オズの魔法使い

The Wonderful Wizard of Oz

作者: L・フランク・ボーム

出版年: 1900年

訳者: gpt-4.1

概要: この作品は、不思議な国オズを舞台に、小さな少女ドロシーと個性的な仲間たちが冒険を繰り広げる物語である。乾いた大地から色彩豊かな妖精の国へと突如運ばれたドロシーは、帰郷のため、そして自らの望みを叶えるために、奇妙な仲間とともに旅を始める。旅路では魔女たちの影響や不思議な生き物、試練が待ち受けており、彼……

公開日: 2025-05-06

バウム作

この本を
私の良き友であり同志である
妻に捧ぐ
L.F.B.


はじめに

昔話や伝説、神話やおとぎ話は、古くから子どもたちとともに歩んできました。元気な子どもなら誰しも、不思議で素晴らしく、現実ではありえない物語を本能的に、そして健やかに愛するものです。グリムやアンデルセンが描き出した羽の生えた妖精たちは、他のどんなものよりも多くの喜びを子どもたちの心に届けてきました。

けれども、長いあいだ語り継がれてきた昔ながらのおとぎ話は、今や子ども部屋の「歴史」の棚に並べられてもよい頃かもしれません。なぜなら、魔法使いや小人や妖精といった決まりきった登場人物や、作者が恐ろしい教訓を伝えるために生み出したぞっとするような出来事は、もう新しい「不思議なお話」には不要だからです。現代の教育にはすでに道徳が含まれていますから、今の子どもたちは物語にただ楽しさを求め、不快な出来事などは喜んで除いてしまうのです。

そんな思いから、『オズの魔法使い』の物語は、現代の子どもたちを喜ばせるためだけに書かれました。これは、不思議さや楽しさはそのままに、悲しみや悪夢は取り除いた、現代風のおとぎ話を目指したものです。

L.フランク・バウム
シカゴ、1900年4月

オズの魔法使い

第一章 サイクロン

ドロシーはカンザスの広大な草原のまんなかに、農夫のヘンリーおじさんと、その奥さんのエムおばさんと一緒に住んでいました。家はとても小さく、材料の木材は遠くから馬車で運んでこなければなりませんでした。壁が四つと床と屋根が一つだけの、たった一部屋の家。その中には、さびついた料理用ストーブ、食器のための戸棚、テーブル、三つか四つの椅子、そしてベッドが置かれていました。ヘンリーおじさんとエムおばさんの大きなベッドが一角に、ドロシーの小さなベッドはもう一方の隅にありました。屋根裏もなければ、地下室もありません――ただ、「サイクロン・セラー」と呼ばれる小さな穴が地面に掘ってあり、強い竜巻がきたときには家族がそこに避難できるようになっていました。床のまんなかにあるトラップドアから、はしごでその暗い小さな穴に降りるのです。

ドロシーが戸口に立ってまわりを見渡すと、どこまでも広がる大きな灰色の草原しか見えません。木も家もなく、ただ平らな大地が空の向こうまでずっと続いていました。太陽は耕された土地を焼き、あちこちに小さなひび割れができています。草でさえ緑ではなく、太陽に焼かれて長い葉の先まで灰色になっていました。家もかつては塗装されていたのですが、太陽が塗料をはがし、雨がそれを洗い流してしまい、今では家も他と同じくくすんだ灰色です。

エムおばさんがここに来たときは、まだ若くてきれいな奥さんでした。でも太陽や風が、彼女をすっかり変えてしまいました。目の輝きは消え、灰色のまじめな色に変わり、ほおやくちびるの赤みもなくなって、やっぱり灰色です。やせ細り、げっそりとして、今ではもう笑うこともありません。孤児だったドロシーが最初にここへ来たとき、子どもらしい笑い声にあまりに驚いて、エムおばさんはそのたびに叫んで胸に手を当てていました。そして今でも、ドロシーが何をそんなに楽しく思うのか、ふしぎそうに見つめているのでした。

ヘンリーおじさんは、決して笑いません。朝から晩まで一生懸命働き、喜びとは縁がありません。長いひげからごつごつした靴まで、やっぱり灰色で、厳しい顔つきであまり話もしません。

そんなドロシーを笑顔にし、ほかのものたちのように灰色にならずにすんだのは、トトのおかげでした。トトは灰色ではなくて、小さな黒い犬で、長い絹のような毛と、ちいさくてきらきらした黒い目をしていました。その目はおもしろそうな小さな鼻の両側でいつも輝いています。トトは一日中遊びまわり、ドロシーも一緒に遊び、大好きでした。

でも今日は、ふたりは遊んでいませんでした。ヘンリーおじさんは戸口に腰かけ、いつもより灰色の空を心配そうに見上げています。ドロシーはトトを抱いて戸口に立ち、やはり空を見つめていました。エムおばさんはお皿を洗っています。

北のかなたから、風の低い鳴き声が聞こえてきました。ヘンリーおじさんとドロシーは、長い草が波のようにうねって、嵐が近づいてくるのが見えました。今度は南から鋭い風の笛のような音が聞こえ、そちらにも草がさざ波のように揺れていました。

突然、ヘンリーおじさんが立ち上がりました。

「エム、大変だ、サイクロンが来るぞ!」とおじさんは叫びました。「牛や馬の様子を見てくる!」そう言うと、牛や馬がいる小屋へ駆けていきました。

エムおばさんは手を止めて戸口に来ました。一目見ただけで、すぐに危険が迫っているのがわかりました。

「ドロシー、早く!」おばさんは叫びました。「セラーに走りなさい!」

トトはドロシーの腕から飛び出してベッドの下にかくれ、ドロシーもあわてて追いかけます。エムおばさんは恐怖でいっぱいになり、床のトラップドアを開けると、はしごを降りて暗い小さな穴へ入っていきました。ドロシーはようやくトトをつかまえ、エムおばさんのあとを追っていこうとしました。けれども部屋の真ん中まできたとき、風がものすごい叫び声をあげ、家が激しく揺れて、ドロシーは足をすべらせてドンと床に座り込んでしまいました。

そのとき、ふしぎなことが起きました。

家がぐるぐると二、三度まわると、ゆっくりと空へ浮かび上がっていったのです。ドロシーはまるで気球に乗っているような気分でした。

北風と南風が家のある場所でぶつかり合い、家はサイクロンのまんなかに来ました。サイクロンの中心では、ふつう空気が静かです。でも、家のまわりの強い風の圧力で、家はどんどん高く押し上げられ、やがてサイクロンのてっぺんまであがりました。そして、そのまま羽のように軽々と、何マイルも何マイルも遠くへ運ばれていったのです。

あたりはとても暗く、風はおそろしいほど唸り声をあげていましたが、ドロシーは意外にもゆったり乗っていることに気がつきました。最初の何度かのぐるぐる回転と、もう一度家がひどく傾いたときをのぞけば、まるで揺りかごの中の赤ちゃんのように、ふんわりと揺られているように感じたのです。

トトは気に入りませんでした。部屋のあちこちを走り回っては、ワンワンと大きな声で吠えていました。でもドロシーは床にじっと座ったまま、これから何が起こるのかを待っていました。

いちどトトが開いたトラップドアに近づきすぎて、するりと穴に落ちてしまいました。ドロシーはトトを見失った! と一瞬あせりましたが、すぐにトトの耳が穴からぴょこんと見えました。強い風の圧力で落ちきれなかったのです。ドロシーはトトの耳をつかんで部屋の中に引っ張り上げ、そのあとでトラップドアをきちんと閉めました。もうこんなことが起こらないように。

何時間も何時間もたち、ドロシーの恐怖も少しずつおさまってきました。でも、なんとも寂しくて、風の叫び声があまりに大きくて、耳がほとんど聞こえなくなりそうでした。はじめは、家が落ちたとき粉々になってしまうんじゃないかと心配でしたが、何時間も何も起こらないので、ドロシーは心配するのをやめ、静かに待つことにしました。やがて、ゆらゆらと揺れる床をはってベッドまで行き、横になりました。トトもついてきて、ドロシーのそばに寝そべりました。

家が揺れ、風が叫ぶなかでも、ドロシーはすぐに目を閉じ、ぐっすりと眠ってしまいました。

第二章 マンチキンたちと相談

ドロシーは突然、ガタンという激しい衝撃で目を覚ましました。もしやわらかいベッドにいなかったら、きっと怪我をしていたことでしょう。それでも、その揺れに思わず息を呑み、何が起きたのだろうと不思議に思いました。トトは冷たい小さな鼻をドロシーの顔にくっつけて、悲しそうにクンクン鳴きました。ドロシーが起き上がると、家はもう動いてはいません。それに暗くもありません。明るい日差しが窓から差し込み、小さな部屋をいっぱいに照らしています。ドロシーはベッドから飛び起き、トトを連れてドアを開けに走りました。

ドロシーはびっくりして叫び声をあげ、目を見開いてあたりを見まわしました。見るものすべてが、どんどん不思議に思えてきます。

サイクロンは、家をとてもやさしく――サイクロンにしては――素晴らしく美しい国のまんなかに降ろしてくれていました。あたり一面には、緑の芝生が広がり、堂々とした木々には、たわわな果実が実っています。あちらこちらに色とりどりの花が咲きほこり、羽根の美しい珍しい鳥たちが、木や茂みでさえずり、はねを広げています。少し先には、小さな小川が緑の土手のあいだをキラキラと流れ、乾いた灰色の草原で長く暮らしてきたドロシーには、とても嬉しいささやき声のように聞こえました。

ドロシーは夢中でこの不思議で美しい景色を見つめていましたが、そのとき、今まで見たことのない奇妙な人たちの一団が、こちらに向かってくるのに気づきました。その人たちは、ドロシーがこれまで知っていた大人ほど大きくはありませんが、かといってとても小さいわけでもありません。実際、ドロシー自身は年のわりには背が高い子でしたが、その人たちもだいたい同じくらいの背丈でした。でも顔つきは、ずっと年上に見えます。

三人は男の人で、一人は女の人でした。そして、みんな変わった格好をしています。帽子は丸い形で、てっぺんがとがっていて、頭の上から一尺[訳注:30センチほど]くらい突き出ています。ふちには小さな鈴がついていて、動くたびに可愛い音が鳴ります。男の人たちの帽子は青、女の人の帽子は白。その女性は、肩からひだのある白いドレスを着ていて、そこには小さな星が散りばめられ、太陽の光でダイヤモンドのようにきらきらと輝いていました。男の人たちは帽子と同じ青い服を着ていて、よく磨かれたブーツの上には、青い折り返しがついています。男の人たちは、ヘンリーおじさんくらい年をとっていそうです。二人はひげをはやしていましたが、女の人はきっともっとおばあさんでしょう。顔にはしわがたくさんあり、髪もほとんど白く、少しぎこちなく歩いています。

その人たちがドロシーの立つ家の前まで来ると、立ち止まって、こそこそと話し合い、なかなか近くには来ようとしません。でも、小さなおばあさんだけがドロシーのところまで歩いてきて、深々とおじぎをして、やさしい声で言いました。

「ようこそおいでくださいました、尊き魔法使いさま。ここはマンチキンの国。私たちは、あなたが東の悪い魔女を倒し、私たちを長い奴隷の身から救ってくださったことに、心から感謝しています」

ドロシーはその言葉に、びっくりしてしまいました。魔法使いだなんて、東の悪い魔女をやっつけたなんて、一体どういうことでしょう? ドロシーは、ただサイクロンで遠くへ飛ばされてきた、小さくて無害な女の子です。生まれてこのかた、何かを殺したことなんてありません。

でも、おばあさんは返事を待っているようです。そこでドロシーはおそるおそる言いました。「ご親切にありがとう。でも、きっと何かの間違いです。わたしは、誰も殺していません」

「いいえ、あなたのお家がやりましたよ」と、おばあさんはにっこり笑って答えました。「それで十分です。ごらんなさい!」そう言って、家のかどを指さします。「あそこに、まだあの人の足が出ているでしょう?」

ドロシーはそちらを見て、小さな悲鳴をあげました。たしかに家の大きな梁の下から二本の足が突き出ていて、つま先のとがった銀の靴をはいています。

「ああ、どうしましょう!」とドロシーは手を合わせて叫びました。「家が倒れて、あの人の上に! どうしたらいいの?」

「何もすることはありませんよ」と、おばあさんは落ち着いて言いました。

「でも、あの人は誰なんですか?」とドロシーは尋ねました。

「東の悪い魔女ですよ、さっき言ったでしょう?」とおばあさんが答えました。「長いあいだ、マンチキンの人たちを夜も昼もこき使い、奴隷にしていたのです。でも、もうみんな自由になれました。だから、あなたに感謝しているのです」

「マンチキンって、誰のことですか?」とドロシーは訊ねました。

「この東の国で、悪い魔女が支配していた土地に住む人たちですよ」

「あなたもマンチキンなの?」とドロシーが訊くと、

「いいえ、でも私はマンチキンたちの友達です。北の国に住んでいます。東の魔女が死んだと聞いて、マンチキンたちは急いで使いをよこしたのです。だから私がすぐに来ました。私は北の魔女です」

「まあ!」とドロシーは叫びました。「本物の魔女なの?」

「ええ、そうですよ」とおばあさんは答えました。「でも私は良い魔女ですから、みんなに好かれています。東の悪い魔女ほど強くはないので、自分では人々を解放できませんでしたが」

「魔女はみんな悪いって思ってたのに」と、ドロシーは半分怖がりながら言いました。

「いいえ、それは大きな間違いです。 オズの国には、魔女は全部で四人しかいません。そのうち北と南に住む二人は良い魔女です。私はその一人ですから、間違いありません。東と西にいたのは、たしかに悪い魔女でした。でも、あなたがもう一人倒してくれたので、今やオズの国に残る悪い魔女は、西に住む一人だけですよ」

「でも……」とドロシーは少し考えてから言いました。「エムおばさんは、魔女はみんな昔に死んだって言ってました」

「エムおばさんって、どなた?」とおばあさんはたずねます。

「わたしのカンザスにいるおばさんです。わたしはそこから来たんです」

北の魔女は、しばらく頭を垂れて考えていましたが、やがて顔を上げて言いました。「カンザスという場所は聞いたことがありません。ですが、そこは文明のある国でしょうか?」

「はい、もちろんです」とドロシーは答えました。

「それなら分かります。文明のある国では、もう魔女も魔法使いも、魔女っ子も魔法使いもいないのです。でも、ここオズの国は、他の世界と切り離されているので、まだ魔女や魔法使いがいるのですよ」

「魔法使いって、誰のこと?」とドロシーが訊ねました。

「オズさまご自身が偉大な魔法使いです」と北の魔女は声をひそめて言いました。「私たち全員よりも強い力を持っています。エメラルドの都に住んでおられますよ」

ドロシーはさらに訊ねようとしましたが、ちょうどそのとき、今まで黙っていたマンチキンたちが大きな声をあげ、家の角――東の悪い魔女が横たわっていた場所を指さしました。

「何かしら?」とおばあさんも見て、そして笑いだしました。魔女の足がきれいに消えて、そこには銀の靴だけが残っています。

「あの魔女はあまりに年をとっていたのでね」と北の魔女は説明しました。「日差しですぐに干からびてしまいました。これでおしまい。でも銀の靴は、あなたのものです。どうぞはいてごらんなさい」そう言って、北の魔女は靴を取り上げ、ほこりをはらってからドロシーに手渡しました。

「東の魔女はその銀の靴をとても大切にしていました」と、マンチキンの一人が言いました。「何か魔法がこめられているそうですが、私たちには分かりません」

ドロシーは銀の靴を家のテーブルに置くと、またマンチキンたちのところへ戻ってきました。

「わたし、おじさんとおばさんのところに帰りたいんです。きっと心配していると思うから。どうか帰る道を教えてくれませんか?」

マンチキンたちと北の魔女は顔を見合わせ、そしてドロシーを見て、首を横に振りました。

「東には、ここからそう遠くないところに大きな砂漠があります」と一人が言いました。「誰もあそこを渡って生きて帰った者はいません」

「南も同じです」ともう一人が言いました。「私は行ってみましたが、やはり大きな砂漠でした。南はクワドリングたちの国です」

「西も同じだと聞きました」と三人目の男が続けました。「そこはウィンキーたちの国で、西の悪い魔女が支配しており、通りかかればきっと奴隷にされてしまうでしょう」

「北は私の国ですが、やはりはずれには同じ大きな砂漠があります。残念ですが、あなたはここで私たちと暮らすしかないでしょう」とおばあさんが言いました。

これを聞いて、ドロシーは思わず泣き出してしまいました。見知らぬ人たちのなかで、とても心細かったのです。優しいマンチキンたちはドロシーの涙を見て悲しくなり、すぐにハンカチを取り出して一緒に泣き始めました。小さなおばあさんは帽子を取ると、先のとがった部分を自分の鼻の先にのせ、「いち、に、さん」と重々しい声で数えました。すると、帽子が急に黒板に変わり、大きな白いチョークの字でこう書かれていました。

「ドロシーをエメラルドの都へ行かせなさい」

おばあさんは鼻から黒板をおろし、書いてある言葉を読むと、ドロシーにたずねました。「あなたの名前はドロシーですか?」

「はい」とドロシーは涙をぬぐいながら見上げて答えました。

「それなら、あなたはエメラルドの都へ行かなくてはいけません。きっとオズさまが助けてくれるでしょう」

「その都はどこにあるんですか?」とドロシーが訊きました。

「国のまん中にあって、私が話した偉大な魔法使いオズさまが治めている場所ですよ」

「その人は、いい人なの?」と、ドロシーは心配そうにたずねました。

「いい魔法使いよ。でも、人間かどうかはわからないわ。だって、私は一度も会ったことがないんですもの。」

「どうやってそこへ行けばいいの?」とドロシーがたずねました。

「歩いていくのよ。長い旅になるわ。ときには楽しく、ときには暗くて恐ろしい国を通らなくてはいけないの。でも、あなたが無事でいられるように、私が知っている限りの魔法で守ってあげましょう。」

「一緒に来てくれないの?」と、ドロシーはうったえました。もう、この小さなおばあさんだけがたった一人の味方のように思えていたのです。

「それはできないのよ」と、北の魔女はこたえました。「でも、代わりに私のキスをあげましょう。北の魔女にキスされた人には、誰も危害を加えようとはしません。」

魔女はドロシーに近づき、そっとおでこにキスをしました。唇がふれたところには、丸くて光る印が残りました。ドロシーはあとでそれに気づくのでした。

「エメラルドの都への道は、黄色いレンガでできているから、間違えることはないわ」と魔女は言いました。「オズに会っても怖がらずに、あなたのことを話して、助けてくれるようお願いしなさい。さようなら、かわいい子。」

三人のマンチキンたちは深々と頭を下げ、ドロシーに良い旅をと願って森の中へ帰っていきました。魔女はドロシーにやさしくうなずくと、左足で三度くるりと回り、そのまますっと姿を消してしまいました。これにはトトもびっくりして、魔女がいなくなってから大きな声で吠えたのですが、魔女がいる間は怖くて声も出せなかったのです。

けれど、ドロシーは相手が魔女だと知っていたので、こんなふうに消えてしまうのはあたりまえだと思い、少しも驚きませんでした。

第三章 ドロシー、かかしを助ける

ひとりぼっちになったドロシーは、おなかがすいてきました。戸棚からパンを切り、バターをぬって食べることにします。トトにも分けてあげてから、棚の上のバケツを持って小川まで行き、きらきらと光るきれいな水をくんできました。トトは木のほうへ走っていって、枝にとまった鳥たちに向かって吠えはじめました。ドロシーはトトを呼びに行きましたが、木にはおいしそうな果物がたくさんなっていたので、いくつか取って朝ごはんの足しにしました。

家に戻ると、ドロシーもトトも冷たい水をたっぷり飲み、エメラルドの都へ向かう支度をはじめました。

ドロシーの持っている服は、あと一着しかありませんでしたが、それはちゃんと洗ってあって、ベッドのそばのフックにかけてありました。白と青のチェックのギンガムのワンピースで、青は何度も洗われて少し色あせていましたが、それでもきれいなドレスでした。ドロシーはていねいに顔や手を洗い、清潔なギンガムの服に着替え、ピンクの日よけ帽子を頭に結びました。小さなバスケットにパンを入れ、上に白い布をかけます。それから足元を見ると、はいている靴がすっかり古くなっていることに気がつきました。

「こんな靴じゃ、長い旅はできないわね、トト」とドロシーが言うと、トトは黒い小さな目でドロシーを見上げ、しっぽをふって「そのとおり」と言いたげでした。

そのとき、ドロシーはテーブルの上に東の悪い魔女の銀の靴があるのを見つけました。

「これ、わたしに合うかしら」とドロシーはトトに話しかけました。「きっと長い道でもすり減らないし、ちょうどいいわ。」

古い革靴を脱いで銀の靴をはいてみると、まるで自分のために作られたみたいにぴったりでした。

バスケットを持ち上げると、ドロシーは「さあ、行きましょう、トト。エメラルドの都へ行って、オズさまにカンザスへ帰る道を教えてもらいましょう」と言いました。

ドアをしめて鍵をかけ、鍵を大事にドレスのポケットにしまいました。そして、トトを連れて、ふたりの旅が始まったのです。

まわりにはいくつか道がありましたが、黄色いレンガの道はすぐに見つかりました。しばらくすると、ドロシーは銀の靴を鳴らしながら、元気よくエメラルドの都へ向かって歩き出しました。おひさまは明るく輝き、鳥たちは美しい声でさえずり、見知らぬ国に突然やってきた小さな女の子なのに、ドロシーは思ったほどさびしくありませんでした。

歩きながら、ドロシーはこの国の美しさにおどろきました。道の両側にはきちんとした青い柵があり、その向こうには小麦や野菜の畑が広がっていました。マンチキンたちは立派な農夫で、豊かな作物を育てているようです。ときどき家の前を通ると、人々は出てきて、ドロシーに深々と頭を下げました。みんなが、ドロシーが悪い魔女を倒して自分たちを自由にしてくれたことを知っていたのです。マンチキンたちの家はみんな丸い形で、大きな丸い屋根がありました。全部が青く塗られていて、この東の国では青がいちばん好きな色なのだそうです。

夕方になり、ドロシーはさすがに疲れてきて、今夜はどこで寝ようかと心細くなりました。そのとき、ほかより少し大きな家にたどり着きました。緑の芝生の上では、たくさんの人たちが踊っていました。五人の小さなバイオリン弾きが一生けんめい演奏し、人々は歌ったり笑ったりしています。近くの大きなテーブルには、果物やナッツ、パイやケーキなど、おいしそうなごちそうが山のように並んでいました。

人々はドロシーを親切に出迎え、晩ごはんと泊まりをすすめてくれました。ここはこの国でいちばん裕福なマンチキン、ボックの家だったのです。今日はみんなで、悪い魔女から自由になったお祝いをしているところでした。

ドロシーはたくさんごちそうを食べて、ボックその人にもてなしてもらいました。それから長椅子に座って、みんなの踊りをながめました。

ボックはドロシーの銀の靴を見て言いました。「あなたはきっと、偉大な魔女なのでしょう。」

「どうして?」とドロシーはたずねました。

「だって、銀の靴をはいているし、悪い魔女を倒しました。それに、白い服を着ています。白い服は魔女や魔法使いしか着ないのです。」

「わたしの服は青と白のチェックよ」と、ドロシーはスカートのしわを伸ばしながら言いました。

「それはご親切ですね」とボック。「青はマンチキンの色、白は魔女の色です。だから、あなたはきっと私たちの味方なのですね。」

みんなが自分のことを魔女だと思っているので、ドロシーは何と答えてよいのかわかりませんでした。でも、本当はただの普通の女の子で、たまたま竜巻に巻き込まれてこのふしぎな国に来てしまっただけなのです。

踊りを見るのに飽きると、ボックが家の中に案内してくれて、きれいなベッドのある部屋を与えてくれました。シーツは青い布でできていて、ドロシーはトトを青い敷物の上で丸くさせながら、朝までぐっすり眠りました。

朝ごはんもたくさんいただき、トトと遊ぶ小さなマンチキンの赤ちゃんをながめていると、赤ちゃんはトトのしっぽをひっぱったり、きゃっきゃと笑ったりして、ドロシーはとても楽しくなりました。マンチキンの人たちは犬を見たことがなかったので、トトはみんなの人気者でした。

「エメラルドの都まで、どれくらい遠いの?」とドロシーがたずねると、

「わかりません」とボックはまじめな顔でこたえました。「私は行ったことがありませんし、オズさまに用がないなら、ふつうの人は近づかないほうがいいのです。都まではとても遠くて、何日もかかるでしょう。このあたりは豊かで平和ですが、旅の終わりまでは、きびしくて危険な場所も通らねばなりません。」

ドロシーは少し心配になりましたが、オズさまだけがカンザスに帰る手だてを知っていると信じていたので、勇気を出してあきらめないことに決めました。

みんなにさよならを言って、また黄色いレンガの道を歩きはじめました。しばらく歩いたところで、ちょっと休もうと思い、道ばたの柵にのぼって腰かけます。柵の向こうには大きなとうもろこし畑があり、遠くにかかしが一本の棒にささって立っていました。カラスを追い払うための、あのかかしです。

ドロシーは頬杖をついて、かかしをじっと見つめました。頭はワラで膨らませた小さな袋で、目や鼻や口が顔のように絵の具で描かれています。古いとんがり帽子は、誰かマンチキンの持ち物だったのでしょう。体も古びた青い服でできていますが、こちらもワラが詰めてありました。足には青いふちのついた古いブーツをはいていて、体の後ろには棒がささっていました。

ドロシーがふしぎそうにかかしの顔をじっと見ていると、目がひとつ、ゆっくりウインクしたのでびっくりしました。カンザスのかかしは決してウインクなんてしませんから。でも、かかしはつぎににこやかに頭を下げてくれたのです。ドロシーは柵からおりて、かかしのそばまで近づきました。トトは棒のまわりを走り回り、ワンワンと吠えています。

「こんにちは」と、かかしがちょっとガラガラ声で言いました。

「いま、しゃべったの?」と、ドロシーはびっくりして聞き返しました。

「もちろんさ」と、かかしはこたえました。「ごきげんいかが?」

「おかげさまで元気です」と、ドロシーは礼儀正しく答えました。「あなたはどうですか?」

「元気じゃないんだよ」と、かかしはにっこりしながら言いました。「こうして昼も夜も、ずっとこの棒の上でカラスを追い払う役は、ほんとうに退屈でね。」

「おりられないの?」とドロシー。

「いや、この棒が背中にささってるからね。もしおろしてくれたら、とてもありがたい。」

ドロシーは両手をのばして、かかしを棒から持ち上げておろしました。ワラでできているので、思ったよりとても軽かったのです。

「ほんとうにありがとう」と、かかしは地面に立つと感謝しました。「新しい人間になった気分だよ。」

ドロシーは、ぬいぐるみのような人が話したり、おじぎしたり、一緒に歩いたりするのがふしぎでなりませんでした。

「あなたは誰?」とかかしは伸びをして、あくびしながらたずねました。「そして、どこへ行くの?」

「わたしはドロシー。エメラルドの都へ行って、オズさまにカンザスへ帰る方法を教えてもらうの。」

「エメラルドの都ってどこ? オズさまって誰?」と、かかしはききました。

「まあ、知らないの?」と、ドロシーはびっくりしました。

「ええ、何も知らないんです。ぼくはワラでできているから、頭の中には脳みそがひとつもないんですよ」と、かかしは悲しそうに答えました。

「ああ、それはかわいそうね」と、ドロシーは言いました。

「もし僕が一緒にエメラルドの都に行ったら、オズさまは脳みそをくれると思う?」と、かかしがたずねました。

「わからないけど、いっしょに来てもいいわ。もしオズさまが脳みそをくれなくても、今より悪くなることはないもの。」

「そのとおりだ」と、かかしはうなずきました。「ぼくは手足も体もワラだから、けがもしないし、誰かに足をふまれたり針でさされたりしても、ぜんぜん平気なんだ。でも、“ばか”って言われるのはいやだし、頭の中がワラのままだと、何も知ることができないでしょう?」

「気持ちはよくわかるわ」と、ドロシーも心から同情しました。「いっしょに行きましょう。オズさまに頼んで、できることを全部お願いしてみるわ。」

「ありがとう」と、かかしはうれしそうに言いました。

ふたりは道までもどり、ドロシーがかかしを柵の向こうへ手伝って、黄色いレンガ道をエメラルドの都に向かって歩き出しました。

トトは最初、この新しい仲間があまり気にいらないようでした。ワラの中にネズミの巣でもあるんじゃないかと、くんくん嗅いでまわり、かかしに向かって時々うなったりしていました。

「トトのことは気にしないで」と、ドロシーはかかしに言いました。「トトは決して噛んだりしないから。」

「ぼく、トトは怖くないよ。ワラは痛くもかゆくもないからね。それよりバスケットを持たせてくれない? 疲れることはないから平気さ。実は、ぼくが唯一怖いものがあるんだ」と、かかしは内緒話のように言いました。

「なあに?」とドロシーはたずねました。「かかしを作ったマンチキンの農夫?」

「ちがうよ」と、かかしは答えました。「“火のついたマッチ”さ。」

第四章 森の中の道

しばらく歩くうちに、道はだんだんでこぼこしてきて、歩くのが大変になってきました。とくにかかしは脳みそがないので、まっすぐ歩いては穴に落ちたり、黄色いレンガの上にばったり倒れたりします。でも、ワラなので痛くもなんともありません。ドロシーがそのたびに助けおこして、一緒に笑いあいました。

このあたりの農場は、さっき通ってきたところよりずっと手入れがわるく、家も果樹も少なくなってきました。進むにつれて、あたりはさびしく、もの悲しい景色に変わっていきました。

お昼になると、道ばたの小川のそばに腰をおろし、ドロシーはバスケットからパンを取り出しました。かかしにもすすめましたが、かかしは首をふりました。

「ぼくはおなかがすかないんだ。運がいいよ。口は絵の具で書いてあるだけだから、もしパンを食べるために穴をあけたら、中のワラが出てきて頭の形がくずれてしまうんだ。」

「なるほど」と、ドロシーはうなずいて、自分だけでパンを食べました。

「ねえ、君のことやカンザスの話を聞かせてくれない?」と、かかしはドロシーが食べ終わるのを待って言いました。そこでドロシーは、カンザスがどんな灰色の土地か、どうやって竜巻に巻き込まれてオズの不思議な国に来たのか、全部話して聞かせました。

かかしは熱心に聞いてから言いました。「どうして君は、こんな綺麗な国を離れて、あの乾いて灰色だらけのカンザスに帰りたいんだい? ぼくにはさっぱりわからない。」

「それはあなたに脳みそがないからよ」と、ドロシーは言いました。「どんなに地味で灰色な故郷でも、血の通った人間なら、ほかのどんな素敵な国よりも自分の家で暮らしたいって思うものなの。家ほど素晴らしい場所はないんだから。」

かかしはため息をつきました。

「やっぱりぼくにはわからないや。もしみんなの頭がワラだったら、きっとみんな美しいところで暮らして、カンザスには誰もいなくなっちゃう。でも、みんなに脳みそがあってカンザスは幸せだね。」

「ねえ、休んでいるあいだ、何かお話してくれない?」とドロシーがたずねました。

かかしはちょっと悲しそうにこう言いました。「ぼくはついこの前、生まれたばかりだから、何も知らないんだ。きみが知らない昔のことも、何もわからない。でも、農夫がぼくの頭を作ったとき、最初に耳を描いてくれたから、まわりの話は聞こえてたよ。」

「もう一人、マンチキンの人がいてね。最初に農夫が『この耳、どうだい?』って言ったんだ。」

『ちょっと曲がってるよ』と、もう一人が答えた。

『かまわないさ。耳は耳さ』と農夫が言って、それもそうだと思った。

『次は目を作ろう』と農夫が言って、右目を描いてくれた。そうしたら、急に世界が見えて、すごくワクワクしたんだ。初めて見る世界だったからね。

『なかなかいい目だね。目は青が一番だ』と、見ていたマンチキンが言ったよ。

『じゃあ、もう一つはもうちょっと大きくしよう』と農夫が言って、左目はもっとよく見えるようになった。そのあと鼻と口も描いてくれたけど、そのときは口が何の役目か知らなかったから、何も言わなかった。体や腕や足を作ってくれるのを見るのは、ほんとうに楽しかった。頭を体につけてもらったときは、誰にも負けない立派な人間になった気がしたものさ。

『これでカラスもすぐに逃げるだろう』と農夫は言った。『まるで人間そっくりだ』

『ほんと、人間だよ』ともう一人が言って、ぼくも大賛成だった。農夫はぼくをかかえて畑まで運び、高い棒にさして立たせてくれた。ふたりはすぐに帰っていって――そこからは、ずっとひとりぼっちさ。」

「こんなふうに置き去りにされるのは嫌だったんです。だから、みんなの後を追いかけようとしました。でも、ぼくの足は地面に届かず、仕方なくあの棒の上にいなければなりませんでした。とても寂しい暮らしでした。作られてからまだ日が浅いので、何も考えることがなかったのです。とうもろこし畑には何羽ものカラスや他の鳥たちが飛んできましたが、ぼくを見るとすぐにぼくがマンチキンだと思って逃げていきました。それがぼくはちょっぴりうれしくて、自分がとても大事な存在のように感じられたのです。

しばらくして、一羽の年老いたカラスがぼくの近くにやってきて、じっとぼくのことを観察したあと、ぼくの肩にとまって言いました。

『この農夫は、こんなぶきっちょなやり方で、わしをだませると思ったのかのう。ちょっと考えれば、お前がただワラでできているって、どんなカラスでもすぐにわかるわい。』

それから、カラスはぼくの足もとに飛び降りて、好きなだけとうもろこしを食べはじめました。ほかの鳥たちも、そのカラスがぼくに何もされないのを見て、次々とやってきてとうもろこしを食べ始めたので、あっという間にたくさんの鳥がぼくのまわりに集まったのです。

このことはとても悲しかったです。ぼくはやっぱり良いかかしじゃなかったんだと気づいたからです。でも、そのお年寄りのカラスが慰めてくれました。『もしお前の頭に脳みそが入っていたら、他の誰にも負けない立派な人間になれたのに。いや、むしろ、何人かよりもずっといい人間になれたはずだよ。この世で大切なのは脳みそだけじゃ。カラスでも人間でも、それだけは変わらんよ。』

カラスたちがいなくなったあと、ぼくはその言葉について考え込み、一生懸命、なんとかして脳みそを手に入れようと決心しました。幸運にも、君がやってきて、ぼくを棒から引き抜いてくれた。君の話を聞いていると、きっとオズの大魔法使いなら、脳みそをくれるにちがいないと思えてきたんだ。」

「そうだといいわね」とドロシーは心から言いました。「あなたがそれをとても欲しがっているみたいだから。」

「もちろん。ぼくは脳みそがほしいんだ」とかかしは答えました。「自分が愚か者だってわかっているのは、とっても嫌な気分だよ。」

「じゃあ、さあ行きましょう」とドロシーは言って、かごをかかしに手渡しました。

道路ぞいにはもう柵もなく、土地はでこぼこしていて、一度も耕されたことがないようでした。夕方になると、彼らは大きな森にたどり着きました。そこでは木々がとても大きく、枝が道の上で重なり合っていました。木々の下は、枝葉が陽の光をさえぎって、ほとんど暗がりでしたが、旅人たちは立ち止まらずにそのまま森の中へ入っていきました。

「この道が森に入っているなら、きっと出口もあるはずだ」とかかしが言いました。「エメラルドの都は道の向こう側にあるんだから、どこまで続いていようと、進むしかないよ。」

「そんなの、誰でもわかるわ」とドロシーが言いました。

「もちろんさ。だから、ぼくもわかるんだよ」とかかしが返します。「これに脳みそがいるなら、ぼくは絶対に言えなかっただろうね。」

しばらく歩くうちに、あたりはだんだん暗くなり、彼らは闇の中をよろよろ進み始めました。ドロシーには何も見えませんでしたが、トトは見えていました。なにしろ犬は暗い中でもよく見えるものですし、かかしは昼間と同じくらい見えると宣言しました。そこでドロシーはかかしの腕につかまり、どうにか歩き続けました。

「もし家や、夜を過ごせそうな場所を見つけたら、教えてね」とドロシーは言いました。「暗い中を歩くのはとてもつらいから。」

まもなく、かかしが立ち止まりました。

「ぼくの右手に、小さな小屋が見えるよ」と言いました。「丸太と枝でできてるんだ。行ってみようか?」

「ええ、もちろん!」とドロシーが答えました。「もうくたくたなの。」

そこでかかしが木々の間を案内し、小屋にたどり着きました。ドロシーは中に入り、隅っこに乾いた葉っぱでできたベッドを見つけました。彼女はすぐに横になり、トトをそばに置いて、ぐっすり眠ってしまいました。かかしは疲れることがないので、別の隅に立ったまま、夜が明けるのをじっと待ち続けました。

第五章 ブリキの木こりの救出

ドロシーが目を覚ますと、木々のあいだから陽の光が差し込んでいました。トトはずっと前から外に出て、鳥やリスを追いかけていたようです。ドロシーは起きあがって、あたりを見回しました。かかしはまだじっと隅に立って、彼女を待っていました。

「水を探しに行かなくちゃ」とドロシーはかかしに言いました。

「どうして水がいるの?」とかかしはたずねました。

「道のほこりで顔をきれいに洗うためと、それに飲むためよ。パンが乾いているから、水がないと喉につかえてしまうの。」

「肉体でできているというのも大変なんだね」とかかしはしみじみ言いました。「寝なくちゃいけないし、食べたり飲んだりしなくちゃいけない。でも、君には脳みそがある。それだけの価値はあるんだろうね。」

ふたりは小屋を出て、林の中を歩いていくと、小さな泉を見つけました。ドロシーはそこで水を飲んで顔を洗い、朝ごはんを食べました。かごの中にはもうパンがほとんど残っていませんでしたが、かかしが食べる必要がなくて、今日一日、トトと自分の分だけでなんとか足りそうなことに、ドロシーは感謝しました。

朝ごはんを終えて黄色いれんが道に戻ろうとしたとき、近くで低い唸り声が聞こえて、ドロシーはびくっとしました。

「今の音、なに?」彼女はおそるおそるたずねました。

「さっぱりわからないけど、見に行ってみよう」とかかしが答えました。

そのとき、もう一度うめき声が聞こえ、今度はすぐ後ろから聞こえてきました。ふたりは森の中を何歩か進むと、木々のあいだから差し込む一筋の陽の光の中で、何かがきらりと光っているのをドロシーが見つけました。彼女はその場所まで走っていき、思わず小さな声で驚きの声を上げて立ち止まりました。

大きな木の一本が途中まで切られていて、そのそばに斧を振り上げたまま立っている男がいました。その体はすべてブリキでできていて、頭も腕も足も胴体に継ぎ目でついていました。けれど、まったく動かず、まるで固まってしまったかのようでした。

ドロシーもかかしも、その姿をあっけにとられて見つめていました。トトは鋭く吠えて、ブリキの足にかみつこうとしましたが、歯が痛くなってしまいました。

「うめき声を上げていたのはあなた?」とドロシーはたずねました。

「そうです」とブリキの男は答えました。「ぼくはもう一年以上もうめき続けているけれど、誰も気づいてくれたことも、助けにきてくれたこともなかったんです。」

「私にできることはありますか?」と彼女はやさしくたずねました。その男の悲しそうな声に、心を動かされたのです。

「油さしを持ってきて、ぼくの関節に油をさしてほしいんです。ひどくさびついて、まったく動かせなくなってしまったのです。油をさしてもらえれば、すぐに元通りになります。ぼくの小屋の棚に油さしがあるはずです。」

ドロシーはすぐに小屋に駆け戻って油さしを見つけ、急いでもどってきて心配そうに聞きました。「関節ってどこですか?」

「まずは首からお願いします」とブリキの木こりが答えました。そこでドロシーは首に油をさし、かかしがやさしくブリキの頭を左右に動かしてやると、だんだんスムーズになり、ついには男自身が首を動かせるようになりました。

「次は腕の関節を」と言いました。ドロシーが油をさし、かかしが慎重に曲げ伸ばししていくと、すっかりさびが取れて新品のように動くようになりました。

ブリキの木こりは満足そうにため息をつき、振り上げていた斧を木にもたせかけました。

「本当に助かりました。さびついてからずっと斧を持ち上げたままだったので、やっと降ろせてほっとしました。もし足の関節にも油をさしてもらえれば、もう大丈夫です。」

ふたりは足の関節にも油をさし、動かせるようになるまで丁寧に手助けしました。ブリキの木こりは何度も何度も礼を言いました。本当に礼儀正しく、そして感謝の気持ちでいっぱいの人でした。

「もし君たちが通りかかってくれなかったら、ぼくはきっとずっとここに立ちっぱなしだったでしょう。君たちは間違いなくぼくの命の恩人です。どうしてここへ?」

「これからエメラルドの都に行って、オズの大魔法使いに会いに行くんです」とドロシーは答えました。「あなたの小屋で夜を過ごさせてもらったんですよ。」

「どうしてオズに会いに行くの?」

「私はカンザスに帰してもらいたいし、かかしは頭に脳みそを入れてもらいたいの」とドロシーは言いました。

ブリキの木こりは少し考え込んでから言いました。

「オズは、ぼくに心をくれると思いますか?」

「ええ、きっと」とドロシーは答えました。「かかしに脳みそをくれるくらいなら、あなたに心をくれるのも同じくらい簡単なはずよ。」

「なるほど」とブリキの木こりは言いました。「それなら、もしよかったら、ぼくも一緒に連れて行ってください。都に行って、オズにお願いしてみたいんです。」

「一緒に行こうよ!」とかかしが心から歓迎し、ドロシーもあなたが一緒ならうれしい、と言いました。こうしてブリキの木こりは斧をかつぎ、三人とトトで森を抜けて、黄色いれんがの道まで戻りました。

ブリキの木こりはドロシーに油さしをかごに入れてほしいと頼みました。「もし雨に降られてまたさびたら、どうしても油さしが必要になるからね」と言ったのです。

新しい仲間が加わったのは幸運でした。旅を再開してまもなく、木や枝が道路に覆いかぶさって、とても通れないような場所にさしかかりました。けれど、ブリキの木こりが斧で見事に切り開いてくれたおかげで、みんなは先へ進むことができました。

ドロシーは夢中で歩いていたので、かかしが穴に落ちて道の端まで転がってしまったとき、気づきませんでした。かかしは、ドロシーに助けてと呼ばなければなりませんでした。

「どうして穴をよけて歩かなかったんだい?」とブリキの木こりがたずねました。

「ぼくはまだ知恵が足りないんだ」とかかしは明るく答えました。「ぼくの頭はワラでできているから、だからオズに脳みそをもらいに行くんだ。」

「なるほど」と木こりが言いました。「でも、脳みそだけが世界で一番大事なものじゃないよ。」

「君は脳みそがあるの?」とかかしが聞きました。

「いや、ぼくの頭は空っぽさ」と木こりが答えました。「でも、昔は脳みそも心もあったんだ。だから両方とも経験したけど、ぼくは心のほうがいいと思う。」

「どうして?」とかかしがたずねました。

「話をすればわかると思う」と木こりは言いました。

こうして三人とトトが森の中を歩いていくあいだ、ブリキの木こりは自分の身の上話をはじめました。

「ぼくは、森で木を切って生活していた木こりの息子だった。大きくなってからは父と同じ木こりになり、父が亡くなったあとは、長いあいだ母を大事に世話して暮らした。そして、ひとりぼっちは寂しいから、結婚しようと心に決めたんだ。

マンチキンの女の子の中に、とても美しい娘がいて、ぼくはすぐに心から彼女を好きになった。彼女も、もっと立派な家を建ててあげられるようになったら結婚しようと約束してくれたから、ぼくはこれまで以上に一生懸命働いた。でも、その子は怠け者のおばあさんと一緒に暮らしていて、おばあさんはその子に家事をしてもらうために誰にも嫁がせたくなかったんだ。そこでおばあさんは東の悪い魔女にお願いに行き、『結婚を邪魔してくれたら羊を二匹と牛を一頭あげます』と約束した。悪い魔女はぼくの斧に魔法をかけ、それからというもの、ぼくが家を早く建てて彼女と結婚したくて頑張っていたとき、斧が突然すべって、ぼくの左足を切り落としてしまった。

最初はとても不幸なことに思えたよ。片足じゃ木こりは務まらないと思った。でもぼくは錫細工屋に頼んで、ブリキの足を作ってもらった。慣れればとてもよく動いた。だけど、ぼくがあきらめなかったことで、東の悪い魔女は怒ってしまったんだ。また斧がすべって、今度は右足を切り落としてしまった。再び錫細工屋に新しいブリキの足を作ってもらった。そのあとも、魔法の斧は次々にぼくの両腕を切り落としたけど、ぼくは負けずにブリキの腕に付け替えてもらった。ところが魔女はさらに意地悪をして斧をすべらせ、ぼくの頭を切り落としてしまった。最初はもうおしまいだと思った。でも錫細工屋が通りかかって、ブリキの頭を作ってくれたんだ。

これで魔女に勝ったと思い、ますます働いた。でも、敵がどれほど意地悪か、ぼくはまだわかっていなかった。魔女はもっとひどい方法を思いつき、斧をすべらせて今度はぼくの胴体を真っ二つに切ってしまった。けれど錫細工屋がまた助けてくれて、ブリキの体を作ってくれて、手足も頭も関節でつなげてくれたから、今まで通り動けるようになった。でも、残念なことに、もう心はなくなってしまって、愛も何も感じなくなり、彼女と結婚したいとも思わなくなってしまった。たぶん彼女は今もあのおばあさんと暮らして、ぼくが迎えに行くのを待っているんだろう。

ぼくの体は太陽の光を浴びてピカピカ光って、とても自慢だった。それに、もう斧がどんなにすべっても、ぼくの体を切ることはできないから安心だった。しかし、関節がさびるという危険だけが残っていた。だから、ぼくは小屋に油さしを置いて、必要なときには自分で油をさしていた。ところが、ある日うっかり油をさすのを忘れてしまい、雨に降られたときには、関節がさびついてしまったんだ。そうして、君たちが助けてくれるまで、森の中でずっと立ちっぱなしになってしまったのさ。本当に恐ろしいことだったけれど、あの一年のあいだに、ぼくは心を失ったことが何よりも大きな悲しみだったと、しみじみ思った。恋をしていたとき、ぼくは世界一幸せな男だった。でも、心がなければ誰も愛せない。だからぼくは、オズに新しい心をもらいたいんだ。もしももらえたら、またマンチキンの娘の元に戻って、彼女と結婚するつもりさ。」

ドロシーとかかしは、ブリキの木こりの話にすっかり夢中になり、どうして彼が新しい心を切望しているのかよくわかりました。

「でも、ぼくはやっぱり脳みそをもらうよ」とかかしが言いました。「心があっても、愚か者じゃどうしていいかわからないさ。」

「ぼくは心のほうが欲しい」とブリキの木こりは言い返しました。「脳みそがあっても幸せにはなれないし、幸せこそがこの世で一番大切なものだもの。」

ドロシーは何も言いませんでした。どちらが正しいのか、こっそり考えてしまったからです。けれども彼女が一番心配だったのは、残りのパンがもうほとんどなく、次の食事でかごが空っぽになってしまうことでした。ブリキの木こりもかかしも何も食べませんが、ドロシーはワラやブリキではできていません。食べなければ、生きていけないのです。

第六章 臆病なライオン

そのあいだも、ドロシーたちはずっと深い森の中を歩いていました。道にはいまだに黄色いれんがが敷かれていましたが、たくさんの枯れ枝や落ち葉で覆われていて、とても歩きやすい道ではありませんでした。

この辺りには、ほとんど鳥もいませんでした。鳥たちは陽の光がたっぷり降り注ぐ開けた場所が大好きなのです。でも、ときどき、木々の間から野生の動物の低いうなり声が聞こえてきました。そのたび、ドロシーの心臓はドキドキしました。何がいるのかわからなかったからです。でもトトはわかっているようで、ドロシーのすぐそばを離れません。吠えることさえしませんでした。

「いつごろ森を抜けられるのかしら?」とドロシーはブリキの木こりにたずねました。

「それはわからないな」と木こりが答えました。「ぼくはエメラルドの都まで行ったことがないから。でも、子どものころ父が一度行ったことがあって、そのときは長い旅で危険な場所も多かったと言っていたよ。ただ、オズが住んでいる都に近づくにつれて、国はとても美しくなるそうだ。ぼくは油さしさえあれば全くこわくないし、かかしは何も傷つかないし、君はおでこに北の魔女のキスのしるしがあるから、それが君を守ってくれるよ。」

「でも、トトは?」とドロシーは心配そうに言いました。「トトはどうやって守ればいいの?」

「もし危ないことがあれば、ぼくたちが守ってあげればいいさ」とブリキの木こりが答えました。

ちょうどそのとき、森の奥からものすごいうなり声が響いてきました。その次の瞬間、大きなライオンが道に飛び出してきました。その太い前足でかかしをはじき飛ばし、かかしはごろごろと道の端まで転がりました。それから、ライオンは鋭い爪でブリキの木こりに飛びかかりました。でも、ライオンは驚いたことに、ブリキには傷一つつけられませんでした。木こりは転がって道に倒れたまま、じっと動きません。

トトは、いよいよ敵が現れると、吠えながらライオンに向かっていきました。ライオンは大きな口を開けてトトを噛もうとしました。そのとき、ドロシーはトトが殺されるのではないかと怖くてたまらなくなり、自分の危険もかえりみず、ライオンの鼻先を思いきりぴしゃりとたたきながら、叫び声をあげました。

「トトを噛もうなんて、絶対にだめよ! 大きな体をして、かわいそうな小さな犬に噛みつくなんて、恥ずかしくないの?」

「ぼくは噛んでないよ」と、臆病なライオンは言いました。ドロシーがたたいた鼻を前足でこすりながら。

「でも、噛もうとしたじゃないの」と彼女は言い返しました。「あなたなんて、ただの大きな臆病者よ。」

「それは自分でもわかってる」とライオンはうなだれて答えました。「ずっと前から自分が臆病者だって気づいてた。でも、どうしてもなおせないんだ。」

「私にはどうしたらいいかわからないわ。それに、あなたがかわいそうなかかしさんみたいな、詰め物の人をたたくなんて!」

「詰め物の人なの?」とライオンは驚いてたずねました。ドロシーがかかしを拾い上げて、また立たせ、形を整えているのを見ながら。

「もちろん詰め物よ」と、まだ怒りがおさまらないドロシーが言いました。

「だからあんなに簡単に転がったんだね」とライオンが言いました。「すごい勢いで回ったからびっくりしたよ。じゃあ、もう一人も詰め物かな?」

「いいえ」とドロシーは答えました。「あの人はブリキでできてるの。」そう言って、ブリキの木こりを助け起こしました。

「だからぼくの爪がすり減りそうになったんだ」とライオンが言いました。「ブリキをひっかいたとき、背中がぞくっとしちゃったよ。君がそんなに大事にしているあの小さな動物は何なの?」

「彼は私の犬のトトよ」とドロシーが答えました。

「ブリキでできてるの? それとも詰め物?」とライオンがたずねました。

「どちらでもないわ。ええと……ほんとうの犬なの」と女の子は答えました。

「へえ! 変わった動物だね、それにとても小さいんだね、こうして見ると。こんな小さなものを噛もうなんて誰も思わないよ、ぼくみたいな臆病者じゃなければ」とライオンは悲しそうに言いました。

「どうして臆病者になったの?」とドロシーは不思議そうに、ライオンを見つめました。彼は小さな馬くらい大きかったのです。

「それが謎なんだ」とライオンは答えました。「きっと生まれつきなんだと思う。他の森の動物たちはみんな、ライオンなら勇敢なのがあたりまえだと考えている。ライオンは獣の王って、どこでも思われてるからね。ぼくは大声でほえると、どんな生き物もおびえて逃げていくって覚えたんだ。人間に会うととても怖いけど、ほえてしまえば相手は必ず全速力で逃げていく。もしゾウやトラやクマたちがぼくに立ち向かってきたら、ぼくだって逃げ出していただろう――それくらいぼくは臆病者なんだ。でも、ぼくがほえるとみんな逃げていくから、ぼくもそのまま行かせてやるんだよ。」

「でも、それじゃだめよ。獣の王様が臆病者なんて」と、かかしが言いました。

「わかってる」と、ライオンはしっぽの先で涙をぬぐいながら答えました。「それがぼくの大きな悩みで、ぼくの人生をとても不幸にしているんだ。危険があると、すぐに心臓がドキドキしはじめる。」

「もしかして、心臓の病気なんじゃ?」とブリキの木こりが言いました。

「そうかもしれないね」とライオンは答えました。

「もしそうなら、むしろうれしいことだよ」とブリキの木こりは続けました。「心臓がある証拠だから。ぼくには心臓がないから、心臓の病気にもなれないし。」

「もしかしたら」とライオンは思案しながら言いました。「ぼくに心臓がなければ、臆病者じゃなかったかもしれない。」

「頭はあるの?」とかかしがたずねました。

「たぶんね。でも見たことはないな」とライオンは答えました。

「ぼくは偉大なオズに、頭をくれるよう頼みに行くところだよ」と、かかしが言いました。「だってぼくの頭はワラが詰まっているんだもの。」

「ぼくはオズに、心臓をくれるよう頼むつもりさ」と木こりが言いました。

「私は、トトと私をカンザスに戻してくれるようお願いするの」とドロシーが言いました。

「オズは、ぼくにも勇気をくれると思う?」と臆病なライオンがたずねました。

「ぼくに頭をくれるのと同じくらい簡単にくれるさ」とかかしが言いました。

「ぼくに心臓をくれるのと同じように」とブリキの木こりが言いました。

「私をカンザスに返してくれるのと同じくらいに」とドロシーが言いました。

「じゃあ、もしよければ、ぼくも一緒に行っていいかな」とライオンが言いました。「勇気がないと、ぼくの人生はとても耐えられないんだ。」

「ぜひ来てちょうだい」とドロシーが答えました。「他の野獣たちを追い払ってくれそうだし。あなたがそんなに簡単に追い払えるくらいなんだから、きっと彼らのほうがあなたより臆病なんでしょうね。」

「本当にそうなんだ」とライオンは言いました。「でも、それでぼくが勇敢になるわけじゃないし、自分が臆病者だってわかっている限り、ぼくはずっと不幸だよ。」

こうして、ちいさな一行はまた旅を続けることになりました。ライオンは堂々とした足どりでドロシーのそばを歩きました。最初、トトは新しい仲間が気に入らなかったのですが、それはもう少しでライオンの大きなあごに挟まれそうになったことを思い出していたからです。でもしばらくすると慣れてきて、やがてトトと臆病なライオンは仲の良い友だちになりました。

その日、その後は何の冒険もなく、みんな平和に旅を続けました。ただ一度だけ、ブリキの木こりが道をはい回っていた小さな甲虫をうっかり踏みつぶしてしまいました。それがかわいそうで、ブリキの木こりはとても悲しくなりました。彼はいつも生き物を傷つけないよう気をつけていたのです。それで歩きながら、悲しみの涙をいくつも流しました。その涙がゆっくり彼の顔を流れ、あごの蝶番の上を通って、そこをさびつかせてしまいました。そのうち、ドロシーが何かたずねても、ブリキの木こりは口が開けられません。あごがしっかりとさびついてしまったのです。彼はとてもこわくなって、あれこれ身ぶりでドロシーに助けてくれるよう頼みましたが、ドロシーにはわかりませんでした。ライオンも何が起きたのかわからず困ってしまいました。でもかかしが、ドロシーのバスケットから油さしをつかんで、木こりのあごに油をさしてくれたので、しばらくするとまた元どおりに話せるようになりました。

「これで、注意するようになるよ」と木こりは言いました。「また虫や甲虫を踏んだら、きっとまた涙を流して、涙であごがさびついて話せなくなってしまうから。」

それからはとても注意して、道の上をよく見ながら歩きました。小さなアリがせっせと通っていたら、ちゃんとまたいで、けして踏まないようにしたのです。ブリキの木こりは自分に心がないことをよくわかっていたので、どんなことでも決して残酷になったり意地悪になったりしないよう、いっそう気をつけていたのでした。

「心があるみんなは、ちゃんと進むべき道がわかるから、まちがえることはないよ。でもぼくには心がないから、とても気をつけなくちゃいけないんだ。オズが心をくれたら、もうそんなに心配しなくてすむのにな。」

第七章 オズのもとへの旅

その夜、一行は森の中の大きな木の下で野宿をすることになりました。近くに家は一軒もなかったからです。その木は枝が茂っていて夜露からみんなを守ってくれました。ブリキの木こりが斧でたくさんの薪を切り出し、ドロシーはそれで立派な焚き火を作りました。火は彼女をあたため、さびしい気持ちもやわらげてくれました。ドロシーとトトは残りのパンをすっかり食べてしまい、朝ごはんをどうしようかと心配になりました。

「もしよければ、ぼくが森に入って、君たちのために鹿をしとめてくるよ」とライオンが言いました。「火で焼けば、おいしい朝ごはんになるだろう。君たちは変わったものが好きだね、料理した食べ物を好むなんて。」

「だめ! やめて!」とブリキの木こりがあわてて頼みました。「かわいそうな鹿を殺したら、ぼくはきっとまた泣いてしまう。そうしたらまたあごがさびついちゃうよ。」

でもライオンは森に入って、自分の晩ごはんを見つけてきました。けれど彼が何を食べたかは誰にもわかりません。だって、ライオンは何も言わなかったからです。かかしは木にいっぱいなった木の実を見つけて、ドロシーのバスケットをいっぱいにしてくれました。これでしばらくはお腹をすかせずにすみます。かかしがとても親切で思いやり深いことにドロシーは感激しましたが、彼が木の実を拾う様子がとてもぎこちなくて、おかしくて思わず笑ってしまいました。かかしの手は詰め物が入っていて不器用なうえに、木の実はとても小さいので、バスケットに入れるよりも落としてしまうほうが多かったのです。でもかかしは時間がかかっても全く気にしませんでした。だって火のそばに近づくのがこわかったので、ゆっくりしていたほうがよかったのです。もし火花がワラに飛び込んだら、焼けてしまうかもしれないからです。だから火から十分離れて、ドロシーが眠るときにだけ、そっと近づいて乾いた葉っぱでドロシーをくるんでくれました。おかげで彼女はとてもぽかぽかして、ぐっすり眠ることができました。

朝になると、ドロシーは小川のせせらぎで顔を洗い、みんなはまたエメラルドの都をめざして出発しました。

今日は旅人たちにとって波乱の一日になるのでした。歩きはじめてまだ一時間もたたないうちに、大きな溝が道を横切り、森をずっと先まで分けているのが見えました。それはとても広い溝で、そっと端まで行って中をのぞくと、とても深く、底には大きなごつごつした岩がたくさんありました。壁が急で、誰も降りていけそうにありません。しばらくの間、一行はここで旅の終わりかもしれないと思いました。

「どうしたらいいの?」とドロシーはがっかりしてたずねました。

「まるで見当もつかない」とブリキの木こりが言いました。ライオンもたてがみを振って、難しい顔をしました。

でもかかしが言いました。「飛ぶことはできないのは確かだね。それに、こんな大きな溝を降りていくこともできない。だから、もし飛び越えられなければ、ここで立ち止まるしかない。」

「ぼくなら飛び越えられるかもしれない」と臆病なライオンが、距離をよく見てから言いました。

「それなら大丈夫だ」とかかしが答えました。「あなたがぼくらを一人ずつ背中に乗せて運んでくれればいいんだ。」

「うん、やってみよう」とライオンは言いました。「最初は誰が行く?」

「ぼくが行くよ」とかかしが言いました。「もし飛び越えられなかったら、ドロシーが死んでしまうし、ブリキの木こりは岩でひどくへこんでしまう。でもぼくなら落ちても平気だし、たいしたことじゃない。」

「ぼくは落ちるのがすごくこわいんだけど、ほかに方法がないならやるしかないね。じゃあ、ぼくの背中に乗って」と臆病なライオンが言いました。

かかしはライオンの背中に乗りました。大きなライオンは溝のふちまで歩き、身をかがめました。

「走ってジャンプすればいいじゃない」とかかしが言いました。

「ライオンはそうやって飛び越えたりしないんだ」とライオンは答えました。それから大きく跳び上がって空中を飛んで、向こう側に無事着地しました。みんなはその様子に大喜びしました。そしてかかしが背中から降りると、ライオンはまた跳び越えてこちら側に戻りました。

次はドロシーが行く番です。ドロシーはトトを抱っこして、ライオンの背中によじ登り、たてがみにつかまりました。次の瞬間、彼女はまるで空を飛んでいるようで、気づいたときにはもう向こう岸に無事に着いていました。ライオンはもう一度戻って、こんどはブリキの木こりを運びました。みんなで少し休み、ライオンが息を切らせて、まるで長いあいだ走り回った大きな犬のように、はあはあと息をついているのを待ちました。

この岸の森はとても深く、薄暗くて陰気に見えました。ライオンがひと休みしたあと、一行は黄色いレンガの道を進み始めました。みんな心の中で、森の終わりにたどり着いて、また明るい日の光を浴びることができるのだろうかと、静かに思いをめぐらせていました。さらに不安なことに、森の奥から奇妙な音が聞こえてきました。ライオンがそっと言いました。「このあたりはカリダーたちが住んでいるんだ。」

「カリダーってなあに?」とドロシーがたずねました。

「カリダーは、体がクマで頭がトラみたいな、ものすごい怪物だよ」とライオンは答えました。「それに爪がとても長くて鋭くて、ぼくをまっぷたつに引き裂けるくらいなんだ。ぼくはカリダーが大の苦手さ。」

「それはこわいわね」とドロシーは言いました。「あなたが怖がるのも無理ないわ。」

ライオンが答えようとしたとき、急にまた別の大きな溝が道をふさいでいました。でも今度の溝は、さっきよりもずっと広く深かったので、ライオンにも到底飛び越えられません。

みんな腰を下ろしてどうしたらよいか考えました。かかしがじっくり考えてから言いました。「ここに大きな木があるよ、ちょうど溝のそばに。ブリキの木こりがこの木を切り倒して向こう側に倒せば、橋にして渡れるよ。」

「すばらしい考えだ」とライオンが言いました。「頭の中がワラじゃなくて、本当に脳みそが入っているんじゃないかと思うくらいだ。」

ブリキの木こりはすぐに作業に取りかかりました。斧の切れ味はよく、木はあっという間にほとんど切れました。そこでライオンが太い前足で木を強く押すと、大きな木はゆっくりと傾き、ばさりと音を立てて、枝の先が向こう側に届きました。

みんながこのおかしな橋を渡り始めたとき、突然鋭いうなり声がして、みんなが驚いて見上げると、なんと恐ろしい二匹のカリダーがこちらに向かって走ってくるではありませんか。

「カリダーだ!」と臆病なライオンが、ぶるぶる震えながら言いました。

「急いで!」とかかしが叫びました。「渡るんだ!」

ドロシーはトトを抱きしめて一番に渡り、次にブリキの木こり、続いてかかしが行きました。ライオンは怖かったのですが、勇気を出してカリダーたちと向かい合いました。そしてとてつもなく大きな声でほえると、ドロシーはびっくりして悲鳴をあげ、かかしは後ろ向きに倒れてしまいました。カリダーたちも思わず立ち止まり、驚いた顔をしました。

でも、自分たちのほうがライオンより大きいし、二匹いることを思い出し、カリダーはまた駆け寄ってきました。ライオンも木の橋を渡り、向こう側でみんなと一緒になって、カリダーたちがどうするか見ていました。カリダーたちも何のためらいもなく、木の上を渡り始めました。ライオンはドロシーに言いました。

「もうだめだよ、きっとあの鋭い爪でぼくたちみんなバラバラにされてしまう。でも、ぼくが生きている限り君たちの前で戦うから、すぐ後ろにいてくれ。」

「待って!」とかかしが声をかけました。彼は何が一番いいか考えていたのです。そして今、ブリキの木こりに、橋のこちら側の木の根元を斧で切り落とすよう頼みました。ブリキの木こりはさっそく作業にとりかかりました。カリダーたちが渡りきろうとしたそのとき、木ががたがた揺れて、ついに大きな音を立てて谷底に落ちていきました。二匹のカリダーも一緒に落ち、鋭い岩にたたきつけられてバラバラになってしまいました。

「ふう」と臆病なライオンは大きく息を吐きました。「これでしばらくは生き延びられそうだ。それにしても、生きていないってことは、きっととても不快なことなんだろうね。あの生き物たちにはほんとうに怖い思いをさせられたから、まだ心臓がドキドキしてるよ。」

「ああ」とブリキの木こりは悲しそうに言いました。「ぼくにもドキドキする心があればいいのにな。」

この冒険で、一行はますます森を抜け出したい気持ちが強くなりました。みんなは足早に進み、ドロシーは疲れてしまい、ライオンの背中に乗ることになりました。進むにつれて森の木々はだんだんまばらになり、午後には、目の前に広い川が流れているのを見つけました。向こう岸には黄色いレンガの道が続き、美しい緑の野原に色とりどりの花が咲き、木々にはおいしそうな果物がたくさんなっていました。一行はその美しい景色を見て、大いに喜びました。

「どうやって川を渡りましょう?」とドロシーがたずねました。

「簡単だよ」とかかしが答えました。「ブリキの木こりがいかだを作ってくれれば、みんなで浮かんで向こう岸まで行けるよ。」

そこで木こりは斧を取り、小さい木を切り倒していかだを作り始めました。そのあいだ、かかしは川岸でたくさん実った果物の木を見つけました。ドロシーは一日中ナッツしか食べていなかったので、熟した果物を食べておなかいっぱいになりました。

でも、たとえブリキの木こりがどんなに働き者でも、いかだ作りには時間がかかります。夜になっても完成しませんでした。そこでみんなは木の下の心地よい場所を見つけて眠りました。ドロシーはエメラルドの都や、やがて自分を家に帰してくれる良いオズの魔法使いの夢を見ました。

第八章 死のけしの野原

次の朝、旅人たちは元気いっぱいで目を覚ましました。ドロシーは川べりの木になった桃やプラムで、まるでお姫さまのような朝ごはんを食べました。後ろには安全に通り抜けた暗い森があり、いろいろな困難も乗り越えてきました。でも目の前には、エメラルドの都へと誘っているような、明るく美しい国が広がっていたのです。

たしかに、広い川がこの美しい土地から彼らを切り離していました。でも、いかだはもうほとんどできあがっていて、ブリキの木こりがもう何本か丸太を切って木の杭でしっかりとつなぎ合わせると、いよいよ出発の準備が整いました。ドロシーは筏の真ん中に腰を下ろし、トトをしっかりと抱きしめました。臆病なライオンがいかだに乗り込むと、大きくて重たいのでぐらぐらと傾いてしまいます。けれども、かかしとブリキの木こりが反対側に立ってバランスをとり、長い棒を使っていかだを水の上で押して進むことにしました。

最初のうちはうまくいっていましたが、川の真ん中にさしかかると、速い流れがいかだをぐんぐんと下流へ押し流していき、黄色いレンガの道からどんどん遠ざかっていきました。水はどんどん深くなり、長い棒も底につかなくなってしまいました。

「これは困ったぞ」とブリキの木こりが言いました。「もし陸にたどり着けなければ、ぼくらは西の悪い魔女の国に流されてしまう。そうなったら、魔法で奴隷にされてしまうぞ。」

「そうしたら、ぼくは頭がもらえなくなっちゃう」とかかしが言いました。

「ぼくは勇気がもらえなくなる」と臆病なライオンが言いました。

「わたしは心がもらえなくなる」とブリキの木こりが言いました。

「わたしはカンザスに帰れなくなっちゃう」とドロシーが言いました。

「とにかく、なんとしてもエメラルドの都に行かなくちゃ」とかかしが続けました。そう言いながら、かかしは長い棒でぐいっと押しましたが、棒は泥に深く刺さって抜けなくなってしまいました。引き抜く間も、手を離す間もなく、いかだは流されていき、かわいそうなかかしは川の真ん中で棒にしがみついたまま取り残されてしまいました。

「さようなら!」とかかしはみんなに叫びました。みんなはかかしを置いていくのがとても悲しかったのです。実は、ブリキの木こりは泣きだしてしまいましたが、幸いなことに、泣いたら錆びついてしまうのを思い出し、ドロシーのエプロンで慌てて涙をぬぐいました。

もちろん、かかしにとってはとても悪い出来事でした。

「これじゃあ、ドロシーに会ったときよりひどくなってしまった」とかかしは考えました。「あのときはトウモロコシ畑の棒に刺さって、カラスを追い払うふりぐらいはできた。でも、川の真ん中の棒に刺さっているかかしなんて、何の役にも立たないよ。やっぱりぼくは、頭を手に入れられないかもしれないなあ!」

いかだはどんどん流れていき、かかしはどんどん遠ざかっていきました。そのとき、ライオンが言いました。

「なんとかしないと、みんな助からない。ぼくが岸まで泳いで、いかだを引っ張るよ。みんなはぼくのしっぽの先をしっかりつかまってて。」

そう言うと、ライオンは水に飛びこみ、ブリキの木こりがしっかりとしっぽをつかみました。ライオンは力いっぱい岸へ向かって泳ぎ始めました。大きな体なのに大変な力仕事でしたが、やがて流れから抜け出すと、ドロシーがブリキの木こりの長い棒を使っていかだを押し、岸にたどり着くことができました。

やっとの思いで岸に上がり、みんな草の上に降り立つと、すっかりくたびれてしまいました。それに、川の流れで黄色いレンガの道からずいぶん離れてしまったこともわかりました。

「これからどうしよう?」とブリキの木こりが言い、ライオンは草の上に寝ころんでお日さまに体を乾かしてもらっています。

「何とかして道に戻らなきゃ」とドロシーが言いました。

「いちばんいいのは、川沿いを歩いて行って、また道に出ることだろう」とライオンが提案しました。

みんなが休み終えると、ドロシーはバスケットを持って、草の生えた川岸を歩き始めました。川が自分たちを運んできた道まで戻るためです。花や果樹がたくさんあって、太陽も明るく、とても素敵な国でした。もし、かかしのことを思って悲しまなければ、本当に幸せな気分になれたでしょう。

できるだけ速く歩き、ドロシーは一度だけきれいな花を摘むために立ち止まっただけでした。しばらくすると、ブリキの木こりが叫びました。「見て!」

みんなが川の方を見ると、かかしが棒にしがみついたまま川の真ん中にいて、とても寂しそうで悲しげでした。

「あの子を助けるにはどうしたらいいの?」とドロシーが言いました。

ライオンも木こりも首を振るばかりで、どうしたらいいかわかりません。そこで、みんなで土手に座って、かかしをじっと見つめていると、一羽のコウノトリが飛んできて、水辺に降りて休みました。

「あなたたちは誰で、どこに行くところなの?」とコウノトリが尋ねました。

「わたしはドロシー。こっちはブリキの木こりと臆病なライオン。みんなでエメラルドの都へ行く途中なの」とドロシーが答えました。

「ここは道じゃないわよ」とコウノトリは長い首をひねって、不思議な一行をじっと見ました。

「ええ、わかっています」とドロシーは言いました。「でも、かかしを失くしてしまって、どうやって連れ戻したらいいか考えているんです。」

「かかしはどこにいるの?」とコウノトリが尋ねました。

「あそこ、川の中です」ドロシーが答えました。

「もし、そんなに大きくて重くなければ、連れてきてあげるんだけど」とコウノトリが言いました。

「全然重くないんです!」とドロシーは嬉しそうに言いました。「中はわらで詰まっているだけですから。もし連れ戻してくださったら、何度でもお礼を言います。」

「じゃあ、やってみましょう」とコウノトリは言いました。「でも、もし重すぎたら、また川に落とさなきゃいけませんよ。」

そして大きな鳥は空へ舞い上がり、水の上を飛んでかかしのところまで行きました。コウノトリは大きな足でかかしの腕をしっかりつかむと、空高く持ち上げて土手まで運んできました。そこでは、ドロシーとライオン、ブリキの木こり、そしてトトが待っていました。

かかしは友だちのもとに戻れて、とてもうれしくて、みんなをぎゅっと抱きしめました。ライオンもトトも例外ではありません。それから歩きながら、「トルデリデオー!」と一歩ごとに陽気に歌い出しました。

「ずっと川の真ん中にいるのかと思って怖かったけれど、やさしいコウノトリさんが助けてくれた。もし頭を手に入れたら、今度はコウノトリさんにお礼をしに行くよ」とかかしは言いました。

「大丈夫よ」とコウノトリは空を一緒に飛ぶようについてきながら言いました。「困っている人を助けるのは大好きなの。でも、もう行かなくちゃ。巣で赤ちゃんたちが待っているから。エメラルドの都に着いて、オズが願いをかなえてくれますように。」

「ありがとう」とドロシーが答えると、コウノトリは空へ飛びあがり、すぐに見えなくなりました。

みんなは美しい鳥たちの歌に耳をすませたり、あたり一面に咲く花々に目を奪われたりしながら歩きました。花はどんどん増えていき、地面いっぱいに咲き乱れています。黄色や白、青や紫の大きな花に、真っ赤なケシの花の群れもあって、その鮮やかさはドロシーの目が眩むほどでした。

「きれいね!」とドロシーは息を飲みながら言いました。

「そうだね。頭があればもっと好きになれると思うんだけど」とかかしが言いました。

「もし心があったら、きっと大好きになっただろうな」とブリキの木こりが付け加えました。

「ぼくは花が昔から好きだよ。弱くて、頼りない感じがするけど、この森にはこんなに明るい花は咲いていなかった」とライオンが言いました。

やがて、真っ赤なケシの花がどんどん増えて、ほかの花は少なくなり、あたり一面がケシの大草原になってしまいました。ケシの花がたくさん集まると、その香りはとても強く、吸いこむと誰でも眠ってしまうことはよく知られています。そして、一度眠ると、誰かが運び出さない限り、ずっと目を覚ますことができないのです。でも、ドロシーはそんなことは知りませんし、どこへ行っても真っ赤な花ばかりなので、どうすることもできません。だんだん目が重くなってきて、どうしても座って休みたくなり、眠りそうになってしまいました。

けれども、ブリキの木こりはそれをさせませんでした。

「暗くなる前に、黄色いレンガの道に戻らなくちゃ」と言いました。かかしも賛成でした。みんなで歩き続けましたが、とうとうドロシーは立っていられなくなり、知らず知らずのうちに目を閉じて、どこにいるかもわからないまま、ケシの花の中にばったり倒れて眠り込んでしまいました。

「どうしよう?」とブリキの木こりが言いました。

「このままじゃ彼女は死んでしまうよ」とライオンが言いました。「この花の匂いは、ぼくらみんなをダメにしちゃう。ぼくだってもう目を開けていられないし、トトももう眠っている。」

その通りでした。トトは小さなご主人のそばで眠ってしまっています。でも、かかしとブリキの木こりは体が肉でできていないので、花の香りには平気です。

「急いで走れ」とかかしはライオンに言いました。「この死の花畑をできるだけ早く抜け出すんだ。ぼくたちはドロシーを運んでいくから。でも、君が寝ちゃったら、あまりに大きすぎて運べない。」

ライオンは体を起こし、できるだけ速く跳ねるように走っていきました。あっという間に姿が見えなくなりました。

「手で椅子を作って運ぼう」とかかしが言いました。二人はトトを拾い上げ、ドロシーのひざにのせてから、自分たちの手で椅子のような形を作り、その上に眠るドロシーを座らせて運びました。

どこまでも歩きました。死の花でできたじゅうたんは、どこまでいっても終わらない気がしました。二人は川に沿って歩き、とうとうケシの花畑の端に着くと、そこにはライオンが眠っていました。大きな体も花の力には勝てず、ほんの少し草地が見えるところまで来て眠り込んでしまったのです。

「どうすることもできないな」とブリキの木こりは悲しそうに言いました。「ライオンは重すぎて運べない。ここに寝かせておくしかない。きっと夢の中で、勇気を見つけることができるといいんだけど。」

「残念だなあ」とかかしが言いました。「あんなに臆病だけど、とてもいい仲間だったのに。でも、先に進もう。」

二人は眠っているドロシーを川べりのきれいな場所まで運び、ケシの花畑から十分離れたところで、やさしく草の上に寝かせました。そして、そよ風が彼女を目覚めさせるのを待ちました。

第九章 野ねずみの女王

「もう、黄色いレンガの道から遠くはないはずだよ」とかかしが、ドロシーのそばで言いました。「川が運んだ分くらいは、もう歩いてきたもの。」

ブリキの木こりが返事をしようとしたとき、低いうなり声が聞こえ、首を回して(彼の首は立派な蝶番で動きます)、不思議な動物が芝生を跳ねて近づいてくるのが見えました。それは大きな黄色いヤマネコで、何かを追いかけているようでした。耳はぴったりと頭に伏せられ、口を大きく開けて、恐ろしい歯を二列も見せています。赤い目は火の玉のようにぎらぎら輝き、その前をちょろちょろと小さな灰色の野ねずみが逃げていました。心はなくても、ブリキの木こりは、こんなかわいくて無害な生き物をヤマネコが殺そうとするのはよくないことだと思いました。

そこで彼は斧を持ち上げ、ヤマネコが駆け抜けたときに、すばやく頭を切り落としてしまいました。ヤマネコは二つに分かれて足元に転がりました。

野ねずみは、危険から解放されてぴたりと立ち止まり、ブリキの木こりのところへゆっくり近づいて、細い声で言いました。

「まあ、ありがとう、ありがとう! 命を助けてくださって。」

「そんな、お礼なんていりませんよ」と木こりは答えました。「心がないから、助けを必要とするものがいれば誰にでも手を貸すことにしているんです。たとえそれがねずみでも。」

「ねずみだなんて!」と小さな動物は怒ったように言いました。「わたしは女王――野ねずみの女王よ!」

「まあ、それはそれは」と木こりは丁寧におじぎをしました。

「ですから、わたしの命を救ったあなたは、とても偉大で勇敢なことをしたのです」と女王は続けました。

そのとき、何匹ものねずみたちが小さな足で一生懸命駆けてきて、女王を見つけると口々に叫びました。

「まあ、女王さま! 殺されちゃったかと思いました! どうやってあのヤマネコから逃げられたのですか?」みんな頭が地面につきそうなほど深々とおじぎをしました。

「このおかしなブリキの男がヤマネコをやっつけて、わたしを助けてくれたのよ。だから、これからはみんな、彼に仕え、ちょっとしたお願いでも聞いてあげるのよ。」

「はい!」ねずみたちは甲高い声で声をそろえて答えました。そのとたん、トトが目を覚まして、ねずみたちのまん中に飛び込んできました。カンザスにいたころから、トトはねずみを追いかけるのが大好きだったので、悪気はありません。

でも、ブリキの木こりはすぐにトトをつかまえて、しっかりと抱きしめ、「戻っておいで、トトは君たちを傷つけたりしないよ!」とねずみたちに呼びかけました。

すると、野ねずみの女王が草むらからおずおずと顔を出し、「ほんとうに噛みついたりしないの?」と心配そうに尋ねました。

「ぼくが絶対にさせません。安心して」と木こりは言いました。

ねずみたちは一匹ずつ戻ってきました。トトはもう吠えませんでしたが、ブリキの木こりの腕から逃げ出そうとしたり、噛みつこうとしたりしました。でも、相手がブリキでできていると知っていたので、結局諦めました。やがて、一番大きなねずみが口を開きました。

「何か、お礼にできることはありませんか?」と聞きました。

「思いつくことはありません」と木こりが答えました。でも、かかしはわらしか詰まっていない頭で一生懸命考え、急に「そうだ、臆病なライオンを助けてくれればいいよ。彼はケシの花畑で眠っているんだ」と言いました。

「ライオンですって!」と女王は叫びました。「そんなの、わたしたちみんな食べられちゃいます。」

「いいえ、このライオンは臆病なんです」とかかしは言いました。

「本当ですか?」とねずみが尋ねました。

「本人がいつもそう言っています。それに、ぼくたちの友だちには絶対に危害を加えません。もし助けてくれたら、ライオンはみんなに親切にするって約束します。」

「わかりました。あなたを信じましょう。でも、どうしたらいいのですか?」

「女王さまの命令でいうことを聞くねずみは、たくさんいるんですか?」

「ええ、何千匹もいます」と女王が答えました。

「それなら、できるだけ早く呼んできてもらって、それぞれ一本ずつ長いひもを持ってきてください。」

女王は付き従うねずみたちに命じ、みんなは大急ぎであらゆる方向に散っていきました。

「じゃあ、ブリキの木こりさん、川べりの木のところで、ライオンを運ぶ台車を作ってください」とかかしが言いました。

ブリキの木こりはすぐに木のところへ行き、枝葉を切り落とした木の枝から台車を作り始めました。木の杭でしっかりと組み立て、四つの車輪も太い木の幹を輪切りにして作りました。とても手際よく働いたので、ねずみたちが戻ってくるころには、もう台車は完成していました。

ねずみたちは四方八方からやってきて、何千匹も集まりました。大きなねずみ、小さなねずみ、ふつうのねずみ。それぞれが口にひもをくわえてきました。ちょうどそのころ、ドロシーも長い眠りから目を覚まし、びっくりして草の上に寝ている自分のまわりを、何千ものねずみが怖がりながら取り囲んでいるのを見ました。でも、かかしがこれまでのいきさつを話し、立派な小さなねずみを指して「ご紹介します。女王さまです」と言いました。

ドロシーは真面目な顔でうなずき、女王もおじぎをし、それからすっかり打ち解けて仲良くなりました。

かかしと木こりは、持ってきたひもでねずみたちを台車につなぎ始めました。ひもの一方をねずみの首に、もう一方を台車に結びつけます。もちろん、台車はねずみたちに比べて千倍も大きいのですが、何千匹もつなげば、ぐいぐい引っ張って進むことができました。かかしもブリキの木こりも台車に乗ることができ、奇妙な小さな馬車に運ばれて、眠っているライオンのところまであっという間に着きました。

ライオンは重かったので、たいへんな苦労でしたが、なんとかみんなで台車に乗せることができました。すると女王さまは大急ぎで出発の合図を出しました。ケシの花畑に長くいると、ねずみたちも眠ってしまうかもしれないと心配したのです。

最初は、小さな野ねずみたちがいくらたくさんいても、重たい荷車を動かすのはなかなか大変でした。でも、ブリキの木こりとかかしが後ろから押して手伝うと、だんだんうまく進むようになりました。やがて、彼らは臆病なライオンをけしの花畑から緑の野原へと運び出しました。そこは、毒のある花の香りではなく、やさしくて新鮮な空気がいっぱいでした。

ドロシーは彼らを出迎え、自分の大事な仲間を死の危険から救ってくれた小さなねずみたちに、心からお礼を言いました。大きなライオンのことがすっかり好きになっていたので、助かったことがとてもうれしかったのです。

それからねずみたちは荷車からはずされると、草の中をちょこちょこと自分たちの家へ帰っていきました。野ねずみの女王だけが最後に残りました。

「またいつか私たちが必要になったら」と、女王は言いました。「野原に出て呼んでごらんなさい。きっと私たちは声を聞きつけて、助けに駆けつけますよ。さようなら!」

「さようなら!」とみんなも答え、女王は走り去りました。ドロシーはトトが追いかけてびっくりさせないよう、トトをしっかり抱きしめていました。

そのあと、みんなはライオンが目を覚ますまで、そばに座って待つことにしました。かかしは近くの木からドロシーのために果物を取ってきてくれて、ドロシーはそれをお昼ごはんに食べました。

第十章 門番

臆病なライオンが目を覚ますまでには、しばらく時間がかかりました。というのも、ライオンは長い間けしの花の中に横たわり、危険な香りを吸い込んでいたからです。でも、ようやく目を開けて荷車からごろんと転がり落ちたとき、自分がまだ生きていることにとてもほっとしました。

「ぼくはできるだけ速く走ったんだけど」と、ライオンは座り込んで大きくあくびをしながら言いました。「花の力にはかなわなかったよ。どうやってぼくをここまで運んだの?」

そこでみんなは、野ねずみたちがどんなに親切にライオンを救ってくれたかを話して聞かせました。臆病なライオンはそれを聞いて笑いながら言いました。

「ぼくは自分のことを大きくて恐ろしいと思っていたけど、花みたいな小さなものに命を取られそうになって、ねずみみたいな小さな動物たちに命を救われるなんて、不思議なものだね! でも、みんな、これからどうしようか?」

「また黄色いレンガ道を見つけるまで旅を続けなくちゃ」とドロシーが言いました。「そうしたら、エメラルドの都までずっと行けるわ。」

ライオンもすっかり元気を取り戻したので、みんなは歩き出しました。やわらかくて新鮮な草の道を歩くのはとても気持ちよく、まもなく黄色いレンガ道に戻ることができました。そしてまた、偉大なるオズの住むエメラルドの都を目指して進み始めました。

道は今度はなめらかに舗装されていて、まわりの景色もとても美しく、旅人たちは森の奥深くにあったたくさんの危険から離れたことをうれしく思いました。道のそばにはまた柵が見えるようになりましたが、今度はみんな緑色に塗られています。農家らしき小さな家も現れましたが、それも緑色です。その日の午後、いくつかの家の前を通りすぎましたが、ときどき人々が戸口から顔を出して、興味深そうにこちらを見ていました。でも、みんな臆病なライオンを怖がって誰も近づいてきませんし、話しかけてもきませんでした。人々は美しいエメラルド色の服を着ていて、とんがり帽子をかぶっており、まるでマンチキンたちのようです。

「ここはきっとオズの国ね」とドロシーが言いました。「もうエメラルドの都もすぐそこよ。」

「そうだね」とかかしも答えました。「ここは何もかもが緑色だ。マンチキンの国では青が好きだったけど、ここの人たちはあまり親切そうじゃないな。今夜泊まれる場所が見つかるか心配だよ。」

「果物以外のものも食べたいな」とドロシーは言いました。「トトもお腹ぺこぺこよ。次の家で声をかけてみましょう。」

そこで、次に見つけた大きめの農家の戸口までドロシーが勇気を出して歩いていき、ノックしました。

女の人が戸を少しだけ開けて顔をのぞかせ、「どうしました、お嬢さん? それに、なぜあんな大きなライオンが一緒なんですか?」と尋ねました。

「一晩、泊めていただけませんか?」とドロシーが答えました。「ライオンは私の友達で、決してあなたを傷つけたりしません。」

「おとなしいの?」と女の人はもう少し戸を開けて言いました。

「ええ」とドロシー。「それにとても臆病なんです。きっとあなたのほうがライオンよりずっと強いわ。」

「そうなのね」と女の人は考えてから、もう一度ライオンをちらりと見て言いました。「それなら入っていいですよ。夕ご飯と寝る場所を用意しましょう。」

こうしてみんな家に入ると、女性のほかに二人の子どもと、足をけがした男の人がいました。男の人は隅のソファに寝ていました。みんな、不思議な一行に驚いた様子でした。女の人がテーブルの用意をしている間に、男の人が聞きました。

「みなさんはどこへ行くんですか?」

「エメラルドの都へ、オズに会いに行くの」とドロシーが答えました。

「まあ!」と男の人は目を丸くしました。「オズに会えると本気で思ってるの?」

「どうして?」とドロシー。

「だって、オズは誰も自分の前に出さないって有名なんですよ。私は何度も都へ行ったけど、オズ様に会えたことは一度もありません。誰かが会ったという話も知りません。」

「オズ様は外に出ないんですか?」とかかしが尋ねました。

「決して。毎日宮殿の大広間に座っていて、仕える者たちでさえ顔を合わせることはありません。」

「どんなお顔なんですか?」とドロシー。

「それが分からないんですよ」と男の人は考え込んで言いました。「オズは偉大な魔法使いだから、好きな姿に変われます。鳥に見えると言う人もいれば、象だとか、猫だとか言う人もいます。他の人には、美しい妖精やこびとに見えることもあるとか。でも、本当の姿を知っている人はいないんです。」

「それは変わってるわ」とドロシーは言いました。「でも、何とかして会わなければ、せっかくの旅が無駄になってしまうわ。」

「どうしてそんなに恐ろしいオズに会いたいんです?」と男の人。

「ぼくは頭に脳みそを入れてほしいんだ」とかかしが元気よく言いました。

「それなら、オズには脳みそが余るほどあるから、きっと簡単にくれるでしょう」と男の人。

「ぼくは心がほしいの」とブリキの木こり。

「それも大丈夫。オズは大きさも形もいろいろな心をたくさん持っていますよ。」

「ぼくは勇気がほしい」と臆病なライオン。

「オズは大広間に勇気の詰まった大きな壺を持っています」と男の人。「こぼれないように金の蓋をしてあるのです。きっとあなたにも分けてくれますよ。」

「私はカンザスに帰りたいの」とドロシー。

「カンザスってどこです?」と男の人は驚いて聞きました。

「分かりません」とドロシーは寂しそうに答えました。「でも私の家なんです、どこかにあるはずです。」

「きっとそうでしょう。オズなら何でもできるから、カンザスも見つけてくれるかもしれません。でも、まずは会うことが大変でしょう。偉大な魔法使いは、ほとんど人に会いたがりませんし、いつも自分の望み通りにするのです。で、あなたは何が望みですか?」とトトに聞きました。トトはただしっぽを振るだけでした。というのも、不思議なことに、トトは話すことができなかったのです。

そのとき、女の人が夕ご飯ができたと呼んだので、みんなでテーブルを囲みました。ドロシーはおいしいおかゆと、ふわふわの炒り卵、真っ白なパンをいただき、大満足でした。ライオンもおかゆを少し食べてみましたが、「これはオート麦からできているね。オート麦は馬の食べ物で、ライオン向きじゃないな」と言って、あまり食べませんでした。かかしとブリキの木こりは、何も口にしませんでした。トトは何でも少しずつ食べて、久しぶりのごちそうに大喜びでした。

女の人はドロシーに寝床を用意してくれて、トトもそばに寝かせてくれました。そしてライオンは、ドロシーの部屋の戸口で見張りをして、誰にも邪魔されないようにしてくれました。かかしとブリキの木こりは部屋の隅に立ったまま、じっと静かに夜を過ごしました。もちろん、眠ることはできません。

翌朝、太陽が昇るとすぐに、みんなはまた歩き出しました。すると、まばゆいほど美しい緑色の光が、空の向こうに見えてきました。

「あれがエメラルドの都ね」とドロシーが言いました。

みんなで歩いていくと、緑色の光はどんどん明るくなり、ついに長い旅の終わりが近いのだと感じられました。それでも、都をぐるりと囲む大きな壁についたのは午後になってからでした。その壁は高くて分厚く、輝くような緑色をしていました。

黄色いレンガ道の終わりには、大きな門があり、エメラルドがびっしりとはめ込まれていて、太陽の光にきらきらと輝き、かかしのペンキで描かれた目でさえ、まぶしくて目を細めるほどでした。

門のそばには鐘があり、ドロシーがボタンを押すと、中から銀色の鈴の音が聞こえてきました。やがて大きな門がゆっくりと開き、みんなは中に入ると、緑のエメラルドが数えきれないほどちりばめられた、高いアーチの部屋に立ちました。

目の前には、マンチキンと同じくらいの背丈の小さな男の人がいました。頭から足の先まで緑の服を着ていて、肌さえもほんのり緑色です。その横には大きな緑色の箱がありました。

ドロシーたちを見ると、その男の人は「エメラルドの都で何を望むのですか?」と聞きました。

「偉大なるオズにお会いしに来ました」とドロシーが答えました。

その答えに男の人はとても驚いて、座り込んで考え込んでしまいました。

「オズに会いたいと願う人は、もう何年も現れませんでした」と、首をかしげながら言いました。「オズ様は強くて恐ろしい方です。もしくだらない用事やいたずらで、その偉大な魔法使いの大切な思索を邪魔すれば、怒って一瞬でみんなを滅ぼしてしまうかもしれませんよ。」

「でも、私たちの用事はくだらなくも、いたずらでもありません」とかかしが答えました。「とても大切なことなんです。そして、オズ様は良い魔法使いだと聞いています。」

「そのとおり」と緑の男の人は言いました。「オズ様は賢く立派に都を治めています。でも、正直でない者や、ただの興味本位で来る者にはとても恐ろしいのです。顔を見せてほしいと頼む勇気のある者はほんのわずかしかいません。私は門番です。みなさんが偉大なるオズに会いに来たのなら、私が宮殿までご案内しましょう。ただし、まずは眼鏡をかけてもらわなければなりません。」

「なぜですか?」とドロシー。

「エメラルドの都のまぶしさと輝きは、眼鏡なしでは目がくらんでしまうからです。この都に住む人もみな、昼も夜も眼鏡をかけて過ごします。みんな鍵で外れないようになっていて、私だけがその鍵を持っているのです。」

男の人は大きな箱を開けました。中にはいろいろな大きさや形の眼鏡がぎっしり入っていて、どれも緑色のガラスがはめ込まれています。門番はドロシーの顔にぴったり合う眼鏡を選んでかけさせました。眼鏡には金のバンドが二本ついていて、後ろでまとめて、小さな鍵で留めてしまいました。その小さな鍵は門番の首から下がった鎖の先についています。こうしてしまうと、ドロシーが自分で眼鏡を外すことはできません。でももちろん、まぶしさで目が見えなくなるのは嫌だったので、ドロシーは何も言いませんでした。

それから、かかしとブリキの木こり、ライオン、そして小さなトトにも、それぞれ合う眼鏡をかけて鍵をかけました。

最後に門番自身も眼鏡をかけ、「さあ、宮殿へご案内しましょう」と言いました。壁のフックから大きな金の鍵を取ると、もう一つの門を開き、みんなをエメラルドの都の通りに導きました。

第十一章 ふしぎなオズの都

たとえ緑色の眼鏡で目を守っていても、ドロシーや仲間たちはこの素晴らしい都のまぶしさに、最初は思わず目を見張りました。通りには美しい家が並び、すべて緑色の大理石でできていて、キラキラ光るエメラルドがびっしりとはめ込まれています。歩道も同じ緑の大理石でできていて、つなぎ目にはエメラルドが並べられ、太陽の光を浴びてきらめいていました。窓ガラスも緑色、空さえも緑がかっていて、太陽の光も緑色を帯びて見えたのです。

街にはたくさんの人――男の人も女の人も子どもたちも――がいて、みんな緑の服を着て、肌もどこか緑がかっています。彼らはドロシーたちのふしぎな一行を驚いたように見て、ライオンを見ると子どもたちはお母さんの後ろに隠れてしまいました。でも、誰も話しかけてきません。通りにはたくさんのお店があり、売っているものはすべて緑色です。緑のお菓子や緑のポップコーン、緑の靴に緑の帽子、いろいろな緑の服も並んでいます。あるところでは、男の人が緑のレモネードを売っていて、子どもたちは緑色の小銭でそれを買っているのを、ドロシーは目にしました。

町には馬やほかの動物の姿は見当たらず、男の人たちは小さな緑の荷車を押して荷物を運んでいました。みんな幸せそうで満ち足りた様子でした。

門番は都の真ん中にある大きな建物まで彼らを案内しました。そこが、偉大なる魔法使いオズの宮殿です。扉の前には、緑の軍服を着て、長い緑のひげを生やした兵士が立っていました。

「よそ者たちです」と門番が伝えました。「偉大なるオズにお会いしたいとのことです。」

「中へどうぞ」と兵士が答えました。「オズ様に取り次ぎましょう。」

こうして門をくぐり、みんなは緑のじゅうたんとエメラルドがちりばめられた素敵な家具のある大広間に通されました。兵士は、「この緑のマットで足をぬぐってからお入りください」と言い、みんなが椅子に座ると、「しばらくおくつろぎください。これからオズ様にお伝えしてまいります」とていねいに言いました。

しばらく待たされて、やっと兵士が戻ってきました。ドロシーが聞きました。

「オズ様に会えましたか?」

「いえ、私はオズ様を見たことはありません」と兵士は答えました。「でも、屏風の向こうに座っていらっしゃるオズ様に、お伝えはしました。もしご希望なら、お一人ずつお会いになることをお許しするそうです。ただし、毎日お一人ずつしか会えません。ですから、何日か宮殿に滞在してもらうことになりますので、これからお部屋をご案内します。どうぞごゆっくりお休みください。」

「ありがとうございます」とドロシー。「オズ様はとても親切ですね。」

兵士は緑の笛を吹きました。すると、きれいな緑色の絹のドレスを着た若い女の子が入ってきました。彼女は美しい緑色の髪と緑の瞳をしていて、ドロシーに深々とおじぎをし、「どうぞお部屋へご案内します」と言いました。

ドロシーはトトだけ連れて、友だちに「また明日ね」と手を振りながら、緑の少女の後について七つの廊下と三つの階段を上がっていきました。すると前方の部屋に着きました。そこは世界で一番かわいらしいお部屋で、ふわふわのベッドには緑色の絹のシーツと緑のビロードのかけぶとんがかかっています。お部屋の真ん中には小さな噴水があり、緑の香水をシュッと空に吹き上げては、きれいに彫られた緑の大理石の水盤に落ちていきます。窓辺には美しい緑の花が飾られ、棚には小さな緑の本がずらりと並んでいました。その本をめくってみると、みんなおかしな緑の絵がいっぱいで、思わずドロシーは笑ってしまいました。

クローゼットには、絹やサテン、ビロードでできた緑色のドレスがたくさんあり、どれもドロシーにぴったりです。

「どうぞお好きなようにおくつろぎください」と緑の少女は言いました。「何かご用があればベルを鳴らしてくださいね。オズ様は明日の朝、お呼びになるでしょう。」

そう言って、少女は出て行きました。残ったみんなもそれぞれ自分の部屋へ案内され、どの部屋もとても快適でした。

けれども、このごちそうや親切は、かかしにはあまり意味がありませんでした。かかしは部屋に入ると、玄関から一歩も動かず、朝までじっと立ちっぱなし。寝ても休まるわけでもなく、目を閉じることもできないので、ただ部屋の隅で巣を作る小さなクモを一晩中じっと見つめ続けていました。

ブリキの木こりは、昔自分が人間だったころを思い出して、癖でベッドに横になりました。でも眠れず、夜通し体の関節を動かして、油が切れていないか確かめていました。

ライオンは本当は森の枯れ葉のベッドのほうが好きでしたし、部屋に閉じ込められるのはあまり気に入りませんでした。でも、気にしても仕方がないと知っていたので、ベッドに飛び乗って猫のように丸くなり、ゴロゴロとのどを鳴らしながら、あっという間に眠りにつきました。

翌朝、朝ごはんを食べると、緑の少女が迎えにやってきました。そしてドロシーを、とてもきれいな緑色の織り模様のサテンのドレスに着替えさせてくれました。ドロシーは緑色の絹のエプロンを身につけ、トトの首にも緑のリボンを結びました。ふたりはグレート・オズの玉座の間へと向かいました。

まず、広い大広間にやってきました。そこには、お城のたくさんの婦人や紳士たちが、立派な衣装を身につけて集まっていました。その人たちは特に仕事があるわけでもなく、ただおしゃべりを楽しんでいます。でも毎朝、オズの玉座の間の外で待つためにやってくるのです。けれど、彼らがオズに会うことは決して許されませんでした。ドロシーが入ってくると、みんなが不思議そうに彼女を見つめます。そのうちのひとりが、ささやきました。

「あなた、本当に恐ろしいオズのお顔を見るつもり?」

「ええ、もちろん」とドロシー。「もしオズが会ってくれるなら。」

「きっと会ってくれるさ」と、彼女の伝言をオズに届けた緑の髭の兵士が言いました。「でもオズ様は、誰かが会いたいと言ってくるのをあまりお好みではないんだ。最初はとてもお怒りで、君を元いたところへ帰すように言われたよ。けれど、君がどんな子かとたずねられて、銀の靴のことを話すと、とたんに興味を示されたんだ。最後に、おでこについた印のことを話すと、会ってもいい、とおっしゃったよ。」

ちょうどそのとき、ベルが鳴りました。緑の少女がドロシーに言いました。「合図よ。これからはひとりで玉座の間に入らなくてはなりません。」

少女は小さな扉を開け、ドロシーは勇気を出して進んでいきました。そこは、なんともふしぎな場所でした。大きな丸い部屋で、高いアーチ型の天井があり、壁も天井も床もびっしりと大きなエメラルドで飾られていました。天井の真ん中には、太陽のようにまぶしい明かりがあり、エメラルドがきらきらと不思議に輝いて見えます。

でも、ドロシーがいちばん興味をひかれたのは、部屋の真ん中にどんと置かれた緑色の大理石の王座でした。椅子の形をしていて、ほかのものと同じように宝石がきらめいています。そして椅子の中央には、体も腕も足もない、巨大な頭がひとつだけどんと乗っているのです。その頭には髪の毛はありませんが、目と鼻と口がついていて、それはどんな大男よりも大きいのでした。

ドロシーがおどろきとこわさでじっと見つめていると、その目がゆっくりと動き、鋭くじっと彼女を見つめました。そして口が動き、ドロシーにはこう聞こえました。

「わたしはオズ、偉大にして恐ろしい者。おまえは誰だ、なぜわたしを訪ねる?」

その声は、ドロシーがこの大きな頭から聞こえてくると想像していたほど恐ろしいものではありませんでした。だから彼女は勇気を出して答えました。

「わたしはドロシー、小さくて弱い女の子です。どうか助けてほしくて参りました。」

その目は、じーっと考えるように彼女を見つめました。やがて声が言いました。

「その銀の靴はどこで手に入れた?」

「東の悪い魔女が、家の下敷きになって死んだとき、わたしがもらったのです。」

「おでこについた印は、どこでついた?」と、声は続けました。

「北の魔女が、さよならのときにキスしてくれた跡です。あなたのところへ送り出してくれました。」

また目が鋭く彼女を見つめます。それで、ドロシーが本当のことを話しているとわかったのです。するとオズがたずねます。「わたしに何をしてほしいのだ?」

「カンザスへ帰れるようにしてください。エムおばさんとヘンリーおじさんが待っています。あなたの国はとても美しいけれど、わたしには合いません。それに、エムおばさんはきっと、わたしのことをとても心配しているはずなんです。」

目は三度まばたきし、天井を見上げたり、床を見たり、部屋のあちこちをぐるぐる見回しました。そしてまたドロシーを見つめました。

「なぜ、わたしがおまえのためにそんなことをしなければならないのだ?」と、オズは言いました。

「あなたは強くて、わたしは弱いからです。あなたは偉大な魔法使いで、わたしはただの小さな女の子です。」

「だが、東の悪い魔女を倒したくらい強いじゃないか」と、オズが言いました。

「あれは、たまたまそうなっただけです」とドロシーは素直に言いました。「わたしにはどうすることもできませんでした。」

「では、答えを言おう。おまえが何かをしてくれるのでなければ、カンザスへ帰してやるわけにはいかぬ。この国では、何かを得るには必ず何かを支払わねばならぬのだ。わたしが魔法でおまえを元の家に帰してやるには、まずおまえがわたしのために働かねばならぬ。わたしを助けてくれれば、わたしも助けてやろう。」

「何をすればいいのですか?」と、ドロシーはたずねました。

「西の悪い魔女を倒すのだ」と、オズは言いました。

「そんなこと、わたしにできません!」と、ドロシーはびっくりして叫びました。

「だが、おまえは東の魔女を倒したではないか。それに銀の靴を持っておる。その靴には強い魔法がかかっておる。今やこの国に残る悪い魔女はあとひとり。おまえがその魔女が死んだと伝えてくれれば、すぐにおまえをカンザスへ帰そう――だが、それまでは帰れぬ。」

ドロシーはがっかりして泣き出してしまいました。その目はまたまばたきして、心配そうに彼女を見つめました。まるでオズも、ドロシーが助けてくれるよう願っているかのようです。

「わたしは、これまで自分から何かを殺したことなんてありません」と、彼女はすすり泣きながら言いました。「たとえやろうと思っても、どうやって西の悪い魔女を倒せばいいのでしょう? 偉大で恐ろしいあなたにできないことが、どうしてわたしにできるのですか?」

「わたしにもわからぬ」と、頭は言いました。「だが、それがわしの答えだ。西の悪い魔女が死ぬまでは、おまえはおじさんやおばさんに二度と会えぬ。よくおぼえておけ、魔女は本当にひどく悪い――とても、とても恐ろしいほど悪いのだ。だから倒されるべきなのだ。さあ行きなさい。そして、仕事を終えるまで、もうわたしに会いに来てはならぬ。」

悲しみに包まれながら、ドロシーは玉座の間を出ていきました。すると、臆病なライオンとかかしとブリキの木こりが、オズが何と言ったかを心配そうに待っていました。

「もう、望みはないわ」と、ドロシーは悲しそうに言いました。「西の悪い魔女を倒すまで、オズはわたしを家に帰してくれないの。でも、そんなこと、わたしには絶対できない。」

みんなドロシーのことを気の毒に思いましたが、どうすることもできません。ドロシーは自分の部屋に帰ってベッドに横たわり、泣き疲れて眠ってしまいました。

次の朝、緑の髭の兵士がかかしのところへ来て言いました。

「オズ様がお呼びだ。わたしについてきてくれ。」

かかしは彼についていき、大きな玉座の間へ通されました。そこではエメラルドの玉座に、まるで妖精のように美しい女性が座っていました。緑色の絹の薄布のドレスをまとい、流れる緑の髪には宝石の冠がきらめいています。肩からは、きらきらと美しい色の翼が生えていて、ほんの少し風が吹いただけでもふわりと揺れました。

かかしは、詰め物のわらが許すかぎりの美しいおじぎをして、その美しい人の前に立ちました。すると、女性は優しそうに微笑んでこう言いました。

「わたしはオズ、偉大にして恐ろしい者。おまえは誰だ、なぜわたしを訪ねる?」

かかしは、ドロシーが見たという大きな頭を想像していたので、とても驚きましたが、勇気を出して答えます。

「わたしはただのかかしで、わらが詰まっているだけです。だから脳みそがありません。どうか、わたしの頭のわらのかわりに脳みそを入れて、人間の皆さんと同じようになりたいのです。」

「なぜ、わたしがおまえのためにそれをしなければならないの?」と女性。

「あなたは賢くて力があるし、ほかにできる人はいません」と、かかしは答えました。

「わたしは、何かのお返しなしに願いをかなえることはありません」と、オズは言いました。「だが約束しましょう。もしおまえが西の悪い魔女を倒してくれたら、たくさんの脳みそを授けてやります。それも、このオズの国でいちばん賢い者になれるほど、すばらしい脳みそを。」

「ドロシーにも魔女を倒すよう頼んだのでは?」と、かかしは驚いて言いました。

「そのとおり。でも誰が倒してもかまわない。だが魔女が死ぬまでは、おまえの望みはかなえてやらぬ。さあ行きなさい。そして、賢い頭を手に入れるまで、もうわたしに会いに来てはならぬ。」

かかしは悲しそうに仲間のもとへ戻り、オズが言ったことを話しました。ドロシーは、オズが彼女が見た大きな頭ではなく、美しい女性だったことにびっくりです。

「だけど」と、かかしは言いました。「あの人には、ブリキの木こりと同じくらい心が必要そうだよ。」

次の日の朝、緑の髭の兵士がブリキの木こりのもとへ来て言いました。

「オズ様がお呼びだ。ついてきてください。」

ブリキの木こりは兵士についていき、大きな玉座の間へ入りました。彼はオズが美しい女性なのか、大きな頭なのか分かりませんでしたが、できれば美しい女性だったらいいな、と思っていました。「もしあれが頭だったら、きっと心はもらえないだろう。だって頭には自分の心がないから、わたしの気持ちにも共感してくれまい。けれど、美しい女性ならきっとお願いしてみよう。だって女性はみんな優しい心を持っていると言われているから。」

けれど、いざ玉座の間に入ると、そこには頭も女性もいませんでした。オズは、恐ろしいけものの姿になっていたのです。そのけものは、ほとんどゾウほど大きく、緑の玉座さえ重さに耐えかねそうでした。顔はサイに似ていましたが、なんと目が五つ。体からは五本の長い腕が生え、脚も五本長く伸びていました。全身がふさふさの毛で覆われ、これほどおそろしい怪物は想像もできません。もしブリキの木こりに心があれば、きっと恐ろしくてドキドキしたでしょう。けれど、彼はブリキなので、まったく怖くはありませんでしたが、がっかりはしました。

「わたしはオズ、偉大にして恐ろしい者だ」と、けものは大きなうなり声で言いました。「おまえは誰だ、なぜわたしを訪ねる?」

「わたしは木こりです。体はブリキでできています。だから心がなく、愛することができません。どうか、ほかの人たちのように心をください。」

「なぜわたしがおまえのためにそんなことをしなければならぬ?」と、けものはどなります。

「あなたでなければ、願いをかなえてもらえないからです」と、木こりは答えました。

オズは低くうなってから、荒い声で言いました。「本当に心がほしいなら、それを手に入れるための働きをせよ。」

「どうすれば?」と、木こりがききました。

「ドロシーといっしょに、西の悪い魔女を倒すのだ」と、けものがこたえました。「魔女が死んだら、わたしのところへ来い。そのときはこの国でいちばん大きくて、やさしくて、愛にあふれる心を授けてやろう。」

仕方なく、ブリキの木こりは悲しそうに仲間のもとへ戻りました。そして、自分が出会った恐ろしいけもののことを話しました。みんなは、オズが自分の姿をいろいろ変えられることにとてもびっくりしました。するとライオンが言いました。

「もしわたしが会いに行ったときにあのけものだったら、思いきり大きな声でほえてやるぞ。そうすれば、きっとびびって願いをかなえてくれるに違いない。もし美しい女性だったら、飛びかかるふりをして、言うことをきかせてやる。もし大きな頭だったら、部屋中ごろごろ転がしてやって、ほしいものをもらうまで離さないぞ。だからみんな、元気を出していこう。きっとなんとかなるはずだ。」

次の日の朝、緑の髭の兵士がライオンを玉座の間へ連れていき、オズの前へ通しました。

ライオンはすぐに扉をくぐり、辺りを見回しました。すると、玉座の前には、ものすごく激しく燃える火の玉がありました。あまりにまぶしくて、じっと見ていられません。最初は、オズがうっかり火だるまになって燃えているのだと思いました。でも近づいてみると、あまりの熱さにひげまでこげそうになり、びくびくしながらドアの近くまで逃げ戻りました。

すると、火の玉の中から、低く静かな声が聞こえてきました。

「わたしはオズ、偉大にして恐ろしい者。おまえは誰だ、なぜわたしを訪ねる?」

ライオンは答えました。「わたしは臆病なライオンで、なんでも怖いのです。だから本当の『百獣の王』になれるよう、どうか勇気をください。」

「なぜおまえに勇気を与えねばならぬ?」と、オズがたずねます。

「偉大な魔法使いのなかでも、あなたがいちばん強いから、お願いできるのはあなただけです」とライオンが答えました。

火の玉はしばらく激しく燃え、その中から声が言いました。「西の悪い魔女が死んだ証拠をわたしのもとへ持ってくれば、その時すぐに勇気を授けよう。だが魔女が生きているかぎり、おまえは臆病なままなのだ。」

ライオンはこの言葉に腹を立てましたが、何も言い返せませんでした。そして、じっと火の玉を見つめていると、ますます激しく燃えあがるので、ついにしっぽを巻いて部屋から逃げ出してしまいました。外で待っていた仲間たちに会い、ライオンはオズとの恐ろしいやりとりを話しました。

「これからどうしよう?」と、ドロシーが悲しそうにたずねました。

「ひとつだけ、できることがある」と、ライオンは答えました。「ウィンキーたちの国へ行って、西の悪い魔女を探し出し、倒すことだ。」

「もしできなかったらどうなるの?」と、ドロシー。

「ならば、わたしは一生、勇気のないままだ」とライオン。

「わたしもずっと脳みそがないままだ」と、かかしが言いました。

「わたしも心を持てないままだ」と、ブリキの木こりが言いました。

「わたしも、エムおばさんやヘンリーおじさんに会えない」と、ドロシーは泣きそうになりました。

「気をつけて!」と、緑の少女が言いました。「涙が緑色のドレスに落ちて、しみができてしまうわ。」

そこでドロシーは涙をぬぐい、「やってみるしかないのね。でも、本当は誰かを傷つけるのは嫌なの。たとえエムおばさんに会いたくても……」

「わたしも行くよ。でも、魔女を倒すなんて怖くてできない」と、ライオンが言いました。

「わたしも行く」と、かかしが宣言しました。「でも、お役に立てるかどうか……わたしは愚かだから。」

「わたしは魔女だって傷つけたくはない」と、ブリキの木こりも言いました。「でも、みんなが行くなら、もちろんついていくよ。」

こうして、一行は翌朝出発することに決めました。ブリキの木こりは緑色の砥石で斧をぴかぴかに研ぎ、関節にもたっぷり油をさしました。かかしは新しいわらを詰めてもらい、ドロシーはかかしの目に新しいペンキを塗って、よく見えるようにしてあげました。親切な緑の少女は、ドロシーのバスケットにおいしい食べ物をいっぱい詰め、トトの首には緑のリボンで小さな鈴をつけてくれました。

みんなは早めに寝て、ぐっすり眠りました。朝になると、宮殿の裏庭に住む緑色の雄鶏がコケコッコーと鳴き、緑色の卵を産んだ雌鳥がコケコッコーと騒ぎ出したので、みんなは目を覚ましました。

第十二章 西の悪い魔女をさがして

緑の髭の兵士は、みんなをエメラルドの都の通りを抜けて、門番の住む部屋まで連れていきました。門番はみんなのめがねの鍵を外して大きな箱にしまい、丁寧に門を開けてくれました。

「西の悪い魔女のところへ行くには、どの道を通ればいいの?」と、ドロシーがたずねました。

「道なんてありません」と、門番が言いました。「誰もそんなところへ行きたがる人はいませんから。」

「じゃあ、どうやって探せばいいの?」と、ドロシーがききました。

「それなら簡単です」と、門番はこたえました。「あなたがウィンキーの国に入ったと知れば、魔女の方から必ずやって来て、みんなを奴隷にしてしまうでしょう。」

「でも、わたしたちは魔女を倒すつもりなんだ」と、かかしが言いました。

「ああ、それなら話は別です」と、門番が言いました。「これまで魔女を倒した人なんていなかったから、てっきりあなたたちも他の人と同じく奴隷にされると思っていました。でも気をつけてください。魔女はとても意地悪で恐ろしいので、あなたたちが倒すのを許さないかもしれません。西――つまり太陽が沈む方角へ進みなさい。そうすればきっと見つかります。」

みんなはお礼を言ってさようならをし、西の方向へ歩き出しました。やわらかい草の野原に、ところどころデイジーやキンポウゲが咲いていました。ドロシーはお城で着たきれいなドレスをまだ着ていましたが、驚いたことに、もう緑色ではなくて、真っ白になっていました。トトの首のリボンも、緑色が消えて、ドロシーのドレスと同じ白になっていたのです。

やがてエメラルドの都は遠くなり、みんなが進むにつれて、地面はだんだんごつごつとした丘があらわれました。西の国には、農場も家もありません。土地は耕されていないままです。

午後になると、木陰になるような木もなく、太陽が顔にまぶしく照りつけます。だから、夜になる前に、ドロシーとトト、それからライオンは疲れて草の上に寝ころび、その間ブリキの木こりとかかしが見張りをしていました。

さて、西の悪い魔女は目がひとつだけしかありませんでしたが、その目は望遠鏡のようにどこまでも遠くが見えるのです。魔女はお城の入口に座って、あたりを見回していました。すると、ドロシーが友だちといっしょに眠っている姿を見つけました。まだ遠く離れていましたが、魔女は自分の国に知らない者たちが入っているのを知って怒りました。そして、首にかけていた銀の笛を吹きました。

すると、あちこちから大きな狼の群れが走って集まってきました。長い足、鋭い目、するどい歯を持った狼たちです。

「おまえたち、あの者たちをやっつけて、おしまい!」と、魔女は命令しました。

「お前はあいつらを自分のしもべにしようとは思わないのかい?」と、オオカミたちのリーダーがたずねました。

「いいえ」と魔女は答えました。「ひとりはブリキできていて、ひとりはワラの人形。あとは女の子とライオン。どれも働き者にはならないから、好きなだけバラバラに引き裂いておしまい。」

「かしこまりました」とリーダーのオオカミは言い、ものすごい速さで駆け出し、他のオオカミたちも後に続きました。

幸いにも、かかしとブリキの木こりはよく目を覚ましていて、オオカミたちがやってくる音に気づいていました。

「これはぼくの戦いだ」とブリキの木こりが言いました。「だから、みんなはぼくの後ろに下がっていてくれ。僕が迎え撃つよ。」

彼はよく研いでおいた斧を手に取りました。そして、リーダーのオオカミが近づいてくると、ブリキの木こりは力いっぱい腕を振り上げ、オオカミの首をひと振りで切り落としてしまいました。オオカミはその場で息絶えました。すぐさま、次のオオカミがやってきましたが、彼もまた鋭い斧の刃に倒れました。全部で四十匹のオオカミがいましたが、四十回、ブリキの木こりは斧を振るい、やがてすべてのオオカミたちは木こりの前に山のように積み重なって死んでしまいました。

それから木こりは斧を置き、かかしのとなりに座りました。かかしは言いました。「いい戦いだったね、友だち。」

ふたりは、次の朝ドロシーが目を覚ますまで待っていました。小さなドロシーは、大きな毛むくじゃらのオオカミの山を見てびっくりしてしまいましたが、ブリキの木こりがすべてを話してくれました。ドロシーは命を救ってくれたことに感謝し、朝ごはんを食べてから、また旅を続けることにしました。

さて、その同じ朝、西の悪い魔女が自分の城の戸口に立ち、遠くまで見渡せる一つ目で外をながめました。すると、オオカミたちがみな死んでいるのが見え、まだよそ者たちが自分の国を旅していることがわかりました。魔女は前よりももっと怒り、銀の笛を二度吹き鳴らしました。

すると、空が暗くなるほどたくさんの野生のカラスたちが、魔女のもとへと飛んできました。

西の悪い魔女はカラスの王に言いました。「すぐにあのよそ者たちのもとへ飛んでいきなさい。そしてやつらの目をくちばしでつつき出し、バラバラにしておしまい。」

野生のカラスたちは大きな群れとなって、ドロシーたちのもとへ飛んでいきました。小さなドロシーはカラスたちが近づいてくるのを見て、とても怖くなりました。

けれど、かかしが言いました。「今度はぼくの戦いだ。だからみんなはぼくのそばに伏せていれば、けして傷つかないよ。」

そうして、みんなは地面に横になり、かかしだけが立ち上がり、両腕を広げました。カラスたちはかかしを見ると、いつも通りカカシにおびえて、近づくことができませんでした。でも、カラスの王は言いました。

「あれはただのワラ人形じゃないか。あいつの目をくちばしでつついてやる。」

カラスの王はかかしに飛びかかりましたが、かかしはその頭をつかんで首をねじり、王を殺してしまいました。すると、また別のカラスが飛んできましたが、かかしはその首もねじりました。全部で四十羽のカラスがいましたが、かかしは四十回、首をねじり、とうとうすべてのカラスたちがかかしのそばに死んでしまいました。そして、かかしは仲間に「もう立ち上がっていいよ」と声をかけ、また旅を続けました。

西の悪い魔女がもう一度外を見ると、やはりカラスたちが山のように積み重なっていました。魔女はひどく怒りだし、銀の笛を三度吹き鳴らしました。

その途端、空に大きな羽音が響き、黒いハチの大群が魔女のもとへ飛んできました。

「よそ者たちのもとへ行き、刺して殺しておしまい!」と魔女が命じると、ハチたちはくるりと向きを変え、ドロシーたちのもとへと急いで飛んでいきました。しかし、ブリキの木こりはハチたちがやってくるのを見ていて、かかしはすぐにどうすべきか考えつきました。

「ぼくのワラを抜いて、女の子と犬とライオンの上にかぶせてあげて」と、かかしはブリキの木こりに言いました。「そうすれば、ハチは刺すことができないよ。」木こりはその通りにし、ドロシーはライオンのすぐそばに身を寄せ、トトを腕に抱いて、ワラにすっかり包まれました。

ハチたちがやってきても、刺すことができるのはブリキの木こりだけでした。けれど、ブリキの体にはいくら刺しても針が折れてしまい、木こりはまったく平気でした。そして、ハチたちは針が折れると生きていられないので、それで黒いハチたちもおしまいになり、ブリキの木こりのまわりには小さな真っ黒な石炭の山のようにハチの死骸が積もりました。

ドロシーとライオンは立ち上がり、ドロシーはブリキの木こりと一緒にワラをかかしの中へ戻してあげました。かかしは元通りになり、みんなはまた旅を続けることができました。

黒いハチたちが石炭の山のように積み重なっているのを見て、西の悪い魔女はとても怒って足を踏み鳴らし、髪の毛を引きちぎり、歯ぎしりしました。そして今度は自分のしもべであるウィンキーたちを十二人呼び寄せ、鋭い槍を持たせて、よそ者たちをやっつけてこいと命じました。

ウィンキーたちは勇ましい人たちではありませんでしたが、命令されたことはやらなくてはなりません。そこで、彼らはドロシーたちの近くまで行進していきました。けれど、ライオンが大きな声で吠え、飛びかかると、可哀そうなウィンキーたちはとても怖がって、一目散に逃げ帰ってしまいました。

彼らが城に戻ると、魔女は鞭で打ちながら怒り、また仕事に戻らせました。それから何をすればよいか考え込んでしまいました。なぜ自分の計画がことごとく失敗してしまうのか、魔女にはわかりませんでした。でも、魔女はただの悪い魔女ではなく、とても強い力を持っていたので、すぐに新しい方法を思いつきました。

魔女の戸棚には、ダイヤモンドとルビーがぐるりと飾られた金の帽子がありました。この金の帽子には魔法がかかっていて、持ち主が三度まで「翼の猿たち」を呼び出し、どんな命令でも聞かせることができるのでした。ただし、誰も三度以上はこの不思議な生き物たちを自由に使うことはできません。西の悪い魔女は、この帽子の魔法をすでに二度使っていました。一度目はウィンキーたちをしもべにして、この国を支配するために翼の猿たちの力を借りたとき。二度目は、オズその人と戦い、この西の国から追い払うときにも助けてもらいました。ですから、あと一度しか帽子を使えません。ほかの力をすべて使い果たしたときのために、できれば使いたくありませんでした。でも、もう凶暴なオオカミも、野生のカラスも、刺すハチたちもいなくなり、ウィンキーたちもしりごみしてしまった今、ドロシーと仲間たちを倒すには、もうこの方法しかありません。

そこで魔女は戸棚から金の帽子を取り出し、頭にかぶりました。そして左足で立って、ゆっくりと唱えました。

「エッペ・ペッペ・カッケ!」

次に右足で立って唱えます。

「ヒッロ・ホッロ・ヘッロ!」

最後に両足でしっかり立ち、大きな声で叫びました。

「ジズィー・ズズィー・ジック!」

そのとき、魔法が働き始めました。空が暗くなり、低いごうごうという音が空気に響きました。たくさんの羽音と、おしゃべりや笑い声が聞こえ、太陽が暗い空からのぞくと、魔女のまわりは巨大な翼を持った猿たちでいっぱいになっていました。

その中でもひときわ大きな猿がリーダーのようでした。彼は魔女のそばまで飛んできて言いました。「これが三度目、最後のご用命です。何をお望みですか?」

「この国に入ってきたよそ者たちを、ライオン以外みんな滅ぼしておしまい」と西の悪い魔女は言いました。「あの獣は生け捕りにして連れてきておくれ。馬のようにくつわをつけて、働かせてやろうと思っているのさ。」

「お言いつけどおりにいたします」とリーダーが言いました。すると翼の猿たちは、にぎやかなおしゃべりと大きな羽音を残して、ドロシーたちのいる場所へ飛び去っていきました。

何匹かの猿はブリキの木こりをつかみ、空高く持ち上げて、尖った岩がいっぱいの土地まで運びました。そこで、かわいそうな木こりを下に落とすと、彼はぼこぼこにへこんでしまい、動くことも、うめくこともできなくなってしまいました。

別の猿たちはかかしをつかまえ、その長い指で服や頭からワラを全部引っ張り出しました。そして帽子やブーツや服を小さくまとめて、背の高い木のてっぺんへ投げ上げてしまいました。

残りの猿たちは太いロープでライオンを何重にも縛り、体も頭も足もきつく巻きつけて、噛みついたり、かいたり、暴れたりできないようにしました。それからライオンを持ち上げて、魔女の城の中庭へ運び、高い鉄の柵のある小さな囲いに入れて、逃げられないようにしました。

でも、ドロシーには何も悪いことをしませんでした。ドロシーはトトを腕に抱いたまま、仲間たちがこんな目にあわされるのを見て、自分もこうなるのだろうかとおびえて立っていました。すると翼の猿のリーダーが長くて毛むくじゃらの腕を広げ、恐ろしい顔でにやっと笑いながら近づいたのですが、ドロシーのおでこにある善い魔女のキスの跡を見つけて、ぱっと動きを止め、ほかの猿たちにもドロシーに手を出さないよう合図しました。

「この小さな女の子には手出しできない」とリーダーはみんなに言いました。「彼女は善い力に守られているから、悪い力よりもずっと強いのだ。だから、できることは彼女を魔女の城まで運んで行って、そこに置いてくるだけだ。」

それで猿たちは、ドロシーをそっとやさしく腕に抱え、空を素早く飛んで城の前まで連れていき、玄関の階段におろしました。するとリーダーは魔女に言いました。

「できるかぎりお言いつけ通りにいたしました。ブリキの木こりとかかしは壊し、ライオンはあなたの中庭に縛り付けてあります。女の子と犬は手出しできません。これであなたの私たちへの力は終わりです。もう二度とお目にかかることはございません。」

それから翼の猿たちは、騒がしく笑いながらおしゃべりし、空高く飛び上がって、やがて見えなくなってしまいました。

魔女は、ドロシーのおでこの印を見て、びっくりし、心配になりました。翼の猿たちも、自分自身も、この子に指一本触れることはできないとよく知っていたからです。そして魔女は次にドロシーの足元を見て、銀の靴をはいているのに気付き、恐ろしさに震えました。その靴にはとても強い魔法が込められていると知っていたからです。最初は、ドロシーから逃げ出そうかとさえ思いましたが、ふと女の子の目を見つめてみると、その瞳の奥にある心がいかにも素直で、銀の靴のすごい力を自分が知らないことを見抜いてしまいました。そこで魔女はひそかに笑い、「まだこの子を自分のしもべにできる。だって、あの子は自分が持っている力を知らないのだもの」と思いました。そして、きびしく、つめたくドロシーに言いました。

「ついておいで。わたしが言うことはぜんぶ、ちゃんと聞くんだよ。そうしないと、ブリキの木こりとかかしと同じ目にあわせてやるからね。」

ドロシーは魔女に続いて、城の美しい部屋をいくつも通りぬけ、やがて台所に着きました。魔女はドロシーに鍋ややかんを洗わせ、床を掃かせ、薪をくべて火を保たせるように命じました。

ドロシーはおとなしく働き始めました。精一杯がんばろうと心に決めていたので、魔女に殺されなかったことを、ひそかにほっと思っていました。

ドロシーがせっせと働いているあいだ、魔女は中庭に出て、臆病なライオンに馬のくつわをつけて働かせてみようと思いました。きっとおもしろいだろうし、いつでも自分の馬車を引かせてやろうとも思っていたのです。けれど、門を開けたとたん、ライオンが大きな声でほえて飛びかかってきたので、魔女は怖くなり、あわてて門を閉めてしまいました。

「どうしてもくつわをつけられないなら」と、魔女は鉄の柵ごしにライオンに言いました。「お前には一切食べ物をやらないよ。言うことを聞くまで、何も食べさせないからね。」

それからというもの、魔女はライオンに食べ物を持っていきませんでしたが、毎日お昼になると門のところへやってきて、「さあ、馬みたいにくつわをつける気になったかい?」とたずねました。

するとライオンはこう答えます。「いやだ。もし中庭に入ってきたら、お前を噛みついてやる。」

ライオンが魔女の言うことを聞かなくてすんだのには、ちゃんと理由がありました。毎晩、魔女が眠ったあと、ドロシーが戸棚からこっそり食べ物をライオンに運んでいたのです。ライオンはお腹いっぱい食べると、ワラのベッドにごろりと横になり、ドロシーはそのたてがみに頭をのせて、一緒に悩みを語り合い、なんとかお城から逃げ出す方法を考えました。でも、お城はいつも黄色いウィンキーたちが見張っていて、みんな魔女を怖がっていたので、とても逃げ出すすきはありませんでした。

ドロシーは昼間は一生懸命働かされ、魔女はいつも古い傘を手にして「言うことを聞かないと、これで叩くよ」と脅しました。でも本当は、おでこの印があるので、魔女はドロシーを叩くことができませんでした。ドロシーはそれを知らず、自分とトトの身をとても心配していました。一度だけ、魔女が傘でトトを叩いたことがありましたが、勇敢なトトは魔女の足に噛みつきました。魔女の足は血が出ませんでした。あまりにも悪いことばかりしていたので、体の中の血は何年も前に乾ききっていたのです。

ドロシーの毎日はとても悲しいものになっていきました。カンザスやエムおばさんのもとに戻るのは、もうこれまで以上に難しいことなのだと、だんだんわかってきたからです。時にはドロシーは何時間もしくしく泣き続け、トトは足もとにじっと座って、悲しそうに顔を見上げては鳴いていました。トトは本当はカンザスでもオズの国でも、ドロシーがそばにさえいればどこだってよかったのですが、ドロシーが悲しんでいることがわかるので、自分まで悲しくなってしまうのでした。

さて、西の悪い魔女は、ドロシーがいつも履いている銀の靴をどうしても自分のものにしたくてたまりませんでした。ハチもカラスもオオカミもみんな山のようになって干からび、金の帽子の力も使い果たしてしまいましたが、この靴さえ手に入れば、それ以上の力が手に入ると知っていたのです。魔女は毎日、ドロシーが靴を脱がないか、こっそり見張っていました。でも、ドロシーは銀の靴をとても気に入っていたので、夜寝るときやお風呂に入るとき以外は、決して脱ぎませんでした。魔女は暗闇が怖くて夜中にドロシーの部屋へ行くこともできず、水は闇よりもっと怖いので、ドロシーが入浴中に近づくこともできませんでした。実際、魔女は水に触れないよういつも気をつけていました。

でも、魔女はとてもずる賢く、とうとういい考えを思いつきました。台所の床のまんなかに鉄の棒を一本置き、魔法で人間の目に見えなくしてしまったのです。こうしてドロシーが床を歩いていると、見えない棒につまずき、ばったり転んでしまいました。たいして怪我はしませんでしたが、転んだ拍子に銀の靴が片方脱げてしまいました。ドロシーが拾おうとするより早く、魔女はそれをひったくり、自分のやせた足に履いてしまいました。

魔女は自分の計略がうまくいったことが嬉しくてたまりません。片方でも靴があれば、魔法の力の半分を自分のものにできるし、たとえドロシーが使い方を知っていたとしても、もう魔女に対して使うことはできません。

ドロシーは大切な靴を取られてしまい、怒って魔女に言いました。「わたしの靴を返して!」

「返さないよ」と魔女は言い返しました。「これはもうわたしのものだ。お前のじゃない。」

「あなたなんてひどい人!」とドロシーは叫びました。「わたしの靴を取るなんて、そんな権利ないわ!」

「でも、わたしは持っているもの」と魔女は笑いながら言いました。「そのうち、もう片方もいただくからね。」

これを聞いてドロシーは、あまりにも悔しくなり、そばにあったバケツの水をつかんで、魔女めがけて頭から浴びせかけてしまいました。

そのとたん、魔女は大きな悲鳴をあげ、ドロシーがびっくりして見ている前で、どんどん小さく、しぼんでいきました。

「何てことをしてくれたんだい!」と魔女は叫びました。「もうすぐわたし、溶けて消えちゃうよ!」

「ご、ごめんなさい、本当にごめんなさい!」とドロシーは言いました。目の前で魔女が黒砂糖みたいに溶けていくのを見て、怖くなってしまったのです。

「水がわたしを滅ぼすって知らなかったのかい?」魔女は泣きそうな声で言いました。

「知らなかったわ」とドロシーは答えました。「だって、どうしてそんなこと分かるの?」

「もうすぐわたしは全部溶けて、お城はお前のものになる。わたしはこれまで悪いことばかりしてきたけど、まさかお前みたいな小さな女の子に、こんなふうにやられるとは思わなかったよ。気をつけな――もうおしまいだ!」

その言葉を聞くと、西の悪い魔女は茶色く溶けて、かたちもなく床の上に広がりはじめました。本当に魔女がすっかり消えてしまったのを見て、ドロシーはもう一度バケツに水をくんで、そのどろどろをきれいに流しました。そして、銀の靴だけが魔女のあとに残っていたので、それを拾い上げて、布で拭いてきれいにし、また自分の足にはかせました。自分のしたいことがやっとできるようになったドロシーは、急いで中庭にかけ出し、臆病なライオンに、西の悪い魔女が倒されて、もう見知らぬ国の囚われの身ではなくなったことを伝えました。

第十三章 救出

臆病なライオンは、悪い魔女をバケツの水で溶かしたと聞いて、とても喜びました。ドロシーはすぐに彼の牢の門のかぎを開けて、自由にしてあげました。ふたりは一緒にお城に入ると、ドロシーはまず最初にウィンキーたちをみんな呼び集め、もはや奴隷ではなくなったことを告げました。

黄色いウィンキーたちは大喜びでした。長い間、悪い魔女にひどくこき使われ、残酷にあつかわれてきたのですから、この日はお祭りになりました。それからもずっとこの日を祝日とし、ごちそうを食べたり踊ったりして、みんなでお祝いしました。

「かかしとブリキの木こりのふたりが一緒にいたら、ぼくはもうなにも言うことはないのに」と、ライオンがいいました。

「わたしたちで助けに行けないかしら?」と、ドロシーは心配そうにたずねました。

「やってみよう」と、ライオンがこたえました。

そこでウィンキーたちを呼んで、友だちを助ける手伝いをしてくれるかたずねると、ウィンキーたちは、自由にしてくれたドロシーのためなら何でもしたい、と目をかがやかせて言いました。そこでドロシーは、中でもいちばん頼りになりそうなウィンキーたちを選び、一行はすぐに出発しました。彼らはその日と次の日の半分を旅して、ついにブリキの木こりが打ちのめされて横たわっている岩だらけの平原にたどりつきました。近くには彼の斧がありましたが、刃はさびつき、柄は途中で折れていました。

ウィンキーたちは、そっと優しく木こりを抱き上げ、黄色いお城へ運びました。ドロシーは古い友だちのあわれな姿を見て、道すがら何度も涙を流しましたし、ライオンもまじめな顔をしてしょんぼりしていました。お城につくと、ドロシーはウィンキーたちにたずねました。

「あなたたちの中に、ブリキ細工の職人さんはいないかしら?」

「ええ、いますよ。とても腕のいいブリキ職人が」とウィンキーたちは答えました。

「それなら、すぐに呼んでちょうだい」とドロシーが言いました。すると道具をかごに入れてブリキ職人たちがやってきたので、ドロシーはたずねました。「このブリキの木こりのへこんだところを直して、元の形に戻して、こわれたところをはんだでつけ直せるかしら?」

職人たちは木こりをていねいに調べてから、「元どおりに直せると思います」と答えました。そこで彼らはお城の大きな黄色い部屋のひとつで仕事に取りかかり、三日三晩、夜を徹して、ハンマーでたたき、ねじり、曲げ、はんだづけし、みがき、足も体も頭も一生けん命たたき直しました。ついに、ブリキの木こりは元の姿を取り戻し、関節も前と同じようになめらかに動くようになりました。たしかに、あちこちにつぎあてがありましたが、職人たちは腕をふるい、木こり自身も見かけにこだわる人ではなかったので、少しも気にしませんでした。

とうとう木こりがドロシーの部屋にやってきて、助けてくれたお礼を言ったとき、うれしさのあまり喜びの涙をこぼしました。ドロシーはそのたび、関節がさびないように、エプロンでやさしく涙をふいてあげました。そのあいだに、ドロシー自身もうれし涙がぽろぽろとこぼれてきましたが、こちらはぬぐう必要はありませんでした。臆病なライオンはしっぽの先でしきりに目をぬぐったので、しっぽがすっかりぬれてしまい、ひなたに出て乾かさなくてはなりませんでした。

「もし、またかかしが一緒にいてくれたら、ぼくは申し分なく幸せなのに」と、ブリキの木こりは、ドロシーからこれまでのいきさつを聞き終えると言いました。

「かならず探し出そう」と、ドロシーが言いました。

そこでまたウィンキーたちを呼んで、みんなでその日と次の日の半分を歩き、翼の猿たちに投げ上げられたかかしの着物が引っかかっている高い木のところまで来ました。

その木はとても背が高く、幹がつるつるしていて、誰も登ることができませんでしたが、ブリキの木こりがすぐに言いました。「ぼくがこの木を切り倒そう。そうすればかかしの着物がとれるよ。」

実は、木こり自身を直してもらっているあいだに、もう一人の金細工のウィンキーが純金で斧の新しい柄を作り、古い折れた柄の代わりにつけてくれていました。他の者たちもせっせと刃をみがき、さびひとつない銀色に光らせていました。

さっそくブリキの木こりは木を切りはじめ、ほどなく大きな音を立ててその木は倒れました。すると、かかしの着物が枝から落ちて、地面に転がりました。

ドロシーはそれを拾い上げ、ウィンキーたちに城まで運ばせて、きれいな新しいわらでいっぱいにつめました。ほら! かかしは元どおりに元気になり、何度も何度もお礼を言いました。

こうしてまたみんなそろったので、ドロシーと友だちたちは黄色いお城で、しばらくの間楽しい日々を過ごしました。そこには、快適にくらすために必要なものがなんでもそろっていたのです。

でもある日、ドロシーはエムおばさんのことを思い出して言いました。「オズのもとに帰って、約束を果たしてもらわなくちゃ。」

「そうだね」と木こりが言いました。「やっとぼくもハートがもらえる。」

「そしてぼくは頭脳をもらえる」と、かかしはうれしそうに言いました。

「ぼくは勇気がもらえる」と、ライオンは思案深く言いました。

「わたしはカンザスに帰れるわ!」と、ドロシーは手をたたいて叫びました。「ああ、明日こそエメラルドの都に出発しましょう!」

みんなもそうしようと決めました。翌日、みんなでウィンキーたちに別れを告げました。ウィンキーたちは彼らが出発するのをとても残念がりました。特にブリキの木こりのことが大好きになっていたので、西の黄色い国を治めてほしいと頼んだほどです。でもみんなの決意が固いのを知ると、ウィンキーたちはトトとライオンにそれぞれ金の首輪を贈り、ドロシーにはダイヤモンドがちりばめられた美しいブレスレットを、かかしには金の頭のつえを贈って、歩くときにつまずかないようにしました。そしてブリキの木こりには、金の細工がほどこされ、宝石のちりばめられた銀のオイル差しを贈りました。

旅立つ仲間たちは、みんなウィンキーたちにすてきな言葉でお礼を言い、腕が痛くなるほどたくさん握手をしました。

ドロシーは旅のあいだに食べるものを籠に入れようと、魔女の戸棚をあけました。そこで黄金の帽子を見つけ、自分の頭にのせてみると、ちょうどぴったりでした。黄金の帽子の魔法については何も知りませんでしたが、きれいなので、かぶっていくことにし、いつもの日よけ帽子は籠に入れました。

こうして旅の支度を整えた一行は、エメラルドの都に向けて出発しました。ウィンキーたちは三度バンザーイと声をあげ、たくさんの幸運を祈って送り出してくれました。

第十四章 翼の猿たち

思い出してください。悪い魔女の城とエメラルドの都のあいだには、道どころか小道すらありませんでした。旅の四人が魔女を探しに出かけたとき、魔女はその姿を見つけて翼の猿たちを送り、彼らをつかまえさせたのです。ですから、もとの道をもどるのは、黄色いバターカップやヒナギクが咲く広い野原を運ばれたときより、ずっとむずかしいことでした。一行は、太陽がのぼる東にまっすぐ進むとわかっていたので、正しい方向に歩きはじめました。けれど、昼になると太陽が真上に来て、東も西もわからなくなってしまい、それで広い野原で道に迷ったのでした。それでもみんなは歩きつづけました。そして夜になると月が出て、あたりを明るく照らしました。そこでみんなは甘い香りの黄色い花の中で眠りにつきました――かかしとブリキの木こり以外は。

翌朝は太陽が雲にかくれていましたが、みんなは自分たちがどこへ向かっているのかわかっているふりをして歩きはじめました。

「どこかまで歩きつづければ、きっとどこかに着くにちがいないわ」とドロシーが言いました。

けれども日がたつごとに、目の前に広がるのは赤い野原ばかり。かかしはだんだん不平を言うようになりました。

「ぼくらはきっと道に迷っちゃったんだ。エメラルドの都にたどり着けなかったら、ぼくは頭脳をもらえないよ。」

「ぼくもハートがもらえない」と、ブリキの木こりも言いました。「オズのところに早く行きたいのに、これはなんて長い旅なんだろう。」

「ごらん」と、臆病なライオンがしおしおとつぶやきました。「ぼくには、どこにも着かないまま、こうして歩きつづける勇気なんてないんだよ。」

すると、ドロシーはがっかりしてしまいました。草の上にすわりこみ、みんなもドロシーにならってすわりました。トトも、いつもなら頭のそばを飛ぶチョウを追いかけるのが大好きなのに、このときははじめて疲れてしまい、舌を出してハアハア言いながら、ドロシーを見あげて、これからどうしたらいいの? と問いかけるようでした。

「野ねずみたちを呼んでみましょうか」と、ドロシーは提案しました。「きっとエメラルドの都までの道を知っているはずだわ。」

「そのとおりだ!」とかかしが叫びました。「なぜ今まで気がつかなかったんだろう?」

ドロシーは首からいつも下げていた小さな笛を取り出して吹きました。これは野ねずみの女王にもらったものでした。すると、しばらくするとちいさな足音がパタパタ聞こえ、たくさんの灰色のちびねずみたちがドロシーのもとに駆け寄ってきました。その中には女王もいて、ちいさな声で言いました。

「お友だちのために何かできることがあるかしら?」

「わたしたち道に迷ってしまったの」と、ドロシーが言いました。「エメラルドの都への道を教えてもらえない?」

「もちろんよ」と女王さまは答えました。「でも、あなたたちはずっと背中のほうに都をしてきてしまったのよ」それからドロシーの黄金の帽子に気づいて言いました。「どうして黄金の帽子の呪文を使って、翼の猿たちを呼ばないの? 彼らなら一時間もかからずにオズの都まで運んでくれるわ。」

「えっ、そんな呪文があるなんて知らなかった」と、ドロシーはびっくりして言いました。「それって何なの?」

「黄金の帽子の内側に書かれているのよ」と、野ねずみの女王が言いました。「でも、翼の猿たちを呼ぶなら、わたしたちは逃げなくちゃ。あの子たちはいたずら好きで、わたしたちを困らせるのが大好きなの。」

「わたしを傷つけることはない?」と、ドロシーは心配そうにたずねました。

「いいえ、大丈夫よ。帽子をかぶった人の言うことは絶対にきかなくちゃならないの。じゃあ、さようなら!」そう言って女王とねずみたちはすばやく姿を消しました。

ドロシーは黄金の帽子の内側を見ると、何か言葉が書いてありました。これが呪文にちがいないと思ったドロシーは、注意深く指示を読み、帽子を頭にのせました。

「エッペ、ペッペ、カッケ!」左足で立ちながら唱えました。

「何て言ったの?」かかしがたずねました。何をしているのか分かりません。

「ヒッロ、ホッロ、ヘッロ!」今度は右足で立ちながら唱えました。

「やあ、こんにちは」と、ブリキの木こりはのんきに答えました。

「ジズジー、ズズジー、ジク!」今度は両足で立って唱えました。これで呪文は終わりです。すると、バタバタと翼が鳴り、小さな叫び声が聞こえてきて、翼の猿たちが空から舞い降りてきました。

王さまはドロシーの前にぺこりとおじぎをしてたずねました。「ご命令は、なんでしょう?」

「わたしたち、エメラルドの都へ行きたいの。道に迷ってしまったのです」と、ドロシーは言いました。

「お運びしましょう」と王さまが答えると、すぐに二匹の猿がドロシーをやさしく抱き上げて空へ舞い上がりました。他の猿たちはかかしや木こりやライオンも運び、一匹の小さな猿はトトをつかまえて飛びました。トトは一生けん命かみつこうとしましたが、かなうはずもありませんでした。

かかしとブリキの木こりは、以前ひどい目にあったのを思い出して、最初はちょっぴり怖がりましたが、猿たちが悪さをする様子がないので、安心して空の旅を楽しみました。下には美しい庭や森が遠くに見えて、とても気持ちよい空の散歩でした。

ドロシーは、一番大きな猿ふたりに、まるで椅子に座るように抱えられて、とても楽に運ばれていました。そのうちの一匹は王さまでした。彼らはドロシーを傷つけないよう、とても気をつけていました。

「なぜ黄金の帽子の呪文に従わなくてはならないの?」とドロシーはたずねました。

「それは長い話さ」と王さまは翼を広げて笑いました。「でも、これから長い旅になるから、よければお話しして時間をつぶそう。」

「ぜひ聞かせてほしいわ」と、ドロシーが言いました。

「むかしむかし」と、王さまが語り始めました。「ぼくらは自由な民で、大きな森の中を飛び回り、木から木へと行き、木の実や果物を食べ、好き勝手に暮らしていたんだ。誰にも仕えず、気ままにすごしていたけれど、時にはちょっとした悪さもした。翼のない動物のしっぽをひっぱったり、鳥たちを追いかけたり、森を歩く人間に木の実をぶつけたりね。だけど、ぼくらはのんきで、毎日を楽しく過ごしていた。それはオズが雲の上からこの国にやって来る、ずっと前のことだった。

「そのころ、北のはるか遠くに、美しくて力のあるお姫さまが住んでいた。名前はゲイアレットといって、魔法使いでもあった。ゲイアレットは良いことのために魔法を使い、善い人を傷つけるようなことは決してしなかった。みんな彼女を慕っていたのだけれど、ゲイアレットのいちばんの悩みは、自分にふさわしい愛する人が見つからないことだった。男の人たちは、みんなあまりに愚かでみすぼらしく、美しく聡明な彼女の相手にはなれなかったんだ。でもやがて、とてもハンサムで賢く、年のわりにしっかりした男の子が現れた。ゲイアレットは、その子が大人になったら自分の夫にしようと心に決め、ルビーの宮殿へ連れてきて、ありとあらゆる魔法で、たくましく、立派で、誰もがうらやむような青年に育てたんだ。クェララと呼ばれるようになったその青年は、国一番の知恵者とたたえられ、たくましく美しいその姿に、ゲイアレットは夢中になって、結婚の準備を急がせたんだ。

「そのころ、ぼくのおじいさんが森の翼の猿たちの王さまで、陽気ないたずら好きだった。ある日、結婚式のちょっと前に、おじいさんが仲間と空を飛んでいたとき、クェララが川べりを歩いているのを見つけた。ピンクの絹と紫のビロードの豪華な服を着ていたので、おじいさんは、面白いことができないかと考えた。合図をするとみんなでクェララをつかまえ、川の真ん中まで連れて行き、どぼんと水の中に落としたんだ。

『さあ、おぼっちゃま、泳いでごらん。服に水玉がついてないかい?』と、おじいさんが言った。クェララは賢かったし、運がよくても決してえばる人じゃなかった。水面に浮かび上がると、にこにこしながら泳いで岸まで戻ってきた。でも、ゲイアレットがお城から駆け寄ると、絹もビロードも川の水で台なしになっていた。

「姫さまは怒り、誰のしわざかすぐに分かった。翼の猿たちはみんな呼びつけられ、最初は翼を縛って、クェララと同じように川に落としてやろうとした。でも、おじいさんは必死で命乞いし、クェララもかばってくれたので、とうとうゲイアレットは許してくれた。そのかわり、これからは黄金の帽子を持つ者の命令を三度だけ、必ず聞くこと、という約束をさせられたんだ。この帽子は、クェララへの結婚祝いにつくられたもので、姫さまは国の半分を費やしたという話さ。当然、おじいさんもみんなもその条件をすぐにのんだ――それで今でも、ぼくらは黄金の帽子を持つ人の三度の奴隷なのさ。」

「そのあと、ふたりはどうなったの?」と、ドロシーは物語に夢中になってたずねました。

「クェララが黄金の帽子の最初の持ち主だったんだ」と、猿の王さまは答えました。「だから最初に、ぼくらに命令したのも彼だった。おきさきさま――つまりゲイアレットは、ぼくらの姿を見るのがもういやになってしまったから、クェララは森にぼくらを集めて、『これからは決して彼女の前に現れるな』と命じたんだ。ぼくらはみんな姫さまがこわかったから、よろこんでそうしたのさ。

「これまで、私たちがしなければならなかったのは、黄金の帽子が西の悪い魔女の手に渡るまでのことでした。彼女は私たちにウィンキーたちを奴隷にさせ、その後、オズ自身を西の国から追い出させたのです。今や黄金の帽子はあなたのもの、そして三度まで、あなたは私たちに望みを言い付ける権利があります。」

翼の猿の王が話を終えると、ドロシーは下を見て、緑色に輝くエメラルドの都の壁が目の前にあるのに気がつきました。猿たちの素早い飛行に驚きながらも、旅が終わったことを嬉しく思いました。奇妙な生きものたちは、旅の仲間たちを都の門の前にそっと降ろし、王様はドロシーに深々とお辞儀をしてから、仲間を引き連れてすばやく飛び去っていきました。

「とても楽しい乗り物だったわね」と小さな女の子は言いました。

「うん、それに、困難から一気に抜け出す方法だった」とライオンも答えました。「あの素晴らしい帽子を持ってきてくれて、本当に幸運だったよ!」

第十五章 恐ろしいオズの正体

四人の旅人たちはエメラルドの都の大きな門まで歩いていき、ベルを鳴らしました。何度か鳴らすと、以前出会った門番が門を開けてくれました。

「おや! 君たち、また戻ってきたのかい?」と彼は驚いて尋ねました。

「見ての通りさ」とかかしが答えました。

「でも、西の悪い魔女のところへ出かけたんじゃなかったのかい?」

「行ってきたよ」とかかしが言いました。

「それで、また戻ってこられたのかい?」と男は不思議そうに尋ねました。

「仕方なかったのさ、だって彼女は溶けてしまったから」とかかしが説明しました。

「溶けたって! それは本当に良い知らせだ」と男は言いました。「いったい誰が彼女を溶かしたんだい?」

「ドロシーがやったんだ」とライオンが厳かに言いました。

「なんてこと!」と男は叫び、今までになく深々とドロシーにお辞儀をしました。

それから彼は皆を自分の小さな部屋に案内し、大きな箱から眼鏡を取り出して、前と同じようにみんなの目にかけさせました。その後、門を通ってエメラルドの都に入りました。門番からドロシーが西の悪い魔女を溶かしたと聞いた人々は、旅人たちの周りに集まり、大勢の群れとなってオズの宮殿までついてきました。

緑の髭の兵士は相変わらず入口を守っていましたが、すぐに中へ通してくれ、美しい緑の少女がまたもや皆をそれぞれ以前の部屋に案内し、オズが会ってくれるまで休めるようにしてくれました。

兵士はすぐに、ドロシーと仲間たちが悪い魔女を倒して戻ってきたことをオズに伝えに行きましたが、オズからは何の返事もありませんでした。みんなは偉大なる魔法使いがすぐに呼んでくれるものと思っていましたが、そうはなりませんでした。その日も、その次の日も、そのまた次の日も、オズから何の連絡もありませんでした。待つのはとても退屈で、ついには、オズが自分たちをこんなにも冷たく扱うことに腹を立て始めました。あれほど大変な苦しみや奴隷のような目に遭わせておきながら、これではあまりにもひどすぎます。

そこで、ついにかかしが緑の少女にもう一度オズに伝言を頼みました。「今すぐ私たちに会ってくれないのなら、翼の猿たちを呼んで助けてもらい、約束を守っているかどうか確かめるぞ」と伝えてくれるように、と。魔法使いはこの伝言を聞いて、すっかり怯えてしまい、翌朝九時四分に玉座の間へ来るようにと伝えてきました。彼はかつて西の国で翼の猿たちに出会ったことがあり、もう二度と会いたくなかったのです。

四人の旅人たちはその夜、眠れぬまま過ごしました。みんな、オズが約束してくれた贈り物のことを考えていたのです。ドロシーは一度だけ眠りに落ち、夢の中でカンザスに帰り、エムおばさんが「帰ってきてくれて本当にうれしいよ」と言ってくれました。

翌朝九時きっかりに緑の髭の兵士が迎えに来て、四分後、みんなで偉大なるオズの玉座の間に入りました。

もちろん、みんなはまた前のときのような姿で魔法使いが現れるものと思っていました。けれども、部屋を見回しても誰の姿も見当たらず、みんなとても驚きました。ドアの近くに寄り添い合って立ちましたが、空っぽの静かな部屋は、今まで見たどんな姿のオズよりも恐ろしく感じられました。

すると突然、厳かな声が大きなドームの上の方から響いてきました。

「私は偉大にして恐ろしいオズである。なぜ私を訪ねてきたのだ?」

もう一度部屋の隅々まで見渡しましたが、誰の姿も見えません。そこでドロシーが尋ねました。「どこにいらっしゃるのですか?」

「私はどこにでもいる。しかし、普通の人間の目には見えないのだ。今から玉座に座るから、私と話をするとよい。」ちょうどその時、声は玉座から直接響いてくるように思えました。それでみんなは玉座のほうへ歩いて行き、一列になって立ちました。ドロシーが言いました。

「私たちは約束を果たしてもらいに来ました、オズ様。」

「約束とは何か?」とオズが尋ねました。

「悪い魔女を倒したら、私をカンザスに帰してくださると約束しました」とドロシーが言いました。

「そして僕には脳みそをくれると」とかかしが言いました。

「わたしには心をくださると」とブリキの木こりが言いました。

「ぼくには勇気をくださると」と臆病なライオンが言いました。

「その悪い魔女は本当に滅んだのか?」と声が尋ね、ドロシーにはそれが少し震えているように思えました。

「はい」と彼女は答えました。「バケツの水で溶かしてしまいました。」

「まあ、なんて急なことだ!」と声が言いました。「では、明日また来なさい。考える時間が必要だ。」

「もう十分時間をかけたじゃないか!」とブリキの木こりが怒って言いました。

「これ以上は待ちません!」とかかしが言いました。

「約束は守ってもらわなくちゃ!」とドロシーも言いました。

ライオンは魔法使いを脅かした方がいいと思い、力いっぱい大きく恐ろしい声で吠えました。その音に驚いたトトが飛び上がって、部屋の隅に立ててあった衝立を倒してしまいました。大きな音とともに衝立が倒れると、みんなそちらに目をやりました。そして次の瞬間、みんなは驚きでいっぱいになりました。そこには、まさに衝立の陰に隠れていた小さな老人が立っていたのです。頭は禿げ、顔はしわだらけで、本人もみんなと同じくらい驚いている様子でした。ブリキの木こりは斧を上げてその老人に駆け寄り、「お前は誰だ!」と叫びました。

「私は、偉大で恐ろしいオズです」と老人は震える声で言いました。「でも、どうか叩かないでください――何でも言うことを聞きますから。」

みんなは驚きと落胆で老人を見つめました。

「オズって、大きな頭だと思ってた」とドロシーが言いました。

「ぼくは美しいご婦人だと思ってた」とかかしが言いました。

「わたしは恐ろしい獣だとばかり……」とブリキの木こりが言いました。

「ぼくは火の玉だと思ってたのに」とライオンも叫びました。

「みんな違うんだよ」と老人はおとなしく答えました。「私はずっと、みんなをだましていただけなんだ。」

「だますって!」とドロシーが叫びました。「あなたは偉大な魔法使いじゃないの?」

「しっ、君」彼は言いました。「そんな大きな声を出さないでくれ、誰かに聞かれたら私の身が危ない。私は偉大な魔法使いだと思われているんだ。」

「でも、本当はそうじゃないんですか?」

「まったく違うよ、私はただの普通のおじさんさ。」

「それ以上だよ」とかかしが悲しそうに言いました。「君はペテン師だ。」

「その通り!」と老人は手をもみながら宣言しました。「私はペテン師なんだ。」

「でも、それはひどいことだ」とブリキの木こりが言いました。「これじゃ、どうやって心をもらえるんだ。」

「ぼくの勇気はどうなるんだい?」とライオンが尋ねました。

「僕の脳みそは?」とかかしも袖で涙をぬぐいながら嘆きました。

「みんな、お願いだから、そんな小さなことは言わないでくれ。いま私がどんなに困っているか、考えてみておくれ。バレてしまったこの身の上を!」

「ほかの誰かも、あなたがペテン師だって知ってるんですか?」とドロシーが尋ねました。

「君たち四人と私だけしか知らないよ。長い間ずっと皆をだましてきて、これなら絶対に正体がバレないと思ってた。玉座の間に入れてしまったのが大きな間違いだった。たいていは国の者たちにも会わずにいたから、皆、私はとても恐ろしい存在だと思い込んでいるんだ。」

「でも、分からないわ」とドロシーは戸惑って言いました。「どうして私には大きな頭の姿で現れたのですか?」

「それは私の仕掛けのひとつさ。こっちへどうぞ、全部お話ししましょう。」

老人は玉座の間の奥の小さな部屋へ案内し、みんながそのあとについて行きました。彼は一つの隅を指差しました。そこには、何枚もの紙で作られ、ていねいに顔が描かれた大きな頭が転がっていました。

「これを天井から針金で吊るしてね」とオズは言いました。「私は衝立の後ろに立って、糸を引いて目や口を動かしたのさ。」

「でも、声はどうしてたんですか?」

「私は腹話術師なんだよ。自分の声を好きなところへ飛ばせるから、君たちはあの頭から声が出ていると思ったんだ。ほら、ほかにも君たちをだますための道具があるよ。」

彼はかかしに、美しいご婦人に見せかけていたときのドレスと仮面を見せました。ブリキの木こりには、恐ろしい獣の正体が皮を何枚も縫い合わせ、骨組みでふくらませただけのものだとわかりました。火の玉も、偽の魔法使いが天井から吊るしていたもので、実は綿の玉に油をかけて燃やすと激しく燃え上がるものでした。

「本当に、君は自分を恥ずかしいと思うべきだよ」とかかしが言いました。

「そう思ってる、本当に思ってるよ」と老人は悲しそうに答えました。「でも、それしかできなかったんだ。どうぞ、座ってください。椅子はたくさんあるから。私の身の上話を聞いてくれませんか。」

そこでみんなは椅子に腰かけ、彼の話を聞くことにしました。

「私はオマハで生まれました――」

「まあ、カンザスからそんなに遠くないじゃない!」とドロシーが叫びました。

「そうなんだ。でも、ここからはずっと遠いよ」と彼は悲しそうに首を振りました。「私は大きくなると腹話術師になって、名人からとてもよく訓練を受けたんだ。どんな鳥や動物の鳴き声でも真似できるよ。」彼が子猫のように鳴くと、トトは耳をピンと立ててあたりを見回しました。「でも、あるときからそれにも飽きて、今度は気球乗りになったんだ。」

「気球乗りって何?」とドロシーが尋ねました。

「サーカスの日に、気球に乗って空へ上がり、人を呼び集めてサーカスを見に来させる人さ」と説明しました。

「ああ、わかるわ」と彼女が言いました。

「ある日、私は気球に乗って空へ上がったんだが、ロープが絡まって、もう降りられなくなってしまったんだ。雲のずっと上まで昇っていって、風に運ばれて遠く遠くへ飛ばされた。丸一日と一晩、空を旅して、二日目の朝に目覚めたとき、気球は見知らぬ美しい土地の上に浮かんでいた。

やがて気球は少しずつ降りていって、私は全然けがもしなかった。でも、気がつくと不思議な人々に囲まれていたんだ。彼らは私が雲からやってきたのを見て、偉大な魔法使いだと思い込んだ。当然私はそのまま信じさせたよ。だって、みんな私を恐れ、何でも言うことを聞くと約束したから。

みんなを楽しませたり、忙しくさせたりするために、この都と宮殿を作るように命じたんだ。それで彼らは喜んで、立派に作り上げてくれた。だから、この国がこんなに緑で美しいのなら、エメラルドの都と呼ぼうと思い、よりそれらしく見せるためにみんなに緑の眼鏡をかけさせたのさ。」

「でも、本当に全部緑色じゃないんですか?」とドロシーが尋ねました。

「ほかのどんな町とも変わらないさ。でも緑の眼鏡をかけていれば、見るもの全部が緑色に見えるだろう? エメラルドの都が建てられたのはずいぶん昔で、私もここへ来たときは若かったけど、今はすっかり年をとった。でも、人々は長い間ずっと眼鏡をかけてきたから、本当にエメラルドの都だと思い込んでいる。確かに宝石や貴金属も豊富で、幸せになれるものは何でもそろっている。私は人々に親切にしてきたし、みんな私を好いてくれている。でも、宮殿ができてからはずっと自分だけで引きこもって、誰にも会わなかったんだ。

私が一番恐れていたのは魔女たちさ。私は魔法など何も使えないけれど、魔女たちは本当に不思議な力を持っているとすぐわかった。この国には四人の魔女がいて、北と南、東と西の人々を治めていた。幸い北と南の魔女は善良で、私に危害を加えないとわかっていたけれど、東と西の魔女は恐ろしく邪悪だった。もし彼女たちが私よりも自分たちの方が力が強いと思ったなら、きっと私を滅ぼしていたことだろう。だから、私は長い間、死にそうなほど彼女たちを恐れていた。だからこそ、君の家が東の悪い魔女を押しつぶしたと聞いたとき、どんなにうれしかったことか。君が来たとき、何でも約束する気持ちになったのは、とにかくもう一人の魔女もどうにかしてくれたらと思ったから。でも、君が彼女を溶かしてしまった今、私は自分の約束を果たせなくて、本当に恥ずかしい気持ちでいっぱいなんだ。」

「あなたはとても悪い人だと思います」とドロシーが言いました。

「いや、違うんだよ、お嬢さん。私は本当はとても善い人間なんだ。ただ、魔法使いとしてはひどくダメなだけさ。」

「僕に脳みそをくれることはできませんか?」とかかしが尋ねました。

「君にはもう十分に脳みそがあるよ。君は毎日何かを学んでいる。赤ちゃんだって脳はあるけど、あまり多くを知らない。知識は経験からしか得られないし、長く生きれば生きるほど経験も増えるものだよ。」

「それは分かっていても」とかかしは言いました。「でも、やっぱり脳みそをもらえなければ不幸せなんだ。」

偽の魔法使いはしばらく考えて言いました。

「まあ、私は魔法には大して自信がないけれど、もし明日の朝また来てくれたら、君の頭に脳みそを詰めてあげよう。ただし、どう使うかは自分で見つけなければならないよ。」

「ありがとう、ありがとう!」とかかしは叫びました。「ちゃんと使いこなしてみせるよ、心配しないで!」

「じゃあ、僕の勇気はどうなるの?」とライオンが心配そうに尋ねました。

「君には十分勇気があると思うよ。必要なのは自信だけさ。どんな生きものでも危険に直面すれば怖いものなんだ。本当の勇気とは、怖くても危険に立ち向かうことだ。そして、君にはその勇気がたっぷりあるよ。」

「そうかもしれないけど、それでもやっぱり怖いんだ」とライオンは言いました。「僕は、怖さを忘れさせてくれるような勇気がほしいんだ。」

「分かったよ。じゃあ明日、その勇気をあげよう。」とオズは答えました。

「僕の心は?」とブリキの木こりが尋ねました。

「さて、それはね」とオズは言いました。「心なんて持たない方が幸せなこともあるよ。心があると人はたいてい不幸になるものだ。君は心がないからこそ、幸運なのかもしれない。」

「それは人それぞれの考え方でしょう」とブリキの木こりは言いました。「私は不幸になっても文句は言いませんから、どうか心をください。」

「分かったよ。明日また来てくれれば、心をあげよう。長いこと魔法使いを演じてきたから、もう少しそうしていてもいいだろう。」

「それじゃ、私はどうやってカンザスに帰ればいいの?」とドロシーが尋ねました。

「それは、ちょっと考えさせてください」と老人は答えました。「二、三日、時間をくれれば、砂漠を越えて家に帰る方法を探してみます。そのあいだ、みんなは私の宮殿でお客様として過ごしてください。私の人々が君たちのお世話をし、どんな願いも叶えてくれるでしょう。ただ、一つだけお願いがあります――私がペテン師だということは絶対に内緒にしてほしいのです。」

みんなは秘密を守ることに同意し、部屋に戻りました。みんなの心は明るくはずんでいました。ドロシーでさえ、「偉大で恐ろしいペテン師」だと思っているオズが、きっとカンザスへ帰してくれる道を見つけてくれるはず、と希望を持ちました。もしそうしてくれたなら、今までのことは全部許そうとさえ思いました。

第十六章 偉大なるペテン師の魔法

次の朝、かかしは仲間たちに言いました。

「おめでとうって言ってくれよ。今日はいよいよオズから脳みそをもらうんだ。これで僕もほかの人と同じようになれる。」

「私はそのままのあなたが好きだったわ」とドロシーは素直に言いました。

「かかしの僕を好きになってくれて、君は優しいね」とかかしが答えました。「でも、新しい脳みそがどんなすばらしい考えを生み出すか、きっと君ももっと僕を好きになるさ。」

それから、元気な声でみんなに別れを告げ、玉座の間へ向かいました。そしてドアをノックしました。

「お入り」とオズが言いました。

かかしは部屋に入ると、小さな男が窓辺に座り、深く考えこんでいるのを見つけました。

「脳みそをもらいに来たんです」と、かかしは少し心配そうに言いました。

「ああ、そうでしたね。どうぞ、その椅子に座ってください」とオズは答えました。「頭を取らせてもらうことをお許しください。でも、ちゃんと脳みそを正しい場所に入れるためには、そうしないといけないんです。」

「かまいませんよ」とかかし。「元より、頭を取ってもらっても、また戻すときに良くなっているなら、大歓迎です。」

それで、オズはかかしの頭を外し、中の藁を空っぽにしました。それから奥の部屋に行き、ふすまを一杯取り出し、それにたくさんのピンや針を混ぜました。それらをしっかり混ぜ合わせると、かかしの頭の上部にその混ぜ物を詰め、残りの部分には藁を詰めて、きちんと元の形になるように押し固めました。

かかしの頭をまた体につけ直したとき、オズはこう言いました。「これからは、あなたは立派な人物になりますよ。たくさんの“新しい”脳みそを入れましたからね。」

かかしは、自分の一番の願いが叶い、たいそう嬉しく、また誇らしく感じました。心からオズにお礼を言って、仲間のところへ戻りました。

ドロシーは不思議そうにかかしを見ました。かかしの頭のてっぺんは、脳みそで大きくふくらんでいました。

「気分はどう?」とドロシーがたずねます。

「なんとも賢くなった気がするよ」と、かかしは真剣に答えました。「脳みそに慣れたら、何だって分かるようになると思う。」

「どうして頭から針やピンが飛び出しているんだい?」とブリキの木こりが尋ねました。

「それは、頭が“キレる”証拠さ」とライオンが言いました。

「さて、次はぼくがオズに心臓をもらいに行こう」と木こりは言いました。そこで彼は玉座の間に歩いて行き、ドアをノックしました。

「入っておいで」とオズが呼ぶと、木こりは部屋に入り、「心臓をもらいに来ました」と言いました。

「よろしい」と小さな男は答えました。「でも、胸に穴を開けなければいけません。心臓をちゃんとした場所に入れるためです。痛くないといいのですが。」

「全然痛くありません」と木こりは答えました。「ぼくは何も感じないんです。」

そこで、オズはブリキ職人用の大きな鋏を持ってきて、ブリキの木こりの胸の左側に、小さな四角い穴を開けました。それから引き出しから、絹でできておがくずが詰まった、かわいらしい心臓を取り出しました。

「きれいでしょう?」とオズは言いました。

「本当に美しい!」と木こりは大喜びで答えました。「でも、それは優しい心ですか?」

「もちろん、とても優しい心ですよ」とオズは答えました。そして心臓を木こりの胸に入れ、切り取ったブリキの四角い部分を元どおりにはめ、丁寧にハンダでとめました。

「さあ、これで誰にでも自慢できる心臓ができましたよ。胸にパッチができてしまったのは残念ですが、仕方がなかったのです。」

「パッチなんて気にしません!」と幸せそうな木こりは叫びました。「本当に感謝しています。あなたのご親切は決して忘れません。」

「そんなこと、言わなくていいですよ」とオズが言いました。

こうしてブリキの木こりは仲間のもとへ戻り、みんなは彼の幸運を心から祝福しました。

次はライオンが玉座の間に歩いて行き、ドアをノックしました。

「お入り」とオズが言いました。

「勇気をもらいに来ました」とライオンは部屋に入り、告げました。

「分かりました」と小さな男は言いました。「今、持ってきます。」

オズは戸棚に向かい、高い棚の上から緑色の四角い瓶を取り、そこに入っていたものを美しく彫られた緑と金の皿に注ぎました。そしてこの皿を臆病なライオンの前に置きました。ライオンはそれを嗅ぎ、どうも気に入らなそうな顔をしましたが、オズは言いました。

「飲みなさい。」

「これは何ですか?」とライオンが尋ねました。

「うん」とオズは答えました。「もし君の中に入ってしまえば、それが勇気になるんだよ。そもそも、勇気っていうのは、いつも人の内側にあるんだ。だから、これも君が飲みこむまでは勇気とは言えないんだよ。だから、できるだけ早く飲むことをおすすめするよ。」

ライオンはもう迷わず、皿が空になるまで飲み干しました。

「今はどんな気分?」とオズが尋ねました。

「勇気でいっぱいだよ!」とライオンは答え、嬉しそうに仲間のところへ知らせに戻りました。

オズはひとり残され、自分の成功にほほえみました。かかしにも、ブリキの木こりにも、ライオンにも、彼らが欲しかったものをちゃんと与えたのですから。「どうして自分がペテン師でいられないだろう?」と、オズはつぶやきました。「みんなが、誰にもできないようなことを私にやらせようとするんだもの。かかしとライオンと木こりを幸せにするのは簡単だった。だって、みんな私には何でもできると思い込んでいたからね。でも、ドロシーをカンザスに帰すには、想像力以上のものが必要だ。どうしたらいいか、まったく見当がつかないよ。」

第十七章 気球のあげ方

三日間、ドロシーはオズから何の知らせも聞きませんでした。そのあいだ、小さな女の子にはとても悲しい日々でしたが、仲間たちはみんな満ち足りて幸せにしていました。かかしは「頭の中にはすばらしい考えがいっぱいあるんだ」と言いましたが、それが何かは口にせず、自分以外には理解できないだろうと考えていたのです。ブリキの木こりは歩くたびに胸の中で心臓がカタカタ鳴るのを感じ、「昔、肉体だったころの心より、今の方がもっと優しく、あたたかい心だと分かったよ」とドロシーに言っていました。ライオンは「もう地上のものなど何ひとつ怖くない。もしカリダーの軍隊だって、よろこんで立ち向かうさ」と宣言していました。

こうして、一行のメンバーはみな満足していましたが、ただドロシーだけは、前にも増してカンザスに帰りたいと願っていました。

四日目、ついにオズから呼び出しがあり、ドロシーは大喜びで玉座の間に向かいました。オズはにこやかに迎えて言いました。

「さあ、お座り。君をここから出す方法が分かった気がする。」

「カンザスに帰れるんですか?」とドロシーは身を乗り出して尋ねました。

「うーん、カンザスかどうかは分からないよ」とオズ。「だって、どっちの方角か、さっぱり分からないんだ。でも、まずは砂漠を越えることが第一で、それさえできれば、きっと家までたどり着けるだろう。」

「どうやって砂漠を越えるの?」とドロシーがたずねました。

「うん、私の考えを話そう」と小さな男。「私がこの国に来たときは気球だったね。君も空を渡ってきた、サイクロンに運ばれて。だから、砂漠を越えるには、やっぱり空を飛ぶのが一番だと思う。サイクロンを起こすのはさすがに無理だけど、気球を作ることならできそうだ。」

「どうやって?」とドロシー。

「気球はね、絹で作って、ガスが抜けないように糊を塗るんだ。宮殿には絹がたくさんあるから、作るのは簡単さ。でも、この国には気球を浮かせるためのガスはどこにもないんだ。」

「浮かばないんじゃ、意味がないよ」とドロシーは言います。

「その通り」とオズ。「でも、もう一つ浮かせる方法がある。それは、熱い空気を入れること。熱い空気はガスほど役に立たないけど、もし冷たくなったら砂漠の真ん中に落ちてしまう。でも、これしかない。」

「“ぼくたち”って、オズも一緒に来るの?」とドロシーは驚きました。

「もちろんさ」とオズ。「ペテン師でいるのはもう疲れたよ。もし宮殿の外に出たら、みんな本当は私が魔法使いじゃないって気づいて、だまされたって怒り出すだろう。だから一日中この部屋に閉じこもっていなきゃいけなくて、もううんざりなんだ。君と一緒にカンザスに帰って、またサーカスで暮らすほうがずっといい。」

「ぜひ一緒にいてほしいわ」とドロシー。

「ありがとう」とオズ。「じゃあ、君も絹を縫うのを手伝ってくれるなら、さっそく気球作りを始めよう。」

こうしてドロシーは針と糸を持ち、オズが絹をちょうどいい形に切るたびに、せっせと縫い合わせていきました。最初に淡い緑の絹、次に濃い緑、それからエメラルド色の絹を順番につなぎました。オズはまわりの色に合わせて何種類もの緑を使った気球にしたかったのです。すべての布を縫い合わせるのに三日かかりましたが、でき上がると、二十フィート以上もある大きな緑の絹袋ができました。

オズはその内側にうすくのりを塗り、空気が抜けないようにしました。それが終わると「気球のできあがりだ」と発表しました。

「でも、乗るための籠が必要だね」とオズは言いました。そこで緑の髭の兵士を呼び、大きな洗濯かごを持ってこさせ、たくさんのロープで気球の下にしっかりと取り付けました。

すべての準備が整うと、オズは人々に「これから空の偉大な魔法使いのもとへ旅をする」と知らせました。このニュースは町中に広まり、みんながそのすばらしい光景を見ようと集まりました。

オズは気球を宮殿の前に出させ、人々は目を丸くして見つめました。ブリキの木こりは大きな薪の山を作り、それを燃やして火にしました。オズは気球の下を火の上にかざし、立ち上る熱気を袋の中にためていきました。だんだん気球はふくらみ、空に浮き上がり、とうとう籠が地面に軽く触れるくらいになりました。

オズは籠に乗りこみ、大きな声で人々に言いました。

「私は今から旅に出ます。そのあいだは、かかしがみなさんを治めます。私と同じように、かかしをお助けなさい。」

このとき、気球はもう地面を引っぱるほどに浮かび上がり、熱い空気でどんどん空へ登ろうとしていました。

「ドロシー、急いでおいで!」とオズは叫びました。「早くしないと、気球が飛んでいってしまう!」

「トトが見つからないの!」とドロシーは叫びました。大事な犬を置いていきたくなかったのです。トトは人ごみの中で子猫に向かって吠えていて、やっとのことでドロシーが見つけました。彼女はトトを抱き上げ、気球めがけて駆け出しました。

あと数歩というところで、オズは手を伸ばしてドロシーを籠に乗せようとしました。そのとき、バリッ! と音を立ててロープが切れ、気球はドロシーを残して空に上がってしまったのです。

「戻ってきて! 私も行きたいの!」とドロシーは叫びました。

「戻れないよ、ドロシー!」とオズは籠から叫びました。「さようなら!」

「さようなら!」とみんなが叫び、目は空へ、どんどん高く上がっていくオズと気球を追いました。

こうして、オズ――あのすばらしい魔法使い――に会ったのは、これがみんなの最後となりました。もしかするとオズは無事にオマハへたどり着いて、今もそこにいるのかもしれません。でも、人々はオズを愛情深く思い出し、互いにこう語り合いました。

「オズはいつも私たちの友だちだった。あの人がいてくれたから、この美しいエメラルドの都ができた。今は去ってしまったけれど、賢いかかしが私たちを治めてくれる。」

それでも、しばらくの間、人々はすばらしい魔法使いを失ったことを悲しみ、なかなか元気を取り戻すことができませんでした。

第十八章 南への旅立ち

ドロシーはもう一度カンザスに帰る望みが消えたことに、ひどく悲しんで泣きました。でも、よくよく考えてみると、気球で空にのぼらなくてよかったと少しほっとしたのです。そして同時に、オズを失ってしまったことも、仲間たちと同じように、とても寂しく思いました。

ブリキの木こりがやってきて言いました。

「私に美しい心臓をくれた人のために悲しまないわけにはいきません。もし涙を流すことができたら、少し泣きたいのですが、どうか涙をふいてくれませんか。さもないと錆びてしまうので。」

「いいですよ」とドロシーは言い、すぐにタオルを持ってきました。それからブリキの木こりはしばらく涙を流し、ドロシーはそれを注意深く拭き取ってあげました。涙が止まると、木こりは丁寧にお礼を言い、自分の宝石の油差しで身体じゅうにしっかり油をさして、錆びないようにしました。

かかしは今やエメラルドの都の支配者となり、魔法使いではないものの、人々は彼を誇りに思いました。「なぜなら、世界中で詰め物の男が都を治めているところなんて、他にはないからな」と人々は言いました。そしてその通りでした。

気球がオズを乗せて飛び去った翌朝、四人の旅人たちは玉座の間に集まり、今後のことを話し合いました。かかしは大きな玉座に座り、ほかの三人はきちんと前に立ちました。

「ぼくらはそれほど不運じゃない」と新しい支配者は言いました。「この宮殿もエメラルドの都も、ぼくらのものだ。好きなように暮らしていいんだ。ついこの間まで、ぼくなんて農家のトウモロコシ畑の棒の上だったのに、今ではこんな美しい都の主なんだから、自分の運命に満足しているよ。」

「ぼくも」とブリキの木こりが言いました。「新しい心臓に本当に満足しているし、それが世界でただ一つ望んでいたものだった。」

「ぼくに関して言えば、この世に生きたどんな獣よりも勇敢だと分かっただけで十分だよ」とライオンは控えめに言いました。

「もしドロシーさえエメラルドの都で満足してくれれば、みんなでずっと幸せに暮らせるのに」とかかしは続けました。

「でも、私はここに住みたくないの!」とドロシーは叫びました。「カンザスに帰って、エムおばさんとヘンリーおじさんと一緒に暮らしたいの。」

「それじゃあ、どうしたらいいだろう?」と木こりがたずねました。

かかしは考えることにし、あまりに真剣に頭を働かせたので、脳みそに詰まったピンや針が外に突き出してきました。やがて彼は言いました。

「翼の猿たちを呼んで、ドロシーを砂漠の向こうまで運んでもらったらどうだろう?」

「そんなこと、思いつかなかった!」とドロシーはうれしそうに言いました。「それが一番だわ。今すぐ黄金の帽子を取りにいく!」

彼女は帽子を持って玉座の間に戻ると、魔法の言葉を唱えました。すると、翼の猿たちの一団が開いた窓から飛び込んできて、ドロシーのそばに立ちました。

「二度目のお呼びですね」と猿の王は、小さな女の子の前で頭を下げました。「ご用は何でしょう?」

「カンザスまで飛んでいってほしいの」とドロシーは言いました。

しかし猿の王は首を振りました。

「それはできません」と王は言いました。「私たちはこの国だけに仕える存在で、外には出られません。カンザスに翼の猿が行ったことは一度もありませんし、これからもないでしょう。何か他のことでお役に立てるなら喜んでお助けしますが、砂漠を越えることはできません。さようなら。」

もう一度頭を下げると、猿の王は翼を広げて窓から外へ飛び立ち、他の仲間たちもそれに続きました。

ドロシーはがっかりして泣きそうでした。「黄金の帽子の魔法を無駄にしちゃった。翼の猿たちは助けてくれないんだもの。」

「それは本当にお気の毒だ!」と心やさしい木こりが言いました。

かかしはまた考え始め、頭があまりにも大きくふくらんだので、ドロシーは割れてしまうんじゃないかと心配になりました。

「緑の髭の兵士を呼んで、相談してみよう」とかかしは言いました。

そこで兵士が呼ばれ、玉座の間におずおずと入ってきました。オズが生きていたときは、兵士がここまで入ることは許されていなかったのです。

「この子は砂漠を越えたいのですが、どうしたらいいでしょうか?」とかかしは兵士にたずねました。

「お答えできません」と兵士は言いました。「オズ様以外に、砂漠を越えた者はいませんから。」

「誰か助けてくれる人はいないの?」とドロシーは一生懸命にたずねました。

「グリンダ様ならできるかも」と兵士は言いました。

「グリンダって誰?」と、かかしがたずねました。

「南の魔女です。彼女は四人の魔女の中でいちばん力が強く、クワドリングたちを治めています。それに、彼女のお城は砂漠のふちに建っているので、きっと越え方もご存じでしょう。」

「グリンダはいい魔女なの?」とドロシーがたずねました。

「クワドリングたちは、いい魔女だと思っていますし、みんなにやさしいです。グリンダ様はとても美しい方で、長い年月を過ごしても若さを保つ方法をご存じだと聞きました。」

「どうやってお城まで行くの?」とドロシーがたずねました。

「道はまっすぐ南に延びていますが、旅人には危険がいっぱいだと聞いています。森には猛獣が出ますし、見知らぬ人が自分たちの国を通るのを嫌う、変わった民族もいます。だからクワドリングたちは、エメラルドの都まで来ることはありません。」

兵士が去ると、かかしは言いました。

「危険はあっても、ドロシーが南の国へ行ってグリンダ様に助けを頼むのが一番いいと思う。ここに留まっていては、カンザスに帰れないからね。」

「また考えてたんだね」とブリキの木こりが言いました。

「うん」とかかし。

「ぼくもドロシーと一緒に行くよ」とライオンが言いました。「この都にも飽きたし、森や野原に戻りたいんだ。ぼくは本当は野生の獣だからね。それに、ドロシーには護衛が必要だろうし。」

「それは本当だね」とブリキの木こりも同意しました。「ぼくの斧が彼女の役に立てるかもしれない。だから、ぼくも南の国まで一緒に行こう。」

「いつ出発する?」とかかしが尋ねました。

「君も行くの?」みんなが驚いて聞きました。

「もちろんさ。もしドロシーがいなければ、ぼくに頭脳なんてなかったんだ。彼女はぼくをとうもろこし畑の棒から下ろしてくれて、エメラルドの都まで連れてきてくれた。だから、ぼくの幸運はみんな彼女のおかげなんだ。だから、ドロシーがカンザスに本当に帰るその日まで、絶対に彼女のそばを離れないよ。」

「ありがとう」とドロシーは感謝の気持ちで言いました。「みんな、本当に親切ね。できれば、できるだけ早く出発したいわ。」

「明日の朝に出発しよう」とかかしが答えました。「さあ、長い旅になりそうだから、みんな支度をしよう。」

第十九章 戦う木々に襲われて

翌朝、ドロシーはかわいらしい緑の少女にお別れのキスをしました。そして、門まで一緒に歩いてきてくれた緑の髭の兵士とも、みんなで握手を交わしました。門番がまた彼らの姿を見たときは、せっかくの美しい都を出て、ふたたび厄介ごとに向かうなんて、ととても不思議そうに思いました。でも門番はすぐにみんなの眼鏡を外して、緑の箱に戻し、たくさんのお別れの言葉を贈りました。

「あなたはもう私たちの主(あるじ)です」と門番はかかしに言いました。「ですから、できるだけ早く戻ってきてください。」

「もちろん、できれば戻ってきます」とかかしは答えました。「でも、まずドロシーが家に帰れるよう助けなくてはなりません。」

最後に親切な門番と別れのあいさつをするとき、ドロシーは言いました。

「このすてきな都で、とても親切にしてもらいました。みなさんが本当に良くしてくださって、感謝しきれません。」

「そんなに気を使わなくていいんですよ、お嬢さん」と門番は答えました。「できれば、ずっとこちらにいてほしいですが、あなたがカンザスに帰りたいのなら、どうか道が見つかりますように。」そう言って門番は外側の門を開けてくれ、みんなは外に出て旅をはじめました。

太陽は明るく輝き、みんなは南の国に向かって足を進めました。みんな上機嫌で、笑ったりおしゃべりしたりしながら歩きました。ドロシーはもう一度、家へ帰れる希望に胸をふくらませ、かかしとブリキの木こりは、彼女の役に立てることをうれしく思いました。臆病なライオンは、新鮮な空気に鼻をひくひくさせて大喜び。しっぽを楽しそうにパタパタ振りながら、また田舎に来られてうれしそうです。トトはそのまわりを駆けまわり、蛾や蝶を追いかけて、うれしそうにワンワン吠えていました。

「どうも都会の暮らしは、ぼくには合わなかったよ」とライオンが言いました。「住んでいる間に、ずいぶんやせてしまったし、今は他の獣たちに、どれだけ勇気がついたか見せたくてたまらないんだ。」

みんなはふり返って、最後にエメラルドの都を眺めました。見えるのは、緑の壁の向こうに高くそびえるたくさんの塔や尖塔、そしてそのずっと上にオズの宮殿の尖塔と丸い屋根が見えました。

「オズは、結局そんなに悪い魔法使いじゃなかったな」とブリキの木こりは、自分の胸でハートがカタカタ鳴るのを感じながら言いました。

「ぼくに頭脳をくれたし、それもなかなかいい頭脳をね」とかかしが言いました。

「オズがぼくにくれた勇気を自分でも服用していたら、きっと立派な男になっていただろうよ」とライオンもつけ足しました。

ドロシーは何も言いませんでした。オズは約束を守らなかったけれど、精いっぱいやってくれたので、ドロシーはもう許していました。オズが言っていた通り、彼は悪い魔法使いかもしれませんが、心のよい人だったのです。

その日の旅は、エメラルドの都をぐるりと囲む緑の野原や明るい花の中を進みました。夜は草の上で眠り、頭上にあるのは星空だけ。とてもしっかり休むことができました。

朝になり、さらに進んでいくと、やがてとても深い森にさしかかりました。右にも左にもはるか遠くまで森が続き、よけて進むことはできそうにもありませんでした。それに、道を外れて迷子になるのがこわかったので、進む方向は変えたくありません。そこで、できるだけ入りやすい場所を探しました。

先頭を歩いていたかかしが、ついに大きな木を見つけました。枝が広くひろがっていて、みんながその下を通れるくらいです。かかしが木の下へ歩いていくと、突然、枝がさっと下がってきて、ぐるぐると彼を巻きつけ、次の瞬間にはかかしを地面から持ち上げて、仲間たちのところへ投げ飛ばしてしまいました。

かかしは傷つきませんでしたが、すっかり驚いて、ドロシーが起こしたときには、ちょっと目を回しているようでした。

「ここにも木のあいだに隙間があるぞ」とライオンが呼びました。

「じゃあ、ぼくがまた先に行こう」とかかしが言いました。「どうせぼくは投げ飛ばされても痛くないし。」そう言ってもう一本の木に近づきましたが、その木の枝もすぐにかかしをつかんで、また投げ飛ばしてしまいました。

「これは変だわ」とドロシーが言いました。「どうしよう?」

「どうやら木たちは、ぼくらを通さないつもりらしい。それで道をふさいでいるんだろう」とライオンが言いました。

「ぼくがやってみよう」とブリキの木こりが言い、斧をかついで、かかしを乱暴に投げ飛ばした最初の木に向かいました。大きな枝が下がってきたとたん、木こりはそれを力いっぱい斧で切りつけました。枝は真っ二つになり、木は苦しそうに全身の枝をぶるぶる振りはじめましたが、ブリキの木こりは無事にその下を通り抜けることができました。

「みんな、早く!」と木こりが叫びました。「急いで!」みんなは走って木の下をくぐり抜けました。トトだけは小さな枝にひっかかって振り回されてしまいましたが、ブリキの木こりがすぐにその枝も切り落として、トトを助けてあげました。

そのあとの森の木々は、もうなにもしてきませんでした。だから、きっと最初の列の木だけが枝を曲げる力を持っていて、その木たちが森の警察のような役目をしているのだろう、とみんなは考えました。

旅人たちは、森をすいすい進み、向こう側のはしまでたどり着きました。すると、目の前に真っ白い陶器のような壁がそびえているのを見て、みんなはびっくりしました。その壁はお皿の表面のようになめらかで、背よりもずっと高くそびえています。

「これからどうしよう?」とドロシーが言いました。

「ハシゴを作ろう」とブリキの木こりが言いました。「どうしてもこの壁を越えなくちゃ。」

第二十章 陶器の国

木こりが森で集めた木でハシゴを作っているあいだ、ドロシーはくたびれていたので横になって眠りました。ライオンも丸くなって眠り、トトはそのそばで休みました。

かかしは木こりの仕事ぶりを見ながら言いました。

「どうしてこんな壁があるんだろう、それに何でできてるんだろう。」

「まあまあ、頭脳を休めて、壁のことは考えなくていいよ」とブリキの木こり。「登ってみれば、向こうが何かわかるさ。」

しばらくして、ハシゴができあがりました。ごつごつして見えましたが、ブリキの木こりはしっかりしていて役に立つはずだと自信たっぷり。かかしがドロシーとライオン、トトを起こして、ハシゴの準備ができたと知らせました。

かかしが先に登りましたが、とても不器用なので、ドロシーがすぐ後ろからついていって、落ちそうになるのを支えました。かかしが頭を壁の上に出すと「まあ、なんてこと!」と声をあげました。

「どうしたの?」とドロシーが言うと、

かかしはもう少し登って、壁の上に座りました。ドロシーも頭を出して「まあ、なんてこと!」と同じように叫びました。

そのあとトトが登ってきて、すぐにワンワン吠えはじめましたが、ドロシーが静かにするようにたしなめました。

ライオンが次に登り、最後にブリキの木こりが続きましたが、どちらも壁の上から見て「まあ、なんてこと!」と声をあげました。みんなが壁の上に並んで座ると、下には不思議な光景が広がっていました。

そこには、つるつると光る真っ白なお皿の底のような大地がどこまでも続いています。そこかしこに、陶器でできた家が色とりどりに塗られて立っています。その家はとても小さくて、一番大きい家でもドロシーの腰くらいまでしかありません。かわいらしい納屋や陶器の柵もあって、陶器の牛や羊、馬や豚、鶏たちが小さな群れになって立っています。

でも中でもいちばん不思議なのは、この変わった国に住む人々でした。カラフルな胴着と金色の水玉模様の入ったドレスを着た牛飼いの娘や羊飼いの娘、銀や金や紫のぜいたくなドレスを着たお姫さま、ピンクや黄色や青の縞がはいった半ズボンと金のバックルのついた靴をはいた羊飼いの男の子、頭に宝石の王冠をかぶり、白い毛皮のマントとサテンの胴着をまとった王子さまたち、それからひらひらした服に赤い水玉模様のついた頬、先がとがった高い帽子をかぶったおどけ者のピエロたち。そして、なによりも変なのは、これらの人々も衣装もすべて陶器でできていて、とても小さいことです。いちばん背の高い人でも、ドロシーのひざくらいしかありません。

最初は誰も旅人たちに目もくれませんでした。ただ、頭がとても大きな紫色の陶器の小犬がひとり、壁のところまでやってきて、小さな声でワンワンと吠えると、すぐにどこかへ走っていきました。

「どうやって下りたらいいの?」とドロシーが尋ねました。

ハシゴは重すぎて引き上げることができなかったので、かかしが壁からぽとんと落ち、他のみんながその上に飛び降りて、硬い床で足を痛めないようにしました。もちろん、頭の上に着地して足に画鋲が刺さらないように気をつけました。みんな無事に下に降りると、ぺしゃんこになったかかしを拾い上げて、わらを元通りに整えてあげました。

「このふしぎな場所を通り抜けて、向こう側へ行かないといけないわ」とドロシー。「ほかの道を行くのは危険だもの。」

みんなは陶器の国を歩きはじめました。最初に出会ったのは、陶器の牛を搾っている陶器の牛飼いの娘です。近づくと、牛が急に足で蹴り、腰掛けもバケツも牛飼いの娘自身もみんなひっくり返って、陶器の床でガシャーンと大きな音をたてて倒れてしまいました。

ドロシーはびっくりしました。牛の足は折れてしまい、バケツは粉々になり、かわいそうな娘さんの左ひじもかけてしまいました。

「まぁ、見てごらん!」牛飼いの娘は怒って叫びました。「あなたたちのせいで、うちの牛の足が折れちゃったじゃない! 修理屋さんに持っていって、くっつけ直してもらわなきゃ。どうしてここに来て牛をおどかすの?」

「ごめんなさい。本当にごめんなさい」とドロシーは言いました。

でも牛飼いの娘は、すっかり不機嫌で何も答えず、折れた足を拾って三本足の牛をひきずりながら去っていきました。行く途中も、ひじを大事そうに抱え、何度も恨めしそうに振り返って見ていました。

この失敗に、ドロシーもとてもしょんぼりしてしまいました。

「ここでは、ちょっとしたことで、このかわいらしい人たちを傷つけてしまうかもしれません。気を付けましょう」と親切なブリキの木こりが言いました。

もう少し進むと、今度はとても美しく着飾った若いお姫さまに会いました。そのお姫さまは旅人たちを見ると、びっくりして逃げだそうとしました。

ドロシーはもっとお姫さまをよく見たくて、あとを追いました。けれども、その陶器のお姫さまは、「追いかけないで! 追いかけないで!」と小さな怖がり声で叫びました。ドロシーは立ち止まって、「どうして?」とたずねました。

「だって」とお姫さまは逃げたところで止まり、安全な距離をとってこう言いました。「走ると、転んで割れてしまうかもしれないから。」

「でも、割れても直せるんじゃないの?」とドロシーが聞きました。

「ええ、でも修理すると前よりきれいじゃなくなっちゃうの」とお姫さま。

「そうかもしれないわね」とドロシーはうなずきました。

「ほら、あそこにジョーカー氏という道化師がいるでしょう?」とお姫さまが続けました。「あの人はいつも逆立ちしようとするから、体じゅう何度も壊して修理してるの。だから、もうひびだらけであまりきれいじゃないの。ほら、今ちょうどやってくるから見てごらんなさい。」

ほんとうに、小さな陽気なピエロが歩いてきました。どんなに赤や黄色や緑の服がきれいでも、体じゅうにひび割れが走っているのがドロシーにもよく分かりました。

ジョーカー氏はポケットに手をつっこみ、ほっぺをふくらませて、みんなに陽気に頭を下げると、こんな歌を歌いました。

「お嬢さま、
 なぜそんなに
ジョーカー氏をじっと見る?   あなたはまるで
 カチカチで
鉄の棒でも食べたみたい!」

「静かにしなさい!」とお姫さま。「この方たちはよそから来たんだから、礼儀正しくしなさい!」

「まあ、これがぼくの礼儀さ」とジョーカー氏は言い、すぐに逆立ちしてみせました。

「ジョーカー氏のことは気にしないで」とお姫さまがドロシーに言いました。「あの人は頭にもひびが入ってるから、ちょっとおかしいのよ。」

「平気よ」とドロシー。「でも、あなたは本当にきれいね。きっと大好きになれそうだわ。お願い、カンザスに連れて帰って、エムおばさんのマントルピースに飾ってもいい?」

「それはとても悲しいことなの」と陶器のお姫さまは答えました。「ここでは、みんな幸せで、自由に話したり歩いたりできるの。でも、だれかに連れて行かれると、関節がすぐに固くなって、まっすぐ立ってきれいに見えるだけになるの。マントルやキャビネットや応接間に飾られる時は、それで十分なんだけど、でもやっぱり、自分の国で暮らす方がずっと幸せなの。」

「あなたを悲しませるなんて、絶対にいや!」とドロシーは言いました。「だから、さよならを言うだけにするわ。」

「さよなら」とお姫さまも答えました。

みんなは細心の注意を払って陶器の国を歩きました。小さな動物たちも人々も、みんな旅人たちを怖がって、割れてしまわないように道を開けてくれました。やがて一時間ほど歩くと、みんなは向こう側の壁までたどり着きました。

今度の壁は、最初のより低かったので、ライオンの背に乗るとみんなでどうにかよじ登ることができました。最後にライオンが自分もジャンプして壁に乗りましたが、そのときしっぽで陶器の教会をうっかり倒して、粉々にしてしまいました。

「かわいそうに」とドロシー。「でも、牛の足と教会だけで済んだのは、むしろ運がよかったかも。この人たちは、ほんとうに壊れやすいんだもの!」

「本当にそうだね」とかかし。「ぼくがわらでできていて、壊れにくくて感謝しているよ。案外、かかしでいるのも悪くない。」

第二十一章 ライオン、獣たちの王になる

陶器の壁から下りると、旅人たちは、じめじめした沼地や湿地帯に出ました。そこには背の高い草が生い茂り、泥の穴が隠れていて、足元がとても危険でした。でも、気をつけながら進んでいくと、ようやくしっかりした地面にたどり着きました。

けれども、その土地は今までよりもずっと荒れ果てていて、やぶをかき分けて長いこと歩くと、また新しい森に入りました。そこは今まで見たどの森よりも、大きくて年老いた木々が生い茂っていました。

「この森は本当にすばらしい!」とライオンはうれしそうに見回しました。「こんなに美しい場所は見たことがない。」

「なんだか薄暗いわ」とかかしが言いました。

「ぜんぜん、そんなことないよ」とライオン。「一生ここに住みたいくらいだよ。足元の落ち葉はこんなに柔らかいし、木にまとわりついている苔の緑もとても豊かだ。きっと、これ以上幸せなすみかを求める野獣なんていないだろうね。」

「もしかして、今もこの森には野獣がいるんじゃない?」とドロシーが言いました。

「たぶんいるだろうけど、今のところ見あたらないね」とライオンは答えました。

みんなは森の中をよく踏みならされた道にそって歩きましたが、やがて暗くなって進めなくなりました。ドロシーとトト、そしてライオンはその場で眠り、ブリキの木こりとかかしがいつものように見張りをしました。

夜が明けると、また歩き出しました。まだそんなに進まないうちに、ごうごうと低い唸り声が聞こえてきました。それはたくさんの野獣たちのうなり声のようでした。トトは小さくクンクン鳴きましたが、他のみんなは平気で、よく踏みならされた道を進みつづけました。やがて森の中に広がる広場に出ると、そこには何百もの色々な動物たちが集まっていました。トラやゾウ、クマ、オオカミ、キツネ――動物図鑑に載っているあらゆる獣たちが勢ぞろい。ドロシーは一瞬、怖くなりましたが、ライオンが説明してくれました。どうやら動物たちが会議をしていて、うなったり唸ったりしている様子から、とても大きな悩みごとを抱えているのだと分かったのです。

彼が話していると、何匹かのけものたちがライオンに気づきました。すると、まるで魔法のようにその大きな集まりがぴたりと静まり返りました。一番大きなトラがライオンのもとへやって来て、ぺこりと頭を下げて言いました。

「ようこそ、百獣の王さま! あなたがいらしてくださったのはまさに良い時です。どうか私たちの敵と戦い、森のすべての動物たちに再び平和をもたらしてください。」

「どんな困りごとなんだい?」と、ライオンは静かにたずねました。

「私たちはみんな、最近この森に現れた恐ろしい敵におびやかされているのです」とトラが答えました。「それは、それはもうものすごい怪物で、大きなクモのようなやつなんです。体はゾウほどもあり、足は木の幹のように長い。全部で八本の長い足があって、森を這いまわりながら、その足で動物をつかまえて口へ引き寄せ、クモがハエを食べるように、ぱくりと食べてしまうのです。あの恐ろしいやつが生きているかぎり、私たちは一匹も安心していられません。そこで、どうやって身を守ろうか相談しようと、みんなで集まっていたのです。あなたが来てくれるなんて!」

ライオンはしばらく考えこみました。

「この森には他のライオンはいないのか?」と尋ねました。

「いいえ、何匹かいましたが、あいつにみんな食べられてしまいました。それに、あなたほど大きくて勇敢なライオンはいませんでした。」

「もしその敵を片づけてやったら、みんな私に頭を下げ、森の王として従ってくれるかい?」とライオンはたずねました。

「よろこんでそうします!」とトラが答え、ほかのけものたちも大きな声でほえました。「そうしますとも!」

「その大グモは今どこにいる?」とライオン。

「向こうのカシの木の間です」とトラは前足で指さしました。

「この友だちたちをしっかり守っていてくれ」とライオンは言い、「私はすぐに怪物と戦いに行く」と言いました。

ライオンは仲間たちにさよならを言い、堂々と敵との戦いに向かって歩いていきました。

大グモは、ライオンが見つけたときには眠っていました。あまりの醜さに、ライオンは思わず鼻をしかめました。足はトラの言った通りに長く、体は黒くてごわごわした毛で覆われています。口は大きく、鋭い歯が一尺もありましたが、頭とずんぐりした体はスズメバチのくびれのように細い首でつながっていました。これを見て、ライオンはどう攻撃すればいいか考えつきました。そして、眠っているうちの方が戦いやすいと知っていたので、思いきりジャンプして、怪物の背中に飛び乗りました。それから、重たい前足で鋭いツメをふるい、一撃でグモの首を体からはねとばしました。すぐに飛びおりて、長い足がぴくりとも動かなくなるまで見守り、完全に息絶えたのを確かめました。

ライオンは待っていた森のけものたちのところへ戻り、誇らしげに言いました。

「もう敵を恐れることはないよ。」

すると、けものたちはライオンに頭を垂れ、王として敬いました。ライオンは、ドロシーが無事カンザスへ帰れるようになったら、また森に戻ってみんなを治めると約束しました。

第二十二章 クォドリングたちの国

四人の旅人たちは、その後も森を無事通り抜けました。そして、くらがりから抜けると、前方に急な丘が見えました。頂上からふもとまで、大きな岩がごろごろと転がっていました。

「これは登るのが大変そうだ」と、かかしが言いました。「でも、どうしても越えなければならない。」

そこで、かかしが先頭に立ち、みんなあとに続きました。最初の岩のそばまで来たとき、荒々しい声が響きました。「近づくな!」

「だれだい?」とかかしがたずねました。

すると、岩の上から頭がぬっと現れ、同じ声が言いました。「この丘はおれたちのものだ。だれにも通らせないぞ。」

「でも、どうしても越えなければならないんだ」とかかし。「私たちはクォドリングの国へ行くんだから。」

「それでも通さない!」と声が返ってきて、岩の後ろから旅人たちが今まで見たこともないほど奇妙な男が現れました。

その男は背が低くてずんぐりしており、大きな頭をしていました。頭は上が平らで、しわだらけの太い首で支えられていました。でも、腕がまったくありません。それを見たかかしは、こんなに無力そうな相手なら丘を登るのを止めさせることはできまい、と少しも恐れませんでした。そこで言いました。「ご希望にそえなくて残念ですが、どうしてもこの丘を越えなければいけません。通してもらいますよ。」と、勇気を出して前へ進みました。

すると、雷のような速さでその男の頭が前へ突き出し、首がぐんと伸びて、平らな頭のてっぺんがかかしのまん中をどんと打ちました。かかしはくるくる回りながら、転げ落ちてしまいました。頭はすぐに元通り体に戻り、その男はがらがらと笑いながら言いました。「思ったほど簡単じゃないぞ!」

他の岩のかげからも陽気な笑い声がわっとあがり、ドロシーは、腕のないハンマーヘッドたちが何百人も、岩ごとにかくれているのを見ました。

ライオンは、かかしの失敗でみんなが笑ったことに腹を立て、雷のようなほえ声をあげて丘を駆け上がりました。

またもや頭がすばやく飛び出し、ライオンも大砲の玉で打たれたようにごろごろと丘を転げ落ちてしまいました。

ドロシーはかかしを助け起こし、ライオンもよろよろとやってきました。すっかり体が痛くなってしまい、「あんなふうに頭を飛ばしてくる相手とは戦ってもむだだ。どうにもならないよ」と言いました。

「どうしたらいいの?」とドロシーが聞きました。

「翼の猿たちを呼ぼう」とブリキの木こりが言いました。「あと一度だけ、命令する権利が残っているよ。」

「そうね」とドロシーは答え、金の帽子をかぶって魔法の言葉を唱えました。翼の猿たちは、いつものようにすぐにやってきて、一行の前にそろいました。

「ご命令を」とカラスの王が深く頭を下げてたずねました。

「私たちを丘の向こうのクォドリングの国まで運んでください」とドロシーは答えました。

「承知しました」と王が言い、翼の猿たちが四人とトトを腕に抱えて、ひらりと宙に飛び立ちました。丘を越える間、ハンマーヘッドたちは悔しがって大声で叫び、頭を高く突き出しましたが、翼の猿たちには届きません。猿たちはドロシーたちを安全にクォドリングの美しい国へおろしました。

「これが最後のお呼び出しです」と王がドロシーに言いました。「では、お元気で。」

「さようなら、本当にありがとう」とドロシーはお礼を言いました。すると猿たちは一瞬で空高く舞い上がり、姿が見えなくなりました。

クォドリングたちの国は、実り豊かで幸せそうな場所でした。広い畑にはたわわに実った穀物が並び、きれいに舗装された道が畑の間を走り、小川はきらきらと流れてがっしりした橋がかかっています。柵も家も橋も、みんな明るい赤で塗られていました。それは、ウィンキーの国が黄色く、マンチキンの国が青かったのと同じです。クォドリングたちは背が低くてふっくらして、やさしそうな顔をしています。みんな赤い服を着ていて、緑の草や黄金色の穀物によく映えていました。

猿たちは一行を農家のそばにおろしてくれました。四人とトトは歩いていって戸をたたき、ドロシーが食べ物を頼むと、農家のおかみさんはみんなに三種類のケーキと四種類のクッキー、そしてトトにはミルクを出して、しっかりごちそうしてくれました。

「グリンダのお城までは、どれくらいありますか?」とドロシーがたずねると、

「そんなに遠くありませんよ」と農家のおかみさん。「南への道を行けば、すぐにたどり着きます。」

お礼を言って外へ出ると、畑やきれいな橋をいくつも越えて進み、ついにとても美しいお城が見えてきました。門の前には、金の飾りのついた立派な赤い制服を着た若い娘が三人立っていました。ドロシーが近づくと、そのうちの一人がたずねました。

「なぜ南の国へいらしたのですか?」

「ここの良い魔女さまにお会いしたいのです」とドロシーは答えました。「お会いできるよう、お願いできますか?」

「ではお名前を教えてください。グリンダ様に、お会いしていいかうかがいます。」みんなで名乗ると、娘の兵士はお城の中に入って行きました。しばらくすると戻ってきて、すぐにみなさんをお通しするよう命じられた、と言いました。

第二十三章 良い魔女グリンダ、ドロシーの願いをかなえる

さて、グリンダに会う前に、一行はお城の一室につれていかれました。そこでドロシーは顔を洗い、髪をとかし、ライオンはたてがみのほこりをはたき落とし、かかしは自分の体をきれいにならし、ブリキの木こりは体をぴかぴかにみがき、油をさしました。

みんなすっかり立派な身なりになると、兵士の少女のあとについて大広間へ行きました。そこでは、ルビーの玉座に座ったグリンダが待っていました。

グリンダは、四人の目にはとても美しく若々しく見えました。赤く豊かな髪が肩に流れるようにかかり、純白のドレスをまとっています。けれども、瞳はやさしい青色で、ドロシーをやさしく見つめていました。

「おや、かわいい子ね。わたしにできることはあるかしら?」と問いました。

ドロシーはこれまでのいきさつを全部、グリンダに話して聞かせました。サイクロンでオズの国に飛ばされたこと、旅で出会った仲間たちのこと、そしてみんなでくぐりぬけてきたふしぎな冒険のことを。

「今、いちばんの願いは、カンザスに帰ることなんです。きっとエムおばさんは、私に何か恐ろしいことがあったと思って、喪服を着るでしょうし、去年より作物がよくなければ、ヘンリーおじさんもきっと大変な思いをすると思うのです。」

グリンダは身を乗り出して、愛らしいドロシーの頬にそっとキスをしました。

「まあ、なんてやさしい子でしょう。きっとあなたをカンザスへ帰す方法があるわ」と言い、続けてこう言いました。「でも、そのかわりに金の帽子を私にくださる?」

「よろこんで!」とドロシー。「もう使うこともありません。あなたが持っていれば、三度だけ翼の猿たちに命令できますもの。」

「ちょうど三度、彼らの力を借りたいと思っていたのよ」とグリンダはにっこりしました。

ドロシーは金の帽子をグリンダに渡しました。それから、グリンダはかかしにたずねました。「ドロシーが帰ったあと、あなたはどうしますか?」

「エメラルドの都へ帰ります」とかかし。「オズが私を支配者にしてくれましたし、みんな私を気に入っています。悩みといえば、ハンマーヘッドの丘をどう越えるかだけです。」

「金の帽子の力で翼の猿たちに命じて、あなたを都の門まで運ばせましょう。あんな素晴らしい王さまを、みんなから取り上げるなんてもったいないですもの。」

「ぼくは本当に素晴らしいのかな?」とかかしがたずねました。

「とても珍しい方よ」とグリンダは答えました。

次にグリンダはブリキの木こりに向かって聞きました。「ドロシーが国を去ったら、あなたはどうしますか?」

木こりは斧にもたれて、少し考えてから言いました。「ウィンキーたちはとても親切にしてくれましたし、魔女がいなくなってからは私にこの国を治めてほしいと言ってくれました。私はウィンキーたちが大好きです。だから、もしまた西の国に帰ることができるなら、一生彼らの王でいたいのです。」

「翼の猿たちに、ウィンキーの国まであなたを安全に運ぶよう命じます。あなたの頭はかかしほど大きくはありませんが、よくみがけば彼よりもずっと賢いですし、きっと賢く立派に国を治めることでしょう。」

それからグリンダは、大きなたてがみのライオンにたずねました。「ドロシーがふるさとに帰ったら、あなたはどうするの?」

「ハンマーヘッドの丘の向こうに、古くて大きな森があります。そこに住むけものたちはみな私を王様と認めてくれました。もしあの森にまた帰れるなら、一生そこで幸せに暮らせるでしょう。」

「三度目の命令で、翼の猿たちにあなたを森まで運ばせましょう。そしてこれで金の帽子の力も使い切りますから、そのあとは猿の王に帽子をゆずり、彼らがこれからは自由になれるようにします。」

かかしもブリキの木こりもライオンも、グリンダのやさしさに心からお礼を言いました。ドロシーはこう言いました。

「あなたは美しいだけでなく、本当に良い魔女さまですね! でも、私はまだカンザスへの帰り方を教えてもらっていません。」

「あなたの銀の靴が、砂漠を越えて連れて行ってくれるのです」とグリンダは答えました。「もしその力を知っていたら、あなたは最初の日にすぐエムおばさんの元に帰れたのですよ。」

「でも、そうしたらわたしのすばらしい頭は手に入らなかった!」とかかしが叫びました。「ずっとトウモロコシ畑で一生を過ごしていたかもしれません。」

「私も美しい心を持てなかった」とブリキの木こり。「森の中でさびついて、永遠に立ち尽くしていたでしょう。」

「ぼくは一生臆病なままだった」とライオン。「森の誰も、ぼくのことをいい王さまだなんて言わなかったでしょう。」

「みんな本当のことね」とドロシー。「私がみんなの役に立ててうれしいです。でも、みんなが一番ほしかったものを手に入れて、王国まで得た今、私はもうカンザスに帰りたくなってきました。」

「銀の靴は不思議な力を持っています。その中でいちばんふしぎなのは、世界中どこでも三歩で連れて行ってくれること。しかも一瞬で! することは、かかとの部分を三度打ち合わせて、行きたい場所を命じるだけです。」

「それなら」とドロシーは嬉しそうに言いました、「今すぐカンザスへ連れて行ってもらいます!」

ドロシーはライオンの首に腕を回して、やさしく頭をなでてキスしました。次にブリキの木こりにもキスしました。木こりは関節がさびつくのも気にせず、ぽろぽろ涙を流していました。でも、かかしには顔にキスせず、やわらかい体をぎゅっと抱きしめました。親しい仲間たちと別れるのがつらくて、ドロシーも泣いてしまいました。

グリンダはルビーの玉座から降りてきて、ドロシーにさよならのキスを贈りました。ドロシーは、みんなにしてくれた親切の数々を心から感謝しました。

ドロシーはトトをしっかりと腕に抱き、みんなに最後のさよならを言いました。そして靴のかかとを三度、打ち合わせて言いました。

「エムおばさんのところへ連れていって!」


その瞬間、ドロシーは空中をぐるぐると回りはじめました。あまりにも速くて、風が耳元でびゅんびゅん鳴る以外は、何も見えも感じもできません。

銀の靴は三歩だけ踏み出し、するとドロシーは突然止まって、草の上に何度もごろごろと転がってしまいました。

やっとのことで起き上がり、あたりを見まわしました。

「まあ、なんてこと!」とドロシーは叫びました。

そこはカンザスの広い草原。目の前には、サイクロンのあとヘンリーおじさんが建てた新しい家が見えます。ヘンリーおじさんは牛の乳しぼりをしていて、トトはドロシーの腕を飛び出し、わんわん吠えて納屋へ駆けていきました。

ドロシーが立ち上がると、足には靴下しかありませんでした。銀の靴は空を飛んでいるあいだにどこかへ落ちて、もう二度と戻らなかったのです。

第二十四章 おうちに帰って

エムおばさんは、ちょうど家から出てきてキャベツに水をやろうとしていました。ふと見ると、ドロシーが走ってくるのが見えました。

「まあ、かわいい子!」とエムおばさんは叫び、ドロシーをぎゅっと抱きしめて、顔中にキスをしました。「いったい、どこから帰ってきたの?」

「オズの国からだよ」とドロシーは真面目に言いました。「それにトトもいるよ。ああ、エムおばさん! おうちに帰ってこられて、本当にうれしい!」

ホーム