだ」と騎士。「だが、抜け落ちないようにする方法はある。」

「ぜひ聞きたいです。」

「まず、まっすぐな棒を用意する」と騎士。「それから髪を果樹のようにその棒へ這い上がらせる。髪が落ちる理由は、下へ垂れているからだ――物は上へは落ちないからね。私自身が発明した方法だ。よければ試してみたまえ。」

快適な方法には聞こえない、とアリスは思った。そして数分間、黙って歩きながらその考えに頭を悩ませ、時々立ち止まっては、確かに乗馬が上手とは言えないかわいそうな騎士を助けた。

馬が止まるたび(それはとても頻繁だった)、騎士は前へ落ちた。そして馬がまた進むたび(たいていかなり突然だった)、今度は後ろへ落ちた。それ以外はかなりうまく乗っていたが、時々横へ落ちる癖もあった。そしてたいていアリスが歩いている側に落ちるので、アリスはすぐに、馬のすぐそばを歩かないのが一番だと悟った。

「あまり乗馬の練習をなさっていないのではありませんか」と、五度目に転げ落ちた騎士を助け起こしながら、アリスは思いきって言った。

騎士はその言葉にひどく驚き、少し気を悪くしたようだった。「なぜそう言うのだ?」彼は鞍へよじ登りながら尋ねた。反対側へ落ちないよう、片手でアリスの髪をつかんでいた。

「たくさん練習した人は、それほど頻繁には落ちませんから。」

「私は十分に練習してきた」と騎士はとても重々しく言った。「十分に練習してきた!」

アリスには「本当ですか?」よりよい言葉が思いつかなかったが、できるだけ心をこめて言った。その後、二人は少し黙って進んだ。騎士は目を閉じて何かぶつぶつ言い、アリスは次に落ちるのを不安げに見張っていた。

「乗馬の大いなる技とは」と騎士は突然大声で話し出し、右腕を振った。「保つこと――」ここで文は始まった時と同じくらい突然終わった。騎士がアリスの歩いている道の真上へ、頭から激しく落ちたからだ。今度ばかりはアリスもすっかり怖くなり、彼を拾い起こしながら心配そうに言った。「骨が折れていなければいいのですが。」

「取り立てて言うほどはない」と騎士は、二、三本折れても気にしないかのように言った。「さっき言っていた通り、乗馬の大いなる技とは――釣り合いをきちんと保つことだ。こういうふうにね――」

彼は手綱を放し、意味を示すために両腕を伸ばした。そして今度は馬の足もとへ、仰向けにべたりと落ちた。

「十分な練習だ!」アリスがまた彼を立たせている間じゅう、騎士はそうくり返し続けた。「十分な練習だ!」

「あまりにもばかげています!」今度はアリスもすっかり我慢を失って叫んだ。「車輪のついた木馬に乗るべきです。本当に!」

「その種類はなめらかに進むのかね?」騎士はたいへん興味深そうに尋ね、また落ちないよう、ぎりぎりのところで馬の首に腕を巻きつけた。

「生きた馬よりずっとなめらかです」とアリスは、抑えようとしても抑えきれず、小さく笑い声を上げて言った。

「手に入れよう」と騎士は考え深げにひとりごとを言った。「一つか二つ――いや、いくつか。」

その後しばらく沈黙があり、それから騎士がまた話し出した。「私は発明が大得意だ。ところで、さっききみが私を助け起こした時、私が少し考え込んでいるように見えただろう?」

「少し真面目なお顔でした」とアリス。

「ちょうどその時、門を越える新しい方法を発明していたのだ――聞きたいかね?」

「ぜひ」とアリスは礼儀正しく言った。

「どうやって思いついたか話そう」と騎士。「私は自分にこう言ったのだ。『難しいのは足だけだ。頭はすでに十分高い』と。そこでまず頭を門の上に載せる――それから逆立ちする――すると足も十分高くなる、わかるだろう――それから向こうへ越える、わかるだろう。」

「ええ、それができれば向こうへ越えられると思います」とアリスは考え深げに言った。「でも、かなり大変ではありませんか?」

「まだ試していない」と騎士は真面目に言った。「だから確かなことは言えない――だが、少し大変ではあるだろうな。」

その考えに騎士がとても困った顔をしたので、アリスは急いで話題を変えた。「ずいぶん変わった兜ですね!」明るく言った。「それもご発明ですか?」

騎士は鞍から下がっている兜を誇らしげに見下ろした。「そうだ」と言った。「だが、それよりよいものも発明した――砂糖パンみたいな形のものだ。それをかぶっていた頃は、馬から落ちても必ずすぐ地面に触れた。だから落ちる距離はとても短かった、わかるだろう――ただし、その中へ落ち込む危険はあった。実際、一度起きた――そして最悪だったのは、私が出られる前に、もう一人の白の騎士が来て、それをかぶってしまったことだ。自分の兜だと思ったのだ。」

騎士があまりに深刻な顔をしたので、アリスは笑う勇気がなかった。「きっと痛かったでしょうね」と震える声で言った。「あなたが頭の上にいたのですもの。」

「もちろん蹴らなければならなかった」と騎士は非常に真面目に言った。「すると彼はまた兜を脱いだ――だが私が出るまで何時間も何時間もかかった。私は稲妻のように、速く――いや、固くはまっていたのだ。」

「でもそれは別の“速い”です」とアリスは異議を唱えた。

騎士は首を振った。「あれはあらゆる種類の“速さ”だったと請け合うよ!」そう言うと、興奮して両手を上げたため、たちまち鞍から転がり落ち、深い溝へ真っ逆さまに落ちた。

アリスは溝の縁へ走って行き、彼を探した。しばらくの間、騎士はなかなかうまく乗っていたので、この落下にはかなり驚いたし、今度こそ本当に怪我をしたのではないかと心配した。だが、見えるのは足の裏だけだったものの、いつもの調子で話し続けているのが聞こえたので、たいへん安心した。「あらゆる種類の速さだ」と彼はくり返した。「だが、人の兜をかぶるとは彼もうかつだった――中に人が入っているのに。」

「頭を下にして、どうしてそんなに落ち着いて話し続けられるんですか?」

アリスは彼の足を引っぱって引きずり出し、土手の上へひとかたまりに寝かせながら尋ねた。

騎士はその質問に驚いたようだった。「体がどこにあろうと、何が問題なのだ?」と言った。「私の頭は同じように働き続ける。実際、頭が下になればなるほど、新しい発明がどんどん浮かぶのだ。」

「この手のことで、私がこれまでにやった一番賢いことは」と彼は少し間を置いて続けた。「肉料理の最中に新しいプディングを発明したことだ。」

「次の料理に間に合うように作れたんですか?」アリスは言った。

「いや、次の料理ではない」と騎士はゆっくり考え深げに言った。「いや、確かに次の料理ではなかった。」

「では次の日ですね。一回の食事でプディングの皿を二度出すことはないでしょうから。」

「いや、次の日でもない」と騎士は前と同じようにくり返した。「次の日でもない。実を言うと」彼は頭を垂れ、声をだんだん低くしながら続けた。「あのプディングは一度も作られなかったと思う! 実を言うと、これからも作られることはないと思う! それでも、発明としてはとても賢いプディングだった。」

「何で作るつもりだったんですか?」

かわいそうな騎士がそれについてすっかりしょげているようだったので、アリスは元気づけようとして尋ねた。

「最初は吸い取り紙だった」と騎士はうめくように答えた。

「それはあまりおいしくなさそうです――」

「それだけなら、あまりおいしくない」と騎士はとても熱心に遮った。「だが、ほかのもの――火薬や封蝋などと混ぜると、どれほど違うかきみにはわからない。そしてここで、私はきみと別れねばならない。」

二人はちょうど森の端に着いていた。

アリスは困った顔をすることしかできなかった。まだプディングのことを考えていたのだ。

「悲しそうだね」と騎士は心配そうに言った。「慰めに歌を歌ってあげよう。」

「とても長いですか?」

その日はすでにかなり多くの詩を聞いていたので、アリスは尋ねた。

「長い」と騎士。「だが、とても、とても美しい。私が歌うのを聞いた者は誰でも――涙が目に浮かぶか、あるいは――」

「あるいは何ですか?」騎士が急に言葉を切ったので、アリスは言った。

「あるいは浮かばない、ということだ。歌の名は『ハドックの目』と呼ばれている。」

「ああ、それが歌の題名なのですか?」

アリスは興味を持とうとして言った。

「いや、きみはわかっていない」と騎士は少し困った顔をした。「それは題名がそう“呼ばれている”のだ。本当の題名は『老いたる老いたる男』だ。」

「では、『それが歌の呼び名なのですか』と言うべきでしたか?」

アリスは言い直した。

「いや、そうではない。それはまた全然別のことだ! 歌は『方法と手段』と呼ばれている。だが、それはそう“呼ばれている”だけだ、わかるだろう!」

「では、歌そのものは何なのですか?」アリスはもうすっかり混乱して言った。

「そこを言おうとしていたのだ」と騎士。「歌そのものは本当は『門に座って』だ。そして曲は私自身の発明だ。」

そう言うと、騎士は馬を止め、手綱をその首に垂らした。それから片手でゆっくり拍子を取り、歌の旋律を楽しんでいるかのように、やさしく愚かな顔にかすかな微笑を浮かべて歌い始めた。

アリスが鏡の国の旅で見た奇妙なものの中で、これこそ彼女がいつまでも一番はっきり覚えていたものだった。何年も経ってからでも、まるで昨日のことのように、その場面を丸ごと思い出すことができた。騎士の穏やかな青い目と親切な微笑。沈む夕日が髪の間から輝き、鎧をまぶしいほど光らせていたこと。馬が首に手綱をゆるく垂らしたまま、アリスの足もとの草を食みながら静かに歩き回っていたこと。そして背後に広がる森の黒い影。アリスは片手で目をかざし、木にもたれてその奇妙な二人組を見つめ、半ば夢の中のように歌のもの悲しい調べを聞きながら、そのすべてを一枚の絵のように心に取り込んだ。

「でも曲は彼自身の発明ではないわ」とアリスは心の中で言った。「『われ汝にすべてを与う、もはや何もなし』だもの」アリスは立ったまま、とても熱心に耳を傾けたが、目に涙は浮かばなかった。

「語れるかぎりを語ろう、
    話すことは少しだけ。
老いたる老いたる男を見た、
    門に座っていたのだ。
『あなたは誰です、老いた人、
    どうやって暮らすのです?』
その答えはわが頭を流れた、
    ふるいを抜ける水のよう。
彼は言った『麦の中で眠る
    蝶を探しているのです。
それを羊肉パイにして、
    通りで売っております。
売る相手は人々です』と彼は言った、
    『嵐の海を行く者たち。
それでわたしは糧を得る――
    少々いただければ。』
だが私はある計画を考えていた、
    頬ひげを緑に染める策、
そしていつも大きな扇を使い、
    それが見えぬようにする。
だから老人の言葉に
    返す答えがなかったので、
『さあ、暮らしを教えよ!』と叫び、
    彼の頭をどんと打った。
彼の穏やかな口調は話を継いだ、
    『わたしは道を行きます。
山の小川を見つけると、
    それに火をつけるのです。
そこから彼らは品を作り、
    ローランドのマカッサル油と呼びます――
けれどわたしの労にはたった、
    二ペンス半しかくれません。』
だが私は考えていた、
    衣だけで身を養う方法を、
そして日ごと日ごとに続けて、
    少しずつ太っていくことを。
私は彼を左右に激しく揺すった、
    顔が青くなるまで。
『さあ、どう暮らすか言え』と叫んだ、
    『何をしているのかを!』
彼は言った『明るいヒースの中で
    ハドックの目を探します。
そして静かな夜の中、
    チョッキのボタンに仕立てます。
これを金には売りません、
    銀に光る硬貨にも。
銅の半ペニーひとつと交換し、
    それで九つ買えるのです。
『時にはバターつきロールを掘り、
    時にはカニへ鳥もち枝を仕掛け、
時には草の丘を探します、
    ハンサム辻馬車の車輪を求めて。
そしてこれが』(彼は片目をつむった)
    『わたしが富を得る方法です――
そして喜んで飲みましょう、
    閣下の高貴なるご健康に。』
その時私は彼の話を聞いた、
    ちょうど設計を終えたから、
メナイ橋を錆びぬように
    葡萄酒で煮るという計画を。
私は彼に深く感謝した、
    富を得る道を教えてくれたことに、
だが何より、彼が望んだことに、
    わが高貴なる健康を祝って飲むことを。
そして今、もし偶然にも
    指を糊に突っ込んだり、
あるいは狂ったように右足を
    左の靴へ押し込んだり、
または足の指の上へ
    とても重い物を落としたなら、
私は泣く、それが思い出させるから、
昔知っていたあの老人を――
まなざしは穏やか、語りは遅く、
髪は雪より白く、
顔はカラスによく似て、
燃え殻のような目が赤々と輝き、
悲しみに取り乱したようで、
体を前後に揺すり、
ぼそぼそ低くつぶやいて、
口に練り粉を詰めたよう、
バッファローみたいに鼻を鳴らした――
あの遠い昔の夏の夕暮れ、
    門に座っていた老人を。」

騎士はバラッドの最後の言葉を歌い終えると、手綱を集め、来た道へ馬の頭を向けた。「きみはあと数ヤード(数メートル)進むだけだ」と言った。「丘を下り、あの小さな小川を越えれば、女王になる――だが、まず私を見送ってくれるね?」アリスが彼の指さした方向へ熱心な目を向けると、騎士はそう付け加えた。「長くはかからない。道の曲がり角まで行ったら、待っていてハンカチを振ってくれるかね? きっと励みになると思うのだ。」

「もちろん待ちます」とアリス。「ここまで来てくださって、本当にありがとうございました――それに歌も――とても好きでした。」

「そうだとよいが」と騎士は疑わしそうに言った。「でも、思っていたほど泣かなかったね。」

そこで二人は握手し、騎士はゆっくりと森の中へ馬で去っていった。「彼を見送るのに長くはかからないでしょうね」とアリスは立ったまま見つめながら思った。「ほら行った! いつも通り頭から! でも、わりと簡単に乗り直すのね――馬にあれだけいろいろぶら下げているおかげだわ――」アリスはそんなふうにひとりごとを続け、馬が道をのんびり歩き、騎士が片側へ落ち、次に反対側へ落ちるのを眺めた。四度目か五度目に落ちたあと、騎士は曲がり角に着いた。そこでアリスはハンカチを振り、姿が見えなくなるまで待った。

「励みになっているといいわ」とアリスは丘を駆け下りるために向きを変えながら言った。「さあ、最後の小川を越えて、女王になるのよ! なんて立派な響きでしょう!」

ほんの数歩で小川の縁に着いた。「ついに第八のマス!」アリスはそう叫んで跳び越えた。

*      *      *      *      *      *      *

    *      *      *      *      *

*      *      *      *      *      *      *

そして、苔のように柔らかく、あちこちに小さな花壇が点在する芝生の上へ、休むために身を投げ出した。「ああ、ここへ来られてなんてうれしいの! それに、わたしの頭の上にあるこれは何?」アリスは両手を上げ、頭の周りにぴったりはまった、とても重いものに触れながら、うろたえた声で叫んだ。

「でも、どうしてわたしが気づかないうちに乗ったのかしら?」アリスはそれを持ち上げ、何なのか確かめようと膝に置きながら、ひとりごとを言った。

それは金の王冠だった。

第九章 女王アリス

「まあ、これって本当にすてき!」とアリスは言った。「こんなに早く女王になれるなんて、思ってもみなかったわ――それから申し上げておきますけれど、陛下」アリスは厳しい口調で続けた(アリスはもともと、自分を叱るのがわりあい好きだったのだ)。「そんなふうに草の上でだらしなく寝そべっていてはだめです! 女王というものは、威厳を保たなくてはいけないんですから!」

そこでアリスは立ち上がり、歩き回った――はじめのうちは少しぎこちなかった。王冠が落ちるのではないかと心配だったからだ。けれど、見ている人は誰もいないのだと思って気を取り直した。「それに、もし本当に私が女王なら」また腰を下ろしながらアリスは言った。「そのうちちゃんとうまくやれるようになるはずだわ。」

あまりにも奇妙なことばかり起こるので、赤の女王と白の女王がすぐそばに、ひとりずつ左右に座っているのを見つけても、アリスは少しも驚かなかった。どうしてそこへ来たのか、ぜひ聞いてみたかったが、あまり礼儀正しくない気がした。それでも、ゲームが終わったのかどうかを尋ねるくらいなら差し支えないだろうと思った。「あの、教えていただけますか――」おずおずと赤の女王を見ながら、アリスは言いかけた。

「話しかけられてからお言い!」

女王は鋭くアリスをさえぎった。

「でも、みんながその決まりに従ったら」ちょっとした議論ならいつでも受けて立つアリスは言った。「話しかけられたときだけ話すことにして、相手の人もいつもあなたが話し始めるのを待っていたら、ほら、誰も何も言わないことになってしまうでしょう。だから――」

「ばかばかしい!」女王は叫んだ。「だって、おまえ、わからないのかい――」ここで女王は眉をひそめて言葉を切り、しばらく考えてから、急に話題を変えた。「『もし本当に私が女王なら』とはどういう意味だい? 何の権利があって自分をそう呼ぶのだい? 正式な試験に合格するまでは、女王になどなれないのだよ。さあ、始めるなら早いほうがいい。」

「私はただ『もし』って言っただけです!」かわいそうなアリスは、哀れっぽい声で訴えた。

ふたりの女王は顔を見合わせ、赤の女王が小さく身震いして言った。「この子は『もし』って言っただけだと言っている――」

「でも、それだけじゃないことを、ずいぶんたくさん言いました!」白の女王は両手をもみしだきながらうめいた。「ああ、本当に、それだけじゃないことをたくさん!」

「たしかに言ったね」赤の女王はアリスに言った。「つねに真実を語ること――話す前に考えること――そして話したあとは書き留めること。」

「そんなつもりじゃなかったんです――」アリスが言いかけると、赤の女王がいらだたしげにさえぎった。

「そこがまさに私の不満なのだ! つもりがあるべきだったのだよ! 何の意味もない子どもに、いったい何の役に立つと思うのだい? 冗談にだって意味は必要だ――子どもは冗談より大事なものだろう、そうであってほしいね。両手を使って否定しようとしても、それは否定できまい。」

「私はで何かを否定したりしません」アリスは反論した。

「誰もしたとは言っていない」赤の女王は言った。「やろうとしてもできないと言ったのだ。」

「この子は今」白の女王が言った。「何かを否定したい気分なのよ――ただ、何を否定したらいいのかわからないだけ!」

「いやな、たちの悪い気性だね」赤の女王が評した。それから一、二分ほど、居心地の悪い沈黙が続いた。

沈黙を破ったのは赤の女王だった。白の女王に向かって言った。「本日午後、アリスの晩餐会にあなたを招待する。」

白の女王は弱々しく微笑んで言った。「では、私もあなたを招待します。」

「私、宴会を開くなんて全然知りませんでした」アリスは言った。「でも開くのなら、招待客はが招くべきだと思います。」

「その機会は与えてやった」赤の女王が言った。「けれど、おまえはまだ礼儀作法の授業をあまり受けていないのだろうね?」

「礼儀作法は授業で習うものではありません」アリスは言った。「授業で習うのは計算とか、そういうものです。」

「では足し算はできるの?」白の女王が尋ねた。「一足す一足す一足す一足す一足す一足す一足す一足す一足す一は?」

「わかりません」アリスは言った。「数えそこねました。」

「足し算はできない」赤の女王が口をはさんだ。「引き算はできるかい? 八から九を引きなさい。」

「八から九は引けませんよ」アリスはすぐに答えた。「でも――」

「引き算もできないわ」白の女王が言った。「割り算は? パンをナイフで割ったら――答えは何?」

「たぶん――」アリスが言いかけたが、赤の女王が代わりに答えた。「バターつきパンに決まっている。別の引き算をやってみよう。犬から骨を取る。何が残る?」

アリスは考えた。「もちろん、私が取ったら骨は残らないでしょうし――犬も残らないわ。私を噛みに来るでしょうから――それに、だって残っていないと思います!」

「では何も残らないと思うのだね?」赤の女王が言った。

「それが答えだと思います。」

「いつもどおり間違い」赤の女王は言った。「犬の機嫌が残るのだ。」

「でも、どうしてそうなるのか――」

「いいかい、よく見なさい!」赤の女王は叫んだ。「犬は機嫌を損ねるだろう?」

「たぶん、そうでしょうね」アリスは用心深く答えた。

「なら、犬が行ってしまったら、機嫌は残る!」女王は勝ち誇って叫んだ。

アリスは、できるかぎりまじめな顔で言った。「別々の方向へ行くかもしれません。」

けれど心の中では思わずにはいられなかった。「私たち、なんてひどいでたらめを話しているのかしら!」

「この子は計算がまるでできない!」ふたりの女王は声をそろえ、たいへん力をこめて言った。

あなたは計算ができるんですか?」

アリスは、これほどけちをつけられるのが嫌になって、急に白の女王へ向き直って言った。

女王は息をのんで目を閉じた。「時間をくれれば足し算はできます――でも引き算は、どんな場合にもできません!」

「もちろんABCは知っているだろうね?」赤の女王が言った。

「もちろん知っています」アリスは言った。

「私もよ」白の女王がささやいた。「これからよく一緒に唱えましょうね、かわいい子。それから秘密を教えてあげる――私は一文字の言葉なら読めるの! すごいでしょう! でも、がっかりしないで。あなたもそのうちできるようになるわ。」

ここで赤の女王がまた始めた。「役に立つ質問に答えられるかい?」女王は言った。「パンはどうやって作る?」

「それなら知っています!」

アリスは勢い込んで叫んだ。「小麦粉を少し用意して――」

「そのフラワーはどこで摘むの?」白の女王が尋ねた。「庭? それとも生け垣?」

「ええと、それは摘むものじゃないんです」アリスは説明した。「挽くんです――」

「何エーカーの地面を?」白の女王が言った。「そんなにたくさん省いてはいけません。」

「頭をあおいでおやり!」赤の女王が心配そうに口をはさんだ。「こんなに考えたあとでは熱が出る。」

そこでふたりは取りかかり、葉の束でアリスをあおぎ始めた。髪が乱れるほど風が当たるので、アリスはやめてくれるよう頼まなければならなかった。

「もう大丈夫だね」赤の女王は言った。「語学は知っているかい? 『フィドル・ディー・ディー』はフランス語で何と言う?」

「フィドル・ディー・ディーは英語じゃありません」アリスはまじめに答えた。

「誰が英語だと言った?」赤の女王が言った。

アリスは、今度こそ難局を抜け出す道を見つけたと思った。「『フィドル・ディー・ディー』が何語か教えてくだされば、そのフランス語を教えてさしあげます!」アリスは勝ち誇って叫んだ。

だが赤の女王は少ししゃちほこばって身をそらし、「女王は取り引きなどしない」と言った。

「女王が質問もしなければいいのに」アリスは心の中で思った。

「喧嘩はやめましょう」白の女王が不安そうな声で言った。「稲妻の原因は何?」

「稲妻の原因は」アリスはきっぱりと言った。これはかなり確信があったのだ。「雷です――いいえ、違う!」あわてて言い直した。「逆のつもりでした。」

「訂正するには遅すぎる」赤の女王は言った。「いったん言ったことは、それで決まりだ。結果は引き受けなければならない。」

「それで思い出しました――」白の女王は下を向き、神経質に両手を握ったりほどいたりしながら言った。「この前の火曜日、それはそれはひどい雷雨がありまして――つまり、いくつかあった火曜日のうち、最後のほうのひとつですけれど。」

アリスは困惑した。「私たちの国では」アリスは言った。「一度に一日はひとつだけです。」

赤の女王は言った。「それは貧弱で薄っぺらなやり方だね。ここでは、たいてい昼と夜を二つか三つずつまとめて持つ。冬にはときどき夜を五つも一緒に取ることがある――暖かいからね。」

「五つの夜は、一つの夜より暖かいのですか?」

アリスは思い切って尋ねた。

「もちろん五倍暖かい。」

「でも同じ決まりなら、五倍寒いはずでは――」

「そのとおり!」赤の女王は叫んだ。「五倍暖かく、そして五倍寒い――ちょうど私が、おまえの五倍金持ちで、しかも五倍賢いのと同じことだ!」

アリスはため息をついて、あきらめた。「答えのないなぞなぞそのものだわ!」と思った。

「ハンプティ・ダンプティもそれを見たの」白の女王は、独り言のように低い声で続けた。「手に栓抜きを持って戸口まで来て――」

「何が欲しかったのだい?」赤の女王が言った。

「彼はどうしても中へ入ると言いました」白の女王は続けた。「カバを探しているからですって。ところが、その朝はたまたま、家の中にそんなものはいなかったのです。」

「ふだんはいるんですか?」

アリスは驚いた声で尋ねた。

「まあ、木曜日だけですけれど」女王は言った。

「何をしに来たのかわかります」アリスは言った。「魚を罰したかったんです。なぜなら――」

ここで白の女王がまた話し始めた。「それはそれはひどい雷雨だったのです、想像もつかないでしょう!」(「この子には決して想像できないでしょうね」と赤の女王が言った。)「屋根の一部が吹き飛び、雷が山ほど中へ入ってきて――大きな塊になって部屋じゅうをごろごろ転がり――テーブルやら何やらをなぎ倒して――私はすっかり怖くなって、自分の名前も思い出せなくなりました!」

アリスは心の中で思った。「事故の真っ最中に自分の名前を思い出そうなんて、私なら絶対しないわ! 何の役に立つの?」だが、かわいそうな女王の気持ちを傷つけるのが怖くて、口には出さなかった。

「陛下はこの方をお許しください」赤の女王はアリスに向かって言い、白の女王の片手を自分の手に取って、そっとなでた。「悪気はないのだ。ただ、たいていの場合、ばかなことを言わずにはいられないのだよ。」

白の女王はおずおずとアリスを見た。アリスは何か親切なことを言うべきだと思ったが、その瞬間には本当に何も思いつかなかった。

「この方は、本当の意味ではきちんと育てられなかったのだ」赤の女王は続けた。「だが、驚くほど気立てがいい! 頭をなでてごらん、どれほど喜ぶか!」

けれど、それはアリスの勇気を超えていた。

「少しの親切――それと髪を紙に巻いてやること――それだけで、この方は見違えるほどよくなる――」

白の女王は深いため息をつき、アリスの肩にもたれかかった。「とても眠いの!」女王はうめいた。

「疲れているのだ、かわいそうに!」赤の女王が言った。「髪をなでておやり――おまえのナイトキャップを貸しておやり――そして心地よい子守歌を歌っておやり。」

「ナイトキャップは持ってきていません」アリスは最初の指示に従おうとしながら言った。「それに、心地よい子守歌も知りません。」

「では私が自分でやらねばならない」赤の女王は言って、歌い始めた。

「おやすみ奥さま、アリスの膝で!  ごちそうできるまで、ひと眠りしよう。
宴が終われば、舞踏会へ行こう――
赤の女王、白の女王、アリスもみんな! 

「さあ、これで歌詞はわかったね」赤の女王はそう付け加えると、アリスのもう一方の肩に頭をのせた。「今度はに最後まで歌っておくれ。私も眠くなってきた。」

次の瞬間には、ふたりの女王はぐっすり眠り込み、大きないびきをかいていた。

「私、どうしたらいいの?」アリスはすっかり途方に暮れてあたりを見回しながら叫んだ。丸い頭がひとつ、続いてもうひとつ、肩から転がり落ち、重たい塊のように膝の上にのしかかってきたのだ。「眠っている女王をふたり同時に世話しなきゃならないなんて、今まで一度もなかったと思うわ! ええ、イングランドの歴史を全部見ても――ありえないはずよ。だって、一度に女王はひとりしかいなかったんだから。起きてよ、この重たいものたち!」アリスは苛立った声で続けたが、返ってくるのは穏やかないびきだけだった。

いびきは一分ごとにはっきりしてきて、だんだん歌のように聞こえてきた。ついには歌詞まで聞き取れるようになり、アリスはあまり熱心に耳を澄ませていたので、二つの大きな頭が膝の上から消えても、ほとんど気づかなかった。

アリスはアーチ形の戸口の前に立っていた。その上には大きな文字で「女王アリス」と書かれており、アーチの両側には呼び鈴の取っ手がひとつずつあった。一方には「訪問客用ベル」、もう一方には「召使い用ベル」と記されていた。

「歌が終わるまで待って」アリスは思った。「それから鳴らそう――ええと、どちらのベルを鳴らせばいいの?」名前にひどく悩まされながら続けた。「私は訪問客ではないし、召使いでもないわ。『女王用』って書いたのがあるべきなのに――」

ちょうどそのとき、扉が少し開き、長いくちばしをした生き物がひょいと頭を出して、「再来週まで入場お断り!」と言い、ばたんと扉を閉めた。

アリスは長いあいだ叩いたり鳴らしたりしたが無駄だった。けれどとうとう、木の下に座っていたとても年老いたカエルが立ち上がり、ゆっくりよろよろとこちらへやって来た。明るい黄色の服を着て、巨大な長靴を履いていた。

「今度は何だね?」カエルは低くしゃがれたささやき声で言った。

アリスは振り向いた。誰にでも文句を言う気でいた。「扉に応対するのが仕事の召使いはどこですか?」アリスは怒って言い始めた。

「どの扉だね?」カエルが言った。

そののろのろした間延びした話し方に、アリスは苛立ちのあまり足を踏み鳴らしそうになった。「この扉に決まっているでしょう!」

カエルは大きく鈍い目で、しばらく扉を見つめた。それから近づき、塗料がはげるかどうか試すように親指でこすった。そうしてからアリスを見た。

「扉に応える、だって?」カエルは言った。「扉は何を尋ねたのだね?」

あまりに声がしゃがれているので、アリスにはほとんど聞こえなかった。

「何をおっしゃっているのかわかりません」アリスは言った。

「わしは英語を話しとるんじゃないのかね?」カエルは続けた。「それともおまえさんが耳が遠いのかね? そいつはおまえさんに何を聞いた?」

「何も!」

アリスは苛立って言った。「私は扉を叩いていたんです!」

「それはいかん――それはいかん――」カエルはぶつぶつ言った。「腹を立てるからな。」

それから扉のそばへ行き、大きな片足で扉を蹴った。「そいつに構わんことだ」カエルは息を切らしながら、自分の木のほうへよろよろ戻っていった。「そうすりゃ、そいつもおまえさんに構わんよ。」

その瞬間、扉が勢いよく開き、甲高い声が歌うのが聞こえた。

「鏡の世界にアリスは言った、
『手には王笏、頭には冠。
鏡の国の生きものたちよ、何者であれ、
赤の女王、白の女王、そして私と食事においで』。」

すると何百もの声が合唱に加わった。

「さあ杯を満たせ、できるだけ早く、
テーブルにボタンとふすまを振りまけ。
コーヒーには猫、紅茶にはねずみを入れ――
三十の三倍で、女王アリスを迎えよう!」

それから歓声の入り混じった騒ぎが続き、アリスは心の中で思った。「三十かける三は九十。誰か数えているのかしら?」

一分ほどするとまた静かになり、同じ甲高い声が別の一節を歌った。

「『おお、鏡の国の生きものたちよ』とアリスは言った、『近う寄れ!  私に会えるは名誉、声を聞けるは恩恵。
赤の女王、白の女王、そして私とともに
晩餐とお茶を楽しむは、高き特権なり!』。」

それからまた合唱が始まった――

「さあ杯を糖蜜とインクで満たせ、
飲んでうれしいものなら何でもいい。
シードルには砂、ワインには羊毛を混ぜ――
九十の九倍で、女王アリスを迎えよう!」

「九十かける九!」

アリスは絶望して繰り返した。「ああ、そんなの終わるはずがないわ! すぐ中へ入ったほうがいい――」そしてアリスが姿を現した瞬間、あたりは水を打ったように静まり返った。

アリスは大広間を進みながら、緊張した面持ちでテーブルを見渡した。そこにはあらゆる種類の客が五十人ほどいることに気づいた。動物もいれば鳥もいて、花までいくつか混じっていた。「招かれるのを待たずに来てくれてよかったわ」アリスは思った。「誰を招待すべきかなんて、私には絶対わからなかったもの!」

テーブルの上座には椅子が三つあった。赤と白の女王はすでにそのうち二つに座っていたが、真ん中の一脚は空いていた。アリスはそこへ腰を下ろした。静けさが居心地悪く、誰かが話してくれないかと待ち望んだ。

やがて赤の女王が口を開いた。「おまえはスープと魚を逃した」女王は言った。「肉を出しなさい!」

給仕たちはアリスの前に羊の脚肉を置いた。アリスはそれをやや不安そうに見た。これまで肉の塊を切り分けたことなどなかったからだ。

「少し恥ずかしがっているようだね。では、その羊肉を紹介してあげよう」赤の女王は言った。「アリス――羊肉。羊肉――アリス。」

羊の脚肉は皿の上で立ち上がり、アリスに小さくお辞儀をした。アリスもお辞儀を返したが、怖がるべきなのか面白がるべきなのかわからなかった。

「一切れ差し上げましょうか?」アリスはナイフとフォークを取り、女王ふたりを交互に見ながら言った。

「とんでもない」赤の女王はきっぱりと言った。「紹介された相手を切るのは作法に反する。肉を下げなさい!」

給仕たちは肉を運び去り、代わりに大きなプラム・プディングを持ってきた。

「プディングを紹介していただかなくて結構です」アリスは少しあわてて言った。「そうしないと、食事が全然できなくなってしまいますから。少しお取りしましょうか?」

しかし赤の女王はむっとした顔で、「プディング――アリス。アリス――プディング。プディングを下げなさい!」とうなった。給仕たちはあまりにすばやく持っていったので、アリスはプディングのお辞儀に返礼できなかった。

けれど、赤の女王だけが命令を出してよい理由はないとアリスは思った。そこで試しに、「給仕さん! プディングを戻して!」と呼んでみると、まるで手品のように、たちまちそれはまたそこにあった。とても大きかったので、羊肉のときと同じように、アリスはほんの少し気後れした。だが大いに努力して恥ずかしさに打ち勝ち、一切れ切って赤の女王へ渡した。

「なんて失礼な!」プディングが言った。「もし私があんたから一切れ切り取ったら、どんな気がするかしらね、この生きものめ!」

それは脂っこく重たい声で話したので、アリスは返す言葉もなかった。ただ座って、プディングを見つめ、息をのむばかりだった。

「何か言いなさい」赤の女王が言った。「会話を全部プディングに任せるなんて、ばかげている!」

「実は今日、詩を本当にたくさん聞かされたんです」アリスは切り出した。口を開いた途端にしんと静まり返り、すべての目が自分に注がれたので、少し怖くなっていた。「それで、とても不思議だと思うんです――どの詩も、何かしら魚のことを歌っていました。どうしてこのあたりではみんな、そんなに魚が好きなのかご存じですか?」

アリスは赤の女王に話しかけたのだが、その答えは少し的外れだった。「魚についてなら」女王は非常にゆっくり、厳かに言い、口をアリスの耳もとへ近づけた。「白の陛下がすてきななぞなぞをご存じだ――すべて詩でできた、魚についてのなぞなぞだ。お聞きになるかね?」

「赤の陛下は、それに触れてくださって本当におやさしい」白の女王は、鳩の鳴き声のような声で、アリスのもう一方の耳にささやいた。「それはとても楽しいことになりますわ! よろしい?」

「どうぞお願いします」アリスはとても丁寧に言った。

白の女王はうれしそうに笑い、アリスの頬をなでた。それから始めた。

    「『まず、魚を捕らねばならぬ。』
それは簡単。赤ん坊でも捕れたと思う。
    『次に、魚を買わねばならぬ。』
それは簡単。一ペニーで買えたと思う。
    『さあ、魚を料理しておくれ!』
それは簡単。一分もかからない。
    『皿に寝かせておくれ!』
それは簡単。もう皿の中にいるのだから。
    『ここへ持て! 食べさせておくれ!』
そんな皿をテーブルに置くのは簡単。
    『皿のふたを取っておくれ!』
ああ、それは難しすぎて、私にはできそうにない!      それは糊のようにくっついて――
真ん中に寝ているあいだ、ふたを皿にくっつけている。
    どちらが簡単だろう、
魚の皿ふたを外すことか、なぞなぞにふたをすることか?」

「一分考えて、それから当てなさい」赤の女王が言った。「そのあいだに、私たちはおまえの健康を祝って飲もう――女王アリスの健康に乾杯!」女王は声の限りに叫んだ。すると客たちはすぐさま飲み始めたが、そのやり方は実に奇妙だった。ある者は消し炭消しのようにグラスを頭にかぶせ、顔を伝って流れるものを飲んだ。別の者はデカンタをひっくり返し、テーブルの端から流れ落ちるワインを飲んだ。そして三人(カンガルーのように見えた)はローストマトンの皿へよじ登り、グレイビーソースを夢中でなめ始めた。「まるで飼い葉桶の豚みたい!」とアリスは思った。

「きちんとしたスピーチでお礼を述べるべきだ」赤の女王は、アリスをにらみながら言った。

「私たちが支えてあげなくてはいけませんね」白の女王がささやいた。アリスはたいへん従順に、しかし少しおびえながら立ち上がろうとしていた。

「どうもありがとうございます」アリスは小声で答えた。「でも、なくても大丈夫です。」

「それはまったくふさわしくない」赤の女王はきっぱりと言った。そこでアリスは、できるだけ気持ちよく従おうとした。

(「それでふたりったら、本当に押すんだから!」あとで宴会のことを姉に話したとき、アリスは言った。「私をぺちゃんこに押しつぶしたいのかと思うくらいだったわ!」)

実際、スピーチをしているあいだ、自分の場所にとどまっているのはかなり難しかった。ふたりの女王が左右から押してくるので、アリスは危うく宙へ持ち上げられそうになった。「お礼を申し上げるために立ち上がり――」アリスは言い始めた。そしてその言葉どおり、本当に数インチ(数センチ)浮き上がった。だがテーブルの縁をつかみ、なんとか自分を引き下ろした。

「気をつけて!」白の女王が叫び、両手でアリスの髪をつかんだ。「何かが起こります!」

それから(あとでアリスが語ったところでは)一瞬のうちにあらゆることが起こった。ろうそくはみな天井まで伸び上がり、先端に花火のついたイグサの原っぱのように見えた。瓶という瓶は、それぞれ皿を二枚取って、急いで翼のように取りつけ、フォークを脚にして、あちこちへ羽ばたいて飛び回った。「しかも、ずいぶん鳥に似ているわ」とアリスは、始まりかけた恐ろしい混乱の中で、できるかぎりそう考えた。

そのとき、そばでしわがれた笑い声が聞こえたので、アリスは白の女王に何が起きたのか見ようと振り向いた。だが女王の代わりに、椅子には羊の脚肉が座っていた。「ここにいますよ!」スープ鉢から声が叫んだ。アリスがまた振り向くと、女王の大きくお人よしそうな顔が、鉢の縁越しに一瞬にやりと笑うのが見えた。次の瞬間、女王はスープの中へ消えた。

一瞬たりとも無駄にはできなかった。すでに客の何人かは皿の中に寝転がっており、スープのおたまがテーブルの上をアリスの椅子に向かって歩いてきて、邪魔だからどけと苛立たしげに手招きしていた。

「もう我慢できない!」アリスは叫ぶと跳び上がり、両手でテーブルクロスをつかんだ。ぐいと一度しっかり引くと、皿も、大皿も、客も、ろうそくも、みんな一緒に床へどさどさと崩れ落ちた。

「それからあなたは」アリスは続け、すべての騒ぎの元凶だと考えていた赤の女王へ猛然と向き直った――けれど女王はもうそばにいなかった。突然、小さな人形ほどの大きさに縮んでいて、今はテーブルの上で、後ろに引きずる自分のショールを追いかけ、陽気にぐるぐる走り回っていた。

ほかのときなら、アリスはこれに驚いただろう。だが今は、あまりに興奮していて何に驚く余裕もなかった。「あなたはね」アリスは繰り返し、ちょうどテーブルの上に着地した瓶を飛び越えようとしていた小さなものをつかまえた。「子猫になるまで揺さぶってやるわ、ええ、そうしてやる!」

第十章 揺さぶる

そう言いながら、アリスはそれをテーブルから取り上げ、力いっぱい前後に揺さぶった。

赤の女王はまったく抵抗しなかった。ただ顔がとても小さくなり、目が大きく緑色になった。それでもアリスが揺さぶり続けるうちに、どんどん背が低くなり――太くなり――やわらかくなり――丸くなり――そして――

第十一章 目覚め

――結局、それは本当に子猫だったのだ。

第十二章 誰が夢を見たのか?

「陛下、そんなに大きく喉を鳴らしてはいけません」アリスは目をこすりながら、敬意をこめつつも少し厳しく、子猫に向かって言った。「せっかくの、とってもすてきな夢から目が覚めちゃったじゃない! それにあなた、ずっと私と一緒にいたのよ、キティ――鏡の世界の間じゅう。知っていたの、ねえ?」

子猫にはたいへん困った癖がある(アリスは以前そう言ったことがあった)。何を言っても、いつも喉を鳴らすのだ。「『はい』なら喉を鳴らして、『いいえ』ならニャーと鳴くとか、何かそういう決まりにしてくれれば」アリスは言ったことがある。「会話を続けられるのに! でも、いつも同じことばかり言う相手と、いったいどうやって話せばいいの?」

このときも子猫は喉を鳴らすだけだった。それが「はい」という意味なのか「いいえ」という意味なのかは、とても見当がつかなかった。

そこでアリスは、テーブルの上のチェスの駒の中を探し、赤の女王を見つけた。それから炉前の敷物の上にひざまずき、子猫と女王を向かい合わせにした。「さあ、キティ!」アリスは勝ち誇って手を打ちながら叫んだ。「これに変身していたんだって白状しなさい!」

(「でも見ようとしなかったの」と、あとで姉にそのことを説明したときアリスは言った。「顔をそむけて、見えていないふりをしたの。でも少し恥ずかしそうだったから、やっぱり赤の女王だったに違いないと思うわ」)

「もう少し背筋をしゃんとして座って、いい子だから!」

アリスは陽気に笑いながら叫んだ。「それから、何を――何を喉で鳴らすか考えながらお辞儀をするのよ。時間の節約になるんだから、覚えておいて!」

そうして子猫を抱き上げ、ちょんと一度キスをした。「赤の女王だった記念にね。」

「スノードロップ、かわいい子!」アリスは肩越しに、まだ辛抱強く身づくろいを受けている白い子猫を見ながら続けた。「ダイナはいったいいつ、白の陛下のお支度を終えるのかしら? 夢の中であなたがあんなにだらしなかったのは、きっとそのせいね――ダイナ! 自分が白の女王をこすっているってわかっているの? 本当に、とても失礼よ! 

「それで、ダイナは何に変わったのかしら?」アリスはおしゃべりを続け、片ひじを敷物につき、顎を手にのせて心地よく落ち着くと、子猫たちを眺めた。「教えて、ダイナ、あなたはハンプティ・ダンプティになったの? 私はそう思うわ――でも、まだ確かじゃないから、お友だちには今のところ言わないほうがいいわね。

「ところでキティ、あなたが本当に私の夢の中で一緒にいてくれたなら、きっと楽しめたことがひとつあったのよ――魚についての詩を、本当にたくさん聞かされたの! 明日の朝は、本物のごちそうをあげるわ。あなたが朝ごはんを食べているあいだずっと、『セイウチと大工』を朗読してあげる。そうしたら、それを牡蠣だと思い込めるでしょう、ねえ! 

「さあ、キティ、いったい誰がこの全部を夢に見たのか考えましょう。これは重大な問題よ、いい子だから。そんなふうに前足をなめ続けてはいけません――まるで今朝ダイナがあなたを洗わなかったみたいじゃない! わかるでしょう、キティ、夢を見たのはか赤の王のどちらかに違いないの。もちろん、赤の王は私の夢の一部だった――でも、それなら私も、赤の王の夢の一部だったのよ! キティ、赤の王だったのかしら? あなたは王さまの奥さまだったんだから、知っているはずよ――ああ、キティ、お願いだから決めるのを手伝って! 前足なんてあとでもなめられるでしょう!」

けれど、じれったい子猫はもう一方の前足をなめ始めただけで、質問など聞こえなかったふりをした。

あなたは、どちらだったと思う? 


晴れた空の下の小舟、
夢見るようにゆるゆる進む、
七月の夕暮れに――
寄り添う三人の子どもたち、
輝く瞳、聞きたがる耳、
素朴な物語を喜んで聞く――
あの晴れた空は遠く色あせ、
こだまは薄れ、記憶は消える。
秋の霜が七月を葬った。
それでも彼女は幻のように私を訪れる、
目覚めた目には見えぬ空の下を
アリスが歩いてゆく。
子どもたちはなお、物語を聞こうと、
輝く瞳、聞きたがる耳をして、
愛しげにそばへ寄り添うだろう。
彼らはワンダーランドに身を横たえ、
過ぎゆく日々の中で夢を見て、
夏が死にゆくたびに夢を見ている。
いつまでも流れに漂いながら――
黄金の光の中にたゆたいながら――
人生とは、夢でなくて何だろう? 

おしまい

公開日: 2026-07-02