L・フランク・ボーム 作
著者のことば
『オズの魔法使い』が出版されたあと、私は子どもたちから手紙をもらうようになりました。みんながこのお話を読んで楽しかったこと、そして「かかしとブリキの木こりについて、もっと何か書いてほしい」とお願いしてくるのです。はじめは、これらの手紙を、正直で率直とはいえ、ただの素敵なお褒めの言葉と思っていました。でも、その手紙は月日がたっても、何年も何年も、私のもとに届きつづけたのです。
ついには、ひとりの小さな女の子に約束しました。その子はわざわざ長い旅をして私に会いに来て、自分の願いを伝えてくれたのです――ちなみに、その子は「ドロシー」なんですよ――。「もし千人の小さな女の子たちが、かかしとブリキの木こりを書いてほしいと願う千通の手紙をくれたら、本を書こう」と。もしかしたら、この小さなドロシーは、正体を隠した妖精で、魔法の杖を振ったのかもしれませんし、あるいは『オズの魔法使い』の舞台劇が成功したおかげで、この物語に新しいお友だちがたくさんできたのかもしれません。なぜなら、千通の手紙はあっという間に集まり、それどころかそれをはるかに超える数が届いたのです。
それから長い間お待たせしましたが、やっとこの本で約束を果たすことにしました。
L・フランク・ボーム
シカゴ 1904年6月
この本を、ブリキの木こりと かかしの見事な演技で、国中の何千もの子どもたちに喜びを与えてくれた素晴らしい役者でありコメディアンである デイヴィッド・C・モンゴメリー氏とフランク・A・ストーン氏に、感謝の気持ちをこめて捧げます。
著者
チップ、パンプキンヘッドをつくる
オズの国の北側にあるギリキンの国。その国のどこかに、チップという名の少年が住んでいました。本当はもっと長い名前があったのですが、年老いたモンビがよく「この子の本当の名はティペタリウスよ」と言っていたのです。でも、誰もそんな長ったらしい名前をわざわざ呼ぶことはなく、「チップ」で十分でした。
この少年は、自分の両親のことを何ひとつ覚えていませんでした。まだ小さいころに、モンビと呼ばれるおばあさんに引き取られて育てられることになったのです。けれど残念なことに、このモンビという人はあまり評判がよくありませんでした。ギリキンの人々は、彼女が魔法を使っているのではないかと疑っていて、そのため付き合うのもためらっていたのです。
もっとも、モンビは「魔女」そのものではありませんでした。なぜなら、この地方を治める善良な魔女が、自分の支配する国に他の魔女がいることを禁じていたからです。だからこそ、チップの保護者であるモンビも、どれだけ魔法を身につけたくても、せいぜい「まじない師」や「女魔法使い」どまりだと自分でも分かっていました。
チップは、森から薪を運ぶ役目を言いつけられていました。モンビが鍋で煮炊きするために必要だったのです。また、とうもろこし畑では、草取りをしたり皮をむいたりもしていましたし、豚に餌をやったり、モンビの自慢の四本角の雌牛に乳をしぼったりもしていました。
でも、いつも働きづめというわけではありません。だって、そんなことをしたら体によくないと思っていたからです。森に行かされると、チップはよく木に登って鳥の卵を探したり、真っ白なウサギを追いかけて遊んだり、曲がった針で小川で魚を釣ったりしていました。そして慌てて薪を集めて家に持ち帰るのです。とうもろこし畑では、背の高い茎がモンビの目をふさいでしまうので、チップはよくジリスの穴を掘ったり、気が向けばとうもろこしの列と列の間に寝転んでひと休みしたりしました。こうして力を使い果たさないように気をつけていたので、チップは元気でたくましい少年に育ちました。
モンビのふしぎな魔法は、近所の人たちをときどき怖がらせましたが、みんなはその奇妙な力に一目おいて、そっと距離をとりながらも尊敬していました。でも、チップは彼女が大嫌いで、その気持ちを隠そうともしませんでした。実のところ、保護者とはいえ、彼女にもう少し敬意を払うべきなのに、時々ぞんざいな態度をとったりもしていました。
モンビのとうもろこし畑にはカボチャが転がっていました。黄金色に赤く輝いて、緑の茎の間にころがっているのです。これは冬になったときに、四本角の雌牛に食べさせるために、わざわざ植えて大切に育てたものでした。でも、ある日、とうもろこしの収穫がすっかり終わり、チップがカボチャを小屋に運んでいたとき、ふと「ジャック・ランタン」を作って、モンビを驚かせてやろうと思いついたのです。
そこで、彼は大きくて立派なカボチャを選びました。つやつやしたオレンジ色のやつです。そしてナイフの先で、まん丸な目を二つ、三角形の鼻をひとつ、そして新月のような形の口を彫りました。できあがった顔は、決してきれいとはいえませんでしたが、それでも大きくて広いにっこり笑った表情がとても陽気で、チップも思わず自分の作品に見とれて笑ってしまうほどでした。
チップには遊び相手がいなかったので、ほかの男の子たちが「カボチャ提灯」の中身をくりぬいて、その中にろうそくをともして、顔をもっと怖く見せることを知らなかったのです。でも、チップには自分なりのアイデアがありました。それは、カボチャの頭をかぶった人の形を作って、モンビが出くわすような場所に立たせておこう、というものでした。
「そうすれば、」チップはひとりごとを言いながら笑いました。「モンビは、茶色の子ぶたのしっぽを引っぱった時より大きな声で叫ぶだろうし、去年マラリアにかかったときのぼくよりもぶるぶる震えるにちがいないぞ!」
モンビは村へ――食料を買いに行くのだと言って――出かけていたので、チップにはこのいたずらをする時間がたっぷりありました。その旅は少なくとも二日はかかるのです。
そこで斧を持って森へ行き、太くてまっすぐな幼木を選んで切り倒し、枝や葉をきれいに落としました。これが、男の人形の腕や脚、そして足になるのです。胴体には、大きな木から分厚い樹皮を一枚はぎ取り、苦労して筒状にし、木のくさびで端と端を止めて形を作りました。そして鼻歌まじりに作業をしながら、腕や脚の関節を丁寧に削って、ナイフで形を整えながら胴体に取りつけていきました。
こうしてやっと完成したころには、あたりも暗くなりはじめていました。チップは、雌牛に乳をしぼって豚に餌をやることを思い出し、木の人形を小屋まで運びました。
夜になり、台所の火の明かりのもとで、チップは関節の角を丁寧に丸く削り、ざらざらしたところもきれいにならして、なかなか立派な出来ばえに仕上げていきました。そして出来上がった人形を壁にもたせかけて眺めると、なかなか大きくて本物の大人顔負けの背の高さでした。でも、それは小さな男の子にとっては魅力的なことで、チップは自分の作品の大きさがちっとも気になりませんでした。
翌朝、もう一度自分の作品を見てみると、チップは「首」をつけ忘れていたことに気がつきました。これがないとカボチャの頭を胴体に取りつけられません。そこでまた森へ行き、いくつかの木片を切り出してきて作業を続けました。戻ってからは、胴体の上の端に横木を取り付け、ちょうど首を立てる穴を真ん中に開けました。この首になる木片も上の端をとがらせて、すべてが準備できると、チップはカボチャの頭を押し込んでみました。ぴったりおさまって、頭は好きなほうに向けて回すこともできましたし、腕や脚も関節で動くので、思い通りのポーズをとらせることができました。
「これはなかなかの男っぷりだぞ!」とチップは得意げに言いました。「これならモンビもびっくりして叫び声を上げるに違いない! でも、ちゃんと服を着せたら、もっと本物らしくなるなあ。」
服を探すのは、簡単なことではなさそうでしたが、チップは思いきってモンビの宝物がぎっしり詰まった大きな箱をあさりました。そして一番下から、紫色のズボン、赤いシャツ、白い点々がついたピンクのチョッキを見つけ出しました。これらを人形に着せてみると、ぴったりとはいきませんでしたが、なかなかおしゃれな格好になりました。モンビの毛糸の靴下と、自分のはき古した靴をはかせて、木の人形の服装は完成です。チップはうれしさのあまり飛び上がって踊り出し、少年らしく大きな声で笑いました。
「名前をつけてあげなくちゃ!」と思って声を上げました。「こんなに立派な男には、きっと名前が必要だ。よし、」と少し考えてから言いました。「この人の名前は、ジャック・パンプキンヘッドにしよう!」
ふしぎないのちの粉
チップはしばらく考えて、ジャックを置くのに一番よい場所は、家から少し離れた道の曲がり角だと決めました。そこで人形を運ぼうとしたのですが、重くてなかなか思うように運べません。少し引きずっては立たせ、片足の関節を曲げてはもう片方も曲げて、後ろから押しながら、なんとかジャックを道の曲がり角まで歩かせることができました。何度か転びそうになりましたが、チップは畑や森で働くときよりずっと苦労して、それでもいたずら心が勝って、できばえを試してみるのがとても楽しかったのです。
「ジャックは完璧だし、ちゃんと動くじゃないか!」と息を切らせながら自分に言い聞かせました。ところが、そのときふと見ると、人形の左腕が途中で落ちてしまっていました。チップはあわててそれを拾いに戻り、肩の関節に新しい、もっと丈夫なくさびを削って修理しました。これで腕は前より強くなりました。それから、ジャックのカボチャの頭が後ろ向きになっているのも見つけて直しました。最後に、曲がり角でモンビが必ず通る場所にちゃんと人形を立たせると、まるで本物のギリキンの農夫のように見えましたし、でもどこか奇妙で、うっかり出くわした人なら誰でもぎょっとするに違いありませんでした。
まだ日は高く、モンビが帰ってくるには早すぎます。そこで、チップは家の下にある谷へ下りて行き、そこに生えている木から木の実を集めはじめました。
ところが、思いのほか早くモンビが帰ってきたのです。彼女は山奥のひとりぼっちの洞穴に住んでいる、いじわるな魔法使いに出会い、魔法の重大な秘密を何個も交換してきたのでした。そうして、三つの新しい調合法、四つの魔法の粉、そしてすばらしい力を持つハーブを手に入れ、さっそくその新しい魔法を試したくて急いで家に帰ったのでした。
モンビは手に入れた宝物のことばかり考えていて、道の曲がり角で人形を見つけても、ただ軽くうなずいて「こんばんは」とだけ言いました。
でも、ふと、人形がまったく動かず返事もしないのに気づくと、じろりとその顔を見て、チップのナイフでていねいに彫られたカボチャの頭を発見しました。
「へぇ!」とモンビはうなり、ぶっきらぼうな声をあげました。「またあの悪ガキがくだらないいたずらを! ――まあ、いいわ、とてもいい! 今度こそ、こっぴどくお仕置きしてやる!」
怒ったモンビは杖を振り上げ、にやにや笑ったカボチャの頭をたたき割ろうとしましたが、ふと何か思いつき、杖を空中で止めました。
「これで新しい粉を試すチャンスができたわね!」とうきうきした声で言いました。「あのいじわるな魔法使いがちゃんと秘密を交換してくれたか、それとも私が彼をだましたみたいに、彼にもだまされたのか、これで分かるわ。」
そう言って、モンビはかごを地面に置き、中身をさぐりはじめました。
その間に、チップはポケットいっぱいに木の実をつめて戻ってきて、モンビが自分の人形と並んで立っているのを見つけましたが、彼女がまったくおびえていないことにちょっとがっかりしました。でも、その次の瞬間、モンビが何をするつもりなのか気になってきました。そこで生け垣のかげに身を隠し、じっと見守ることにしました。
しばらくして、女はかごから古いコショウ入れを取り出しました。その色あせたラベルには、魔法使いが鉛筆でこう書き込んでありました。
「いのちの粉」
「これね!」とモンビはうれしそうに叫びました。「さあ、効き目を見てみましょう。あのけちな魔法使いは、ほんのちょっとしかくれなかったけど、二、三回分はあるはずよ。」
チップはこれを聞いてびっくりしました。そのとき、モンビがコショウ箱から粉を取り出し、ジャックのカボチャの頭にふりかけるのを見ました。まるで焼きたてのジャガイモにコショウをかけるように、粉がジャックの頭から赤いシャツ、ピンクのチョッキ、紫のズボンにふわふわとこぼれ落ち、すり切れた靴にもひとつまみ落ちました。
それから、モンビはコショウ箱をかごにしまい、左手の小指を上にして言いました。
「ウィーア!」
次に右手の親指を上にして言いました。
「ティーア!」
そして両手の指も親指も広げて高く掲げて、叫びました。
「ピーア!」
するとジャック・パンプキンヘッドは、ひと足さがって、しかられるような声で言いました。
「そんなに大声で叫がないでください! ぼくは耳が遠いわけじゃありませんよ!」
モンビは大喜びで踊りまわりました。
「生きてる! 生きてるわ! 生きてる、生きてる!」
杖を空高く放り投げ、それをキャッチし、自分自身を両腕でぎゅっと抱きしめ、ジグを踊ろうとしながら、何度も何度も喜びのあまりくり返しました。
「生きてる! ――生きてる! ――生きてる!」
さて、チップはこの様子を、思わずあっけにとられて見ていました。
最初は怖くてぞっとし、逃げ出したいくらいでしたが、足ががくがく震えてしまって動けませんでした。でも、ジャックが命を持ったのは、なんだかとてもおかしく思えてきました。だって、カボチャの顔があまりにもおどけていて、見るだけで思わず笑いがこみあげてきたのです。こうしてチップは最初の恐怖を乗りこえてしまい、ついに笑いがこらえきれなくなりました。その陽気な笑い声がモンビの耳に届き、彼女はすぐに生け垣の陰までやってきて、チップの襟首をつかんでかごとジャック・パンプキンヘッドのところへ引っぱっていきました。
「このいたずらっ子! こそこそ隠れて悪さをして、私をからかう気だね!」と怒って叫びました。
「ぼくはバカにしてたんじゃないよ」とチップは抗議しました。「ぼくは、パンプキンヘッドを見て笑ってたんだ。だって、見てよ! おかしいでしょ?」
「私の見た目をからかってるんじゃないだろうね?」とジャックが言いました。その真面目な声で、にこにこ顔のまま言うものだから、チップはまたもや大声で笑い出しました。
モンビも自分の魔法で命が吹き込まれたこの人形に、不思議な興味を覚えないわけではありませんでした。しばらくじっと見つめてから、こう尋ねました。
「何か知っているのかい?」
「うーん、それはむずかしいですね」とジャックは答えました。「なにしろ、自分ではたくさんのことを知っている気がするのですが、この世界にどれだけ知らないことがあるのか、まださっぱり分からないのです。自分がとても賢いのか、とても愚か者なのか、しばらく調べてみないと分かりません。」
「なるほどね」とモンビは考えこみました。
「でも、せっかく命を与えたのに、これからどうするつもり?」とチップが尋ねました。
「ちょっと考えないといけないね」とモンビは答えました。「でも、もうすぐ暗くなるから、まずは家に帰ろう。パンプキンヘッドを手伝って歩かせておくれ。」
「心配いりませんよ」とジャックが言いました。「ぼくはあなたと同じくらい歩けます。だって、ちゃんと脚も足もあるし、関節も動くんですから。」
「本当に動くのかい?」とモンビがチップにたずねました。
「もちろんさ。ぼくが作ったんだから」とチップは誇らしげに答えました。
こうして家へ向かって歩き出しましたが、家に着くと、モンビはジャックを牛小屋に連れていき、空いている馬の囲いに閉じ込め、外からしっかりカギをかけました。
「まずはお前から始末しないとね」と言いながら、チップをにらみつけました。
これを聞いたチップはドキドキしだしました。モンビは悪賢くて仕返しをするような人だと分かっていたからです。
二人は家に入りました。家は丸いドーム型の建物で、オズの国の田舎の家はどれもこんな形をしていました。
モンビはチップにろうそくを灯すように命じ、かごを戸棚にしまい、マントをフックにかけました。チップはあわてて従いました。彼女が怖かったからです。
ろうそくがともると、モンビは暖炉に火をつけるように命じました。その間に、モンビは夕飯を食べていました。火がパチパチと音を立てはじめたころ、チップはパンとチーズを分けてほしいと頼みましたが、モンビは拒否しました。
「お腹がすいたよ!」とチップは不機嫌に言いました。
「すぐにお腹はすかなくなるさ」とモンビは意味ありげな顔で言いました。
チップはその言葉が脅しのように聞こえて気が重くなりましたが、たまたまポケットに木の実があるのを思い出し、いくつか割って食べました。その間にモンビは立ち上がり、エプロンのパンくずをはたき落として、黒い小さな鍋を火の上につるしました。
それから同じ分量の牛乳と酢を鍋に入れ、いくつかの薬草や粉を次々に入れていきました。ときどきろうそくのそばに寄って、黄色い紙に書かれたレシピを読みながら、不思議な料理をこしらえているようです。
チップはそれをじっと見ていて、ますます不安になってきました。
「それ、何に使うの?」と尋ねました。
「お前のためだよ」とモンビはぶっきらぼうに答えました。
チップは腰掛けに座り直して、泡立ちはじめた鍋をじっと見つめました。それから険しいしわだらけのモンビの顔をちらりと見て、こんな暗くて煙たい台所なんて、ろくなことがないと心の中で思いました。ろうそくの影が壁にはえているだけでも、ぞっとします。そんなふうにして一時間も過ぎました。沈黙を破るのは、鍋の煮える音と薪がはぜる音だけでした。
やがてチップはもう一度口を開きました。
「ぼく、その中身飲まなきゃいけないの?」
「そうだよ」とモンビは言いました。
「飲んだら、どうなるの?」とチップ。
「うまくできていればな」とモンビは答えました。「お前は大理石の像に変わるのさ。」
チップはうめき声をあげ、袖で額の汗をぬぐいました。
「ぼく、大理石の像になりたくないよ!」
「そんなことは関係ないよ。私はお前を像にしたいのさ」とモンビはきびしく言いました。
「でも、大理石の像になったら、何の役にも立たないよ。だって、ぼくがいなくなったら誰が仕事をするの?」
「パンプキンヘッドに働かせるさ」とモンビは答えました。
チップはまたうめきました。
「やぎかニワトリに変えてくれればいいのに」と不安そうに言いました。「大理石の像なんて、何の役にも立たないじゃないか。」
「いいや、立つとも」とモンビは言いました。「春になったら花壇を作るつもりだよ。その真ん中にお前を飾ってやる。これまでずっと、私の手間ばかりかけさせてきたんだから、やっといいことを思いついたものだね。」
このひどい言葉に、チップは全身に冷や汗がにじみましたが、じっとして震えながら鍋を見つめていました。
「もしかして、うまく作れなかったら?」と弱気な声でつぶやくように言いました。
「まあ、きっと大丈夫だろうさ」とモンビは陽気に言いました。「私はめったに失敗しないのさ。」
また沈黙が続きました。それはとても長く、重たい沈黙でした。やがて、モンビは鍋を火からおろしました。すっかり夜も更けていました。
「冷めるまで飲ませられないよ」とモンビは言いました。――法律で禁じられていても、彼女は魔法を使っていることを認めていました――「もう寝る時間だ。夜明けにお前を起こして、すぐに像に変えてやるさ。」
そう言うと、彼女は湯気の立つ鍋を持って自分の部屋へ入り、ドアを閉めて鍵をかける音がしました。
チップは言いつけ通りにベッドに行くことはせず、消えかけた火の炎をじっとにらみつけて座っていました。
逃げだす二人
チップは考えこみました。
「大理石の像になるなんて、たまったもんじゃないぞ」と反発心いっぱいに思いました。「ぼくは、そんなの絶対ごめんだ。モンビは、もう何年もぼくが面倒だと思ってたから、こんな方法でぼくを片付けようとしてる。だったら、像になるより簡単な方法があるじゃないか。花壇の真ん中でずっと立ちっぱなしなんて、男の子にとってはちっとも楽しくないしね! ぼくは逃げるぞ、今のうちに逃げてやる――あのいやな鍋の魔法薬を飲まされる前に。」
そう決めて、モンビの大きないびきが聞こえてきたころ、そっと立ち上がり、食べ物を探しに戸棚のほうへ向かいました。
「食べ物なしで旅に出るのはよくないな」と棚の上をあさりながら考えました。
パンのかたまりをみつけましたが、チーズはモンビのかごの中にしかありませんでした。ごそごそと探していると、あの「いのちの粉」のコショウ箱が目に入りました。
「これも持っていこう。さもないと、モンビがまた何か悪さに使うかもしれないし。」そう考えて、パンとチーズと一緒に箱もポケットに入れました。
それから、そーっと家を出て、ドアにカギをかけました。外は月も星も明るく輝き、家の中のむっとした臭いもなく、夜の空気はさわやかで気持ちがよく感じられました。
「ここを出るのは嬉しいな」とチップは小声で言いました。「だって、あの女の人のこと、もともと好きじゃなかったし。どうして自分が彼女と暮らしていたのか、不思議なくらいだ。」
チップはゆっくり道へと歩きだしたのですが、ふと思いました。
「ジャック・パンプキンヘッドをモンビにまかせておくのは嫌だな……それに、ジャックはぼくが作ったんだから、ぼくのものだ。たとえモンビが命を吹き込んだとしても。」
チップは引き返して牛小屋のジャックが閉じ込められている囲いのドアを開けました。
ジャックは馬小屋の真ん中に立っていて、月明かりのなかでも、やっぱり陽気ににっこり笑っていました。
「さあ、行くよ!」とチップは手招きしました。
「どこへ?」とジャックがたずねました。
「それは、ぼくにも分からないけどね」とチップはかぼちゃの顔に親しみをこめて微笑みました。
「とにかく歩こう!」
「分かりました」とジャックは言って、ぎこちなく馬小屋から出て、月明かりの下へ。
チップは道へ向かって歩き出し、ジャックもそのあとをついていきました。ジャックはどこか足を引きずるような歩き方で、ときどき足の関節が後ろ向きに曲がってしまい、もう少しで転びそうになることもありました。でも、ジャックはすぐに気づいて慎重に歩くよう注意したので、だんだん失敗もしなくなりました。
二人は一度も立ち止まることなく道を進んでいきました。速くは歩けませんでしたが、コツコツと進み、月が沈んで太陽が山の上から顔を出すころには、もうずいぶん遠くまで来ていました。これならモンビに追われる心配もありません。しかも、チップは途中で道をあちこち曲がったので、誰があとを追ってきても、どっちへ行ったのか分からないだろうと思いました。
これでしばらくは大理石の像にされずにすむと、チップは一安心して、道端の大きな岩に腰掛けました。
「朝ごはんにしよう」と言いました。
ジャック・パンプキンヘッドはチップの様子をじっと見ながらも、一緒には食べませんでした。「どうも、ぼくは君と同じ作りじゃないみたいだね」と言いました。
「うん、そりゃそうさ」とチップは答えました。「だって、ぼくが作ったんだもの。」
「へえ! 君が?」とジャックが驚きました。
「もちろんさ。君を組み立てて、目や鼻や耳や口も彫ったんだ。それに服も着せたよ」とチップは得意げに言いました。
ジャックは自分の体と手足をじっくり見て、
「なかなか上手にできてるよね」と感心しました。
「まあまあだよ」とチップは謙遜しました。旅をすることになるなら、もっとしっかり作っておけばよかったと、今ごろになって気づいたのです。
「じゃあ、」とかぼちゃ頭が言いました。「君はぼくの創造主、親、つまりお父さんってことだね!」
「発明者でもあるよ」とチップは笑いました。「そうさ、ほんとに、ぼくは君のお父さんなんだ!」
「じゃあ、ぼくは君に従順でいなきゃいけないし、君はぼくの面倒をみる責任があるってことだ」とジャックは続けました。
「その通り!」とチップは跳ねるように立ち上がりました。「じゃあ、さあ、行こう!」
「どこへ行くの?」とジャックが歩き出しながらたずねました。
「はっきりは分からないけれど、南に向かってると思う。そうすれば、そのうちエメラルドの都に着くはずさ。」
「その都はなんだい?」とジャックが聞きました。
「オズの国の中心にある、一番大きな町だよ。ぼくは行ったことないけど、町の歴史はよく聞いてる。むかし偉大でふしぎな魔法使いオズが建てた町で、そこのものは全部緑色なんだ――ギリキンの国が全部紫色みたいにね。」
「ここは全部紫色なの?」とジャック。
「もちろん、そうさ。見てごらん」とチップ。
「ぼく、色が分からないみたいだな」とパンプキンヘッドはあたりを見回しました。
「ほら、草も紫、木も紫、家も柵もみんな紫だよ。道の泥だって紫。エメラルドの都じゃ、ここで紫色のものが全部緑色になるんだ。東のマンチキンの国は全部青、西のウィンキーの国は全部黄色、南のクァドリングの国は全部赤でね。」
「へえ!」とジャック。「それで、ブリキの木こりがウィンキーの国を治めてるって言った?」
「うん。ドロシーと一緒に西の悪い魔女を倒すのを手伝ったから、ウィンキーたちが感謝して、国の支配者になってくれと頼んだんだって。エメラルドの都では、かかしが市民たちに頼まれて王様になったんだ。」
「ふむ、ややこしい話だなあ。かかしって誰?」とジャック。
「ドロシーの友だちだよ」とチップが答えました。
「ドロシーって誰?」
「カンザスという大きな外の世界から来た女の子さ。竜巻でオズの国に飛ばされて、旅先でかかしやブリキの木こりと一緒に冒険したんだ。」
「今はどこにいるの?」
「善良なグリンダが彼女を家に帰したよ。」
「そうか。それで、かかしはどうなったんだい?」
「言ったじゃないか、エメラルドの都を治めてるって。」
「でも、もともとはすごい魔法使いが治めてたって言わなかった?」
「その通り。でもね、ちゃんと説明するよ。ドロシーは、魔法使いにカンザスへ帰してもらうお願いをしに都へ行ったんだ。かかしとブリキの木こりもお供した。でも魔法使いは、それほどの魔法使いじゃなかったから、ドロシーを返せなかったんだ。それでみんな怒って、魔法使いを暴こうとしたから、魔法使いは大きな気球を作って逃げてしまった。それっきり誰も見ていないんだ。」
「なるほど、おもしろい歴史だね」とジャックは満足そうに言いました。「よく分かったよ。……説明以外はね。」
「分かってくれてうれしいよ」とチップ。「魔法使いがいなくなったあと、市民たちはかかし陛下を新しい王さまにした。それで人気のある支配者になったんだってさ。」
「その不思議な王さまに会いに行くの?」とジャックは興味しんしん。
「うん、別に予定がなければ行こうよ。」
「いいとも、お父さん」とジャック・パンプキンヘッド。「きみが行きたいなら、どこへでもついていくよ。」
チップ、魔法の実験をする
小さくて細身のチップは、「お父さん」と呼ばれるのが何となく照れくさくてたまりませんでしたが、関係を否定すればまた長い説明をしなくちゃならないので、話題を変えようと、急にこう聞きました。
「疲れてない?」
「もちろん!」とジャックは答えました。「けど……」しばらくしてから続けました。「このまま歩いていたら、関節がすり減ってしまいそうだよ。」
チップは、それももっともだと思いました。もっと丈夫な手足にしておけばよかったと、今さらながら後悔しはじめました。けれど、まさか、いたずらで作った人形が、古いコショウ箱に入った魔法の粉で命を持つなんて、だれが想像できたでしょう。
そこで自己嫌悪はやめて、ジャックの弱い関節をどうやって直そうかと考えはじめました。
そんなことを考えながら歩いていると、森のはずれに出ました。そこでチップは、木こりが残した古いノコギリ台に腰掛けて休みました。
「君も座ったら?」とパンプキンヘッドに言いました。
「関節が壊れたりしないかな?」と心配そうにジャックが言いました。
「大丈夫。座れば関節も休まるよ」とチップ。
そこでジャックも座ろうとしましたが、いつもより深く関節を曲げた途端、ガシャーン! と大きな音を立てて地面に倒れてしまいました。チップは人形がバラバラになってしまったかとあわてて駆け寄りました。
チップは急いでジャックを起こし、手足をまっすぐに戻して、頭が割れていないか確かめました。でも、ジャックは案外大丈夫そうで、チップは言いました。
「やっぱり、これからは立ったままのほうが安心かもね。」
「分かりました、お父さん。そうします」と、ジャックはにこにこ顔で、転んだことなど気にもしていませんでした。
チップはまた腰かけました。やがてパンプキンヘッドがたずねました。
「その腰かけてるものは何?」
「これは馬さ」とチップは無造作に答えました。
「馬って何?」とジャックが引き続き尋ねます。
「馬? うーん、馬には二種類あるんだ」とチップは説明にちょっと困りました。「一つは、生きていて、脚が四本、頭としっぽがついてる。人が背中に乗って走り回るんだ。」
「なるほど」とジャック。「じゃあ、君が今座っているのは、その馬ってやつだね。」
「いや、違うよ」とチップはあわてて答えました。
「どうして? これにも脚が四本あるし、頭も、しっぽもあるじゃないか。」
チップはノコギリ馬をじっくり見てみました。なるほど、ジャックの言う通りでした。胴体は木の幹でできていて、一方の端には枝がしっぽのように突き出ていました。反対側には二つの大きなコブが目玉みたいで、口もそれなりに切り取られていました。脚は、しっかりと広げてつけてあるので、丸太をのせても倒れません。
「本物の馬に、ずいぶんそっくりだ」とチップは言いました。「でも、本物の馬は生きていて、駆け回ったり、オート麦を食べたりするけど、これはただの木でできた道具なんだ。丸太を切るための。」
「でも、もしこれが生きてたら、駆けたり跳ねたりするんじゃない?」とジャック。
「駆けたり跳ねたりは、するかもね。でもオート麦は食べないよ」とチップは笑いました。「それに、木でできてるから、生き物にはなれないはずなんだ。」
「でも、ぼくも木からできてるよ」とジャック。
チップははっとして、
「そうだ、君も木でできてる!」と叫びました。「それに、命を吹き込んだ魔法の粉が、このポケットにある。」
チップはコショウ箱を取り出し、じっと見つめました。
「もしかして」とチップはつぶやきました。「このノコギリ馬にも、いのちの粉が効くかもしれない。」
「もし効いたら、ぼくがその背中に乗れるから、関節がすり減らなくてすむよ」とジャックは平然と答えました――彼は何が起きても驚かないようでした。
「やってみよう!」とチップは飛び上がりました。「でも、モンビがどうやって手をあげて、何て言ったのか思い出さなくちゃ。」
チップはしばらく考えました。生け垣のかげからモンビの動きをしっかり見ていたので、たぶん全部正確に再現できるはずです。
そこで、コショウ箱から魔法のいのちの粉をノコギリ馬の体にふりかけました。それから左手の小指を立てて「ウィーア!」と叫びました。
「それは何の意味があるの、お父さん?」とジャックが興味しんしんでたずねました。
「分からないよ」とチップは答えました。そして今度は右手の親指を上にして「ティーア!」と叫びました。
「それは何、お父さん?」とジャック。
「いいから静かにして!」とチップはちょっと怒りました。「大事なとこなんだから。」
「ぼく、どんどん物覚えがよくなるなあ」とジャックはにこにこ。
チップは、両手の指と親指を広げて頭の上にかかげ、大きな声で叫びました。「ピーア!」
すぐにノコギリ馬は動き出し、足を伸ばし、切り抜かれた口であくびをし、背中に残っていた粉を数粒振り落としました。残りの粉は、どうやら馬の体の中にすっかり消えてしまったようです。
「すごい!」とジャックが叫び、少年は驚きで目を見張りました。 「お父さんは、本当に賢い魔法使いですね!」
ノコギリ馬の目覚め
ノコギリ馬は自分が生きていることに気づくと、チップよりももっと驚いた様子でした。節だらけの目を左右に転がして、今や自分がとても大切な存在となったこの世界を、初めて不思議そうに見回しました。それから自分自身を見ようとしましたが、首がないため体を見ることができません。そこで自分の体を見ようと、ぐるぐると回り続けましたが、やはり一目も見ることはできませんでした。足は硬くてぎこちなく、膝の関節もなかったので、やがてジャック・パンプキンヘッドにぶつかってしまい、ジャックは道端の苔の上に転がされてしまいました。
この出来事と、ノコギリ馬がしきりにぐるぐる回っていることにチップは心配になり、叫びました。
「おい! 止まれ、止まれったら!」
ノコギリ馬はこの命令に全く注意を払わず、次の瞬間、木の足の一本をチップの足の上にどんと落としたので、チップは痛みに飛び上がり、慌てて安全な場所まで逃げました。そこから再び大声で叫びました。
「止まれ! 止まれってば!」
ジャックはやっとのことで体を起こし、座った姿勢になってノコギリ馬を興味深そうに眺めました。
「その動物、きみの声は聞こえていないみたいだよ」と彼は言いました。
「ぼく、十分大きな声で叫んでるよね?」とチップは腹立たしそうに答えました。
「うん、でもその馬には耳がないよ」と、パンプキンヘッドのジャックがにっこり笑って言いました。
「なるほど!」とチップは、初めてそのことに気づいて叫びました。 「じゃあ、どうやって止めればいいんだ?」
そのとき、ノコギリ馬は自分の体を見るのは無理だと納得し、自分で動きを止めました。そしてチップを見つけて、より近くでじっくりと観察しようと近づいてきました。
この生き物の歩く様子は、本当に可笑しなものでした。右側の足を同時に動かし、左側の足も一緒に動かすので、まるでパッシングホース[訳注:側対歩をする馬]のように体がゆりかごのように左右に揺れました。
チップはその頭を軽く撫でて、「いい子だ、いい子だよ」と優しく声をかけました。するとノコギリ馬はぱちくりした目でジャック・パンプキンヘッドの姿をじっと調べに行きました。
「手綱を見つけなきゃ」とチップは言い、ポケットを探ると丈夫な紐の巻きが出てきました。それを解いてノコギリ馬の首に巻き付け、もう一方を大きな木に結びつけました。けれどノコギリ馬は、その意味が分からないまま後ろに下がり、簡単に紐を引きちぎってしまいましたが、逃げ出そうとはしませんでした。
「思っていたより力持ちだし、ちょっと頑固かも」とチップは言いました。
「どうして耳を作ってあげないの?」とジャックが提案しました。「そうすれば、言うことが通じるよ」
「それは素晴らしいアイデアだ!」とチップは感心しました。「どうして思いついたの?」
「思いついたんじゃないよ」とパンプキンヘッドは答えました。「だって、それが一番簡単なことだからさ」
そこでチップはナイフを取り出し、小さな木の皮から耳を削り出しました。
「大きくしすぎないようにしなきゃ」と削りながら言いました。「あんまり大きいと馬じゃなくてロバになっちゃうから」
「どうして?」とジャックが道端から尋ねました。
「ほら、馬の耳は人より大きいけど、ロバの耳は馬よりずっと大きいんだよ」とチップが説明しました。
「じゃあ、ぼくの耳がもっと長かったら、馬になれるの?」とジャック。
「いや、君はどんなに耳が大きくなっても、パンプキンヘッドにしかなれないよ」とチップは真面目に言いました。
「ああ、なるほど」とジャックも頷きました。「分かった気がするよ」
「もし本当に分かったなら、それはすごいことだけどね」とチップは冗談めかして言いました。「でも、分かったつもりになっても悪くないよ。さて、耳ができたから、馬を押さえててくれる?」
「もちろん。だけど、起こすのを手伝って」とジャック。
そこでチップはジャックを立たせてやり、ジャックはノコギリ馬の頭を押さえました。チップはナイフで頭に二つ穴を開けて、そこに耳を差し込みました。
「とても格好よくなったね」とジャックは感心して言いました。
でも、その言葉がノコギリ馬のすぐ近くで話され、しかもそれが彼の生まれて初めて聞く音だったので、びっくりしたノコギリ馬は跳びはねて、チップを片方に、ジャックをもう片方に転がしてしまいました。それから自分の足音に驚いたのか、そのまま前へ突進していきました。
「止まれ!」とチップは起き上がりながら叫びました。「バカ、止まれったら!」ノコギリ馬はそれにも構わず走り続けていましたが、ちょうどそのとき足をジリネズミの穴に突っ込んで、頭から転がって地面に仰向けに倒れ、四本の足を空中でばたばたさせました。
チップは急いで駆け寄りました。
「なんて馬だよ、まったく!」と彼は叫びました。「『止まれ』って叫んだのに、なんで止まらなかったんだ?」
「『止まれ』って『止まる』ことだったの?」とノコギリ馬は驚いた声で、目を上に向けてチップを見ました。
「もちろんさ」とチップ。
「じゃあ、穴に落ちるのも『止まれ』ってことなんだね?」と馬は続けました。
「確かにね、でも飛び越えれば大丈夫さ」とチップ。
「なんて不思議なところだろう」と馬は驚いたように言いました。「ぼくは一体、ここで何をしているの?」
「ぼくが君に命を吹き込んだのさ」とチップは答えました。「でも、ぼくの言うことをちゃんと聞いてくれれば、何も怖いことはないよ」
「じゃあ、君の言うことを聞くよ」とノコギリ馬は素直に答えました。「でも、さっきは一体何が起きたんだろう? なんだか、ちょっと変な気分だよ」
「君、逆さまになってるよ」とチップが教えてあげました。「ちょっとだけ足をじっとしててくれれば、元に戻してあげるから」
「ぼくにはいくつの“さかさ”があるの?」と不思議そうに馬。
「たくさんあるさ」とチップは手短に答えました。「でも、とにかく足を動かさないでね」
ノコギリ馬はおとなしくなり、足を固くしてじっとしていたので、チップはようやくのことで馬をひっくり返して元に戻しました。
「ふう、今は大丈夫みたい」と変わった生き物はため息をつきました。
「耳が一つ壊れちゃった」とチップは注意深く調べて言いました。「新しいのを作らないと」
それからチップはノコギリ馬をジャックのいる場所に連れ戻し、苦労して立ち上がろうとするジャックを助けて起こし、木の皮から新しい耳を削り出して馬の頭に付けました。
「さて」とチップは馬に向かって言いました。「これから君に教えることをよく聞いてね。『止まれ』は止まること、『進め』は前に歩くこと、『速足!』はできるだけ速く走ること、分かった?」
「たぶん、分かった気がするよ」とノコギリ馬。
「よし、みんなでエメラルドの都まで旅をするんだ。かかし陛下に会いに行くんだよ。ジャック・パンプキンヘッドは君の背中に乗るから、関節がすり減らずに済むってわけさ」
「ぼくは構わないよ。君たちが良ければ、なんでもいいさ」とノコギリ馬。
それからチップはジャックを馬の背に乗せてやりました。
「しっかりつかまっててね」と注意しました。「落っこちて、かぼちゃの頭が割れたら大変だから」
「それは恐ろしいな!」とジャックは身震いしました。「何につかまればいいの?」
「うーん、耳につかまればいいよ」とチップは少し考えてから答えました。
「やめてくれ!」とノコギリ馬が抗議しました。「そうされたら、ぼくは何も聞こえなくなるよ」
それももっともだとチップは考え、別の方法を思いつこうとしました。
「いいや、ぼくがちゃんと考えるよ!」とついに言いました。チップは森へ行き、若くて丈夫な木の枝を短く切ってきました。その先端を尖らせ、ノコギリ馬の頭のすぐ後ろの背中に穴を開け、道ばたで見つけた石でしっかりとその棒を打ち込んで固定しました。
「やめて! やめて!」とノコギリ馬は叫びました。「すごく揺れて気持ち悪いよ!」
「痛い?」とチップ。
「痛いってわけじゃないけど」と馬は答えました。「でも、すごく落ち着かなくてドキドキするんだ」
「もう終わったから大丈夫!」とチップは励ましました。「さあ、ジャック、今度はこの棒につかまってて。そうすれば落ちて頭が割れたりしないよ」
ジャックはしっかりと棒を握り、チップはノコギリ馬に言いました。
「進め。」
素直な馬はすぐに前へと歩き出し、足を持ち上げるたびに体が左右に揺れました。
チップはノコギリ馬のそばを並んで歩き、この新しい仲間にとても満足そうです。しばらくしてチップは口笛を吹き始めました。
「それは、どういう意味の音?」とノコギリ馬が尋ねました。
「気にしなくていいよ」とチップ。「ただの口笛さ。ぼくが満足してるってことだよ」
「もしぼくも唇を合わせることができたら、口笛を吹いたのに」とジャックは言いました。「親愛なるお父さん、ぼくには足りないものがたくさんあるみたいだね」
しばらく進むと、狭い道は広い黄色いレンガの道に変わりました。道ばたには標識が立っていて、こう書かれていました。
「エメラルドの都まで九マイル」
けれども、もう辺りは薄暗くなってきたので、チップは今夜は道端で野宿し、朝早く旅を再開することに決めました。ノコギリ馬を草の生い茂る丘に連れて行き、ジャック・パンプキンヘッドを手伝って馬から降ろしました。
「今夜は地面に寝かせておくよ」とチップ。「その方が安全だから」
「ぼくはどうするの?」とノコギリ馬。
「君は立っていても大丈夫だよ」とチップ。「眠れないんだから、見張りでもして、誰も近づいてこないように頼むよ」
それからチップはパンプキンヘッドの隣に草の上に横になり、旅の疲れであっという間に深い眠りに落ちてしまいました。
ジャック・パンプキンヘッドのエメラルドの都への旅
夜が明けて、ジャック・パンプキンヘッドに起こされてチップは目覚めました。眠い目をこすり、小川で顔を洗って、それからパンとチーズを少し食べました。こうして新しい一日に備えたチップは言いました。
「すぐ出発しよう。九マイルは結構な距離だけど、事故がなければお昼までにはエメラルドの都に着けるはずだよ」そう言って、ジャックはまたノコギリ馬の背に乗せられ、旅が再開されました。
チップは、草や木の紫色が今では鈍いラベンダー色に変わり、そのうちだんだんと緑がかった色合いになっていくのに気づきました。そして都に近づくにつれて、その緑がどんどん明るさを増していきました。
小さな一行がしばらく黄色いレンガ道を進むと、道が広く早い川で分断されていました。チップはどうやって向こう岸に渡ろうかと考え込んでしまいましたが、しばらくして対岸から渡し船に乗った男が近づいてきました。
男が岸に着くと、チップは尋ねました。
「向こう岸まで乗せてくれませんか?」
「金があればな」と、渡し守は意地悪そうな顔で答えました。
「でも、ぼくはお金を持っていません」とチップ。
「全くないのか?」と男。
「全くありません」とチップ。
「なら、腰を痛めてまで漕いでやるもんか」と渡し守はきっぱり。
「なんて親切な人だろう!」とジャックはにこやかに言いました。
渡し守はジャックをにらみましたが、何も言いませんでした。チップはどうしたらいいのかと考え込みました。旅がこんなに早く終わるなんて、がっかりです。
「どうしてもエメラルドの都に行かなきゃいけないんだ」とチップは渡し守に訴えました。「でも、君が連れて行ってくれないなら、どうやって川を渡ればいいんだ?」
男は意地悪そうに笑いました。
「あの木の馬なら浮くだろう」と男は言いました。「あれに乗って渡ればいいさ。かぼちゃ頭の間抜けは沈むなり泳ぐなり、どっちでも勝手にしろ」
「ぼくのことは心配しないで」とジャックは渡し守ににっこり。「ぼくならきっと、きれいに浮かぶはずだよ」
チップはその方法を試す価値があると思いましたし、ノコギリ馬も危険というものを知らないので何も異議を唱えませんでした。それでチップはノコギリ馬を水の中へ連れて行き、自分もその背にまたがりました。ジャックも膝まで水に入り、馬のしっぽにつかまってかぼちゃの頭を水面に保ちました。
「さあ」とチップはノコギリ馬に言いました。「足を動かせば泳げると思うよ。泳げば向こう岸に着けるはずさ」
ノコギリ馬はすぐに足をバタバタさせ始め、まるでオールのように水をかいて、冒険者たちはゆっくりと川の向こう岸へ渡っていきました。こうして無事に草の生い茂った川岸にもどり、濡れそぼったままよじ登ったのでした。
チップのズボンの裾と靴はすっかり濡れてしまいましたが、ノコギリ馬はうまく浮かんだおかげで膝から上のチップはまったく濡れませんでした。一方のジャック・パンプキンヘッドは、華やかな服がどれもびっしょり。
「すぐにお日さまが乾かしてくれるさ」とチップ。「とにかく、渡し守の意地悪にも負けず、無事に渡れたんだから旅を続けよう」
「ぼく、全然泳ぐのは平気だったよ」とノコギリ馬。
「ぼくも平気だった」とジャック。
三人はすぐに黄色いレンガ道に戻りました。道は川の向こうからも続いていて、チップはジャックを再びノコギリ馬の背に乗せました。
「速く走れば、風で服もすぐ乾くよ。ぼくは馬のしっぽにつかまって走るから、みんなすぐに乾くだろう」
「じゃあ馬も頑張らないと」とジャック。
「ぼくも頑張るよ」とノコギリ馬は元気よく答えました。
チップはノコギリ馬のしっぽ代わりの枝の先をつかみ、大きな声で「進め!」と呼びかけました。
ノコギリ馬はいいスピードで走り出し、チップはその後ろを追いかけました。もっと速く走れると思ったチップは「速足!」と叫びました。
ノコギリ馬はその言葉を覚えていて、一生懸命にものすごい勢いで走り出し、チップは今までで一番速く走らないといけなくなってしまいました。
すぐに息が切れてしまい、「止まれ!」と叫びたくても声が喉から出ませんでした。すると、しっぽにつかまっていたその枝が急にポキッと折れて、チップは道に転げ落ちてしまいました。そしてノコギリ馬とジャック・パンプキンヘッドはあっという間に小さくなり、すぐに見えなくなってしまいました。
チップは自分を起こし、喉のほこりを払い、「止まれ!」と言えるようになりましたが、もう馬もジャックもどこにも見当たりません。
そこで、チップはできる限り賢いことをしました。座ってしばらく休み、それからまた歩き始めました。
「いつかはきっと追いつくさ。道はエメラルドの都の門で終わるんだし、それより先へは行けないんだから」とチップは思いました。
そのあいだ、ジャックはしっかりと棒につかまり、ノコギリ馬はまるで競走馬のように道を駆け抜けていました。二人ともチップが置いていかれたことに気づいていません。ジャックは後ろを見ず、ノコギリ馬も見ることができないからです。
馬が走るうち、草や木が鮮やかなエメラルドグリーンになっているのにジャックは気づきました。きっと都が近いのだろうと、尖塔や丸屋根が見える前から思いました。
ついにエメラルド色の宝石でびっしり飾られた高い石の壁が見えてきました。ノコギリ馬が止まらずに突っ込んだら大変なことになる、とジャックは「止まれ!」と大きな声で叫びました。
馬は突然止まったので、棒につかまっていなければジャックは頭から投げ出され、せっかくの顔が壊れてしまうところでした。
「すごい速さだったよ、お父さん!」とジャックは叫びましたが、返事がありません。不思議に思って後ろを振り返ると、初めてチップがいないことに気づきました。
この予期せぬ別れにジャックは戸惑い、どうしたらいいのかと困っていると、緑の壁の門が開き、一人の男が出てきました。
その男は背が低くてまるまると太り、顔はとても愛想よさそうです。全身緑色の服で、高いとんがり帽子をかぶり、緑色の眼鏡をかけています。彼はジャックの前におじぎをして言いました。
「わたしはエメラルドの都の門の番人です。どなたさまで、どんなご用件でしょうか?」
「ぼくの名前はジャック・パンプキンヘッドです」とジャックはにこやかに答えました。「でも、用件については、実は全く分かりません」
門の番人は驚いた顔をして首を振りました。
「あなたは人間ですか、それともかぼちゃですか?」と丁寧に尋ねました。
「両方ですよ」とジャック。
「この木の馬は、生きているんですか?」と番人がまた尋ねました。
ノコギリ馬は節のある目を上に転がしてジャックにウインクし、ぴょんと跳ねて番人の足を木の足で踏みました。
「痛っ!」と男は叫びました。「質問したことを後悔しますが、答えはとても納得できました。さて、あなたは都でどちらかにご用事がありますか?」
「きっと何か用があったはずなのですが、今は思い出せません。お父さんが全部知ってるのですが、今ここにはいないのです」とジャックは真面目に答えました。
「奇妙な話ですね、実に奇妙だ!」と番人。「でも、あなたは無害そうです。いたずら心のある人はそんなににこやかには笑いませんから」
「それは、ぼくの顔はナイフで彫られているから、笑い顔しかできないのです」とジャック。
「では、こちらの部屋でお待ちください。どうしたらよいか考えてみます」と番人。
こうしてジャックはノコギリ馬に乗ったまま門をくぐり、小さな部屋に案内されました。番人はベルを引き、その反対側の扉からとても背の高い兵士が入ってきました。緑色の制服に身を包み、肩に長い緑の銃を担ぎ、膝まで届く美しい緑のひげをしています。番人はすぐに話しかけました。
「ここに、なぜ都に来たのかも分からず、何をしたいのかも分からない奇妙な紳士がいます。どうしましょう?」
緑のひげの兵士はジャックをじっと見つめ、ついに首を大きく横に振って、ひげが波のように揺れました。それから言いました。
「陛下、かかし王のもとへお連れします」
「でも、かかし王はこの人をどうするのでしょう?」と番人。
「それは陛下のご判断です」と兵士。「わたしにも自分の悩みがありまして。外のことはすべて陛下にお任せください。それでは、この方に眼鏡をかけて、王宮へお連れします」
番人は大きな箱から眼鏡を取り出し、ジャックの大きな丸い目に合わせてみました。
「この目を本当に隠せる眼鏡は在庫にありませんね」と小男はため息。「しかも頭が大きすぎるので、ひもで縛るしかありません」
「でも、なぜ眼鏡をかけなきゃいけないのですか?」とジャック。
「ここではそれが流行りです」と兵士。「そして、まばゆい都の輝きで目がくらまないよう守るためです」
「ああ、そういうことなら、ぜひ縛ってください。目がくらむのはごめんです」
「ぼくも!」とノコギリ馬も言いました。そこで、ぼこぼことした目に緑の眼鏡がしっかり取り付けられました。
それから緑のひげの兵士が二人を内門の向こうへ案内すると、たちまち壮麗なエメラルドの都の大通りに出ました。
美しい家々の正面や塔や尖塔には緑色の宝石がきらめき、緑の大理石の歩道にも貴石が散りばめられ、初めてそれを目にする者には実に素晴らしい光景です。
けれども、ジャックとノコギリ馬は、富や美しさには無頓着なので、緑の眼鏡ごしに不思議な眺めも特に気にせず、黙々と緑の兵士のあとについて歩きました。街の人々がびっくりして見つめてきても気にしません。緑色の犬が吠えかかると、ノコギリ馬は木の足で蹴飛ばし、犬は家の中に逃げ込んでしまいましたが、それ以外に二人の進行を妨げるものはありませんでした。
ジャックは緑の大理石の階段を駆け上がり、かかし王にまっすぐ会いに行きたかったのですが、兵士はそれを許しませんでした。だからジャックは苦労して馬から降り、召使いがノコギリ馬を裏へ連れて行き、緑のひげの兵士がジャックを正面玄関から王宮に案内しました。
見知らぬ者は豪華な応接間で待たされ、兵士は王に来訪を告げに行きました。ちょうどこの時、かかし陛下は退屈しきっていたので、すぐに訪問者を謁見の間に通すよう命じました。
ジャックはこの立派な都の王様に会うのに、少しも怖がることも恥ずかしがることもありませんでした。なぜなら、世間の礼儀など何も知らなかったからです。けれども、初めてかかし陛下を目の当たりにした時は、あまりの驚きに思わず立ち止まってしまいました。
かかし陛下
この本を読んでいるみんなは、かかしがどんなものか知っているでしょう。でも、ジャック・パンプキンヘッドは一度もそんなものを見たことがなかったので、この素晴らしいエメラルドの都の王様と初めて会った時が、人生で一番びっくりした瞬間となりました。
かかし陛下は、色あせた青い服を着ていて、頭はただの小さな袋にわらが詰められ、顔がわかるように目や鼻、口が雑に描かれていました。服にもわらが詰まっていますが、その詰め方があまりに雑で、両手両足がぼこぼこして見えました。手には長い指の手袋、それも綿が詰まっています。王様のコートや首元、ブーツの上からもわらがはみ出していました。頭には重たい金の冠、きらめく宝石がびっしりで、その重みで額にしわが寄り、顔には思慮深そうな表情が浮かんでいます。王冠だけが威厳を感じさせますが、あとはただのふにゃふにゃで不器用なかかしでした。
でも、かかし陛下の見た目がジャックには驚きだったように、かかし陛下もジャックの姿に驚きました。紫のズボンにピンクのベスト、赤いシャツはチップが作った木の関節の上にぶかぶかと掛かり、かぼちゃの顔はいつも陽気そうににっこり笑っていました。
最初のうち、かかし陛下は、この変わった訪問者が自分を笑っているのかと思い、ちょっと気分を害しかけました。でも、かかし王がオズの国一の知恵者と評されるのは理由のあること。じっとジャックを観察し、彼の表情が彫られているだけで、どんなに真面目になろうとしても笑顔しかできないのだと気づきました。
王様が先に口を開きました。しばらくジャックを見つめてから、不思議そうな声で言いました。
「いったい、どこから来たのだ? どうして生きているんだ?」
「申し訳ありません、陛下」とジャック・パンプキンヘッドは答えました。「おっしゃっていることが、よくわかりません」
「何が分からないのだ?」とかかし陛下。
「ぼくは陛下の言葉が分からないんです。ぼくはギリキンの国から来たので、よそ者なんです」
「ああ、なるほど!」とかかし。「わたしはマンチキンの言葉を話すが、それはエメラルドの都の言葉でもある。しかし、君はパンプキンヘッドの言葉を話すのか?」
「その通りです、陛下」とジャックはお辞儀をして答えました。「ですから、お互いに分かり合うことはできません」
「それは困ったな」とかかしは考え込みました。「通訳を呼ばなくては」
「通訳って何ですか?」とジャック。
「私と君の両方の言葉が分かる人のことだよ。わたしが何か言えば、その人が君に意味を伝え、君が何か言えば、わたしに意味を伝えてくれる。両方の言葉が分かるのさ」
「それは素晴らしいですね」とジャックは喜びました。
そこで、かかし陛下は緑のひげの兵士に、ギリキンの言葉とエメラルドの都の言葉の両方が分かる人を探し、すぐに連れてくるよう命じました。
兵士が出ていくと、かかし陛下は
「お待ちの間、椅子におかけになりませんか?」と声をかけました。
「陛下は、ぼくが陛下の言葉を分からないのを忘れていらっしゃいますね。座ってほしいなら、何か合図をしてもらわないと」とジャックが答えます。かかし陛下は玉座を降り、肘掛け椅子をジャックの後ろに転がし、急に押してジャックをクッションに座らせました。あまりに急だったので、ジャックは折りたたみナイフのように体を曲げてしまい、元に戻すのに一苦労です。
「今の合図は分かったかね?」と王様は丁寧に尋ねました。
「よく分かりました」とジャックは、かぼちゃの頭を正面に回しながら答えました。
「急いで作られたみたいだね」とかかしは、ジャックの体を整える様子を見ながら言いました。
「陛下も似たようなものですよ」とジャックは率直に答えました。
「ひとつ違うのは、私は曲がるけれど壊れない、君は壊れるけれど曲がらない、ということだよ」
そのとき、兵士が若い女の子の手を引いて戻ってきました。彼女はとても可憐で、きれいな顔に美しい緑色の目と髪。緑の絹のスカートにはエンドウ豆の刺繍の靴下、レタスの飾りの緑のサテンの靴、クローバーの葉の刺繍のブラウス、エメラルドがきらめく小さなジャケットを着ていました。
「おや、ジェリア・ジャムじゃないか!」と王様。「ギリキンの言葉は分かるかい?」
「はい、陛下。わたしは北の国の生まれですもの」
「じゃあ、君が通訳をしてくれ。わたしの言葉をこのパンプキンヘッドに、彼の言葉をわたしに伝えてくれ。これでいいかね?」
「はい、とてもありがたいです」とジャック。
「ではまず」とかかし陛下はジェリアに向き直り、「彼がエメラルドの都に来た理由を尋ねてくれ」
ところが、女の子はジャックをじっと見つめてから 「あなたは本当に不思議な生き物ね。誰があなたを作ったの?」と聞きました。
「チップという男の子だよ」とジャック。
「彼は何て言ったの?」とかかし陛下。「ぼくの耳はおかしいのかね。なんて言ったんだ?」
「陛下の脳みそがほどけちゃったって言ってますよ」と女の子はいたずらっぽく答えました。
かかし陛下は落ち着かずに玉座の上で身じろぎし、左手で頭を触りました。
「二つの言葉が分かるって、本当に便利だなあ」と困ったように言いました。「通訳の娘、彼を侮辱した罪で牢屋に入れてもいいか尋ねてくれ」
「ぼくは侮辱してないよ!」とジャックは憤慨。
「おっとっと! 翻訳が終わるまで静かに」とかかし。「通訳がいる意味がないだろう?」
「わかったよ、待つよ」とジャックは不機嫌そうに言いましたが、顔はいつも通りにこにこ。「さあ、訳してくれ、お嬢さん」
「陛下はお腹が空いていませんか、と伺っています」とジェリア。
「ぜんぜん空いてないよ」とジャックは穏やかに。「だってぼくは食べられないからね」
「わたしも同じだよ」とかかし。「ジェリア、彼は何と言っている?」
「あなたの目の片方がもう片方より大きいことに、気づいてますか? だそうです」と女の子はいたずらっぽく。
「信じないで、陛下!」とジャック。
「心配しなくてもいいよ」とかかし。「それと、君は本当にギリキンとマンチキンの両方の言葉が分かるのか?」
「もちろんです、陛下」とジェリアは必死で笑いをこらえました。
「でも、どうして私にも分かるんだ?」と王様。
「だって、オズの国じゅう、言葉はひとつだけだから!」とジェリアは今度こそ笑いだしました。
「本当にそうか!」とかかしはとても安心しました。「じゃあ、わたしは自分で通訳できたんだ!」
「すべて私のせいです、陛下」とジャックはちょっと気まずそう。「違う国から来たから、てっきり違う言葉だと思い込んでました」
「このことから、決して『考えてみる』なんてしないことだ」とかかしは厳しく。「賢く考えられないなら、何も考えない方がましだよ。君は間違いなく、ただの人形なんだから」
「その通り! まったくその通りだ!」とジャック。
「どうも、きみを作った人は、いいパイを何個も無駄にして、たいして役に立たない人形を作ったようだ」とかかしはやや優しく。
「ぼくは作ってほしいなんて頼んでませんよ」とジャック。
「わたしも同じだよ。だから、普通の人とは違う者同士、友達になろうじゃないか」
「喜んで!」とジャック。
「えっ、君に心があるのか?」とかかしは驚き。
「いや、それはただの言い回しです」とジャック。
「君の一番大きな“心”は木でできているみたいだ。だから、想像力を働かせるのは控えておきなさい。脳みそもないのに想像するなんて」
「はい、分かりました!」ジャックはまるで分かっていない様子で返事をしました。
国王はジェリア・ジャムと緑のひげの兵士を下がらせ、二人きりになると、新しい友達の腕を取って中庭に出て、輪投げ遊びをしました。
ジンジャー将軍の反乱軍
チップは、ジャックとノコギリ馬に早く追いつきたくて、一度も休まずにエメラルドの都まで半分も歩き続けました。すると、お腹が空いていることに気づきましたが、旅のために用意したクラッカーとチーズはすっかり食べきってしまっていました。
どうしようかと困っていると、道ばたに一人の少女が座っているのに出くわしました。彼女の服装は目を見張るほど派手で、エメラルド色の絹の上着、スカートは四色、前が青、左側が黄色、後ろが赤、右側が紫色。上着の前を留めるボタンも、上から青、黄色、赤、紫、と色とりどりです。
そのドレスの豪華さは、ほとんど野蛮なくらい。だからチップがしばらく服に見とれてしまったのも無理はありません。それから顔を見ると、しっかりと可愛らしい顔でしたが、どこか不満そうな表情と、少し反抗的な、あるいは大胆な雰囲気も感じられました。
少年がじっと見つめていると、少女は落ち着いた様子で見返してきます。そばにはランチバスケットがあり、片手にかわいらしいサンドイッチ、もう片方にゆで卵を持ち、食べるのに夢中な様子でチップの同情を誘いました。
チップはお弁当を分けてくれとお願いしようとしたそのとき、少女は立ち上がり、膝のパンくずをはらいました。
「さあ、もう行かなきゃ。バスケットを持ってくれていいよ。お腹が空いていたら中身も食べて」と彼女は言いました。
チップは喜んでバスケットをつかみ、食べながら、しばらくは不思議な少女の後を黙ってついていきました。少女は大またでどんどん歩き、その決然とした様子から、チップは彼女が偉い人なのかもしれないと感じました。
やがてお腹が満たされると、チップは少女のそばまで駆け寄り、並んで歩こうとしました。でも背の高い彼女について行くのはとても大変で、すぐに息が切れてしまいました。
「サンドイッチをどうもありがとう」と、チップは駆け足で歩きながら言いました。「お名前をお聞きしてもいいですか?」
「私はジンジャー将軍です」と、相手はそっけなく答えました。
「まあ!」とチップは驚いて言いました。「どんな将軍なんですか?」
「この戦争で反乱軍の指揮を執っているのよ」と、ジンジャー将軍は少しきつい口調で答えました。
「まあ!」とまたチップは驚いて声をあげました。「戦争が起きているなんて知らなかったなあ」
「知らなくて当然よ」と彼女は返しました。「ずっと秘密にしてきたのだから。それに私たちの軍隊は全員女の子でできてるの」と、ちょっと誇らしげに続けました。「だから、私たちの反乱がまだ見つかっていないなんて、すごいことだと思わない?」
「本当にそうだね」とチップは認めました。「でも、あなたの軍隊はどこにいるの?」
「ここから1マイルほどのところよ」とジンジャー将軍は言いました。「私の命令で、オズの国中から兵が集まってるの。今日は陛下であるかかし王を倒して、玉座を奪う日。反乱軍は私が来るのを待って、エメラルドの都へ進軍するのよ」
「へえ!」とチップは思わず深呼吸しながら言いました。「これは本当にびっくりした! どうして陛下であるかかしを征服したいの?」
「理由のひとつは、もう十分に長い間、エメラルドの都は男たちに支配されてきたからよ」と少女は言いました。
「それに、都には美しい宝石がきらきらしてるけれど、それなら指輪やブレスレットやネックレスにしたほうがずっといいわ。それに王様の宝物庫には、私たちの軍隊の女の子みんなに新しいドレスを12着ずつ買えるくらいのお金があるのよ。だから、都を征服して、自分たちの好きなように国を治めるつもりよ」
ジンジャーは、とても真剣な様子で、はきはきとこう話しました。
「でも、戦争って恐ろしいものだよ」とチップは考え込んで言いました。
「この戦争は楽しいものになるわ」と少女は明るく答えました。
「でも多くの人が殺されるかもしれない!」とチップはおそるおそる言いました。
「いいえ」とジンジャーは言いました。「女の子に逆らったり、危害を加えたりする男がいると思う? 私の軍隊には、みにくい顔の子は一人もいないのよ」
チップは思わず笑ってしまいました。
「たしかに、そうかもしれないね」と彼は言いました。「でも門の番人は忠実な守り手だし、王様の軍隊だって、ただでは都を奪われたりしないと思うよ」
「その軍隊は年寄りで弱ってるわ」とジンジャー将軍は軽蔑するように言いました。「ひげを伸ばすのに力を使い果たしてしまったし、奥さんの気性が激しいもので、もうひげの半分以上を根元から抜かれたそうよ。素晴らしいオズの魔法使いが治めていたころは、緑のひげの兵士も立派な王の軍隊だったけれど、人々は魔法使いを恐れていたからなの。かかしを怖がる人なんていないわ。だから、戦争になったら王の軍隊なんて役に立たないのよ」
この会話の後、二人はしばらく黙って歩きました。そして間もなく、広い森の空き地にたどり着きました。そこには、およそ四百人もの若い娘たちが集まっていて、まるで遠足にでも来たかのように、楽しそうにおしゃべりしたり笑ったりしていました。
彼女たちは四つの隊に分かれていて、チップはみんながジンジャー将軍とよく似た制服を身につけているのに気づきました。ただ、違いは、マンチキンの国から来た女の子はスカートの前に青い縞、クワドリングの国から来た子は赤い縞、ウィンキーの国の子は黄色の縞、ギリキンの女の子たちは紫の縞がそれぞれついていました。みんな緑色の上着を着ていて、それは彼女たちがこれから征服しようとしているエメラルドの都を表していました。上着の一番上のボタンの色で、どの国から来たのか分かるようになっていました。制服はとてもきりっとしていて似合っており、みんなでそろって並ぶとずいぶん立派に見えました。
チップは、この不思議な軍隊がまったく武器を持っていないのだと思いましたが、それは間違いでした。実は、どの女の子も髪をまとめた結び目に、長くてきらきら光る編み針を二本ずつ挿していたのです。
ジンジャー将軍はすぐに木の切株の上に登り、軍隊に向かって演説を始めました。
「友よ、市民のみなさん、そして女の子たち!」と彼女は言いました。「これから私たちはオズの男たちに対して大反乱を起こします! エメラルドの都を征服し、かかし王を玉座から追い落とし、数えきれない宝石を手に入れ、王の宝物庫をあさり、これまで私たちを虐げてきた者たちの上に立つのです!」
「万歳!」と、話を聞いていた女の子たちが声を上げましたが、チップは、軍隊の大半はおしゃべりのほうに夢中で、将軍の言葉にはあまり注意を払っていないように思いました。
いよいよ進軍の号令がかかり、女の子たちは四つの隊に分かれて、意気揚々とエメラルドの都を目指して歩き出しました。
チップはそのあとについて歩きました。軍隊のいろんな女の子たちから預けられたバスケットや包み、小物をいくつも抱えていました。やがて、彼らは都の緑色の御影石の城壁の前まで来て、門の前で立ち止まりました。
門の番人がすぐに出てきて、まるでサーカスでも町にやって来たかのように、好奇心いっぱいで彼女たちを見ました。彼は金の鎖で首からたくさんの鍵をぶら下げ、両手はポケットに突っ込んだまま、反乱軍が都を脅かしているなどとは、まったく思っていない様子でした。愛想よく女の子たちに話しかけました。
「おはよう、お嬢さん方! 何かご用ですかな?」
「すぐに降参しなさい!」とジンジャー将軍が前に進み出て、できるだけ怖い顔で言いました。
「降参?」と男はびっくりして繰り返しました。「そんなこと無理だよ。法律にも反しているし、そんな話は聞いたこともないよ!」
「それでも降参しなきゃだめよ!」と将軍はきっぱり言いました。「私たちは反乱を起こしてるの!」
「そうは見えないけどね」と、番人は一人一人を見て、感心したように言いました。
「見た目じゃないのよ!」とジンジャーは、いらだたしげに足を踏み鳴らしました。「私たちは本気で、エメラルドの都を征服するつもりなの!」
「おやまあ!」と、門の番人はあきれ返りました。「なんてばかげた考えだ。お母さんの元へ帰って、牛の乳を搾ったりパンを焼いたりしなさい。都を征服するなんて危ないこと、知らないのかい?」
「私たちは怖くなんかないわ!」と将軍は答えました。そのきっぱりした様子に、番人もだんだん不安になってきました。
そこで彼は、緑のひげの兵士を呼ぶベルを鳴らしましたが、その途端に後悔しました。なぜなら、すぐさま女の子たちに囲まれてしまい、みんな髪に挿していた編み針を抜き取って、鋭い先を彼の太ったほっぺたやまばたきする目のすぐそばに突きつけてきたからです。
かわいそうな番人は大声で助けを求め、ジンジャーが首から鍵の束を引き抜いても、まったく抵抗しませんでした。
ジンジャー将軍は軍隊を引き連れてすぐさま門へ駆け寄りました。そこにはオズ王国の王の軍隊――つまり緑のひげの兵士が立ちはだかっていました。
「止まれ!」と彼は叫び、持っていた長い銃を隊長の顔に突きつけました。
女の子たちの何人かは悲鳴を上げて後ろへ逃げましたが、ジンジャー将軍は勇敢にもその場を動かず、非難するように言いました。
「まあまあ、どうしたの? 可哀想な、無防備な女の子を撃つつもり?」
「いいえ」と兵士は答えました。「だって僕の銃、弾が入ってないんだ」
「弾が入ってないって?」
「うん。事故が怖いからね。それに、火薬と弾丸をどこに隠したか忘れちゃってさ。でも、ちょっと待ってくれれば探してみるよ」
「そんなことしなくていいわ」とジンジャーは明るく言いました。そして軍隊に向かって叫びました。
「みんな、銃は弾が入ってないって!」
「やったー!」と反乱軍の女の子たちは大喜びで叫びました。そして、緑のひげの兵士に向かって、一斉に突進しました。あまりの勢いに、みんな自分たちを刺してしまわないか心配になるほどでした。
けれど、王の軍隊である緑のひげの兵士は、女の子たちが怖くてとても立ち向かうことはできませんでした。彼はくるりと向きを変えて、門をすり抜けて王宮へと全速力で駆け出していきました。そのあとをジンジャー将軍と彼女の軍隊が、守られていない都の中に雪崩れ込んでいきました。
こうして、エメラルドの都はひとしずくの血も流さずに征服されたのでした。反乱軍は征服軍となったのです!
かかし王の脱出作戦
チップは女の子たちからそっと離れ、緑のひげの兵士のあとを急いで追いかけました。侵入してきた軍隊は、道々、編み針の先で壁や石畳からエメラルドをほじくり出していたので、王宮に到着したのは兵士とチップの方が早く、町が占領されたという知らせもまだ広まっていませんでした。
かかし王とジャック・パンプキンヘッドは、まだ中庭で輪投げ遊びをしていましたが、その最中に王の軍隊である緑のひげの兵士が帽子も銃も失くし、服も乱れて長いひげをなびかせながら飛び込んできて、ゲームは中断されてしまいました。
「私の勝ちだね」と、かかし王は落ち着いて言いました。「何かあったのかね?」
「お、おお、陛下……陛下! 都が征服されました!」と、王の軍隊は息も絶え絶えに叫びました。
「なんと急なことだ」とかかし王は言いました。「だが、まずは全ての扉と窓を閉めてくれ。その間にパンプキンヘッド君に輪投げのやり方を見せてあげよう」
兵士は大急ぎでそれに取りかかり、後ろからついてきたチップは、中庭でかかし王を不思議そうに見つめていました。
陛下は何事もなかったかのように輪投げを続けていましたが、ジャック・パンプキンヘッドはチップの姿を見るやいなや、木の足でどたどたとかけ寄ってきました。
「こんにちは、立派なお父さん!」と、彼は嬉しそうに叫びました。「会えてよかった! あの恐ろしいノコギリ馬が僕を連れ去ってしまったんだ」
「そうだろうと思ったよ」とチップ。「怪我はなかった? 頭が割れたりしなかった?」
「ううん、無事に着いたよ」とジャック。「陛下もとても親切にしてくれたんだ」
ちょうどその時、緑のひげの兵士が戻ってきました。かかし王は尋ねました。
「ところで、誰が私を征服したのかな?」
「オズの国中から集まった女の子たちの大隊です」と、兵士はまだ青ざめた顔で答えました。
「その時、私の常備軍はどこにいたんだね?」と陛下は厳かに尋ねました。
「常備軍は走って逃げていました」と兵士は正直に答えました。「あんな恐ろしい武器に男は立ち向かえません」
「まあ」と、かかし王はしばらく考えて言いました。「王座を失うのはそれほど気にならないよ。都を治めるのは骨の折れる仕事だし、この王冠も重くて頭が痛くなる。でも、征服者たちが私を傷つけるつもりでなければいいのだが」
「聞いたんですが」とチップは少しためらいながら言いました。「彼らは陛下の外側でぼろ布のじゅうたんを作って、中身はソファのクッションの詰め物にしようって……」
「それは本当に危険だ」と、かかし王はきっぱり言いました。「どう逃げるか考えたほうが良さそうだね」
「どこへ行けばいいの?」とジャック・パンプキンヘッドが尋ねました。
「そうだな、友だちのブリキの木こり――ウィンキーの国の皇帝になっている彼のところへ行こう。きっと私を守ってくれるだろう」
チップは窓の外を見ていました。
「王宮は敵に囲まれてるよ」と彼は言いました。「もう遅い。きっとすぐに君をばらばらにしてしまうよ」
かかし王はため息をつきました。
「非常時には、まず立ち止まってじっくり考えるのが大切だ」と彼は宣言しました。「しばらく考えさせておくれ」
「でも、ぼくたちも危ないよ」とパンプキンヘッドは不安げに言いました。「もしこの女の子たちの中に料理の上手な子がいたら、ぼくの最期も近い!」
「ばかばかしい!」とかかし王は言いました。「今は忙しくて料理なんてしてる暇はないさ!」
「でも、ここに長く閉じ込められたら、僕はだめになっちゃう……」とジャックは訴えました。
「ああ、それでは付き合えなくなるね」とかかし王。「これは思ったより深刻な問題だね」
「君は、きっと何年も生きられるだろうけど」とパンプキンヘッドは暗く言いました。「ぼくの寿命は短い。だから残された日々を大事にしたいんだ」
「まあまあ、心配しないで」かかし王はなだめるように答えました。「私が考える間、静かにしてくれるなら、みんなで逃げる方法を考えるよ」
みんなはおとなしく待ち、かかし王は隅っこに立って、しばらく壁に向かって考えていました。五分ほどして、彼は明るい表情でみんなの方を向きました。
「君がここに乗ってきたノコギリ馬はどこにいる?」とパンプキンヘッドに尋ねました。
「宝物みたいだって言ったから、兵士が王の宝物庫に閉じ込めちゃったよ」とジャック。
「それしか思いつかなかったんです、陛下」と兵士は自分が失敗したかと心配しました。
「とても良い考えだ」とかかし王は言いました。「あの馬には餌をやったかね?」
「ええ、山盛りのオガクズを与えました」
「すばらしい!」と叫んだかかし王。「すぐに連れてきてくれ」
兵士は大急ぎで向かい、やがてノコギリ馬の木の足が中庭の石畳を打つ音が聞こえてきました。
陛下はじっくりと馬を見て、「あまり優雅とは言えないな」とつぶやきました。「でも走ることはできるだろう?」
「もちろんです!」とチップは馬をほめるように見つめました。
「では、私たちを乗せて、反乱軍の間を駆け抜け、友人のブリキの木こりのもとへ逃げるのだ」とかかし王は言いました。
「でも四人も乗れないよ!」とチップは反対しました。
「三人なら何とかなるかもしれない」と陛下。「だから私は王の軍隊を置いて行こう。こんなに簡単にやられたのだから、あまり頼りにできないし」
「まあ、でも彼も走るのは得意なんですよ」とチップは笑いました。
「こうなる予感はしてました」と兵士は拗ねて言いました。「でも耐えます。立派な緑のひげを切って変装してやるさ。それに、あの向こう見ずで手のつけられない木馬に乗るより、あの勇ましい女の子たちに立ち向かう方がまだましです!」
「確かに、そうかもしれないな」と陛下。「でも私は兵士じゃないから、危険はむしろ好きだ。さて、君がまず馬の首にぴったり座りなさい」
チップはさっとまたがり、兵士とかかし王はパンプキンヘッドをその後ろに座らせるのを手伝いました。もう王様が座る場所はほとんど残っていませんでした。
「洗濯ひもを持ってきて、みんなをしっかり縛ってくれ」と陛下は王の軍隊に命じました。「誰かが落ちたらみんな落ちるように!」
兵士がひもを取りに行く間、陛下は続けました。「私も用心しないと。命が危ないからね」
「ぼくだって同じくらい用心しないと」とジャック。
「いや、ちょっと違うよ」とかかし王。「私に何かあったらおしまいだけど、君なら種にされるだけだ」
兵士が戻り、三人をしっかりと結びつけ、ノコギリ馬の胴体にも縛り付けました。これで落ちる心配はなくなりました。
「さあ、門を開けなさい!」とかかし王が命じ、「自由か、死か目指して突っ走るぞ!」
中庭は大きな王宮の中央にありましたが、一ヶ所だけ外へ通じる通路があり、そこが唯一の脱出路でした。王の軍隊はノコギリ馬をその通路へ導き、門のかんぬきを外して大きな音を立てて開けました。
「さあ、ノコギリ馬、ぼくらみんなを救うんだ。できるだけ速く都の門まで走って、何があっても止まらないで!」とチップは言いました。
「わかった!」とノコギリ馬はぶっきらぼうに答え、いきなり突進したのでチップは息もつけず、必死で首のくいにしがみつきました。
宮殿の外にいた女の子たちは、突然の突進に倒されてしまいました。道をあけて逃げる子もいれば、必死で編み針を振り回して脱出者たちを刺そうとする子もいました。チップは左腕にちくりと刺され、一時間ほどひりひりしましたが、かかし王やジャック・パンプキンヘッドには何の影響もありませんでした。
ノコギリ馬はまっしぐらに果物屋の荷車をひっくり返し、おとなしそうな男たちを何人もなぎ倒し、ついには新しい門の番人――ジンジャー将軍が任命したちっちゃくてふとっちょのおばさんまで吹き飛ばしました。
その勢いは止まらず、城壁の外へ飛び出すと、西の道をものすごい速さで跳ねるように駆けていきました。チップは息も絶え絶え、かかし王はその早さに驚きました。
ジャックは以前にもこの乱暴な乗り心地を味わったことがあったので、必死で両手でカボチャの頭を押さえながら、哲学者のような勇気で激しい揺れに耐えていました。
「遅くして! 遅くして!」と、かかし王は叫びました。「ワラが全部足に落ちちゃうよ!」
でもチップは息もできず、ノコギリ馬はそのまま止まらず突っ走りました。
やがて、大きな川のほとりに出ました。木馬は一瞬もためらわず、思い切りジャンプして、一同は宙に投げ出されました。
次の瞬間、みんなは水の中で転げ回り、浮かび上がったり沈んだり。ノコギリ馬は必死に足場を探し、乗っていた三人も急流に沈んだり、コルクのようにぷかぷか浮いたりしました。
ブリキの木こりへの旅
チップは全身びしょぬれで、水がぽたぽたと滴り落ちていました。でも何とか身を乗り出し、ノコギリ馬の耳元で叫びました。
「じっとしてて、お馬鹿さん! 動かないで!」
馬はすぐに動きを止め、木でできた体は筏のように水に浮かびました。
「その“お馬鹿”ってどういう意味?」と馬は尋ねました。
「それはね、相手をとがめる言葉さ」とチップは、使ったことを少し恥ずかしく思いながら答えました。「ぼくは怒ったときだけ使うんだ」
「じゃあ、ぼくも君を“お馬鹿”って呼べてうれしいよ」と馬は言いました。「川を作ったのも、道に川を置いたのも、ぼくじゃない。ぼくを怒るなら、その言葉はぴったりだね」
「それはその通りだ」とチップは答えました。「ぼくが悪かったよ」そしてパンプキンヘッドに呼びかけました。「ジャック、大丈夫?」
返事はありません。そこで王様にも呼びかけました。「陛下はご無事ですか?」
かかし王はうめきました。
「どうやら、どこかおかしいようだ」と弱々しい声で言いました。「水って、ずいぶん濡れるものだね!」
チップはひもでしっかり縛られていたので、後ろを振り返ることができませんでした。そこでノコギリ馬に言いました。
「足で岸に向かって進んでくれ」
馬は従い、ゆっくりですが、とうとう浅瀬にたどり着き、這い上がることができました。
チップは苦労しながらポケットからナイフを取り出し、みんなをつないでいたひもを切りました。すると、かかし王がぶよんと地面に倒れる音がして、チップ自身も急いで馬を下りました。ジャックの様子を見てみると、見事な服を着た木の体は馬の背に座ったままでしたが、カボチャの頭はどこかに消えてしまい、首の棒が見えるだけでした。かかし王は、体のワラが揺れで全部足や下半身に落ちてしまい、そこだけはちょうどふっくらと丸く、上半身は空っぽの袋のようになっていました。頭には重い王冠がしっかり縫い付けてありましたが、頭自体が濡れてへなへなになり、金や宝石の重みで顔がしわしわに潰れてしまい、まるで日本のパグ犬のような顔になっていました。
チップはおかしくて笑いたくなりましたが、ジャックのことが心配だったので、まずはそばにあった長い棒を拾って川に目をやりました。
遠くの水面に、カボチャ色がちらっと見えました。波に揺られながら、だんだん近づいてきて、とうとうチップが棒で引き寄せることができるところまで流れてきました。彼はそれを岸まで引き上げ、ハンカチで顔をふいて、急いでジャックのところへ運び、首の棒にカボチャの頭をしっかり取り付けました。
「なんてことだ!」ジャックの最初の言葉でした。「ひどい目にあったよ。水に浸かるとカボチャはだめになっちゃうのかな?」
チップは、かかし王も助けなければと思い、返事はしませんでした。彼は王様の体と足からワラを取り出し、日なたで乾かしました。濡れた服はノコギリ馬の体に干しました。
「もし水でカボチャがだめになるなら」とジャックはため息をつきながら言いました。「ぼくの寿命は短いなあ」
「水でカボチャがだめになるのは、たいていお湯のときだけだよ」とチップは答えました。「頭にひびが入ってなければ大丈夫さ」
「うん、頭は全然割れてないよ」とジャックは安心して言いました。
「じゃあ心配しないで」とチップ。「心配しすぎて猫が死んじゃったこともあるんだよ」
「よかった。ぼくが猫じゃなくて本当によかった」とジャックは真剣に言いました。
日差しが服やワラをどんどん乾かしていきます。チップは王様のワラをよくほぐして、太陽がよく当たるようにしました。全部乾くと、かかし王の体に詰め直し、顔もしわを伸ばして、いつもの明るくて陽気な表情に戻してあげました。
「本当にありがとう」と陛下はうれしそうに言い、歩き回って体のバランスを確かめました。「案山子でいることのいいところは、友だちが近くにいてくれれば、どんな故障でも何とかなっちゃうことだね」
「お日様がカボチャを割っちゃうなんてことはないかな?」とジャックは心配そうに聞きました。
「全然大丈夫さ!」とかかし王は元気よく言いました。「君が心配しなくていいのは、ただ年を取ることだけだよ。カボチャの黄金の若さが衰えたときが別れのとき――でも、先のことは考えなくていいさ。その時がきたら、ちゃんと君に知らせてあげるよ。さあ、また旅を続けよう。友だちのブリキの木こりに会いたくてたまらないんだ」
みんなは再びノコギリ馬に乗りました。チップは首のくいにしっかりつかまり、ジャックはチップにしがみつき、かかし王はジャックの体を両腕で抱きしめました。
「もう追いかけてくる人もいないから、ゆっくり歩いてね」とチップはノコギリ馬に言いました。
「わかった」と馬はぶっきらぼうに答えました。
「ちょっと声がかすれてますね」とジャック・パンプキンヘッドは丁寧に言いました。
ノコギリ馬は怒って足を踏みならし、つぶやきました。
「ちょっと、チップ、ぼくをからかわせないようにしてくれない?」
「もちろんさ!」とチップはなだめました。「ジャックに悪気はないんだよ。けんかしちゃだめだ。みんな仲良くしようね」
「ぼくはもうパンプキンヘッドとは関わりたくないよ」とノコギリ馬は怒って言いました。「すぐに“頭”をなくすからね」
これにはみんな返す言葉もなく、しばらく無言で進みました。
しばらくすると、かかし王が口を開きました。
「懐かしいなあ。前にここで、ドロシーを西の悪い魔女のチクリ蜂から救ったんだ」
「チクリ蜂はカボチャに害があるの?」とジャックはおそるおそる尋ねました。
「もうみんな死んでるから大丈夫」とかかし王。「それに、ここでブリキの木こり――ニック・チョッパーが灰色の狼を倒したんだ」
「ニック・チョッパーって誰?」とチップが尋ねました。
「あれがブリキの木こりの本名なんだ」とかかし王。「それから、ここで空飛ぶサルたちに捕らえられて、ドロシーと一緒に連れて行かれたっけ」
「空飛ぶサルはカボチャを食べるの?」とジャックは震えました。
「わからないけど、心配しなくていいよ。今は善良なグリンダが黄金の帽子を持っていて、彼女の命令でサルたちは働いているから」とかかし王。
そして、かかし王は昔の冒険を思い出して物思いにふけりました。ノコギリ馬は花咲く野をゴトゴトと進み、みんなをどんどん運んでいきました。
やがて夕暮れになり、夜の影があたりを包みました。そこでチップは馬を止めて、みんなに言いました。
「ぼく、もうくたくただよ」と大きなあくびをしながら言いました。「草がふかふかで気持ちいいし、ここで寝て朝を待とうよ」
「ぼくは眠れないよ」とジャック。
「ぼくは眠ったことがないんだ」とかかし王。
「ぼくは眠るってこと自体知らない」とノコギリ馬。
「でも、このかわいそうな少年は血と肉と骨でできていて、疲れるんだ」とかかし王は思慮深く言いました。「ドロシーの時も同じだったよ。彼女が眠っている間、ぼくたちはずっと座って過ごしていたんだ」
「ごめんなさい」とチップはおとなしく言いました。「でも仕方ないんだ。それに、お腹もぺこぺこで……」
「また新たな危険だ!」とジャックは暗く言いました。「カボチャが食べたかったりしないよね?」
「煮てパイにするときだけしか食べないよ」とチップは笑いました。「だから、ぼくを恐れなくていいよ、ジャック」
「なんて臆病なんだ、パンプキンヘッドは!」とノコギリ馬はあきれて言いました。
「君だって、すぐにだめになるって知ってたら怖くなるさ!」とジャックは怒りました。
「まあまあ、けんかしないで」とかかし王が割って入りました。「みんな長所も弱点もあるんだから、お互い思いやりを持とうじゃないか。この子は空腹で何も食べるものがないんだ。静かにして、眠らせてあげよう。眠れば、空腹も忘れられるって言うからね」
「ありがとう!」とチップは感謝して言いました。「陛下は賢いだけじゃなくて本当にやさしい方だ!」
チップは草の上に横になり、かかし王のもふもふの体を枕にすると、すぐにぐっすりと眠ってしまいました。
ニッケルめっきの皇帝
チップが目を覚ましたのは夜明け間もなくでしたが、かかし王はもう起きていて、不器用な指で近くの茂みから熟したベリーの実を両手いっぱい摘んでくれていました。チップはそれを夢中で食べて朝食とし、その後、一行は旅を再開しました。
一時間ほど進むと、丘の頂上にたどり着き、ウィンキーの都と、皇帝の宮殿の高いドームが見えてきました。
かかし王はとても喜び、「ブリキの木こりとまた会えるなんて嬉しいな! 彼はきっと僕より立派に国を治めているだろう」と叫びました。
「ブリキの木こりがウィンキーの皇帝なの?」とノコギリ馬が聞きました。
「その通り。魔女が倒されたあと、彼が一番親切な心を持っているからって、みんなが皇帝になってくれと頼んだんだ。きっと素晴らしい皇帝になっているはずさ」
「でも“皇帝”って帝国を治める人の呼び名じゃなかった?」とチップ。「ウィンキーの国は王国だよね?」
「そんなことはブリキの木こりには言っちゃ駄目だよ!」とかかし王は真剣な顔で言いました。「彼はとても誇り高い人で、皇帝と呼ばれるのがとても嬉しいんだ。傷つけてしまうからね」
「僕は気にしないけど」とチップは答えました。
ノコギリ馬は今度はぐんぐん速く歩き出し、みんなは必死で落ちないようにしがみつかなければなりませんでした。なので、しばらくは会話もなく、やがて宮殿の階段のそばまで来ました。
銀色の布の制服を着た年老いたウィンキーが出てきて、馬から下りるのを手伝ってくれました。かかし王は彼に言いました。
「すぐに君の主人、皇帝に会わせてほしい」
その人は困った顔でみんなを見回し、やがて言いました。
「しばらくお待ちください。今日は皇帝が誰とも会わない日なのです」
「どうして?」とかかし王は心配そうに尋ねました。「何かあったのかい?」
「いえ、たいしたことはありません」と彼は言いました。「今日は陛下の“磨き上げの日”でして、今は全身に磨き粉をたっぷり塗っておいでです」
「ああ、なるほど!」とかかし王は安心して叫びました。「友だちはいつもおしゃれだったからね。今ではますます自分の美しさを誇りにしているんだろうな」
「その通りです」とウィンキーは丁寧にお辞儀しました。「わが皇帝陛下は、最近ご自分をニッケルめっきになさいました」
「おやまあ!」とかかし王は大声をあげました。「知恵まで磨きがかかってピカピカなんだろうね! でも、きっと会ってくれるはず――今の姿でも」
「皇帝陛下はいつでも立派なお姿ですが」とその人は言いました。「今からご到着をお伝えし、ご命令を仰いでまいります」
一同は案内されて、立派な控えの間へと入りました。ノコギリ馬もついてきましたが、馬が中に入ってはいけないことなど知りません。
みんなは最初、その豪華さに少し圧倒されました。かかし王さえも、銀の布のカーテンが金色の小さな斧で結び目に留められているのを見て感心していました。立派なテーブルの上には大きな銀のオイル缶があり、そこにはブリキの木こりやドロシー、臆病なライオン、かかし王の冒険が金色の線で細かく刻まれていました。壁には肖像画がいくつもかかっていて、かかし王のものがいちばん目立って立派でした。部屋の一角を覆うほど大きな絵には、有名なオズの魔法使いがブリキの木こりにハートをあげている場面が描かれていました。
みんなが感心して眺めていると、次の部屋から突然大きな声が聞こえました。
「おやおやおや! なんて素晴らしいサプライズだ!」
そしてドアがばたんと開き、ニック・チョッパーが飛び込んできて、かかし王をぎゅっと抱きしめました。そのせいでかかし王はしわくちゃになってしまいました。
「親愛なる友よ! 高貴な仲間よ!」とブリキの木こりは喜びで叫びました。「また会えてうれしいよ!」
そして、かかし王を両手で遠ざけて、その顔をじっくり見つめました。
ところが、かかし王の顔や体のあちこちには磨き粉がべっとりついていました。ブリキの木こりは、友を迎えるあまり、自分の体の磨き粉をうっかりかかし王にこすりつけてしまったのです。
「なんてこと……」とかかし王は情けなさそうにつぶやきました。「ひどい姿になっちゃった……」
「気にしないで! すぐ王室のクリーニング屋へ送るから、元通りピカピカになるよ」とブリキの木こり。
「ぐちゃぐちゃにされないかな?」とかかし王。
「そんなことないさ! ところで、どうして陛下がここに? その方々は?」
かかし王は丁寧にチップとジャック・パンプキンヘッドを紹介しました。木こりは特にジャックに興味を持ったようです。
「君はあまり丈夫じゃなさそうだけど、実に珍しい仲間だ。われわれの特別な集まりにふさわしいよ」
「ありがとうございます、陛下」とジャックは恐縮して言いました。
「ご健康はいかがですか?」と木こりは続けました。
「今のところは元気ですが」とジャックはため息まじりに答えました。「いつか腐ってしまう日が恐ろしくてなりません」
「そんな心配は無用さ!」とブリキの木こりは優しく言いました。「明日の嵐で今日の太陽を曇らせてはいけないよ。腐る前に君の頭を缶詰にしてしまえば、ずっと保存できるじゃないか」
チップは、この会話のあいだ、ブリキの木こりをあからさまな驚きの目で見つめていました。そして、名高いウィンキー族の皇帝が、見事にハンダ付けやリベットでつなぎ合わされた一枚一枚のブリキでできていることに気づいたのです。彼が動くと、カラカラと小さな音を立てましたが、全体としてとても巧みに作られているようで、その姿は、頭から足先まで塗られた磨き粉の厚い層だけが少しばかり台無しにしていました。
少年の熱心なまなざしに、ブリキの木こりは自分があまり見栄えの良い状態でないことに気がつき、友人たちにちょっと失礼することを詫びて、自分の私室に戻り、召使いたちに体を磨かせることにしました。それはほんの短い間で終わり、皇帝が戻ってくると、ニッケルメッキの体は見事なまでに輝いていて、かかしはその素晴らしくなった姿を心から祝福しました。
「あのニッケルメッキは、正直に言うと、いい考えだったよ」とニックは言いました。「冒険の最中に少し傷がついたから、なおさら必要だったんだ。ほら、左胸に彫られた星が見えるだろう。あれは、私の素晴らしい心臓がどこにあるかを示しているだけじゃなく、偉大なるオズの魔法使いが自らの見事な腕で私の胸にその大切な心臓を入れてくれたときの継ぎ目を、きれいに隠してくれているんだよ。」
「じゃあ、君の心臓は手回しオルガンなの?」と、ジャック・パンプキンヘッドが興味津々で尋ねました。
「とんでもない」と、皇帝は誇り高く答えました。「私は本当に、しかも完全に正統派の心臓を持っていると信じているよ。しかも、普通の人より少し大きくて、ずっと温かいんだ。」
それから彼はかかしに向かって尋ねました。
「親愛なる友よ、君の臣民たちは幸せで満ち足りているかい?」
「そうとは言えない」と、かかしは答えました。「オズの娘たちが反乱を起こして、私をエメラルドの都から追い出してしまったのだ。」
「何てことだ!」とブリキの木こりは叫びました。「なんという大変なことだ! みんな、君の賢明で優しい統治に不満があるわけじゃないだろう?」
「いや、そうじゃないんだ。でも彼女たちは『一方通行の統治なんてダメだ』って言っててね」と、かかしは答えました。「それに、もう男が長い間この国を治めてきたから、今度は女がやるべきだとも主張している。だから彼女たちは都を占領し、宝物庫の宝石を全部奪って、好き勝手に仕切っているんだ。」
「まあ、大変! なんて奇妙な考えなの!」と、皇帝はショックを受けながら叫びました。
「それに、私が聞いた話では」とチップが続けました。「彼女たちはここまで行進してきて、ブリキの木こりのお城と都も乗っ取るつもりなんだって。」
「それはいけない、そんな時間を与えてはいけないぞ」と皇帝は素早く言いました。「さっそく出発して、エメラルドの都を取り戻し、かかしを再び王座に戻そう!」
「きっと助けてくれると思っていたよ」と、かかしは嬉しそうな声で言いました。「どのくらいの軍隊を集められる?」
「軍隊なんていらないよ」とブリキの木こりは答えました。「私たち四人と、この輝く斧があれば、反乱軍の心に恐怖を与えるには十分さ。」
「五人だよ」と、ジャック・パンプキンヘッドが訂正しました。
「五人?」とブリキの木こりが繰り返しました。
「そうさ。ノコギリ馬は勇敢で恐れ知らずなんだ」と、ジャックは自分がさっきまで喧嘩していたことも忘れて答えました。
ブリキの木こりはきょろきょろと周りを見渡しました。というのも、ノコギリ馬はこれまで部屋の隅でじっとしていて、皇帝の目には入っていなかったのです。チップはすぐに、その奇妙な姿の生き物を呼び寄せました。ノコギリ馬はぎこちなく近づき、うっかり美しいセンターテーブルや彫刻入りのオイル缶を倒しそうになりました。
「これは驚いた」と、ブリキの木こりはノコギリ馬をじっと見つめながら言いました。「奇跡は尽きないようだ! どうやってこの生き物は命を得たんだ?」
「僕が魔法の粉でやったんです」と、チップが控えめに言いました。「ノコギリ馬は、とても役に立ってくれました。」
「反乱軍から逃げるのを助けてくれたのだ」と、かかしも付け加えました。
「それなら、ぜひ仲間として迎えよう」と、皇帝が宣言しました。「生きたノコギリ馬なんて、なかなか珍しいし、きっと面白い研究対象になるぞ。何か知識はあるのかな?」
「まあ、人生経験はあまりないけれど」と、ノコギリ馬は自分で答えました。「でも、すごく早く覚えるし、ときどき自分のほうが周りのみんなより物知りなんじゃないかと思うこともあるよ。」
「たしかに、そうかもしれない」と、皇帝が言いました。「経験があるからといって、必ずしも知恵があるとは限らないからね。でも、今は時間が大切だ。さっそく旅支度をしようじゃないか。」
皇帝は大法官を呼び寄せて、留守中の国の治め方を指示しました。そのあいだ、かかしは分解され、頭代わりのペイント袋はきれいに洗われて、もともと偉大なる魔法使いから授かった脳みそで詰めなおされました。服は帝国の仕立て屋たちによってきれいに洗濯され、アイロンがけされ、王冠も磨かれた上でまた頭に縫い付けられました。ブリキの木こりが、かかしには絶対にこの王のしるしを手放してほしくないと強く主張したのです。かかしの姿は、今やとても立派になり、虚栄心のない彼も少しばかり自分の姿に満足して、歩くときにはちょっと胸を張っていました。
その間、チップはジャック・パンプキンヘッドの木の手足を直し、以前よりも頑丈に作り直しました。ノコギリ馬もきちんと点検されて、ちゃんと動けるか確かめられました。
そして翌朝、まだ日が明けきらぬうちに彼らはエメラルドの都への帰り道を出発しました。ブリキの木こりが肩に輝く斧を担いで先頭を進み、パンプキンヘッドがノコギリ馬に乗り、チップとかかしは両脇に歩いて、ジャックが落ちたり壊れたりしないよう、しっかり付き添っていました。
ウォグルバグ拡大博士、登場
さて、ジンジャー将軍――そう、反乱軍を指揮しているあの将軍です――は、かかしがエメラルドの都から逃げ出したことで、たいそう不安になっていました。なにしろ、もし王様とかかしとブリキの木こりが力を合わせたなら、彼女自身も軍隊も大きな危険にさらされることは目に見えていたのです。オズの人々は、これらの有名な英雄が数々の驚くべき冒険をくぐり抜けてきたことを、まだ忘れていませんでした。
そこでジンジャー将軍は、急いで年老いた魔女モンビを呼び寄せ、反乱軍の助けをしてくれたらたくさん報酬を与えると約束しました。
モンビは、チップに騙されたことも、彼が逃げ出したことや貴重な命の粉を盗まれたことも腹立たしくて堪らず、わざわざ頼まれなくてもジンジャーの頼みを引き受けて、エメラルドの都へ向かいました。かかしとブリキの木こりがチップを仲間にしたのも、彼女はもちろんおもしろくありません。
モンビが王宮に着くやいなや、彼女は秘密の魔法を使って、冒険者たちが都へ向かって旅立ったことを知りました。そこで、彼女は塔のてっぺんの小部屋にこもり、かかしたちの帰還を妨げるために、できるかぎりの魔術を使い始めたのです。
だからこそ、ほどなくしてブリキの木こりが立ち止まり、こう言いました。
「なんだか変だぞ。私はこの道のことは、心も体も覚えているはずなのに、もう迷ってしまった気がする。」
「そんなはずはないよ!」とかかしが反論しました。「どうしてそう思うんだい、友よ?」
「だって、目の前に大きなひまわり畑があるんだ。だけど私はこれまで一度も、この道でこんな畑を見たことがない。」
みんなは驚いて辺りを見回しました。すると、実際に彼らは背の高い茎に囲まれていて、どの茎の先にも巨大なひまわりが咲いているのでした。そしてこの花たちは、真っ赤や黄金のまばゆい色で目がくらむばかり、しかも一つひとつが小さな風車のようにくるくると回り、そのまぶしさにすっかり目を惑わされ、どちらに進んだらいいのかさえ分からなくなってしまったのです。
「これは魔法だ!」とチップが叫びました。
一行が戸惑い立ちすくんでいると、ブリキの木こりが我慢しきれずに叫び、斧を振りかざして茎を切り倒そうと進みました。すると今度は、ひまわりたちは急に回転をやめ、旅人たちははっきりと花の中心に少女の顔が現れるのを見たのです。その愛らしい顔たちは、驚く冒険者たちをからかうように微笑み、そしてその姿が引き起こした狼狽に、全員で愉快そうに笑い出しました。
「止めて! やめて!」とチップは木こりの腕をつかんで叫びました。「彼女たちは生きてる! 女の子たちなんだ!」
その瞬間、花たちはまた回りだし、顔は回転の中に消えてしまいました。
ブリキの木こりは、斧を落とし、地面に座り込んでしまいました。
「あんな可憐な子たちを切り倒すなんて、心が痛むよ」と彼はしょんぼりして言いました。「でも、どうやって先へ進めばいいかわからない。」
「私には、反乱軍の女の子たちの顔に見えたよ」とかかしが考え込むように言いました。「でも、どうして彼女たちがこんなに早く私たちを追ってこられるのか、想像もつかない。」
「これはきっと魔法のせいだ」とチップは断言しました。「誰かが僕たちを騙しているんだよ。モンビおばあさんがこんなことをしたのを、僕は前にも知ってる。たぶん本当は、ここにひまわり畑なんてないのさ。」
「だったら、目をつぶって前に進もう」とブリキの木こりが提案しました。
「ごめんよ」とかかし。「僕の目は閉じるように描かれていないんだ。君にはブリキのまぶたがあるが、みんなが同じ作りだと思われては困るね。」
「ノコギリ馬の目は節穴だよ」と、ジャックが前のめりに覗き込みました。
「それでも、君は思い切って前に進みなさい」とチップが命じました。「僕たちは後ろから続くよ。僕の目なんて、もう眩しくて何も見えやしない。」
こうしてパンプキンヘッドは勇敢に前進し、チップはノコギリ馬の短い尻尾をつかんで目を閉じて進みました。かかしとブリキの木こりが最後に続き、みんなが数ヤード歩いたところで、ジャックの元気な声が「前は開けてるよ!」と叫びました。
全員が振り返ると、もうひまわり畑の跡形はどこにもありませんでした。
みんなは元気を取り戻して旅を続けました。けれども、モンビが風景をすっかり変えてしまっていたので、かかしが太陽の位置を頼りに進むことに気づかなければ、きっと迷子になっていたことでしょう。どんな魔女でも、太陽の進む道だけは変えられませんから、これこそ確かな道しるべでした。
しかし、まだまだ困難が待ち受けていました。ノコギリ馬がウサギの穴に足を突っ込んで転び、パンプキンヘッドは高く宙に投げ出されました。もしもブリキの木こりが見事な腕前でかぼちゃの頭を空中で受け止めなかったなら、ジャックの冒険譚はここで終わっていたかもしれません。
チップはすぐに頭を首に戻し、ジャックをまた立たせました。でも、ノコギリ馬の方はそう簡単にはいきません。穴から引き抜いた脚は、見事に折れていて、新しく作るか修理しないともう一歩も進めないのです。
「これは大変だ」とブリキの木こりは言いました。「近くに木があれば、すぐにでも新しい脚を作ってやれるんだけど、見渡しても低木すら一本もない。」
「このあたりには、柵も家もないしね」と、かかしもがっかりして付け加えました。
「じゃあ、どうしたらいいの?」とチップが尋ねました。
「頭を働かせるしかないな」とかかしの王様は答えました。「経験上、ちゃんと考えさえすれば、何だってできるとわかっているからね。」
「みんなで考えよう」とチップが言いました。「そうすればノコギリ馬を直す方法が見つかるかもしれない。」
こうしてみんなは並んで草の上に座り、考え始めました。ノコギリ馬は、自分の折れた脚を見つめていました。
「痛むのかい?」と、ブリキの木こりがやさしく尋ねました。
「全然痛くないさ」とノコギリ馬は答えました。「でも、自分の体がこんなにもろかったなんて、誇りが傷ついたよ。」
しばらくの間、みんなは黙って考え込んでいました。やがてブリキの木こりが顔を上げて、遠くの野原を見つめました。
「あれは何だろう? こちらに来るのは、どんな生き物だろう?」と、不思議そうに言いました。
みんなもその視線を追い、今までに見たこともないような、不思議な姿をしたものが近づいてくるのを発見しました。それは静かに、でも素早く草の上を進み、ほどなく冒険者たちの前に立ち止まり、同じくらい驚いた表情で彼らを見つめ返しました。
かかしはどんな時も冷静です。
「おはよう!」と、礼儀正しく声をかけました。
見知らぬ者は、帽子をひらりと取って、深々と一礼し、こう返しました。
「みなさま、おはようございます。ご一同のご健康とご機嫌を願っています。この名刺をお受け取りください。」
そう言って、名刺をかかしに差し出しました。かかしはそれを裏返したり表にしたりして眺め、首を振りながらチップに渡しました。
少年は声に出して読み上げました。
「ウォグルバグ拡大博士」
「まあ!」と、ジャック・パンプキンヘッドはじっと見つめてつぶやきました。
「なんて不思議なんだ!」と、ブリキの木こりも言いました。
チップの目はまんまるで驚いており、ノコギリ馬はため息をついて顔をそむけました。
「あなた、本当にウォグルバグなのですか?」と、かかしが尋ねました。
「もちろんですとも!」と見知らぬ者は元気よく答えました。「名刺に書いてあるではありませんか?」
「そうだね」とかかし。「けど、‘H.M.’って何の略?」
「‘H.M.’は ‘Highly Magnified’――『非常に拡大された』という意味です」とウォグルバグは誇らしげに答えました。
「ああ、なるほど」かかしは見知らぬ者をじっくり観察しました。「本当に、拡大されているんですか?」
「ご主人」とウォグルバグは言いました。「あなたは判断力と見識のある紳士とお見受けします。私が今までご覧になったどのウォグルバグより何千倍も大きいこと、お分かりですよね? ですから、私が非常に拡大されていることは明らかであり、それを疑う理由などありませんよ。」
「失礼」と、かかし。「最近洗濯されてから、私の脳みそがちょっと混乱しているんです。もう一つ、その‘T.E.’って何の略ですか?」
「あの文字は私の学位を示しています」と、ウォグルバグは恩着せがましく微笑みました。「つまり、‘Thoroughly Educated’――『徹底的に教育された』の略です。」
「なるほど!」と、かかしは安心しました。
チップはこの不思議な人物から目を離せませんでした。彼が見たのは、大きくて丸い虫のような胴体をもつ二本足の生きもの。細い足の先は繊細で、つま先はくるりと反っていました。ウォグルバグの胴体はわりと平たく、背中はつややかなこげ茶色、お腹側は明るい茶色と白のしま模様が交互に入り、その境目はふんわりとまざっていました。手足は足と同じく細く、長めの首の上には頭がのっかっていましたが、その顔は人間の顔に少し似ているものの、鼻の先はくるりとした触角になっており、頭の両脇の上部にはさらに小さな、子ブタのしっぽのように巻いた触角が耳から突き出て飾られていました。目は黒くて丸く、ちょっと飛び出していましたが、ウォグルバグの顔つきは決して不快なものではありませんでした。
服装は紺色の燕尾服に黄色い絹の裏地、ボタン穴には花を挿し、胴体にはぴったり張りついた白いダック生地のベスト、ひざには金色のバックルが付いた淡い茶色のプラッシュの半ズボン、そして小さな頭にはおしゃれなシルクハットをかぶっていました。
こうして立ち上がったウォグルバグは、ブリキの木こりと同じくらい背が高く、オズの国でこれほど巨大な虫が現れたことは、きっとこれまで一度もなかったでしょう。
「正直言って、君の突然の登場には驚いたよ」と、かかしは言いました。「仲間たちもきっとびっくりしただろう。でも、どうか気にしないでほしい。そのうち慣れると思うから。」
「どうか謝らないでください!」とウォグルバグは心から言いました。「私が人を驚かせるのは、大きな喜びなのです。私は普通の虫とは違い、出会う人々から好奇心と称賛を受けるにふさわしい存在ですから。」
「本当にその通りです」と、王様も同意しました。
「もしこの尊いご一行の中に席をいただけるなら」とウォグルバグは続けました。「私の身の上をお話ししましょう。そうすれば、私のこの珍しい――いえ、素晴らしい姿もご理解いただけると思います。」
「どうぞご自由に」とブリキの木こりは簡潔に言いました。
そこでウォグルバグは、旅人たちの輪の中に座り、次のように語り始めました。
非常に拡大された身の上話
「まず最初に正直に申し上げますが、私はもともとただのふつうのウォグルバグだったのです」と、その生きものは素直で親しみやすい口調で語り始めました。「何も知らぬまま、私は手も足も使って歩き、石の下や草の根元に隠れては、自分より小さな虫を探して食べることだけを考えて暮らしていました。
夜は寒さで体が動かなくなり、もちろん何の服も着ていませんから、朝になると太陽の暖かい光でまた元気になり、活動を始めていました。恐ろしい暮らしですが、これがウォグルバグや他の小さな生きものたちの、決められた普通の生活なのです。
でも、運命はこの私――つつましくも――に、もっと素晴らしい未来を用意していたのです! ある日、私は田舎の学校の近くを這っていて、中から生徒たちの単調なざわめきが聞こえるのに好奇心をそそられ、思い切って中に入り、床板の隙間を伝って教室の奥まで進みました。そこには、暖炉の前に先生が座って、机に向かっていました。
誰もこんな小さなウォグルバグに気づきませんでした。私は暖炉の前が太陽よりずっと暖かくて居心地が良いと知り、これからの住処にしようと決めました。私はレンガ二つのあいだに素敵な巣を見つけ、何ヶ月もそこに隠れて暮らしました。
ノウイットオール教授は、オズの国で最も有名な学者であり、私は数日後には生徒たちへの講義や説明を聞き始めました。誰よりも熱心に耳を傾けたのは、目立たぬちっぽけなウォグルバグでした。私はそのおかげで、自分でも驚くほどの知識を身につけました。それゆえ、自分の名刺に『T.E.(徹底的に教育された)』と誇りを持って記しているのです。私ほど文化と教養を備えたウォグルバグは、世界中探しても十中の一もいません。」
「それは誇りに思っていいことだよ」とかかしが言いました。「教育は素晴らしいものさ。僕も自慢できるよ。偉大なる魔法使いにもらった脳みそは、友人たちにも最高だと評判なんだ。」
「それでも、私は、良い心の方が、教育や頭脳よりずっと大切だと思うな」とブリキの木こりが口を挟みました。
「私にとっては、良い脚のほうが何より大事だ」と、ノコギリ馬が言いました。
「種は脳みそと同じに数えられるのかな?」と、パンプキンヘッドが不意に尋ねました。
「静かにしなさい!」とチップが厳しく言いました。
「わかったよ、おとうさん」と、素直にジャックが答えました。
ウォグルバグは、こうしたやりとりを辛抱強く――そして敬意を持って――聞いてから、また話を続けました。
「私はその学校の暖炉で三年あまり暮らし、知識の泉を夢中で飲み干していました。」
「なんて詩的なんだ!」とかかしはうなずきました。
「ところが、ある日、私の運命を変える出来事が起きたのです。教授が私を暖炉の上で這っているのを見つけ、逃げる間もなく、親指と人差し指で私をつまみ上げたのです。
『みなさん、見てごらんなさい。私はウォグルバグという、とても珍しく興味深い標本を捕まえました。誰かウォグルバグを知っているかな?』
『知らなーい!』と生徒たちは大合唱。
『では、私の有名な拡大鏡で、この虫を大きく写し出し、みんなでその不思議な作りをじっくり観察し、習性や暮らしぶりを知ることにしましょう。』
教授は戸棚から不思議な器具を取り出し、私は気づいた時には、今ご覧の通り、巨大に拡大されてスクリーンに映し出されていました。
生徒たちは椅子の上に立って身を乗り出し、窓枠に飛び乗る女の子もいました。
『ご覧なさい!』と教授は大きな声で、『これが非常に拡大されたウォグルバグです。世界で最も珍しい虫のひとつですよ!』
私は徹底的に教育された紳士ですから、このとき胸に手を当てて、丁寧にお辞儀をしました。皆が驚いたのでしょう、窓枠にいた女の子の一人が叫び声をあげて後ろに落ち、もう一人も一緒に落ちてしまいました。
教授は悲鳴をあげて外に飛び出し、子どもたちも大騒ぎで後を追い、私は教室に一人きり残されました。しかも巨大な姿のままで、なんでもできる状態でした。
そのとき、私は今こそ逃げる絶好の機会だとひらめきました。大きくなった私なら、世界中どこでも安心して旅できるし、教養もあるので、どんな学者とも対等に話せると気づいたのです。
こうして教授が、怪我もなかった女の子たちを抱き起こし、生徒たちが群がっている間に、私は落ち着いて教室を抜け出し、角を曲がって、そばの林に逃げ込んだのです。」
「すごい!」と、パンプキンヘッドは感心して言いました。
「まさしくそうです」とウォグルバグ。「私は拡大されている間にうまく逃げられたことを、今でも自分をほめているくらいです。もし小さな虫のままだったら、知識がたくさんあってもほとんど役に立たなかったでしょうから。」
「虫が服を着るなんて、知らなかったな」とチップは困惑気味に言いました。
「普通の状態では着ませんよ」とウォグルバグは答えました。「でも、旅の途中で仕立屋の九つ目の命を救ってやったことがありまして――ご存じの通り、仕立屋も猫のように九つの命があるのです。もし九つ目を失ったら終わりでしたから、彼は大喜びで、今の立派な服を作ってくれたのです。よく似合っているでしょう?」ウォグルバグは立ち上がり、体をくるりと回して見せました。
「いい仕立屋だったんだな」とかかしが、ちょっぴり羨ましそうに言いました。
「少なくとも、心のあたたかい仕立屋だったのさ」と、ニック・チョッパーが言いました。
「それで、あなたはどこへ行く途中だったの?」とチップが尋ねました。
「どこでもないのです」とウォグルバグは答えました。「でも近いうちにエメラルドの都に行って、『拡大の利点』について特別講座を開くつもりです。」
「ちょうど僕たちもエメラルドの都を目指しているんだ」とブリキの木こり。「よろしければ、ご一緒にどうぞ。」
ウォグルバグは優雅におじぎしました。
「たいへん光栄です。オズの国じゅう探しても、これほど気の合う仲間に出会えることはないでしょうから。」
「本当に、僕たちはハチミツとハエみたいに気が合うよ」とパンプキンヘッドが言いました。
「でも――失礼ながら――皆さんも、なかなか普通じゃありませんね?」と、ウォグルバグは興味津々で一同を見回しました。
「あなたも同じでしょう」と、かかし。「人生のすべては、慣れるまでは珍しいものさ。」
「なんて素晴らしい哲学なんだ!」と、ウォグルバグは感心しました。
「今日は頭がよく働くようだ」とかかしも誇らしげに認めました。
「では、十分に休んだなら、エメラルドの都に向けて出発しませんか?」と拡大された虫が言いました。
「それができないんだ」とチップ。「ノコギリ馬が脚を折っちゃって、動けないんだ。それにまわりに木もないから新しい脚が作れないし、馬を置いていくわけにもいかない。パンプキンヘッドは関節が硬いから、馬に乗っていないとだめなんだ。」
「それは困ったことだ!」とウォグルバグは言いました。それから一行を見回して言いました。
「パンプキンヘッドが乗るなら、彼の脚の一本を使って馬の脚を作ればいいのでは? どちらも木製ですし。」
「それは見事な知恵だ!」と、かかしも賞賛しました。「自分の脳がなぜ思いつかなかったのか不思議なくらいだ。さあ、ニック、パンプキンヘッドの脚をノコギリ馬につけてくれ。」
ジャックは乗り気ではありませんでしたが、ブリキの木こりに左脚を切り取られ、馬の脚にぴったり合うように削られるのをじっと我慢しました。ノコギリ馬の方も不満そうで、「まるで肉屋にされたみたいだ」とぶつぶつ言い、あとになって「こんな脚じゃ体裁が悪い」と憤慨していました。
「言葉には気をつけてくれ」と、パンプキンヘッドがぴしゃりと注意しました。「僕の脚なんだからね!」
「忘れようにも忘れられないさ」とノコギリ馬。「他の部分と同じくらいヤワだし。」
「ヤワだって?! 僕のことをヤワ呼ばわりするなんて!」と、ジャックは怒りました。
「だって君の体は、まるでおもちゃみたいじゃないか」と、ノコギリ馬は意地悪そうに節穴の目を回しました。「頭だってまっすぐにならないし、後ろ向きか前向きかも分からないぞ!」
「どうか、けんかしないで!」とブリキの木こりが心配そうに言いました。「正直なところ、みんな欠点のない者はいない。お互いの短所は大目に見ようじゃないか。」
「それは素晴らしい提案だ」とウォグルバグも賛成です。「あなたは立派な心をお持ちですね、金属のお友だち。」
「私の自慢は心臓だ」とニックは満足そうに言いました。「私の心臓は体の中で一番の部分なんだ。さあ、旅を続けよう。」
こうして、片脚のパンプキンヘッドはノコギリ馬にまたがり、ひもでしっかり縛り付けられて落ちないようにされました。
そして、かかしを先頭に、みんなでエメラルドの都を目指して歩き始めたのです。
モンビおばあさん、魔法を使う
間もなく、ノコギリ馬の新しい脚が少し長すぎてびっこを引いていることが分かりました。仕方なく一行は止まり、ブリキの木こりが斧で長さを整えました。これで馬も幾分楽になりましたが、まだ完全には満足していません。
「他の脚まで折ってしまうなんて、ついてないな!」とノコギリ馬はぶつぶつ言いました。
「逆だよ」とウォグルバグは軽やかに言いました。「馬っていうのは、壊されてから初めて役に立つものさ。」
「悪いけど、その冗談は古くてつまらないよ」とチップが少し腹立たしげに言いました。「しかも、そんなに古いのによくも言えたね。」
「でも、冗談には違いない」とウォグルバグは断言しました。「言葉遊びから生まれる冗談は、教養ある人々の間ではとても上品なものとされているのです。」
「それってどういう意味?」と、パンプキンヘッドがきょとんとして尋ねました。
「つまりね」とウォグルバグは説明しました。「私たちの言葉には意味が二つある単語がたくさんあって、その両方の意味をかけて冗談を言うのは、話者が教養と洗練を持ち、言語を自在に操る証拠だということです。」
「ぼくはそう思わないな」とチップはきっぱり言いました。「駄じゃれなんて、誰でも作れるよ。」
「いや、それは違います」とウォグルバグはきっぱり。「高度な教育が必要なんです。あなたは教育を受けていますか?」
「特別には……」とチップは認めました。
「なら、判断できませんね。私は徹底的に教育されているので、駄じゃれは天才の証だと言えます。たとえば、私がこのノコギリ馬に乗れば、馬だけでなく馬車にもなる。つまり、『horse-and-buggy(馬とバギー/馬と虫)』になるわけです。」
この駄じゃれに、かかしは息を呑み、ブリキの木こりは立ち止まってウォグルバグをじっと見つめました。ノコギリ馬は大きな音で鼻を鳴らしてバカにし、パンプキンヘッドさえも彫られた笑みを手で隠そうとしました。
でもウォグルバグは、自分がとても素晴らしいことを言ったかのように胸を張って歩きました。そこで、かかしは言わざるを得ませんでした。
「私の親愛なる友よ、学問のありすぎはかえって人を混乱させるものだと聞いたことがある。私はどれだけ頭脳があろうが、どんな分類をされようが尊敬するけれど、君の頭の中は少し絡まっているかもしれないね。ともかく、私たちと一緒にいる間は、その優れた教育を少し控えてほしい。」
「私たちはあまりこだわりがないし、とても親切だ。でも、あなたの優れた教養がまた漏れ出すようなら――」ブリキの木こりは言いかけて、きらめく斧をくるくる回しました。ウォグルバグは驚いて、そっと距離を取って歩きました。
その後、みんなは黙って歩きました。拡大博士はしばらく考えた後、控えめな声で言いました。
「自制心を持つよう努力します。」
「それで十分だよ」とかかしはにこやかに言い、仲良しムードが戻った一行は旅を続けました。
しばらくしてまたチップが疲れて休憩すると、ブリキの木こりは草原にたくさん小さな丸い穴があるのに気づきました。
「これは野ねずみの村だろう。女王がこのあたりにいるのかな」と、かかしに言いました。
「もしそうだったら、大きな助けになってくれるかも」と、かかしはひらめいたように答えました。「呼んでみてくれ、ニック。」
そこでブリキの木こりは首から下げた銀の笛をピッと吹きました。すると、小さな灰色のねずみが穴から顔を出し、勇敢に近づいてきました。というのも、ブリキの木こりがかつてその命を救ったことがあり、野ねずみの女王は彼を信頼していたのです。
「こんにちは、女王陛下」とニックは礼儀正しく話しかけました。「お元気ですか?」
「ありがとう、元気よ」と女王はおすまし顔で答え、頭の金色の小さな冠を見せました。「お手伝いできることがある?」
「ぜひお願いしたい」と、かかしは身を乗り出しました。「あなたの家来の中から十二匹を、私と一緒にエメラルドの都まで連れて行きたいんです。」
「その子たちが危険な目に遭うことは?」と女王は心配そうに尋ねました。
「たぶん大丈夫です」とかかし。「私の体の藁の中に隠れてもらい、合図に上着のボタンを外したら、みんな一斉に走って逃げればいい。そうしてくれれば、反乱軍に奪われた王座を取り戻す手伝いができます。」
「それなら、お断りしません。準備ができたら、最も賢い家来を十二匹呼びます。」
「いま用意できてるよ」とかかしは応じました。それから地面に寝転がり、上着のボタンを外して、詰め物の藁を見せました。
女王は小さな高い声で仲間を呼びました。すると、一瞬のうちに十二匹のかわいい野ねずみが穴から現れ、女王の前に並びました。
女王が何と言ったのか、旅人たちには分かりませんでしたが、野ねずみたちはためらいもなく次々とかかしの体の藁の中に潜り込みました。
十二匹すべてが隠れおわると、かかしは上着のボタンをしっかり留め、女王にお礼を言いました。
「もう一つお願いがあるんだけど」とブリキの木こりが提案しました。「私たちがエメラルドの都にたどり着けるよう、先導してほしいのです。どうも誰かが、わたしたちの邪魔をしているようなんです。」
「喜んでお引き受けしますわ。準備はできていますか?」
ブリキの木こりはチップを見つめました。
「もう休めたよ」とチップ。「行こう!」
こうしてまた旅が始まりました。小さな灰色の野ねずみの女王が素早く先を駆け、旅人たちが追いつくとまたぴゅっと走っていきました。
この確かな案内役がいなければ、かかしとその仲間たちはエメラルドの都にたどり着くことはできなかったかもしれません。なぜなら、年老いたモンビの魔法によって、彼らの行く手には数々の困難が仕掛けられていたからです。けれども、そのどれ一つとして本当に存在したものはなく、すべてが巧妙に作り出された幻だったのです。
たとえば、彼らの目の前にごうごうと音を立てて流れる川が現れて道を塞いだときも、小さな女王はまっすぐに進み、まるで水がないかのように無事に川を渡ってしまいました。旅人たちも彼女のあとに続くと、一滴の水にも濡れることはありませんでした。
また、そびえ立つ花崗岩の高い壁が彼らの前に現れ、進むことを阻みました。でも、灰色の野ねずみの女王が何ごともないようにその壁をすり抜けると、他のみんなも同じように通り抜けることができ、壁は通り過ぎるときに霧となって消えてしまいました。
その後、チップのために少し休憩をとったとき、彼らの足元から四十本もの道が四方八方に伸びているのが見えました。やがて、その四十本の道は巨大な車輪のようにぐるぐると回りはじめ、右に左にと回転して、みんなの目はすっかりくらくらしてしまいました。
けれども女王は「ついてきて!」と呼びかけてまっすぐに駆け出します。みんなが数歩進むと、ぐるぐる回る道は消え失せ、もうどこにも見えなくなりました。
モンビの仕掛けた最後の罠は、これまででいちばん恐ろしいものでした。彼女はパチパチと音を立てる炎のシートを草原いっぱいに走らせ、みんなを焼き尽くそうとしたのです。かかしは初めて恐ろしさに震え、逃げ出そうとしました。
「もしあの火が僕に届いたら、あっという間に消えてしまう!」とわらをガタガタと震わせながら言いました。「今まででいちばん危険なものだよ。」
「僕もごめんだ!」とノコギリ馬も慌ててぴょんぴょん飛び跳ねます。「僕の体はとても乾いてるから、焚きつけみたいに燃えてしまうよ。」
「かぼちゃに火は危ないの?」とジャックが不安そうに尋ねました。
「君も僕も、パイみたいに焼かれちゃうさ!」とウォグルバグ拡大博士が答え、早く走ろうと四つん這いになりました。
けれどもブリキの木こりは、火を怖がることなく、みんなの混乱をおさめて賢く言いました。
「野ねずみの女王を見てごらん!」と彼は叫びました。「火は彼女になんの害も与えていないよ。実は、あれは火なんかじゃなく、ただの幻なんだ。」
本当に、小さな女王が平然と炎の中を歩いていくのを見ると、みんなの勇気も戻ってきました。そして彼女のあとについていくと、誰一人焼けることもありませんでした。
「これは本当に不思議な冒険ですね」とウォグルバグ拡大博士はすっかり驚いて言いました。「ノウイットオール教授が学校で教えてくれた自然の法則が、ことごとくひっくり返されています。」
「もちろんさ」とかかしは賢そうに言いました。「魔法はみんな不自然なものだから、怖がるべきだし、近寄らない方がいいんだ。でも、あそこにエメラルドの都の門が見えるよ。これで、僕たちの前に立ちはだかっていた魔法の障害は、全部乗り越えたみたいだね。」
実際、都の壁ははっきりと見え、小さな野ねずみの女王も、最後のお別れを言いに近づいてきました。
「女王陛下の親切なお導きに心から感謝します」とブリキの木こりはお辞儀をして言いました。
「友だちのお役に立てるなら、私はいつだってうれしいのよ」と女王は答え、ピュンと元気よくおうちに帰っていきました。
女王のとりこ
エメラルドの都の門に近づくと、旅人たちは反乱軍の二人の少女に出会いました。少女たちは髪に挿していた編み棒を抜いて、近づく者を突き刺すぞと脅して入ろうとするのを妨げました。
けれどもブリキの木こりは少しも怖がりません。
「せいぜい僕の美しいニッケルメッキを傷つけるくらいだろう」と彼は言いました。「でも最悪の事態なんて起きないさ。僕がこのおかしな兵士たちを簡単に追い払ってみせるから、みんな、しっかりついてきて!」
それから、彼は大きな斧を右に左にぐるりと振り回しながら門へ進み、他のみんなもためらわず後に続きました。
女の子たちは、まさか反抗されるとは思っていなかったので、キラキラ光る斧にびっくりして叫びながら都の中へ逃げ込んでしまいました。おかげで旅人たちは無事に門をくぐり、緑色の大理石の広い道を王宮へ向かって歩いていきました。
「この調子なら、すぐにまた陛下を玉座に戻せますよ」とブリキの木こりは、簡単に守衛を追い払ったことを笑いながら言いました。
「ありがとう、ニック。君のやさしい心と鋭い斧には誰もかなわないね」と、かかしは感謝して返しました。
家々の並ぶ道を進むうち、開いたドア越しに、中で男の人たちが掃除をしたり、食器を洗ったりしているのが見えました。女の人たちは輪になって集まり、おしゃべりや笑いに夢中です。
「何があったんだい?」とかかしは、エプロンをしてベビーカーを押していた、しょんぼりしたひげもじゃの男の人に尋ねました。
「そりゃあ、革命があったんですよ、陛下。ご存じのはずでしょう」と男の人は言いました。「あなたがいなくなってから、女たちが好き勝手にやるようになったんです。あなたが戻ってきて秩序を取り戻してくれるのはありがたいことです。家事や子守りで、エメラルドの都の男はみんなヘトヘトですよ。」
「ふむ」とかかしは考え込みました。「そんなに大変な仕事なら、どうして女の人たちはあんなにたやすくこなせてたんだろう?」
「さあ、どうしてなんでしょうね」と男の人は深いため息をつきました。「たぶん女の人は鋳鉄でできているんでしょう。」
通りを進んでいる間、だれも彼らに立ちふさがることはありませんでした。おしゃべりしていた女の人たちも、旅人たちをちらりと好奇心の目で見ては、すぐに笑ったり鼻であしらったりしてまたおしゃべりに戻ります。反乱軍の少女たちに出会っても、彼女たちは驚くどころか道をあけて、旅人たちの進行を妨げませんでした。
この様子に、かかしはなんだか心配になってきました。
「何かの罠にはまっているんじゃないかな」と彼は言いました。
「そんなことあるもんか!」とニック・チョッパーは自信たっぷりに言いました。「あの愚かな連中はもうすっかり降参してるよ!」
でも、かかしは首をかしげて疑わしそうにし、チップも言いました。
「なんだか簡単すぎるよ。気をつけたほうがいい。」
「うん、気をつけよう」とかかしは答えました。
誰にも邪魔されることなく、みんなは王宮に着き、かつてはエメラルドでびっしり飾られていた大理石の階段を上ります。今は反乱軍によって宝石が根こそぎはがされ、小さな穴だけが残っていました。それでも、まだ誰も反抗してきません。
アーチ型の廊下を抜け、立派な玉座の間に入ると、緑色のシルクのカーテンが下がり、みんなは不思議な光景を目にしました。
キラキラ輝く玉座にはジンジャー将軍が座り、かかしの二番目に良い王冠をかぶり、右手には王笏を持っています。膝にはキャラメルの箱がのっていて、彼女はとてもくつろいだ様子でキャラメルを食べていました。
かかしが前に進み、ブリキの木こりは斧に体を預け、他のみんなも半円を描いてかかしの後ろに立ちました。
「どうして私の玉座に座っているんだ?」とかかしはじろりとにらみつけて言いました。「これは反逆罪だぞ。ここには反逆罪を禁じる法律があるんだ!」
「王座は手に入れられる者のものよ」とジンジャーはキャラメルを口に運びながら答えました。「私が手に入れたの、見てのとおり。だから今は私が女王、そして私に逆らう者はみんな反逆罪で、さっき言った法律で罰せられるの。」
この答えに、かかしは頭を悩ませました。
「どう思う、ニック?」と彼はブリキの木こりに聞きました。
「法律のこととなると、僕には何も言えないよ」とブリキの木こりは答えました。「法律なんて、もともと理解できるようにできてないし、理解しようとするのは愚かなことさ。」
「じゃあ、どうすればいいんだ?」とかかしは困り果てました。
「女王と結婚すれば? そうすれば二人で治められるじゃない」とウォグルバグが提案しました。
ジンジャーは虫をにらみつけました。「母親のところに送り返してやったら?」とジャック・パンプキンヘッドが言いました。
ジンジャーは顔をしかめました。
「悪い子をしてる間は、戸棚に閉じ込めておいたらどう?」とチップが言うと、ジンジャーはあざけるように唇をゆがめました。
「ゆすってこらしめるのもいいぞ!」とノコギリ馬が付け加えました。
「いやいや」とブリキの木こりは言いました。「このかわいそうな娘にはやさしくしよう。持てるだけの宝石を持たせて、満足して送り出してあげるのが一番さ。」
これを聞いてジンジャーは声を上げて笑い、すぐにパチンパチンと手を三度たたきました。
「あなたたちは本当におかしな生き物だわ。でも、もうあなたたちの相手をするのはうんざり。これ以上くだらないことに時間はかけられないの。」
王とその仲間たちがこの生意気な言葉に呆気にとられていると、驚くべきことが起きました。ブリキの木こりの斧が誰かに後ろから奪われ、彼は武器を失ってしまいました。同時に、部屋じゅうに笑い声が響き、ふり返ってみると、反乱軍の少女たちにぐるりと囲まれていたのです。少女たちは両手にキラキラ光る編み棒を持っています。玉座の間は反乱の兵士たちで埋め尽くされ、かかしと仲間たちは自分たちがとりこになったことを悟りました。
「女の知恵に逆らうのがいかに愚かかわかったでしょう?」とジンジャーはうれしそうに言いました。「これで、かかしより私の方が都を治めるのにふさわしいって証明されたわ。別にあなたたちに恨みはないけれど、これから先、また面倒を起こされると困るから、みんな処分させてもらうわ。少年だけはモンビの持ち物だから返してやるけど、他の者は人間じゃないから、壊しても悪いことじゃないわ。ノコギリ馬とジャック・パンプキンヘッドの体は薪にして、かぼちゃはパイにしよう。かかしは焚火の種火にぴったりだし、ブリキの木こりは細かく切ってヤギのえさにするつもり。この巨大なウォグルバグは……」
「拡大博士、ですからね!」と虫が口をはさみました。
「緑のカメスープにして料理長に作ってもらおうかしら。」と女王は思案顔で言いました。
ウォグルバグはブルブルと震えました。
「それがだめなら、ハンガリー風グーラッシュにして、じっくり煮てスパイスたっぷり、ってのもいいわね」と、女王は残酷に付け加えました。
この恐ろしい絶滅計画に、囚われたみんなは青ざめて見つめあいました。ただ、かかしだけはあきらめませんでした。じっと黙って女王の前に立ち、何とか逃げ出す方法はないかと、額にしわを寄せて深く考え込んでいました。
そのとき、胸の中のわらがそっと動くのを感じました。すると、かかしの表情はさっと明るくなり、素早く手をあげて上着の前を外しました。
この動きに、周りの少女たちは気づきましたが、何をするのかは想像もしていませんでした。ところが、小さな灰色のねずみが胸元から飛び出して床を走り抜け、反乱軍の足もとをすり抜けていきました。次々とねずみが現れ、つぎつぎと走っていきます。すると、反乱軍の大合唱のような悲鳴が部屋中に響き渡り、みんなは大混乱に陥りました。
驚いたねずみたちが部屋じゅうを走り回るなか、かかしはスカートが舞い上がり、足がきらきら動いて、少女たちが押し合いへし合いしながら、我先にと王宮から逃げ出していくのを見ているだけでした。
ジンジャー女王も、最初の悲鳴で玉座のクッションの上に飛び乗り、つま先立ちでパニックのダンスを始めました。そこへ一匹のねずみがクッションを登ってきて、ジンジャーは悲鳴を上げながら、かかしの頭上を飛び越えて逃げて行きました。彼女が都の門に着くまで、一度も足を止めなかったのは言うまでもありません。
こうして、あっという間に玉座の間はかかしと仲間たちだけになり、ウォグルバグはほっと大きなため息をついて叫びました。
「やれやれ、助かった!」
「しばらくはそうだね」とブリキの木こりは答えました。「でも敵はきっとまた戻ってくるよ。」
「王宮の入り口を全部ふさごう!」とかかしが言いました。「そうすれば何をするにも、じっくり考える時間が手に入る。」
そこで、ノコギリ馬に縛りつけられたままのジャック・パンプキンヘッド以外のみんなは、王宮のあちこちの入り口に走っていき、重いドアを閉じてしっかりとカギをかけ、錠を下ろしました。反乱軍がこのバリケードをこわすには何日もかかるはずです。冒険者たちはまた玉座の間に集まり、これからどうするかの作戦会議を開いたのでした。
かかし、考える時間をとる
「僕にはこう思えるんだ」と、みんながまた玉座の間に集まったとき、かかしが話し始めました。「ジンジャーは自分が女王だと主張してるけど、それは間違いじゃない気がするんだ。もし彼女が正しいなら、僕は間違ってることになるし、この宮殿を占拠している資格はないよ。」
「でも、あなたが王様だったじゃないですか、彼女が来るまでは」とウォグルバグは、手をポケットに入れて部屋を歩き回りながら言いました。「だから、彼女の方がよそ者ですよ。」
「しかも、さっき僕たちは彼女を追い払ったばかりだ」とジャック・パンプキンヘッドが首をグルリと向けて言いました。
「本当に、僕たちは彼女に勝ったのかな?」とかかしは静かにたずねました。「窓の外を見て、何が見えるか教えて。」
チップが窓に走って外を見ました。
「王宮は、二重の輪になって女の子の兵士たちに囲まれてるよ」と報告します。
「やっぱり」とかかしが返しました。「僕たちは、さっきねずみで彼女たちを追い払ったときと同じくらい、今でも彼女たちのとりこなんだ。」
「その通りだ」とニック・チョッパーも頷きました。「ジンジャーがまだ女王で、僕たちはとりこさ。」
「でも、きっと中までは入ってこれないよね」とジャックは身震いして言いました。「だって僕をタルトにしようと脅してたんだよ。」
「心配はいらないよ」とブリキの木こりが言いました。「ここに閉じ込められてても、いずれ腐ってしまうだけだ。いいタルトになったほうが、ぼろぼろの知恵よりずっと素晴らしいじゃないか。」
「それも本当だね」とかかしも同意します。
「ああ、なんて僕は不幸なんだろう!」とジャックは嘆きました。「父さん、なんで僕をブリキやわらで作ってくれなかったの? そしたらずっと保つのに。」
「馬鹿を言うなよ」とチップは憤慨して言いました。「作ってやっただけ感謝しなよ。なにごともいつか終わるんだよ。」
「でも、思い出してほしいのですが」とウォグルバグが、つぶらな目を苦しそうにして口をはさみました。「あの恐ろしいジンジャー将軍は、私をグーラッシュにしようと――この世でたった一匹の拡大博士を!」
「それは名案だったと思うよ」とかかしは満足気に言いました。
「でも、スープの方がいいんじゃない?」とブリキの木こりが友に尋ねます。
「うん、確かに」とかかしも認めました。
ウォグルバグはうめきました。
「僕には目に浮かぶよ」と彼は悲しげに言いました。「ヤギが僕の親友のブリキの木こりを食べている間、僕のスープは、ノコギリ馬とジャック・パンプキンヘッドの体で作った焚き火で煮込まれて、ジンジャー将軍は火に油を注ぎながら僕が煮えるのを見てるんだ!」
この暗い想像に、みんなはどんよりとした気持ちになり、不安でたまらなくなりました。
「当分そんなことにはならないさ」とブリキの木こりは明るく言おうとしました。「ドアをこわされるまでは、ここにいられるんだから。」
「その間に、僕とウォグルバグは飢え死にしそうだけど」とチップが言いました。
「僕なら、しばらくジャック・パンプキンヘッドで食いつなげそうだ」とウォグルバグが言いました。「特別かぼちゃが好きなわけじゃないけど、栄養はありそうだし、頭も大きくて立派だし。」
「なんてひどい!」とブリキの木こりはショックを受けて叫びました。「僕たちは人食いなのかい? それとも忠実な友だちなのか?」
「この宮殿に閉じこもっているわけにはいかないのは明らかだ」とかかしはきっぱり言いました。「だからもう悲観的な話はやめて、脱出方法を考えよう。」
そう言われて、みんなは玉座のまわりに集まりました。チップが腰かけると、ポケットからこしょう入れがコロリと床に転がりました。
「これは何だい?」とニック・チョッパーが拾い上げました。
「気をつけて!」とチップが叫びました。「それは"命の粉"だよ。こぼしたら大変、もうほとんど残ってないんだ。」
「命の粉って何?」とかかしが尋ねました。
「モンビがいじわるな魔法使いから手に入れた魔法の粉さ」とチップは説明します。「それでジャックを生き返らせたし、そのあとノコギリ馬も生き返らせた。ふりかければ何でも生き返るみたい。でも、もう一回分くらいしか残ってない。」
「それはすごく貴重なものだね」とブリキの木こりが言いました。
「本当に」とかかしも同意しました。「僕たちをここから脱出させてくれる切り札になるかもしれない。ちょっと考える時間がほしい。だからチップ、悪いけどナイフを出して、この重たい王冠を僕の額から取ってくれないか。」
チップはすぐに王冠をとめていた糸を切り、かかしはほっとした様子で王冠をはずして玉座の横のフックにかけました。
「これが王族の最後の思い出」と彼は言いました。「もうおさらばできてうれしいよ。この都の前の王様パストリアも、素晴らしき魔法使いに王冠を奪われて、僕がもらった。そして今はジンジャーが手に入れた。頭痛にならないといいけどね。」
「ご親切な考えだ、感心するよ」とブリキの木こりはうなずきました。
「さて、静かに考えよう」とかかしは玉座にもたれました。
ほかのみんなは、かかしの天才的な頭脳を信じて、しずかにじっと待ちました。
どれくらい長い間がたったのでしょうか、かかしはやがてひょいと身を起こし、仲間たちにおどけたような顔で言いました。
「今日は脳みそがとてもよく働いてる。自分でも誇らしいよ。さて、聞いてくれ。もし王宮のドアから脱出しようとしたら、きっと捕まってしまう。地面を通り抜けることもできないから、残された道はひとつだけ。空を飛んで逃げるんだ!」
彼はみんなの反応を見て間を取りましたが、みんなはきょとんとして納得していません。
「素晴らしき魔法使いは気球で逃げたじゃないか」と続けました。「僕たちは気球の作り方は知らないけど、空を飛べるものなら何だって僕たちを運べるはずさ。だから、器用な機械工のブリキの木こりが、頑丈な翼のついた機械を作る。チップが魔法の粉でそれに命を与えればいい。」
「万歳!」とニック・チョッパーが叫びました。
「なんて素晴らしい頭脳だ!」とジャックも感心します。
「実に賢い!」とウォグルバグは言いました。
「できそうだよ」とチップも宣言しました。「ブリキの木こりが作れればね。」
「やってみるさ」とニックは元気よく言いました。「僕がやると決めたことは、だいたいできるからね。でも屋上で作らないと、空に飛び立たせられないだろう。」
「もちろん」とかかしも言いました。
「じゃあ、宮殿じゅうを探して材料を集めて屋上に持ってこよう。そこで作業を始めるよ」とブリキの木こりが言いました。
「その前に」とジャックが言いました。「まずこの馬から解いて、歩ける足を作ってくれないか。今のままじゃ何も役に立たないよ。」
そこでブリキの木こりはマホガニーのセンターテーブルを斧で壊し、美しく彫刻の入った脚をジャック・パンプキンヘッドの体に取りつけました。ジャックはその足をとても気に入りました。
「おかしいなあ」と彼はブリキの木こりの作業を見て言いました。「僕の左脚が一番立派で素晴らしい部分になるなんて。」
「それは君が普通じゃない証拠さ」とかかしは答えました。「この世で注目に値するのは、普通じゃない人たちだけだよ。普通の人は木の葉みたいに気づかれもせず生きて、そして死んでいく。」
「まるで哲学者のようなお言葉だ!」とウォグルバグが叫び、ブリキの木こりの作業を手伝いました。
「今どんな気分?」とチップがジャックの新しい足で歩く様子を見て尋ねます。
「新しい気分さ!」とジャックはうれしそうに答えました。「もう脱出のためにみんなを手伝えるよ。」
「では、さっそく仕事にかかろう!」とかかしがビジネスライクな口調で言いました。
こうして、とらわれの身から抜け出すためにできることがうれしくて、みんなは宮殿じゅうを歩き回り、空飛ぶ機械の材料を集めはじめました。
ガンプの驚くべき飛行
みんなが屋上に集まると、さまざまな種類の材料が集められているのがわかりました。何が必要かわかっている人はだれもいませんでしたが、それぞれが何かを持ってきていました。
ウォグルバグは大広間の暖炉の上に飾ってあったガンプの頭を持ってきました。大きく広がった角があり、大きなエルクの頭に似ていましたが、鼻先はぴんと上を向き、あごにはヤギのようなひげも生えていました。なぜウォグルバグがこれを選んだのかは、自分でも説明できないのですが、ただ好奇心に駆られただけだったのです。
チップはノコギリ馬の助けを借りて、大きな布張りのソファを屋上まで運びました。それは昔ながらの、高い背もたれとひじかけがついている重たいソファで、持ち運ぶのは大仕事でした。ノコギリ馬の背中に重さを預けながらやっとのことで屋上に運び込むと、チップはすっかり息が切れてしまいました。
ジャック・パンプキンヘッドは目についたほうき一本を持ってきました。かかしは中庭から取ってきた洗濯ひもやロープをぐるぐる巻きにして持ってきましたが、階段を上るうちにロープに絡まり、屋上で荷物ごと転がってしまい、チップが助けなかったら落ちそうになるところでした。
最後にブリキの木こりが現れました。彼も中庭に行き、都じゅうの自慢だった大きなヤシの木から四枚の大きな葉を切り取ってきたのです。
「おいおい、ニック!」とかかしは友のしたことを見て叫びました。「エメラルドの都でこれほど重罪はないよ。王家のヤシの葉を切ったら、七度も死刑、そのあとで終身刑なんだ。」
「もう仕方がないさ」とブリキの木こりは葉を屋上に投げ下ろしながら答えました。「でも、それも僕たちが逃げなきゃならない理由のひとつだよ。さあ、どんな材料が集まったか見てくれ。」
集められたさまざまな材料を前に、みんなは首をかしげました。最後にかかしは首を振って言いました。
「このガラクタの山から、ニックが僕たちを運ぶ空飛ぶ何かを作れたら、彼を世界一の名工と認めるよ。」
けれどもブリキの木こりも最初は自信なさげで、額をしっかりみがいてからやっとやる決心をしました。
「まず必要なのは、みんなが乗れる大きな胴体だ。このソファがいちばん大きいけど、もし横に傾いたらみんな落ちてしまう。」
「同じソファがもう一つ下にあるよ」とチップが言いました。
「それはいい考えだ!」とブリキの木こりは叫びました。「すぐ持ってきて!」
チップとノコギリ馬は苦労しながら二つ目のソファも屋上に運びました。二つを並べると、背もたれとひじかけがぐるりと守り壁のようになります。
「すばらしい!」とかかしが言いました。「これなら中で快適に乗っていられる。」
二つのソファはロープと洗濯ひもできつくくくられ、ブリキの木こりはガンプの頭を前につけました。
「これでどちらが前かわかるし、なかなか見栄えもいい。王家のヤシの葉――七度死刑を覚悟したやつだが――は翼にしよう。」
「丈夫なの?」とチップが尋ねます。
「今手に入る中ではいちばん丈夫だよ。胴体に比べて小さいけど、今はぜいたく言えないさ。」
こうして葉っぱは両側に二枚ずつしっかりソファにつけられました。
「もう完成ですね、後は命を吹き込むだけです」とウォグルバグが感心して言いました。
「待って、僕のほうきは?」とジャックが言いました。
「何に使うんだい?」とかかしが聞きます。
「しっぽにするんだよ。これがないと完成とはいえないよ。」
「ふむ、しっぽなんていらない気がするけど」とブリキの木こりは言いました。「僕らは獣でも魚でも鳥でもない。ただ空を飛んでくれれば十分さ。」
「でも空を飛ぶなら、鳥みたいにしっぽでかじ取りできるかもしれないよ」とかかしが提案しました。
「よし、それならしっぽにしよう」とニックが言って、ほうきを後ろにしっかりくくりつけました。
チップはこしょう入れを取り出しました。
「大きすぎて、全部に命の粉が行き渡るかわからないけど、やるだけやってみるよ。」
「翼に多めにふりかけて」とニックが言います。「一番大事だから。」
「頭も忘れずに!」とウォグルバグ。
「しっぽもだよ!」とジャックも加えます。
「静かにしてくれ、ちゃんと魔法の呪文を唱えなきゃいけないんだから!」とチップは神経質に言いました。
彼はまず四枚の葉に粉をふりかけ、それからソファ、ほうきにも軽くふりかけました。
「頭を忘れないで! 頭だよ!」とウォグルバグは興奮して叫びます。
「もう残りはほんの少しだけ」とチップは箱をのぞき込みます。「でも、足より頭が大事だよね。」
「もちろん。何ごとにも頭が必要さ。空を飛ぶものだから、足は生きてなくてもかまわないよ」とかかしが決めました。
そこでチップは最後の粉をガンプの頭にふりかけました。
「さあ、静かにして、呪文を唱えるよ!」
チップはモンビが唱えていたのを覚えている三つの呪文の言葉と、特別な手の動きをまねして唱えました。
それはとても厳かで、感動的な儀式でした。
呪文が終わると、巨大な“それ”全体がブルブルと身震いし、ガンプの頭があの動物特有の叫び声をあげ、四枚の翼が猛スピードでばたばたと動きはじめました。
チップはとっさに煙突につかまりました。さもなければ翼の風で屋上から吹き飛ばされそうだったからです。かかしは体が軽いので風に巻き上げられて空に浮かび、チップが足をつかんでやっと引きとめました。ウォグルバグは屋上にぺたんとへばりついて難を逃れ、ブリキの木こりは重みで体が固定されていたので、ジャックをしっかり抱きかかえて守りました。ノコギリ馬はひっくり返り、足をぱたぱたさせていました。
みんなが必死で体勢を立て直していると、その“もの”はゆっくりと屋上から空に舞い上がりました。
「戻ってきて!」とチップは煙突と、もう一方の手でかかしをつかみながら叫びました。「戻ってきなさい、命じるぞ!」
ここで、かかしが頭に命を吹き込ませた知恵が正しかったことが証明されました。すでに空高く舞い上がっていたガンプは、チップの命令で頭をくるりと向け、ゆっくり屋上を見下ろしました。
「戻ってこい!」とチップがもう一度叫ぶと、
ガンプは四枚の翼をゆっくりと操って、ふたたび屋上に降りてきて、ぴたりと止まりました。
カケスの巣の中で
「これは……」とガンプは、自分の大きな体に似合わぬ甲高い声で言いました。「生まれて初めての経験だよ。最後にはっきり覚えているのは、森の中を歩いていて大きな音がしたことだ。きっとそのとき死んだんだろう。そして、これが本当に終わりのはずだった。でも今、僕はまた生きていて、しかも四枚もばかでかい翼と、動物か鳥かもわからない恥ずかしい体を持ってる。これはどういうこと? 僕はガンプなのか、それとも何かの怪物なのか?」ガンプはしゃべりながら、あごひげをおかしそうに動かしました。
「君はただの“もの”だよ」とチップが答えました。「ガンプの頭をつけてる。僕たちが作って、命を吹き込んだのは、空を飛んでどこにでも連れていってほしいからなんだ。」
「なるほど!」と“もの”が言いました。「僕はもうガンプじゃないから、ガンプの誇りも独立心も持てないね。だったら、君たちの僕(しもべ)になるしかない。僕の救いは、あんまり体が丈夫そうじゃないから、長く奴隷でいることもなさそうだってことだ。」
「そんなこと言わないでおくれ!」とブリキの木こりは心配そうに言いました。「どこか具合が悪いのかい?」
「いや、まだ生まれて一日目だから、元気かどうかも判断できないんだよ」とガンプはほうきのしっぽをゆらゆら振りました。
「さあさあ」とかかしはやさしく言いました。「もっと元気を出して、人生を楽しもうじゃないか。僕たちは親切な主人になるし、できるだけ君の暮らしを楽しくしてあげるよ。僕たちを空を通ってどこへでも運んでくれるかい?」
「もちろん」とガンプは答えました。「僕は地上を歩くより空を航(わた)るほうがずっといい。地上でガンプの仲間に会ったら、きっと恥ずかしくてたまらないから!」
「それはよくわかるよ」とブリキの木こりも同情します。
「でもね、君たちをよく見てみると、誰も僕より芸術的にできてるとは思えないな」とガンプは続けました。
「見た目はあてにならないよ」とウォグルバグが熱心に言いました。「私は拡大博士で、しかも高等教育を受けているんだから。」
「へえ」とガンプは興味なさそうにうなずきました。
「僕の頭脳は、とても珍しいものなんだよ」とかかしは誇らしげに付け加えます。
「また不思議な話だね」とガンプは言いました。
「私はブリキだけど、世界一あたたかくて立派な心を持っているんだ」と木こりは言いました。
「それはうれしいことだね」とガンプは軽く咳をして答えました。
「僕の笑顔も一見の価値があるよ。いつだって同じなんだ」とジャック・パンプキンヘッドも言いました。
「セムペル・イデム[訳注:ラテン語で“いつも同じ”の意]」と、ウォグルバグ拡大博士が得意げに説明しました。ガンプはくるりと振り向いて博士をじっと見つめます。
「それに、私は」とノコギリ馬が気まずい沈黙を埋めるように言いました。「どうしようもないからこそ、特別なんです。」
「これほど並外れたご主人たちにお会いできて、本当に光栄です」とガンプは気のない口調で言いました。「もし自分自身にここまで完璧な紹介ができたなら、もうそれ以上望むことはありません。」
「それはそのうち分かりますよ」と、かかしが答えました。「“汝自身を知れ”というのは大変な偉業で、私たち年長者でも完成させるのに何か月もかかったくらいです。さて」と、彼は他のみんなのほうを向いて言いました。「さあ、乗り込んで旅を始めましょう。」
「どこへ行きましょう?」とチップが、ソファに登ってジャック・パンプキンヘッドを手伝いながら尋ねました。
「南の国にはとても素晴らしい女王様、善良なグリンダ様が治めておられます。きっと私たちを喜んで迎えてくださるでしょう」と、かかしはちょっとぎこちなく“あのモノ”に乗り込みながら言いました。「彼女のもとに行き、助言をいただきましょう。」
「それは名案だ!」とブリキの木こりが言い、ウォグルバグ博士を押し上げ、ノコギリ馬をクッションの後ろにどさりと倒し込みながら続けました。「私は善良なグリンダを知っているが、必ずや私たちの味方になってくれるだろう。」
「みんな準備はいい?」と少年が尋ねました。
「よし!」とブリキの木こりが、かかしの隣に腰かけながら答えました。
「それなら」とチップはガンプに向かって言いました。「どうか南へ飛んでください。ただし、家や木々をよけるくらいの高さにしてください。あまり高く飛ぶと目が回ってしまいますから。」
「分かった」とガンプは短く返事をしました。
ガンプは四枚の大きな翼をばたばたと動かし、ゆっくりと空へ舞い上がりました。冒険者の小さな一団はソファの背や側面にしっかりしがみついて、ガンプは南を向き、すばやく堂々と飛び去ってゆきました。
「この高さから見る景色は、なんとも素晴らしいものですね」と、教養あるウォグルバグが乗りながら感想を述べました。
「景色はいいから、しっかりつかまって!」と、かかしが言いました。「落っこちたら大変だよ。このモノはかなり揺れるみたいだ。」
「もうすぐ暗くなる」とチップが、太陽が地平線近くにあるのを見て言いました。「朝まで待てばよかったかも。ガンプは夜でも飛べるのかな?」
「それは、私も気になっていた」とガンプが静かに答えました。「ほら、これは私にとって初めてのことなんだ。前は脚があって、地面の上をすばやく走れた。でも今は、その脚がしびれてるような感じでね。」
「脚は本当にしびれてるよ」とチップが言いました。「だって命を吹き込んでないから。」
「君は飛ぶことを期待されてるんだ」と、かかしが説明します。「歩くのは、僕ら自身でできるからね。」
「僕らが歩けばいいんだ」とウォグルバグが言いました。
「なるほど、みんなの求めていることが分かってきたよ」とガンプが言い、「みんなを満足させるよう頑張るよ」としばらく静かに飛び続けました。
そのうち、ジャック・パンプキンヘッドがそわそわし始めました。
「空を飛んでると、カボチャが傷むんじゃないかな?」と彼は言いました。
「うっかり頭を外に落とさない限り大丈夫だよ」とウォグルバグが答えました。「もしそんなことがあれば、君の頭はもうカボチャじゃなくて、ペチャンコのカボチャになっちゃうね。」
「その冷たい冗談はやめてくれって、言わなかったっけ?」とチップがウォグルバグを厳しい表情で見つめました。
「言われましたとも。たくさん我慢していますよ」と昆虫博士は返しました。「でも、うちの言葉には素晴らしい駄洒落が山ほどあるんです。教養のある私にとって、それを言いたい誘惑に抗うのはほとんど不可能です。」
「何百年も前から、多少なりとも学のある人々が、その駄洒落を発見していますよ」とチップ。
「本当ですか?」とウォグルバグがぎょっとした顔で尋ねました。
「当たり前じゃないか」と少年。「教養のあるウォグルバグは珍しいかもしれないけど、ウォグルバグの教養なんて、君の振る舞いから察するに、山ほど古いものさ。」
この言葉に昆虫博士はすっかり感心した様子で、しばらくおとなしくしていました。
かかしは座る場所を変えながら、チップが投げ捨ててあった胡椒箱に目を止め、じっくり調べ始めました。
「捨てちゃってよ」と少年が言いました。「もう中身は空っぽだし、持ってても意味ないよ。」
「本当に空っぽなのか?」とかかしが箱の中をのぞき込みました。
「もちろんさ」とチップ。「粉は全部振り出したよ。」
「じゃあ、この箱には底が二つあるよ」とかかしが言いました。「内側の底が、外側の底から一インチも離れているぞ。」
「見せて」とブリキの木こりが友人から箱を受け取って見ました。「本当だ、これは間違いなく偽底だ。さて、何のためだろう?」
「バラせば分かるんじゃない?」とチップも興味津々になって尋ねました。
「なるほど、下の底はねじで外せる」とブリキの木こり。「僕の指はちょっと固くてね、君、開けてくれないか?」
ブリキの木こりは胡椒箱をチップに渡し、チップは簡単に底を外しました。すると、その隙間に銀色の薬が三粒、そしてその下には丁寧に折りたたまれた紙がありました。
チップは薬をこぼさぬよう気をつけながら紙を広げると、赤いインクでいくつかの文がはっきりと書かれていました。
「声に出して読んでくれ」とかかしが言い、チップは読み上げました。
「ニキディク博士の有名な願いごと薬
《使用法》 一粒を飲み込み、2ずつ数えて17まで数える。そのあとで願いごとを言うこと。すぐに願いがかなう。
注意:乾燥した暗い場所で保存すること。」
「なんて素晴らしい発見なんだ!」とかかしが叫びました。
「本当にそうだね」とチップは真剣な顔で答えました。「この薬はきっと僕たちの役に立つよ。あのモンビが、この胡椒箱の底に薬があるって知ってたのかなあ。彼女がこのニキディクから命の粉を手に入れたって話は覚えてるけど。」
「きっとすごい魔法使いなんだ!」とブリキの木こりが叫びました。「粉がうまくいったんだから、この薬にも自信を持っていいはずだ。」
「でも」とかかしが尋ねました。「2ずつ数えて17まで……って、どうやるんだ? 17は奇数だよ。」
「その通りだ」とチップはがっかりして答えました。「誰にも2ずつ数えて17までなんてできっこないよ。」
「じゃあ、この薬は僕たちには使えないってこと? それは悲しすぎるよ……」とパンプキンヘッドは嘆きました。「僕は、頭が絶対に傷まないよう願おうと思ってたのに。」
「ばかばかしい!」とかかしが鋭く言いました。「もしこの薬が使えるなら、もっと良い願い事ができるはずさ。」
「これ以上いい願いなんて思いつかないよ」とジャックは主張します。「カボチャがいつ傷むか分からないんだもの、心配にもなるさ。」
「僕としては、君の気持ちに本当に共感するよ」とブリキの木こりも言いました。「でも2ずつ数えて17までいけないんなら、共感しかできないね。」
そのころにはすっかり夜になり、旅人たちの頭上には分厚い雲が立ち込め、月の光も届かなくなっていました。
ガンプはとにかくまっすぐ飛び続け、なぜかソファの胴体は時間が経つごとにどんどん揺れがひどくなってきました。
ウォグルバグは「船酔いだ!」と訴え、チップも青ざめて気分が悪そうです。でも他のみんなはソファの背にしっかりつかまり、振り落とされさえしなければ平気そうでした。
夜はどんどん暗くなり、ガンプは黒い空を突き進みました。旅人たちはお互いの顔も見えず、重苦しい沈黙が降りてきました。
しばらくして、深く考え込んでいたチップが口を開きました。
「どうしたらグリンダ様の宮殿に着いたと分かるんだろう?」と彼は尋ねました。
「グリンダの宮殿までは遠い旅だ」とブリキの木こりが答えました。「僕はその道を行ったことがある。」
「でも、ガンプがどれくらい速く飛んでるか分からないじゃないか」と少年は食い下がります。「地上のものは何一つ見えないし、朝になる前に目的地を通り過ぎてしまうかも。」
「確かにその通りだ」とかかしは少し不安そうに答えました。「でも今は停まるに停まれないね。川の上や尖塔のてっぺんに着地しちゃったりしたら大変だ。」
仕方なく、ガンプに翼をばたつかせて飛び続けてもらい、朝をじっと待つことにしました。
やがてチップの心配が的中したことが分かりました。夜明けの薄明かりの中、ソファのふちから下を見ると、見知らぬ平原が広がり、奇妙な村々が点在しています。それらの家は、オズの国の家のような丸屋根ではなく、みんな屋根が中央で尖った斜め屋根。見たこともない動物たちもあちこちをうろついています。ブリキの木こりも、かかしも、かつてグリンダの領地を訪れたことがありましたが、この景色にはまったく見覚えがありませんでした。
「迷子になったぞ!」とかかしは悲しげに言いました。「ガンプが僕たちをオズの国から砂漠の向こう、ドロシーが話していた怖ろしい外の世界まで運んできてしまったんだ。」
「戻らなくちゃ!」とブリキの木こりが真剣な口調で叫びました。「できるだけ早く戻ろう!」
「引き返して!」とチップがガンプに叫びました。「できるだけ早く向きを変えて!」
「今やるとひっくり返ってしまう」とガンプは答えました。「僕はまだ飛ぶのに慣れてないし、このままどこかに降りてから向きを変えて、もう一度やり直すのが一番だよ。」
けれどもその時、ちょうどよい着地点はどこにも見つかりませんでした。一行はウォグルバグが「これはもう町だ!」と言うほど大きな村を通り過ぎ、やがて深い谷や切り立った崖のある高い山脈に達しました。
「今が降りるチャンスだ」と少年は言い、山の頂にかなり近づいているのを確かめてからガンプに命じました。「見つけた最初の平らな場所に降りて!」
「分かった」とガンプが答え、二つの崖の間にある岩のテーブルのような場所へ下りようとしました。
ところが、経験不足のガンプは速度をうまく調整できず、平らな岩の半分も外れてしまい、鋭い岩角に右の翼を二枚ともぶつけて折ってしまいました。そのまま体ごとくるくる回転して崖を転げ落ちていきました。
仲間たちはソファに必死につかまっていましたが、ガンプが突き出た岩に引っかかって“あのモノ”が急停止したとき、みんなひっくり返って真下に投げ出されてしまいました。
幸運なことに、落ちたのはほんの数フィート。彼らの下には、カケスの群れが岩棚のくぼみに作った巨大な巣があったのです。だから、パンプキンヘッドでさえも、誰一人傷つくことはありませんでした。ジャックは自慢の頭がかかしの柔らかい胸に乗っていたので、素晴らしいクッションになりましたし、チップも葉っぱや紙くずの山に落ちて無傷でした。ウォグルバグはノコギリ馬の丸い背中に頭をぶつけましたが、ほんの少し驚いただけで済みました。
ブリキの木こりは最初は大いに心配しましたが、無傷なことが分かると、いつもの明るさをすぐに取り戻し、仲間に話しかけました。
「旅がちょっと急に終わっちゃったね。でも、今回の事故はガンプのせいじゃないよ。この状況でできるかぎり頑張ってくれたんだから。それより、この巣からどうやって脱出するか……僕の頭じゃ分からないから、もっと賢い人に任せたいね。」
そう言って彼はかかしを見つめました。かかしは巣の縁まで這って行き、下をじっと見下ろします。すぐ下には何百フィートもある絶壁。上には、ガンプの壊れた体がまだソファごと岩の先に引っかかっています。逃げ道はまったくなさそうで、自分たちのどうしようもなさに、みんなは茫然としました。
「お城よりも、こっちのほうがよっぽど牢屋だよ」とウォグルバグが悲しげに言いました。
「お城にいたほうがよかったなぁ」とジャックも嘆きます。「山の空気はカボチャにはよくないんだ。」
「カケスが戻ってきたら、もっと悪くなるぞ」とノコギリ馬が、起き上がろうと足をばたつかせながらつぶやきました。「カケスはカボチャが大好物だからな。」
「鳥たち、ここに戻ってくるのかな?」とジャックが不安そうに尋ねました。
「もちろんさ」とチップ。「ここは彼らの巣だからね。しかも、これだけいろんな物が集まってるんだ。きっと何百羽もいるよ。」
実際、巣の中は鳥たちが何年もかけて人間の家から盗んできた、小さな品々で半分埋まっていました。カケスたちが役立てるはずもない不思議なものばかりです。そして、人間の誰も手の届かないこの場所では、盗まれた物が元に戻ることは決してありません。
ウォグルバグはガラクタを漁っているうちに、美しいダイヤのネックレスを足で蹴り上げました。それを見たブリキの木こりは大喜びで、ウォグルバグは丁寧な言葉を添えて彼に贈りました。木こりはネックレスを首にかけ、宝石が太陽の光できらきら輝くのを見て大いに喜びました。
そのとき、バサバサという大きな羽音とわめき声が聞こえてきます。音が近づくにつれ、チップは叫びました。
「カケスたちが戻ってくる! ここで見つかったら、きっと怒って僕たちを殺しちゃうよ。」
「やっぱり来たか!」とパンプキンヘッドは泣きます。「僕の最期だ!」
「僕もだよ!」とウォグルバグ。「カケスは僕たちの天敵だからね。」
他の仲間たちは全く怖がっていませんが、かかしだけは、鳥に傷つけられそうな仲間を守ろうと決めました。まずチップに、ジャックの頭を外して巣の底で一緒に横になるよう命じます。そしてウォグルバグにも隣で横になるように指示しました。ブリキの木こりは、かかしの体を(頭だけを残して)分解し、藁をチップとウォグルバグの上にまんべんなくかぶせて隠してしまいました。
それが終わるか終わらないかのうちに、カケスの群れが押し寄せてきました。巣に見知らぬ侵入者を見つけた鳥たちは、怒り狂って飛びかかってきたのです。
ニキディク博士の有名な願いごと薬
ブリキの木こりはふだんは穏やかな人ですが、いざというときにはローマの剣闘士にも負けない勇ましさを発揮します。だから、カケスたちが羽で彼を押し倒しそうになり、鋭いくちばしや爪で美しいボディを傷つけようとしてきたとき、木こりは斧を振り回して応戦しました。
何羽もの鳥はこれで撃退されましたが、相手はとても多く、また勇敢だったので、攻撃の手を緩めません。一部のカケスは巣の上にぶら下がっているガンプの目をつつきましたが、ガンプの目はガラス製で傷つくことはありません。別の鳥たちはノコギリ馬に飛びかかりましたが、ノコギリ馬もまだ仰向けのまま、木の脚を激しく蹴って多くの敵を追い払いました。
力づくで太刀打ちできないと悟ると、カケスたちは今度は巣の中心にあるかかしの藁に飛びかかり、チップやウォグルバグやジャックの頭を覆っていた藁をちぎり取っては、ひと筋ずつ大きな谷底に落としていきました。
かかしの頭は内臓の藁がどんどん運び去られるのを見て悲鳴を上げ、ブリキの木こりに助けを求めました。すると良き友人の木こりはさらに斧を激しく振るいました。そして、ガンプも残った左の翼をめちゃくちゃに羽ばたき始めたのです。この大きな羽音にカケスたちは恐れをなし、ガンプが岩の先から巣に転げ落ちてきたときには、パニックになって山の向こうへと逃げていきました。
最後の敵が消えると、チップはソファの下から這い出し、ウォグルバグも助け起こしました。
「助かったぞ!」と少年は大喜びで叫びます。
「まったく助かりました!」とウォグルバグも、喜びのあまりガンプの固い頭を抱えそうになりながら言いました。「ガンプの羽ばたきと、木こりの斧のおかげです!」
「その通りさ。じゃあ、僕をここから出しておくれ!」とジャックがソファの下から呼びます。チップはかぼちゃの頭を転がして元の首に戻し、ノコギリ馬もちゃんと立たせてやりました。
「君の勇敢な戦いには感謝しきれないよ」と彼はノコギリ馬に言いました。
「本当にうまく切り抜けたと思う」とブリキの木こりが誇らしげに言いました。
「そうでもないぞ!」と、どこか虚ろな声がしました。
みんなは驚いてかかしの頭を見ました。それは巣の奥に転がっています。
「私はすっかりだめになってしまった!」とかかしはみんなの驚きを見ながら言いました。「だって、私の体を詰めていた藁はどこに行ったの?」
みんなはぞっとして巣の中を見回しましたが、藁は一本残らず持っていかれていました。カケスたちはすべてを谷底に投げ捨ててしまったのです。
「かわいそうな、僕の友よ!」とブリキの木こりは、かかしの頭を優しく抱き上げてなでました。「こんな無念な最期を迎えるなんて、誰が想像しただろう?」
「仲間を救うためだったんだ」と頭だけのかかしが答えました。「だから、こんなりっぱで利他的な最期を迎えられたことを、私はうれしく思うよ。」
「でも、そんなに落ち込むことはないじゃないか」とウォグルバグが言いました。「かかしの服は無事だよ。」
「そうなんだが」とブリキの木こり。「でも服だけじゃ用をなさない。」
「お金で詰めてみたら?」とチップが提案しました。
「お金!?」みんなは一斉に驚きの声を上げます。
「そうさ」と少年。「巣の底には一ドル札も、二ドル札も、五ドル札も、十ドル、二十ドル、五十ドル札も山ほどある。かかしが十二人は詰められるくらいあるんだ。使わない手はないよ。」
ブリキの木こりは斧の柄でガラクタをかき分け始めましたが、最初は無価値と思った紙切れが、実際は色々な金額のお札で、カケスたちが長年かけて村や町から盗んできたものだと分かりました。
まさに巨大な財宝が手の届かない巣に眠っていたのです。かかしも同意したので、チップの提案はすぐに実行されました。
一番新しくてきれいなお札を選んで山分けし、かかしの左脚と靴には五ドル札、右脚には十ドル札、胴体には五十ドル札や百ドル札、千ドル札をぎっしり詰め込まれ、上着のボタンが閉まらないほどになりました。
「これで君は」とウォグルバグが厳かな口調で言いました。「僕たちの仲間の中で一番価値ある存在となったわけだ。しかも君は信頼できる友人に囲まれているから、使い込まれる心配もないよ。」
「ありがとう」とかかしは感謝して答えました。「まるで新しい自分になったみたいだ。見た目はまるで金庫室みたいかもしれないが、中身の脳みそは昔のままだ。そのおかげで、今までだって非常時には頼りにされてきたのさ。」
「さて、非常時は今だよ」とチップが言います。「君の頭脳でなんとかしないと、僕たちはこの巣で一生を過ごすことになっちゃう。」
「願いごと薬はどうだ?」とかかしが、上着のポケットから箱を取り出して言いました。「これで逃げられないか?」
「2ずつ数えて17までいけないと無理だよ」とブリキの木こり。「でも、ウォグルバグ博士は教養があるんだから、なんとかできるんじゃないか?」
「勉強の問題じゃないさ」と昆虫博士は答えました。「これは数学の問題だ。教授が黒板でいろんな計算をやってたけど、xやyやaにプラスやマイナスを混ぜれば何でもできるって言ってた。でも、奇数の17まで2ずつ数えるなんて、聞いたことがない。」
「もうやめてくれ!」とパンプキンヘッドが叫びます。「頭が痛くなってきた。」
「僕もだよ」とかかし。「君の数学はまるで漬物の瓶みたいなものだ。ほしいものを探しても、なかなか見つからない。もしできるとしたら、もっとシンプルな方法があるはずだ。」
「そうだね」とチップも言いました。「モンビばあさんはxやマイナスなんて使えないだろうし、学校にも行ってないし。」
「最初に半分から数え始めたらどうだ?」とノコギリ馬が唐突に言いました。「そうすれば、2ずつ数えて17にたどり着くのは簡単だろう。」
みんなびっくりして顔を見合わせました。ノコギリ馬は誰よりも愚かだと思われていたのです。
「君のおかげで自分が恥ずかしいよ」とかかしはノコギリ馬に深々と頭を下げました。
「でも、動物の言う通りだ」とウォグルバグが宣言しました。「1/2を2倍すれば1になるし、1から先は2ずつ数えて17まで行ける。」
「自分で思いつかなかったのが不思議だよ」とパンプキンヘッドが言いました。
「僕は不思議でもなんでもないよ」とかかし。「君は僕たちと同じくらい賢くないんだから。でも、さっそく願いごとをしよう。誰が最初に薬を飲む?」
「君がやってみれば?」とチップが提案しました。
「無理だよ」とかかし。
「どうして? 口はあるだろう?」と少年。
「あるけど、それは描かれてるだけで、飲み込むものがつながっていないんだ」とかかし。「それに」とみんなをじろじろ見て言いました。「どうやらこの中で薬を飲み込めるのは、君とウォグルバグ博士だけみたいだ。」
なるほど、とチップは納得し、「じゃあ僕がやってみるよ。銀の薬を一粒ちょうだい。」
かかしは渡そうとしますが、綿の手袋では小さな薬はつかめません。箱をチップに差し出し、チップは一粒選んで飲み込みました。
「数えて!」とかかしが叫びます。
「半分、1、3、5、7、9、11、13、15、17。」
「じゃあ、願いごとを!」とブリキの木こりがいそいそと促します。
ところがちょうどそのとき、チップはものすごい痛みに襲われ、叫びました。
「この薬、毒だよ! うううう、痛い! 殺される! 火事だ! うわあ!」と言って、巣の底をころげ回り、みんなをひどく驚かせました。
「どうしたらいい、言ってくれ!」とブリキの木こりが涙をぽろぽろ流しながら叫びます。
「わ、わからないよ! ああ、飲まなきゃよかった!」
すると、たちまち痛みは止み、少年は立ち上がりました。かかしは胡椒箱の口を見て仰天しています。
「どうしたの?」と少年が、さっきの騒ぎをちょっぴり恥ずかしそうに聞きました。
「なんと、薬がまた三粒とも箱の中に戻っている!」とかかしが言います。
「当然さ」とウォグルバグ博士。「チップは“飲まなきゃよかった”と願っただろう? 願いが叶ったってことは、飲まなかったってこと。だから薬は三粒残ってるのさ。」
「でも、やっぱり痛かったよ」と少年。
「そんなはずはない!」とウォグルバグ。「飲んでないなら、痛みが出るわけない。願いが叶ったことで飲んでないと証明されたから、痛みもなかったはずだ。」
「じゃあ、あれはすごい真似っこの痛みだったんだな!」とチップは怒って言いました。「次は君が飲めよ。もう一つ無駄にしちゃったじゃないか。」
「そんなことないよ!」とかかしが抗議します。「まだ三粒とも残ってるし、どれもちゃんと願いごとに使える。」
「今度は僕の頭が痛くなってきたよ」とチップ。「もう分からないや。でも、絶対にもう飲まないから!」と、むっつりしながら巣の奥に引っ込んでしまいました。
「じゃあ、私がお手本を見せよう」とウォグルバグが言いました。「私は高く拡大され、徹底的に教育を受けた者として、みんなを救わねばならないみたいだし。」
ウォグルバグはためらいもせず薬を一粒飲み込み、みんなはその勇気に感心して見守りました。博士もチップと同じように2ずつ数えて17まで数えましたが、どういうわけか博士には全く痛みがありません。
「ガンプの壊れた翼が元通りになりますように!」とウォグルバグは堂々と願いました。
みんなが振り返ってガンプを見たときには、もうすっかり修理され、空を自由に飛べる元気な姿に戻っていました。
かかし、善良なグリンダに願いをかける
「やったぞ!」とかかしは陽気に叫びました。「これで、こんなカケスの巣からいつでも出られるぞ!」
「でも、もうすぐ暗くなるし、今夜のうちに飛ぶとまたトラブルになるかもしれない。夜の旅は好きじゃないよ。何が起きるか分からないから」とブリキの木こり。
そこで、朝まで待つことに決め、夕暮れの間はカケスの巣で宝探しをして遊びました。
ウォグルバグは金細工のすてきなブレスレットを二つ見つけ、細い腕にぴったりでした。かかしは指輪が気に入り、巣にたくさんあったので両手の指すべてにはめ、さらに両親指にも一本ずつ足しました。しかも、ルビーやアメジスト、サファイアなど宝石がちりばめられた指輪ばかりを選んだので、かかしの手はきらきらとまぶしく輝きました。
「この巣はジンジャー将軍のピクニック会場になるだろうな」と彼は独りごちました。「あの娘たちが都を征服したのは、エメラルドを奪うためだったんだ。」
ブリキの木こりはダイヤのネックレスだけで満足し、他の飾りは要らないと言いましたが、チップは立派な金時計と太い鎖を手に入れてポケットにしまい、ジャック・パンプキンヘッドのベストにはいくつものブローチを留め、ノコギリ馬の首には細い鎖でぶらさがった片眼鏡(ルーペ)をつけました。
「きれいだな」とノコギリ馬は満足げにルーペを眺めました。「でも、これは何に使うんだ?」
けれども、誰もそれには答えられなかったので、ノコギリ馬は珍しい飾りだと思って大切にしました。
みんながもれなく楽しめるよう、ガンプの角の先にもいくつか大きな印章指輪をはめましたが、本人はあまりうれしそうではありません。
やがて暗くなり、チップとウォグルバグは眠り、他のみんなは静かに夜明けを待ちました。
翌朝、ガンプがちゃんと使える状態であることは本当にありがたいとみんな思いました。なぜなら、夜明けとともに、たくさんのカケスが巣を取り戻そうと大群で押し寄せてきたからです。
しかし冒険者たちは、戦いを待つことなく、できるだけ早くソファのクッション席に飛び乗りました。チップが出発の合図を出すと、ガンプはすぐに力強く羽ばたいて空へと舞い上がり、あっという間に巣から遠く離れ、カケスたちも追いかける気をなくしてしまいました。
“あのモノ”はもと来た北へのルートを取って飛びました。少なくとも、それがかかしの意見で、みんなもかかしが一番方角に詳しいと信じていました。いくつかの町や村を越えていくうち、一行はやがて広い平原の上空へ出て、家々もまばらになり、ついにはまったく見えなくなりました。次に見えたのは、オズの国を他の世界と隔てる広大な砂漠です。昼前には、丸屋根の家々が見え始め、我が家の国境内に戻った証拠となりました。
「でも、家も柵も青いぞ」とブリキの木こりが言いました。「それならここはマンチキンの国。グリンダ様のところからは遠い。」
「どうしよう?」と少年が道案内役に尋ねます。
「僕にも分からない」とかかしは正直に答えました。「エメラルドの都にいれば、まっすぐ南に進めばいいけど、都に行くわけにはいかないし、ガンプは翼をばたつかせるたびにますます遠ざけているかもしれない。」
「じゃあ、ウォグルバグ博士がまた薬を飲んで、正しい方角に向かうよう願ってもらおう」とチップはきっぱり言いました。
「いいでしょう」と博士は快諾しました。
けれども、かかしがポケットを探しても、銀色の願いごと薬の入った胡椒箱は見つかりません。心配になった一行は“あのモノ”の中を隅々まで探しますが、箱は跡形もなく消えていました。
ガンプはどこへ運んでいくのか分からないまま、空を進み続けました。
「胡椒箱、カケスの巣に忘れてきたんだと思う」と、かかしがようやく口にしました。
「それは大変な損失だ」とブリキの木こり。「でも、薬を見つける前と同じ状況には違いない。」
「でも、1つ使ったおかげで、あんなひどい巣から脱出できたじゃないか」とチップ。
「それでも、残り2つをなくしたのは痛い。僕の不注意だ」とかかしも反省します。「こんな変わった一団なんだから、いつ何が起きてもおかしくないし、今もどんな危険が待っているか分からない。」
誰もそれに反論できず、重苦しい沈黙だけが広がりました。
ガンプはじっと飛び続けます。
突然チップが「南の国に着いたみたい!」と驚きの声を上げました。「だって、下はみんな赤い!」
みんなもソファの背から身を乗り出して下を見ました(ジャックだけは大切なカボチャ頭が外れるのを恐れて顔を出しません)。確かに、赤い家や柵、木々が見えます。それは善良なグリンダの領地の証しでした。さらに、ガンプがどんどん飛んでいくと、ブリキの木こりが知っている道や建物が現れ、ガンプの進路をわずかに調整して、魔法使いとして名高いグリンダ様の宮殿を目指しました。
「やった!」と、かかしは喜びます。「もう願いごと薬はいらない、目的地に着いたんだから!」
“あのモノ”はだんだんと降下し、やがてグリンダ様の美しい庭園の中、きらめく宝石の噴水のそば、ふかふかの緑の芝生の上に静かに着地しました。噴水の水のかわりに輝く宝石が空高く舞い上がり、やさしい音を立てて彫刻された大理石の水盤に落ちていきます。
グリンダの庭園はどこもきらびやかで、冒険者たちは目を見張って周囲を見回しました。そのとき、兵士の一団がいつのまにか現れて彼らを取り囲みました。けれども、グリンダ様の兵士たちはジンジャー将軍の反乱軍とは全く違っていました。兵士たちも女の子でしたが、きちんとした制服を身につけ、剣や槍を持ち、行進もぴたりと揃って、武道の訓練が行き届いているのがよく分かりました。
この部隊の隊長は、グリンダ様の親衛隊のトップです。かかしとブリキの木こりをひと目で見分け、敬意をもって挨拶しました。
「ごきげんよう!」とかかしは帽子を取って丁寧に答え、ブリキの木こりは兵士らしく敬礼しました。「私たちは、あなたの美しい主君にお目にかかるために参りました。」
「グリンダ様は、今まさに宮殿でお待ちです」と隊長は答えました。「あなた方が来るのを、ずっと前から見ておられました。」
「それは不思議だな!」とチップは感心して言いました。
「そんなことはないよ」と、かかしが答えました。「善良なグリンダは偉大な魔法使いで、このオズの国で起こることは何ひとつ、彼女の目を逃れはしないのさ。きっと僕たちが来た理由も、僕たち自身と同じくらいよくご存じなんだろうね。」
「じゃあ、僕たちが来た意味はなかったんじゃないの?」と、ジャックがのんきに尋ねました。
「それは君がカボチャ頭だって証明するためさ!」とかかしが切り返しました。「でも、魔法使いが僕たちを待っているなら、いつまでもお待たせするわけにはいかないね。」
そこでみんなはソファから元気よく飛び降り、隊長のあとについて宮殿へと向かいました――ノコギリ馬までもが、この不思議な行列の一員として進みました。
きらびやかに作られた金の玉座には、善良なグリンダが座っていました。おかしな訪問者たちが部屋に入って彼女にお辞儀をすると、グリンダは思わず微笑みをこらえきれませんでした。かかしとブリキの木こりのことはよく知っていて大好きでしたが、不器用なパンプキンヘッドやウォグルバグ拡大博士は、今まで見たこともない生き物で、他の者たちよりもずっと珍妙に見えました。ノコギリ馬にいたっては、ただ動く木の塊にしか見えず、お辞儀をしようとして頭を床にぶつけ、その様子に兵士たちはくすくすと笑い声をもらし、グリンダまでつい笑ってしまいました。
「ご高名なるお方に謹んで申し上げます」と、かかしが厳かな声で話し始めました。「わがエメラルドの都が、編み針を手にした厚かましい娘たちの集団に占拠されてしまい、すべての男たちが奴隷となり、街や公共の建物からエメラルドの宝石を盗まれ、そして私の玉座まで乗っ取られてしまいました。」
「存じております」とグリンダは言いました。
「彼女たちは私のみならず、ここにいる親しい友人や同盟者たちをも滅ぼすと脅しました」と、かかしは続けました。「もし私たちがなんとか彼女たちの手から逃れなかったら、とっくの昔に命を落としていたことでしょう。」
「それも承知しております」と、グリンダは繰り返しました。
「だからこそ、私はあなたのお力をお借りしたくやってまいりました」と、かかしは話を進めました。「私はあなたが、困っている者や虐げられた者をいつも助けてくださる方だと信じております。」
「その通りです」と、魔法使いはゆっくり答えました。「ですが、今やエメラルドの都はジンジャー将軍によって支配され、女王と名乗っています。私に彼女へ敵対する権利があるのでしょうか?」
「だって、彼女は私から玉座を奪ったんですよ」と、かかしが言いました。
「では、あなたはどうして玉座を持つことになったのですか?」とグリンダが尋ねました。
「オズの魔法使いからもらったのです。それに、人々が私を選びました」と、かかしは質問に居心地悪そうに答えました。
「そのオズの魔法使いは、どこから玉座を手に入れたのですか?」と、グリンダはさらに尋ねました。
「彼はパストリア王――前の王様から奪ったと聞いています」と、かかしはグリンダの真剣な視線にたじろぎながら答えました。
「それなら」と、グリンダは宣言しました。「エメラルドの都の玉座は、あなたのものでもジンジャーのものでもなく、オズの魔法使いが奪ったパストリア王のものです。」
「その通りです」と、かかしは謙虚に認めました。「でも、パストリア王は今は亡くなっていますし、誰かがその代わりに治めなければなりません。」
「パストリアには娘がいました。その子こそがエメラルドの都の正当な後継者です。ご存じでしたか?」と、魔法使いが問いかけました。
「いいえ」と、かかしは答えました。「でも、その娘さんが生きているなら、私は邪魔をしません。ジンジャーが偽物だと追い出されれば、私自身が玉座を取り戻さなくても満足です。実を言うと、王様になるのはあまり楽しいことじゃありません、とくに頭が良いとね。実は、私はもっと偉い役職の方がふさわしいような気がしていたんです。でも、その娘さんはどこにいるのです? 名前は何ですか?」
「その名はオズマです」とグリンダは答えました。「でも、どこにいるのか、私はいくら探しても見つけられません。オズの魔法使いは、オズマ姫の父から玉座を奪ったとき、彼女をどこか秘密の場所に隠し、それも私にはわからない魔法で、誰にも発見されないようにしてしまったのです――私のような経験豊かな魔法使いにさえ。」
「それは奇妙ですね」と、ウォグルバグ博士が偉そうに口を挟みました。「私の聞いたところによれば、オズの素晴らしい魔法使いはただのペテン師だとか!」
「ばかばかしい!」とかかしはひどく腹を立てて叫びました。「彼が素晴らしい頭脳をくれたじゃないか!」
「僕のハートだって、決してペテンじゃなかったぞ」と、ブリキの木こりは怒った目でウォグルバグをにらみました。
「もしかしたら、私の情報が間違っていたのかもしれません」と、虫博士はうろたえながら後ずさりしました。「私は魔法使いには直接会ったことがありませんから。」
「でも僕たちは会ったよ」と、かかしが言い返しました。「あの人はとても偉大な魔法使いだったと保証するよ。たしかに、ちょっとしたごまかしもあったけど、偉大な魔法使いでなければ、どうやって――ちょっと聞くけど――オズマ姫をこんなにも上手に隠せたと思う?」
「……それは、私にはわかりません!」と、ウォグルバグはしおしおと答えました。
「今のが君の一番まともな発言だよ」と、ブリキの木こりが言いました。
「私はもう一度、この女の子がどこに隠されているのかを突き止める努力をしてみます」と、グリンダが考え込むように言いました。「私の図書室には、オズの魔法使いがこの国にいる間に起こしたすべての出来事を記録した本があります――少なくとも、私のスパイたちが観察できたことはすべて。その本を今夜よく読んで、手がかりになりそうな行動を探してみましょう。それまでの間は、私の宮殿でくつろぎ、召使いたちを自由に使ってください。明日またお会いしましょう。」
こうして、やさしい言葉でみんなを送り出したグリンダ。冒険者たちは美しい庭園をあちこち歩き回り、南の女王が宮殿を囲んで集めたすばらしいものを心ゆくまで楽しみました。
次の朝、みんなは再びグリンダの前に集まりました。彼女はこう言いました。
「私は魔法使いの行動記録をくまなく調べましたが、怪しいと思えることは三つしかありません。彼はナイフで豆を食べたこと、年老いたモンビを三度秘密裏に訪れたこと、そして左足を少し引きずっていたことです。」
「わあ! その最後はたしかに怪しい!」とジャック・パンプキンヘッドが叫びました。
「必ずしもそうじゃないよ」と、かかし。「たこがあったのかも。それより僕は、ナイフで豆を食べた方が怪しいと思うな。」
「もしかしたら、オマハ[訳注:オズの魔法使いの出身地]では、それが礼儀正しい習慣なのかもしれませんよ」と、ブリキの木こりが言いました。
「そうかもしれないね」と、かかしも認めました。
「でも、なぜ」とグリンダは尋ねました。「彼はモンビを三度も秘密裏に訪ねたのでしょう?」
「なぜでしょうね!」と、ウォグルバグ博士が大げさに繰り返しました。
「私たちは、魔法使いがこの老婆に自分の魔法の秘術をいくつも教えたことを知っています」と、グリンダは続けました。「それは、モンビが何らかの形で彼を助けたからでしょう。ですから私たちは、モンビがエメラルドの都の玉座の正当な継承者であるオズマ姫を隠す手助けをしたと、十分な理由をもって疑うことができます。もし人々がオズマ姫が生きていると知れば、すぐに彼女を女王にして本来の地位に戻したことでしょう。」
「見事な論理だ!」とかかしが叫びました。「モンビがこの悪事に関わっていたのは間違いない。でも、そのことが僕たちをどう助けるんだい?」
「私たちはモンビを見つけ、少女がどこに隠されているのか白状させなければなりません」とグリンダが答えました。
「モンビは今、ジンジャー女王とエメラルドの都にいます」とチップが言いました。「道中であれこれと邪魔をしてきたのもモンビでしたし、ジンジャーに僕たちを脅させて、僕をまたあの魔女の支配下に戻そうとしたのもそうでした。」
「それなら」グリンダは決意をこめて言いました。「私は軍隊を率いてエメラルドの都に行き、モンビを囚人にします。その後で、きっと彼女にオズマ姫の真実を話させることができるでしょう。」
「彼女は恐ろしいおばあさんです!」とチップはモンビの黒い大鍋を思い出して身震いしながら言いました。「しかも、とても頑固です。」
「私もかなり頑固ですよ」とグリンダはにっこり笑って答えました。「だからモンビなどまったく怖くありません。今日のうちに必要な準備を整え、明日の夜明けにはエメラルドの都へ向けて進軍しましょう。」
ブリキの木こりがバラをつむ
夜明け、グリンダの軍勢が宮殿の門前に集まったとき、その姿はとても立派で威厳がありました。少女兵士たちの制服は明るく美しく、銀の先端がきらきら光る槍の柄には真珠母がはめ込まれています。将校たちはどれも鋭い剣と、クジャクの羽根で縁取られた盾を持ち、こんな華やかな軍隊を打ち負かす敵などいないように思えました。
魔法使いは美しい輿に乗って進みました。それは馬車の車体のように、ドアや窓には絹のカーテンが掛かっていますが、車輪はなく、長く水平な棒が二本、十二人の召使いたちの肩に担がれていました。
かかしと仲間たちは、軍の速い行軍に遅れないようにガンプに乗ることにしました。グリンダが出発し、兵士たちが王宮楽団の奏でる勇ましい音楽に合わせて進み始めると、友人たちはソファに乗り込み、ガンプで後を追いました。ガンプは、魔法使いの輿の真上あたりをゆっくりと飛びました。
「気をつけて」とブリキの木こりが、かかしに声をかけました。かかしは身を乗り出して、下の軍隊を見ていました。「落ちるかもしれないよ。」
「大丈夫だよ」とウォグルバグ博士。「お金が詰まってる限り、壊れやしないさ。」
「前にも言ったろう」とチップがとがめるように言いました。
「言われましたとも!」とウォグルバグはすぐに返事をしました。「本当に申し訳ありません。今後は自制します。」
「その方がいい」と少年は言いました。「少なくとも僕たちと一緒にいたいならね。」
「おお、今さら君たちと離れるなんて、僕には耐えられません」と虫博士がしみじみと言い、チップはもう何も言いませんでした。
軍隊は黙々と進みましたが、日が暮れてからようやくエメラルドの都の城壁にたどりつきました。新月のかすかな明かりの下、グリンダの軍勢は静かに都を取り囲み、緑の芝生の上に赤い絹の天幕を張りました。魔法使いの天幕は他より大きく、純白の絹でできていて、赤い旗がたなびいていました。かかし一行のための天幕も張られ、すべての準備が軍隊らしい手際と素早さで整うと、人々は休息に入りました。
翌朝、女王ジンジャーは、自分たちを取り囲む大軍の報告を聞いてびっくりしました。すぐに王宮の高い塔に昇ると、四方八方に旗がはためき、グリンダの大きな白い天幕が門の正面に立っているのが見えました。
「もうおしまいだわ!」とジンジャーは絶望して叫びました。「編み針で、あの長い槍や恐ろしい剣に立ち向かえるわけがないもの。」
「すぐ降参した方がいいんじゃない?」と少女兵士の一人が言いました。「怪我しないうちに。」
「まだよ」とジンジャーは勇ましく答えます。「敵はまだ城壁の外にいるのだから、まずは話し合いで時間を稼ぐのよ。あなたは休戦の白旗を持ってグリンダの元へ行き、なんで私の領土に攻め込んできたのか、要求は何かをたずねてきてちょうだい。」
少女は白旗を掲げて城門を出て、グリンダの天幕へやってきました。「女王からの伝言です」と魔法使いに伝えます。「あなたの要求は何でしょう?」
「女王に伝えてください」とグリンダは答えました。「モンビを私の捕虜として引き渡すようにと。それをしてくれれば、これ以上あなた方を煩わせることはありません。」
その伝言を聞いた女王はがっくりしました。なぜならモンビは女王の最高の相談役で、しかも恐ろしい魔女だったからです。しかし彼女はモンビを呼び出して、グリンダの言葉を伝えました。
「みんなに災いが降りかかりそうだ」と、モンビはポケットの魔法の鏡をのぞき込みながらつぶやきました。「けれど、この魔法使いが自分を賢いと思っていても、私たちは何とかして彼女をだまして逃れることができるかもしれない。」
「あなたを引き渡した方が安全かしら?」と、ジンジャーは不安げに尋ねます。
「もしそうしたら、エメラルドの都の玉座を失うことになるよ!」と魔女はきっぱり答えました。「でも私の好きにさせてくれれば、二人とも簡単に助けてあげられる。」
「それなら、好きにしてちょうだい」とジンジャーは答えました。「だって女王でいるのはとっても貴族的だもの。もう二度と家に帰って、お母さんのためにベッドを直したりお皿を洗ったりしたくないわ。」
そこでモンビはジェリア・ジャムを呼び、自分の知っている魔法の儀式を使いました。その結果、ジェリアはモンビそっくりの姿になり、逆にモンビはまるでジェリアのように若くなりました。これで誰にも見分けがつきません。
「さあ」モンビは女王に言いました。「この娘をグリンダに引き渡すのよ。きっと本物のモンビだと思って、グリンダは自分の国に帰ってしまうでしょう。」
こうしてジェリアは、年老いた女のようによろよろ歩きながら城門を出て、グリンダの前に連れてこられました。
「あなたが望んだ者を連れてきました」と衛兵が言いました。「女王は、あなたが約束通り都を去ってくれることを願っています。」
「もちろんです」とグリンダは大いに満足して答えました。「本当にこの人が本人なら。」
「間違いなくモンビです」と衛兵は答え、すっかり本当だと思い込んでいました。そしてジンジャーの兵士たちは城門の中に戻っていきました。
魔法使いはすぐにかかしや仲間たちを天幕に呼び集め、「モンビ」だと思われる者にオズマ姫の行方を尋ねました。けれどもジェリアは全く何も知らないので、次第に不安になり、とうとう泣き出してしまいました。それにはグリンダも大いに驚きました。
「これは何かのまやかしね!」とグリンダは怒りで目を輝かせて言いました。「この人はモンビじゃない、誰かが魔法で似せたのよ! あなたの名前を言いなさい!」
ジェリアは、もし正体を明かせば魔女に殺されると脅されていたので、名乗ることができませんでした。でも、オズの国で誰よりも魔法に詳しいグリンダは、すぐに呪文を唱えて不思議な仕草をすると、たちまち少女を元の姿に戻しました。同時に、ジンジャーの宮殿の遠く離れた場所にいた本物のモンビも、突然元のゆがんだ姿と醜い顔に戻ってしまいました。
「まあ、ジェリア・ジャムじゃないか!」とかかしは、懐かしい友人を見つけて叫びました。
「ぼくらの通訳だ!」とジャック・パンプキンヘッドも嬉しそうに言いました。
こうしてジェリアは、モンビの仕掛けたまやかしの話を打ち明け、グリンダの保護を頼みました。魔法使いは快くそれを受け入れましたが、今度こそ本当に怒ってしまい、ジンジャーに使いを送りました。「まやかしは見抜いた。すぐに本物のモンビを引き渡さなければ、恐ろしい目に遭うぞ」と。
ジンジャーもこの伝言に備えていました。なぜなら、魔女は自分の正体が暴かれればグリンダに気づかれるとわかっていたからです。でも悪賢い魔女はまた新たな計略を考え出し、ジンジャーにも協力を約束させていました。そこで女王はグリンダの使いにこう伝えました。
「モンビはどこにも見当たりませんが、グリンダが自分で城内を探してもかまいません。お友だちも一緒で結構です。ただし、日没までにモンビが見つからなければ、魔法使いは大人しく都を去って、もう二度と私たちを煩わせないことを約束してください。」
グリンダはこの条件を受け入れました。モンビが城内のどこかに隠れていると確信していたからです。こうしてジンジャーは城門を開かせ、グリンダは兵士たちを引き連れて堂々と都に入りました。かかしやブリキの木こりたちも続き、ジャック・パンプキンヘッドはノコギリ馬にまたがり、ウォグルバグ博士は威厳たっぷりに後ろから歩いてきました。チップは魔法使いの横で歩き、グリンダは少年のことをとても気に入っていました。
もちろん、モンビはまさかグリンダに見つかるつもりなどありません。そこで仲間たちが町を行進している間、魔女は宮殿の庭に咲いた赤いバラに変身してしまいました。この計略はとても巧妙で、グリンダもさすがに気づきません。こうして、何時間も貴重な時間が、モンビ探しに無駄に費やされました。
夕暮れが近づくと、魔法使いは老練な魔女の機知に一杯食わされてしまったと悟り、みんなに都を出て天幕に戻るよう命じました。
ちょうどその時、かかし一行は宮殿の庭で探していましたが、グリンダの命令にがっかりして従おうとしました。けれど、ブリキの木こりは花が大好きだったので、ふと大きな赤いバラを見つけると、それを摘んでブリキの胸元のボタン穴にしっかりと差し込みました。
そのとき、彼はバラからかすかなうめき声のようなものを聞いた気がしましたが、特に気に留めず、そのままモンビは町の外のグリンダの陣営へと、誰にも気づかれずに運ばれていきました。
老モンビの変身
魔女は最初、敵に捕まって少し怖がりましたが、やがてブリキの木こりの胸元にいるのなら、茂みのバラとしているのと同じくらい安全だと考えました。だれもバラとモンビが同一人物だとは思いませんし、城門の外に出られた今、グリンダから逃げられる可能性がずっと高くなったのです。
「でも急ぐことはないわ」とモンビは考えました。「しばらく待って、私がこの魔法使いを出し抜いた時、彼女が恥をかく様子を楽しんでやるわ。」こうしてバラは、夜の間じゅうブリキの胸で静かにしていました。そして、朝になってグリンダがみんなを白い絹の天幕に呼び集めると、ニック・チョッパーはかわいらしい花を連れていきました。
「どういうわけだか、このずる賢いモンビを見つけられませんでした」とグリンダは言いました。「だからこの遠征は失敗に終わるかもしれません。残念です。私たちが助けなければ、小さなオズマ姫はきっと救われず、本来の女王の座に戻れません。」
「あきらめるのはまだ早いです」とパンプキンヘッドは言いました。「何か別の手を考えましょう。」
「本当に、別の策を練るべきです」とグリンダも微笑んで答えました。「けれど、私よりずっと魔法が劣る年寄りの魔女に、こんなにも簡単に出し抜かれるなんて理解できません。」
「せっかくここまで来たのだから、まずはオズマ姫のためにエメラルドの都を取り戻し、その後で少女を探すのが賢明だと思う」とかかしが言いました。「少女が見つかるまで、私は喜んで代わりに治めます。ジンジャーより統治の仕方はよく分かっていますから。」
「でも私はジンジャーをこれ以上煩わせないと約束してしまいました」とグリンダが異議を唱えました。
「みなさん、私の王国――いや帝国に戻りませんか?」とブリキの木こりが、みんなを優雅な仕草で招待しました。「私の城には十分な部屋がありますし、皆さんをおもてなしできるのがとても嬉しいです。もしニッケルメッキをご希望なら、僕の従者が無料でやってくれますよ。」
木こりが話している間に、グリンダの目は彼の胸元のバラに注がれていました。すると、その花びらがかすかに震えたように見え、すぐに魔法使いの疑念を呼び覚ましました。グリンダはたちまち、それが老モンビの変身した姿だと見抜きました。同時に、モンビも自分が見つかったと悟り、逃げる策を練りました。変身は得意なので、すぐに影の姿になって天幕の壁伝いに入口へ滑っていき、そこで消えようとしました。
でも、グリンダの方がはるかに経験豊富で抜け目がありません。魔法使いは素早く天幕の入口に回り、手を振ると入口をぴったり閉じて、影が抜け出す隙間も残しませんでした。かかしたちは何が起きたのか分からず驚きましたが、グリンダは言いました。
「みんな、静かにしていて。魔女は今この天幕の中にいます。必ず捕まえてみせます。」
この言葉にモンビは大いに慌て、今度は影から黒アリの姿に変わって地面を這い回り、体を潜ませる割れ目や隙間を探しました。
幸運にも、天幕が張られていた場所――ちょうど城門前――の地面は堅く滑らかだったので、アリが這い回っているあいだにグリンダはすぐにそれを見つけて、素早く捕まえようとしました。けれども、魔女は今や恐怖で気が狂いそうになり、最後の変身を遂げます。巨大なグリフィンの姿になって天幕の壁を突き破り、あっという間に嵐のような速さで駆け抜けて逃げてしまいました。
グリンダはためらわずに追いかけました。ノコギリ馬の背に飛び乗り、叫びます。
「さあ、生きる資格があるところを見せてごらん! 走って――走って――走るのよ!」
ノコギリ馬は走りました。星の光のように木の脚がきらめき、グリフィンを追って稲妻のような速さで駆けていきました。みんなが驚いているうちに、二匹はあっという間に見えなくなってしまいました。
「よし、僕たちも追いかけよう!」とかかしが叫びます。
一行はガンプのところへ駆け寄り、慌てて乗り込みました。
「飛んでくれ!」とチップがせかします。
「どこへ?」とガンプが落ち着いた声で尋ねました。
「わからないけど、とにかく空へ上がってくれれば、グリンダが進んだ方角がわかるはず!」
「わかりました」とガンプはのんびり答え、大きな羽を広げて高く舞い上がりました。
草原のはるか向こう、二つの小さな点が一つの後を追って走っています。それがグリフィンとノコギリ馬に違いありません。チップはガンプにその点を示し、魔女と魔法使いを追い越すよう頼みました。でも、いくらガンプの飛翔が速くても、二匹の追いかけっこの方がさらに素早く、すぐに地平線のかなたに消えてしまいました。
「それでも、とにかく追い続けよう」とかかしは言いました。「オズの国は広くない。いつかは必ず止まるはずだ。」
モンビはグリフィンの姿を選んで賢いつもりでした。なぜならグリフィンは脚が速く、体力も大きな動物よりずっと長持ちするからです。でも、ノコギリ馬の、いくら走っても疲れない木の脚のことは計算に入れていませんでした。だから、全力疾走を一時間も続けるうちに、グリフィンは息切れして苦しそうに喘ぎ、次第に動きが遅くなっていきました。やがて砂漠のふちにたどり着き、深い砂の中を必死で走り出しましたが、疲れ切った脚は砂に沈み、とうとうグリフィンは前につんのめって倒れ、そのまま動かなくなりました。
グリンダはすぐ後ろに追いつき、腰の帯から細い黄金の糸を取り出して、それをぐったりしたグリフィンの頭に投げかけました。すると、モンビの変身の魔法は破られます。
獰猛な一震いのあと、動物の姿は消え失せ、代わりに、グリンダの穏やかで美しい顔をにらみつける老魔女の姿が現れました。
オズマ姫
「あなたはもう私の捕虜です。もうこれ以上あがいても無駄ですよ」と、グリンダはやわらかく優しい声で言いました。「しばらく静かに横になりなさい。それから天幕まで連れて帰ります。」
「なぜ私を追うの?」とモンビは、息も絶え絶えで尋ねました。「あなたに何をしたっていうの? こんなに苦しめて。」
「あなたは私には何もしていないわ」と魔法使いは優しく答えました。「でも、あなたがいくつかの悪事を働いたのではないかと疑っています。それが本当なら、私は厳しく罰しますよ。」
「私にそんなことできっこないわ!」と魔女はがなり立てました。「どうせ私には手出しできないでしょ!」
ちょうどその時、ガンプが砂漠に舞い降りてきて、みんなもやってきました。ついにモンビが捕まったので、皆は大喜び。ちょっと相談して、全員でガンプに乗って陣営に戻ることに決めました。ノコギリ馬も積み込み、グリンダはモンビの首にかけた金の糸の端をしっかり持ったまま、彼女をソファの中に無理やり座らせました。他のみんなも続き、チップがガンプに戻るよう合図しました。
道中、モンビは険しく不機嫌な顔で座っていました。金の魔法の糸が首にかかっている限り、老魔女はまったく無力なのです。軍隊はグリンダの帰還を歓声で迎え、みんなは修理の済んだ王家の天幕に再び集まりました。
「では」とグリンダはモンビに言いました。「なぜオズの魔法使いがあなたを三度も訪ねたのか、そして、どうしてオズマ姫が不思議な行方不明になったのか、話してもらいましょう。」
魔女はグリンダをにらみつけましたが、口はききません。
「答えなさい!」とグリンダが叫びました。
しかし、モンビは沈黙したまま。
「たぶん知らないんだよ」とジャックが口を挟みました。
「お願いだから黙ってて」とチップ。「余計なことを言うと、全部台無しだよ。」
「はい、分かりました、お父さま」とパンプキンヘッドは従順に言いました。
「ウォグルバグでよかった!」と、虫博士は小声でつぶやきました。「カボチャから知恵があふれ出るなんて誰も思わないもの。」
「さて」とかかし。「どうやったらモンビに話させることができるだろう? 本当のことを話してもらわないと、捕まえた意味がないじゃないか。」
「やさしくしてみたらどうでしょう?」とブリキの木こりが提案しました。「どんなに醜い相手でも、親切には敵わないって聞いたことがあります。」
その時、魔女はあまりにも恐ろしい目つきで木こりをにらみつけたので、彼はすっかりたじろいでしまいました。
グリンダはしばらく考えを巡らせていましたが、モンビに向き直って言いました。
「そんなに私たちに逆らっても得るものはありません。私はオズマ姫の真実を知る決意です。全部話さなければ、命を奪いますよ。」
「やめて! 殺すなんてひどい!」とブリキの木こりは叫びました。「誰であれ、たとえモンビでも殺すなんて!」
「ただの脅しです」とグリンダは答えました。「私は殺したりしません。モンビは本当のことを話すのを選ぶでしょう。」
「なるほど」とブリキの木こりはほっとして言いました。
「もし望むことを全部話したら、どうするつもり?」と、モンビが突然口を開きました。
「その場合はね」とグリンダが答えました。「あなたに特別な薬を飲んでもらいます。それで今まで覚えた魔法をすべて忘れることになります。」
「そうしたら、ただの無力な老女になってしまうじゃないの!」
「でも、生きていられるよ」とパンプキンヘッドがなぐさめるように言いました。
「ほんとに、黙ってて!」とチップはあわてて言いました。
「努力します」とジャック。「でも、生きてるってすばらしいことだよね。」
「とくに教育をきちんと受けた者なら」とウォグルバグ博士がうなずきました。
「さあ、選びなさい」とグリンダは言いました。「黙って死ぬか、真実を語って魔法の力を失うか。でも私としては、生きる方をおすすめします。」
モンビは、グリンダが本気で冗談でないことを見て、しぶしぶ答えました。
「質問に答えます。」
「それでよろしい」とグリンダは優しく言いました。「賢い選択です。」
彼女は部下の隊長に合図し、美しい金の小箱を持ってこさせました。中からグリンダは大きな白い真珠を取り出し、細い鎖に通して首にかけ、真珠が胸の中心にくるようにしました。
「では、最初の質問です。なぜ魔法使いはあなたを三度も訪ねたのですか?」
「私が彼の元に行かなかったからです」とモンビが答えました。
「それは答えになっていません」とグリンダはきっぱり言いました。「本当のことを言いなさい。」
「……彼は私の焼く紅茶ビスケットの作り方を知りたがったのです」と、モンビはうつむいて答えました。
「こちらを見なさい」とグリンダが命じました。
モンビは従いました。
「私の真珠の色は?」とグリンダが尋ねました。
「ええと……黒いです!」と魔女は驚いて答えました。
「それなら嘘をついたのね!」とグリンダは怒りを込めて言いました。「本当のことが語られた時だけ、私の魔法の真珠は純白のままです。」
モンビは、これ以上ごまかしても無駄だと悟り、負け惜しみをしながら打ち明けました。
「魔法使いは、まだ赤ん坊だった女の子オズマを私のところへ連れてきて、隠してくれるよう頼んだのです。」
「やっぱりね」とグリンダは静かに言いました。「その見返りには?」
「彼は自分の知っているあらゆる魔法のコツを教えてくれました。良いものも、偽物も混じってましたけど、私は約束を守りました。」
「その女の子をどうしたのですか?」とグリンダが尋ね、みんなは答えを待ちきれずに身を乗り出しました。
「私はその子に魔法をかけたのです。」
「どんなふうに?」
「私は、彼女を――彼女を……」
「何にしたの?」とグリンダが迫りました。
「――男の子にしたのです!」と、モンビは低い声で答えました。
「男の子!」みんなの声が重なりました。すると、みんなはこの老女がチップを子どもの頃から育ててきたことを思い出し、いっせいに少年の方を見ました。
「ぼくが!」とチップはびっくりして叫びました。「ぼくはオズマ姫じゃない――女の子じゃない!」
グリンダは微笑み、そっとチップの小さな茶色い手を自分の白くて細い手で包みました。
「今は男の子だけれど」やさしく魔法使いは言いました。「モンビがあなたを男の子に変えてしまっただけ。本当は女の子に生まれ、しかも王女なのです。だから本来の姿に戻って、エメラルドの都の女王にならなければなりません。」
「ジンジャーが女王でいいじゃないか!」とチップは今にも泣きそうになりました。「ぼくは男の子のまま、かかしやブリキの木こりやウォグルバグ博士や、ジャック――それにノコギリ馬やガンプと一緒に旅がしたいんだ! 女の子になるなんていやだよ!」
「気にするな、坊や」とブリキの木こりがなだめました。「女の子になったって、痛くもかゆくもないそうだよ。僕たちはみんな、これからも変わらず君の友達さ。正直言って、僕は昔から女の子の方が男の子より好きだったんだ。」
「どちらも素敵だよ」とかかしも、優しく頭をなでました。
「女の子も同じくらい優秀な生徒です」とウォグルバグ博士も宣言しました。「また女の子になったら、僕が家庭教師を務めましょう。」
「でも――ねえ、ちょっと!」とジャック・パンプキンヘッドが息を呑みました。「君が女の子になったら、もう僕のお父さんでいられないんだよ!」
「うん」とチップは笑いながら言いました。「その関係から抜け出せても、僕はちっともかまわないよ。」それから、ためらいがちにグリンダを見て言いました。「じゃあ、ちょっとやってみてもいいかな――どんな感じか、ね。でももし女の子になるのが嫌だったら、また男の子に戻してくれるって約束してほしいんだ。」
「それは私の魔法の範囲を超えています」とグリンダは言いました。「私は変身の魔法は使いません。だって、正直じゃありませんし、まっとうな魔法使いなら絶対に、物事をありのまま以外に見せたりしません。そんなことをするのは良心のない魔女だけです。だから、モンビにあなたを本来の姿に戻してもらいます。これが彼女にとって最後の魔法の機会になるでしょう。」
オズマ姫の真実が明らかになった今、モンビはチップのことなどどうでもよくなっていましたが、それでも善良なグリンダの怒りだけは恐れていました。けれど、チップが「もしエメラルドの都の支配者になったら、おばあさんの老後の面倒をみるよ」と大まじめに約束してくれたので、モンビは変身の魔法をかけることを承知しました。すると、みんなはさっそく準備にとりかかりました。
グリンダは自分の王家のソファーをテントの真ん中に運ばせました。ソファーはバラ色のシルクでおおわれたクッションが山のように積み重ねられており、その上の金色の手すりからはピンク色の薄絹が何重にも垂れ下がり、中はすっかり見えないようになっていました。
まず最初に、モンビはチップに薬を飲ませました。それはたちまち彼を深い、夢も見ない眠りへと誘いました。つぎに、ブリキの木こりとウォグルバグ拡大博士が、そっとチップをそのソファーへ運び、やわらかなクッションに寝かせると、薄絹のカーテンを引いて、彼をこの世の目からすっかり隠してしまいました。
モンビは地面にしゃがみこみ、胸元から乾いた薬草を取り出して、小さな火をともしました。炎がぱっと高く燃え上がり、よく見えるようになると、モンビは魔法の粉をひとつかみ火にふりかけました。すると、すぐに濃いすみれ色の煙が立ちこめ、テントじゅうに良い香りが満ちあふれ、ノコギリ馬は思わずくしゃみをしてしまいました――本当は静かにしているようにと言われていたのに。
それから、みんなが不思議そうに見守る中、魔女は誰にもわからない言葉でリズムをつけて呪文を唱え、やせた体を七度、火の上で前後に曲げました。呪文が終わると、モンビはすっくと立ち上がり、大きな声で「イエオワ!」と叫びました。
すみれ色の煙はすうっと消え、空気はまた澄みわたり、テントの中には一陣の新鮮な風が吹き込んできました。すると、ソファーのピンク色のカーテンが内側からそっと揺れたのです。
グリンダはそっと天蓋に近づき、絹のカーテンを分けました。そしてクッションの上に身をかがめ、手を差し伸べると、ソファーから一人の少女が立ち上がりました。五月の朝のようにみずみずしく美しい少女でした。瞳は二つのダイヤモンドのように輝き、唇はトルマリンのようにほんのり色づいています。後ろ髪は赤金色の波となって背中に流れ、額には細くて宝石のちりばめられた冠がきらめいていました。シルクのガーゼの衣は雲のように少女を包み、足にはかわいらしいサテンの靴がはかれています。
その美しい姿に、チップの古い仲間たちは、しばらくのあいだ言葉もなく見とれていました。そして、ついにはみんなが心からの尊敬をこめて、愛らしいオズマ姫の前に頭を下げました。少女はまずグリンダの明るく喜びに満ちた顔を見つめ、それからみんなの方を向きました。はにかみがちに、けれど優しく、こう言いました。
「どうか、私のことを前より嫌いになったりしないでね。私は、ずっとチップのままなの。だけど……その……」
「だけど、やっぱり違うんだね!」と、ジャック・パンプキンヘッドが言いました。そして、みんなはそれこそ彼が今までで一番賢いことを言った、と心から思ったのでした。
満ち足りることの豊かさ
すばらしい知らせ――すなわち、魔女モンビが捕らえられ、グリンダに罪を告白し、そして長いあいだ行方知らずだったオズマ姫が、なんとあのチップという少年だったと判明したこと――がジンジャー女王の耳に届いたとき、彼女は悲しみと絶望のあまり本物の涙を流しました。
「なんてこと!」とジンジャーは泣きました。「せっかく女王として君臨して、お城で暮らしてきたのに、また床をこすったりバターをかき混ぜる暮らしに戻らなきゃならないなんて! そんなの、絶対にいや!」
そこで、宮殿の台所でほとんどの時間をファッジ作りに費やしていた彼女の兵士たちが、「抵抗しましょう!」とおしゃべりしているのを聞き、ジンジャーはその馬鹿げた相談を真に受けて、善良なグリンダとオズマ姫に向けてきっぱりと挑戦状を送りました。その結果、戦争が宣言され、次の日にはグリンダが旗をひるがえし、楽隊の音楽が鳴り響く中、きらきら光る槍の林とともにエメラルドの都へ進軍してきました。
けれど、都の壁にたどり着くと、勇ましい軍隊はぴたりと足を止めました。ジンジャーがすべての門を閉じてかんぬきをかけており、都の壁は緑色の大理石の大きな石でとても高く、分厚く築かれていたからです。進軍が阻まれると、グリンダは眉をひそめて考え込みましたが、ウォグルバグ博士が一番自信ありげな口調で言いました。
「都を包囲して、飢えさせて降伏させるべきです。それしか手はありません。」
「そうじゃないよ」と、かかしが答えました。「まだガンプがあるし、ガンプは飛べるじゃないか」
その言葉に、グリンダはぱっと顔を明るくしました。
「その通りね! あなたの頭脳は本当に自慢していいわ」と喜んで叫びました。「さっそくガンプのところへ行きましょう!」
こうして、一行は軍隊の列を抜けて、かかしのテントの近く、ガンプが横たわっている場所へ向かいました。グリンダとオズマ姫が最初にソファに座り、そのあとかかしや仲間たちが次々に乗り込みました。それでもまだ、隊長と兵士三人分の席が空いていて、グリンダはそれで護衛には十分だと考えました。
オズマ姫がひとこと声をかけると、奇妙なガンプはヤシの葉の羽をぱたぱたさせ、空高く舞い上がりました。一行は都の壁を軽々と越え、宮殿の上空でホバリングしました。やがて彼らは、ジンジャーが中庭のハンモックに寝そべり、緑色の表紙の小説を読みながら、緑のチョコレートを食べているのを見つけました。ジンジャーは、都の壁が自分を敵からしっかり守ってくれると安心しきっていたのです。姫の素早い指示で、ガンプはその中庭に着陸し、ジンジャーが叫ぶ間もなく、隊長と三人の兵士が飛び降りて、元女王を捕まえ、両手にがっしりと鎖をかけてしまいました。
この出来事で戦争は実質的に終わりました。ジンジャーが捕らえられたと知るや、反乱軍はただちに降伏し、隊長は安全に町を進み、市門まで行ってそれを大きく開きました。すると楽隊が一番勇ましい曲を演奏しながらグリンダの軍隊が都に入城し、伝令たちが、大胆なジンジャーの征服と、美しいオズマ姫の王位継承を高らかに告げたのでした。
そのとたん、エメラルドの都の男たちはみんなエプロンを投げ捨てました。そして、女たちは夫の料理を食べ飽きていたので、ジンジャーの征服を大喜びで迎えた、と言われています。確かなことに、女たちはみんな家の台所に駆け込むと、疲れた夫たちのためにとびきりおいしいごちそうを用意し、たちまち家庭の中に平和が戻ったのでした。
オズマ姫がまず最初にしたことは、反乱軍から公道や建物から盗みとったエメラルドや宝石をすべて返させることでした。うぬぼれ屋の娘たちが宝石の台座から引き抜いた石の数があまりに多くて、王室の宝石職人は一か月以上ずっと、その修復作業を続けることになったほどです。
その間に反乱軍は解散され、娘たちは母親のもとへ帰されました。ジンジャーも、良い子にすることを約束したので釈放されました。
オズマ姫は、エメラルドの都でかつてないほど美しい女王となりました。年は若く、経験も浅かったものの、姫は知恵と正義で人々を治めました。なぜなら、グリンダがいつも良き助言を与え、ウォグルバグ博士は「公教育官」という大事な役職に就き、オズマ姫が困った時にはとても役に立ってくれたからです。
姫はガンプの働きに感謝して、何か望みの褒美を与えようと申し出ました。
「それなら」とガンプが答えました。「どうか、私を元のバラバラの姿に戻してください。私は命を吹き込まれたくありませんでしたし、今のごちゃまぜな自分の姿がとても恥ずかしいのです。かつて私は森の王でしたが、今ではこの家具だらけの体で空を飛ぶばかり――足なんてまるで使いものになりません。ですから、どうか解体してください。」
そこでオズマ姫はガンプを元通りに解体するよう命じました。角のついた頭はまた大広間のマントルピースの上に飾られ、ソファは応接室に戻され、ほうきのしっぽは台所でいつもの仕事に戻り、かかしは、あの日にガンプを作るために使った洗濯ひもやロープを全部、元の棒にかけ直しました。
これでもうガンプは終わり――そう、空飛ぶ乗り物としては。でも、マントルピースの上の頭は気が向いたときだけおしゃべりし、王女に会うために廊下で待っている人たちを、突拍子もない質問でびっくりさせることが何度もありました。
ノコギリ馬はオズマ姫の持ち物になり、姫はとても大切に世話をしました。ときどき都の通りをノコギリ馬に乗って駆けました。姫は木の脚に金の靴をはかせて擦り減らないようにし、その金靴の音が石畳に響くと、都の人々は、「これは姫の魔法の力の証だ!」と、みな畏敬の念に打たれたものでした。
「オズの魔法使いは、オズマ姫ほどすごくなかったよ」と、人々はひそひそ話しました。「魔法使いはできないことを色々言いふらしてたけど、姫は誰も想像しないようなことを、いともたやすくやってのけるんだもの。」
ジャック・パンプキンヘッドは、命の終わりまでオズマ姫と一緒に暮らしました。彼は心配していたほど早く腐ることはありませんでしたが、やっぱりいつまでたってもおバカなままでした。ウォグルバグ博士はジャックにいろいろな学問や芸術を教えようとしましたが、ジャックはあまりにも不出来な生徒だったので、その試みはすぐにあきらめられました。
グリンダの軍隊が帰り、エメラルドの都に平和が戻ると、ブリキの木こりが自分のウィンキーの国へ帰ることを表明しました。
「大きな国じゃありません」とブリキの木こりはオズマ姫に言いました。「でもそのぶん政治も楽ですし、私は絶対君主なので、公的にも私的にも、誰にも邪魔されません。家に帰ったら新しいニッケルのメッキをしてもらうつもりです。最近ちょっと傷が増えましたから。そのあと、ぜひ遊びに来てください。」
「ありがとう」とオズマ姫は答えました。「いつか必ず伺います。それで、かかしさんはどうなさるの?」
「私はブリキの木こりの友人として、一緒に帰ります」と、かかしが真面目な顔で言いました。「これからは決して離れないと誓ったんです。」
「それに、かかしを王室の財務大臣に任命しました」とブリキの木こりが説明しました。「お金でできた財務官がいるって、いい考えだと思いませんか?」
「素敵だわ」と、小さな女王は微笑みながら言いました。「あなたのお友だちは、きっと世界一のお金持ちね。」
「たしかに私は世界一のお金持ちです」と、かかしが言いました。「でも、それはお金のせいじゃありません。私は、お金より頭脳の方がずっと大切だと思っています。お金があっても頭がなければ、それを上手く使えません。でも頭があれば、お金がなくても一生快適に暮らせますよ。」
「同時に」とブリキの木こりが言いました。「良い心は、頭で作ることも、お金で買うこともできないよ。だから結局は、私こそが世界一のお金持ちなのかもしれない。」
「おふたりとも、本当の意味で豊かなのです」と、オズマ姫がやさしく言いました。「それこそが、一番大切な豊かさ――満ち足りた心の豊かさです!」
おしまい